皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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kanamoriさん |
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平均点: 5.89点 | 書評数: 2426件 |
No.2126 | 7点 | 伝奇集- ホルへ・ルイス・ボルヘス | 2014/08/12 00:01 |
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ラテンアメリカ文学の”知の巨人”、アルゼンチン作家ホルヘ・フランシスコ・イシドロ・ルイス・ボルヘスの処女短編集。
古今東西の伝説、神話、宗教、文学、哲学などをモチーフにして、その博識を縦横無尽に駆使して詰め込んだ思索的、幻想的な物語が大半を占めています。 収録作のなかでは「円環の廃墟」や「バベルの図書館」「記憶の人、フネス」「南部」などが代表作と言われているらしいのですが、本格ミステリ読みにとっては、なんといっても「八岐の園」と「死とコンパス」が注目作品でしょう。 「死とコンパス」は、後期クイーン的問題に絡めて言及されることが多い作品で、ミッシングリンク・テーマと偽の手掛かり、名探偵という装置の在り様など、20ページ程の短編ながら、色々と興味を惹く問題を孕んだ作品。法月綸太郎氏が絶賛するのも何となく分かるような気がします。 ボルヘスは、共著で「ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件」という連作ミステリを書いているぐらいで、元々探偵小説に強い関心を持っていたことはよく知られており、一つの問題提起としてクイーンに先んじてコレを書いたとしたら大いに評価されるのも当然なのかもしれない。 |
No.2125 | 6点 | 死の快走船- 大阪圭吉 | 2014/08/10 15:38 |
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日下三蔵編”ミステリ珍本全集”の4巻目。戦前に出版された大阪圭吉の全5冊の短編集の中から、創元推理文庫2巻と論創社の探偵小説選の収録作を除き、単行本未収録作品8編を加えた全38編が収録されています。
編中で唯一既読だった表題作「死の快走船」は、被害者の残した言葉によるミスディレクションと、事件の隠された構図の意外性で読ませる佳作。ただ、”戦前を代表する本格探偵小説作家”という呼称に値するパズラーと言えるのはコレぐらいで、ほかの本格モノに関しては落ち穂拾い的なものとなっている。あとは、ミステリ要素があってもトリックより日常の謎風のプロット重視で、軽妙洒脱な語りとオチで読ませる作品が多かった。(某ホームズ譚のヴァリエーションといえる作品が目立つ) また、『ほがらか夫人』収録の11編は、ほとんどが人情話モノの非ミステリで、戦時下という時局を反映して、”お国のため”とか”兵隊さんのため”という国威高揚的な話になっているのがなんとも.....。そんななかでも、「トンナイ湖畔の若者」は、樺太の村に住むアイヌの青年が見た日露戦争という割と長めの異色作で、作者の実力が覗える力作だと思う。 ほとんどの収録作がミステリとしては物足りないが、本書は出版されただけで意義があるw (よって採点に1点加算しました)。 |
No.2124 | 7点 | 暗殺者の復讐- マーク・グリーニー | 2014/08/06 22:34 |
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ロシア・マフィアのボスへの復讐を果たしたグレイマンに、今度はCIAと繋がる民間殺人組織の追及の手が迫る。しかし、その組織の一員で独行工作員の”デッドアイ”が、何故かグレイマンに支援を持ち掛ける-------。
