皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
HORNETさん |
|
---|---|
平均点: 6.32点 | 書評数: 1153件 |
No.633 | 7点 | わらの女- カトリーヌ・アルレー | 2019/07/27 20:44 |
---|---|---|---|
結婚相手を求める大富豪の新聞広告に応募し、幸せをつかもうとする女。その物語設定と始まりが面白く、すぐに話に入ることができた。
広告を出したのは実は大富豪当人ではなく、その男性秘書、アントン・コルフ。それも勝手にやったことで、真実は一人の女性に大富豪に取り入って妻になってもらい、財産のおこぼれをもらおうという周到な計画だった。計画を打ち明けられた女性、ヒルデガルデは、自身の幸せのためにその計画に乗る。かくして、気難しい大富豪に気に入られ、結婚へともちこむ二人の計略が始まった―。 後半のどんでん返しは確かに面白い仕掛けだった。が、仕掛けがそれで終わりで、そのあとはそれまでの「復習」のようにアントンの巧妙な計画が描かれ、その思惑通りにことが進んで終わっていたことが拍子抜けだった。そこからのヒルデガルデの大逆転があるかと期待して読んだのだが、結局そのままのダークなエンディングだったのがちょっと残念。 |
No.632 | 6点 | まっ白な嘘- フレドリック・ブラウン | 2019/07/27 20:26 |
---|---|---|---|
無駄なく短い話の中にパンチの利いたネタが仕込んである、短編集の見本のような一冊。その仕掛け方もバラエティに富んでいて、作者ブラウンが「アイディアとプロットに苦労したことはない」と豪語したというのもうなずける。
「笑う肉屋」「四人の盲人」「闇の女」のような、オーソドックスな謎解きミステリが私はやはり好き。「闇の女」の真相は予想できたが、落としどころが絶妙だと思った。 含みを持たせる終わり方の「叫べ、沈黙よ」「自分の声」も秀逸。ショートストーリーを活かした、後を引く不気味さの演出がよかった。「後ろで声が」も。 当代随一の短編の名手という触れ込みを裏切らない、古典の名作。 |
No.631 | 5点 | どこかでベートーヴェン- 中山七里 | 2019/07/21 16:12 |
---|---|---|---|
ミステリよりも、若者の「夢と才能」談義に多くが割かれており、青春群像ものの色が強い。ただその内容はありがちな甘ったるいモノではなく、中山氏らしい骨太の表現と内容なので、読み応えはあった。一方で、音楽・曲に関する描写も非常に多く、こういう部分をうるさく感じる人もいるだろう。ただそういう場合はその部分を読み飛ばしてしまっても、ストーリー理解には全く影響がないのでそうしてよいと思う。
ミステリとしては、謎も推理も割と単純。真犯人は意外だったが。 御子柴シリーズとはだいぶ色が違う。色が違うものを書けることこそ作者の力量だが、その分読者のシリーズの好みも分かれるということ。 |
No.630 | 7点 | わが目の悪魔- ルース・レンデル | 2019/07/21 16:00 |
---|---|---|---|
やや内向的でありながらも平凡に暮らす一住民のようでいて、実は内に狂気を宿し、昏い感情を燃やしている隣人―こうしたテーマの作品は後年、また最近になっても多くみられるようになったが、1970年代という時代に書かれた本作品はその嚆矢とも言えるだろうし、今読んでも十分に面白かった。
異常者アーサーの、保身のための小手先の悪事がどんどん泥沼にはまっていく様子、それにより人生が狂わされていながらそのことを知らないアントニー、このストーリーがどこに向かいどう着地するのか、ハラハラしながら展開を追うことができた。 結末はややあっけなく、氏の他作品も知っている方々には物足りなさもあったようだが、初めて氏の作品を読む私には期待以上の面白さだった。 |
No.629 | 5点 | 予告殺人- アガサ・クリスティー | 2019/07/21 15:21 |
