皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
nukkamさん |
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平均点: 5.44点 | 書評数: 2865件 |
No.2065 | 5点 | 霧枯れの街殺人事件- 奥田哲也 | 2018/11/09 21:09 |
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(ネタバレなしです) 1987年にデビューした綾辻行人以降の本格派推理小説の書き手を「新本格派」と分類されていますが、奥田哲也(1958年生まれ)はそれより少し早い1984年から活動していますが1990年発表の長編第1作である本書で広く知られるようになったためか新本格派の作家として認知されているようです。北海道の架空の地を舞台にして序盤こそ自然描写がありますが後半はほとんどなし、印象的なタイトルですがこれにはあまり多く期待しないで下さい。探偵役の4人の刑事の個性が弱く、随所で署長の悪口を言ってますが肝心の署長が登場せず、どれほどひどい人間なのかを読者に納得させる説明もなく、これでは読者の共感を得にくいと思います。中盤で容疑者たち1人1人の内心描写(そこには当然嘘はありません)を挿入しながら誰が犯人で誰が無実なのか容易に判らないようにしている工夫は光りますが、どんでん返しの真相説明は動機の後出し感が目立ってしまっています。 |
No.2064 | 6点 | 数字を一つ思い浮かべろ- ジョン・ヴァードン | 2018/11/09 20:54 |
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(ネタバレなしです) ミステリー作家としては遅咲きの米国のジョン・ヴァードン(1942年生まれ)による2010年発表のデビュー作で、退職刑事デイヴ・ガーニーシリーズ第1作です。警察小説と本格派推理小説のジャンルミックス型で、3部構成の第1部では謎めいた脅迫文を次々に受け取り、頭の中で思い浮かべた数字を的中されてパニックになった旧友から相談を受けるガーニーが描かれますがここではまだ警察小説とは言えません。現役時代は伝説的名刑事だったガーニーが臨時捜査官として警察捜査に参加する第2部から警察小説らしくなりますが、ここでも雪の上の犯人の足跡が途中で消えてしまうなど謎づくりへのこだわりを見せています。後半になると登場人物リストに載っていない人物が殺されたりと少し雑然としてきた感もありますが、ガーニーの私生活ドラマや正体を現した犯人の異常性格描写など内容は盛り沢山で、(文春文庫版で)550ページを越す厚さながら物語はだれることなく進行します。 |
No.2063 | 5点 | 死の実況放送をお茶の間へ- パット・マガー | 2018/11/01 22:38 |
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(ネタバレなしです) デビュー作の「被害者を捜せ!」(1946年)から「四人の女」(1950年)まで被害者は誰かとか探偵は誰かとか目撃者は誰かとの異色の本格派推理小説を書いてきたマガーが、犯人は誰かの伝統的本格派推理小説として1951年に発表したのが長編第6作である本書です。ラジオ放送中の殺人を描いたヴァル・ギールグッド&ホルト・マーヴェルの「放送中の死」(1934年)に影響を受けたかはわかりませんが、本書ではテレビ番組放送中の殺人を扱っています。大勢の視聴者(100万人以上?)がその場面をテレビ画面越しに見ており、それがタイトルの由来でもあるのですが劇的効果はそれほどでもありません。またどういうプログラムにするかで関係者同士が揉めているので仕方ない面もあるのですが、番組の制作準備描写もわかりにくかったです。人物描写に関しては作者の手腕が冴えわたっており、終盤のサスペンスも秀逸です。推理が人間観察と心理分析に拠っているのもこの作者らしいのですが(探偵役も認めているように)具体的証拠に乏しいのは(それも作者らしいのですけど)もう少し工夫があればと思わずにいられません。 |
No.2062 | 5点 | 青銅の悲劇- 笠井潔 | 2018/11/01 22:21 |
