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tider-tigerさん
平均点: 6.71点 書評数: 369件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.89 5点 殺人鬼フジコの衝動- 真梨幸子 2016/07/12 07:17
技巧はある。文章力もある。イヤな個性(褒め言葉です)もある。なのにイマイチ評価されていなかった作家が、本作でブレイク。よかった。ただ、安堵した反面、本作はこの作者にしては出来が悪いとも感じた。
殺人鬼なのでたくさん殺す。個々の殺人の描き方が非常に粗雑。そんなんじゃ連続殺人無理でしょ。すぐに逮捕されるでしょうと。
個々の事件ではなくて、全体の構成を読ませたかったのでしょうが、いくらなんでも。
それから、初期作品よりも文章のレベルが下がっているように感じた。わざとなのかもしれない。読みやすくするため、もしくは視点人物が幼いからなのか。ただ、彼女が大人になってもあまり文章は変わらない。
イヤな作品ばかり書くが、本人は潔癖な人なんだろうと想像してます。
この作品を契機に本作よりも売れていないが質は高い(と私は思う)「女ともだち」や「みんな邪魔(更年期少女改題)」「深く深く砂に埋めて」などがもっと読まれるようになればと思います。

No.88 6点 チョコレートコスモス- 恩田陸 2016/07/12 07:10
無名劇団に現れた、一人の少女。天性の勘で役を演じる飛鳥の才能は、周囲を圧倒する。いっぽう若き女優・響子は、とある舞台への出演を切望していた。開催された奇妙なオーディション、二つの才能がぶつかりあう! 以上 amazonの内容紹介より

はっきりいってガラスの仮面なんですが、最初に盛り上がって急に盛り下がったり破綻したりといった恩田陸の悪い癖は出ていない。よくまとまった佳作だと思います。恩田陸の重要作品の一つだと自分は思います。
ミステリ要素は極めて薄い(夜のピクニックも採点されていることだし御勘弁ください)ので採点は少し抑えます。
ガラスの仮面を小説にしただけじゃないか、と批判されがちな作品ですが、漫画の小説化ってかなりのリスクがあります。
この小説のストーリー面白いな(この小説売れてるみたいだな)、よし漫画化するか(もちろん逆もある)。こういう安易な発想がウンコを大量に生み出すわけです。
2㎏と565gを足しても567gにはなりません。小学生の時に習いました。まずは単位を揃えます。表現形式がまるで違うのだから、漫画を小説化するのなら、この単位を揃える作業が必須なのです。そこを深く考えないなら映画化やら小説化やら漫画化やらはやらないで欲しいわけです。
チョコレートコスモスはガラスの仮面の面白い要素を抽出、小説化可能な部分を選んで使用、さらに小説ならではの要素を付け足して、比較的うまく小説化していると思います。

漫画→小説 アホらしい作品になりがち。
小説→漫画 物足りなくなりがち。
表現法の違いから生まれる必然的な現象で、理由を一つ挙げておくと「漫画は誇張を基本とする表現形式だから」ということです。
誇張はつまり極端ということです。ガラスの仮面は平凡な顔立ち(作者が必死に強調していた)の北島マヤが主人公でしたが、北島マヤさんはどう見ても美少女です。漫画は普通、平凡を描くのが苦手なのです。
小説は普通、平凡を描くことになんの問題もない。さらに描写を抑制し、想像させるという素晴らしい武器があります。ヒロインの性格だけを描写し、容姿をまったく描写せずとも読者が勝手にそのヒロインを美女だと思うこともあるわけです。
がんばれ小説、漫画に負けるな!

No.87 8点 レーン最後の事件- エラリイ・クイーン 2016/07/08 23:57
Zは一人称だったのに、三人称に戻っている。一体なにをしたいんだこの人は、というのが読み始めてすぐの感想です。
まあ、それはともかくとして、昨年末あたりからXYZと読み進み、ようやく本作を読み終えました。このシリーズを順番通りに読むことが出来たのは幸福でした。
本作は殺人事件も起こりますが、中心はシェークスピアに関する古書を巡る謎であり、序盤が面白く、中盤が少しダレ気味で、ラストは納得。すごいラストでした。個人的には大満足です。最後の推理も好きです。
ただ、殺人事件が偶発的なものであって必然ではなかった点が少し物足りない気もしますが、作者は犯人の情状酌量のためにわざと偶発的な殺人にしたのかもしれません。
本作が三人称で書かれた理由は……了解しました。

私見ではミステリとしての面白さはXとYが勝りますが、Zと最後の方が物語性は高まり、読みやすさは増している印象。ですが、個々に読むよりはやはり一連の作品として順番通りに読むべきシリーズですね。
気になったのは別に驚くほどでもない推理、推理にもなっていないような推理が素晴らしい素晴らしいと持ち上げられることがままあること。シリーズのどの作品にもそういう場面が必ずある。
本作でも、とある文章を読んでペイシェンスが書き手の人物像を描出してみせると、レーンは素晴らしい推理だと感心していました。いや誰が読んでもそのくらいのことは感じるのではないかと。あれは褒めて伸ばす方針だったのか。そして、ペイシェンスは深い痛みとともにさらなる成長を遂げたのだと信じたい。

以下、ネタバレあります










なんの工夫もない双子ネタは椎茸を生で食わされたようなゲンナリ感。
さらに一卵性の双子(はっきり言及されてはいないが、そうだと思われる)の片割れにああいう障害があるのなら、もう一人も同じ障害を持っているのではないでしょうか?

