海外/国内ミステリ小説の投稿型書評サイト
皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止 していません。ご注意を!

メルカトルさん
平均点: 6.04点 書評数: 1901件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1621 6点 成瀬は天下を取りにいく- 宮島未奈 2023/04/28 22:57
2020年、中2の夏休みの始まりに、幼馴染の成瀬がまた変なことを言い出した。
コロナ禍に閉店を控える西武大津店に毎日通い、中継に映るというのだが……。
今日も全力で我が道を突き進む成瀬あかりから、きっと誰もが目を離せない。
発売前から超話題沸騰! 圧巻のデビュー作。
Amazon内容紹介より。

世間で評判になっているので読んでみました。確かに面白いんですが、浅いんだよなあ。はっきり言って成瀬あかりの個性で持っているだけな気もします。無論周りを取り囲む仲間や同級生達にも焦点は当てられています、特に相方とも言える島崎は成瀬の人間離れした性格に引けを取らない対等の立場として描かれています。でもやはり主役は成瀬で、常識に囚われないその個性の強さには誰も付いて行けません。

普通真面目に二百歳まで生きると宣言する少女はいないでしょう。誰も昔は人間が百歳まで生きる事が出来るなんて思っていなかったのだから、二百歳まで生きてもおかしくない。何百人もの人間が二百歳まで生きると言えばそのうち一人くらい生きるかも知れないと、真剣に考えているのが成瀬なのです。
一話目で毎日テレビ番組の『ぐるりんワイド』で閉店を迎える西武大津店にて、中継に映り込むのが夏休みの目標という奇矯な行動で、少しずつ周りに反響を起こしていく過程はなかなかワクワクしました。しかし、それ以降は何だかよく出来たラノベを読んでいる感覚でしたね。
残念ながら私にはそこまで心に刺さる要素がなく、この冒険小説を称賛する程感銘を受けたとは言えませんでした。あ、でも見開きの成瀬あかりのイラストは可愛くはないものの目と眉毛に意志の強さを見た気がしました。マスクをしているから余計にそう思うのかも知れませんが、こんな娘がいたら確かに目立つだろうなと。
余談ですが、大津という土地は何度か訪れましたが、県庁があるだけで他に何もない印象なのは小説にある通りだと思いました。大津市民のみなさん、ごめんなさい。

No.1620 7点 一九三四年冬―乱歩- 久世光彦 2023/04/26 22:43
執筆に行き詰まり、衝動に任せて麻布の長期滞在用ホテルに身を隠した探偵小説界の巨匠・江戸川乱歩。だが、初期の作風に立ち戻った「梔子姫」に着手したとたん、嘘のように筆は走りはじめる。しかし小説に書いた人物が真夜中に姿を現し、無人の隣室からは人の気配が…。耽美的な作風で読書人を虜にした名文家による、虚実入り乱れる妖の迷宮的探偵小説。山本周五郎賞受賞作。
『BOOK』データベースより。

大袈裟に言えば乱歩の全てを知った気になれる作品です。勿論そんな訳はないんですが、少なくとも乱歩に関する人となりや氏の残した業績、人間関係などはよく調べて描かれているのではないかと思います。知り合いでも研究者でもない私がこう書くのもおこがましいですが。禿にコンプレックスを抱くあまり、ある作品の登場人物秀ちゃんを誤植で禿ちゃんとなっていたのに激怒したり、異国の人妻にエロスを感じたりする乱歩は物凄く人間臭く、巨人としての乱歩ではなくあくまで一個人として生々しく描写されているのは評価できる点だと思います。また、渡辺温、小酒井不木、水谷準、横溝正史、永井荷風らの名前が出て来るのもオールドファンには嬉しい所じゃないでしょうか。

そしてそれよりも何よりも作中作の『梔子姫』が素晴らしい。本当に乱歩が描いたようのではないかと錯覚する程、筆致も似ておりこれだけでも高評価を捧げるのに吝かではないと感じます。ここに登場する口の利けない娘に主人公がのめり込んでいく過程はとても共感できますし、エロが苦手な方でも甘美な白昼夢を見る事必至でしょう。憐れで悲しく辛い境遇におかれても、生きたいと願う梔子姫が健気過ぎて泣けてきます。

No.1619 6点 ぢるぢる日記- ねこぢる 2023/04/23 23:11
1998年5月10日、漫画家ちるぢる(本名 橋口千代美)は自宅のトイレのドアノブに巻いたタオルで首を吊っているところを、夫に発見された。ちるぢる31歳の時だったという。若くして自ら命を絶った漫画家は以前からうつ病に冒されていた・・・。

