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メルカトルさん |
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平均点: 6.04点 | 書評数: 1901件 |
No.801 | 4点 | パンドラ 猟奇犯罪検死官・石上妙子- 内藤了 | 2017/11/17 21:56 |
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死神女史こと石上妙子の東大法医学研究室在籍時代。若き日の彼女は法医昆虫学者で客員教授のジョージと共に、少女連続失踪事件の謎に挑む。
「猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子シリーズ」のスピンオフ作品です。シリーズを読破した読者にしか分からない、若き日の石上妙子のこれまで明らかにされていなかった謎の部分が公になり、コアなファンはスッキリしたと思います。が、作品の出来はイマイチと感じました。 本作の一番の読みどころは石上の生き様でしょうか。彼女の内面を鋭く抉る描写は確かに読み応えがあります。そして興味深いのは、人間の死体に群がるシデムシの生態ですね。シデムシの母虫は幼虫を給餌して子供を育てるが、餌が無くなると子供を食い殺してしまうという、なんとも無慈悲で合理的な自然の法則は、読んでいて辟易とします。 しかし、肝心の少女連続殺人の犯人は【主な登場人物】を見ればほぼ分かってしまいますし、動機が謎のまま残ります。これはいかんでしょう。そしてもう一つの謎も謎のままです。パンドラの甕を空けたら最後に残ったのは希望ではなく謎だったではシャレになりません。これでは消化不良に終わるのは当然です。なぜAmazonであれほど高評価なのか私には理解できませんでした。 畢竟この小説は、石上妙子というキャラの魅力を楽しむための本だということなのだと思います。 |
No.800 | 6点 | 崩れる脳を抱きしめて- 知念実希人 | 2017/11/14 22:03 |
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医療ミステリとしても恋愛小説としても良作だと思います。思いますが、私にとっては若干低刺激と言いますか、もう一つ突き刺さるものがなかったのが残念です。あくまで個人的にですので、一般的にはもっと評価は高くなるのではないかと思いますが。
主人公の若き研修医、碓水蒼馬の初恋と脳腫瘍でいつ命が尽きてもおかしくないユカリの初々しくもほろ苦い交流。しかし、それを根底から揺るがす出来事が起こります。全般的に程よい起伏が感じられ、テンポよく物語は進行します。傷つきやすい蒼馬の揺れ動く内面を的確に捉える描写はさすがの手際ですね。 ラストにサプライズが待っていますが、ミステリ的にはありがちな趣向なので、ある程度ミステリを読み込んでいる人なら、容易に想像がつくでしょう。それをうまく隠しきれていないのと、やり方によってはもっと世界が反転する様を衝撃的に表現できたのではないかと思うと、やや不満が残ります。 ですが、一現役医師としての知識は勿論間違いないと思いますし、作家としての手腕を認めないわけにはいきませんね。 |
No.799 | 7点 | 人間椅子 乱歩奇譚- 黒史郎 | 2017/11/11 22:07 |
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始業前の教室。中学生の小林少年は目が覚めると、教壇の上に担任教師の死体が胡坐をかいて座っているのを目撃する。しかし、その死体には頭部が欠損しており、その姿はまるで椅子のようであった。
やがて容疑者として身柄を拘束された小林少年は、高校生で名探偵の明智に「自分の力でこの事件を解決して見せろ」と言われるが・・・。 本作はアニメのノベライズ作品です。原案は江戸川乱歩、原作は乱歩奇譚倶楽部だそうです。私もその辺りの事情には疎いので何とも言えませんが。いえ、ちょっと待ってください、そこの貴方。「所詮アニメだろう?そんなもの読めるかい」そう思われるのも分かりますが、これが意外と面白いのです。 乱歩とは方向性が違いますが、その変態的なスピリットは脈々と受け継がれています。人間でもない、椅子でもない、まさにそれは「人間椅子」であります。 ミステリとしては小粒に違いないですが、主にフーダニット、ホワイダニットに特化した優れた作品だと私は思います。少ない登場人物の中から果たして小林少年は誰を犯人として指摘するのか、そこにはしっかりと伏線が張られているのも高評価。 担任教師の心理状態、真犯人の心の闇なども克明に描かれており、単なる『人間椅子』をモチーフにしただけの紛い物とは事を異にします。 |
