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メルカトルさん
平均点: 6.04点 書評数: 1901件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.881 5点 言壺- 神林長平 2018/08/12 22:07
万能著述支援用マシン“ワーカム”に『言語空間が揺らぐような』文章の支援を拒否された小説家・解良翔。友人の古屋は解良の文章の危険性を指摘する。その文章は,通常の言語空間で理解しようとすると,世界が崩壊していく異次元を内包しているのだ。ニューロネットワークが全世界を繋ぐ今,崩壊は拡大されていく…第16回日本SF大賞受賞作品。
「BOOK」データベースより。

言葉を様々な角度から鋭く抉る本格SF小説。テーマがテーマだけに文章が非常に硬質ですね。もう少し柔らかくユーモアを交えても良かったのではないかと思います。
『私を生んだのは姉だった』この矛盾した文章をワーカムは当然のごとく受け付けません。小説家解良はいかにしてこの問題を解決に導くのかが読みどころの『綺文』など、奇想が連打される連作短編集となっています。

SFファンには堪らない内容となっているように思いますが、句点を排除した『乱文』などは私には全く理解不能でした。と言うか、途中で放棄したくなります。まあ短いのが救いでしたが。全体的に鮮やかなオチや収束を期待すると裏切られるかもしれません。

No.880 7点 死者のための音楽- 山白朝子 2018/08/05 22:12
教わってもいない経を唱え、行ったこともない土地を語る幼い息子。逃げ込んだ井戸の底で出会った美しい女。生き物を黄金に変えてしまう廃液をたれ流す工場。仏師に弟子入りした身元不明の少女。人々を食い荒らす巨大な鬼と、村に暮らす姉弟。父を亡くした少女と巨鳥の奇妙な生活。耳の悪い母が魅せられた、死の間際に聞こえてくる美しい音楽。人との絆を描いた、怪しくも切ない7篇を収録。怪談作家、山白朝子が描く愛の物語。
「BOOK」データベースより。

乙一が山白朝子名義で怪談専門誌『幽』に寄稿した作品を纏めた短編集。
ジャパニーズ・ホラーというか怪談、いいですねえ。表題作はあまりピンと来ませんでした、『鬼物語』はただただ怖いだけであまり感心しませんが、その他はどれも佳作揃いと言っていいんじゃないでしょうか。いかにも乙一らしい、怖くておぞましいけれど、どこか切なく優しい面を覗かせる逸品が並びます。
経験がないのに懐胎してしまう女の物語『長い旅のはじまり』、最後にエッジを効かせた『黄金工場』も良いですが、個人的には『鳥とファフロッキーズ現象について』がイチオシですね。大型の名前も知れぬ鳥と、父娘との温かい交流と残酷な最後、これは泣けます。
しかし、最も氏の本領を発揮しているのは『井戸を下りる』でしょうか。この怪しげな世界観は最早誰にも真似できないといっても過言ではないと思います。

No.879 6点 黒百合- 多島斗志之 2018/08/01 22:27
細かすぎて伝わらないモノマネ選手権じゃないけど、伏線とミスリードが細かすぎて伝わらないミステリって感じの作品。
探偵役がいない為、結局犯人の名前さえ明示されないとは。それくらい推理せよということだと思いますが、ちょっと不親切ではないでしょうかね。あまりにも説明不足です。ラストでえっ?とはなりましたが、一瞬それが何なのと。そしてよくよく考えてみれば・・・あれがああなって、あの人があの人でと、色々思い返してみて漸くなるほどと思えるみたいなね、もう頭が混乱して一度整理してみないとよく理解できない小説です。

一見青春小説としか思えないですが、一皮剥けば作者のずる賢い企みと欺瞞に満ちたミステリが徐に姿を現します。その意味ではなかなか稀有な小説だと思いますが、上手く融合されているとは言い難く、二種類の物語に分離されていると思われても仕方ないでしょう。
それにしても、この手の小説はせめて解説で断りを入れてネタばらしをしないといけないんじゃないですか。解説者も関係ない話に終始して肝心なところを省いてしまっちゃダメでしょうよ。
明快な解決編を楽しみたい本格ミステリファンにはお勧めできませんが、二度読み覚悟で自力で読み解き、達成感を得たい方は楽しめると思います。