さて本作は本来エッセーに分類されるべき作品だと思いますが、それにしては余りにもその内容が現実離れしたものが多いので、私にはすべてが実際に起こったことだとは思えない、という訳で一応その他にしました。体裁としては子供の絵日記と考えて頂ければよいかと。ただし、絵の方は流石に漫画家だけあって俗に言うへたうまなタッチで、素人には描けそうで描けない感じでしょうか。
ほとんどが作者が体験又は遭遇した出来事を斜め目線で観察しており、その文章は活字ではなく手書きの文字で書かれていて、上手くはないけれど端的ではあります。敢えて感情を抑えて淡々と見たままを描写している気がしました。

とてもではないけれど現実とは思えない一例以下に挙げておきます。
・自宅の前の歩道でピンクのスーツを着たおばさんが、いきなりパンツをおろしてう○こをし始め、旦那を呼びに行っている間にいなくなっていたが、そこには証拠品が残されていた。
・ある日、周りに誰もいない時、空を逆L字型の物体が光りながら浮かんでいた。その何ヵ月か後今度はI字型の物体を目撃した。
・インド製のストロベリーティーを飲んだら、何故か松茸味だった。
・深夜3時ファミレスで、会社員が商談をしていた。彼らはいつ寝ているのだろうと思うが、自分も商談していたという話。

色々あり過ぎな人生だぜ・・・。

No.1618 6点 イリヤの空、UFOの夏 その1- 秋山瑞人 2023/04/22 22:59
「6月24日は全世界的にUFOの日」新聞部部長・水前寺邦博の発言から浅羽直之の「UFOの夏」は始まった。当然のように夏休みはUFOが出るという裏山での張り込みに消費され、その最後の夜、浅羽はせめてもの想い出に学校のプールに忍び込んだ。驚いたことにプールには先客がいて、手首に金属の球体を埋め込んだその少女は「伊里野可奈」と名乗った…。おかしくて切なくて、どこか懐かしい…。ちょっと“変”な現代を舞台に、鬼才・秋山瑞人が描くボーイ・ミーツ・ガールストーリー、登場。
『BOOK』データベースより。

冒頭、主人公の中学二年生浅羽直之とヒロイン伊里野可奈との出会いは非常に幻想的で、初っ端から心を持って行かれます。シリーズ一作目という事で、これは主な登場人物紹介を兼ねた序章という立ち位置と考えて良さそうです。それぞれが個性的でキャラ立ちは万全と考えて間違いないでしょう。これだけ描き分けられる作者の実力は本物で、Amazonでも大変高い評価を得ています。ただ、本作を読んだだけでは、ここから一体何が始まるのか、物語がどう転ぶのか全く読めません。どう考えても次巻へと読者の思考を誘う様に仕向けられているとしか思えませんね。

浅羽はまあどこにでも居そうな役どころではありますが、長身で女にモテるけれど思考回路が常人と違う園原電波新聞部部長の水前寺邦博に引っ張り回されて悪戦苦闘するし、同じ部の特派員(部員)の晶葉は常に強気だが密かに浅羽に恋している様だし、浅羽の妹の夕子はブラコンだし、保健の先生の椎名真由美は曰くありげで怪しい存在だし、ヒロイン伊里野可奈は異星人との関連が見え隠れしているし、伊里野を付け狙う存在も気になるところだし、色々人間関係がややこしいことになっています。これらのキャラの挙動だけで十分面白く、今後の展開に期待していずれ第二弾も読んでみたい気持ちになりました。

No.1617 7点 正義の段階 ヤメ検弁護士・一坊寺陽子- 田村和大 2023/04/20 22:43
ヤメ検弁護士の一坊寺陽子のもとに、同期で同じ福岡で開業している桐生晴仁から依頼が届く。
それは桐生が起こされた懲戒請求の代理人だった。
「桐生晴仁が佐藤昇を殺した」。
懲戒請求の理由に書かれていた人物は桐生の従兄弟で16年前、両親を殺害した罪で収監されている人物だった。
陽子は依頼を引き受けるが・・・・・・。
Amazon内容紹介より。

まず言いたいのはタイトルのネーミングセンスの無さ。『正義の段階』って意味分からんし、一坊寺陽子って・・・。確かに舞台である福岡には一坊寺麻希という現役弁護士がいます。作者も弁護士なので知己かも知れませんし、許可を得て名前を借りたのかも知れません。別に雨宮麻衣でも神凪瞳でも(テキトー)良かったけれど、一坊寺だけは駄目でしょう(ご本人には失礼ですが)。このタイトルを見てよし!これを買って読んでみようと思う人は少ないんじゃないですかね。はっきり言ってダサいもん。