---|---|---|---|
初めの事件のシーンと、そのあとの刑事の聞き込みでの一人一人の証言を見比べた段階で、犯人の予想はつく。割と平板な展開が長く続いたのち、やはり犯人はその人だったという感じで、クリスティ作品の中では際立つものではなかった。犯人の正体を含む、事件の背後関係の構築とその解明過程はクリスティらしい面白い内容だった。
タイトルからも「新聞紙上に殺人の予告広告を出す」ということに対する意味や仕掛けに期待をしていたのだが、それとは別の部分でのトリック解明が主になるため、何となく思っていたのと違うように感じてしまうこともあった。人を集める必要はあったと思うが、新聞広告などする必要があったのかと考えだすと、「予告殺人」と冠された作品への期待に応えるものにはなっていないような気がした。 |
No.628 | 5点 | 絶対正義- 秋吉理香子 | 2019/07/21 15:00 |
---|---|---|---|
絶対正義、ってそういうことか。なるほどね。
こういうのを読むと、確かに正論かもしれないけど、それを突き詰めていくことで不寛容で生きにくくなる様相は最近の社会にもあるような気がする。〇〇ハラの問題とか、不祥事の問題とか・・・もちろん内容や程度によるけど。 正義が全て、間違ったことは一切許さない。そんな高規範子の勧善懲悪ぶりに始めは感心し、尊敬していた女友達たちだが、その度を越えたふるまいや、私生活にまで立ち入ってくる無神経さに次第についていけなくなり、やがては強い憎しみを抱くようになる。読んでいるこちらも、正義を標榜しながらも、あまりにも一般の感覚や常識からかけ離れている範子に怒りがこみあげてきてしまう。そんな感じでページを繰るうちに、あっという間に読み終えてしまう。 非常に読みやすい、イヤミスの典型。 |
No.627 | 8点 | 殺人交叉点- フレッド・カサック | 2019/07/07 20:48 |
---|---|---|---|
表題作と、「連鎖反応」という中編との2編が収録されている。
表題作については…やられましたね。読み進める中で自分の内に、作品の年代から「ちょっと形を工夫した、通り一遍の倒叙モノかな」と高を括っていたところがあった。見事にやられた。 読者へのミスリードが非常に巧み。そっち方面の仕掛けとは露ほども疑わず読み進めていたから、衝撃はなおさらだった。それほど自然に仕掛けに引き込んでいるのは、作者の腕だと思う。 2作目の「連鎖反応」は、計画する殺人計画が行ったり来たりして、だんだん読むのに倦んできていたが、ラストで目が覚めた。 海外古典は名作の宝庫だな…と思ってしまった。 |
No.626 | 10点 | エラリー・クイーンの冒険- エラリイ・クイーン | 2019/07/07 20:33 |
---|---|---|---|
ロジカル・ミステリの「うまみ」を短編として凝縮したような作品集。
意味深な伏線を仕込みながらじわじわと結末に向かう長編もそれはそれで楽しい。短編はロジックに特化して、削ぎ落された純粋なパズラーぶりがたのしい。堪らない。 短い尺でありながらも、現場の状況や情報から考えられる可能性を挙げ、不可のものを一つずつ潰していく丁寧さには揺るぎがない。他の人は気にならない犯行の瑕疵に気を留め、そこから真相にたどり着く様は期待通り。私としては「三人の足の悪い男の冒険」「見えない恋人の冒険」「チーク煙草入れの冒険」「七匹の黒猫の冒険」が、エラリーが何をどう切り崩すのか見当がつかなくて、その分後半を嘆息しながら読んだ。 新本格の作家たちがこぞって崇拝するクイーンの魅力が凝縮された贅沢な一冊だと言いたい。 |
No.625 | 5点 | 任務の終わり- スティーヴン・キング | 2019/07/06 22:08 |
---|---|---|---|
「ミスター・メルセデス」にはじまる3部作の完結編。