No.878 6点 絞首台の黙示録- 神林長平 2018/07/27 21:53
一読後、奇妙な小説だと思いました。面白いかどうかという観点に立てば、面白くはないです。しかし、これまで体験したことのないような不確かな、不安定な気分にさせられる作品であることは間違いありません。
信仰、宗教、意識、死、憑依、クローンなどのガジェットが入り乱れ、混沌とした世界を繰り広げ、何度も何度も繰り返し同じテーマが議論される様は、まさに堂々巡りの様相を呈しています。作者はそれを否定していますが、普通の作家が10ページで書くことを、この人はその何倍ものページ数を割いて、執拗に読者を追い詰めようとします。というか、自分で自分の首を絞めているような気さえします。

結局何がどうなったのか、誰が誰なのか、どのような世界観を体現しようとしているのか、細心の注意を払って読まなければ最後の最後まで分かりません。じっくり読んでも、おそらく作者の意図していることを十全に理解できる読者はほとんどいないかもしれません。
ジャンルとしてはSFだとは思いますが、幻想小説の色も濃く、何とも言いようのない怪作ということになるでしょうか。
断っておきますが、本作は万人受けする作品ではありません。多少頭が痛くなっても未体験ゾーンを味わってみたい人のみ読まれるのがよろしいかと思います。

No.877 7点 MM9- 山本弘 2018/07/22 22:00
地震、台風などと同じく自然災害の一種として“怪獣災害”が存在する現代。有数の怪獣大国である日本では、怪獣対策のスペシャリスト集団「気象庁特異生物対策部」、略して「気特対」が日夜を問わず日本の防衛に駆け回っていた。多種多様な怪獣たちの出現予測に正体の特定、そして自衛隊と連携するべく直接現場で作戦行動を執る。世論の非難を浴びることも度々で、誰かがやらなければならないこととはいえ、苛酷で割に合わない任務だ。それぞれの職能を活かして、相次ぐ難局に立ち向かう気特対部員たちの活躍を描く、本格SF+怪獣小説。
「BOOK」データベースより。

本格怪獣小説かつSF作品。充実した内容で特撮ファンは必須アイテムと思われます。
多重人間原理、神話宇宙などの多少小難しい理論が出てきますが、理解できなくても全く問題ありません。ただただ、気特対の活躍と、個性溢れる怪獣たちの暴れっぷりを堪能して楽しむ娯楽作と割り切ればいいのです。そうすれば必ず誰が読んでも満足できると私は信じます。
中でも気特対の部員で主役級のさくらと少女怪獣のヒメには思わず感情移入してしまいます。映画『キングコング』を彷彿とさせるシーンなど、一脈通じる部分があるようにも思えます。
ちなみに気特対はそう、科学特捜隊、略して科特隊をもじったものと推測できますね。忘れていましたが、MMとはモンスター・マグニチュードの略で、怪獣のスケール、被害の度合い(推定)を測る尺度です。

No.876 5点 レスト・イン・ピース 6番目の殺人鬼- 雪富千晶紀 2018/07/16 22:20
大学生の越智友哉は、中学の同窓会に参加することに。しかし集まったメンバー達は、一様に何かに怯えていた。そんな中、1人が突如変死する。実は既に元級友が6人も、謎の死を遂げているという。更に続く旧友の死に、友哉は元彼女のリカらと共に調査を開始。近現代の連続殺人犯たちをモチーフにした、テーマパークのホラーハウス、“殺人館”の呪いではと推測するが…。このどんでん返し、予測不可能!究極のホラーミステリ、登場!!
「BOOK」データベースより。

