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E-BANKERさん
平均点: 6.01点 書評数: 1812件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.792 6点 製材所の秘密- F・W・クロフツ 2012/12/06 20:35
1922年に発表された、クロフツの第三長編作品。
処女長編「樽」、第2作「ポンスン事件」に続く作品だが、探偵役は著名なフレンチ警部(警視)ではなくウイリス警部。
最近、創元文庫で復刊されたものを読了。

~商用でフランスに出掛けた旅行中のメリマンは奇妙なトラックに出会った。はじめに道ですれ違った時と、数分後に製材所で見た時とではナンバープレートの番号が違っているのだ。そればかりか、この発見に運転手は敵意に満ちた目で彼を見つめ、製材所の主任は顔を曇らせ、主任の娘はみるまに青ざめたのだ。ここではいったい何が行われているのか?~

これもやはりクロフツらしさ満載の作品と言っていいだろう。
殺人事件こそ発生するものの、作品のメインテーマはずばり「脱税事件」。
紹介文のとおり、ある英国の若者が、旅先のフランス・ボルドーで不思議な製材所とその関係者に出くわすところが出発点。興味を抱いた若者が友人を巻き込み、捜査を進めていくが頓挫するところまでが作品の前段として描かれる。
・・・って、この展開はクロフツの十八番ともいえるもの。
有名な「樽」もそうだし、フレンチ警部登場作品でもたびたびお目にかかる。
要は、素人探偵がある複雑な事件のからくりを解明しようとするのだが中途に終わり、真の探偵役が登場すると瞬く間に真相解明までのスピードが上がっていく・・・という奴だ。

訳者あとがきを読んでると、本作と「樽」のプロットの共通性について言及されている。イギリス・フランスの両国に跨って大きな陰謀が跋扈するという構図は確かに共通しているが、やっぱりスケールでは「樽」に軍配が上がるだろう。
本作は、「謎解き」というよりは探偵たちの冒険譚、サスペンス性が重視されているので、その辺りが好みに合うかどうかというところがあるのだ。

まぁ、でもクロフツらしく一つ一つ丁寧な捜査シーンや盛り上げ方には一定の評価を差し上げたい。
(訳がやや硬い。せっかく復刊したのだから新訳にして欲しかったなぁ・・・)

No.791 5点 盗まれて- 今邑彩 2012/12/06 20:33
1995年発表。ノンシリーズの作品集。
小道具として「電話」や「手紙」が登場する・・・というプロットが共通した作品が並ぶ。

①「ひとひらの殺意」=小説家志望の兄が殺された事件。兄の友人宅へ再訪した妹は思いがけない事柄を話し始める・・・。桜の花びらが印象に残る作品。
②「盗まれて」=これはいかにも女流作家といった風味の作品。まさに、男と女の化かしあいなのだが・・・まぁどっちもどっちだよな。作品のタイトルはちょっと小粋。
③「情けは人の・・・」=銀座の飲み屋のバーテンダーが巻き込まれた、ある実業家の息子の誘拐事件。誘拐したつもりが実は・・・という展開。短編らしい切れ味。
④「ゴースト・ライター」=死んだ夫は美貌の小説家で妻のゴーストライターだった。夫の死で窮地に立たされた妻に、死んだはずの夫から電話がかかる・・・それも意外な形で。からくりは程なく判明するが、ラストはちょっとオカルト。
⑤「ポチが鳴く」=これは作者らしいブラックな味わいの作品。真相については予想がつくが、このタイトルが実に意味深。狂った人も、そのそばに居た人も、ちょっとネジがいかれてくるんだなぁ・・・
⑥「白いカーネーション」=これはしみじみとして良い作品。実の母に裏切られたと思い込んでいた夫だが、実は・・・。やっぱり母は偉大だなぁーと思ってしまう。
⑦「茉莉花」=“茉莉花(まりか)”という自分の名前が嫌いでペンネームをつけたある女流作家。それは、父との苦い思い出に起因していた。自分を訪ねた女性の正体に気付いたとき・・・。
⑧「時効」=昔住んでいた函館から届いた一通の手紙。それは忘れたはずの昔の事件を思い起こさせる「カギ」となるものだった・・・。そして、函館の街で思わぬ人物と出会い、今さらながらに知る真実。

以上8編。
どの作品もなかなかのストーリーテリングだし、作者の「うまさ」は十分に発揮できていると思う。
ただ、悪く言えばやや淡白であまり印象に残らない作品という気はする。
ということで、あまり高い評価はできないし、作者のファンでなければあまり勧める気はしないかな・・・
(⑤⑧辺りが個人的には好き。あとは横一線という感じ。)

No.790 8点 震度0- 横山秀夫 2012/12/06 20:30
2005年発表。ある県警察本部を舞台とした作者得意の警察小説。
長く続いた沈黙を破った最新作「64」が好調な作者だが・・・

~阪神大震災の前日、N県警警務課長・不破義仁が突然姿を消した。県警の内部事情に通じ、人望も厚い不破が、なぜいなくなったのか? 本部長をはじめ、キャリア組、準キャリア組、たたき上げ組、それぞれの県警幹部たちの思惑が複雑に交錯する・・・。組織と個人の本質を鋭くえぐる本格警察サスペンス!~

