皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
HORNETさん |
|
---|---|
平均点: 6.32点 | 書評数: 1121件 |
No.601 | 7点 | 天使の屍- 貫井徳郎 | 2019/03/23 14:01 |
---|---|---|---|
面白かった。
主人公の息子が死んだのが、自殺だったのか?それとも他殺?・・・父親が真相究明に乗り出していく過程で、仲の良かった同級生たちが次々に同じように死んでいく。成績優秀で、自殺をバカにしていたはずの息子には何があったのか?大人には見えない、少年たちの世界が明らかにされていく。 好感がもてたのは、今の世間にあふれている安っぽい学校批判でなかったこと。「真実を隠そうとする学校」というステレオタイプのスタンスではなくて、教師の苦悩、落ち度はあったかもしれないけど精一杯やっていたお互い(親と学校)が理解し合おうとする様はなんだか救われた。 |
No.600 | 6点 | 最後の女- エラリイ・クイーン | 2019/03/23 13:47 |
---|---|---|---|
親の遺産を継いだ放蕩息子が、3人の前妻を呼んで離婚契約の変更を諮っている過程で殺された。息子はエラリイの知り合いで、事前に遺言書の書き換えの証人になってもらっていたのだが、死後にそれを開封すると、前妻たちにほとんど遺産は残らないことに。殺したのは誰か?背後に潜んでいる人間関係は?
・・・と、ある意味非常にオーソドックスなオールドスタイルミステリで、出来栄えも標準的。ダイイングメッセージの論理は面白く(死ぬ間際にそこまで考えを巡らせられるか!という無粋な指摘はこの際置いといて)、それがメインで作られた話なのだろう。 少なくとも不可はなく楽しめる長編と感じた。 |
No.599 | 6点 | 豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件- 倉知淳 | 2019/03/10 10:35 |
---|---|---|---|
典型的な倉知淳の短編集という感じ。真面目な文体で書きながら、全体の内容としてユーモラス、というお得意の作風が並ぶ感じ。
「薬味と甘味の殺人現場」は、犯行の様相に込められた犯人の意図を解釈することを主眼とした作品だったが、目の付け所が独特でなかなかに面白かった。表題作「豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件」は一瞬ぶっ飛んだSFバカミスと見せかけておいて、オチで本当の仕掛けが暴露される手際が上手い。「猫丸先輩の出張」は相変わらずの猫丸先輩の毒舌や奇矯な行動にユーモア度全開だが、その一方で真相の論理は一番しっかりしている気がした。 「夜を見る猫」だけ、あまりにフツーな短編のように感じたが… |
No.598 | 6点 | 碆霊の如き祀るもの- 三津田信三 | 2019/03/10 10:22 |
---|---|---|---|
周囲を断崖に囲まれ、孤立化している4つの海辺の村。いつものように怪異譚の収集に地元民と共に訪れた言耶だったが、その地に伝わる伝説をたどるように密室状況での殺人事件が連続する。
冒頭の4つの怪談はやや長すぎて気疲れしたが、本編に入ってからは期待通りの雰囲気。密集した竹林の中での餓死、物見櫓の張り出し板からの転落、洞窟中での刺殺…と、現代とは隔絶した世界とも言えるムラ社会ならではの、独特の三津田ワールドが今回も全開だった。 ただ、自分に免疫ができてきてしまっているのか、過度に期待しているからなのか分からないが、本シリーズを読み始めた当初のゾクゾク感には至らなかった。祭りや伝説(唐喰舟など)の意味をどう解釈するのかとか、そこから殺人の見立ての意味をどう解釈するのかとかいった話は、理屈っぽい割には論理的ではない気がして、あまり好ましくなかった。 連続殺人の真相も、こういうからくりは飛び道具のような印象を受けるし、最後の事件の真相に至っては肩透かしの感も否めなかった。個人的には第一の「竹林中での餓死」が一番すっきりした。 |
No.597 | 7点 | パンドラ 猟奇犯罪検死官・石上妙子- 内藤了 | 2019/03/10 09:42 |
---|---|---|---|
法医学部の大学院生・石上妙子は、警察捜査の検死にも携わる。ある日、警察で自殺とされた少女の遺体を検案したところ、遺書の一部が口腔内から発見された。些細なことと躊躇うものの、妙子は違和感を拭えず、結局そのことを進言する。
