皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
虫暮部さん |
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平均点: 6.22点 | 書評数: 1893件 |
No.70 | 8点 | ねじれた家- アガサ・クリスティー | 2025/01/24 12:12 |
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語り手は、ねじれた家へ何をしに行ったのか。公か私か曖昧なスタンスで、事件に介入、と言う程のこともせず、その場にいて会話をしていた人。邪魔、ではないけど妙に気持悪かったなぁずっと。
それぞれキャラが立った関係者が噛み合ったり合わなかったりするが、書き方が説明的。将棋の盤面を見るようだ。一人称記述だから仕方がない? 例えば倒産社長の人柄を妻が滔々と語る。確かにああいう説明無しで自分があそこまで深く読み取れた自信は無い。しかし作者にはもう少し直接的な説明は控えて、言動から読み取るチャンスを読者に与えて欲しかった。曲解したっていいじゃない。 そして、犯人と語り手の遣り取りを読み返すと、八百屋お七じゃないけど、犯人は語り手に対して或る意味で “いいところを見せたい” 思いで追加の犯行を重ねたのではないか、と言う気がするのだ。 すると最初の疑問が再び頭をよぎる。今度はメタ的な意味で。 またはこうも考えられる。語り手にとって、ねじれた家の一族は未来の身内なわけだから、後顧の憂い無き着地が望ましい。副総監だって立場は同じだ。火の粉を避ける為に息子を送り込んで事態を収拾させた? 全くの部外者の犯行なら言うこと無しだがそうは行かず、しかし比較的穏便な形(あの人は “義理” だしね)で決着していると思う。語り手との会話が無意識のうちにあの行動を後押ししたのかも。実は操りテーマ? |
No.69 | 3点 | 海浜の午後- アガサ・クリスティー | 2025/01/18 14:07 |
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ネタバレあり。
「患者」が面白い。妙な機械が登場してクリスティっぽくないが、その点こそ作者の茶目っ気? 戯曲だからこういうリアリティの無さもアリだ。 戯曲では名前を省略する書き方は普通にあるので、アンフェアでも不自然でもない。戯曲であることを利用した或る種の叙述トリックである。 しかし、心情に矛盾があると役者は演じられない。本作はどうやって上演したんだろう? “B” は犯人を炙り出す罠であるから、本当に犯人を意味するメッセージではなくフェイクである。それを知っている筈の警部と医師が “つまるところだれなんです?” とか言って議論するのはおかしい。 (因みに、その議論の流れで “犯人に知られてはならない事柄” にも言及しているので、“犯人に聞かせる為の演技” との解釈は成立しない。) また、警部が最後の台詞で語る “証拠” によって、ロジックとしては弱いが一応犯人を推測出来ており、そこに “B” の件は不要である。 犯人の条件が “B” で、真相が明らかになった時に、そうかこの人も “B” だった、と驚けるなら美しいが、実際には “条件” ではなく単なる偶然みたいなものだ。 つまりこれ、罠ではなく、動けないフリではなく、あの電気装置を介したやりとりは本物で、被害者は犯人を知っているが、フェイクでないメッセージとして “B” 一文字しか伝えられなかった――とするべきではなかっただろうか。嗚呼勿体無い。 |
No.68 | 6点 | 親指のうずき- アガサ・クリスティー | 2024/10/10 12:01 |
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トミー&タペンスは、何処まで本気か判別しがたいと言うか “探偵ごっこ” のイメージが抜けないので、つい緩い気分で読んでしまった。謎の絵・謎の記憶・謎の人形ってサイコ・スリラーかい、あっはっは。と思ったら本当にそうだった。強引なこじつけもそういうことならOK。エピグラフもサイコっぽいし。
しかし作者の筆も若干緩んでないか。4分の3までは少々引き締めて、その分ラストのホラブルなパートをもう少し長く堪能出来たらベターなんだけど。 |
No.67 | 5点 | メソポタミヤの殺人- アガサ・クリスティー | 2024/10/10 12:01 |
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内容にかこつけて “なりすまし” について思うことを書きたい。本作に限らず私は肯定的である。
否定的な意見とは要するに “気付くだろう” と言うことだが、それは根拠薄弱だと私は思う。何故なら、実体験が伴っていないから。 誰かが他者になりすまして自分を騙そうと本気で仕掛けて来たのを、その正体は誰々だと見破った――と言う経験者はあまりいないと思う。 なりすまし(を見破ること)の難易度をイメージでしか示せない以上、疑わしきは罰せず式に許容しても良いのではないか。 寧ろ、見破った経験が無いと言う事実は、実は身近でなりすましが進行していて自分はそれに気付いていない可能性を示唆しているのである。 |