まさに「横山秀夫の世界」だな、これは。
県警内部の各セクションのトップ(=部長)たちが繰り広げる権力闘争。それぞれが自身の欲望や見栄、保身、妙なプライド・・・そんなもののために事件そっちのけで組織を動かし、暗躍する。
これは、日本国家という名の「組織」の縮図ということなのだろう。
終盤、登場人物の1人がようやく「団結」や「協力」の重要性に気付き、発言するという場面があるが、たいていの読者は「今さら・・・」という感覚になるだろう。

ストーリーの白眉は、ラストの約20ページ程度に集約される。
県警トップの1人1人がようやく思い出す、警察官或いは1人の人間としての己の矜持。
そして、事件と並行して語られる「影の主役」が阪神大震災・・・
『震度0・・・。N県警の本部長室はそうだった。』というほんの1行が本作のすべてを物語るのかもしれない。
衆院選挙を見据えた昨今の政治ショー(または茶番劇とも言えるが)を見ても思うが、本当に大事なものは何なのか、「選挙に勝つことなのか」、「国を良くすることなのか」・・・こんな青臭いをことを書くのもどうかと思うが、そんなことを考えさせられた。

組織に与する人には是非手に取っていただきたい作品、という評価。
「己の矜持」というものを一度考えてみるのも良いのではないか?
(登場人物を好感度順に並べると・・・堀川→藤巻→だいぶ離れて椎野→冬木→間宮→倉本、という感じかな。あくまで個人的にですが・・・)

No.789 7点 検死審問ふたたび- パーシヴァル・ワイルド 2012/11/25 20:44
1942年発表。前作「検死審問」の好評により出されたのが本作。
スローカム検死官をはじめ、「魅力的な」メンバーたちがまたも集結!

~女流作家の怪死事件を見事全員一致の評決へと導いたリー・スローカム検死官が、再び検死審問を行うことになった。今回の案件は火事に巻き込まれ焼死したとおぼしき作家・ディンズリー氏の一件。念願の陪審長に抜擢され、大いに張り切るうるさがたのイングリス氏は、活発に意見を述べ審問記録に注釈を加え、更には火災現場まで実地検分に出掛ける気合の入れよう。果たしていかなる評決が下るのか・・・~

これは隠れた(?)名シリーズだろう。(2作しかありませんが)
前作の面白さも秀逸だったが、今回も負けず劣らずの出来。
紹介文のとおり、本作では陪審員の1人・イングリス氏を狂言回しに当て、スローカムの飄々とした受け答えとの対比を鮮明にしている。
これが当たり!
ついつい単独行動で先走ってしまうインテリ・イングリス氏が、ラストには強烈なしっぺ返しに遭ってしまう!(これがなかなか憐れ・・・)

前作でも唸らされたが、とにかく本作のスゴさはプロットの妙に尽きる。
もともとは劇作家である作者の腕と言ってしまえばそれまでだが、検死官たちの会話や証人たちの証言だけが続く展開なのに、いつの間にか、作者の術中に嵌ってしまう。
例えていうなら、『スローカムののらりくらりとした検死審問に付き合ってるうちに、何だかトラックを一周して元の場所に戻っていた』とでもいう感じ。

プロットの「鍵」自体は最初から凡そ察しのつくものだが、それはそれで十二分に楽しめる作品。
評点としては前作と同等としたい。
(とにかく登場人物たちの会話や風刺のきいた注釈が滅法面白い・・・)

No.788 7点 プライド- 真山仁 2012/11/25 20:41
「ハゲタカ」シリーズでお馴染みの作者が贈る社会派で硬派な作品集。
社会問題の深層に潜む、現場の人々の一筋縄ではいかない思いに光を当てた極上フィクション!

①「一俵の重み」=主人公は「コメ博士」の異名をとる農水省の官僚。コレは読んでて涙が出てきた! 日本のコメ作の明日を想い、こんなにも熱く自身の職務に誇りを持つ男・・・こんな奴になりたい!でもなかなかこうはなれない・・・ということで、働くことへの矜持を揺さぶる作品。作中に出てくる事業仕訳の女性議員のモデルって、もちろん蓮○のことだよな。
②「医は」=主人公は教授の医療ミスの責任を取らされ大学を追われた外科医。抜群の腕を持つ男が、旧友だったはずの男に裏切られたことを知ったとき・・・まさに「医とは?」。ラストは突然終息。
③「絹の道」=シルクロードではない。主人公はプロ野球の元投手。引退し田舎の役場で働く男の前に謎の美女が現れる。そして始まった天然の蚕による養蚕。本作で矜持を示すのはこの女性なのだ。
④「プライド」=有名菓子メーカーの工場で起こった内部告発。賞味期限切れの牛乳を原材料に使用したとの告発なのだが、犯人として名乗り出たのは、何と菓子工場にこの人ありと言われた職人だった・・・。この職人が示すプライドとはまさに「人間性」そのものだな。
⑤「暴言大臣」=これはちょっとブラックな風味。常に歯に衣着せぬ発言を繰り返す大臣と、その妻で優秀な外交官。理想の夫婦と思われた2人なのだが、実はその裏側に・・・
⑥「ミツバチが消えた夏」=主人公は戦場カメラマンから養蜂家に転身した男。ある日、彼や周囲の養蜂家たちが育てていた働きバチが一斉に消えるという怪事件が発生する。その理由、原因とは? これも日本の農政の不備なのだろうか?
⑦「歴史的瞬間」=これは掌編。相当皮肉が効いてる。