No.798 | 6点 | 優しい死神の飼い方- 知念実希人 | 2017/11/09 22:12 |
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ホスピス「丘の上病院」に余命幾ばくもない患者たちの未練を断ち切り、地縛霊とならないように派遣された死神。彼はなぜかゴールデンレトリバーの姿となり「仕事」に向かおうとするが、あまりの寒さのため死にかけのところを若い看護師菜穂に救われる。そしてホスピスに入り込むことに成功した死神は、患者の未練をその能力で探っていくが・・・。
第4章まではいわゆる日常の謎系ですが、それ以降物語はそれまでのハートフルな「いい話」から死神と菜穂の冒険活劇の様相を呈します。死神が救った三人の患者を始め、菜穂の父親である院長や彼女が憧れる医師の名城ら、個性的な登場人物はかなり上手く描き分けられており好感が持てます。 現状、このような口当たりの良い、まろやかで感動できるミステリが持て囃される時代なのでしょうが、まあ良し悪しは別として本サイトの本格好きなマニアには、間違ってもお薦めは出来ません。 しかし、悪食の私にとっては決して見逃すことのできない作品ではありました。エピローグは涙なくして読むことができません。 ただ、多産系の作家にありがちな文章の「軽さ」だけはいかんともしがたいものがあります。読みやすければ何でもいいという訳ではないと思いますので。さすがの私も。しかし、本作が一般読者に受けている理由は私なりに理解できる気がします。 【ネタバレ】 第1章に一点だけ、心理的に矛盾していると思われる箇所があります。命がけで好きな男を戦争から守るために駆け落ちしようとしている女が、大事なものを忘れるはずがないということです。 |
No.797 | 6点 | 奇偶- 山口雅也 | 2017/11/08 22:34 |
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一部では『匣の中の失楽』に次ぐ第五の奇書と呼ばれいているようですが、これは版元である講談社発信であり、一般には単なる奇書と呼称されるべき作品だと思います。
本格ミステリかどうかは意見の分かれるところだと思いますが、あまりに不確定性原理、確率論、人間原理などの衒学が溢れかえっており、その辺りが奇書と言われる所以なのでしょう。少なくともミステリであるのは間違いないですが、本格かどうかは疑問です。 奇偶とは奇数と偶数から転じて、丁半博打のことも意味します。そのタイトル通り、カジノのクラップスで4回連続六のゾロ目の奇跡に立ち会う主人公の火渡は、その4回すべてに賭けて勝ち続ける小人に取材したり、逆に負け続けた太極柄のネクタイの男がサイコロ型の電飾の落下により圧死したりするストーリーの流れは非常に興味深く読みました。 その夜、偶然眼の疾患により右目の視力を失う火渡は、偶然に次ぐ偶然に何らかの意味を見出そうと、新興宗教にのめり込んでいきます。 その後は面白いとか面白くないとかの次元を超えた奇書ぶりを発揮して、個人的には訳の分からなさが勝って、どう評価してよいのかすら判断できない状態です。 本作は山口雅也が残した、唯一の超異色作であり、ある意味氏最大のアダ花と言っても良い作品だと思います。 |
No.796 | 7点 | がらくた少女と人喰い煙突- 矢樹純 | 2017/11/06 22:17 |
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がらくた集めが生きがいの中学三年生の少女、陶子。その前に現れた心理カウンセラーを名乗る桜木静流。彼は陶子の病名を強迫性貯蔵症と診断するが、実は彼も人に言えぬ神経性の疾患を抱えていた。
