皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
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HORNETさん |
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| 平均点: 6.33点 | 書評数: 1190件 |
| No.1190 | 6点 | その血は瞳に映らない- 天祢涼 | 2025/11/24 21:26 |
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| 横浜のアパートに住む鈴原咲玖良と娘の女子高生・優璃が、同じアパートの住人・緑川に襲われ、母親は死亡、娘も負傷した。すぐ逮捕された緑川は死刑になりたかった、と動機を供述。ニュースサイト記者・千弦は、犯人の供述に疑問を抱き、優璃と共に事件を取材する。
不審な行動をとる緑川の弁護人や思惑を秘めた関係者の証言に振り廻される千弦たち。 犠牲者が犠牲者を生んでゆく!SNSの闇を抉る傑作長編ミステリー。 <Amazon書籍紹介より> <ネタバレ> 片方の側に感情移入してしまった記者は、果たしてその足かせを振り払って真実を見極められるのか―これまでもいくらでもあったであろう作品テーマだが、リーダビリティの高い筆者の筆力もあって、結局面白い。 そのうえで、最後のどんでん返し―…いきなり違う方向から矢が飛んできた。警察まで結託してのトラップは現実味に欠けるものだったが、エンタメとして読み下せばまぁよし。 ただ、著者の作品としてはこれまでのほうが好きだったかなぁ… |
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| No.1189 | 9点 | 有栖川有栖に捧げる七つの謎- アンソロジー(出版社編) | 2025/11/24 21:09 |
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| 有栖川有栖35周年のトリビュート企画。「地雷グリコ」の青柳有吾、「屍人館の殺人」の今村昌弘、「方舟」の夕木春央、「名探偵のいけにえ」の白井智之、「紅蓮館の殺人」の阿津川辰海、「花束は毒」の織守きょうや、「ツミデミック」の一穂ミチ…現在のミステリ界を彩る超豪華な第一線作家の競作と言っても過言ではない、有栖川有栖というビッグネームだからこそ実現した一冊。しかも、これらの豪華作家陣が、有栖川作品のシリーズを書くという…!!個人的には、970円という価格に見合わない(良い意味で)一冊だった。
王道の「火村英生シリーズ」を、他作家が書くという興奮。他にも、阿津川辰海はが選んだのは、なんと「山伏地蔵坊」。そして今村昌弘は、学生アリスシリーズ。 著作者とメンバーだけで評価を上げているのではなく、一編一編が本当に面白い。解説で有栖川氏が書いているように、企画モノの短編にするネタとしてはもったいなんじゃない…?とさえ思えるような、上質な短編集。 有栖川有栖というビッグネームのトリビュート企画だからこそ実現した、かなりレヴェルの高いアンソロジーではないか。 最高だった。 |
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| No.1188 | 6点 | 任侠梵鐘- 今野敏 | 2025/11/24 20:52 |
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| 阿岐本組組長・阿岐本雄藏のもとに兄弟分から相談がもちかけられた。暴対法の影響で、地元のお祭りからテキヤが締め出されるという。それは致し方ないことではあるが、同時にその地域のお寺が「除夜の鐘がうるさい」などの苦情を受けて困り果てているという。それも、「時代の流れ」なのか…阿岐本組代賀・日村はいつものように、阿岐本の命で動き出す―
今回は、阿岐本組の面々が潜入捜査(?)に入るような事態にはならず、あくまで相談事を受けながら ことの背後にある実情を探り出すという体。愛分からず軽妙な文体とテンポで、サクサク読めるし、普通に面白い。 「古き良き時代」という懐古主義で昔の風潮を懐かしがるようで、人として、社会として大事なことが描かれているような気がする。それを深刻にならず軽妙なタッチで描く著者の懐の深さ、力量はさすがである。 エンタメとして楽しみつつ、「そうだよな…」と頷きたくなる、著者らしい、本シリーズらしい、安定した面白さ。 |
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| No.1187 | 7点 | 不等辺五角形- 貫井徳郎 | 2025/11/16 21:10 |