以上6編+1。
全ての働く男たちに是非とも読んでもらいたい作品。
あとがきで作者は、日本人一人一人の矜持が脆くなってしまっているのではないかという危機感に触れているのだが、それが本作執筆の動機になっているのは確か。
あまり難しいことを書くつもりはないが、とにかく自身の仕事・職務に矜持を持てるかどうかという問いかけなのだと思う。

個人的も日常のルーチンに流されやすいところがあるが、たまにはこんな青臭いことを考えてもいいなということに気付かされた・・・そんな読後感。
(とにかく①は絶品。①だけでも読む価値ありという評価)

No.787 7点 凶鳥の如き忌むもの - 三津田信三 2012/11/25 20:37
刀城言耶シリーズの2作目。舞台は瀬戸内のとある孤島。
文庫落ちしてから読むため、順番としては「厭魅」→「首無」→「山魔」→「密室」→本作になってしまった(書評とは関係ないけど)。

~瀬戸内海の兜離(とり)の浦沖に浮かぶ鳥坏島(とりつきじま)。鵺敷神社の祭壇“大鳥様の間”で巫女・朱音は神事『鳥人の儀』を執り行う。怪異譚蒐集のためこの地を訪れた刀城言耶の目の前で、謎の人間消失は起きた。大鳥様の奇跡なのか? 鳥女(とりめ)と呼ばれる化け物の仕業か? 刀城言耶の推理は如何に・・・~

これも力作なのは確か。
ホラーと本格ミステリーの融合がウリの本シリーズだが、今回は紹介文のとおり「人間消失」がメインテーマ。
まさに、目の前は断崖絶壁しかないという密室から1人の人間が忽然と消えてしまうのだ!
そして、相変わらず舞台設定が秀逸。
戦後間もない時代の瀬戸内の小島というと、何となく横溝正史の世界観と重なるが、1つ1つの設定や小道具が最終的には謎の解明に効いてくるのだ。

本作の評価を左右しているのは、ラストに炸裂するメイントリックの件だろう。
これは確かに「衝撃的」だ。
本シリーズらしく、事件の謎を細分化しそれを1つ1つ検討していくというロジックの徹底ぶりなのだが、この真相はある意味最もシンプルなのではないか?
ただ、あまりにもシンプル過ぎて、個人的には最初から検討材料として入れてなかったというものだった・・・
あらゆる可能性が否定されて、この真相が浮かび上がったラストには唸らされた。

「首無」や「山魔」との比較では、このシンプルさと非道さ(残虐性?)が受け入れられないのかもしれないが、個人的には遜色ないレベルに感じた。
やはり、ハズレのない貴重な作家の1人だと思う。
(文庫版解説では、横溝「本陣殺人事件」との類似性に触れられていて「成程」と納得。ただ、舞台設定からは「悪霊島」の影響も感じる・・・「鵺」だしね)

No.786 7点 黒後家蜘蛛の会2- アイザック・アシモフ 2012/11/21 23:00
安楽椅子型探偵シリーズといえば本シリーズ。
給仕人・ヘンリーの頭脳が相変わらず冴え渡るシリーズ第2弾。

①「追われてもいないのに」=ゲストの売れっ子作家が持ち込んだ謎は、必ず活字になる自分の原稿が一向に日の目を見ないのはなぜかというもの・・・。これはヒントが分かりやすいから読者にも解けるのでは?
②「電光石火」=ある人物がレストランから出てくるまでの間に「あるもの」が消えてしまった・・・という謎。これは脚注にも書いているとおり、チェスタトンの名作「見えない男」を踏まえた作品。ということは・・・真相はそう!
③「鉄の宝玉」=このプロットは短編作品で手を変え品を変え登場するやつだろう。要は奇術のタネと一緒で、観客には右手だけを見せながら、実はタネは左手で細工していた・・・ということ。
④「三つの数字」=これは「暗号もの」の変種なのだが、トリックというかタネにタイプライターが関わっているというのが欧米のミステリーらしいところ。
⑤「殺しの噂」=ゲストはアメリカの大学で教鞭をとるロシア人。そのロシア人が公園のベンチで耳にした「殺人に関する噂」の真偽が今回の謎。これは英語の発音がキーになってるので、日本人にはちょっと分かりにくいかも。
⑥「禁煙」=人を見る目に絶対の自信を持つとある企業の人事部長。彼の判断の材料は「タバコを吸うか」なのだが・・・。結局、ヘンリーが解き明かした真相は彼の目が曇っていたということを示す。
⑦「時候の挨拶」=これも一種の「暗号もの」だが、トリックは暗号そのものではなく、なぜこの「暗号」が差出人に届いたのかという点にある。
⑧「東は東」=これは「謎かけ」のような作品。伯父が残した遺産を引き継ぐための条件として提示された謎が、指定された4つのアメリカの都市のうち、「唯一無二の東にある都市」というもの。これはアメリカの歴史に謎の鍵があるので、その辺に詳しい方なら分かるかも。
⑨「地球が沈んで宵の明星が輝く」=今回の謎は、地球を飛び出して宇宙に関するもの(?) 今回のゲストがフランス人というところに謎の鍵がある。
⑩「十三日金曜日」=本作は「暦」そのものの仕組みやその解説が何より面白い。言われてみると当たり前のようなのだが、ここまで詳しく解説してもらうとよく分かる。
⑪「省略なし」=伯母が残した遺産は「高価な切手」。伯母はそれを蔵書のなかに隠したらしいのだが、人手を雇って大掛かりに探しても全く見つからない・・・。本作の謎の鍵も英語の表現に関するものなのだが・・・
⑫「終局的犯罪」=今回のゲストは生粋のシャーロキアン。彼が論文の材料にしようとしているのが、ホームズ最強のライバルであるモリアティ教授。そして、教授がいったいどんな研究をしていたのかを何とヘンリーが指摘してしまう!