実は同じころに少女の連続失踪事件が起きていおり、妙子の報告に注目した刑事・厚田厳夫は、妙子に捜査への協力を求める。妙子は、英国から招聘された法医昆虫学者であるサー・ジョージの力も借り、事件の謎に迫ろうとするのだが― 「猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子」シリーズのスピンオフ作品ということらしい。私自身はそのシリーズを知らず、これが初読であるが。 「ベレー帽」「画家を名乗る男」などから、大久保清事件をモデルにしてるんだよね、きっと。そんな昭和の事件の雰囲気を漂わせながら、煙草を愛飲する女子法医学生が暗躍するという疾走感のあるストーリーはなかなかに面白かった。 色恋関連の絡み方も含め、ハードボイルドテイストの作品だと感じた。 |
No.596 | 5点 | オーパーツ 死を招く至宝- 蒼井碧 | 2019/03/10 09:19 |
---|---|---|---|
大学生・鳳水月の前に、ドッペルゲンガーかと見紛うばかりに自分に瓜二つな男・古城深夜が現れた。彼は自らをオーパーツ(謎に満ちたら古代の工芸品)の鑑定士だと自称する。そして実際に好事家たちから依頼を受け、ほうぼうに鑑定のために赴く。それらに水月も同行するのだが、行く先々でオーパーツを巡る不可解な事件に立ち会うことになる――という連作集。
設定からして奇矯だが、内容も言ってしまえばバカミスの類。そう思って架空のトリックを楽しむ気になればそれなりには面白い。一話目の「十三髑髏の謎」は伏線も上手く張られていてよかったと思う。最終話「ストーンヘンジの双子」は、挿入された図を見ればやりたいことは一目瞭然で、これまでの書評にもあるように一番バカミス度が高い。 そんな感じで、精緻にリアリティを問うても仕方がなく、割り切ってゲーム感覚でトリックを推理するタイプの作品だと思う。 |
No.595 | 7点 | 感染領域- くろきすがや | 2019/02/18 21:51 |
---|---|---|---|
トマト農業を話材にバイオテクロノロジーとその研究者を題材とした、アウトブレイクというかパンデミックというか、そんな感じの話(バイオサスペンスというらしい)。
と書くと小難しいような印象をもつかもしれないが、少なくとも科学的な詳細をがんばって読まなければ理解できないような難解な話ではなく、むしろ初見の素人が「面白いなぁ」と感じながらそういう分野に興味をもてる上手なラインで話が進められている。科学的な説明は確かにあるが、きちんと理解せずに読み進めても大丈夫(ざっくりした枠組みだけなんとなく理解できていれば)。 私は個人的に、ミステリにおける無駄な恋愛要素はあまり好まないのだが、この作品についてはリーダビリティを支える大きな要素だった。主人公の安藤は、以前大学内の不正研究を告発し、裏切り者扱いで閑職に追いやられている生殺し状態。安藤自身は卑屈になることなくそれを受け入れている風だが、当時付き合っていた現農水省の美人キャリア・里中しほりは今やそんな彼を完全に見下したような言動。しかしながら、要所要所では安藤への断ち切れない思慕を思わせる(あるいはただふしだらで奔放なだけ?)風があって、なんだかその展開からも目が離せなかった。 裏で糸を引く黒幕も、事件の収束の仕方も結構ほぼ予想の範疇内ではあったという点ではミステリとしてのパンチは弱いかもしれないが、バイオを題材としてここまで面白く読ませる発想・構想力には素直に脱帽する思いだった。 |
No.594 | 8点 | 虚の聖域 梓凪子の調査報告書- 松嶋智左 | 2019/02/18 21:25 |
---|---|---|---|
元警察官にして探偵の梓凪子の、甥・輝也がデパートの屋上から転落して死んだ。輝也の母である凪子の姉・未央子は、学校でのいじめによる自殺を疑い凪子に調査を依頼する。しかし凪子と姉・未央子は決して友好な関係とは言えず、むしろ幼いころからの犬猿の仲。断りたい一心の凪子だが、結局凪子が最も嫌う未央子の圧力には逆らえず依頼を受けることに。