そりゃあ予測不可能ですよ。確かにどんでん返しですよ。でもねえ、そこに至るまでが。文章や構成が下手、もしこれを手慣れた作家が手掛けていればそれなりの傑作に化けたかもしれませんね。
例えば「息を吐いた」という文言が十回以上出てきます。表現力不足なのか、くどいのか分かりませんが、正直またかと何度も思いました。その度にやるせない気持ちにもなりましたよ。もう少し読ませてくれないと、若干飽きが来ます。人間も描けてません、全く無個性の学生たちがどんな言動をしようと、少しも心が動きませんよね。

内容的にはホラー半分ミステリ半分って感じです。
あるトリックが効果的に使用されていますが、多くの読者は最後まで騙されると思います。その意味ではまあ作者の狙いは成功なのでしょう。決してアンフェアという訳ではありませんが、やられた感やカタルシスは生まれません。何故ですかね。

No.875 7点 蟻地獄- 板倉俊之 2018/07/11 22:22
二村孝次郎は、親友の修平と共に一攫千金を目論み、裏カジノに乗り込む。大金を手に入れたかと思いきや、イカサマは見破られていた。5日後までに300万円を差し出さなければ、人質にとられた修平は殺される。金をつくるため、孝次郎が向かった先は、青木ケ原樹海。19歳の青年は奔る!地獄から生還するために―。圧倒的筆力で読む者を欺く、超弩級ノンストップ・エンタテインメント!
「BOOK」データベースより。

お笑いコンビ『インパルス』の板倉俊之による長編第二作。
板倉氏は好きでも嫌いでもないですが、多分頭の良い人なんだろうなという印象は持っていました。しかし、これ程の才能の持ち主とは思いもよりませんでした。
予測不能なストーリー展開、すんなり頭に入ってくる、流れるような筆運び、個性的な人物造形、どれを取っても玄人はだしです。世間的には「所詮お笑い芸人が片手間に書いた小説もどき」と捉えられている風潮もあるようですが、この人は本物だと私は思います。何より、この世界観にのめり込めます、時を忘れて読み耽られます。それだけで十分じゃないでしょうか。

サスペンスとして登録しましたが、様々なジャンルが混在していますので、一言で言えばやはりエンターテインメントですね。冒頭の蟻地獄のエピソードからして、これは間違いなく面白いはずだと感じました。
あらゆるシーンに伏線が張り巡らされており、そこだけなら本格ミステリのようでもあります。小気味良いアクション、手に汗握るスリル、トラップの仕掛け合い、そしてヒューマンストーリーなどが存分に堪能できます。
また、命の大切さを教えてくれます。

No.874 6点 新鮮 THE どんでん返し- アンソロジー(出版社編) 2018/07/06 22:42
気鋭による「どんでん返し」がウリの短編集。

『密室竜宮城』 青柳碧人  
お伽噺の『浦島太郎』そのままの設定。助けた亀に連れられて竜宮城に来てみれば、謎の密室殺人事件が。

『居場所』 天祢涼  
前科持ちの八木は、過失致死で殺してしまった少女を想起させる女子高生マナを執拗に追い回すが、それを知った若者にある取引を持ち込まれる。

『事件をめぐる三つの対話』 大山誠一郎  
一見普通の殺人事件だが、なぜ死体を移動させたかが焦点に。説明文を排除し、全編会話文で構成されたホワイダニット。

『夜半のちぎり』 岡崎琢磨
奇妙な成り行きで遭遇した、新婚旅行中の二組のカップル。その中の一人茜が殺害される。入り組んだ人間関係が悲惨なラストを呼ぶ。

『筋肉事件/四人目の』 似鳥鶏
これは作品の性質上、内容には触れないほうが無難と判断し、割愛します。

『使い勝手のいい女』 水生大海
私七尾葉月は使い勝手のいい女。昔の男に金を用立てるように泣きつかれ、抱き着いてきた。それを過剰防衛と知りながら凶器を握り・・・。

ミステリ的に最も優れていると思われるのは『事件をめぐる三つの対話』で、前例はあるものの、どんでん返しと言うに最も相応しい作品でしょう。
構成が凝っている『筋肉事件/四人目の』は、これまた過去に似たトリックが存在していますが、二度読み必死の力作かと思います。
他はどんでん返しというよりごく普通のミステリです。若干のエッジや捻りを効かせた程度で、中には拍子抜けなものも混じっており、上記二作以外はこれと言って見るべきものはありません。

