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HORNETさん
平均点: 6.33点 書評数: 1184件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1184 7点 アミュレット・ワンダーランド- 方丈貴恵 2025/11/03 21:23
 アミュレット・ホテル別館は、「犯罪者」御用達の会員制ホテル。「ホテルに損害を与えない」「ホテルの敷地内で傷害・殺人事件を起こさない」という2つのルールさえ守れば、どんな違法なサービスでも受けられるし、警察の介入も一切ない、犯罪者の安全地帯。だが、そのルールを破る者が現れたときのために、ホテルにはお抱え探偵がいる。
 ホテルの部屋で生配信中に殺されたSinTuber、バーの落とし物を巡る奪い合い、ホテルでのバトル・ロワイヤルが開催される殺し屋コンペ、爆弾魔ボマーとの対決……どんな時も冷静な女探偵、桐生の推理が冴えわたる。

 非現実的な設定でエンタメ感を高めながらも、一編一編ロジカルな謎解き。推理の道筋がなかなか細かいところもあるが、子細な手がかりを紡いで真相を見抜いていく桐生の姿は往年の名探偵さながら。

<ネタバレ>
 後半に行くほど面白かった印象。「ようこそ殺し屋コンペへ」の、循環の鎖を一つ抜き取る発想、「ボマーの殺人」の装置がある爆弾を特定していくくだりの論理など、短編ながら光る仕掛けが要所要所にあった。

No.1183 6点 19号室- マルク・ラーベ 2025/11/03 21:05
 ベルリン国際映画祭の開会式。華々しい式典のオープニングで全観客の前に映し出されたのは、若い女性の殺害シーンだった。映像の終わりに流れた声は「次はおまえらの番だ」。映像で殺害されている女性はベルリン市長の娘。この映像はフェイクなのか?本物なのか?ベルリン州刑事局刑事のトム・バビロンは、臨床心理士のジータとともに半信半疑のまま捜査に乗り出すが、その先では次の殺人が起き―

 「17の鍵」に続くトム・バビロンのシリーズ。読み慣れたからか、前作よりは読み易い印象。今回は、トムの相棒、五厘刈りの美女・ジータの過去がストーリーに絡んできて、随時回想場面が挿入されるが、混乱は来たさずに読めた。




<ネタバレ>
 結局このシリーズは、前作から引き続き旧東ドイツの「強制養子縁組」を元凶とするところに基軸を置いている。上にも書いたが、前作の予備知識があった(しかもあまり間を置かずに読んだ)から割とスムーズに理解が進んだが、かなり「シリーズを続けて読む人」に向けたものになっている。
 少年時代に共に死線を乗り越え、今もトムと悪縁が続くベネが、別の場でジータとも強いかかわりをもっていた、というのは過ぎた偶然な気はするが…ドイツ(旧東ドイツ)ってそんな狭いのか??
 手がかりから真相を読み解くというよりは、「実はこんな隠れた背景があったのだ」という暴露的な真相解明。意外性はあって面白いが。
 次に続くことが明白な終わり方。ここまで来たら、読まないわけにはいかないか…

No.1182 5点 砂男- 有栖川有栖 2025/10/19 22:00
江神シリーズ2編「女か猫か」「推理研VSパズル研」
火村シリーズ2編「海より深い川」「砂男」
ノンシリーズ2編「ミステリ作家とその弟子」「小さな謎、解きます」

ファンが期待する有栖川作品らしいのは、火村シリーズの2編。表題作は特に、非常にオーソドックスな「短編推理小説」。出色の出来ということもないが、手堅くまずまず面白い。真犯人や動機は予想通りだったが、それは平均的に「犯人当て」を楽しむことができたということ。
対して本作に収録されている江神シリーズはややチープ。特に「推理研VSパズル研」は、クイズを題材にした小エピソード、って感じ。
ノンシリーズ2編は、「ミステリ作家とその弟子」のほうがよかったかな。 