以上12編。
今回も粒ぞろいの好編が並んでいるという印象。
プロットはどこかで読んだ記憶があるものの焼き直しという感がなくもないが、ここまでうまく使いこなすのは「さすが」だろう。
短編好きなら必読の1冊。
(個人的な好みなら②③⑩辺りかな。その他も水準以上の作品ではないか?)

No.785 8点 過ぎ行く風はみどり色- 倉知淳 2012/11/21 22:58
1995年発表。愛すべきキャラクター・猫丸先輩登場。
猫丸先輩ものとしては、今のところ唯一の長編作品(貴重だね)。

~邪険な扱いしかしなかった亡き妻に謝罪したい・・・一代で財を成した傑物・方城兵馬の願いを叶えるため、長男の直嗣が連れてきたのは霊媒師。自宅で降霊会を開いて霊魂を呼び寄せようというのだ。霊媒のインチキを暴こうとする超常現象研究家までもがやって来て方城家に騒然とした雰囲気が広がる中、兵馬が密室状態の離れで撲殺されてしまう。霊媒は方城家に悪霊が取り付いているいると主張、かくて調伏のための降霊会が開かれるが、その席上で第二の惨劇が起きてしまう!~

久々に叙述トリックで「一本取られた!」という感じ。
叙述トリックの「見本」とも言えるし、切れ味だけならまさに一級品。
例えていうなら、読者はさしずめ「疑似餌に食いついた魚」というところだろうか・・・「ある登場人物」に対して最初から一定のガードをかけておいて、最後に更なるドンデン返しが待ち受けているのだ。
後で少し読み返してみたが、確かに伏線はきちんと張られているのだ。その辺りは「さすが倉知」というべき。

残りの密室やらアリバイトリックは単なるおまけ。
特にアリバイトリックは、叙述を成立させるためだけに存在しているだけで、取って付けたようなレベル。
あとケチを付けるなら、やっぱり動機かな。
ここまでのボリュームにしたのなら、せっかくだから動機ももっとそれらしいものがあっても良かったかなと思った。

まぁ、でも十分楽しめる内容だし、本格好きなら是非とも読むべき作品でしょう。
降霊会という舞台や密室殺人というと、J.Dカーの「プレーグコートの殺人」をどうしても思い起こしてしまうが、そこは猫丸先輩シリーズらしく、暗さや重々しさは全くないので、オカルト的なものは苦手という方も心配無用。
(降霊会での霊媒師の手口はちょっと無理があるような気がしたが・・・)

No.784 6点 ある閉ざされた雪の山荘で- 東野圭吾 2012/11/21 22:56
1992年発表のノンシリーズ長編。
「仮面山荘殺人事件」との相似形が有名だが、ある意味非常に実験的な作品という気がする。

~早春の乗鞍高原のペンションに集まったのは、オーディションに合格した男女7名。これから舞台稽古が始まる。演じるのは、豪雪に襲われ孤立した山荘での殺人劇だ。だが、一人また一人と現実に仲間が消えていくにつれ、彼らの間に疑惑が生まれてくる。果たしてこれは本当に芝居なのか? 驚愕の終幕が読者を待つ本格ミステリー~

重厚な本格ミステリーではないが、「さすが」と思わせるプロット。
本作については未読だったとはいえ、作者の他作品の解説や何かの書評で大まかなプロットは知っていた。
ということで、「芝居」か「本当の殺人」かという部分については特に迷いなく読み進めたのだが・・・

まぁ、そんなことより、本作の肝は第四章(第四日目)で明かされる「あのこと」だろう。
ひとことで言うなら「典型的な叙述トリック」なのだが、叙述系作品を読み慣れた読者ならば「やっぱりそうきたか!」という感想になるかもしれない。
(「視点」についてはもはやミステリーファンの常識だもんなぁー)
でも、この大トリックを徹底的に生かすべく、考え抜かれたプロットであるのは確か。
伏線の張り方にも「さすが」と感心。

ただ、テクニカルな面では高評価なのだが、小説としてはやや陳腐な作品と感じは否めないと思う。
そのため、評点としてはこんなものかな。
(本作の解説も法月綸太郎氏。よく解説書いてるよなぁ、っていうか他の作家の作品よく読んでるよなぁ・・・)

No.783 7点 フリークス- 綾辻行人 2012/11/14 21:56
1996年、カッパノベルズとして発表された作品だが、今回角川文庫で新たに出された版で読了。
久々に綾辻作品を読んだのだが・・・

①「夢魔の手-313号室の患者」=発狂した母親の病室へ日夜見舞いに訪れる息子。ある日、彼は自身が書いた過去の日記を見つけ、読み始めるのだが・・・。ラストの捻りというかひっくり返しが強烈。短いが秀作だと思う。
②「409号室の患者」=交通事故に遭い、最愛の夫を亡くした妻。自身も大怪我を負い、顔には醜い傷が残ったという強迫観念に襲われる。妻の手記を読み進める形で進行する本作だが、ラストにはやはりドンデン返しが待ち受ける。作者あとがきによると、本編は京大ミステリー研時代の習作をベースにしているということなのだが、さすがにウマイね。
③「フリークス-546号室の患者」=表題作だけあってなかなかの力作。フリークス=畸形たちが織り成す殺人事件で、密室まで登場するのだが、これは本格というよりはやはりホラー寄りの作品なのだろう。得意の「作中作」を使ったプロットで、作者の企みに最後まで振り回されることになる・・・。ラストはちょっと中途半端かな。