No.873 6点 きみとぼくが壊した世界- 西尾維新 2018/07/02 22:18
(若干のネタバレがあります)

これはアレですね、あのパターンです。私は好きです、まあ作中作がお好みの方にはお勧めできると思います。勿論、構成が酷似しているあの名作には遠く及ばないですが、それくらいの遊び心があってもいいじゃないという、広い心で許してしまえる作品ではあります。でも、なぜかしら章を重ねるごとにネタ割れして、耐性が出来上がって来て、作者の目論見がショボく感じられてしまうのも確か。

ミステリ的には小技を地味に積み重ねて一篇の長編に仕上げました、という体裁になっています。特筆すべきは最初の不可能犯罪ですよ。実に魅力的な謎を提示していて、とても好感が持てます。これをどう合理的に解決するのか非常に興味深く、掴みは有り余るほどグッドですね。ただ、真相はまあこんなものかなという程度にとどまります。他にもそこそこのトリックを駆使しての本格ミステリに仕上がっていると思います。

全体を通してのイメージはイギリスへの卒業旅行へ行ったような行かなかったような、事件も解決したようなしなかったような、そして最後のオチはそれかいって感じでしょうか。
それにしても、弔士君に比べて様刻君も黒猫もごく普通の人間なのかなと思えてきます。蛇足ですが、これらの名前が一々変だと以前書きましたが、それは当方の考え違いというか、認識不足だったのをここに明記しておきます。ファンの皆さまにはお詫びのしようもございません。

No.872 6点 月見月理解の探偵殺人- 明月千里 2018/06/28 22:32
とにかく探偵役の理解のキャラが濃すぎて若干付いて行けないなと感じるのは私だけでしょうか。それに比べてワトソン役の都築初の平凡さが際立って、逆に感情移入してしまう、これは作者の計算なのだろうか。とは言え、彼こそが超人理解の頭脳のキャパを超えてしまうほどの人格の持ち主だという事実は皮肉とも取れます。
初以外のあらゆる登場人物を敵に回しての、理解の見事というか破天荒な立ち居振る舞いが一つの読みどころとなっています。まあそれ以外、この風変わりな物語の推進力足り得るものは見当たらないわけで、そこはやむを得ないところですが。

つまり、事件そのものは特筆すべき点はなく、謎らしきものが見当たらないため、そこにトリックめいた仕掛けがあるとはとても思えないのです。道中、理解と初の容疑者への尾行を中心とするアプローチに終始します。またサブストーリーとして理解対その他の生徒という図式が描かれ歪んだ青春模様を織り成します。それとともに探偵と助手の微妙な関係も綴られ、心理戦の一面をも見せます。
この段階で残念ながら、私は本作がいかにも平凡なラノベで終わってしまうのを予感しました。
ところが、残りページも僅かとなりいよいよ解決編へと突入したのちは、予想もしえなかった怒涛の展開へともつれ込みます。正直舐めてました。

一応伏線は回収され、本格ミステリとしての体裁を保ちますが、理解の能力をもってすれば途中経過など茶番劇に過ぎず、早々に真相を見破ってしまえたのだろうと思われてなりません。その意味で初の一人称で描かれたのは正解だったでしょうね。

No.871 6点 人間に向いてない- 黒澤いづみ 2018/06/24 22:38
ある日突然発症し、一夜のうちに人間を異形の姿へと変貌させる病「異形性変異症候群」。政府はこの病に罹患した者を法的に死亡したものとして扱い、人権の一切を適用外とすることを決めた。不可解な病が蔓延する日本で、異形の「虫」に変わり果てた引きこもりの息子を持つ一人の母親がいた。あなたの子どもが虫になったら。それでも子どもを愛せますか?
「BOOK」データベースより。