6年前にメルセデスで群衆に突っ込み大量殺人を犯した男、ブレイディ・ハーツフィールド。退職刑事ビル・ホッジズとの戦いの末、第2の事件を起こす直前で捕らえられたブレイディは、その際に脳に負った重傷による後遺症で、意思疎通も困難な状態で入院していた。だが、その周囲で超自然的な怪事が頻々と発生する。 一方、相棒のホリーとともに探偵社を営むホッジズのもとに、現役時代にコンビを組んでいたハントリー刑事から、ある事件の現場に来てほしいという連絡が入った。母娘が自宅で死んでいた事件なのだがその2人はなんと、6年前のメルセデス事件の被害者母娘だった。無理心中として片付けようとする警察だが、ホッジズとホリーは現場に残された「Z」の文字に違和感を感じる。母娘がメルセデス事件の被害者ということから、嫌な予感を抱く2人だったが― 1作目の「メルセデス・キラー」、ブレイディ・ハーツフィールドが再登場。因縁の対決についに決着がつく。 完全に超常現象の世界に行ってしまった。ホラーが真骨頂のキングだから、まぁらしいといえばらしい。登場人物のキャラ付けやその描写はさすがに上手くて、上・下巻も止まらず読めてしまうリーダビリティはさすが。ただミステリを期待している人は、「うーん…これはちょっとなぁ…」と思ってしまうと思う。 |
No.624 | 5点 | 仮面幻双曲- 大山誠一郎 | 2019/06/30 19:28 |
---|---|---|---|
<ネタバレ>
「整形した武彦は誰なのか?」がメインの謎と思わせておいて、実はそこからひっくり返される・・・やられました。しかも、いかにも「こいつが武彦なんでしょ?」と思わせる、ミステリファンを誘導するミスリードがなかなかうまくて、途中まで「丸わかりじゃん」と思っていた自分を恥じた。考えてみたらそんな単純なオワリなわけないよね(笑) ただこれまでの方が述べられているように、第2の事件に関してはかなり強引。理屈としては分かるんだけど、犯人であったら一番緊張し、神経が張り詰めるであろう犯行の行程が「~こうしたのです」とアッサリ説明される(切断した頭部と両腕を棺に戻すとか……それを誰にも悟られずにやることこぞ、至難の業なのでは?)。 「なぜ崖下に死体を遺棄したのか?」とか「現場に残された針と糸は何なのか?」とか、考えがいのある謎でありながら、答えを聞くと「全部究極の綱渡りじゃん」という思いが拭えず、その点で第2の犯行はイマイチだったなぁ。 |
No.623 | 7点 | 叛徒- 下村敦史 | 2019/06/29 15:42 |
---|---|---|---|
新宿署の七崎隆一は、中国人の被疑者の取り調べなどに際して通訳の役を担う「通訳捜査官」。隆一を誇りに思い、自らも将来は警察官を志す息子の健太と、妻・美佐子の家族3人、それに幼いころからの親父代わりであり通訳捜査官の先輩でもある美佐子の父、七崎賢太郎とで、仲睦まじく平穏な家庭生活を送っていた。ところが1年前、義父・賢太郎の不正を隆一が告発したことにより、その生活は破綻。賢太郎は自ら命を絶ち、以来家庭にはぎくしゃくした空気と不穏さが漂っていた。
隆一は、繁華街での中国人殺害事件の捜査にあたる。第一発見者の目撃談では現場から走り去った人間が、龍の模様の入った水色のジャンパーを着ていたという。一方その頃家では、息子の健太が家を出て行方が分からなくなっていた。健太の部屋を探っていた隆一はそこに、血にまみれた「龍の模様の水色のジャンパー」を発見して青ざめる― 通訳捜査官を取り上げ、しかもその「通訳」という行為の盲点を突いた仕掛け方は着眼点としてよかった。自分の息子を守るため、取り調べる中国人が話す言葉を隠したり、変えたりする隆一。具体的なそのやりとりは面白く、緊迫感を伴う場面描写だった。しかしながら「ウソがさらなるウソを呼ぶ」の構造そのままに、どんどん深みにはまっていき、暴走していく主人公には前半かなりやきもき、イライラさせられた。 終盤は、ハッピーエンドに向けて次々と切り札が切られていくパターンで、ちょっと都合が良すぎる感もあったが、物語全体の構造としてよく練られているとも感じ、総合的に好評価。 乱歩賞受賞後も弛まず、コンスタントに長編を書き続けているのですごいなぁ。 |