Xの書評でとある問題について、読者は気付かなくとも、作中の当事者が気付かないのはおかしいと指摘させて頂きましたが、本作はその逆で、読者が真相に気付いたとしても、作中の当事者が真相に到達するのは非常に困難。私だったらこんな真相は想像すらしなかったと思います。
ペイシェンスはよく気付いた。褒めてあげたい。

No.86 4点 七福神殺人事件- 高木彬光 2016/07/08 23:12
つまらなかった作品は書評しない方針ですが、思い入れのある作家なので書いておきます。
本作が出たのは私が中学生か高校生の頃でした。久しぶりの神津ものの新刊でしたので父は大喜びでした。ところが、その後父はこの作品については黙して語りませんでした。
小学生のころに何回か七福神巡りをしたこともあったので、私はこの作品がすごく気になっていました。
読ませてくれと言ったら、父は「大した話じゃないぞ」と寂しそうに笑いました。
当時はそこまで酷いとは思いませんでしたが、今となっては私も父と同じ意見です。
他の高木作品を読んだ方が、どうしてもこれも読みたいというのであれば止めはしません。

No.85 9点 人形はなぜ殺される- 高木彬光 2016/07/08 23:10
中学生になってしばらく経ったある日、父に「とりあえずこれを読んでみろ」と本書『人形はなぜ殺される』を手渡されました。それ以来、父の持っていた高木作品を読み漁りました。
父は『刺青殺人事件』『白昼の死角』『破戒裁判』の三作がお気に入りだったようです。息子は『人形はなぜ殺される』『誘拐』『わが一高時代の犯罪(今は少し順位が落ちる)』の三作が好きでした。そんな父は車の運転がかなり下手になりましたがまだ元気です。

ミステリ小説の読み方や楽しさを教えてくれた思い入れのある作品です。
魔術だの断頭台だの魅惑的な道具立て、人形が殺されて、人間が殺される。
ハイテンションな言い回しだって、ガキはさらにハイエナジーですから問題なし。
もっとも衝撃を受けたのは遺体の処理法。単に奇を衒っただけではなく、非常に合理的であり、また犯人の異常さが際立つ。
この犯人こそ真性のサイコパスって感じがします。
とにかく、この作品は楽しかった。
よく練られた殺人計画、そのうえ、状況に応じてそれを変更していく犯人の柔軟性と狡猾さに痺れる。こいつのくそ度胸は買い。
この手の連続殺人って後に行くほど手抜きになりがちですが、本作は最後の殺人が最も恐ろしく狡猾な所業。一つ手抜きっぽい殺人ありましたが。
良くも悪くもミステリのお手本といえる作品だと思います。ケレン味もあって、フェアで、人物造型に難はあるも人間ドラマで魅せようなんてつもりはさらさらない作品なのでこれはまあいいでしょう。
※悪くもというのはパズラーとしての面白さを徹底することにより小説的な面白さを減じている点、教科書的であるだけにきちんと勉強している人間(ミステリを読み込んでいる読者)には答えが分かりやすいということです。
ちなみに私はまったく犯人がわからず、真相を知ったときは死ぬほど驚きました。

問題点その1 犯人が分かりやすい
とある作家(確か島荘だったような)が「昔は推理クイズを作ると十人に一人くらいしか正解者はいなかった。昨今では半数以上の人が当ててしまう」こんなことを言っていました。
本作には読者への挑戦が取り入れてあります。難易度の設定について作者は悩んだのではないでしょうか。
本作発表当時の読者は犯人やトリックをズバズバと言い当てていたのでしょうか。
作者がもっと後の時代にこれを書いたのならば、ヒントをもっと減らし、逆に読者への罠を増やしていたのではないかと想像します(好意的に見過ぎか?)。
青柳八段を容疑者の候補に入れてみるなんてどうでしょう。将棋指しという職業はこの事件の容疑者候補としてはなかなか魅惑的だと思いません?

問題点その2 神津が無能、神津が女々しい
当時の私(神津恭介を知ってからまだ二時間も経っていない中学生)の見解
「神津ほどの男をここまで翻弄するなんて凄い犯人だ」
まあ、動機がまるでない(ように見える)人間を容疑者に加えるのは実際に捜査を行っている人間にしてみれば勇気がいるんじゃないかなあ、なんてお茶を濁しておきます。

そういや黒ミサだか、K.K.K.の集会だかの最中に誰かが「黒い郵便」と呟きましたが、これはなんだったのか?
黒い郵便→ブラックメイル→恐喝、ということ? なんのためにこんなことを言った?当時はまったく意味がわかりませんでしたし、今もよくわかりません。