CIAの”目撃しだい射殺”指令ターゲットとなり、逃亡を続ける凄腕の暗殺者”グレイマン”こと、コートランド・ジェントリーを主役とするシリーズの4作目。 マンネリどころか巻を重ねるごとに面白さが増してくる。 ハイテク機器を使いグレイマンを追う民間殺人組織チームや、イスラエルの特務機関モサドの女性工作員に加え、グレイマンと同じCIAの特殊任務プロジェクトを受けた暗殺者”デッドアイ”という三者の思惑が北ヨーロッパを舞台に複雑に絡むストーリーはまさに波瀾万丈で、600ページという長さを感じさせない面白さ。とりわけ、”もう一人のグレイマン”こと暗殺者”デッドアイ”が最終ターゲットに迫る最終盤での死闘はシリーズでも屈指の名場面と言えるだろう。 エピローグを見ると、どうやら本丸への反撃の兆しが伺えるので次作を正座して待ちたいw |
No.2123 | 6点 | 戦艦金剛- 蒼社廉三 | 2014/08/03 16:38 |
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昭和17年10月、ソロモン諸島沖を南下してガダルカナル島に向かう戦艦金剛の艦内で、何者かによって反戦ビラがまかれる。さらに、ガ島の米軍飛行場を砲撃した直後、密室状況の砲塔内で上曹が射殺される事件が起きる-------。
「本格ミステリ・フラッシュバック」からのセレクト。 戦時中の戦艦(クローズドサークル)内での不可能殺人という設定が非常にユニークです。 嫌われ者だった被害者の須貝上曹を巡って、乗組員の何人もが動機を持ち、その過去の因縁話を絡めた人間ドラマが丁寧に描かれています。てっきり探偵役だろうと思っていた人物が途中意外な形で退場したり、戦闘真っ只中の劇的なラストシーンで真相が提示されるなど、プロットも工夫が凝らされていると思います。犯行方法と犯人につながる伏線もさりげなく張られています。 ただ、作者は戦記作家も目指していたためか、とりたてて本筋に関係しない戦況や軍部の作戦に関する分析が多く挿入されているのが難点で、純粋に本格ミステリとして読んでいくと興をそがれる側面がありました。 |
No.2122 | 6点 | 五枚目のエース- スチュアート・パーマー | 2014/08/01 23:04 |
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ショーガール殺しの罪で死刑の執行が迫るアンディ・ローワンから、パイパー警部宛てに警部を相続人にする旨の連絡が入る。直感的にローワンの冤罪を確信したミス・ウィザーズは、旧友の警部を巻き込み、関係者を引っかき回して次々と容疑者を集めるのだが、新たに殺人事件が発生し-------。
元小学校教師のオールドミス、ヒルデガード(ヒルディ)・ウィザーズ・シリーズの11作目。 死刑執行という”デッドライン”が設定されていますが、それほどサスペンスは強調されておらず、むしろパイパー警部とヒルディの軽妙なやり取りや、ヒルディの飼い犬タレーランのトボケた行動など、コメディ要素のほうが目立ちます。死刑囚ローワンの妻・ナタリーの招待状でもって、関係者を一堂に集めた最終盤はさすがに盛り上がりますが。 生前に被害者と関係があった3名の容疑者の存在感がいまいち薄いのが残念なところですが、デッドラインものの定型にヒネリを加えた真相はまずまずと言えるのでは。 |
No.2121 | 7点 | 帝都探偵 謎解け乙女- 伽古屋圭市 | 2014/07/30 23:07 |
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”シャロック・ホウムス”に憧れ、名探偵になることを宣言した女学生の令嬢と、彼女の願いを叶えるべくワトソン役を務めるお抱え俥夫の「俺」が、大正時代の帝都・東京市を舞台に5つの事件に挑む連作ミステリ。
これはなかなかの掘り出し物の一冊。 死者からの手紙や、密室から消失した等身大の西郷隆盛像、未来から来た男、密室状況からの人間消失など、次々と舞い込む事件の謎解きも魅力的ながら、陰の名探偵「俺」の推理を、弁舌鮮やかに自分のものとして披露するツンデレお嬢様のキャラクターがたまらない。 しかも、この軽妙なストーリーが、終章近くで何度も反転する作者の仕掛けには驚かされた。たしかに、あれこれ伏線も張られている。なかにはシャーロッキアンでも気付かないようなものもありますがw ”どんでん返し”じゃなくて、これは”ちゃぶ台返し”だろ!という感想もありそうですが、個人的には大いに評価したい。 |