No.1181 5点 17の鍵- マルク・ラーベ 2025/10/18 18:31
 早朝のベルリン大聖堂で、丸天井の下に吊り下げられた女性牧師の死体が派遣された。現場に出向いたベルリン州刑事局のトム・バビロン刑事は、遺体の首にかけられた、カバーに「17」と刻まれた鍵を見て驚愕する。なぜならそれは、トムが少年の頃に仲間と川で見つけた死体のそばにあった鍵であり、こっそり持ち出したことで紛失していたものだったからだ―





<ネタバレ>
 劇場的な事件の幕開けから、主人公・トムの子供時代の回想と行き来する展開は確かに飽きが来ず、リーダビリティは高い。首席警部・モルテンの裏事情も入り組んできて、だんだん複雑になってはいくものの帯にある「読む手が止まらない!」の謳い文句もあながち的外れではない。
 ただ、ミステリとしては…と考えると、評価は微妙かも。550ページに及ぶ厚みのある作品ながら、終盤400ページを超えてから旧東ドイツの「強制養子縁組」の話だの、シュターンスドルフでの火事の話だの、新たな過去の話が唐突に出てきて、それが真相解明への大きな舵になっていく。広げた伏線の多さと、終盤になって急に提示される諸要素に混乱してきて、こんがらがるとともにだんだん理解が面倒になってきてしまった。
 最後は、続編を前提とした(また)新たな登場人物の登場で締め。勢いで次の「19号室」といっぺんに入手したが、これが吉と出るのか、凶と出るのか…
 ところで、プロローグで描かれている、オルガン奏者を誘惑した女性というのは結局誰で、なんだったんだ?

No.1180 5点 大富豪殺人事件- エラリイ・クイーン 2025/10/06 22:43
 表題作「大富豪殺人事件」は、ひねりのないタイトルも、現代では決め手になんてとてもならないだろう真相看破のくだりも、なんだかチープだった。おそらくこの短い作品では、最後の「犯人の動機」がちょっとした計らいだったのだろうけど……まぁそんなには。
 それよりは「ペントハウスの謎」。アメリカ、中国と国をまたいで、「組織」がやりあうという全体の枠組みはなかなかややこしくはあったものの、登場人物たちがそれぞれに怪しげな動向をするのを追っていきながら、一つ一つ推理を進めていく過程はなかなかだった。ただ、最後に明らかにされた真犯人が、追ってきた道筋の一つで、しかも小者で、何となく地味な結末には感じてしまったが…

No.1179 5点 - エラリイ・クイーン 2025/10/06 22:30
<ネタバレ>


 タイトルである「face」が表していたことが、結局事件の真相に直結する(あるいは示唆する)ものでもなく、被害者の真のメッセージのありかを示す暗号にすぎなかったというのが残念。しかも、そこに書かれていた内容は、すべてそれまでの物語の中で描かれていたことを上書きするだけで、真相解明へ向かう段階としては何も進まないという…
 始めから堂々と描かれていた、「犯人」の思惑が結局真実だった、という一周回っての意外性をねらったものだが、「一周回って騙された!」と思えるか、「まんまやないかい!」と思うかは紙一重。
 男心を利用され、挙句の果てにエラリイにも利用されてしまった傷心のハリー・バークがただただ不憫だ。

No.1178 5点 悪魔の設計図- 横溝正史 2025/10/06 22:20
 「悪魔の設計図」「石膏美人」「獣人」の3編を収録。
 もっぱら三津木俊助が主人公の役割で、後半になって由利探偵が現れる。


 「悪魔の設計図」…三津木が旅先で見た田舎芝居の舞台上で殺人事件が発生し、その背景にある複雑な血縁関係で次々に悲劇が…とまあ、横溝正史らしい立てつけの作品。めまぐるしく展開する活劇的な展開は飽かずに楽しめたが。

 「石膏美人」…本短編集ではもっとも紙幅が厚い中編。動機は一編目の「悪魔の設計図」と重なるような…最後の「婆や」の告白がなかなかのどんでん返しで、この時代の作品らしい突飛さは感じたものの、まずます楽しめた。