最後に
研三の乱入はあまり意味がなかったように思えるのは気のせいでしょうか。

No.84 5点 時計は三時に止まる- クレイグ・ライス 2016/07/02 11:46
翌日に婚約者と駆け落ちの御予定を控えているホリー。ところが、目を覚ますと屋敷内では大きな異変が起きていた。屋敷中の時計がすべて夜中の三時で止まっている。そして、ホリーの結婚に断固として反対している伯母が刺殺されている。
そういえば、昨夜、おかしな夢を見た、あれはなんだったのだろう?
そして『このあとすぐ! 「ホリー、駆け落ちのはずが豚箱へ」お楽しみにね』という展開になります。
ホリーの婚約者はジェイクの仕事仲間、ホリーのご近所さんがヘレン。そういうわけで、マローンも呼ばれて、お馴染みの三人組が事件に介入(デビュー作だからお馴染みでもなんでもないのですが)。こともあろうかジェイクとヘレンは容疑者同行の現場検証の際にホリーを逃亡させてしまいます。

クレイグ・ライスのデビュー作です。半眠半醒といった状況のホリーの心理描写から物語が始まります。丁寧というよりはグズグズした感じでありますが、個人的には悪くない書き出しだと思いました。
三時に止まっていた時計、夢と犯罪との関連、脱獄と魅惑的な材料が色々ありますが、どれも生煮え。それらをうまく使いこなせていません。動機の隠し方も感心できなかったし、容疑者が少なすぎますね。警察が当然発見して然るべきものを発見していませんし。いかにもデビュー作という印象。
ただ、シリアスな物語と破天荒なキャラクター、重い話を軽く書くライスの作風はすでに萌芽しております。ユーモアミステリでありながらも作品全体に陰がある。ホリーの家庭の話もけっこうヘビーですが、事件のあった屋敷の御近所さんなのにヘレンの家族が誰も出てこないのはなぜ?
酒をやたらと飲み、無謀な運転をして、ビールの入ったコップをクルクルと回し、コップをいくつも割る。ヘレンはただの楽しい酔っ払いではなさそう。潜在的な自殺願望者ではなかろうかなんてことまで考えてしまう。
クレイグ・ライスはそういうことをはっきりとは書きません。
だから、本当のところはわかりません。

No.83 6点 Zの悲劇- エラリイ・クイーン 2016/06/26 15:54
いつも余計なことが気になって、ミステリ読みとしてはピントのずれたことばかり書いてしまって、なんだか申し訳ないのですが、私が気になったのは「なんでペイシェンスの一人称?」ということでした。
クイーンは一人称が得意な作家とは思えないのですよ。案の定、読みやすくはあったけれど、一人称小説ならではの良さはあまり感じられませんでした。三人称ペイシェンス視点で良かったのではなかろうかというのが本書を読み終えた時点での感想でした。
また、序盤でペイシェンスの賢さが披露されているけど、周囲の人間が鈍すぎるんじゃないかという印象。あくまで相対的にはペイシェンスが賢かった、だけのように思えました。
ただ、レーンとの初対面で見せたホームズを思わせる推理は嫌いではないです。推理そのものがではなく、憧れの名探偵との対面で必死に背伸びしようとするペイシェンスがなかなか微笑ましかった。
死刑の問題に触れていますが、生贄にされそうになった男がどうにも心の底から助かって欲しいと思える人物ではなく、さらにはあの最期。後味の悪さばかりが残って、正直クイーンがなにをしたかったのかよくわかりませんでした。
問題の消去法もレーンの鋭い推理によって犯人以外の人物が消去されたという印象が希薄。
医師が消去された部分に多少の頓智はあるも、他はいまいちトキメキがない。犯人の存在する枠が決まるところまではいいのですが、そのあとはきちんと動機やアリバイを考慮すれば、誰が考えても犯人以外は消去されていって自然と真相は判明するのではないかと。
ただ、小説としてはXやYよりも読みやすくなっているように感じました。それなりに読みどころもあったし、読んでいてつまらない作品ではありませんでした。高評価というわけにはいきませんが。
最後に、これまたどうでもいいことなんですが、私は本作を読んでアメリカよりもイギリスっぽさを感じてしまいました。なぜでしょうか?
以上 Zを読み終えての感想です。以下、レーン最後の事件を読み終えて、本作について思ったこと。
ネタバレはありません。

いろいろと腑に落ちました。一人称も成功しているかはともかくとして、作者の考えていたことはなんとなく想像できました。
Zは元々の構想にはなく、急遽付け足されたという説もあるそうですが、そうであったとしても本作が書かれたことは必然だったように思われます。Zがなかったら、最後の事件はポカーンだったと思われます。ミステリとしては単体での魅力が薄い。物語としてはそんなに悪くはなかった。そして、悲劇シリーズ四作を一連の物語として捉えるならば、かなり重要な作品であるというのが結論です。

No.82 5点 メグレ間違う- ジョルジュ・シムノン 2016/06/19 10:27
空さんの仰るとおり、教授が強烈。強烈とはいっても漫画的な誇張などはなく、淡々と描いた結果、強烈になってしまったという風。ぜんぜん好きにはなれない人間ですが、言っていることはあながち間違ってはいないような気もします。作中、献身についてこの人物が意見を述べる場面がありますが、かなり痛烈。本当に頭の良い人っていうのはこんな感じなのかもしれませんね。
タイトルの「間違う」が何を意味するかは読む人によって意見が分かれそうですが、私見では、とある登場人物の行動についてメグレが読み違え、教授に「それみたことか」と嘲笑われる場面のことを指しているのかなという気がしました。
メグレはこの教授にささやかな抵抗を見せますが、今回ばかりは負け犬の遠吠えのように聞こえてしまう。おろおろとするメグレを見ることができる珍しい作品。
個人的にはこの教授に会えただけで一読の価値ありと思いましたが、あえてお薦めはしません。