以上3編。
これまで綾辻のホラー寄りの作品(「囁きシリーズ」や「殺人鬼」など)は意識的に避けてきたが、本作くらいからトライしてみるかと思い立ち手にしたのだが、これは読んで正解だった。
これぞまさに「綾辻ワールド」なのだろう。敢えて表現すれば「幻想的」という言葉になるのかもしれないが、独特の世界観に呑みこまれていく感覚は、やはり作者の腕の成せる業だと思う。

もちろん「館シリーズ」などの本格群が好きなのだが、本作も十分評価に値する作品。
(①~③まで同レベル。個人的には①がやや好み)

No.782 7点 毒蛇の園- ジャック・カーリイ 2012/11/14 21:54
カーソン・ライダーシリーズの第3弾。
ジェットコースター・サスペンスの旗手として、J.ディーヴァーに次ぐ存在として認識されつつある作者。その冠に相応しい作品。

~惨殺された女性記者。酒場で殺された精神科医。刑務所の面談室で毒殺された受刑者。刑事カーソンの前に積み重ねられる死、死・・・。それらをつなぐ壮大・緻密な犯罪計画とは? 緊迫のサイコ・サスペンスと精密な本格ミステリーを融合させる現在最も注目すべきミステリー作家カーリイの傑作!~

いやぁ、面白いなぁー。
回を重ねるごとに、作者のストーリー・テリングが進歩している感じがするし、何より先が読めない展開が続いて、読者を飽きさせないのが素晴らしい。
連続殺人事件に端を発した今回の事件。捜査を進めるカーソンと相棒のハリー刑事の前に立ち塞がったのが、モビール市に君臨する大富豪・キンキャノン家。そして、徐々にこのキンキャノン家の「異常さ」が明らかになっていく中盤。
終盤ではカーソン刑事にお約束の大ピンチが訪れ、やや意外(?)なラストを迎える・・・

こんな風に書くと、ちょっと紋切り型のサスペンスのように見えるが、カーソンの捜査の進捗に合わせて登場人物たちの「人となり」や裏側の性格が明らかになっていくプロットが実に小気味いいのだ。
(悪く言えば単純なのかもしれないが・・・)
そしてもう一つの特徴が、犯人のキャラクター設定! 「百番目の男」でも「デス・コレクターズ」でも強烈なキャラの犯人が登場したが、本作の犯人もなかなかのインパクト。

今回やや本格要素が少ないという評も聞こえるが、個人的にはあまり気にならなかった。
そこそこ分量もありますが、とにかく時間が気にならないほど没頭できる作品だと思う。
前2作との比較では迷うが、犯人役のキャラの強烈さではやや落ちるかな。
(カーソンの兄・ジェレミーが登場しないのは確かにちょっと残念)

No.781 5点 ここに死体を捨てないでください!- 東川篤哉 2012/11/14 21:51
大好評(?)の烏賊川市シリーズの第5作目。
鵜飼や流平、朱美などお馴染みのメンバーが今回もお馴染みのドタバタ劇を展開します。

~妹の春佳から突然かかってきた電話。それは殺人の告白だった。かわいい妹を守るため、有坂香織は事件の隠ぺいを決意。廃品回収業の金髪青年を強引に巻き込んで、死体の捨て場所探しを手伝わせることに。さんざん迷った末、山奥の水底に車ごと沈めるが、あれ? 帰る車がない! 二人を待つ運命は? 探偵・鵜飼や烏賊川署の面々が活躍する超人気シリーズ~

これは大トリック一発勝負の作品。
このトリックは作者が温めてたものなんだろうなぁ・・・。
他の舞台設定やプロットは、すべてこのトリックを生かすためのものだろう。
確かに自然現象としてコレが存在するのは認めるけど、果たしてどこまでリアリティのあるものなのか、かなり疑問符。
まぁ、周到に伏線は張ってるし、そもそもリアリティ云々とは真逆の作風だから許されてるけど・・・
(あと、やっぱり図解はあった方がいい)

作者の作風もここまで回を重ねてくると、慣れるというか今回はちょっと鼻に付いた。
TV番組など映像化にはこういうシリーズものは向いてるかもしれないけど、今後はちょっと違う方向性の作品も読んでみたい。
まぁ、昨今の大ブレイクは作者にとっても予定外だったのではないかと思うので、どうしても注目されてしまう現状はツライのかもしれないけど・・・(って邪推か?)