前置きが長くなりましたが、正直私は作者に振り回されましたね。二つの親殺し事件を扱っていますが、二件目の案件がややおざなりにされている気がしました。意外と早い段階で真相が明かされて、その後は一体どこに向かって物語が進んでいるのか判然としません。謎らしきものも少ないし、何だかなあと思っていたら、ラストで見事に背負い投げを喰らいました。まさかこんな事になっていたとはねえ。ここに来て初めて作者の凄みを見せつけられた気分です。ただ細かい事を言うと、そんなに上手く思惑通りに事が運ぶだろうかとは思いました。しかしとにかく読んで良かったですよ。

No.1616 6点 シンデレラ城の殺人- 紺野天龍 2023/04/17 22:44
童話×ミステリ!容疑者は、シンデレラ!?

幼い頃に父親を亡くし、継母や義理の姉たちとともに暮らすシンデレラ。

ある日、シンデレラは怪しい魔法使いに「ガラスの靴」を渡され、言葉巧みに王城で開かれる舞踏会へと誘われる。

お城に到着するやいなや、美しいシンデレラはさっそく王子様の目にとまる。「ガラスの靴では踊りにくかろう」と王子様から靴を借り、シンデレラは王子様とダンスを踊る。

ダンスが終わり、ガラスの靴を返してもらうため王子様の私室へと赴くシンデレラ。
Amazon内容紹介より。

あのシンデレラの一人称で語られる本格ミステリ。地の文も会話文も丁寧語な為、慣れるまでに時間がかかります。会話文かと思いきやシンデレラの心の声だったという現象が、漫然と読んでいたせいか何度も起こりました。
王子殺害事件が城内で起こり、シンデレラにしか成し得なかったと考えられ、即座に法廷劇に移行していきます。裁判には弁護人が存在せず身の潔白を証明するには、シンデレラ自らが推理し犯人を指摘するしかない状況に追い込まれます。

一見単純そうに考えられた事件が、裁判が進むにつれどんどん複雑になっていきます。其処は魔法すら可能な童話の世界なので、それじゃ何でもアリじゃんとか思い始め鼻白んでいましたが、そこはそれアンフェアにならない工夫が凝らされてやや安堵しました。
真相に至る過程はなかなか考えられており、地味ながら合理的解決に持ち込もうとしますが、その都度謎が立ちはだかります。そして、追い詰められたシンデレラは遂に事件の核心を突いて真犯人に迫ります。
手を変え品を変え様々なギミックを駆使して、読者を飽きさせないよう努力している姿勢は伝わってきますが、残念ながらカタルシスを得られるとまではいきませんでした、個人的に、ですよ。読む人が読めばもっと高得点だったかも知れませんね。

No.1615 6点 ジウ 警視庁特殊犯捜査係- 誉田哲也 2023/04/15 22:55
〈ジウ〉サーガ、ここに開幕――。都内の住宅地で人質籠城事件が発生。所轄署や捜査一課をはじめ、門倉美咲、伊崎基子両巡査が所属する警視庁捜査一課特殊犯捜査係も出動した。人質解放へ進展がない中、美咲は差し入れ役として、犯人と人質のもとへ向かうが……!? 籠城事件と未解決児童誘拐事件を結ぶ謎の少年、その背後に蠢く巨大な闇とは?
Amazon内容紹介より。

私は2005年発行のノベルスで読みましたので、その後二度出版された文庫本に記されているⅠの文字はありません。つまり最初の時点ではシリーズ化される予定はなかったのかも知れないとも思えます。しかし、それにしては余りに続編を匂わせる終わり方だったので何とも言えないところですね。

本作は門倉美咲と伊崎基子という二人のヒロインが活躍する警察小説で、まだほんの始まりに過ぎない序章のような小説と言っても良いでしょう。読みどころはフワフワして何を考えているか分からない美咲、怖いもの知らずで向こう見ずな男勝りの基子の対照的な二人のそれぞれのドラマにあるので、言わばお仕事ミステリと捉える事も出来ます。同僚だった美咲は誘拐事件に携わり、基子はSATに招聘されてそれぞれに道を歩みだし、物語はその軌跡を追う様に語られます。個人的にどちらにも感情移入出来ず、それでも面白く読む事は出来ました。グロ描写もそこそこでらしさを見せています。
因みにドラマでは多部未華子と黒木メイサ主演で2011年にテレビ朝日で放映されていました。