第57回メフィスト賞受賞作。正直、単行本で刊行されるほどの作品ではない気がします。しかも、ジャンル的にミステリとは言い難い、寓意小説のような作品であり、メフィスト賞らしい先鋭的な作風には感じられません。また、ストーリー的にパニック小説になりそうなところですが、そこまでのスケールの大きさはありません。

物語はあくまでマクロではなくミクロの視点から描かれており、例えば政府側の「異形性変異症候群」に関する対策などはマス・メディアでしか知ることができません。その分虫に変異した息子に対する、主人公である母親の美晴の心情は細部にいたるまで非常によく描き切られています。
反面、その他に限ってはどれも中途半端としか言いようがありません。病を発症した子供を持つ親の集まる「みずたまの会」にしても、そこで知り合った津森や会長の山崎、夫の勲夫など主要登場人物の人間性にも今一歩踏み込むことができていないのを感じます。その辺りがまだまだ新人と思わざるを得ないところですね。ラストは予想通りでしたが、更にオチが用意されていて、なかなかやるなと内心ニヤリとさせられます。
作者はこの先どのようなジャンルに挑戦するのか不透明ですが、いずれにしても本格ミステリを書くようなことはないと思います。文芸の道に進むんでしょうかねえ。ただ、未知数ではありますが可能性を感じさせる人には違いありません。

No.870 7点 エムブリヲ奇譚- 山白朝子 2018/06/21 22:24
「わすれたほうがいいことも、この世には、あるのだ」無名の温泉地を求める旅本作家の和泉蝋庵。荷物持ちとして旅に同行する耳彦は、蝋庵の悪癖ともいえる迷い癖のせいで常に災厄に見舞われている。幾度も輪廻を巡る少女や、湯煙のむこうに佇む死に別れた幼馴染み。そして“エムブリヲ”と呼ばれる哀しき胎児。出会いと別れを繰り返し、辿りついた先にあるものは、極楽かこの世の地獄か。哀しくも切ない道中記、ここに開幕。
「BOOK」データベースより。

乙一が山白朝子名義で2012年に発表した時代ホラーの連作短編集。時代の明記は避けていますが、おそらく江戸時代と思われます。
詩的で美しいけれど生々しく残酷という相反する要素を持ち合わせる、奇跡的な作品集だと個人的には思います。これはやはり乙一にしか書けないのではないかという気がしますね。特に表題作は何とも言いようのない、『奇譚』と呼ぶに相応しい素晴らしい一篇です。

和泉蠟庵の付き人として旅に同行する耳彦が様々な怪異に見舞われるのですが、この耳彦が博打にのめり込む弱くだらしない人間として描かれているところがミソです。それにより自然と物語が進行していくケースもありますし、決してよくありがちな善人ではないが為に、その現実がストーリーに意外性を生み出す結果となっている場合もあります。
こういうのを隠れた名作と呼ぶんでしょうねえ。

No.869 6点 恩讐の鎮魂曲- 中山七里 2018/06/18 22:26
弁護士御子柴礼司シリーズ第三弾。本格ミステリというより、本格法廷小説ですね。
前二作に比べるとやや小粒の感は否めませんが、その分御子柴の内面がよく描かれていて人間臭さを感じさせます。
隅から隅まで良く出来た作品ではありますが、逆に言うと綺麗にまとまり過ぎており、サプライズ的にはやや物足りません。今回は意外な人間関係に驚きを覚えますが、どんでん返しとまでは言えないですね。そこに期待すると裏切られるかもしれません。

私の期待が高かったためにこの点数ですが、リーダビリティ、優れたプロット、冒頭の海難事故が物語にどう絡んでくるのかへの興味、介護施設での虐待問題、刑法第三十七条<緊急避難>の解釈など見るべき点も多く、さすがに人気作家中山七里と思わせるに十分な魅力を持っていると思います。
文庫化されたことで多くの方が読まれることを願っております。ただし、前二作を未読の方はそちらを優先させることをお勧めします。