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| 重成、聡也、梨愛、夏澄、雛乃ら5人の男女は、インターナショナルスクールで出会って以来20年以上の付き合い。30歳を間近に控えた5人は、仕事で海外赴任することになった重成の送別も兼ねて、久しぶりに聡也の別荘で会うことになった。だがそこで深夜、雛乃が頭を殴られて殺害される悲劇が起きる。驚愕する仲間を前に、梨愛が「私が殺した」と告げ、警察に連行されていく。逮捕後も殺害の動機を語ろうとしない梨愛。弁護士は、残された重成、聡也、夏澄に話を聞いて回るが、証言を重ねるごとに5人の人物像と関係性は変貌していく。果たして5人の間には、本当は何があったのか――。
<ネタバレ> 弁護士の聴取に対する、重成、聡也、夏澄3人の証言が二回り描かれ、最後に梨愛の「独白」で物語は幕を閉じる。 そこで真相が「ある程度」語られるのだが、完全に明示した書き方ではなく、読者に推理の余地を残しているようにも感じる。それまでの3人の証言の中にやたらと事件の本筋から離れる「エピソード」が多く挿入され、その中に伏線があるのだが、数多くエピソードをバラまくことで本線を埋もれさせる戦術のようでもあるし、複数の真実を生み出す(いわゆる多重解決?)仕組みのようでもある。 私は私なりに真相にたどり着いたつもりだが、ひょっとして他の読者と話したら違う解釈がされているかもしれない。重要エピソードっぽいのが後出しな感じなのは気になったが、総合的にはかなり楽しめた。 |
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| No.1186 | 4点 | 火喰鳥を、喰う- 原浩 | 2025/11/15 21:15 |
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| 久喜雄司は、信州で生まれ育ち、一つ上の夕里子を嫁に迎えて暮らしていた。あるとき、久喜家代々の墓石の一部が、何者かによって削り取られ、続いて家に、太平洋戦争末期に戦死した雄司の大伯父・久喜貞市の日記が届く。そこには異様なほどの貞市の生への執着が記されており、その日を境に、久喜家の周辺では不可解な出来事が起こり始める。いつしか日記には、誰も書いた覚えのない「ヒクイドリヲクウ ビミナリ」の言葉が……。
雰囲気を楽しむことはできた。夕里子の不思議な立ち位置が、物語によい不安定感をもたらしていた。が、「現実を乗っ取ろうとする貞市」という世界のルールというか論理があまり意味が分からず、終盤はただただ展開を受け入れるだけの感じになってしまった。 「ホラーとミステリの融合」となると……まだまだ澤村伊智には遠く及ばないなぁ。 |
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| No.1185 | 5点 | 七人の記者- 一本木透 | 2025/11/15 20:51 |
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| 宝城大学2年生美ノ輪七海は、大学新聞「宝城タイムス」を発行する新聞部員。学内のスクープニュースを追いかけ、いずれは新聞記者を志す女子学生だったが、ある日親友の亜里沙が「男性教授に性被害に遭っている」という衝撃の悩みを打ち明け、自ら命を絶った。親友の無念を晴らそうと問題を追及するうち、同大出身の政治家らが絡む私学助成金の不正受給疑惑が明らかに。タウン誌の老記者や新聞部のOBに相談を持ちかける中で、心を動かされた者たちが集い、巨悪の追及に乗り出した。だが、政権と強いつながりを持つ相手は、ヤクザとも手を組んで七海たちをつぶしにかかる―
<ネタバレ> 分かりやすい勧善懲悪のストーリー。後半、「本当の黒幕は誰か?」「嘘をついているのは誰か?」といったミステリ要素もしっかりとあり、疾走的な展開を楽しむことができる。 ただ、ストーリーの展開に重きを置きすぎてか、各場面の心情的臨場感が弱いかな…。ついこないだ話を聞いた人があっさり「消され」るのに、そのことに対する記者たちの反応が薄い。それに、それほど手回しがいい相手なのに、裏切者の虎吹や、七海たち有志連合に切迫した危険がなかなか及ばないのも、ちぐはぐした感じがある。 最後は一発逆転の気持ちよい展開だが、そこに至るまでの筋書きがなんだか淡白に感じてしまったのも正直なところ。 |
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| No.1184 | 7点 | アミュレット・ワンダーランド- 方丈貴恵 | 2025/11/03 21:23 |
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| アミュレット・ホテル別館は、「犯罪者」御用達の会員制ホテル。「ホテルに損害を与えない」「ホテルの敷地内で傷害・殺人事件を起こさない」という2つのルールさえ守れば、どんな違法なサービスでも受けられるし、警察の介入も一切ない、犯罪者の安全地帯。だが、そのルールを破る者が現れたときのために、ホテルにはお抱え探偵がいる。