No.1614 4点 千葉千波の怪奇日記 化けて出る- 高田崇史 2023/04/12 22:46
永遠の浪人生と思われたぴいくんと慎之介が、大学に合格。学校帰りに居酒屋「ちの利」に通う日々が始まった。ところが、二人が通う国際江戸川大学には恐怖の七不思議、通称「江戸七」と呼ばれる言い伝えが。解決を依頼された、ぴいくんの従弟で、天才高校生の千波くんが怪奇現象に立ち向かう。全5編を収録。
『BOOK』データベースより。

端的ではあるものの、主要登場人物の個性はよく書けていると思います。だからと言って面白くなるとは限らない見本の様な作品。『怪奇日記』とあるように語り手のぴいくんが見聞きした摩訶不思議な現象を従弟の千波くんが合理的に解決して見せるもので、最早パズルとは無関係です。そしてラストには一捻りしてあり、その意味ではまあ面白くない訳ではないけれど・・・と云ったところです。

三話目まではそれなりに納得出来ますが、『箸が転ぶ』はさてここからと云うところで終わり何それって感じで、尻切れトンボも甚だしいし、最後の書下ろし作品『立って飲む』は内容が全然頭に入ってこない凡作だし、これは低評価もやむを得ないですね。
随分前に買ったと記憶している本作、過去に戻って自分に何故買った?と問い掛けたくなりました。

No.1613 6点 UMAハンター馬子〈1〉湖の秘密 - 田中啓文 2023/04/10 22:57
日本でも珍しい「おんびき祭文」の語り部、蘇我家馬子。芸は一流だが、性格、素行に問題あり。弟子のイルカを筆頭に辺りかまわず大阪弁で毒を吐き、傍若無人なことこの上ない「最悪なおばはん」である。そんな馬子がえり好む地方巡業先には、何故かUMAの噂と不老不死の伝説がつきまとう。イルカにも明かされぬ馬子が探る秘密とは何なのか?そして、二人の行く手に必ず現れる謎の男・山野千太郎の目的は?本格伝奇ギャグミステリ、ここに誕生。
『BOOK』データベースより。

本シリーズ2篇の後6年の時を経て復活することになる蘇我家馬子。その際は何故か弟子のイルカとともにこなもん屋をしています。どの様な心境の変化があったのか分かりませんが、作風はまるで違います。しかし、大阪のおばはん馬子のキャラは相変わらずで、その個性の強さで本作の半分は成り立っている感じがします。『こなもんや馬子』では弟子のイルカはあまり目立ちませんでしたが、ここではイルカ目線で描かれていて、馬子の行き過ぎた待遇に耐えながらも師弟の絆を思わせる叙述と少々のギャグが冴えています。

さて本作で取り上げられるUMAはネッシーならぬリュッシー、誰もが知っていて幾多の目撃情報がありながら捕獲されなかったツチノコ、そして狐、と言ってもただのキツネではなく人を化かすと言われる天狐。
どれもいまいちテンポが悪く話が前に進まないのが難点ではありますが、馬子が時折見せるどうでも良い蘊蓄で各UMAを分かり易く解説しており、その意味ではこれまたどうでも良い感じで勉強になります。多くの文献を参考にしたと想像されますし、このジャンルは作者の得意分野なので所謂色物とは一線を画す作品だと思います。
また、それぞれのイラストがあまりにリアルで本格的で、特にツチノコなどは実物を見て描いたのかと目を疑う様な出色な出来でした。

No.1612 7点 止まりだしたら走らない- 品田遊 2023/04/07 23:00
都心から武蔵野の台地を横切り東京を横断する中央線車内を舞台に、
さまざまなヒトたちの個人的な問題をあぶり出す連作短編集。
現代人の共感を呼ぶ、あの人の、私の、誰かの、車内事情。
Amazon内容紹介より。

乾くるみの『イニシエーションラブ』が青春ミステリで登録されているなら、これも同じジャンルで問題ないだろうと考え登録しました。どうせ今後誰も読まないだろうし、少々のことなら見逃されると思うし。
さて本作は中央線車内にて描かれる本筋の間に、同じく電車内や駅のホームを舞台にした短編が挟まれるという、巧妙な構成になっています。短編の方はかなり突っ込んだぶっ飛びな内容のものもあれば、小学生の遠足で動物園に行った時の感想文の幾つかをそのまま載せた他愛のないものや、列車の飛び込み、つまり人身事故、露出狂の機縁など様々な人間模様を描き出しています。