 「獣人」…40ページほどの短編で、乱歩の「少年探偵団シリーズ」のような怪人的話を楽しむカンジ。

No.1177 8点 デスチェアの殺人- M・W・クレイヴン 2025/09/30 22:19
 カルト教団の指導者が木に縛られ石打ちで殺された。さらに遺体には、意味不明の暗号が入れ墨で刻まれていた。ポーとティリーのコンビは捜査を開始するが、同じ頃にアナグマにより墓地が荒らされる事件が起きる。埋葬された遺体の棺が露されるが、その下に全く別の遺体が現れて…。無関係と思われた二つの事件が、捜査を進めるにつれつながっていき―







<ネタバレ>
 死んだアーロンの生前の写真を、イヴに求めた時点で真相は見えた。(一方的に主導権を握っていたのはイヴだった、というところまでは読めなかったが…
 にしても、そもそも物語の舞台がすでに「事件後」で、心身の復調を目指すポーが心療内科医のカウンセリング治療を受ける中で事件の様相が語られていく、というまどろっこしい設定は何のため?と思って読んでいた(まぁそこに仕掛けがあるのも、最後にそれが明かされるのも織込み済みだったが)が、ラストに明かされるそもそもの設定の仕掛けは…一枚上をいかれたかな。
 手の込んだ企みで、シリーズの質が保たれているのは素直に感嘆。ただ今回は若干、暗い雰囲気が作品を支配していた感じがあり、既刊の作品のほうが好みかも。
 現時点で、海外のシリーズものでもっとも新刊を待ち焦がれているシリーズ。それもひとえにポーとティリーのコンビが大好きだから。その点で、今回の結末は今後の不安の種である。

No.1176 8点 マーブル館殺人事件- アンソニー・ホロヴィッツ 2025/09/27 21:49
 作家・アラン・コンウェイは、探偵・アティカス・ピュントのシリーズで人気を博しながら、殺されてこの世を去った。その続編を別の作家が引き継いで書く、という企画が立ち上がり、アランを担当していたスーザン・ライランドが担当編集者に指名された。アランの作品には二度と関わらないと決めていたスーザンだったが、編集者としての今後を考えて渋々引き受けることに。ところが、続編を書く作家・エリオット・クレイスには、小説を通じて世間に暴露しようとしていることがあった―



 「作中作」という二重構造はこれまでのシリーズ作品と変わらないものの、その仕掛けが毎回違っていて飽きさせない。そもそも、シリーズ一作目「カササギ殺人事件」でアラン・コンウェイが死んでいるのに、まさか3作目まで来るとは!それだけでも作者のアイデアには脱帽である。
 世界的なベストセラー児童文学作家・ミリアム・クレイスを祖母にもつ作家エリオットが、世間に流布している祖母のイメージとは真逆の一家の実態を、小説を通して暴露することを企む…という構成で、作中作の「ピュント最後の事件」と、現実世界のクレイス一家とが照応しているのだが、誰が誰と対応しているのか、登場人物表で確かめながら読み進める苦労はあった(笑)
 が、もちろんその作中作と真実はそのままトレースされているものではなく、現実世界での真相はさらに一堀りしたところにある。よく考えられているなぁと素直に感心した。
 十分に堪能した。

No.1175 7点 失われた貌- 櫻田智也 2025/09/27 21:14
 山中に遺棄された男性の遺体は、人相が判別できないほど顔がつぶされ、両手首も切断されていた。身元不明死体の捜査にあったのは媛上署捜査係長・日野雪彦。ほどなくして近隣市のアパートで別の殺人事件が起きる。現場の痕跡から、その犯人は遺棄された遺体の男性であるらしいことが判明。事件の背景を探るうちに、媛上署で起きている様々な事案がピースとなってつながっていく―



「サーチライトと誘蛾灯」に始まるおとぼけ青年・魞沢泉が探偵役のシリーズから雰囲気は一変、社会派の警察小説である。
 伏線として描かれる、日野の同期の生活安全課長・羽幌とのストーリーが、本線に絡んでくる展開はよく練られていて面白い。ただ、多方に広がっている各線が結びつけられていく構成は、だんだん全体像がこんがらがってくるところもあり、整理しながら読み進めないといけなかった。
 最後に明かされる真相は、正直物語終盤でおぼろげに見えてきているところがあり、「……あぁ、やっぱり」という感想だった。よく仕組まれた話ではあるが、ミステリに読み慣れていれば推測できるネタでもある。ただ主人公・日野と同期の羽幌の物語という側面の面白さもあり、総合的には楽しめた。