ホテルの部屋で生配信中に殺されたSinTuber、バーの落とし物を巡る奪い合い、ホテルでのバトル・ロワイヤルが開催される殺し屋コンペ、爆弾魔ボマーとの対決……どんな時も冷静な女探偵、桐生の推理が冴えわたる。 非現実的な設定でエンタメ感を高めながらも、一編一編ロジカルな謎解き。推理の道筋がなかなか細かいところもあるが、子細な手がかりを紡いで真相を見抜いていく桐生の姿は往年の名探偵さながら。 <ネタバレ> 後半に行くほど面白かった印象。「ようこそ殺し屋コンペへ」の、循環の鎖を一つ抜き取る発想、「ボマーの殺人」の装置がある爆弾を特定していくくだりの論理など、短編ながら光る仕掛けが要所要所にあった。 |
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| No.1183 | 6点 | 19号室- マルク・ラーベ | 2025/11/03 21:05 |
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| ベルリン国際映画祭の開会式。華々しい式典のオープニングで全観客の前に映し出されたのは、若い女性の殺害シーンだった。映像の終わりに流れた声は「次はおまえらの番だ」。映像で殺害されている女性はベルリン市長の娘。この映像はフェイクなのか?本物なのか?ベルリン州刑事局刑事のトム・バビロンは、臨床心理士のジータとともに半信半疑のまま捜査に乗り出すが、その先では次の殺人が起き―
「17の鍵」に続くトム・バビロンのシリーズ。読み慣れたからか、前作よりは読み易い印象。今回は、トムの相棒、五厘刈りの美女・ジータの過去がストーリーに絡んできて、随時回想場面が挿入されるが、混乱は来たさずに読めた。 <ネタバレ> 結局このシリーズは、前作から引き続き旧東ドイツの「強制養子縁組」を元凶とするところに基軸を置いている。上にも書いたが、前作の予備知識があった(しかもあまり間を置かずに読んだ)から割とスムーズに理解が進んだが、かなり「シリーズを続けて読む人」に向けたものになっている。 少年時代に共に死線を乗り越え、今もトムと悪縁が続くベネが、別の場でジータとも強いかかわりをもっていた、というのは過ぎた偶然な気はするが…ドイツ(旧東ドイツ)ってそんな狭いのか?? 手がかりから真相を読み解くというよりは、「実はこんな隠れた背景があったのだ」という暴露的な真相解明。意外性はあって面白いが。 次に続くことが明白な終わり方。ここまで来たら、読まないわけにはいかないか… |
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| No.1182 | 5点 | 砂男- 有栖川有栖 | 2025/10/19 22:00 |
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| 江神シリーズ2編「女か猫か」「推理研VSパズル研」
火村シリーズ2編「海より深い川」「砂男」 ノンシリーズ2編「ミステリ作家とその弟子」「小さな謎、解きます」 ファンが期待する有栖川作品らしいのは、火村シリーズの2編。表題作は特に、非常にオーソドックスな「短編推理小説」。出色の出来ということもないが、手堅くまずまず面白い。真犯人や動機は予想通りだったが、それは平均的に「犯人当て」を楽しむことができたということ。 対して本作に収録されている江神シリーズはややチープ。特に「推理研VSパズル研」は、クイズを題材にした小エピソード、って感じ。 ノンシリーズ2編は、「ミステリ作家とその弟子」のほうがよかったかな。 |
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| No.1181 | 5点 | 17の鍵- マルク・ラーベ | 2025/10/18 18:31 |
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| 早朝のベルリン大聖堂で、丸天井の下に吊り下げられた女性牧師の死体が派遣された。現場に出向いたベルリン州刑事局のトム・バビロン刑事は、遺体の首にかけられた、カバーに「17」と刻まれた鍵を見て驚愕する。なぜならそれは、トムが少年の頃に仲間と川で見つけた死体のそばにあった鍵であり、こっそり持ち出したことで紛失していたものだったからだ―