そして肝心の本編で語られるのは、主に東京駅から高尾までの中央線内で交わされる大学生の先輩と後輩の交流。短編も良いけれどこちらの方がやはり長編としてきちんと纏まっていて好感が持てます。特に新渡戸先輩の風変わりな性格や考え方が面白く、かなり楽しませてもらいました。例えば電車内で飲食を許されるのはどこまでなのかという問題。ミンティアはOK、飲料水は人による、おにぎりはどうなのか?ところてんは勿論駄目だが、先輩にはそのボーダーラインが分からないらしい、という妙な感覚の持ち主だったりしてね。
ここで問題になるのは、この作品のどこがミステリなのか、でしょう。それは秘密ですよ、勿論。長編と短編を交互に並べる事によって、ある仕掛けを煙に巻く効果があるのではないのかと、いらぬ邪推をしてしまいました。そこまで計算していたのなら大した作者だと言わざるを得ません。本筋だけ最初から読み返したくなります。

No.1611 6点 生者のポエトリー- 岩井圭也 2023/04/06 22:49
“詩”は人をつよくする――。
トラウマを抱え言葉をうまく発することができない青年・悠平が、急きょ舞台で詩を披露することになり……。(「テレパスくそくらえ」)
最愛の妻を亡くした元気象庁技官・公伸は、喪失の日々のなかで一編の詩に出会う。(「幻の月」)
学習支援教室の指導員・聡美と、ブラジル出身の少女・ジュリアの心を繋いだのは、初めて日本語で挑戦した詩だった。(「あしたになったら」)
……ほか、人生の大切な一歩を踏み出す、その一瞬を鮮やかに描いた全6編。逆境のなかで紡がれた詩が明日を切り拓く、心震わす連作短編集。
Amazon内容紹介より。

老若男女が詩によって何かを掴んだり、救われたりする連作短編集。作風に比してその文章は意外にも淡々としています。その分読み易くはあったのですが、作者の力量からすればもっと情感豊かに描くことも出来たのではないかと思います。それだけが残念でした。

物語としてはどれもさして抑揚がある訳ではないのに、時として急に心揺さぶるシーンが出現したりして、なかなか評価が難しい作品だと言えるでしょう。しかし主人公の心情がよく描かれており、その意味では秀作なのかも知れません。私は詩に関してあまり理解が及ばない事もあり、いまいちピンと来ませんでしたが、上記にある『あしたになったら』の作中の詩にはああ・・・と思わず目が霞む感覚を覚えました。それはジュリアの境遇に同情してしまう己の未だ消えぬ感受性に戸惑う瞬間でもありました。

No.1610 6点 ABO殺人事件- 清水義範 2023/04/04 22:38
表題作が長編で、他短編二作の連作作品集。
いずれも途中までは本格ミステリだけど、最後にSFになるという変わり種です。その中でも特筆すべきはやはり表題作で、様々な趣向がてんこ盛りの読者サービス溢れる佳作だと思います。二人の探偵の推理対決とそれを見守る警部補という図式がなかなか興味深く読めます。所謂多重推理であり、その後のミステリに与えた影響は結構強い気がします。又、警部補も意外にもなかなかの切れ者で、警察の捜査にも一応敬意を表しているのが好ましく感じました。

作中で宇宙のプリンセス的な存在だという探偵事務所の女性と、語り手の探偵との出会いがどんなものだったか分からないのが気になりました。当然シリーズ一作目から読みなさいって事ですが、彼女の不可解さがどうにも頭にこびりついて離れないのが難点でした。
まあ全体的に面白かったと言えるでしょう。合格点です。
尚、クリスティの『ABC殺人事件』のネタバレをしていますので、念のためご承知置きを。

No.1609 8点 忌名の如き贄るもの- 三津田信三 2023/04/01 23:03
「この忌名は、決して他人に教えてはならん……もしも何処かで、何者かに、この忌名で呼ばれても、決して振り向いてはならん」
生名鳴(いななぎ)地方の虫くびり村に伝わる「忌名の儀礼」の最中に起きた殺人事件に名(迷)探偵刀城言耶が挑む。
Amazon内容紹介より。

こういうのに弱いんだよなあ、だからやや甘めの8点でお願いします。
まず第三章までのインパクトが強すぎて、それ以降が霞んでしまうのが何とも悲しいやら嬉しいやら。それまで夢を見ていたのが突然夢から醒めて現実に引き戻される様な感覚とでも言いますか。いずれにせよ妙味に酔い痴れる事が出来ました。
そして第十二章で数々の奇妙な地名や怪異の由来を解き明かす刀城言耶の、本来の姿、第十五章の真相解明と終章は大変読み応えがあり、作者の本領発揮と云ったところでしょう。これぞ本シリーズの面目躍如だと思います。