No.2120 | 6点 | ミス・ヒルデガード・ウィザーズの事件簿- スチュアート・パーマー | 2014/07/27 18:14 |
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「被告人、ウィザーズ&マローン」の翻訳者でもある宮澤洋司さん主催の同人誌「翻訳道楽」から入手した、初翻訳作品5編の”短編集”。(ばら売り短編なので登録タイトルは当方でかってに仮題をつけました。ご了承ください)。
スラップスティック・コメディに近いユーモア・ミステリが持ち味という印象が強かったパーマーですが、(パイパー警部とのやり取りに多少見られるものの)ユーモアはそれほど前面に出てなくて、5編いずれもトリッキィで本格パズラー志向が強い作品が揃っていました。 個々に見ていくと、美術館での殺人と衆人環視下での聖盃消失という不可能犯罪を扱った「ぶら下がった真珠の謎」が個人的ベストで、ショー劇場内での射殺事件とアリバイトリックの「いたずらパリ娘の謎」が準ベストかな。 美術館、ミュージカル劇場、ドックショーの会場、サーカス劇場など、舞台装置が各作品でバラエティに富んでいるのも良い。 ミス・ウィザーズの短編は昔からEQMMやアンソロジーでかなり訳出されているものの、書籍化された短編集は出ていない。まずは”クイーンの定員”にも選ばれた第1短編集からでどうでしょうか>論創社さん。 なお、「翻訳道楽」は”おっさん”さんからご教示いただきました。ありがとうございました。 |
No.2119 | 6点 | 路地裏の迷宮踏査- 評論・エッセイ | 2014/07/26 11:34 |
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本書は、東京創元社の雑誌「ミステリーズ!」に創刊号から7年にわたり連載されてきた杉江松恋氏のコラムをまとめたもの。
クラシック・ミステリ作家から’60年代ぐらいまでの海外作家53人を取り上げ、その知られざるエピソード、意外な人間関係など、正面切った評論ではあまり語られない、いわゆる”トリビア・ネタ”を中心にした楽しい読み物になっています。 エドマンド・クリスピンとマルクス兄弟、ミッキー・スピレインとジョン・ウェンの関係など、あるときは想像をふくらませ、あるときは資料をあたって通説を検証するという内容は、まさに”迷宮踏査”というタイトルにふさわしい。 「ホックのD」の項では、作家の頭文字だけの略されたミドルネームは何の略かというネタを取り上げている。ウエストレイクのE、リューインのZなど、どーでもいいようなネタですが、こういうのも面白い。 ブックレヴューもいくつかあって、なかではバリンジャーの「赤毛の男の妻」に関するの項が秀逸。小説が書かれた時代の社会背景を知ると、作品の印象も変わってくるといういい例だと思う。 いわれてみればケメルマンのラビ・シリーズは金曜から木曜の一週間で終わりじゃないし、パット・マガーの未訳作品も残っている。「首つり判事」の追加エピローグがある別版も気になる等々、毎回面白い話題が提供されていて楽しめました。 ただ、”初心者からマニアまで”というのはどうだろう。聞いたことのない作家の”知られざるエピソード”を読んで面白いだろうか。 |
No.2118 | 6点 | 痛み かたみ 妬み- 小泉喜美子 | 2014/07/24 19:02 |
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ミステリ系の作品6編からなる初期の作品集。