No.622 | 5点 | 蟻の菜園-アントガーデン-- 柚月裕子 | 2019/06/29 15:02 |
---|---|---|---|
週刊誌ライターの今林由美は、今裁判で世間の注目を集めている「疑惑の美人結婚詐欺師」を取り上げることにした。事件では、円藤冬香という40代の美女が次々と男を騙して多額の金をとったあげく、殺害したとの疑いがもたれている。誰もが認める美しさをもった冬香がなぜ、結婚詐欺などに手を染めたのか。由美は、千葉新報の報道記者・片芝の協力を得ながら、彼女の周辺やルーツを取材していく。すると、事件の背後には冬香の出生が大きく関わっていることが分かってくる―
周辺人物の証言を手がかりに由美らが冬香のルーツに迫っていく過程と、冬香の幼少時代の回顧とが交互に並行して描かれる構成で、それらがどうつながっていくのかを推測(推理)しながら読む楽しさがあった。 概ね「冬香の正体は?」という謎と、「結婚詐欺に至った真相は?」という謎の2つが中心になる。このうち「冬香の正体」については読み進めていくうちに像が見えてきて、厚みのある内容だったと思うが、後者の「結婚詐欺に至った真相」については急に後付け的に片付けられている感じがしてあまりすっきりしなかった。 さらに最後の解離性同一性障害(多重人格)のくだりに至っては、余分だと思う。ラストをああすることによって、却ってチープな感じになってしまった。 |
No.621 | 6点 | 建築屍材- 門前典之 | 2019/06/29 14:36 |
---|---|---|---|
建築中の建物という舞台を活かした、というかそれゆえのミステリになっていて、アイデア自体はかなり面白いと思った。
しかしここまでの書評でも見られるように、その仕組みが専門的で素人には分かり難かったり、「建築物」という立体空間の様子や出来事を言葉で説明するためどうしてもイメージが難しかったりした。それを補えるように各所で図が付加されたり、巻頭に4階分を重ねて見ることができる、半透明紙の建物の平面図があったり(これはスゴいと思った)して、それらはかなり理解の助けになった。 「トリック」に特化した作品と言えるので、そういう趣向の人には好まれるのではないかと思う。 |
No.620 | 5点 | 弥勒の掌- 我孫子武丸 | 2019/06/29 14:25 |
---|---|---|---|
高校教師・辻の妻がある日帰宅したらいなくなっていた。3年前に女生徒とした不倫以来、関係の冷めきっていた2人だったので「ついに出ていったか」と考え、放っておいたのだが、ある日そんな辻のもとに警察が訪れる。妻に対する捜索願いが出されているというのだ。辻自身はそんなものを出しておらず、いったい誰が?と探っていくうちに、妻が最近怪しげな新興宗教団体と接触していたことが分かってきた。
一方、刑事の蛯原はある日突然、妻がホテルで殺害されていたという知らせを受ける。悲しみと怒りに燃える蛯原は、自身の手で犯人を突き止めようとする。するとこちらもその過程で、新興宗教団体の影が見えるように。 あるきっかけでつながった2人は、協力して真相を解明しようとするが― 新興宗教団体という得体のしれない輩を相手に、さまざまな手がかりをつないで迫っていくストーリーは読み易く面白かった。ラストに教祖にまでたどり着き、真相が明らかになるのだが、名前に関する仕掛けはあったものの、その他はその場で開陳される内容であり、ミステリとしてはそこまでではなかった。 ラストは非常にブラック。読後感は良くないね。 |
No.619 | 8点 | 蝶のいた庭- ドット・ハチソン | 2019/06/16 18:33 |
---|---|---|---|