半ば渋々調査を始めた凪子だったが、調査を進める中で、何かを隠していそうな学校や輝也の同級生の態度に触れていくうち、その探偵魂に火がついていき― 第10回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作。巻末の解説で島田荘司氏が「女ハードボイルド」の傑作として絶賛している。 そうしたミステリ系譜上の評価は正直分からないが、事件の謎自体の魅力と、物語の下地となる人間関係設定が面白くて、読み進めるのに飽きない快作であることは肯ける。依頼主である姉との確執が物語に絶妙な味付けをしており、その姉を含めた兄妹関係の様相が泥臭くてしかもありがちで面白い。 謎の解明というミステリとしての要素についても、主人公がつかんだ手がかりを丁寧にかつ上手く意味ありげに提示していて、読者の追究の興味を削がない。真犯人の解明についてはちょっと飛び道具的な感じはあるが、ミステリ以外の要素でも楽しませてくれていたのであまり不満に感じなかった。 唯一、主人公・凪子の警察官時代の失態をもっと具体的に知りたかったが、どうやらシリーズ化されそうなのでその中でおいおい明らかになっていくのかと期待する。 |
No.593 | 7点 | コンビニなしでは生きられない- 秋保水菓 | 2019/02/18 20:37 |
---|---|---|---|
第56回メフィスト賞受賞作。
大学を中退し、コンビニバイトで生活している白秋。大学での人間関係に馴染めずリタイアした白秋には、そんな自分に対する劣等感があった。そんなある日、コンビニに新人研修生として女子高校生の黒葉深咲がやってきた。教育係を指名され、とまどいながらも対応する白秋だったが、レジに出たばかりの黒葉がコンビニ強盗に遭う。その後も、繰り返しレジに並ぶ客、売り場から消えた少女など、コンビニで続く奇異な出来事の真相を解いていくという「日常の謎」スタイルの連作短編集― だったのだが、この一冊は単なる奇譚集には終わらない。中盤からは過去にあったコンビニ店員の自殺事件に焦点があたり、次第にその真相に迫っていく展開になる。白秋と黒葉のラブコメ要素が、甘っちょろいラブストーリーを鬱陶しがる人にはうるさいかもしれないが、それも単なる物語を彩る要素に終わらないところに新鮮さを感じた。 タイトルや表紙の印象ではラノベテイストの最近よく見るタイプに感じるが、意外にそうではなかったところに面白さを感じた。 |
No.592 | 5点 | 叙述トリック短編集- 似鳥鶏 | 2019/02/09 17:40 |
---|---|---|---|
最後の作者の言葉(一応これも「小説」の一部なのだが)「またこういうふざけた企画でお会いできれば…」を紹介すれば、だいたいこの本の雰囲気は察せられると思う。各短編で叙述トリックを仕掛けることを冒頭に明言して、遊び心満載で仕上げた一冊、といった感じ。
とはいえその「叙述トリック」自体はなかなか面白く、トリックそのものとしては「閉じられた三人と二人」が一番やられた。特に速読を信条としている方(そんな人はいないか)はやられやすい、うまいこと読者心理をついた仕掛けだと思った。 話としては「背中合わせの恋人」がよかったな。ミステリとしてのネタバレにはならないと思うから書くが、読者が望む結末に普通に辿りついて安心した。 いろいろな試行錯誤をしながら常に「今までにないものを」という作者の創作意欲はよく伝わってくる。 |
No.591 | 4点 | グラスバードは還らない- 市川憂人 | 2019/02/03 16:11 |
---|---|---|---|
世に名を馳せる不動産王、ヒュー・サンドフォードには法を犯した秘密がある。それは、自身の城である72階建て「サンドフォードタワー」最上階の邸宅で、輸出入禁止の希少動物を飼っているということだった。ヒューのごく近しい人間にのみ、その秘蔵コレクションを開陳しているのだが、その中で特に目を惹き、心を奪うのが「硝子鳥(グラスバード)」だった。
一方、マリアと漣は、偶然にも希少動物密輸湯の捜査の線上にヒューが現れたことをつかむ。だが政財界に強いコネクションを持つ相手であることから、上層部の圧力により捜査は打ち切りに。例のごとくそんな命令を無視してタワーを訪れた二人だったが、あろうことかタワー内の爆破テロに巻き込まれてしまう…。 同じ頃、ヒューの所有するガラス製造会社の社員とその関係者四人が、知らぬ間に拘束され、迷路のような密室に閉じ込められていた。状況がつかめずにうろたえる中、突然すべての壁が透明になり、一人が死体となって横たわっているのを発見する…。 1980年代という過去を舞台にしながら、現在ですらあり得ない空想的な科学技術がふんだんに盛り込まれる一方、携帯電話等がないなど、当年代なりの技術水準も踏まえられているという、一風変わったSFミステリだと思う。