前半の「痛み」「かたみ」「妬み」の3編は、連作ではないものの、女性主人公のモノローグ・回想によって徐々に物語の骨格や背景が浮かび上がってくるという構成が共通している。 感化院で重傷を負った不良少女が病院で回想する「痛み」は、オルガンが出てきたところで着地点が見えてしまった。 「かたみ」は、ホテルの一室で死体で見つかった社長夫人が、神風特攻隊で戦死した初恋の人物を回想する話。生前彼女が最後に逢った謎の人物の正体は意外というより皮肉に満ちている。 「妬み」は、女流作家が幼少期からのライヴァルである女性舞踊家を心理的に突き落す話。女性主人公がどこか作者自身を思わせる造形なだけにかなりブラックな味わい。 後半の3編のなかでは「切り裂きジャックがやって来る」が出色の出来で、軽妙な語りとラストのどんでん返しの落差で読ませる。これが編中の個人的ベスト。 残り2作品は、作者お得意の歌舞伎を題材に外国人が絡む”事件”ですが、ミステリ的にはともにイマイチな内容だった。 |
No.2117 | 7点 | 警察官に聞け- リレー長編 | 2014/07/22 00:01 |
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”社会の害悪”といわれた新聞王カムストック卿が別荘で殺害される。浮かび上がった容疑者は、カンタベリー大主教、与党の院内総務、ロンドン警視庁の副総監という重要人物ばかり3人。事態を重視した内務大臣フィリップ卿は、高名なアマチュア探偵4人に解決を依頼することに---------。
黄金期の英国ディテクション・クラブのメンバーによるリレーミステリ。 前年に出したリレー長編「漂う提督」が13名という大人数の参加で、途中グダグダになってしまった反省を生かして?今回は、アントニイ・バークリー、ドロシイ・セイヤーズ、ミルワード・ケネディ、ジョン・ロード、グラディス・ミッチェル、ヘレン・シンプソンの6名の作家に絞っている。 なんといっても本書の面白さは、お互いの名探偵を交換して登場させる趣向につきる。バークリーがピーター・ウィムジイ卿の推理を書き、セイヤーズがロジャー・シェリンガムの探偵活動を描くという、いわばパスティーシュ競作としての楽しみ方ができる。 また、ブラッドリー夫人と舞台俳優探偵ジョン・ソマレズを合わせて、4人の名探偵それぞれが異なる犯人に到達する多重解決的な面白さもある。リレー方式のため名探偵同士の絡みがないのがちょっと残念ですが。 事前の打ち合わせも怠りなかったのか、前作と比べるとミステリ小説として格段に完成度が高く、とくにバークリーが担当したピーター卿のパートの出来栄えが秀逸で、バンターやパーカー警部に先代公妃まで出てくるサービスぶり。 なお、6人の作家のうちヘレン・シンプソンの邦訳はいまのところないが、過去にポケミスでの刊行予定があったようで、藤原編集室「幻のポケミス」の項に探偵ジョン・ソマレズの情報がある(クレメンス・デーンと合作)。 |
No.2116 | 7点 | 水面の星座 水底の宝石- 評論・エッセイ | 2014/07/20 20:42 |
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本格ミステリは常に”意外性”を求められる。犯人や結末の意外性、トリックの独創性、意外な動機やロジック展開などなど-------、まったくの二番煎じは叩かれる宿命なので、既存作家が書いた作品を常に意識しながら、それを超える、または改良した新味のあるアイデアを創出しつづけなければならない。
書評家・千街晶之氏のよる本書は、〈名探偵〉〈一人n役〉〈語り手〉〈操り〉〈見立て〉〈密室〉〈多重解決〉など、本格ミステリの道具立てや趣向が、オリジナルからどのように変容していったかを、独自の切り口で紐解いている。進化や発展ではなく作者が”変容”と言っているのは、後発作品の”歪み”の部分をどう評価するかを読者に委ねているから。 とにかく刺激を受けた論旨が多いが、白眉は〈名探偵〉という装置の変容を解析した第1章だろう。”事件を誰よりも早く解決できるのが名探偵の定義であるなら長編はもたない”という提起から、「謎解き以外の」名探偵の役割が、歪み変容せざるを得ないとして様々な作品の名探偵の効用を論じている。たしかに「姑獲鳥の夏」の榎木津の例は分かりやすく目から鱗だった。 テキストにした作品に深く踏み込む必要があるので、多くのネタバラシがありますが、ユニークでスリリングな内容に加え、評論といっても堅苦しさがないのがよかった。 |