6/26追記
「俺、間違う」
本作は記憶に頼っての書評でしたので、間違いがありました。
教授が献身についてウンヌンと書きましたが、あれは教授の意見ではなく、教授だったらそんな風に考えるだろうというメグレの想像でした。ただ、確かにあの教授だったら献身についてそんな風に考えるだろうなと思えます。

No.81 8点 メグレと殺人者たち- ジョルジュ・シムノン 2016/06/19 10:26
メグレに電話をかけてきた男は何者かに尾行されていると切羽詰まった口調で助けを求めてきます。メグレは手を差し伸べようとしますが、結局……。彼は誰なのか、どこで殺されたのか、男の正体を明らかにしていく過程はいかにもメグレですが、メグレのちょっとした推理が披露されてミステリっぽさもあります。
被害者の身元や殺害現場が明らかになると、メグレは犯人をおびき寄せるため?にとあることを部下に命じます。日本の警察では、ちょっと考えられないような作戦です(メグレの行動に犯罪行為が含まれているような)。だがしかし、とても楽しそうであります。そして、事件は急展開を見せます。

これ、全体としては少々いびつな感じもありますが(作品の色合いが見えにくい)、個人的にはかなりいい作品だと思っています。メグレものの良さとエンタメ小説の楽しさが同居しております。序盤はいつもの通りゆったり進みますが、事件の構図が見えてくるにつれて展開が早まり、見せ場の多い作品。
派手も地味も含めていい場面がたくさんあるのですが、個人的には犯人が犯行現場に戻って探そうとしていた品物の正体が、なんというか、印象深かった。
また、被害者と妻の関係、夢物語ではなく、妙に現実的で切ない関係が心に残りました。こういうところがメグレものの良さだと自分は思っています。
加害者側、被害者側ともに印象深い人物がいて、宿屋のおっさんのすっとぼけぶりは笑え、ラストも感慨深い(メグレのとある提案に引っかかりを覚える方もいるかも)。

No.80 7点 エコール・ド・パリ殺人事件- 深水黎一郎 2016/06/09 19:55
トリックには言及しておりませんが、作品の構図についてネタバレしてます。




いやはや、相変わらず構成が凝ってます。密室殺人事件と思わせて、実は裏では別の事件が進行していた。読者への挑戦自体が実は読者を嵌める罠だった。本作の肝は裏の事件の真相。
ただ、以前に書評したトスカと同様で全体の構成は技巧が凝らされた見事なものなのにけっこう大きな瑕疵が散見されます。例えば、他の方のご指摘通り、警察の捜査がかなりいい加減で、当然みつけるべきことを平然と見落としています。ですが、私はこれはまあいいやという気持ちになれます。
気になったのは被害者暁氏の妻に対する行動が二重人格ではないかと思うくらい一貫性がないこと。事件を成立させるため、人物造型についてはかなり無理をしています。これが痛い。どうしてもここが引っかかってしまう。本当に惜しい。

それからもう一点。瑕疵ではなく疑問です。
口にしてはいけないことかもしれませんが、「本作の作中作に価値はあるのか」
暁氏の著作(作中作)を妻の小笠原龍子は斬り捨てました。あの人(暁氏)は芸術(絵画)のことをよく知っているが、芸術家(の心)を理解していない。あんなもの(作中作)を読んでも芸術家を理解することなどできない。龍子はこんなことを言いたかったのだと想像します。
事実、暁氏はモディリアーニの死を待ち望んでいた画商たちと同じようなことを自身も行っていたわけで、こうなるとスーチンを持ち上げていたのもあくまで商売のためではないのかと勘繰ってしまいます。作中作がどうにも胡散臭いものに見えてきてしまうのです。
作中作で真相解明のカギや事件の構図を提示する面白い企みですが、小笠原龍子の魂の叫びを真摯に受け止めた読者ほど暁氏の著作を否定的に見てしまうことになると思うのです。
作者自身はこの作中作を価値あるものだと考えているのでしょうか。
暁氏は本当の天才はスーチンただ一人だのなんだのと書いているくせに、実際にはスーチンの絵をろくに見ようともしていなかったと龍子は言います。こういう人が書いたスーチン論が果たして…… 
私も絵画が好きなので美術の本をたまに読むことがあります。暁氏の著作はそうした書籍などに書かれている知識(藤田画伯の白の秘密だとか)をうまくまとめており、またスーチンというあまり知られていない画家に光を当てたことは特筆すべきで無価値だとは思っておりません。
ただ、本作を龍子の視点で読むと作者自身の考えがわからなくなるのです。

No.79 9点 星を継ぐもの- ジェイムズ・P・ホーガン 2016/05/28 14:29
腰が抜けそうになった一冊。面白い小説とはなんぞや?
知的好奇心をくすぐることだけで読ませていく。ど素人が書いたと言われても納得できるような作品でフィリップ・マーロウの言い回しを借りて酷いことを言わせてもらうと「小説を書くにあたってやってはいけないことが10あるとしたら、この作者はそのうちの7つ8つは知っている」
なのに、途方もない嘘、途方もない謎、途方もない浪漫を兼ね備えた希有な作品となっている。
邦題が素晴らしい。本作の読後感を変えてしまうくらいの名邦題だと思った。
「Inherit the stars」 この原題に見える欧米的な世界観があまり好きになれないのだが、「星を継ぐもの」とすることによってその要素がかなり薄まり、感動と幽玄が加味される。
ハードSFはどちらかというと苦手だが、本作とクラークの「幼年期の終わり」を読んだときの感動は忘れられない。