No.1174 7点 撮ってはいけない家- 矢樹純 2025/09/15 20:47
 映像制作会社のADである杉田佑季は、社が企画したホラードラマの撮影のため、山梨県北杜市にある旧家を訪れた。その家は、プロデューサー・小熊が今度再婚する相手の実家で、脚本も小熊が手掛けたのだが、なぜかそのストーリーは今回の小熊の結婚のいきさつに似ている。それは、「再婚した女性の生家には、その家の男子は皆、12歳で命を落とすという因縁があった」というものなのだが、ロケ中に小熊の息子・昂太が行方不明になってしまう―


<ネタバレ>
 呪いや祟りといった類は、その呪いの筋書きがあまり複雑でなく、飛びがないほうが良い。そういう意味では本作のそれはちょっと複雑というか、変則的な部分が多いというか、そんな感じがした。
 ただ、ホラーの中にミステリが巧みに仕込まれ、終盤のどんでん返しが見事に仕掛けられているのは、恐れ入った。各所の描写はB級ホラー感が漂うところもあるのだが、事件の背後に仕組まれた現実的な人間の問題が妙で、読後は満足できた。

No.1173 9点 未明の砦- 太田愛 2025/09/15 20:23
 大手自動車メーカー「ユシマ」の派遣工・矢上達也ら非正規従業員は、劣悪な環境下で過密な作業に従事する日々を送っていた。人を人とも思わない、ユシマの雇用体制に不満を募らせていたある日、慕っていた工場の班長・玄羽が過密な労働がもとで死亡する。怒りを滾らせた4人は労組を結成し、会社と戦う決意を固める。しかし、世界に名を成す大企業・ユシマは、警察や政治家らとの癒着関係を用いて、全力でつぶしにかかる―

 この国の理不尽な社会構造を力なき者たちが糾弾する、いわゆる「ムネアツ」な社会派小説。単純な勧善懲悪ではなく、生活のために会社に忠誠を誓わざるを得ない従業員の姿、自分たちが虐げられていることを分かりながらも、「非正規」という下を見ることで自身を安定させようとする正規雇用者、それによる対立、一方で自分たちの社会的地位、利権を守ることしか目的にない政治家たち、といったさまざまな社会の病巣や苦悩が、筆者特有の力強い筆致で描かれているのがよい。
 厚みのある作品ながら、読み入ってしまうのも、この作者の作品ではいつも。すごく面白い。

No.1172 4点 大迷宮- 横溝正史 2025/09/07 21:13
 三つ子、怪しい屋敷、秘密の通路、からくり、怪人、迷路、金塊……昭和のジュブナイルならでは(?)の、怪奇要素が盛りだくさん。次から次へと、「おい、そんなの尾行したら危ないだろ!」「そんな正体不明のところに入っていくな!」「警察が少年に捜査協力依頼するな!」といった具合の、令和のコンプラ感覚ではついていけない展開が矢継ぎ早に襲ってくる。
 まぁ少年向けだから、そういった現実離れした冒険活劇にはなるだろう。にしても、事件の背景から人物関係から、盛り込み過ぎて逆に少年たちの理解が大変では…とも思った。

 コトが起きない部分はない、というくらい動的な展開がずーっと続き、飽きずに読むことはできた。が、飾り立てばかりが目を引いて、謎・真相は割とストレート、仕掛けらしさはないかな。
 「足元にも及ばない」とまでは言わずとも、ジュブナイルに関しては人並由真さんに同じく、乱歩に軍配。

No.1171 8点 陰獣- 江戸川乱歩 2025/09/07 20:54
 探偵小説作家の寒川が、博物館で偶然出会った夫人に、若い頃に付き合った、今や探偵小説かとして名を成している男性(いわゆる元カレ)から脅迫を受けていることを相談され、それに応じているうちに事件が起こっていくというストーリー。
 昭和情緒が充溢する上に耽美で妖しい世界。静子を脅迫する作家・大江春泥は乱歩自身をモデルにしていることは明白で、対立する作風の主人公がその罪を暴こうとするという仕立ても面白い。