というわけで、「大トリック」自体は好きだが、本作の出来はイマイチ評価しない。
(コンドラバスケースの件はミステリーファンの心をくすぐるが、本当にコンドラバスケースに死体が入るのだろうか? )

No.780 7点 二人の妻をもつ男- パトリック・クェンティン 2012/11/09 23:00
1955年発表。ホイーラー単独執筆の長編としては「わが子は殺人者」に続く2作目に当たる。
作者の代表作という位置づけの作品だろう。

~ビル・ハーディングは現在C.J出版社の高級社員として社長の娘を妻に迎え幸福な生活をおくっていた。ところがある夜、偶然のことから彼は別れた最初の妻、美しいアンジェリカに再会してしまう。彼女は悲惨な境遇にあるようだったが、なぜかビルの差し伸べた救いの手を頑なに拒絶するのだった。この時からビルの生活に暗い影が差し始めた。そして生活の激変、恐ろしい殺人事件の渦中へと巻き込まれていく・・・~

さすがに「名作」と評されるだけの価値はある。
十分に練られたプロットにとにかく感心させられた。それが読後の印象。
作品は全て主人公・ビルの視点で語られており、彼が殺人犯というわけではないのだが(別にネタバレではないだろう)、自身の立場や前妻の容疑をかわすため、探偵役であるトラント警部の追及に汲々とすることになる。
この辺りまでは、まるで「倒叙もの」のような味わいで読み進めることになるのだ。
(二人の女性の間で揺れるビルの姿は優柔不断そのものでちょっと嫌悪感すら感じる造形)

だが、トラント警部の鋭い捜査の前に、問題の夜の真相を話してからストーリーは一変することになる。
ここからは「犯人捜し」の要素も加わり、スピード感を増した展開から、怒涛の終盤に流れ込む。
(ただし、事件の重要な鍵となるある登場人物間の特別な関係が後出し的に出てくるため、純粋なフーダニットは無理だろう)
ラストで判明する真犯人はなかなか意外。
個人的にはてっきり「ダミー」の方の犯人が本命と考えていただけに、作者のプロットの深さにはしてやられたという感じ。
登場人物は決して少ないわけではないのだが、それぞれの造形がプロットにピタリと当て嵌まり、とにかくサクサクと読み進めることができるリーダビリティーにも感心。

敢えて難をいえば、より強いサスペンス感を期待する読者にとっては、やや平板な印象を持つかもしれない、というところ。
その辺りは作風の問題だろうが、個人的にはやや割引要素にはなるかな。
(男って、結局美しい女性には抵抗できないのかもねぇ・・・)

No.779 6点 往復書簡- 湊かなえ 2012/11/09 22:57
手紙でのやり取りをもとに、ミステリー風味のスパイスを利かせた連作短編集。
「二十年後の宿題」は最近、吉永小百合主演映画の原案になるという快挙!

①「十年後の卒業文集」=高校時代、同じ部活動(放送部)に所属していた男女6名。その中の2人の結婚式で集まったことをきっかけに過去の事件の真相が徐々に明らかになる。結局、誰も悪くないということなのかな?
②「二十年後の宿題」=定年前に入院したある女性教師は、過去の悲しい「事故」に関わった教え子6名のその後の人生を心配していた。そして、女性教師の代わりに別の教え子がこの6名に会い、その内容について手紙でやり取りを行う、というのが粗筋。「事故」は決して一面的なものではなく、6名それぞれが違う角度から見て感じていたのだ。ラストに判明する女性教師の「配慮」と「救い」が読み手の心を温かくさせる。(さすが、映画の原案になるだけある内容)
③「十五年後の補修」=これがある意味最も作者らしいのではないか。もったいぶってなかなか明かさなかった過去の「事件」。その内容と真相が明らかになったと思いきや、毒のある真相が徐々に炙り出されていく・・・。人間の「記憶」ってやつはこういうふうに都合よくできているものなのだろう。
④「一年後の連絡網」=これは文庫化に当たって新たに収録されたボーナストラック的作品、というか③の後日談的位置付け。まぁ、何につけ良かった良かった!

以上4編。
さすがにウマイね。売れるわけだよ。
スマホやタブレット端末全盛のこのご時世に、敢えて「手書きの手紙」に拘ったのが本作。
③の登場人物が手紙の中で「手紙のよさ」について書いているが、確かにそのとおりなんだよな。
同じ言葉を書いても「字」は全員が違うわけだし、手紙でしか書かない言い回しってやつも確かにある。
「手紙」をミステリーの小道具に使うという発想は別に目新しくはないが、読み進めるほどに徐々に書き手の本音や心理が明らかになるという趣向には唸らされた。

まぁ、ミステリー的な観点からはそれほど推すところはないが、読んで損のない作品なのは間違いない。
(③がベストだが、②も良い。①はやや落ちるかな)

No.778 7点 ひげのある男たち- 結城昌治 2012/11/09 22:54
1959年発表。四谷署所属「ひげの」郷原部長シリーズ。
とは言え、事件の謎を解くのは郷原部長ではなく別の探偵なのだが・・・

~古ぼけたアパートの一室で発見された若く美しい女性の変死体。ひげが自慢の郷原部長刑事は捜査に乗り出すが、事件には常にひげのある男の影がつきまとう。犯行当日、アパートの周辺で目撃された不審なひげのある男。被害者と旅館へ頻繁に出入りしていたひげのある男。これらの男は同一人物なのか? 果たして犯人なのか? 一人のひげのある男によって引き起こされた事件は一人のひげのある男によって解決されることに・・・~

瑕疵はあるが、個人的にはそれなりに楽しめた。
とにかく最初から最後まで「ひげ」、「髭」、「ヒゲ」に彩られた作品。
ということは、無論トリックとしては変装による「人物誤認」であり、それを如何にうまく見せるのかが作者の腕の見せ所だろう。
作者としてはダミーの「ひげのある容疑者」を複数用意し、読者をミスリードするというのが基本的なプロット。