No.78 7点 白夜行- 東野圭吾 2016/05/27 01:57
いくつかの短編が昭和史をなぞるように並べられ、二人の人物がそれらに関与していることによって最終的に一本の線となる。この構成は面白い。
二人の関与をもう少しぼかした方が良かったかもしれないなとは思った。種明かしが早過ぎるし、わかりやす過ぎる。
800頁を越える大作だが、相変わらずのリーダビリティで、さらに構造としては短編の積み重ねといった趣なので中だるみは感じられず、最後まで面白く読めた。
最重要人物二名の内面描写を排し、彼らの会話は皆無、接触を示すようなエピソードさえほとんど存在しない。スタート地点が示されるだけで、その後どのように絆が育まれていったのかは一切書かれず、絆によって生まれた彼らの行動のみが書かれる。この試みも興味深かった。この試みが成功しているかと問われると、残念ながらという気もした。雪穂は怖ろしい女だと作中人物から何度も口に出されるなどせっかくの試みを殺してしまうような拙さは頂けない。間接的に描く道を採ったのだから、やはりここは遠回しに感じさせて欲しい。ただ、作品自体はこの試みで面白くなった。
わからないことがあまりにも多いので想像で補うしかない。
亮司が雪穂にあれほど尽くしたことは納得できる。
読後感は良くないが、ラストも納得できる。
亮司は雪穂を愛していたのか。私はNoの可能性もあると思っている。
雪穂は上昇志向の強い女なのか。これもNoの可能性があると思う。
二人の間に絆など本当にあったのか。こんな想像したくもないことまで想像させられた。いずれにしても容疑者Xよりこちらの方がよっぽど献身の物語だと感じた。
ちなみに本作で私がもっとも共感を寄せたキャラは菅原絵里だった。

No.77 9点 ららら科學の子- 矢作俊彦 2016/05/24 07:14
1960年代、「彼」は学生運動にのめりこみ、警察官に重傷を負わせ指名手配される。中国に逃げ出すも、文化大革命により片田舎へと追いやられ、そこで結婚するもなぜか三十年後に日本へ還ってくる。50歳の彼が日本で見たものは、彼は何を思い、何をするのか。

「彼」の彷徨と覚醒の物語。
文章はとてもいい。主人公はわけわからん。自分のやって来たことは無意味ではなかったのだと信じ込んでいる、あるいは信じたがっている男だろうか。ある種の一貫性はある。
小道具として「猫のゆりかご」が使われたり、サリンジャー(ライ麦畑でつかまえて)やグレアム・グリーン(ヒューマン・ファクター)を思い出させる場面が登場したりする。
若い人が読んでも反発を覚えるだけで面白くはない小説でしょう。私の年齢が下限ギリギリくらいか。
まあやたらと欠点の多い作品です。
今となっては主人公の思想に共鳴する人は多くないでしょうし(私もそう)、そもそもこの男は人間的に大いなる欠損がある。プロットは平坦、ご都合主義もひどい。主人公の内面(行動の動機)がよくわからない。登場する女性たちがなぜか主人公に懐くのだが、理由がさっぱりわからない。タックスマンにおけるポールのベースプレイについて言及があるけど、あの曲は(ポールの)ギタープレイについても言及されるべき。そのうえ、さあこれから勝負が始まるぞというところで小説は終わってしまう。
ハードボイルド小説の前日譚のような話。
この人は東野圭吾や宮部みゆきにヒット商品の作り方を教えて貰った方がいい。

No.76 7点 超能力者が多すぎる- パトリック・A・ケリー 2016/05/21 15:40
大道芸で日銭を稼ぐコルダーウッドの元にかつての仇敵オズボーン(インチキ超能力者)が援助を請うてきた。有名な超能力者がとある女子大生誘拐事件に透視術を用いて捜査協力をしたところ、なんとその犯人象がオズボーンそのものであったという。このままでは逮捕されかねないと半べそをかくオズボーンのため、コルダーウッドは渋々ながらも腰を上げた。

失業奇術師コルダーウッドシリーズの三作目で原題はSleightly invisible
文章はわりといい感じ。街中で道行く人々にカードマジックを披露するコルダーウッド、そこに思いもかけない妨害が入る。その手口は同業者の仕業としか思えない鮮やかなもので……導入部もなかなか良い。序盤のオズボーンとの小競り合いや超能力と奇術の親和性と確執を絡めた展開。超能力者とその家族の確執、哀愁……正直なところまったく期待していなかったが、悪くない。もう少し書きこんで欲しいし、犯人に意外性なく、トリックも陳腐だが、面白かった。
ラストのしみじみとした雰囲気もいい。Sleightly invisibleという原題が絶妙。
日本語のタイトルもinvisibleという言葉を生かして欲しかった。
ちなみにこの作品、Invisibleなのはタイトルだけではなかった。
ネットで検索をかけても、作者のことがほとんどわからない。書評を書いている人もほとんどいない。人気が爆発しそうな作品ではないが、そうかといってここまでスルーされるほど酷い作品ではないと思うのだが……他の作品も読んでみようと思う。
※冒険、スリラーとしましたが、どのジャンルに分類すべき作品なのかよくわかりません。