No.66 | 5点 | 謎のクィン氏- アガサ・クリスティー | 2024/08/09 11:47 |
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シリーズものとしての枠組みのヴァリエーションを工夫しているところが良いし(降霊術で呼び出すくだりが最高)、その中に収めた個々の事件も再確認してみると決して悪くないけれど、読み物としては淡々としているせいか結局クィン氏の印象しか残らず、しかしそれだけで良しと出来る程に素晴らしいキャラクターではないのである。 |
No.65 | 8点 | カーテン ポアロ最後の事件- アガサ・クリスティー | 2024/05/24 14:09 |
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【ヘイスティングズ大尉の告白】
ある人物の死に関して私が果たした役割を、ポアロはただの偶然だと説明している。ところが実のところ、その人が皆にアレを振舞ったあの時、何故か私には判ったのだ。 この人は何かをやった、と。 説明できる根拠は無い。言葉でも動作でもない何か、その場にいたからこそ伝わる雰囲気、第六感。そんなものだ。殺人者Xを意識するあまり、違和に対して敏感になっていたのかもしれない。 もとより100%の確信などは持ちようがない。それでもその場で騒ぎ立てるべきだったか。しかしそれがポアロの対X戦略にどう影響するか読めなかった。かといって座視するにはあまりに強い胸騒ぎであった。 なにより熟考する猶予など無かった。アレが飲まれるほんの数瞬後までに対応を決めねばならない。 と偶然にも、私以外の全員がバルコニーに出て、部屋には私一人が残されたのだ。その僥倖が背中を押した。私は素早くアレをまわした。二つのアレが入れ替わった。ただの思い過ごしなら、何も問題は生じない。仮に懸念が当たっていたとしても、それは自業自得ではないか! その後の成り行きは手記の通りだ。私はこれっぽっちも疑われず、ポアロでさえ私が意図せずにあの状況を作り上げたものと推理した。なにしろ全ては私の心の中のことであり立証しようがないのだから。 断っておくが私は手記に何も嘘は書いていない。語り手が自分に不利な事柄を省くのは前例があり、非難には当たらないはずだ。 してみれば、これは私がポアロに勝った、ということになるのだろうか? しかし今にして思えば、ちょっとした状況証拠がなくもない。 もしも入れ替わりに気付かなかったというならば、私は目の前を回転木馬よろしく流れるアレを全く見落としたことになる。自分の目の代わりとして呼んでおきながら、なんとも信頼してくれたものだ。 いや……それともポアロは、判った上であの推理を記したのだろうか? 誰も気付いてはいない、安心したまえ――と、敢えて勝ち逃げをしないことで最期のプレゼントに換えたのだろうか……? (※16-Ⅳ、18、19、後記、などを鑑みるに、『カーテン』は大尉の手記だとするのが妥当だと思います。) |
No.64 | 6点 | フランクフルトへの乗客- アガサ・クリスティー | 2024/05/09 11:49 |
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AC作品にはミステリ的なポカが結構あって、それが気になり素直に読めないことも少なくない。でも本作は冒頭の時点で “あ、これはそういうこだわりは不要な奴だな” と判ったので、本格ミステリ作より気楽に楽しめた。
作者は “社会風刺+戯画的で大仰なスペクタクル” でチェスタトンみたいなことをやりたかったんだと思う。しかし読み易く書くことに長けていたので、却ってああいうもっともらしさが出せなかった。人物造形が巧みなので、直線的なプロットや背景から浮き上がってしまった。 自分に対する無いものねだりが過ぎる。その結果、意図しないところで “風刺すること” に対する風刺になって自爆してしまった。 |
No.63 | 6点 | バグダッドの秘密- アガサ・クリスティー | 2024/04/11 13:21 |
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これは最初期のアウトテイクをリメイクしたものじゃないかと勘繰りたくなる。強引な真相(一目惚れに内実が感じられないのも読み返せば立派な伏線か)。“可笑しな理想に邁進する秘密組織” は大いにアリ。
異国情緒もそれなりに楽しめた。発掘現場に紛れ込んだりする擬似自分語りが或る種のファン・サーヴィスだと作者は認識していたのだろうか。 |
No.62 | 6点 | 象は忘れない- アガサ・クリスティー | 2024/03/21 11:28 |
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(多分ネタバレ)夫が妻を殺したのか、妻が夫を殺したのか。