二人は治療と称して狗島という孤島に渡るが、到着したその日に陶子の伯父が首なし死体となって発見される。さらに彼らの前に四肢を切断された死体が・・・。 どことなく横溝正史ワールドを彷彿とさせる本作は、人を食ったようなタイトルとは裏腹に骨格のしっかりした本格ミステリです。それにしてもこのタイトルはミステリ読みの心をくすぐるかなりの吸引力を持ってはいませんか? 勿論、がらくた集めが事件の解決に有機的に結びつています。というのは大げさかもしれませんが、それなりの役割を果たしているのは確かです。また、桜木の相当風変わりな異常嗜好も大いに事件に関わってきます。そのため、余計な誤解を招いて混乱を引き起こす引き金にもなっていますが。 首なし死体の謎(なぜ切断されたのか)は、現実的に可能かどうかは別として、新たな切り口と言っても良いと思います。斬新かどうかは分かりませんが、少なくとも私のつたない読書経験上では初めてです。 二人目の死体の四肢切断の理由については、あまり期待を寄せないほうが賢明です。探偵である桜木自身もあまりそのことを重視していない雰囲気は感じましたので、まあそうだろうなと。 この作者の本業は漫画の原作らしいですが、そんなことしている場合じゃないでしょうよ。もっとミステリを書かなきゃダメでしょう。ちなみに本作がミステリは二作目のようです。 |
No.795 | 4点 | 二階の王- 名梁和泉 | 2017/11/03 22:18 |
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第二十二回日本ホラー小説大賞優秀賞受賞作。
東京郊外に両親と暮らす朋子には大きな悩みがあった。二階の自室に何年もひきこもって家族に姿すら見せない兄の存在だ。そんな朋子は職場の加東に惹かれるが、兄のことを話せずにいた。 同じ頃、考古学者砂原の残した予言をもとに、『悪因研』を名乗るひきこもり経験を持つ男女六人は<悪因>の探索をおこなっていた。<悪果>の存在を嗅覚で知ることのできる掛井は、同じショッピングモールで働く朋子に心を寄せていた。 冒頭、兄のひきこもり具合を描く辺りは興味深いものがありましたが、そこからなかなか話が進展しません。ホラーと言っても、ファンタジーの要素が色濃く、どちらとも付かない中途半端さが目立ちます。そして、全然怖くありません。 同じような描写が何度も繰り返されるのも鼻につきますし、全般的に底が浅いと感じました。もっと部分的にでも良いので、深く掘り下げるプラスアルファがほしかったですね。ストーリー的にも面白みに欠けますし、一向に盛り上がりません。盛り上がるはずのラストも後日談的に終わらせてしまっており、何がどうなったか詳らかにするのを放棄しているようにしか思えませんでした。 残念ながら、最後までさしたる捻りもなく、平坦な文章に終始し、私を震撼とさせるような小説には程遠かったです。 |
No.794 | 7点 | 陽気な死体は、ぼくの知らない空を見ていた- 田中静人 | 2017/10/30 22:24 |
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「明日雨が降ったら、お父さんを殺す」。これがすべての始まりだった。
小学五年生の大地は幼馴染でクラスメイトの少女、空からそう告げられた。なぜという問いに「お父さんは、人間じゃなくなったから」という回答が。あくる日は雨で、空のお父さんが死体となって発見された。さらには別の雨の日、空の兄である悟が殺された。果たして本当に空が犯人なのか?そんな中、悟が「死体」として大地の前に現れる。悟は見える人にしか見えないことや、壁を通り抜けられることを利用して、なぜ自分が殺されたのかを探り始める。一方、クラスの美少女光の下着が盗まれたり、チャボが猫に襲われたりの事件が起きる。 途中までは大地、空、光の歪な三角関係を中心にした、ややダークな青春ミステリくらいにしか思いませんでした。物語半ばで誰が陰で糸を引いているのかが明確になります。ということは、残る謎は悟が殺された理由だけかな、などとのほほんと読んでいましたが、後半それまでの風景が一変します。そこにはあまりに痛々しい青春ミステリと呼ぶには残酷すぎる現実が待っています。呑気に読んでいた自分を叱りたくなりました。 すべての登場人物にちゃんとした役割が割り振られ、余計なエピソードなどは限りなくカットされているにも拘らず、しっかりとした人物造形がなされています。特に大地、空、悟の心理描写は細部に至るまで描かれており、その場その時々の心理状態が手に取るようにわかります。 正直あまり期待していませんでしたが、かなりの拾い物、いや秀作と言っても過言ではないと思います。 |