<ネタバレあり>
 一旦解決を見たような展開ののち、飾りボタンの矛盾に気付いて再考し、結末が転じていく展開は論理的で、昨今一つのスタイルにもなりつつある「多重解決もの」の嚆矢ではないかとも思える。
 静子が物言わず死んでいったことにより、真実は何であったのか、煩悶するまま物語は閉じていく。その終わり方が、本作を乱歩随一の人気作に押し上げている要因の一つでもあろう。
 が、私が一番気になって「もやもや」したのは、主人公寒川が、静子の罪を暴きながら彼女を責め立てるくだりで、静子が「平田、平田」と細い声で口走った、というところである。あれはどんな意味があったのか――?
 終末には、寒川には妄想癖があるとの記述もある。であれば、もしや…などと、読み終えた読者まで煩悶させる、それが本作を名作たらしめる所以か。

No.1170 8点 乱歩と千畝:RAMPOとSEMPO- 青柳碧人 2025/08/31 19:52
 日本探偵小説の父・江戸川乱歩と、「命のビザ」で歴史的偉人となった杉原千畝。実は2人は、旧制愛知五中(現・瑞陵高校)を卒業し、早稲田大学に進学した同窓生。もし2人が、学生時代に出会い友人となっていたら――。そんな斬新で大胆な発想で描かれた、フィクションの歴史小説。

 実際の2人がどうであったかは置いといて、作中で描かれる2人の人物造形が面白い。ミステリ愛は人一倍、頭もよいが社会不適合な優柔不断男、乱歩。実直で使命感が強く、かつ人への慈愛に満ちている青年、千畝。若い二人が偶然に出会い、それぞれ数奇な運命に身を投じながら、要所要所で邂逅し、互いに影響し合っていく。よくこんな面白いストーリーを考えたものだと感心しながら、その魅力にぐいぐい読み進めてしまう。広田弘毅、松岡洋右、川島芳子といった戦時中の日本史、正史、清張、風太郎などの戦後ミステリ史をそれぞれ牽引したメンバーの登場も興趣を高め、あの「命のビザ」の場面は胸が熱くなる展開だった。
 ミステリではないことを差し引いても、高評価を付けたい一作。

No.1169 8点 嘘と隣人- 芦沢央 2025/08/31 00:05
 知りたくなかった。あの良い人の“裏の顔”だけは…。ストーカー化した元パートナー、マタハラと痴漢冤罪、技能実習制度と人種差別、SNSでの誹謗中傷・脅し…。リタイアした元刑事の平穏な日常に降りかかる事件の数々。身近な人間の悪意が白日の下に晒された時、捜査権限を失った男・平良正太郎は、事件の向こうに何を見るのか?(「BOOK」データベースより)

 退職した元刑事・平良正太郎を主人公とした連作短編集。事件にまつわる人たちの「嘘」を共通要素として扱っている。一つ一つの謎とその真相が非常にしっかり仕組まれていて面白い。置換冤罪を題材とした「最善」は特に面白かった。
 短編集ながら、一作一作のレベルがなかなか。これはよかった。

No.1168 7点 寿ぐ嫁首 怪民研に於ける記録と推理- 三津田信三 2025/08/30 23:42
 大学生の瞳星愛は、友人の皿来唄子の婚礼に参加するため、彼女の実家・孟陀村に行く。「山神様のお告げ」で決まったというこの結婚は、皿来家の屋敷神「嫁首様」の祟りを避けるための数々の儀礼があった。だが婚礼の夜、嫁首様を祀る「迷宮社」の中で、新郎の父の奇怪な死体が発見された――。愛は、皿来家分家の四郎と共に事件の謎解きに挑む―