フーダニットについてはそれなりに伏線を用意しているし、ロジックはそれなりに効いている。
でもまぁ「それなり」なんだよなぁー。
ロジックは効いてるのに、読後に感じた違和感の正体は他の方の書評を読んでて理解できた。
CCでもないのに、なぜか真犯人の選択肢が妙に○○サイドの人間に寄っているのだ。
(まるで、サプライズ感をどうしても演出しなければならないとでもいうように)
これでは確かに「犯人当て推理クイズ」レベルと判断されても致し方ないかもね。

ただ、個人的には楽しめたし、軽妙な筆致と癒し系(?)の登場人物たちも好ましい。
発表年を勘案すれば、それなりに評価して良いのではないか。

No.777 10点 毒を売る女- 島田荘司 2012/11/03 23:09
『特に』記念すべきゾロ目、777冊目の書評は島田荘司の傑作短編集で。
1988年発表。光文社では「展望塔の殺人」に続くノン・シリーズ第2作品集。久々に再読。

①「毒を売る女」=~夫に性病をうつされ、それが不治の病と知ったとき若妻は狂った! 大道寺靖子は秘密を打ち明けていた友人とその家族に対して、次々と鬼気迫る接触を始め・・・~

これは初読時、相当インパクトがあったというか、正直ゾッとした。病に侵された女性も、その女性から病をうつされたと勘違いをした女性もそれぞれに狂っていく姿にとにかく戦慄が走る。人間の弱さや恐ろしさを身に染みて感じる作品。
②「渇いた都市」=これは作者のストーリーテリングのうまさに唸らされる作品。一人の小市民が転落していくプロットというのは使い古されているが、計算され尽くしたようなラストが切れ味十分。
③「糸ノコとジグザグ」=~“糸ノコとジグザグ”という風変わりな名のカフェ・バー。だが、店名の由来には戦慄すべき秘密があった!~

これは名作と名高い短編作品。この時期の作者の作品には「東京」という街の都市論が頻繁に登場していたが、本作もそれに影響を受けている。作中に登場する問題の電話は暗号というほどのレベルではないが、作者のファンであれば真相は容易に掴めるだろう。巻末解説にもあるとおり、名もなき人物として登場する「演説好きの男」は”あの男”意外にあり得ない。
④「ガラス・ケース」=これはショート・ショート。示唆に富んでいるというべきか、オチだけの一発勝負と言うべきか。
⑤「バイクの舞姫」=外車とオートバイ、そしていい女。これもこの時期によく登場するプロット。
⑥「ダイエット・コーラ」=これも示唆に富んでいるというべきか。作者の着眼点に感心。
⑦「土の殺意」=本作では唯一吉敷刑事(当時)が登場(完全に脇役扱いですが・・・)。不動産バブルや地上げ屋など、ふた昔前の話ではあるが、主人公の老人の主張は実に合点のいく内容。ホント、日本人の悪いところだよね。
⑧「数字のある風景」=ショート・ショート。これは謎の作品だなぁ・・・。

以上8編。
これは今のところ「マイベスト短編集」的な作品。
①でも書いたが、初読時には「占星術殺人事件」などと並んでかなり衝撃を受けたのが思い出される。
今回再読してみて、「ミステリー作家・島田荘司」の類まれな才能とアイデアが惜しげもなく詰め込まれた作品集だと改めて感じた。
長編とは違って、大掛かりなトリックや破天荒なプロットはないが、何とも言えないサスペンス感や切れ味、男女の心の機微など、短編にあるべき要素がバランスよく配合されている上質な作品が並んでいる。

というわけで、短編集としては初めて最高の評価を捧げたい。
(ベストは間違いなく①だろう。もちろん③や②も良い。④⑥⑦も味わい深い)

No.776 6点 瞬間移動死体- 西澤保彦 2012/11/03 23:05
1997年発表。作者初期のSF風特殊設定ミステリーの一作。
今回は最近出版された新装版にて読了。

~作家である妻の殺害をたくらむヒモも同然の婿養子。妻はLAの別荘、夫は東京の自宅。夫が「ある能力」を使えば、完璧なアリバイが成立するはずだった。しかし、計画を実行しようとしたその時、事態は予想外の展開に・・・。やがて別荘で見知らぬ男の死体が発見される。その驚愕の真相とは? 緻密なロジックが織り成す本格長編パズラー~

うーん。分かりにくい!
っていうか、こんなこと真面目に考える作者って・・・やっぱり変わってる!
こういう特殊設定ミステリーは作者の十八番だし、どんな驚くべき真相が待ち受けてるかと思ってたけど・・・
それ程でもなかったかなぁ。
前半は主人公の超能力の詳細やそれを生かすための舞台設定の説明でかなり回りくどくなっている印象なのもやや割引材料だろう。

本作の「肝」はタイトルどおり瞬間的に移動した「死体」の謎。
ただ、無関係と思われた登場人物の相関関係が後出し的に判明するので、この真相はちょっと予想がつかなかった。
簡単に言えば、「超特殊なアリバイトリック」と思えばいいわけだ。
でもまぁ、嫌いじゃない。
こんな変なミステリーがあってもいいんじゃない。

「七回死んだ男」や「人格転移の殺人」と比べるとちょっと落ちるという評価だが、一読する価値は有りだろう。
(全然関係ないけど、主人公の劣等感はなんか分かるなぁ・・・)

No.775 8点 湖中の女- レイモンド・チャンドラー 2012/11/03 23:02
1943年発表。F.マーロウ登場の第4長編作品。
やっぱりチャンドラー&マーロウがハードボイルドの到達点だなと認識させられる作品。