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(ネタバレなしです) 「瀕死の王」の副題を持つ本書は矢吹駆シリーズ番外編として2008年に発表された本格派推理小説で、講談社文庫版で上下巻合わせて900ページを越す大作です。作中時代は矢吹駆シリーズの時代より約10年後の1988年から1989年にかけて、舞台はフランスでなく日本になっています。時代描写に力を入れてますが昭和天皇の評価(それも批判的な)にまで踏み込んでいるのは随分と大胆ですね。矢吹駆は会話の中で語られるだけで登場しません。シリーズのワトソン役であるナディア・モガールは活躍しますが本書ではワトソン役は別人が務めていてナディアは第三者描写なのが特徴です。シリーズの特色である哲学談義がないのは個人的にはありがたいですが、それでも読みやすいとは言えません。登場人物は多く(登場人物リストを作って読むことを勧めます)、大作の割には事件数が少ないです。その分非常に丁寧に推理しているのですが、ABCにXYZ、さらにαβγまで駆使して可能性、可能性の可能性、可能性の可能性の可能性を延々と議論しているので謎解きに集中するのは大変です(私は置いてきぼりを食らってしまいました)。重箱の隅をつつくのに抵抗感のない読者向けです(笑)。 |
No.2061 | 5点 | わたしを深く埋めて- ハロルド・Q・マスル | 2018/11/01 22:01 |
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(ネタバレなしです) 米国のハロルド・Q・マスル(1909-2005)は弁護士出身の作家で、弁護士スカット・ジョーダン(スコットの表記もあります)のシリーズを書いたことからペリイ・メイスンシリーズで有名なE・S・ガードナーと比べられることもあるようです。もっとも多作家のガードナーに比べてマスルはむしろ寡作家で、長命だったにも関わらず残された作品は長編20作にも満たなかったです。1930年代後半から短編を発表していたマスルの初長編が1947年発表の本書です。マスルは作風が軽ハードボイルドとか通俗サスペンスと評されているようですが、本書ではアパートに帰宅したジョーダンを下着姿の女性が待ち構えている冒頭からして確かにそういう雰囲気が漂っています。前半の謎づくりは結構読ませるし巧妙なミスディレクションがあったりと本格派推理小説の要素もそれなりにありますがジョーダンの説明はこれならつじつまが合うというレベルで、謎解き伏線を回収しながらの推理ではありません。銃を持ったならず者による殺人場面(そこには何の謎もありません)などのアクションシーンや(濃厚描写ではありませんが)ベッドシーンなどの通俗性は読者の好き嫌いが分かれそうです。 |
No.2060 | 5点 | 天使の眠り- 岸田るり子 | 2018/11/01 21:43 |
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(ネタバレなしです) ジャンルミックス型の作品を書き続ける作者の2006年発表の第3長編は本格派推理小説とサスペンス小説の要素を持っています(よくある組み合わせではありますが)。第1章で第1の主人公が13年前に別れた恋人と再会します。しかし彼女は以前の彼女とどこか違っており、さりとて別人とも確信できず主人公が悩みます。続く第2章は第2の主人公の視点で描かれる物語となり、その後も奇数章と偶数章で主人公の交代が繰り返されます。彼女が本者なのか偽者なのかでうじうじ悩む第1の主人公の描写がくどいし、第2の主人公の物語はそれに輪をかけてミステリーらしさが希薄です。最後には2つの物語が巧く融合してパズルのピースが埋まるように謎が解かれるのですが、探偵役の推理でなく犯人の回想という形での説明のため、個人的にはサスペンス小説に分類します。 |
No.2059 | 5点 | ガラスの蛇- ピエール・ヴェリー | 2018/10/11 21:36 |
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(ネタバレなしです) 1934年発表の本格派推理小説で、日本では雑誌「EQ」の69号(1989年5月号)から71号(1989年9月号」の3回に渡って連載されました。全身赤ずくめの女性の運転する車に乗せられて水辺の家へ案内された男の奇妙な体験談、泥棒対策として雇われた大男と小男のコンビが寝込んでしまった隙に銅製の悪魔像が盗まれる事件、そして密室状態の部屋の金庫から貴重な本と大金が盗まれる事件と脈絡のなさそうな事件が相次ぎますがどの事件現場にもガラス製の蛇が出現するという風変わりなプロットです。複数の探偵役が謎解きを競う展開は前例もありますが、本書では推理の披露が新聞への投稿合戦の様相を呈するのが珍しいです。また重要な役どころなのに大男と小男のコンビが名無しのままというのもユニークです(最後の最後でようやく名前が紹介されますが)。本格派推理小説としては異色の部分も多く、中でも犯人逮捕後の18章での悪夢を見ているかのような描写は印象に残ります。 |
No.2058 | 6点 | 疑問の黒枠- 小酒井不木 | 2018/10/11 21:10 |