<ネタバレ> 劇場的な事件の幕開けから、主人公・トムの子供時代の回想と行き来する展開は確かに飽きが来ず、リーダビリティは高い。首席警部・モルテンの裏事情も入り組んできて、だんだん複雑になってはいくものの帯にある「読む手が止まらない!」の謳い文句もあながち的外れではない。 ただ、ミステリとしては…と考えると、評価は微妙かも。550ページに及ぶ厚みのある作品ながら、終盤400ページを超えてから旧東ドイツの「強制養子縁組」の話だの、シュターンスドルフでの火事の話だの、新たな過去の話が唐突に出てきて、それが真相解明への大きな舵になっていく。広げた伏線の多さと、終盤になって急に提示される諸要素に混乱してきて、こんがらがるとともにだんだん理解が面倒になってきてしまった。 最後は、続編を前提とした(また)新たな登場人物の登場で締め。勢いで次の「19号室」といっぺんに入手したが、これが吉と出るのか、凶と出るのか… ところで、プロローグで描かれている、オルガン奏者を誘惑した女性というのは結局誰で、なんだったんだ? |
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| No.1180 | 5点 | 大富豪殺人事件- エラリイ・クイーン | 2025/10/06 22:43 |
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| 表題作「大富豪殺人事件」は、ひねりのないタイトルも、現代では決め手になんてとてもならないだろう真相看破のくだりも、なんだかチープだった。おそらくこの短い作品では、最後の「犯人の動機」がちょっとした計らいだったのだろうけど……まぁそんなには。
それよりは「ペントハウスの謎」。アメリカ、中国と国をまたいで、「組織」がやりあうという全体の枠組みはなかなかややこしくはあったものの、登場人物たちがそれぞれに怪しげな動向をするのを追っていきながら、一つ一つ推理を進めていく過程はなかなかだった。ただ、最後に明らかにされた真犯人が、追ってきた道筋の一つで、しかも小者で、何となく地味な結末には感じてしまったが… |
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| No.1179 | 5点 | 顔- エラリイ・クイーン | 2025/10/06 22:30 |
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| <ネタバレ>
タイトルである「face」が表していたことが、結局事件の真相に直結する(あるいは示唆する)ものでもなく、被害者の真のメッセージのありかを示す暗号にすぎなかったというのが残念。しかも、そこに書かれていた内容は、すべてそれまでの物語の中で描かれていたことを上書きするだけで、真相解明へ向かう段階としては何も進まないという… 始めから堂々と描かれていた、「犯人」の思惑が結局真実だった、という一周回っての意外性をねらったものだが、「一周回って騙された!」と思えるか、「まんまやないかい!」と思うかは紙一重。 男心を利用され、挙句の果てにエラリイにも利用されてしまった傷心のハリー・バークがただただ不憫だ。 |
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| No.1178 | 5点 | 悪魔の設計図- 横溝正史 | 2025/10/06 22:20 |
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| 「悪魔の設計図」「石膏美人」「獣人」の3編を収録。
もっぱら三津木俊助が主人公の役割で、後半になって由利探偵が現れる。 「悪魔の設計図」…三津木が旅先で見た田舎芝居の舞台上で殺人事件が発生し、その背景にある複雑な血縁関係で次々に悲劇が…とまあ、横溝正史らしい立てつけの作品。めまぐるしく展開する活劇的な展開は飽かずに楽しめたが。 「石膏美人」…本短編集ではもっとも紙幅が厚い中編。動機は一編目の「悪魔の設計図」と重なるような…最後の「婆や」の告白がなかなかのどんでん返しで、この時代の作品らしい突飛さは感じたものの、まずます楽しめた。 「獣人」…40ページほどの短編で、乱歩の「少年探偵団シリーズ」のような怪人的話を楽しむカンジ。 |
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| No.1177 | 8点 | デスチェアの殺人- M・W・クレイヴン | 2025/09/30 22:19 |
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| カルト教団の指導者が木に縛られ石打ちで殺された。さらに遺体には、意味不明の暗号が入れ墨で刻まれていた。ポーとティリーのコンビは捜査を開始するが、同じ頃にアナグマにより墓地が荒らされる事件が起きる。埋葬された遺体の棺が露されるが、その下に全く別の遺体が現れて…。無関係と思われた二つの事件が、捜査を進めるにつれつながっていき―