No.75 7点 容疑者Xの献身- 東野圭吾 2016/05/21 10:16
本サイトで評価の高い本作と白夜行を購入。とりあえずこちらの方が薄いので先に読んでみた。文章は明晰。興味を惹きつけるネタの出し方や話の運びは申し分ない。おそらくこの人は多少プロットが弱くとも読ませてしまう力があると思う。
湯川と石神の会話はなかなか面白かった。石神がストーカー化した時は「あーあ、こうなっちゃうわけね」とゲンナリしたが、その後の展開には驚いた。やや強引だが、巧い。東野圭吾のアイデア、プロット、展開力の三本柱は素晴らしいと思う。
ただ、無駄なことを書かないのが仇となって骨格が透けて見えてしまう。序盤でどのようなことが起こるのかが予想できてしまった。うまさ故の弊害か。無目的な描写をだらだらと垂れ流す方が真相を隠蔽するには好都合なのかもしれない。

東野圭吾に欠けているもの。
東野圭吾の文体は好きではないが、欠点だとは思わない。
だが、人物造型がいま一つなのは明らかに欠点だと思う。
人物描写がぎくしゃくしているため、感動とか純愛以前に読後にモヤモヤとしたものが残った。聖女でも悪女でも聖人でもサイコパスでも構わない。ただ、一貫性がないのは困る。読み手は戸惑う。
そもそも東野圭吾は人物造型の必要性をあまり感じていないように思える。プロットに人物を当て嵌めている印象が強い。特に女性。この人の書く女性を面白いと思ったことは一度もない。
靖子は善人でもないし、悪女でもない。プロットに従ってプカプカ浮いているだけで中身がない。一貫性がない。
例えば、石神の献身によって自分が拘束されること、真っ先に思いつくべきことなのに後々までこの点に思い至らない。これほど頭の悪い女性ではないはず(別に賢くもないが)。
美里は靖子よりは意思を感じられたが、やはりプロットに操られている。美里をもっとうまく使えば物語にさらなる深みを与えられたのではなかろうか。
もちろん石神は靖子たちよりは遥かに興味深く描かれていたが、やはりちぐはぐな印象。
石神の採用したトリックの非人道的な性質に関しては、石神の性格とは親和性があり、それほど不自然ではなかった。好き嫌いはともかくとして、この点は批判しない(もちろん批判するのも自由だと考える)。
私はむしろ石神がかつて自殺を図ったという件がどうにも納得がいかない。この男が自殺をするとは思えない。プロットに合わせて猫の目のように人物象が変化する、その一貫性の無さを端的に示していると思われる。
そして、大きな問題。石神は完全犯罪ではなく正当防衛を主張するよう薦めるべきだった。
被害者は加害者を脅迫している。そのうえ「殺してやる」とはっきり口にして、馬乗りになって中学生の娘を殴りつけている。コードで首を絞めているので正当防衛は難しいかもしれないが、大幅な減刑、執行猶予も期待できるし、加害者を責める者はほとんどいないと思われる。
なぜ石神のような頭の良い男があえて茨の道を選んだのか? 自分の行為がちっとも献身になっていないことに気付かなかったのか。
その後の展開からすると献身の名の元に靖子を拘束することが目的であったとは考えにくい。故に富樫殺害のシーンは書き直した方がいいと思う。

No.74 7点 スイート・ホーム殺人事件- クレイグ・ライス 2016/05/14 12:08
学生の頃に読んだきりで内容もほとんど忘れていた作品でしたが、nukkamさんの書評に触発されて再読、仰せの通り、とてもいい作品でした。声を上げて笑うことはありませんでしたが、終始ニヤニヤしながら頁を繰っておりました。感動もありました。若い頃は大した作品じゃないなんて思いましたが、そうでもないぞ。
しっかり者の長女、利発な次女、やんちゃな長男と、類型的な人物配置で、三人の間でなんとなくお決まりのことが起こる。近所の人たちもこの手の話にはよくあるタイプです。ですが、物語の設定が特殊でなおかつ会話が楽しいので平凡な印象ではありません。
子供たち三人それぞれが容疑者に一人で質問をする場面が設けられておりますが、子供らしい質問の仕方、質問に当たっての子供らしい心配、そして、それぞれの性格が非常によく出ていて個人的にはとても好きな場面。
ミステリとしてはまあ及第点でしょうか。いわゆるトリックはないのでその点は物足りなく感じる方もいらっしゃるかも。また、ミステリだけを愉しみたい人にとっては冗長な作品だとは思います。
ただ、子供たちが子供に可能な範囲のことをして真相を探り出し、警察よりも先に真相に到達しても不自然には見えないような工夫も凝らしてあるところなんかは、ただのほのぼのミステリとは一線を画していると思います。
結末というか、真相究明の過程がまたいいんですよ。