こんな複雑な構想、よく考えるなぁ、と作者の創作力には感心するものの、ミステリとしては前書評の”はっすー”さんにほとんど同意。一番の謎を、その「SF」で解決しちゃってはねぇ… 真犯人も、登場した時点で怪しいと感じてしまう出方で、解決編を読んでも「やっぱりね」と思ってしまった。事件の不可解な様相を生んだからくりには「なるほど」と納得がいったところがあるが、肝になる部分について反則の感があったのは、ぬぐうことができなかった。 独創的な創作力のある作家さんであることは間違いないので、今後の作品に期待したい。 |
No.590 | 7点 | 雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール- 呉勝浩 | 2019/02/02 21:07 |
---|---|---|---|
氏の作品は、乱歩賞を受賞した「道徳の時間」しか読んでいなかったが、作風のあまりの違いに驚いた。そういう意味では幅の広い作家さんなんだと思う。
雛口依子は「一人ボウリング」からの帰り道、車とぶつかって宙を舞う。その瞬間にここ最近の出来事を回想するという形で本編が始まるのだが― 無差別銃乱射事件の犯人の妹・葵との出会いから、事件の真相をルポに書くため過去を辿る2人の日々へと物語は展開していく。依子の一家は、明らかに怪しい宗教の教祖に囲われた生活だが、その異常性を依子自身は理解していない。その「異常性を理解していない」依子の視点で描かれる過去の日々に、読者としてはツッコミどころ満載で、タイトルどおり「やけくそ」なぶっ飛んだ感じに、そこかしこで笑いが漏れる。 だが、ルポを書くための過去取材が、無差別乱射事件の真相を暴くことにつながり、ラストには予想しえなかった真実が用意されている。おどけた感じで物語が展開されていながら、しっかりミステリとして成立しているところに作品の面白さを感じる。あまりに教祖の言うなりに唯々諾々と過ごす主人公にいらだちを感じるものの、最後にはすべてが暴かれて多少なりとも陽を見るところはあり、総じて面白いと思える一冊だった。 |
No.589 | 7点 | 人間狩り- 犬塚理人 | 2019/01/27 19:42 |
---|---|---|---|
20年前に起きた女児殺害事件の、犯行映像が闇オークションに出品された。その映像は、犯人以外は捜査関係者しか触れられる可能性はない。流出したのは警察関係者では?―人事一課監査係の白石は上司に命令され、内部捜査を開始する。
一方、カード会社で督促の仕事をする江梨子は、電話で顧客に罵声を浴びせられるストレスのたまる日々。そんなある日、対応した客から「お前のせいで娘が自殺した」という電話を受ける。真偽を確かめたい江梨子は、その男を突き止めるが、娘がいることも自殺もおそらく嘘。本人は、生活保護を不正に受給し、薬の転売で小銭を稼ぎながらギャンブルや援助交際に明け暮れるクズ男だった。怒りを覚えた江梨子は、その悪行をネットに晒す。動画は警察が動くほど話題となり、男は逮捕。かつてない満足感を覚えた江梨子は、悪人を“炎上”させ懲らしめる〈自警団〉サイトにのめり込んでいく……。 別々の場で展開していく物語が、20年前の事件で重なっていく。昨今よく見られる展開ではあるが、「これがどうつながっていくの?」と面白いことは変わらない。 タイトルから猟奇的な内容を想像していたのだが、実際は「ネット上での私刑」という意味での「狩り」だった。だが、それはそれで面白かった(そのことに通じていなければ分からないような、難解な内容はない)。これからはこういうネット、SNSを舞台とした話がどんどん増えていくんだろうなぁ。 謎の中心は、「犯行映像をネットオークションに挙げたのは誰か?」。当然始めは事件の犯人が疑われるが、そんな単純な話だったら小説にならないわけで、真相は20年前の事件からの裏事情が明らかになるにつれて分かってくる。 読み易いし、興味も切れさせない、面白い話だった。 |
No.588 | 6点 | スクープ- 今野敏 | 2019/01/26 21:19 |
---|---|---|---|
TBNテレビ報道局社会部の布施京一は、看板番組「ニュース・イレブン」所属の遊軍記者。会議は遅刻、夜は毎晩繁華街に繰り出す、など素行に問題はあるものの、本人はいたって素直なつもりで、何故か人を惹きつける。独自の取材で数々のスクープをものにしている彼の取材ソースのひとりは警視庁捜査一課の黒田裕介刑事。顔を合わせれば「失せろ」と言われる存在だが、なぜか切っても切れない関係。今日も夜の街に繰り出し、フラフラしているようで事件の真相に迫る布施であった―