ある屋敷に監禁されていた10名以上の女性が保護された。女性たちは〈庭師〉と呼ばれる男に囚われ、背中に蝶のタトゥーを入れられて囲われた庭園に住まわされたうえ、日々凌辱されていた。そのうちの一人、「マヤ」と呼ばれる女性は、地獄のような環境から救い出されたにもかかわらず、泰然とした態度で聴取に応じる。聴取を担当したFBI捜査官・ヴィクターは、彼女に好きにしゃべらせることで真相を引き出そうと試みるが、その口から語られれるのは想像を絶する恐怖の毎日だった―
「マヤ」は被害者なのか?それとも〈庭師〉に加担する共犯者なのか?捜査陣のそんな疑いと逸る姿勢を制しながら、ヴィクターは根気強くマヤからの聞き取りを進める。取調室と、マヤの口から語られる事件の様相とが交互に描かれる形式で、〈ガーデン〉の悲惨な様相が明らかにされ、その完全に征服された環境からどのようにマヤたちが救われたのかが最後に詳らかになる。 初めから〈ガーデン〉のみを舞台にして時系列で描いてもよいのでは?と思って読み進めていたが、ラストに至ってその構成の意味を知る。このような「マヤへの聴取」という形にすることで、マヤという女性の人間像を明らかにしていくことが物語のもう一つの主眼で、その効果がラストに発揮されているの感じた。 内容が内容だけに「ハッピー」エンドとは言えないが、少なくとも救いのある結末で、読後は満足感がもてる内容だった。 |
No.618 | 7点 | いくさの底- 古処誠二 | 2019/06/12 22:13 |
---|---|---|---|
舞台は第二次大戦中期のビルマ。日本はビルマを戡定したが、情勢は落ち着かず、各地に警備隊として軍を配属していたころ、ある村に賀川少尉率いる一隊が配属された。しかし日本軍を優遇する村民との関係も良好に見え、平穏な任務―軍属として隊にいた日本人通訳の依井は、そんな風に思っていた。
だがそんなある晩、何者かの手で少尉がビルマの刀「ダア」で一太刀のもと殺されてしまう。一対誰が、何のために?争う重慶軍の仕業か、村民か、それとも―? 古処誠二はこのあたり(第二次大戦)を題材とした戦争ミステリで売る作家。物語の場面設定を理解するには歴史の知識が必要なところもあるが、だいたいは読んでわかる。戦時中の、いつ命のやり取りになるかわからない緊張感や、その中での軍人たちの力強い生き様が感じられて、それだけでも読んでいて面白い。 本作は、「少尉を殺したのは誰か?」ということ共に「何のために?」ということがかなり重要な部分になる。戦況に関わる軍事的事情なのか、はたまた私怨なのか。主人公・依井の視点からさまざまな想像が巡らされるあたりはかなり面白い。 新たな事実がいろいろと開陳されていくラストだが、想像の及ぶ範囲であったり、細かな手がかりが出されていたこともあったりして、後出し感はない。 他に類をあまり見ないジャンルで「らしさ」を出している作家。強いと思う。 |
No.617 | 5点 | MASK 東京駅おもてうら交番 堀北恵平- 内藤了 | 2019/06/09 16:35 |
---|---|---|---|
堀北恵平(けっぺい)は、女性らしからぬ名前の、女性警察官の卵。東京駅おもて交番で研修中の身として、毎日東京駅周辺を回りながら駅周辺の地理の勉強に努めている。
そんな赴任間もないある日、東京駅のロッカーから少年の箱詰め遺体が発見された。体を折りたたまれ、木箱に詰められた少年の死体にはなぜか「鬼のお面」が。恵平は、刑事の平野とともに、事件の捜査に携わることに― フレッシュで誠実な主人公のキャラクターにより、陰惨な事件でありながら物語全体には何かあたたかみを感じる。東京駅のホームレスや靴磨きのおじさんなどの、人懐っこい恵平の、普段の人とのつながりが生かされてこそ進展する捜査に、キャラ付けとストーリーが上手く仕組まれていると感じる。 事件の謎については、前半は雲をつかむような感じで、後半一気に真相が見えてくる。偶然や運が手助けして、細い糸が手繰られていく様はややドラマのような仕立てだが、結末にはそれなりに満足できた。 |
No.616 | 3点 | サークル 猟奇犯罪捜査官 厚田巌夫- 内藤了 | 2019/06/09 16:19 |