No.2115 | 6点 | 百万に一つの偶然 - ロイ・ヴィカーズ | 2014/07/18 22:17 |
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ロンドン警視庁の迷宮課が担当する様々な事件を倒叙形式で描く連作ミステリ。本書はシリーズの第2弾ですが、ポケミスでの邦訳は、第1作の「迷宮課事件簿(1)」より先(1か月前)に出版されています。
ジャンル登録の”クライム/倒叙”というのは当シリーズにもっともふさわしい。 ”クライム”と”倒叙”では本来ジャンルが異なるのですが、当シリーズは、犯人の犯行に至る経緯や心理状況の描写に重点が置かれており、主役であるはずのレイスン警部率いる迷宮課は最後まで影の薄い存在になっている。そのため、探偵役が存在するのに犯罪小説に近い印象がある。 しかも、ほとんどが偶然が作用して解決するパターンなので捜査小説として見ると物足りないのですが、発覚の手掛かりが思いもよらない方向から飛んでくると、その意外性でかなり楽しめる。 本書でいうと手掛かりの意外性という点で表題作がずば抜けていて、シリーズ屈指の傑作だというのも肯ける。 |
No.2114 | 7点 | 美の神たちの叛乱- 連城三紀彦 | 2014/07/16 22:40 |
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パリでジゴロとして暮らす曜平は、画家の藤田から”怪物”と呼ばれる元女優のランペール夫人を紹介される。彼女はわずか300フランでルノワールの絵画を手にいれる計画を企てていた---------。
ルノワールの贋作絵画を巡るクライム小説。 もともとテーマ自体に騙りや嘘、仕掛けの要素が内在しているうえに、発端のプロローグ風の複数のエピソードの部分から小さな反転や逆説が連発され、読者をとことん幻惑させるいつもながらの連城ミステリになっている。 そのため、序盤は話の方向性が見えないのだけど、しだいに贋作ルノアールの持ち主である画商デュランVSランペール夫人グループという構図が明らかになる。 若さと美貌を維持するために全財産をつぎこむ80歳を超えたマダム・ランペールの”怪物”ぶりが半端ないが、コンゲーム的な面白さが、ある事件を契機に急速にしぼんでしまったのは残念なところ。終盤は一種の恋愛小説に変転してしまった。 |
No.2113 | 7点 | おかしなことを聞くね- ローレンス・ブロック | 2014/07/12 11:06 |
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"ローレンス・ブロック傑作集”の1巻目。古書店の均一棚で拾ってから、ポツリポツリと読んでいるうちに数編を残したまま忘れ置かれていた一冊。Tetchyさんの投稿を見てあわてて読了しましたw
マット・スカダーが登場する「窓から外へ」は、馴染みの”アームストロングの店”のウェイトレスが墜死した事件をスカダーが追う(エドワード・ホックなら不可能犯罪モノにしそうな設定の)私立探偵小説。くせもの揃いの本書の収録作品群のなかでは、真っ当すぎてそれほど印象に残らないが、ファンならもちろん見逃せない。 泥棒探偵バーニイが登場する「夜の泥棒のように」は、長編とは趣向を変えた第三者の視点によるプロットが、ラストのオチをより効果的にしている。 悪徳弁護士マーティン・エイレングラフのシリーズは、短編で散発的に発表されているだけなので、ブロックのレギュラーキャラクターの中ではメジャーではないが、初登場の「成功報酬」で強烈な印象を残す。”目的のためには手段を選ばず”とはいっても、これは”悪徳”どころの次元ではないねw(当シリーズの作品は、続く2、3巻目にも2作づつ収録されているらしい) 以上はシリーズものですが、本書の真髄はノン・シリーズ作品群のほうにあると思う。 そのなかでは、絶妙な語り口と先の読めないヒネッた展開、後に残りそうなブラック過ぎるラストなどで、「食いついた魚」「あいつが死んだら」「おかしなことを聞くね」の3編を推します。 |