No.868 4点 時給三〇〇円の死神- 藤まる 2018/06/14 22:17
「それじゃあキミを死神として採用するね」ある日、高校生の佐倉真司は同級生の花森雪希から「死神」のアルバイトに誘われる。曰く「死神」の仕事とは、成仏できずにこの世に残る「死者」の未練を晴らし、あの世へと見送ることらしい。あまりに現実離れした話に、不審を抱く佐倉。しかし、「半年間勤め上げれば、どんな願いも叶えてもらえる」という話などを聞き、疑いながらも死神のアルバイトを始めることとなり―。死者たちが抱える、切なすぎる未練、願いに涙が止まらない、感動の物語。
「BOOK」データベースより。

Amazonのレビューが全体的に好評だったので読んでみましたが、これはダメです。文章が粗削りだし、言葉のチョイスに違和感を覚える箇所が散見されます。まだまだプロの作家の域に達していないと感じました。
似たような設定の作品を何作か読んでいますが、他に比べて数段劣る気がします。キャラもイマイチで感情移入の余地なし、最終的に死者の未練を晴らしていないので救われた感じもせず、モヤモヤした感情が残るのみです。最早褒めるべき点が見当たらないのが正直なところ。私の感性がすり減っているのかもしれませんが、この作品のどこが良いのやら、さっぱり理解できませんでした。読後、何も心に残りません。

正直読んでいてイライラしました。なかなかありませんよ、こんな体験は。よって3点としたいところでしたが、滅多にない読書体験をしたということで4点にしました。装画は良いんですけどね、惜しいなあ。

No.867 6点 僕の光輝く世界- 山本弘 2018/06/10 22:35
SF作家山本弘がミステリを書いたら、こんなの出来ましたって感じでしょうか。
アントン症候群、視覚を失った障碍者がそれ以外の感覚で視覚を補って、脳内で再生しまるで現実を見ているような錯覚を起こさせるという、まことに奇妙な症例を主人公に背負わせる、一筋縄ではいかない設定が異色な作品です。
現実と主人公が視ている映像との乖離が、これまで体験したことのない世界を読者に突き付けます。そのことがミステリと有機的に繋がっているかどうかは疑問ですが、所々でこの設定が生きてくるのは間違いないと思います。

また、恋愛小説としては決して甘ったるくなく、光輝と夕の関係はある時は打算的であり、どちらかと言えば光輝が「視ている」夕に片思いの傾向が見られます。光輝にとっては理想の恋人でも夕にとっては好奇心を刺激される対象と映っているように思われます。夕が付き合ううちに光輝に惹かれていくわけでもなく、その辺りの少女の揺れ動く心は描き切れていないと感じました。

日常の謎から殺人事件まで、様々なトリックを駆使しての作者の苦心が目に浮かぶようで、さすがに本格ミステリは荷が重いのかと思いましたが、中編の最終話はなかなかの出来栄えでした。しかしやや残念なのは、作中の『七地蔵島殺人事件』の魅力がダイレクトに伝わってこなかったことでしょうか。急ぎ足過ぎて煩雑になりすぎな感が否めませんでした。
ラストの対決と後味は非常に良かったですね。また全体として、アントン症候群が多幸感をもたらすことにより、悲壮感や重苦しさがなく読者にとっては救われる部分が多かったと思います。

No.866 7点 冷たい太陽- 鯨統一郎 2018/06/06 22:36
数ある誘拐ものの中でもこれはかなり印象に残りそうな作品です。個人的には大変面白かったのですが、ミステリマニアの受けは良くないかもしれません。それは、物語のすべてを読者を騙すためだけに書かれたのだと誤解させるような仕上がりになってしまっている為です。しかし、よく考えてみれば、ミステリの本質はマジックと同じでいかに読者を欺くかであることを鑑みれば、これはこれでありなのではないかと私は考えます。