例えば夫の親類が “彼が加害者か被害者か知りたい” と言うのは判る。しかし娘を経由してその件を見ているなら、どちらでも大して違わないじゃないか。 と思いつつ読み始めたが、真相に至るととんでもない大違いである。最初から答えを暗示する問いかけだったのである。本来の意図からすれば “第三者による殺人ではなかったことの確認” をこそ求めるべきだった筈で、依頼者はとても勘が鋭い(とでも解釈する他ない)。ヤブヘビになりかねない気もするが……それを踏まえて振り返れば、早々と真相に近付き過ぎないように、会話で或る部分を避けて通っているフシがあり苦しげだ(笑)。 Elephants Can Remember. 原題と邦題を見比べて中学校時代を思い出す。英和辞典で remember の意味として【覚えている】と【思い出す】が併記されていて、“それは別の意味では?” と戸惑ったものである。日本語なら “忘れねばこそ思い出ださず” と言うところなのに。 カップルじゃないけどデズモンドとモリーが登場する(「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」)。 |
No.61 | 5点 | ポアロとグリーンショアの阿房宮- アガサ・クリスティー | 2024/02/09 13:20 |
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(『死者のあやまち』は未読。)
基本的に手掛かりは事件直後に出揃っているよね。しかし二ヶ月何もせず、更なる死者がヒントになって真相に気付くポアロ。これは失敗談? オリヴァ夫人は何が気になってポアロを呼んだのか。グリーンショア周辺の人間関係から事件を読み取った夫人が、実は無自覚なまま名探偵だったと言う話? |
No.60 | 6点 | ハロウィーン・パーティ- アガサ・クリスティー | 2024/01/11 12:50 |
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Trick or treat! じゃないの? アレは米国の風習? 日本人的な理解だと “こんなのがハロウィーン?” と疑問にも思うが、英国人による英国舞台の話だから嘘八百でもなかろう。
犯人のキャラクターは気持悪くて魅力的。あと最後に殺され損ねた彼女も。 但し、ストーリーや舞台の空気感とは合っていない。が、全編耽美世界にしないその齟齬、あんな思いも日常の言葉に回帰して行くあたりがクリスティっぽいとも思う。 (現在の)第二の殺人は成り行きも描写も雑だ。“殺人は癖になる” って奴か。それとも作者は犯罪の低年齢化に対する警鐘を意図したのか。 |
No.59 | 5点 | 死人の鏡- アガサ・クリスティー | 2023/12/14 13:28 |
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「厩舎街の殺人」はシンプルにまとめたことが良い効果を発揮していると思う。このタイトルはアンフェアに見せかけてポアロの台詞に注目するとフェア?
表題作の真相は意味が判らない。計画的犯行なのに、開けたまま撃って、その後で慌てて偽装工作。そもそも、犯意が有ろうと無かろうと、開けたドアは閉めるのが普通だと思う。つまり、偽装自体は面白いが、それが必然性を持つ状況設定が出来ていない。 |
No.58 | 5点 | 七つの時計- アガサ・クリスティー | 2023/12/07 13:54 |
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冒険ごっこ、って感じ。死者が出ているにもかかわらずふわふわした若人達の言動。退屈のあまりロシアン・ルーレットが生まれた逸話を想起した。求婚が一番のサプライズ。この秘密結社の元ネタはGKC? とか勘繰り過ぎちゃいけないね。 |
No.57 | 4点 | 第三の女- アガサ・クリスティー | 2023/11/24 14:13 |
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どうしてもネタバレしちゃうなぁ。
犯行計画全体の構図としては良いんだけど、その真ん中に余計なトリックがドンと鎮座している、と思う。 金髪の鬘を使ってあんなことをする必要があるのだろうか? ポアロはアリバイ云々と言うが良く判らない。読後に振り返ると “犯人は多忙で疲労困憊したんじゃないかな” と言う印象ばかりが残っている。 |
No.56 | 9点 | 終りなき夜に生れつく- アガサ・クリスティー | 2023/11/18 12:31 |
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半ば過ぎまで普通の、と言うかミステリにならないロマンスを、自分が中だるみせずに読めたことがまず驚き。
全身全霊こめて作った女神像を自ら落として粉々に砕く、みたいで、そこまでやるか。でも先が見えててもやるしかないんだろうなぁ。そこに嘘は無いんだよね。もうほぼ悲しみと安堵が綯い交ぜになった自殺者の心情なんじゃないかと思った。 |
No.55 | 7点 | 茶色の服の男- アガサ・クリスティー | 2023/11/10 15:55 |
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作者がノって書いている雰囲気に好感が持てる。でも気分のままに引き伸ばし過ぎ。気が付いたら一ヶ月経過していた、とは随分長い。何かのトリックかと思った。 |
No.54 | 3点 | 複数の時計- アガサ・クリスティー | 2023/10/28 13:52 |
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これはバーナビー・ロスのパロディ(盲人も登場するし)?