<ネタバレ> 死んだアーロンの生前の写真を、イヴに求めた時点で真相は見えた。(一方的に主導権を握っていたのはイヴだった、というところまでは読めなかったが… にしても、そもそも物語の舞台がすでに「事件後」で、心身の復調を目指すポーが心療内科医のカウンセリング治療を受ける中で事件の様相が語られていく、というまどろっこしい設定は何のため?と思って読んでいた(まぁそこに仕掛けがあるのも、最後にそれが明かされるのも織込み済みだったが)が、ラストに明かされるそもそもの設定の仕掛けは…一枚上をいかれたかな。 手の込んだ企みで、シリーズの質が保たれているのは素直に感嘆。ただ今回は若干、暗い雰囲気が作品を支配していた感じがあり、既刊の作品のほうが好みかも。 現時点で、海外のシリーズものでもっとも新刊を待ち焦がれているシリーズ。それもひとえにポーとティリーのコンビが大好きだから。その点で、今回の結末は今後の不安の種である。 |
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| No.1176 | 8点 | マーブル館殺人事件- アンソニー・ホロヴィッツ | 2025/09/27 21:49 |
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| 作家・アラン・コンウェイは、探偵・アティカス・ピュントのシリーズで人気を博しながら、殺されてこの世を去った。その続編を別の作家が引き継いで書く、という企画が立ち上がり、アランを担当していたスーザン・ライランドが担当編集者に指名された。アランの作品には二度と関わらないと決めていたスーザンだったが、編集者としての今後を考えて渋々引き受けることに。ところが、続編を書く作家・エリオット・クレイスには、小説を通じて世間に暴露しようとしていることがあった―
「作中作」という二重構造はこれまでのシリーズ作品と変わらないものの、その仕掛けが毎回違っていて飽きさせない。そもそも、シリーズ一作目「カササギ殺人事件」でアラン・コンウェイが死んでいるのに、まさか3作目まで来るとは!それだけでも作者のアイデアには脱帽である。 世界的なベストセラー児童文学作家・ミリアム・クレイスを祖母にもつ作家エリオットが、世間に流布している祖母のイメージとは真逆の一家の実態を、小説を通して暴露することを企む…という構成で、作中作の「ピュント最後の事件」と、現実世界のクレイス一家とが照応しているのだが、誰が誰と対応しているのか、登場人物表で確かめながら読み進める苦労はあった(笑) が、もちろんその作中作と真実はそのままトレースされているものではなく、現実世界での真相はさらに一堀りしたところにある。よく考えられているなぁと素直に感心した。 十分に堪能した。 |
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| No.1175 | 7点 | 失われた貌- 櫻田智也 | 2025/09/27 21:14 |
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| 山中に遺棄された男性の遺体は、人相が判別できないほど顔がつぶされ、両手首も切断されていた。身元不明死体の捜査にあったのは媛上署捜査係長・日野雪彦。ほどなくして近隣市のアパートで別の殺人事件が起きる。現場の痕跡から、その犯人は遺棄された遺体の男性であるらしいことが判明。事件の背景を探るうちに、媛上署で起きている様々な事案がピースとなってつながっていく―
「サーチライトと誘蛾灯」に始まるおとぼけ青年・魞沢泉が探偵役のシリーズから雰囲気は一変、社会派の警察小説である。 伏線として描かれる、日野の同期の生活安全課長・羽幌とのストーリーが、本線に絡んでくる展開はよく練られていて面白い。ただ、多方に広がっている各線が結びつけられていく構成は、だんだん全体像がこんがらがってくるところもあり、整理しながら読み進めないといけなかった。 最後に明かされる真相は、正直物語終盤でおぼろげに見えてきているところがあり、「……あぁ、やっぱり」という感想だった。よく仕組まれた話ではあるが、ミステリに読み慣れていれば推測できるネタでもある。ただ主人公・日野と同期の羽幌の物語という側面の面白さもあり、総合的には楽しめた。 |
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| No.1174 | 7点 | 撮ってはいけない家- 矢樹純 | 2025/09/15 20:47 |
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| 映像制作会社のADである杉田佑季は、社が企画したホラードラマの撮影のため、山梨県北杜市にある旧家を訪れた。その家は、プロデューサー・小熊が今度再婚する相手の実家で、脚本も小熊が手掛けたのだが、なぜかそのストーリーは今回の小熊の結婚のいきさつに似ている。それは、「再婚した女性の生家には、その家の男子は皆、12歳で命を落とすという因縁があった」というものなのだが、ロケ中に小熊の息子・昂太が行方不明になってしまう―