No.793 | 7点 | ずうのめ人形- 澤村伊智 | 2017/10/28 22:05 |
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随分と仰々しいタイトルに、ドロドロとしたイメージを抱いていましたが、意外と纏まりのある現代的なホラーでした。しかし、あまりに綺麗に纏まり過ぎていて、衝撃度という点では物足りなさを感じました。ただしじわじわと迫ってくるタイムリミットなサスペンスは、読んでいて独特の世界観に引き込まれます。さらに、ミステリ的な謎解き要素も盛り込まれており、そうした側面でも楽しめます。
これは仕方ないのかもしれませんが、人間関係の絡み方に不自然さというか、偶然に頼りすぎな面があるのが気にならないでもありませんでしたね。しかし予測不能のラストは想像外の展開に、おっとそう来たかと思わずニヤリとさせられました。まさかのトリックを駆使して意外性を押し出してきたのも、この作者は只者ではないと思わせます。 全体的によくできたホラーだと思います。ですが、肝心のホワイの部分にやや弱さを感じたというか、恨みを向ける方向性が間違っているのではないかと思わないでもありませんでした。 |
No.792 | 7点 | ぼっけえ、きょうてえ- 岩井志麻子 | 2017/10/25 22:12 |
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岡山県の遊女が寝物語で客に自身の半生を語る表題作『ぼっけえ、きょうてえ』は、この短編集の中でダントツに怖いです。すべて口語体で岡山弁で描かれていますが、幸い私は学生時代岡山県出身の友人がいましたので、まったく違和感を覚えませんでした。まあしかし、岡山弁に馴染みのない方でも十分理解しやすい内容だと思いますので、それ自体が弊害になることはないでしょう。
ほかの短編はまさにジャパニーズ・ホラーと呼ぶに相応しい、土着色の濃い過疎の村を舞台にした怪談に近い物語です。しかも細やかな描写は時に心に突き刺さり、時に心に染み入ります。最早これは文学ですよ、文学。中身が中身だけにそうはいきませんが、文章だけ取ってみれば高校の現国の教科書に載ってもおかしくないような、素晴らしいリーダビリティを誇っています。 いずれも岩井氏の故郷である岡山を舞台にしており、因習深い村特有の陰惨な雰囲気が何とも言えません。ちなみに時代は明治辺りだと思います。 なお、表題作の意味は「とても、怖い」という意味です。このタイトルはなかなか秀逸ではないでしょうか。 |
No.791 | 4点 | シャーロック・ホームズ対伊藤博文- 松岡圭祐 | 2017/10/22 07:46 |
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モリアーティ教授と共にライヘンバッハの滝つぼに落下し死んでしまったと思われていたシャーロック・ホームズが、日本に密入国し伊藤博文と再び邂逅し、合見えるという設定は魅力的ではあります。しかし、ミステリに政治や外交が絡むと、そちらに神経が持っていかれて、肝心のミステリ部分の魅力を感じることが難しくなります。
しかも大津事件は日露関係に大きな影響を及ぼすものではあっても、事件そのものは単純で、さして惹きつけられる謎めいた雰囲気を私は感じ取ることができませんでした。そういう意味で、日露の政治的駆け引きを差し引くと、残ったのは歴史的な意味では大事件でも、読者にとっては大した魅力を感じないわずかな謎のみであります。 タイトルからはホームズと伊藤が推理対決するように思われますが、せいぜいホームズが妻子ある伊藤の女遊びを諫める一方、伊藤がホームズにコカインの使用を止めさせる程度の「対決」にとどまっています。あくまで主役はホームズであり、伊藤はワトソン役ですので、その点は心して読まれた方がよいと思います。 それにしてもAmazonのレビュアーにやられました。数多くのレビューが寄せられているし、しかも平均得点が高い。これは想像ですが松岡圭祐フリークスが寄って集って高得点に押し上げた結果のような気がします。どうやら森博嗣と同様、松岡圭祐にも多くの熱狂的ファンが存在するようですね。他の作品を見てもほぼ高得点ばかりですから。その意味で、私としては言葉は悪いですが「騙され」ました。もっと期待していたのに・・・。 |
No.790 | 5点 | Mの女- 浦賀和宏 | 2017/10/17 22:29 |