わざわざ死体を運び指定の時間に発見させるメリットが判らないが、それも原本に書かれていたのだろうか。主犯は “発見者の知人” と言う立場なのだから、そんなことしなければそもそも捜査陣の視界に入らなかったのに。 犯人と被害者をつなぐ糸はごく細い。自動車を使えるなら、遠くに捨てて来れば “余所の事件” として無関係でいられたのではないか。 身許を偽装しても、そのごく細い糸を辿られる僅かなリスクは変わらない。偽装で共犯者を増やすデメリットの方が大きそう。 もっと上手に書ければ “不可解な小道具が残された犯行現場” そして “余計なことをして自滅する犯人” パターンに対する批評になったかもしれないが……。 |
No.53 | 6点 | 復讐の女神- アガサ・クリスティー | 2023/10/20 12:45 |
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何が起きているのか良く判らず、水面から顔を出した岩の頭を見て岩場の全体像を想像せよ、との命題。現れた深層/真相は人の思いが絡まり合った、なかなか読み応えのあるもの。
しかし、これは犯人サイドを掘り下げて書けば、もっと深みを出せたのではないか。例えば犯人が某に注いだ思いの深さ等が、単に言葉による説明にしかなっていない。 と考えると、“ミス・マープルに謎のミッション” と言う間接話法みたいな設定に使うにはちょっと勿体無いかな。 過去をほじくり返したせいで新たな死者が出たことについて、もう少し何か言及があっても良い。 また、“丘の斜面に丸石を転落させて歩行者にぶつける”――これに関して作中では “故意にやったのでなければ成功するわけがない” とされているが、私は逆に、狙ってもそうそう命中するものではないだろうと思う。 |
No.52 | 6点 | カリブ海の秘密- アガサ・クリスティー | 2023/10/06 13:05 |
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ことミステリの場合、ネタの使い回しに対しては視線が厳しくなりがちだが、私はACの手癖と言うか “良くやるパターン” に関して目くじらを立て過ぎていたかと少々反省している。
作中に於ける犯人や手掛かりの配置が旧作に幾らか似ていると、そのマイナス評価ばかりに囚われて他の楽しめる部分を逃していたかもしれない。そういう部分は作者の得意技だから多用されるってことでいいのかもしれない。本作も、読む順番が違ったらもっと高評価だった気がする。 西インド諸島のどこかの国と言う舞台設定にはあまり効果を感じず。ミス・マープルが翁にあしらわれる場面は新鮮。人違い殺人は余計なエピソード、もしくは発生が遅過ぎるのでは。 かつてエスターの夫が事故死しているとの話に、“あ、実はこれが殺人で伏線か。見え見えだぜ” と思ったんだけどなぁ。 |
No.51 | 6点 | バートラム・ホテルにて- アガサ・クリスティー | 2023/10/06 13:05 |
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組織犯罪と殺人事件を強引に混ぜるのはともかく、そこにミス・マープルを絡ませるのは食い合わせが悪い。
作者は敢えてその変なミックスを試したかったのだろうか。“ミス・マープルなんだから聡明な筈” との思い込みも相俟って、作者が動かし方に苦労しているような、ぎくしゃくした印象を受けた。 “壮大な与太話” であるこのプロット、ノン・シリーズにして、事態を判っているんだかいないんだか判然としないお婆ちゃんがウロウロしているうちに巨悪と対決、みたいにすれば面白いのでは? あと、殺人犯に目を瞑ったのはまずいんじゃない? だって自分の金銭的利益の為の、結構短絡的な犯行だ。条件が揃えばまた繰り返す危険があると思う。 |