本作は終始淡々とした文体で綴られており、サクサクと読めます。そこに感情移入など予断が入り込む隙間はありません。言ってみれば映画のシナリオのようでもあります。しかし、油断して読み飛ばしていくと、後で後悔することになります。そう、その時点で既に作者の策略に嵌っているからです。二度読みなど面倒なことをしたくないという方は、十分細心の注意を払って読み進めなければなりません。ただ登場人物は多いですが、混乱するような事態にはならないのは、作者の手腕ではないかと思います。

多くの読者が騙されることになるでしょうから、むしろ騙されたいと思いながらミステリを読んでいる向きにはお勧めです。もし、この仕掛けを見破ることができたら大いに自慢してもよいと思います。それほどにこの一撃の及ぼす心理的ショックは大きく、決して後味が良いとは言いませんが、後を引きずる可能性が大いにあるのは間違いないでしょう。

No.865 6点 マツリカ・マハリタ- 相沢沙呼 2018/06/04 22:15
『マツリカ・マジョルカ』に続くマツリカ・シリーズ第二弾。
三作目の『マツリカ・マトリョシカ』を先に読んでいたため、今更ながらああそうだったのか、と納得がいくシーンもいくつかありました。特に好感度の高かった松本さんの秘密が明かされていたのは、ちょっぴり得した気分です。さらに写真部の三ノ輪部長が最終話に大きく関わって来て、こちらもややショッキングな事実を目の当たりにすることに。
まあとにかく、主人公の柴山君がぼっちだと勝手に思い込んでいて、卑屈な心根が暗くて、どうにもうじうじしてしまうところが何とももどかしいんです。写真部のメンバーを中心に、彼のことを好意的に思っているのに気付かない情けなさ。この辺りが本作の面目躍如たるところでしょうか。

ミステリとしては一見不可思議な謎をいとも簡単にマツリカさんが解き明かしていく、相変わらずのスタイルです。叙述トリックを含め、脆弱さは否定できませんが、青春ミステリ+日常の謎としての出来はまずまずだと思います。

第一作で披露された変態性はさらにエスカレートし、柴山君の様々なフェチを感じさせており、こちらにも注目が集まるのは致し方ないのであります。
女子高生よりちょっと大人で、妖しさ満載のマツリカさんの秘密はそう簡単には暴露されないのでした。そして気になるのは柴山君のお姉さんの謎。これらが披瀝されるのは、おそらくシリーズ最終作となるのではないでしょうか。

No.864 7点 不気味で素朴な囲われた世界- 西尾維新 2018/06/01 22:26
これは好き嫌いがはっきり分かれるタイプですね。私は好きですが、道理が通らない小説に嫌悪感を抱く読者は許容範囲を超えるかもしれません。その原因は、UFO研究会の奇人三人衆の奇矯な言動や、何より主人公串中弔士の変態的な、或いは○○○○のような思考回路に大いに違和感を覚えるためと思われます。一方、ラノベファンにとっても微妙でしょう。許せるか許せないかは、各キャラの濃すぎる個性をどう捉えるのかに掛かっている気がします。

私が最も気になったのは、余計なお世話かも知れませんが、弔士の病院坂迷路の表情を読み取るだけで微細な部分にいたるまで何を言わんとしているかを理解してしまう能力ですよ。まあ、この世界観を前にしては、確かにそれは無粋になるわけで、そういう堅いことは言いっこなしとなってしまう可能性も大いにありますがね。
畢竟タイトルからも分かるようにこのシリーズには独自の「世界」が存在しているので、それを前提に読み進めないとお話にならないのだと思います。

全体の流れは、最初延々と奇人変人たちの競演が続き、このまま終わってしまったら嫌だなと思っているところにようやく殺人事件が起こります。さらには連続殺人事件へと発展し、唐突にエンディングへと突入します。
中学生が起こした殺人事件だけに、意外と単純なトリックは病院坂迷路と弔士の捜査であっさりと解明され、なんだかなあとか白けていたりすると必ずうっちゃられますよ。意外すぎる真相と動機、お見事です。