布施、捜査一課黒田、布施の上司の鳩村デスク、キャスターの鳥飼と香山、ちょっとうっとうしい東都新聞の持田記者、という固定メンバーで綴られた短編集。相変わらずそれぞれのキャラ付けが上手く、各編の展開も早いので、テンポよく読み進められる。 一応それぞれに謎があり、ミステリとして仕立てられてはいるが、真相はストレートなものばかりなので、それにだけに重きは置かれていない。報道局を舞台とした、変り者敏腕記者の武勇伝集といった風情。 |
No.587 | 7点 | 火のないところに煙は- 芦沢央 | 2019/01/26 20:54 |
---|---|---|---|
私(芦沢央)が、「神楽坂を舞台に怪談を書きませんか」という出版社の依頼から、怪異譚を集めたという体のモキュメンタリー。
占い師に「結婚すれば不幸になる」と断言されたカップルの、謎に満ちた末路を描いた1作目「染み」をきっかけに、怪異譚が次々と「私」のもとに寄せられていく。それを順に書き綴っていくことで連作短編集となるのだが、最後にはすべてを結び付ける絶妙な結びが用意されている。 ここ最近注目を浴びだした新進気鋭の作家の、「さすが」と思わせる腕を感じさせてくれる一冊。 |
No.586 | 6点 | 錆びた滑車- 若竹七海 | 2019/01/26 20:35 |
---|---|---|---|
氏の作品はこれまでアンソロジーで短編を読んだことがあるだけで、長編は初めて読んだ。よってこれはシリーズものだが、初めて。
葉村晶、カッコいいなあ。こういうシリーズにファンがつくのは分かる気がする。近ごろの映像作品でありがちな隙のないタイプじゃなくて、惑ったりグダったり失敗したりしながら、それでも泥臭く真相にたどり着く、親しみを感じるタイプ。そういう意味でのカッコよさがある。 makomakoさんも書かれているように、密かに散りばめられた伏線を紡いで真相がスパークするという、非常に丁寧なミステリ。ただ、これもmakomakoさんが書かれているように、それがあまりにも葉村晶の日常捜査風景的に描かれている(伏線として上手すぎる?)ため、最後に引き合いに出されたときにはすでに覚えていない(笑)。登場人物も多めで、従妹とか甥、姪とかが出てくると関係がスッと描けず、何度かページを戻って確かめることも何度かあった。 ともあれ女探偵・葉村の魅力には魅せられるシリーズだと感じた。 |
No.585 | 5点 | それまでの明日- 原尞 | 2019/01/26 20:07 |
---|---|---|---|
各ミステリランキングで悉く1位だったので、初めてだったが読んでみた。知らなかったのだが、どうやらものすごく寡作の作家らしい。だからおそらく、一定のファンがいて、「待ちに待った…!」という感じなのだろう。ただ、新規参入で初めて読んでも全く問題はなかった。
金融会社の支店長を名乗る男から、料亭の女将の身辺調査を依頼された探偵の沢崎。ところが沢崎が調べると、女将はすでに死んでいた。そのことを報告しようと金融会社を訪ねると、強盗事件が発生し、沢崎は巻き込まれてしまう。なんとか事件は収まったものの、支店長の行方は依然として不明。その行方を追究するうちに、今回の依頼の裏にあった事情に巻き込まれていく―。 読んでいくうちにだんだん事情がややこしくなってきて、整理しながら読まなければ理解が及ばない難しさを感じた。物事に動じない沢崎のキャラクターは好ましく確かに面白いが、この作品が各ミステリランキングの1位を総ナメするほどのものなのかは自分にはわからなかった。 |
No.584 | 5点 | 許されざる者- レイフ・G・W・ペーション | 2019/01/26 19:41 |
---|---|---|---|
国家犯罪捜査局の元凄腕長官ヨハンソンは、脳梗塞で倒れ、命は助かったものの麻痺が残り、入院生活を送ることになった。そんな彼に、女性の主治医が「牧師だった父が、懺悔で25年前の未解決事件の犯人について聞いていた」と話した。それは、9歳の少女が暴行の上殺害された事件だったが、ちょうど事件は時効になったばかりだった。それでもラーシュは相棒だった元刑事らを動かし、事件を調べ直そうとする。