 本家と分家、村に伝わる祟り神、特異な儀礼文化…横溝正史さながらの舞台設定と難解な地名、複雑な家系と難解な読みの登場人物はもうお馴染み。こうでなくては!のテンプレートである。
 婚礼の晩に起きた殺人からは、虫や動物殺しが続くが、終盤にまた殺人が続く展開。もったいをつけた展開にじれるところもあったが、終盤に近付くにつれどんどん興趣が高まっていった。
 最初の事件の真相には…ちょっと思うところもあったが、天弓馬人による推理の開陳はまんま刀城言耶パターンで、二転三転する推理はなかなか楽しめた。
 が、やっぱり言耶のほうが役者が上。本家にはかなわないかな。

No.1167 8点 9人はなぜ殺される- ピーター・スワンソン 2025/08/30 23:10
 アメリカ各地の、何のつながりもない9人に、自分を含む9つの名前だけが記されたリストが郵送された。不気味に感じて気にする者もいれば、意味が分からず捨ててしまう者も。だがその後、リストにあったホテル経営者の老人が溺死。翌日、ランニング中の男性が射殺された。自身もリストを受け取ったFBI捜査官のジェシカは、捜査を始める。いったい、9人には何かつながりがあるのか?犯人の目的は?

 クローズドサークルの状況ではないものの、つながりの分からない、挙げられたメンバーが一人一人殺されていく様は「そして誰もいなくなった」さながら。それは作品でもそのことが扱われ、要所要所で「テン・リトル・インディアンズ」がアイテムとして登場する。
 特に奇抜な仕掛けがある作品ではないが、「この9人はなんなのだ?どんなミッシング・リンクが隠されているのか?」とワクワクしながら読み進めてしまうリーダビリティがある。近年サスペンスの一角を担う作家として存在を確かにしてきている作者だが、期待を裏切ることのないクオリティ。

No.1166 6点 ヒポクラテスの困惑- 中山七里 2025/08/30 22:44
 2020年4月。新型コロナウイルスが猛威を振るう中、一人の女性が埼玉県警の古手川を訪ねる。彼女は、オンライン通販の創設者で現代の富豪、そして前日にコロナ感染症で急逝した萱場啓一郎の姪だという。大金を払って秘密裡に未承認ワクチンを接種していた啓一郎がコロナで死ぬはずはない、本当の死因を調べてほしいと頼まれた古手川は、浦和医大法医学教室に解剖を依頼。光崎教授が見出したのは、偽ワクチンによる毒殺の可能性だった――。(「BOOK」データベースより)

 研修医・真琴、准教授・キャシー、埼玉県警捜査一課刑事・古手川による軽妙で辛辣なやりとりの面白さは相変わらず。安定して楽しめる。
 コロナ禍が一定の落ち着きをみた今読んだため、ちょっと前の世情を思い返すような感覚だった。「偽ワクチン」をばらまいている犯人を追うという点ではミステリだが、どちらかというと作者お得意の、下衆な大衆性を描くという色のほうが強かった。

No.1165 6点 ババヤガの夜- 王谷晶 2025/08/30 22:05
 新大久保のアパートで暮らす新道依子は、バイト帰りに暴力団員ともめ、こてんぱんに叩きのめした。が、結局相手に拉致され暴力団会長の一人娘・尚子の護衛を無理やりに引き受けさせられる。尚子は大学に通う毎日を過ごしているが、いずれは他の暴力団組長に嫁ぐことになっているという。粗野で暴力的な依子を蔑む尚子だったが、次第に心を開くようになり……

 活劇的でバイオレンスな場面が多く描かれ、非常にテンポがよく、文庫で200ページほど、2時間ほどで読めてしまう。振り切った主人公・依子のキャラクターが小気味よく、はじめは鼻についた尚子のイメージも次第に変化し、特殊な環境で結ばれた女子2人の関係が面白く描かれている。
 ミステリらしい仕掛けもまずまず面白いが、途中から気づいたかな。
 面白くはあるが、ダガー賞といえば「ストーンサークルの殺人」など、厚みのある本格ミステリの名作に与えられる格のある賞なので、違和感はあったが、最優秀長編賞ではなく、翻訳部門での受賞らしい。

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HORNETさん
ひとこと
好きな作家
有栖川有栖,中山七里,今野敏,エラリイ・クイーン
採点傾向
平均点: 6.33点   採点数: 1184件
採点の多い作家(TOP10)
今野敏(50)
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東野圭吾(35)
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