問題点
子供がそんな言い回しをするか? について。 
自分もしないと思います。ですが、個人的にはありだと思ってます。
この作品って、親子の役割が入れ替わり、被保護者である子供たちがひたすらママを助けようと頑張る。ある意味、ママと子供たち、それぞれの巣立ちを予感させる物語なわけなんですよね。
子供が大人になろうとする→大人ぶった話しぶりをする。これは自然な流れなんですが、そこに滑稽味をつけるため、作者が大人ぶった言動をかなり誇張している。
作品の世界観とは合致しており、リアリティの置き所として個人的には問題なしだと思っています。むしろそんな子供たちの言動が楽しい。
ただ、訳文に問題ある可能性が……訳者(長谷川さん)は明治36年だかのお生まれで、私が生まれる前にお亡くなりになっている方。作者の意図をはるかに超えた子供らしからぬ言い回し、古めかしい言い回しが登場している可能性は大いにありそう。
ユダという言葉に(裏切り者のこと)なんて注釈がついていましたが、ユダはわかるから! むしろ同じ頁に出てきたジャケツに注釈つけた方が良いのでは? なんて思ったりもしました。訳文の童話調の文体に馴染めないという方もいそう。

ミステリとしては6点、小説としては8点、採点は7点にしておきます。

No.73 8点 ビッグ・ノーウェア- ジェイムズ・エルロイ 2016/05/09 18:07
新年早々に発生したホモ絡みと思われる猟奇殺人事件の犯人を追うダニー・アップショー保安官補、赤狩りで名を上げようとするマルコム・コンシディーン警部補、暗黒街の始末屋バズ・ミークス。この三人の行く道が絡み合い、友情が育まれ、協同戦線が張られます。やがてホモと赤が絡み合い……
視点人物であるこれら三名のうち、キャラが面白いのはバズですかね。深みがあるのはアップショー。アップショーの追っている事件も面白い。コンシディーン主体の赤狩りの話は日本人にはいま一つピンとこないかも。コンシディーンパートは家族小説の趣も、ちこっとあり。
私はいきなり死体を転がす話よりも、序盤で下地を作り、それから動き始める話の方が好きなので無問題なのですが、第一部は多少退屈に感じる方もいるやもしれません。安心して下さい、一部の終わりくらいからぐいっとテンションが上がります。
三人のうち、誰を軸にして読むのか。
LAコンフィデンシャルではエドかバドかで迷いますが、本作ではダニー・アップショーに軸を置いて読むことを薦めます。
甘くはありませんが、しみじみとした余韻があり、読後感は良い話だと思います。ちなみに本作を読まずにLAコンフィデンシャルを読むと、LAのプロローグの意味がまるでわからずということになります。

LA四部作の中で、もっとも驚きのあった作品でした。ミステリ的な意味ではありませんが。
読者のテンションが上がるシーンが多く、お肌に悪そうな緊張感が最高です。構成も前作ブラックダリアよりはるかに良い。ホモとアカと暗黒街が綺麗に収斂していく。ただ、コンシディーン警部の家庭の話がちょっと消化不良気味。
タイトルBig Nowhereの意味が判明したときに、すべてが夕闇に溶け込んでいって、なんだか自分が静かに狂っていくような気がしました。いや、それほど凄いことでもないのですが、酷く感じ入ってしまいました。
とある動物が小道具として登場しますが、使い方が巧妙というわけでもないのに物凄くインパクトがある。
エルロイの作品では悪徳警官ばかりが出てきますが、本作のコンシディーンとアップショーは比較的まともな部類です。
エルロイの出世作とされるブラックダリア、映画化されたLAコンフィデンシャル、異様な文体と某作家さんのとち狂った解説で有名なホワイトジャズ。これらの谷間に埋もれて地味な印象の本作ですが、実は最初に手に取るべきは本作だと思います。ブラックダリアがダメだというエルロイファンはけっこういると思いますが、本作がダメだというエルロイファンはあまりいないと思われます。

LAコンフィデンシャルVSビッグノーウェア
完成度は本作よりもLAコンフィデンシャルの方が上だと思いますが、その理由はLAは……
1事件の裏の陰謀が深く、スケールが大きい。
2視点人物の三人が別個に調査をし、それらすべてを重ね合わせることにより真相が浮かび上がるというその構成が非常に緻密で素晴らしい。
3最初に激しい対立があり、その後、友情が育まれていく、その過程が複雑で緊迫感があってリアル。

ブラックダリアVSビッグノーウェア
miniさんは三人称多視点小説の利点をあげて物語の奥行きを重視、本作に軍配を上げていらっしゃいましたが、私は一人称小説の利点を。文体に変化をつけやすく、視点人物の生の声が聞こえてくること。三人称小説は文体に変化をつけるのが難しい。
物語に奥行きを持たせるには多視点が有利ですが、語り口の工夫や登場人物の心情、情念の表現には一人称の方が断然有利です。
まあなにを言おうとも小説の出来はブラックダリアよりもビッグノーウェアの方が二枚くらい上なんですよね。

以下蛇足ではありますが。
好き嫌いだけで順位をつけるなら、ブラックダリア>ホワイトジャズ>ビッグノーウェア>LAコンフィデンシャルとなります。私は一人称小説の方が好きなのかも。ホワイトジャズの採点を低め(7点)にしたのは二つ理由があります。
どう考えても万人に薦められるようなものではないこと。ビッグ、LAを未読だと感動が半分くらい薄まってしまうこと。ホワイトジャズには最高にかっこいい一行(二行になるのかな?)があるのですが、本作とLAを読んでいないとその一行にこめられた意味がまったくわかりません。