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それぞれ一人が生き残った鈴木家殺人事件と白石家の放火事件。作家の西野冴子はある人物からの手紙により、両殺人事件は交換殺人ではないかと疑いを持つ。一方友人の篠亜美が付き合い始めたタケルが、鈴木家殺人事件の生き残りではないかという疑惑を抱く。手紙の送り主である白石唯は一向に正体を現さず、謎はますます混迷を深める。
かなり複雑な人間関係なのに、あまりに急ぎ足で進むため、頭の中を整理するのに一苦労でした。しかもそっけない文章でストーリーがすんなり頭に入ってこない印象で、短い作品なのに話に付いてくのがやっとのありさま。もちろん私の集中力が足らないのも一つの要因ではありますが。 しかし、終盤世界が反転します。その辺りの手際は見事だと思います。突然のことで驚きますが、そのいきなりな感じがそれまでのそっけなさと相まって、余計に衝撃を受けることになります。ただ、取材用のレコーダーによる証言は、実名はともかくどのように事件と関わり合いがある人物なのかをはっきりさせて欲しかったと思いますね。文脈から想像しなさいってことでしょうが、やや不親切ではないですかね。 結末はやや不透明感があり、いったい本当の真実はどこにあるのだろうと首を傾げたくなるもので、何とも言えないモヤモヤとした余韻を残します。 |
No.789 | 7点 | フェノメノ 美鶴木夜石は怖がらない- 一肇 | 2017/10/14 22:35 |
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此岸と彼岸の境界を軽々超えてしまう謎の美少女、美鶴木夜石。オカルトサイト『異界ヶ淵』の管理人にして、20歳で童顔、巨乳のクリシュナ。二人の美女に挟まれるように次々に怪異に見舞われる主人公の凪人。この三人を中心に進行する青春+怪談の物語。
凪人の東京での新たな住まい「願いの叶う家」では謎のラップ音や迫りくるカウントダウンに悩まされ、曰くつきの廃病院では思わず持ち帰ってしまったノートに呪われ、終いには夢の中にまで怪異に追い込まれるという、憑依体質の凪人は様々な災厄に襲われます。 ところで星海社ってなんですか。見たことも聞いたこともありませんが。講談社の子会社のようですが、一見普通の文庫本ですねえ・・・。いや、一つだけ大きな特徴が。それは今時新潮文庫くらいしかついていないと思っていたスピン(栞替わりのひものこと)、しかも異様に幅の広く青いのが付いているじゃないですか。お世辞にもコスパが良いとは言えない星海社、こんなところで無駄にコストを使っているとは、侮れません。 本作はホラーと青春小説が丁度いい具合に融合した、読み応えのある一冊だと思います。個性豊かな登場人物たちも生き生きしていますし、起伏のあるストーリーも怖さはほどほどに抑えてありますが、物語に入り込みやすい構造になっています。怖いというより面白い、心に残るという作品だと思います。 |
No.788 | 6点 | さよなら妖精- 米澤穂信 | 2017/10/11 22:10 |
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異国の少女との出会いと別れ、いやー切ないですね。
青春ミステリというか、どちらかというと日常の謎系に属する作品だと思います。ただ、途中の誰でも予想の付く軽めの謎は大したことありません。それよりも、帰国したマーヤの行方を必死に探す主人公守屋のくだりは心に残るものがあります。でも、どうしても守屋の言動で理解できないところがあり、またマーヤも異邦人らしさがあまり感じられず、感情移入はできませんでした。いきなり「俺をユーゴスラビアに一緒に連れて行ってくれ」と告白されてもねえ、そこに至るまでの伏線らしきものもないため、突然何を言い出すんだろうくらいにしか思われません。 ラストの守屋と太刀洗の「対決」は読み応えがありますが、それ以外はさして盛り上がりもなく、なんとなくストーリーが進行してしまう感じで、ボーイミーツガールの物語としては物足りませんね。恋愛小説みたいな甘いものではなくても、もう少し男女のふれ合いの描き様があったように思います。 個人的には残念ながら期待外れに終わりました。先述の切なさはあくまで最後まで読み終わってほのかに感じることで、全体的なトーンとしては淡さや透明性を体感できるものではありませんでした。 |