No.2112 | 5点 | ロスト・エンジェル・シティ- 都筑道夫 | 2014/07/10 20:26 |
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人類が太陽系第三惑星を脱出し新しい地球に移住して数十世紀、予防精神医療の発達により殺人は大幅に減少した。さらに潜在的殺人者は、テレパシストによって予め察知され、”おれ”こと星野が所属する警視庁”殺人課”によって密かに処分されることになっていた-------。
ハードボイルド風のSFミステリ連作、「未来警察殺人課」シリーズの第2弾。 各話とも細かなSFガシェットを色々と散りばめながら、アクションあり、謎解きあり、お色気シーンありで、読者サービスが盛りだくさんのエンタテインメント作品になっています。ロサンジェルス、モナコ、京都、ハワイなど、前の地球の名称に倣った都市が存在し、星野刑事が名所巡りをするトラベルミステリという感じも受けます。個々に見ていくと出来栄えが微妙なものもありますが、謎解きモノとしては「空白に賭ける」と「殺人ガイドKYOTO」の2編はラストのひねりが面白い。 ただ、展開が早くめまぐるしいのは短編だからやむを得ないのですが、説明不足で拙速に感じる部分があります。SF設定を十分に活かすうえでも長編版を読んでみたかった気がします。 |
No.2111 | 6点 | 愚かものの失楽園- パトリック・クェンティン | 2014/07/07 22:09 |
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資産家コーリス家出身の妻をもつ「私」ジョージ・ハドリーは、愛人の女性秘書のマンションで、娘のマルカムから切羽詰った電話を受ける。マルカムは、女たらしのゆすり屋・サクスビーという男のマンションを訪ね、彼の死体を発見したという---------。
クェンティン名義のホイーラー単独作品。 主人公自身や家族・親族が殺人事件に遭遇し、ある秘密を隠匿することで、その人物が重要容疑者になってしまうという、「わが子は殺人者」や「二人の妻を持つ男」と基本プロットが同様の巻き込まれ型サスペンス。いずれもニューヨーク市警のトラント警部補が主人公を追い詰めるという構成も共通している。 「私」が真犯人でないのは読者には分かっているが、脛に傷持つ主人公視点でトラントの捜査が描写されるので、一種倒叙ミステリのような趣がある。このように各作品で主人公が異なるのに、”敵役”の刑事に同一人物を持ってくる形式はちょっとユニークだと思います。(ちなみに、先月復刊になった「女郎ぐも」では、ダルース夫妻VSトラントという図式になっている) 主人公の周辺の女性達が何らかの形で被害者と関係があり、アリバイを巡って重要容疑者が二転三転するプロットは十分に面白いのですが、あらすじ紹介が内容に踏み込みすぎているので、真犯人の正体はわりと分かりやすいと思う。 |
No.2110 | 6点 | 深い失速- 戸川昌子 | 2014/07/02 23:14 |
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警察から精神科医の「私」の病院に、ある大学生の精神鑑定と保護を依頼してきた。その患者・丹野は、”長い武器”で人妻を殺したと自供してきたが、調べてみるとその女性は生きているという--------。
「本格ミステリ・フラッシュバック」からのセレクト。文庫版200ページ余りの短めの長編ながら意外と読み応えが有りました。 「私」が関係者を訪ね歩くうちに、丹野と”架空の被害者”大和田夫人という二人の人物を中心にした複雑な男女の相関図が描かれていきますが、”事件現場”の大和田夫人のマンションで何が起きたのか?というのが謎の核心で、この真相が掴めそうで掴めないサスペンスで読ませます。 精神科医が探偵役であることで、”告白”がある先入観を生み、普通に考えれば分かりやすいトリックを隠蔽する巧いミスリードになっていると思います。 |