流石に『首無の如き祟るもの』には及ばないものの、それ以来と言って良い衝撃を受ける作品でした。恒例の迷走する推理も存分に発揮され、翻弄される事必至。そして明かされる真実とは・・・なんとまあ。あ、これ以上は書けませんねえ。

No.1608 6点 ポオ小説全集4- エドガー・アラン・ポー 2023/03/29 22:56
アメリカ最大の文豪であり、怪奇と幻想、狂気と理性の中に美を追求したポオ。彼は類なき短編の名手である。推理小説を創造し、怪奇小説・SF・ユーモア小説の分野にも幾多の傑作を残した彼の小説世界を全四巻に完全収録した待望の全集!
Amazon内容紹介より。

こんな私でも『黄金虫』や『黒猫』は知ってますよ。小学生の時に読みましたからね。どちらもなかなか面白かったです。『黄金虫』はまさか暗号が絡んでくるとは思ってませんでした。記憶もあやふやでしたし。『黒猫』はよく覚えています、特にラストはやはり忘れられません。そして『盗まれた手紙』、デュパンが登場した時は思わずおっ!?となりました。が、オチを知っていたので余計に、自身の推理を正当化する様な御託を並べていたのが、何だかなあという気持ちになりました。警察はそんなヘマはしませんよねえ。

『メロンタ・タウタ』はややこしい天文学を比較的分かり易く解説してくれて、かなり興味を持てましたし、『ミイラとの論争』のオチは好きです。その他はストーリー性や情緒と云ったものと無縁の世界で、見た事もない熟語が出てきたり、作者のやりたいことが全く分からない作品もありました。それはつまり、自分にとっては意味のない、厄介な作品群であり、読んでいていい加減嫌気が差してきたのが正直なところです。又、全体的に会話文が極めて少なく、文字も小さく改行も少なくびっしりと連なる文字列を前にして、読む気力が失せてしまい、辟易としました。

No.1607 6点 大東京三十五区 夭都七事件- 物集高音 2023/03/26 22:56
浅草に天から降った死骸、天神坂に出現する髑髏、日本橋の橋上で人間消失―早稲田の不良書生・阿閉君が持ち込む、珍聞奇聞から選りすぐった「夭都東京」の七事件!サテ、下宿館主人の“縁側探偵”こと間直瀬玄蕃は如何にしてその綾を解きほぐすのか?近代化を遂げんとする昭和初期の帝都を舞台に、猟奇の謎と仰天の推理が冴える“本格”探偵小説の傑作。
『BOOK』データベースより。

前作を読んだのが20年以上前になりますか。今でも最後のお話のトリックが印象に残っています。ですが、それだけで他は全く記憶にありません。まあそこそこ面白かったのと、独特の文体だったのは何となく覚えているくらいですね。で、久しぶりにこの作者の作品を読んだ訳ですが、謎だけ取ってみればまさに奇想天外と言える魅力的なものでしょう。ところが真相となるとまるでバカミスの様な感覚で、何とも説得力に欠ける感が否めません。説得力というかその様を想像すると、現実感が全く伴わないんですよ。

でもそれ程読み難くはありませんし、何も考えずただひたすら読書に勤しもうとする姿勢であれば問題なく楽しめると思います。良い意味で時代を感じさせてくれますし、珍品として少数派の読者には持って来いの作品じゃないでしょうか。

No.1606 6点 猫は心配症- 高橋由太 2023/03/24 22:54
時は幕末、江戸の町にニセ金がはびこり、悪党たちは横行。為す術のないゆるゆる町奉行所に、有能すぎる与力がやってきた。人呼んで「鬼銕」の豪腕に、おネエ同心・中村様は真っ青。闇では新仕事人も暗躍、元仕事人の化け猫まるは、おちおち惰眠も貪れない―。書き下ろしシリーズ第3弾。表題作をはじめ3篇&おまけを収録!
『BOOK』データベースより。

シリーズ3作目からいきなり読みます、いえそんな事はどうでも宜しい。確かにそれまでのエピソードがどんなものだったのかは気になりはしますが、後から読んでも別段問題ないと思いました。一応一話完結の連作短編集ですし、それが少しずつ繋がりを持って来る手法もなかなか堂に入っており、流石安定の面白さだと感じ入りました。

物語としては化け猫のまるとその猫仲間達が仕事人として暗躍するものであり、全くもって必殺仕事人シリーズの丸パクリと言っても過言でありません。殺し方までそのまんまで、読んでいる身にとっては内心にやりでした。読む前から気になっていたのが、どうやって猫が人間と対決出来るのかという疑問ですが、これは読めば納得します。
本家では主人公中村主水の姑と嫁がせんとりつで戦慄だったのが、まるの飼い主である南町奉行所の同心佐々木平四郎の妻と娘の名前がさくとらんで錯乱というちょっとした言葉遊びまでする徹底ぶりに、成程となりました。
また、上司である筆頭同心の中村様も当然田中様のパクリで、完全なオカマです。