No.787 | 6点 | 臨床真実士ユイカの論理 ABX殺人事件- 古野まほろ | 2017/10/08 22:14 |
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相手の発言に対してそれが客観的事実か否か、またそれを相手が正直に答えているか否かを瞬時に判別できる能力(障害)を持つ臨床真実士という肩書の探偵唯花が連続殺人事件に挑む、ミッシングリンク物。
タイトルからも分かるように、最初の被害者は名前が芦屋雄次、赤坂で殺害され、血液型がA型。次は勿論Bに由来する殺人事件が・・・。なぜこのような関連付けがされたか、唯花に対して殺害予告が一々届くからです。また現場にはA、B、O、AとBを象ったキャンドルが残されます。なぜ犯人はこのような殺人を行ったのかというのが第一の命題です。 ABCでもなく、ABOでもなく、ABXなところがミソです。解答編の前に「読者への挑戦状」が挿入されているように、一応理詰めで犯人を指摘することはおろか、ミッシングリンクを推理することも可能となっています。あくまでフェアに情報は読者の前に提示されますので、頭を振り絞れば解が得られるとは思います。が、これが結構難題ですので、読まれる方は覚悟して臨んでいただきたいと思います。 まあそれなりの面白さ楽しさは維持していますが、探偵役のヒロインの口癖が鼻に付いたり、個人的にあまり好感がもてなかったりしたのでこの点数にしましたが、内容的には7点でもよかったように思います。 |
No.786 | 8点 | 少女キネマ- 一肇 | 2017/10/05 22:13 |
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どん兵衛消失事件に端を発する、奇妙でロマンチックなボーイミーツガールの物語。大学生の主人公十倉と女子高生さちの淡く、静かで激しいストーリーが始まります。二人きりで食べるお弁当、十倉が自力で再生させたベスパで二人乗りの大冒険など読みどころがぎっしり詰まっております。
しかし、主題はそちらではなく、あくまでタイトルにあるように自主製作映画『少女キネマ』にまつわる男たちの丁々発止のやり取りや奮闘を描くものです。そこにヒロインさちがどのように絡んでくるのかと興味は尽きないところです。最初はもっと十倉とさちのふれ合いが中心に描かれるものと思っていましたが、要所にさちが登場するだけなので読んでいる身としてはやきもきさせられます。が、これも作者の計算通りということなのでしょう。 では肝心のミステリはどうなっているのかというと、これが最後の最後意外な手法で種明かしされる趣向となっています。果たしてこれがミステリなのか、いや、一つのミステリと言えるのではないか、筆者は悩み煩悶します。しかし、これだけの傑作を読みながら、そんな些細なことはどうでもいいんじゃないかとすら思わせる底力を有している作品に違いはないのです。 最後に一言言わせてもらえるなら、およそ作家には何でもないようなことを実に面白おかしく書ける人とそうでない人がいると思いますが、この作者は明らかに前者だということです。一作しか読んでいませんが、ほかの作品でもそうであってほしいと願っています。 |
No.785 | 5点 | だいじな本のみつけ方- 大崎梢 | 2017/09/30 22:14 |
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中学二年生の中井野々香はある日放課後、手洗い場の角にまだ書店に並んでいないはずの文庫本を見つける。書店のカバーを頼りに、行きつけのゆめみ書店に早速駆けつけた野々香だったが、まだ発売前の本を見つけられるはずもなかった。
という日常の謎から始まり、ささやかな謎を経ながら中学生たちがPOP作りや小学生への読み聞かせなどを経験してく、ほのぼのとした物語です。ジュニア向けのせいなのか、易しい文章が逆に慣れなくて読みづらかったりします。ですが、元書店員という職歴を存分に生かした作品には違いありません。 ミステリとしてはやはり弱いと言わざるを得ませんが、いわゆる「いい話」に終始して、いけ好かない人間も出てきませんし、読み物としては悪くないと思います。ただ、中にはハッとするようなトリックも飛び出して、それはタブーだろうなどと心の中で突っ込んだりしながらも、それなりに楽しい読書になりました。 まあお勧めするなら中学生くらいまでですかね。しかし、こうした優しく救いのある小説が好きな人もいるでしょうから、あまり夢を壊すようなことは言わないほうがいいんでしょうか。 |