<ネタバレ> 呪いや祟りといった類は、その呪いの筋書きがあまり複雑でなく、飛びがないほうが良い。そういう意味では本作のそれはちょっと複雑というか、変則的な部分が多いというか、そんな感じがした。 ただ、ホラーの中にミステリが巧みに仕込まれ、終盤のどんでん返しが見事に仕掛けられているのは、恐れ入った。各所の描写はB級ホラー感が漂うところもあるのだが、事件の背後に仕組まれた現実的な人間の問題が妙で、読後は満足できた。 |
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| No.1173 | 9点 | 未明の砦- 太田愛 | 2025/09/15 20:23 |
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| 大手自動車メーカー「ユシマ」の派遣工・矢上達也ら非正規従業員は、劣悪な環境下で過密な作業に従事する日々を送っていた。人を人とも思わない、ユシマの雇用体制に不満を募らせていたある日、慕っていた工場の班長・玄羽が過密な労働がもとで死亡する。怒りを滾らせた4人は労組を結成し、会社と戦う決意を固める。しかし、世界に名を成す大企業・ユシマは、警察や政治家らとの癒着関係を用いて、全力でつぶしにかかる―
この国の理不尽な社会構造を力なき者たちが糾弾する、いわゆる「ムネアツ」な社会派小説。単純な勧善懲悪ではなく、生活のために会社に忠誠を誓わざるを得ない従業員の姿、自分たちが虐げられていることを分かりながらも、「非正規」という下を見ることで自身を安定させようとする正規雇用者、それによる対立、一方で自分たちの社会的地位、利権を守ることしか目的にない政治家たち、といったさまざまな社会の病巣や苦悩が、筆者特有の力強い筆致で描かれているのがよい。 厚みのある作品ながら、読み入ってしまうのも、この作者の作品ではいつも。すごく面白い。 |
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| No.1172 | 4点 | 大迷宮- 横溝正史 | 2025/09/07 21:13 |
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| 三つ子、怪しい屋敷、秘密の通路、からくり、怪人、迷路、金塊……昭和のジュブナイルならでは(?)の、怪奇要素が盛りだくさん。次から次へと、「おい、そんなの尾行したら危ないだろ!」「そんな正体不明のところに入っていくな!」「警察が少年に捜査協力依頼するな!」といった具合の、令和のコンプラ感覚ではついていけない展開が矢継ぎ早に襲ってくる。
まぁ少年向けだから、そういった現実離れした冒険活劇にはなるだろう。にしても、事件の背景から人物関係から、盛り込み過ぎて逆に少年たちの理解が大変では…とも思った。 コトが起きない部分はない、というくらい動的な展開がずーっと続き、飽きずに読むことはできた。が、飾り立てばかりが目を引いて、謎・真相は割とストレート、仕掛けらしさはないかな。 「足元にも及ばない」とまでは言わずとも、ジュブナイルに関しては人並由真さんに同じく、乱歩に軍配。 |
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| No.1171 | 8点 | 陰獣- 江戸川乱歩 | 2025/09/07 20:54 |
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| 探偵小説作家の寒川が、博物館で偶然出会った夫人に、若い頃に付き合った、今や探偵小説かとして名を成している男性(いわゆる元カレ)から脅迫を受けていることを相談され、それに応じているうちに事件が起こっていくというストーリー。
昭和情緒が充溢する上に耽美で妖しい世界。静子を脅迫する作家・大江春泥は乱歩自身をモデルにしていることは明白で、対立する作風の主人公がその罪を暴こうとするという仕立ても面白い。 <ネタバレあり> 一旦解決を見たような展開ののち、飾りボタンの矛盾に気付いて再考し、結末が転じていく展開は論理的で、昨今一つのスタイルにもなりつつある「多重解決もの」の嚆矢ではないかとも思える。 静子が物言わず死んでいったことにより、真実は何であったのか、煩悶するまま物語は閉じていく。その終わり方が、本作を乱歩随一の人気作に押し上げている要因の一つでもあろう。 が、私が一番気になって「もやもや」したのは、主人公寒川が、静子の罪を暴きながら彼女を責め立てるくだりで、静子が「平田、平田」と細い声で口走った、というところである。あれはどんな意味があったのか――? 終末には、寒川には妄想癖があるとの記述もある。であれば、もしや…などと、読み終えた読者まで煩悶させる、それが本作を名作たらしめる所以か。 |
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