No.1605 7点 異世界の名探偵 1 首なし姫殺人事件- 片里鴎 2023/03/23 22:59
元警察官でミステリマニアの私立探偵の「俺」はくだらないもめごとに巻き込まれて死んでしまい、記憶を持ったまま異世界の住人として転生し、ヴァンと名乗る。転生した先は、剣と魔法、モンスターとダンジョンがある世界。そこでヴァンは、持ち前の魔術の才能に前世からの知識や記憶を活かして、王都の名門校に入学する。入学から3年。王女から表彰を受けるほど優秀な成績を収めたヴァンだったが、その表彰式のさ中、惨劇は起きた。不可解と言えばあまりに不可解なこの事件を解決できるのは果たして誰か!
『BOOK』データベースより。

タイトル通り異世界での事件なので、まずそれを念頭に置かなければなりません。つまり魔法が使える一種の特殊設定ものと捉えて、物語のどこかで何らかの形でそれが駆使されると覚悟して読み進めて頂きたい作品です。しかし、魔法がまかり通る世界では何でもアリではないかとの懸念も持たれる向きもあろうかと思いますが、ミステリとして決してアンフェアではありません。

本作は密室、首なし死体と云った本格ミステリの王道を往くものであり、間違っても色物とは言えない佇まいを持った印象を受けます。
事件後早々に登場した宮廷探偵団の副団長であるゲラルトが、らしくないのが残念です。仮にも名探偵と呼ばれる人物であるなら、もう少し個性的でそれなりの推理を披露して欲しかったところですね。まあそれは良いとして、問題はエピローグです。何とも曖昧なエンディングであり、読者によっては混乱を招きかねないものだと思います。いささか不親切な気がしました。正直もっとはっきりして貰いたかったです。

No.1604 6点 12星座殺人事件- 光藤ひかり 2023/03/21 22:49
ミステリーと占星術のコラボレーション! 雑誌やテレビの星占いではあまり触れられない、占星術のダークサイドに焦点を当てて、ミステリー小説と星座解説を執筆しました。本当は怖い占星術!? さあ、その中身は? 12星座の物語の主人公はすべて男性です。お笑い芸人から美容師、刑事、作家など様々な職種の男性たちが恋愛のもつれで恋人を殺してしまうという設定で、光藤ひかりがちょっとエグい12本の短編小説を書き上げました。それぞれの星座に特徴的な性格から、殺意や殺し方も千差万別。小説の末尾には占星術家・水谷奏音が執筆した解説で、それぞれの星座の特徴がバッチリ分かります。ミステリー小説を楽しみながら星座の勉強にもなる一石二鳥の一冊。さあ、今宵、あなたが彼に殺されないために(笑)、さっそく読んでみてください。
Amazon内容紹介より。

西洋占星術の12星座ごとに、一人ずつその星座の典型的な性格をした男を主人公にした連作短編集。シチュエーションこそ違えど、男が恋人や許婚の女性に殺意を抱いて破滅に至るまでの物語であるのは固定されています。トリックやオチはない代わりに、12星座別の性格や言動を描写するのに腐心しており、ミステリと言うよりサスペンスフルな短編が多いです。
幾つかのアイテムや名前は同じで役どころを変えた人物が、複数の話で出てきているのが特徴的かと思います。各星座に水谷奏音(知らんけど)の解説が付帯して結構痛い所を突いていたりしてちょっと楽しめます。

個人的に記憶に残ったのは牡牛座、蟹座、天秤座、魚座辺り。最後の魚座ではそれまでなかった皮肉なオチが見られます。
私は今日の占いとかは殆ど信じませんが、占星術自体は半分くらいは信じています。だからそれなりに楽しめましたが、全然信じてない人は読んでもあまりピンと来ないかも知れません。そもそもそういう人は本作を読まないと思いますけどね。
解説は島田荘司。

No.1603 4点 希望荘- 宮部みゆき 2023/03/18 23:00
家族と仕事を失った杉村三郎は、東京都北区に私立探偵事務所を開業する。ある日、亡き父・武藤寛二が生前に残した「昔、人を殺した」という告白の真偽を調査してほしいという依頼が舞い込む。依頼人の相沢幸司によれば、父は母の不倫による離婚後、息子と再会するまで30年の空白があった。果たして、武藤は人殺しだったのか。35年前の殺人事件の関係者を調べていくと、昨年発生した女性殺害事件を解決するカギが隠されていた!?(表題作「希望荘」)。「聖域」「希望荘」「砂男」「二重身」…私立探偵・杉村三郎が4つの難事件に挑む!!
『BOOK』データベースより。