---|---|---|---|
藤堂比奈子シリーズのスピンオフ。正確に言えば、先にスピンオツ作品として出された石神妙子検視官の「パンドラ」の続きになっているので、スピンオフのスピンオフみたいな感じ。
警察官の一家惨殺事件が発生。夫婦と二人の子供が一夜のうちに殺され、4人の心臓がえぐり取られて並べられ、死体と共に血で描かれた円に囲まれているという以上犯罪だった。 検視官・石神妙子と結婚したばかりの新婚夫、厚田刑事は事件の捜査に携わるが、妊娠中の妻・妙子がいつまでも検視官の仕事を続けていることを心配していた。すると案の定、警官一家惨殺事件の検死も妙子が請け負っていた。妙子に「真犯人を挙げて」と強く言われ、捜査に邁進する厚田だったが― 一家惨殺事件の捜査、妙子の妊娠、前の恋人で子どもの父親でもある犯罪者のジョージとの絡みなど、いろんな要素が盛り込まれていながらそれぞれが散逸していてまとまらず、さらには結局作品タイトルにもなっている一家惨殺事件は何も解決しないまま終わる。特別な事情を抱えた厚田・妙子夫妻の行く末が話のメインのような感じで、ミステリとしては非常に消化不良であった。 |
No.615 | 5点 | 獏の耳たぶ- 芦沢央 | 2019/06/08 15:00 |
---|---|---|---|
我が子を帝王切開で出産した石田繭子。喜びの出産のはずなのに繭子は、これまでの周囲とのやりとりから、自然分娩でなかったことを異常に後ろめたく感じるようになってしまっていた。そして思いつめた繭子は、新生児室の我が子を同じ日に生まれた別の新生児と取り替えてしまう。取り替えた新生児は、母親学級で一緒だった平野郁絵の子だった。
すぐに己がとんでもないことをしてしまったことに気づき、正直に告白して元通りにしようと思うが、言い出せないまま退院の日を迎えてしまう。子は「航太」と名付けられ、繭子の子として育てていくうちに、航太が愛しくなっていく。やがて四年がたった時、産院から繭子のもとに電話がかかってくる。 一方、取り換えられた郁絵は「璃空」と名付けた子を自分の子と疑わず、保育士の仕事を続けながらも、愛情深く育ててきた。しかし、突然、璃空は産院で「取り違え」られた子で、その相手は繭子の子だと知らされる。突然のことに戸惑い、悩む郁絵。果たして二人の子は、いったいどうなるのか― というように、「この先どうなるのか」ということはあるが、純粋なミステリではない。第一章が取り換えた石田繭子の視点、第二章が取り換えられた側の平野郁絵の視点で描かれており、それぞれの立場からの苦悩や葛藤がよく分かる。 「新生児の入れ替え」はこれまでもいろんな作品等で扱われてきたであろうから、新鮮味はないが、人間心理の描写巧みな筆者の筆力でそれはカバーされている感じがする。 |
No.614 | 5点 | 裁く眼- 我孫子武丸 | 2019/06/08 14:40 |
---|---|---|---|
漫画家をめざしながらも、一度だけ雑誌に読み切りが連載されたきり30を過ぎても定職にありつけない袴田鉄雄は、路上で似顔絵かきなどで細々と糊口をしのぐ日々。そんなある日、報道用に裁判の様子を描く「法廷画家」の仕事が舞い込んできた。担当することになった事件は、練炭自殺に見せかけた殺人と疑われている男性の死。被告人は男性と交際していた女性で、そのあまりの美貌から世間の注目を集めていた事件だった。
最初の仕事となった第一回公判で鉄雄が描いた、美人被告人・佐藤美里亜の絵は上々の評判。さっそくお昼の番組で使用されたのだが、その日、鉄雄は自宅に帰った際に何者かに襲われる。いったい誰が鉄雄を襲ったのか?そしてなぜ?鉄雄は姪の蘭花とともに、犯人を探ろうとするが― 法廷画家という職業を取り上げての話は珍しく、興味深く読むことができた。裁判が進んでいくのと合わせて、鉄雄を襲った人間の謎も追っていくのだが、お互いがどうつながるのか全く分からなくて、最後まで引っ張られてしまった。 真相は、現実的かどうかは別として、私は非常に面白い仕掛けだと感じた。 |