LA四部作の書評終了。なんだか寂しい。

No.72 7点 ゼロの焦点- 松本清張 2016/05/06 20:26
クリスティ再読さんの書評を拝読してひどく気になったので本を入手しました。
極めて日本人的な発想で構築された作品ですね。行間を読ませる文章。私は特に序盤から中盤にかけてのクオリティが非常に高いと感じました。
ほとんどなにも書かずして、青木と本多の人物像を書き分け、本多の主人公に対する気持ちを表現し、義兄の行動に狼狽があることを感じさせます。
この前、東野圭吾の文章は拒絶感があってあまり好きではない(下手だとはまったく思わない)と書きましたが、作者の自意識が見えないという点は本作も同様でしょう。ただ、拒絶されているようには感じない。察してくれという意思があるからでしょう。
日本的、達意、文学的といったクリスティ再読さんの御意見に同意します。
ただし、指摘されている方が何人もいらっしゃいますが、ミステリとしては弱い。そうかといって、社会派と考えるのも中途半端な印象。
私がもっとも納得いかなかったのは主人公の知力や直感が恣意的に発揮される点。
常識レベルの誰でもわかりそうなことに気付かないと思えば、怖ろしい直感で二つの出来事を結びつけて真相を看破したりと、これは頂けない。
それでも文章と物語は堪能できました。
書かれていないことを感じる。そよ風に目を叩かれるような読書体験でした。

最後に、私が最も印象的だった文章はこれです。
『夫人の立っている横には、鉢植えの万年青が葉を広げ、その深い蒼い色に冬の冷たさが滲みこんでいるようだった』
以下ネタバレ











ミステリで犯人をほとんど当てた試しなしの私が事件が起きる前に犯人が分かってしまいました。

No.71 6点 メグレと妻を寝とられた男- ジョルジュ・シムノン 2016/05/03 11:21
妻と間男を殺してしまいたいとメグレに告白するレオナール・プランション。メグレは彼をなだめて、自分に毎日電話をするよう約束させる。その電話が来なくなって……。
なんというか、もう居たたまれなくなる話です。今まで読んだメグレものの中でもトップクラスの憐れな男。それにしても、メグレものは男を盗られる女の話よりも女を盗られる男の話がやたらと多いように感じるのは気のせいでしょうか。
プランション、妻、娘、間男、従業員と彼らの関係が言葉少なく巧みに綴られていくさまはさすがです。事件はメグレものにしてはわりと手が込んではいますが、まあいつもの通り、読みどころはそこではありません。
事件が決着し、裁判でメグレは証人として法廷に立ちます。
ここでのメグレの発言により、司法関係者の意識の中で事件の構図ががらりと変わってしまいます。事件の本質はそこではないと思いながらも、メグレは自分の役割を放棄することはできません。
人が人を裁くことの難しさをシムノンはいくつかの作品で書いておりますが、この作品にもそうした片鱗が見られます。
「これだから法廷に立つのはイヤなんだ」というメグレの苦み切った呟きが聞こえて来るようなそんな結末でした。

No.70 7点 悪党パーカー/襲撃- リチャード・スターク 2016/05/01 11:21
エドワーズという男がパーカーに仕事の話を持ち込んだ。
山間のどんづまりにある小さな町、出入り口を封鎖して警察署や電話局を押さえてしまえば銀行に宝石店、全てをかっさらうことができると。
与太話だ。パーカーはこの話に乗るつもりはなかった。ところが、ものは試しと仲間たちと計画を詰めていくうちに話は現実味を帯びていった。
それでもパーカーはエドワーズについて一抹の不安を感じていた。
悪党がかっこよく見えてくる極めて不健全なシリーズの五作目です。

エドワーズをもう少しうまく使えなかったかなと思いました。彼がなにかやらかすことはわかっていましたが、ちょっと単純過ぎる。彼が●●だったことをもっと活かして面白くできたように思えます。もっとも複雑なプロットを楽しむタイプの作品ではないんですけどね。
それから、町を封鎖、うまいこと考えたものだと思いますが、この町には一つ規則があって、その規則があればこそこの犯罪も成立し得る。無茶な規則ではありませんが、ちょっとご都合主義かな。でも、この壮大な計画には浪漫を感じます。通信手段が発達した現代では不可能な話なんで。

プロットは単純過ぎると感じるかもしれません。現代の読者からすると捻りが足りないと。ですが、このシリーズの読みどころはパーカーの人物造型と単純明快痛快なプロットであり、その二つにさらに勢いを与えるきびきびした文体だと考えます。
無口で冷徹なパーカーにピッタリの文体。そうはいっても三人称多視点の小説なんですが、なぜか私は文章のあらゆる部分からパーカーの影を感じ取ってしまうのです。

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tider-tigerさん
ひとこと
方針
なるべく長所を見るようにしていきたいです。
書評が少ない作品を狙っていきます。
書評が少ない作品にはあらすじ(導入部+α)をつけます。
海外作品には本国での初出年を明記します。
採点はあ...
好きな作家
採点傾向
平均点: 6.71点   採点数: 369件
採点の多い作家(TOP10)
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