そこはかとなく眠気を誘う、物凄くゆる~い連作中短編集。正直こんなに詰まらないとは思いませんでした。あ、飽くまでマイノリティの意見です。優しいんですよ内容が。その辺宮部みゆきの人間性が滲み出ていると云うか、今一つ人間の深奥に踏み込めないところにこの人の限界を感じてしまうんですよね。
まず杉村の年齢が分からない、多分中年なんだろうけど。彼の人間味はとても感じられますが、手付金が五千円とか信じられません。あり得ないでしょう。そんな親切な探偵が主役なので、まあ人情ものみたいな物語になるのはやむを得ないでしょう、その分中身がヌルいと感じられて仕方ありません。

得意の社会問題を取り上げたり東日本大震災を背景に語ったりしていますが、ミステリとして伏線を回収するとか、意外性を追求するとか、そうした姿勢が全く感じられず、いささか退屈でした。
もうね、自分の感性が信じられなくなりそうです。これだけ世間的に高評価なのに、私にはその面白さが理解できない、何度こんな苦汁を味わわなければならないのでしょうか。長尺だった分余計に辛さが増しました。

No.1602 6点 The Book―jojo’s bizarre adventure 4th another day- 乙一 2023/03/15 22:47
この町には人殺しが住んでいる―。町の花はフクジュソウ。特産品は牛タンの味噌漬け。一九九四年の国勢調査によると人口は五八七一三人。その町の名前は杜王町。広瀬康一と漫画家・岸辺露伴は、ある日血まみれの猫と遭遇した。後をつけるうち、二人は死体を発見する。それが“本”をめぐる奇怪な事件のはじまりだった…。乙一が渾身の力で描いた『ジョジョの奇妙な冒険』、文庫で登場。
『BOOK』データベースより。

私はこれまで一度も少年向け漫画雑誌というものを買ったことがありません。子供の頃一度だけ母親に買ってもらった少年何とかを読んで、高校野球の漫画が大層面白かった記憶があるくらいですね。では何故今さら『ジョジョの奇妙な冒険』なのかと言えば、単に著者が乙一だったから。
昔友人が貸してくれた週刊少年ジャンプに多分連載され始めたばかりだったのが『ジョジョの奇妙な冒険』で、第一印象は妙にくねくねした絵だなと思ったくらいで、10ページほど読んだけれど面白くなさそうだったので、それ以来全く読む事はありませんでした。私が気に入っていたのは『ゴッドサイダー』でした。

前置きが長くなりましたが、本作は全然乙一らしさが出ていないのが誠に残念です。これなら誰が書いても良かったのではないかと思う程です
話が分散しているし、複数の視点で描かれている為、何処に焦点を置いているのか途中まで判然としません。所々面白いなと感じるシーンがあったり、終盤のバトルではなかなか熱くなれましたので、総合的に判断して6点としました。ただ描き様によってはもっと高得点が狙えた気もします。

余談ですが最後に言いたいのは、又しても煙草臭にしてやられたという事です。どうしたらこれ程の臭いが染み付くのか不思議でなりません。まあどこぞのヘビースモーカーの密閉された部屋に長年放置されたせいだろうとは思いますけどね。この臭いは100年経ってもいや、1000年経っても消えないでしょう。ちなみに読み始めてすぐに気付いて、ゴミ箱に叩き込んでやろうか、それとも即ブックオフ行きにしてやろうかとも思いましたが、我慢して読んだ自分を褒めてあげたいです。110円でしたしね、仕方ないです。購入時点で気付かなかった自分が悪かったと思うしかありません。

キーワードから探す
メルカトルさん
ひとこと
「ミステリの祭典」の異端児、メルカトルです。変人でもあります。色んな意味で嫌われ者です(笑)。
最近では、自分好みの本格ミステリが見当たらず、過去の名作も読み尽した感があり、誰も読まないような作品ばか...
好きな作家
島田荘司 京極夏彦 綾辻行人 麻耶雄嵩 浦賀和宏 白井智之 他多数
採点傾向
平均点: 6.04点   採点数: 1901件
採点の多い作家(TOP10)
浦賀和宏(33)
アンソロジー(出版社編)(29)
島田荘司(25)
西尾維新(25)
京極夏彦(22)
綾辻行人(22)
折原一(19)
日日日(19)
中山七里(19)
清涼院流水(18)