~別荘の管理人が大声を上げて指差したものは、深い緑色の水底で揺らめく人間の腕だった。目もなく口もなく、ただ灰色のかたまりと化した女の死体が、やがて水面に浮かび上がってきた・・・。マーロウは1か月前に姿を消した会社社長の妻の行方を追っていた。メキシコで結婚するという電報が来ていたが、情夫はその事実を否定した。そこで、湖のほとりにある夫人の別荘へ足を運んだのだが・・・。独自の抒情と文体で描く異色大作!~

やっぱりいいねぇ。独特の静寂さと緊張感を兼ね備えた筆致が何とも言えない。
(清水俊二氏の名訳の力も大きいのだろうが)
マーロウが依頼されたのは、単なる「人探し」のはずだったのだが、捜索を進めるうちにいつものように事件の渦中に巻き込まれていく。
山奥の湖に沈められた死体を見つけ、ついには問題の妻の情夫だった男の死体まで発見してしまう・・・
もちろん本格ミステリーのように、手掛かりや伏線がきちんと用意されているわけではないのだが、マーロウの推理は登場人物たちをそれぞれの役割へ的確に割り振っていくのだ。
本作は余計な脇道にも入らず、とにかくマーロウの推理の筋道も実に明確。

ラストに判明するサプライズについては、最初から「十二分に予想されていた結果」なので特に驚きはない。
真犯人についても意外といえば意外だが、これもまぁ想定内。
・・・って、そもそもこういうギミックを期待しているわけではないのだから、全然OK。
他の方の書評にもあるとおり、今回はマーロウと警察官とのやり取りがなかなかの読みどころ。
こういうのがやっぱり「古き良きハードボイルド」なんだろうなぁ。

作品の雰囲気も好ましく読みやすさも十分で、高評価に値する作品だと思う。
(今回、美女フロムセットとの×××シーンは結局なかったなぁ・・・)

No.774 6点 光と影の誘惑- 貫井徳郎 2012/10/27 21:06
1998年発表。ノンシリーズの作品集。
集英社文庫版もあるようだが、今回は創元文庫版で読了。

①「長く孤独な誘拐」=愛する我が子を誘拐された夫婦が犯人に指示されたのは「違う子供を誘拐せよ」。警察にも告げず、犯人の指示どおりに身代金誘拐に手を染める夫婦に待っていた「暗い」現実・・・。ラストはドンデン返し的カラクリも明らかになる。
②「二十四羽の目撃者」=舞台はなぜか米・サンフランシスコの動物園。ペンギン舎の前で発生した殺人事件は、犯人の逃げ場のない密室だった、というのが粗筋。これは「密室」の解法としては最もシンプルなトリックではないか? それだけ無理のないプロットとも言える。作者らしからぬハードボイルド風タッチが新鮮。
③「光と影の誘惑」=これはもう、最終章でどれだけ「驚けるか」にかかっている。成る程、このオチがあるからこその「書きぶり」だったわけだな。そこに至るまでの展開がやや冗長で退屈なだけに、「エッ!」という気にはさせられた。
④「我が母の教えたまいし歌」=この真相・オチは途中でさすがに気付いた。短編らしい一発勝負のプロットではあるが、もう少しうまく書けたのではないか? 

以上4編。
正統派の短編集といった趣きの作品。
トリックのメインは、初期作品だけにデビュー長編「慟哭」と同ベクトルのものが多い。

うまいといえばうまいが、全体的にはもうひと捻り欲しいかなぁという読後感。
評価としては水準級+αというのが落とし所ではないか。
(①~③はほぼ同レベル。④はやや落ちるかな。好みにもよりますが・・・)

No.773 6点 料理長が多すぎる- レックス・スタウト 2012/10/27 21:04
1938年発表。ネロ・ウルフシリーズの長編作品。
美食家ネロ・ウルフらしい舞台設定が特徴。

~世界各地から選出された15人の名誉あるシェフたちは、保養地のカノーワ・スパーに次々と姿を見せ始めていた。そして晩餐会が催されるまさに前日、ソースの味ききに興じていたシェフの1人が刺殺された。この集いに主催として招かれていた。蘭と麦酒を愛し、美食家を自認するネロ・ウルフは誇り高き名料理長たちを前に重い腰を上げたが・・・。全編に贅を凝らした料理が散りばめられた華やかな作品~

「まずまず」という読後感。
名料理人たちの間の葛藤や争いを読者に対する「エサ」としてちらつかせ、「実は・・・」というプロットは良く練られている。
その辺りは好印象。
ネロ・ウルフが疑惑を持つに至った真犯人の「齟齬」自体は初歩的なのだが、このポイントに気付くかどうかは読者の注意力と「勘所」次第だろう。

ただ、殺人事件が起こった舞台設定や、容疑者・関係者たちの動きなどが今ひとつ分かりにくいのが「難」。
これは訳のせいかもしれないが、そもそもあまり整理付けて書かれていないということもありそうだ。
その後のネロ・ウルフの捜査過程で一応は理解できるのだが、どうせなら事件発生時点でもう少し丁寧に説明すべきだと思う。

まぁ、フーダニットについては見どころはあるし、時代背景を勘案すればこの軽い筆致も賞賛すべきだろう。
ということで、この程度の評点に。
(名料理人がこれだけ登場する割には、料理自体の描写は少ないような気が・・・)

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