No.2109 | 5点 | あの手この手- ヘンリー・セシル | 2014/06/30 20:43 |
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ふた組の詐欺師夫婦の行状記といった体裁の連作長編。
第1章「いやな男」は、ふたりの男が裕福で牧歌的な村に住みつき、ある策略を使って村の名士たちから大金をせしめようとする。法律の悪用という作者お得意のパターンですが面白いかというと、そうでもない。 第2章「誘惑事件」は、2組の夫婦共同で不倫スキャンダルを捏造し、意外な標的から大金を得る話。最終的に関係者だれもが損をしていないという状況になるのがミソ、かな。 第3章「グローピスト」は、貧乏画家たちを集めての人気投票・賭け絵という詐欺。これはシステムがいまいち分かりずらい。 ここまではクライム小説風ですが、夫婦の掛け合いがユーモラスながら、標的が個人ではなく不特定多数の人物ということもあって、コンゲーム的な面白さがそれほど感じられない。 最終章では、裕福になった4人の男女が意外な行為に走る。悪人を悪人のまま終わらせないあたりは、ヘンリイ・セシルらしいかもしれない。 |
No.2108 | 5点 | 冷たい太陽- 鯨統一郎 | 2014/06/26 21:36 |
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「娘を預かった。返してほしければ五千万用意しろ」-----食品会社社長の高村家にかかってきた一本の電話から全てが始まった。幼稚園に問い合わせると、確かに娘の美羽が行方不明になっていたのだ--------。
あらすじだけを見ると、作者が新境地を開いたかのような誘拐を題材にした謎解きサスペンス.....なのですが、読了後は「やはり、鯨統一郎」といった感じのミステリになっている。 ユニークな身代金の受け渡し手段とか部分的に面白いところがあるものの、全てが”ある仕掛け”に奉仕するために構成されているので、かなり不自然でリアリティがない部分が目立ちます。虚偽の記述はないにしても、騙し方にあざとさを感じてしまう。とくに、読者と同じメタレベルに近い形で、かすみが探偵に情報を提供する方法はご都合主義といわれてもしようがない。 メインのアイデア自体は(既視感はあるものの)そう悪いとは思わないので、乾くるみとか、誰か別の作家が巧く書いていれば傑作になっていたかも知れない。 なお、表紙のイラストが連城三紀彦の「小さな異邦人」にちょっと似ている。くれぐれも間違って買われないようにw |
No.2107 | 7点 | 被告人、ウィザーズ&マローン- スチュアート・パーマー&クレイグ・ライス | 2014/06/24 22:18 |
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米国’40〜50年代の二人の人気作家クレイグ・ライスとスチュアート・パーマーの共作による連作ミステリ。しかも二人が創造したシリーズ探偵である酔いどれ弁護士ジョン・J・マローンと、オールドミスの小学校教師ヒルデガード・ウィザーズの共演という非常に珍しい企画もの短編集で、本書は「クイーンの定員」にも選定されている。
いやあ、これは愉しい。各話ともマローンとミス・ウィザーズの掛け合いが秀逸で、読んでいるあいだニヤニヤ笑いが止まらない、クレイグ・ライス好きには堪らないドタバタ・コメディに仕上がっている。 ふたりでアイデアを出し合い、パーマーが執筆という役割のようだが、マローン弁護士ものの完璧なパスティーシュになっている上に、ミス・ウィザーズがクレイグ・ライスの作品世界に違和感なく溶け込んでいる。ジャスタス夫妻が名前だけの登場なのは残念ですが、秘書のマギーが代わりに活躍し、天使のジョーやフォン・フラナガン警部など、ライスのお馴染みのキャラクターも存在感を見せているのが嬉しい。 また、名探偵の共演という”企画ありき”の作品集に終わっておらず、マローンとウィザーズが特急列車内で出合う第1話「今宵、夢の特急で」や、法廷シーンが圧巻の「ウィザーズとマローン、知恵を絞る」などミステリ部分もなかなか充実していると思う。 |