No.784 | 6点 | 少女は夜を綴らない- 逸木裕 | 2017/09/28 22:11 |
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主人公は加害恐怖を患う中学3年の少女、理子。他に主要登場人物は、理子の目の前で死なせてしまった幼馴染の加奈子、加奈子の弟で何か良からぬことを企む悠人、その父で借金取りに追われる龍馬、理子の友人でボードゲーム研究会部長のマキ、同じく部員で気の強い後輩の薫、ホームレスのハナコさんら多数。
理子は半ば強引に悠人にある計画の実行を手伝わされるのだが、そのうち彼女のほうがその計画を一から練っていくのに夢中になっていく。その間にも様々な事件が勃発し物語は紆余曲折を経る。一方、周辺ではホームレスの殺害事件が相次ぐ。 横溝正史賞受賞後第一作は、どこか混沌としながら展開する青春ミステリです。期待が大きすぎたせいか、やや食い足りない感じを受けはしましたが、二作目としてはまずまず合格点を上げてよいように思います。もう少しプロットを整理できていたら、もっと読みやすいエンターテインメントに仕上がっていたのではないですかね。 ただ、エピローグは素晴らしいと思います。何がとは言えませんが、さすがにただでは終わらない感じですか。 蛇足ですが、極上の装丁だった前作と同じスタッフで作られた表紙は、これまた称賛に値する見事な情景を表現した一つの「作品」に仕上がっています。 |
No.783 | 6点 | 安楽探偵- 小林泰三 | 2017/09/24 22:18 |
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「先生」と呼ばれる私立探偵に、依頼人たちが一風変わった悩み事を持ち掛け、その場で探偵が解決するという異色の連作短編集。
ホラー出身の作者だけに、本格というよりブラックコメディ色の強い、ホラーに近い作品集となっています。勿論「先生」は理詰めで推理し解決に導くわけですが、その落としどころはほとんどが反転する形を採っています。つまり結末はほぼ想像の斜め上を行くので、意外性のあるものや予想外のラストが待っています。 しかし依頼者の持ち込む事件は、探偵よりも心理カウンセラーに行くべきなのでは?と思わせるようなものばかりなので、その意味では本格ミステリとは言い難く、先述したような異色な作品と言えると思います。 最終話の『モリアーティ』は毎度お馴染みの全短編を総括するような形式を採用しています。記述者の「わたし」がある事柄に疑問を抱き、「先生」を問い詰めるという対決姿勢を見せています。これがなかなか興味深く面白い趣向だと私は思いました。 どちらかというと地味な作品なので、多くの読者に忘れ去られがち、或いは気づいてもらえないようですが、内容的に物足りなさは感じるものの、一読の価値はあると思います。 |
No.782 | 6点 | ドローン探偵と世界の終わりの館- 早坂吝 | 2017/09/21 22:31 |
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身長130cm体重30kgの新名探偵登場。勿論これには訳があります。物語の中盤で、安っぽい漫画のようなエピソードが挿入されますが、ここに関わってきます。それよりももっと重要なポイントにもなるわけですが、それはここでは書きません。ご自身で確認していただきたいと思います。
そして冒頭にトリックを見破ってみろとばかり「読者への挑戦状」がいきなり炸裂します。しかしねえ、これは看破できませんよ。真相が明らかになった瞬間、唖然としてしまいました。そして僅かな腹立たしさを抑えることができませんでした。読者によっては壁に叩き付けたくなるかもしれません。あまりの出来事に、だまされたカタルシスを覚えるどころではなくなります。これを見破るにはちょっと伏線が少なすぎる気がしないでもないですね、後出しじゃんけんみたいなね。 また、名探偵ジャパンさんがおっしゃるように、全体的に気合が入っていないような感覚を覚えました。作者らしいノリノリな感じが全くないんですよ。まあ、作風に合わせたのかもしれませんが、やや物足りないように思いました。 結構破天荒な物語なのに、面白さがダイレクトに伝わってこない、ちょっと残念な作品の印象を受けました。 |