病気の具合により不安定な精神状態のヨハンソンが、元同僚や部下を使って捜査を進めていく。捜査の嗅覚は現役時代さながらの鋭さを見せながら、振る舞いは「わがままな頑固老人」のようなところもあり、その様子は読んでいて楽しい。 すでにお蔵入りになった過去の事件の再捜査ということで「聞き込み」や「資料の洗い直し」が主となり、そういう意味では地味な感じがした。 |
No.583 | 8点 | カササギ殺人事件- アンソニー・ホロヴィッツ | 2019/01/05 11:42 |
---|---|---|---|
物語の冒頭は、女性編集者が人気シリーズの最新作「カササギ殺人事件」の出来上がった原稿を読み始めるところから始まる。要はタイトルの「カササギ殺人事件」は同題名の作中作で、第一章からはその作中作がそのまま本文となって描かれる、いわゆる額縁構成だ。この時点でこの構成に企みがあることはすぐに予想がつくが、上巻は普通にこの作品が描き進められていくので、一読者として読み入ることになる。
この作中作が、往年の海外本格を思わせる舞台設定で、本格好きならば単体で十分楽しめるレベル。閉鎖的な村で複雑に絡み合った人間関係、それゆえに数の多い容疑者、事件の背景にある過去のできごと、など王道の本格ミステリ要素が満載で、探偵役が独特の嗅覚で真相に迫っていく。そして物語が佳境に迫ったところで上巻が終わるのだが― 下巻を読み始めてびっくり。場面は実世界の編集者に戻り、上巻で描かれていた物語の原稿がそこで途切れ、「最終章がない」ということになる。そこからは現実世界で失われた最終章原稿を探す話になるわけだが、その矢先に原稿の作者が不審な死を遂げることになり、女性編集者はその真相を追うことになる―といった話だ。 多少煩雑で、話が長いと感じるところもあったが、最後には現実世界の謎が解き明かされたあとで作中作「カササギ殺人事件」の最終章も示されており、額縁構造の作品の両者で展開されたミステリが完結する。まさに「一粒で二度おいしい」作品で、しかもそれぞれのクオリティが高い。 本作品が各ランキング等で高く評価される理由にも合点がいく内容で、作者の構想と手腕に素直に感心する作品だった。 <ネタバレ要素あり> 本作品の現実世界の方の謎に関しては、翻訳者が苦労したのではないかと容易に想像できる。というか、どうやって日本語に落とし込んだ(ねじ込んだ)のだろう? |
No.582 | 7点 | 連続殺人鬼カエル男ふたたび- 中山七里 | 2019/01/05 11:10 |
---|---|---|---|
中山氏の作品は、出版社さえも超えて多くの作品で同じ世界が共有されて登場人物がつながっており、いわば「中山七里小説ワールド」が形成されている。読者は作品を単体で楽しむだけでなく、「あっ!この弁護士はあの『〇〇〇〇』に出てきた弁護士だ!」とか、「この監察医はあの『〇〇〇〇』の…」などと、他作品を思い返しながらその世界を楽しむことができ、それがシチリストたちの一つの醍醐味になっている。(このことについて中山氏は「ミステリだけで読者を惹きつけるだけの手腕がないので、付加価値をつけることにした」と言っているそうだ)本作はまず、こうしたシチリストの欲を大いに満たしてくれる登場人物たちである。
本書を紹介する広告文等で「前作から読むことをお勧めする」といったものが散見されるのはそういった点もあるし、あとはそもそも完全に前作読了を前提として書かれていて、前作の真相が作中で平気で書かれているので、本作「ふたたび」を読んでから前作「カエル男」を読むことはホントにお勧めできない。 さて、冒頭は前作の終わりの時点から始まるが、その後の展開は前作とそっくりで、酸鼻を極める惨殺が「カエル男」の犯行声明文と共に続く。前回と違うのは、前回は飯能市内に限られていた犯行が、他県や東京都にまで範囲を広げてしまったこと。警視庁との合同捜査本部が置かれた時には「ひょっとして〇〇刑事も登場するのか・・・?」とかなり期待したが、それはなかった。 この事件に関しては渡瀬よりも古手川が奮闘するパターンも前作から踏襲されていて、そういう点ではちょっと既視感を感じるところもあった。 真相は、真犯人は読めなかったものの、作中で犯人として追われている人物が当人ではないことはずいぶん前から気付いていたので、驚きはさほどでもなかった。 氏の多くの作品に描かれる加害者の人権問題や憲法39条についての問題が色濃く描かれており、単なる謎解きだけではない、幅広い物語に仕上げられているのは相変わらずで、さすがだった。 |