No.863 6点 古い腕時計 きのう逢えたら・・・- 蘇部健一 2018/05/29 22:32
いわく付きの古い腕時計を持つ者は一日だけ時間を戻すことができる。勿論、持ち主はそのことを知らない。が、その腕時計が止まってある時計店に修理を頼んだ後、翌日気づくと昨日に戻っているのだった。それを知った持ち主たちは、様々な願いを叶えようとするが。
所謂タイムトリップ物の連作短編集。

読み始めた時、相変わらず薄っぺらいなと思いました。しかし、読み進めるうちに、いやこれは蘇部が垢抜けたのではないか、と思い直しました。それが良いのか悪いのか、あの変梃りんな作風を誇り一部の読者を熱狂させた、私の知る蘇部ではなかったのに一抹の淋しさを覚えないでもありません。まあ、彼もこのような広く読者に受け入れられるような作品を書くようになったのだという感慨はありましたが。
結局、どれもちょっといい話ではありますが、必ずしもハッピーエンドになるわけではなく、かと言ってさして感動を覚えるでもなく、なんとなく生ぬるい印象を受けました。
中には何かを丸パクリしたような話もあり、脱力したりもしますが、まあそこそこの出来で及第点というところでしょうか。

それにしても、今でも彼は牛丼屋でバイトしながら執筆活動を行っているのでしょうか。作家も大変なんだなと、なんだか切なくなります。

No.862 6点 触法少女- ヒキタクニオ 2018/05/27 22:34
小学四年生の時に母親に捨てられた深津九子は、児童養護施設から中学校に通っていた。十三歳の九子は担任の欲望を利用し支配し、クラスメイトの男子西野を下僕化、同級生の井村里実からは崇められていた。
或る日、母親の瑠美子の消息を知るチャンスが訪れ、そこから九子のそれまで抑えていた感情が溢れだし、運命が動き出す。

ジャンルを登録する時に正直迷いました。一応本格にしましたが、プロット的にはクライムノベルのようでもあり、触法少年という概念が根本にあるので社会派でも通用しそうだし、全体から受ける印象はサスペンスに近いものがあります。そんなジャンルミックスの要素を強く持ったこの作品は、子供に対する親の虐待、刑法第四十一条問題、事細かに記された毒物生成方法などの危険な要素を孕んだ犯罪小説と言えるかもしれません。

九子の計画はやはり子供らしく、アリバイトリックや指紋の問題などやり口が稚拙で、警察の手に掛かれば簡単に見破られてしまいます。その辺りは、まあ作者の計算通りなんでしょうけれど、毒物を作る過程だけは専門知識を駆使しており、リアリティがあります。
前半はやや冗長な感じを受けますが、事件後はなかなか読ませます。全般的に気分良く読めるとは言い難いですが、飽きることはないと思います。後半、二捻りあり、意表を突かれます。ここはある海外の名作を彷彿とさせ、なるほどと深く肯かされます。それまでの伏線も効いていますね。
なんとも言えない独特の世界観を持った作品であるのは間違いないですし、ヒキタクニオの本領を発揮していると言っても言い過ぎではないでしょう。

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ひとこと
「ミステリの祭典」の異端児、メルカトルです。変人でもあります。色んな意味で嫌われ者です(笑)。
最近では、自分好みの本格ミステリが見当たらず、過去の名作も読み尽した感があり、誰も読まないような作品ばか...
好きな作家
島田荘司 京極夏彦 綾辻行人 麻耶雄嵩 浦賀和宏 白井智之 他多数
採点傾向
平均点: 6.04点   採点数: 1901件
採点の多い作家(TOP10)
浦賀和宏(33)
アンソロジー(出版社編)(29)
島田荘司(25)
西尾維新(25)
京極夏彦(22)
綾辻行人(22)
折原一(19)
日日日(19)
中山七里(19)
清涼院流水(18)