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(ネタバレなしです) 早逝が惜しまれる小酒井不木(こさかいふぼく)(1890-1929)は医学者でありますが海外留学中にミステリーに目覚め、国内ミステリーの父と呼ばれる森下雨村と共に江戸川乱歩のデビューを後押ししたことで知られます。海外ミステリーの翻訳にも携わっていますが現代でも入手が難しそうなスウェーデンのS・A・ドゥーゼの作品を翻訳したというのはとても不思議ですね。小説家としてのデビューは乱歩より後発で、活動時期は最晩年の約4年間に留まりますが100作近い短編を書き、その中には国内初のSF小説もあるそうです。1927年発表の本書は唯一の長編ミステリーで国内初の長編ミステリーと評価している文献もあります。これには異説もあって黒岩涙香の作品こそ国内初と主張する文献もありますが、黒岩の長編は海外ミステリーの翻案小説なので創作小説である本書と同列にはできないのではと思います。本書のプロットですが、まだ存命中の人の死亡広告が新聞に載る事件が3件続きます。3件目の被害者がこのいたずら(?)に便乗して自分の葬式を企画するのですが、棺桶の中で死んだふりをしているはずの彼が本当に死体となっていたという事件が起きます。さらに彼の家族、事件の鍵を握ると疑われた人物、そして被害者が飲んだと思われる丸薬の残りが次々と消えてしまう展開に読者は引きずり込まれます。大袈裟な芝居のような言動が気になったり、容疑者として残すのか外すのかの推理が根拠不十分だったりと問題点もありますが国内ミステリー黎明期の作品としては予想以上によく出来た本格派推理小説だと思います。私の読んだ河出文庫版は現代仮名遣いに改訂されていて読みやすくなっています。 |
No.2057 | 5点 | 処刑6日前- ジョナサン・ラティマー | 2018/10/11 20:46 |
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(ネタバレなしです) 空さんがご講評で紹介されているように、1935年発表のビル・クレインシリーズ第2作のハードボイルド小説である本書は密室殺人事件を扱っていること、迫り来る処刑執行日までに事件解決しなくてはならないタイム・リミットの趣向をウィリアム・アイリッシュの名作サスペンス小説「幻の女」(1942年)より早く導入していることで有名です(なお英語原題は「Headed for a Hearse」です)。前半は処刑囚の友人知人たち(容疑者でもあるのですが)も積極的に捜査に参加していてその分クレインがあまり目立ちませんが、後半になると酒と女性に目がないクレインらしさが発揮されます。創元推理文庫版の翻訳はそれほど古臭くはありませんけど登場人物リストは重要人物が抜けているのがちょっと残念です。謎解きが結構しっかりして本格派推理小説好き読者へのアピールポイントは高いですが、事件解決の重要な鍵を握っていそうな人物(登場人物リストに載ってません)が複数の殺し屋たちにマシンガンで蜂の巣にされてしまうところなどはやはりハードボイルドです。 |
No.2056 | 6点 | 気ままな女- E・S・ガードナー | 2018/10/05 23:04 |
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(ネタバレなしです) 1958年発表のペリイ・メイスンシリーズ第56作の本格派推理小説です。ある女性が見知らぬ女性と無理心中になりそうになって何とか助かり(相手は死亡)、その後(かなり無理矢理感がありますが)死んだ女性になり替わろうとします。脅迫者が現れたのを機にメイスンへ相談しますが、読者は彼女がメイスンに隠し事をしているのを知ったまま物語が進む展開が新鮮です(メイスンも薄々気づいていますが)。殺人事件が起きて彼女が10章でついに逮捕されたかと思うと11章ではもう法廷場面です。メイスンが被告を証言台に立たせるレアな場面が用意されています。17章でどんでん返しの真犯人指摘、しかしそれよりも「裁判記録を完全にするため」のメイスンの最後の一手が想像の斜め上を行く衝撃でした。18章のメイスンが真相に気づいた理由の説明は推理の説得力としてはどうなんだろうと思わなくもありませんが、それがタイトルに使われている「気ままな」の真意なのかもしれません(英語原題は「The Case of the Foot-Lose Doll」です)。 |
No.2055 | 6点 | ホック氏の異郷の冒険- 加納一朗 | 2018/10/05 22:40 |
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(ネタバレなしです) 加納一朗(1928-2019)は小説家としては1960年のデビュー以来50年近いキャリアがあって書かれた作品も子供向け作品からSF小説までと多彩ですが、さらには漫画原作やアニメ脚本、アニメソングの作詞まで手掛けています。ミステリーの代表作とされるのが長編3作と短編2作のサミュエル・ホック氏シリーズです。ホックと言われてもぴんと来ない読者もいるかもしれませんが、実は英国の有名な探偵です。1983年発表のシリーズ第1作である本書ではその素性をはっきりとは説明してないものの、その描写を読めばかなりのミステリー好きの読者は気づくでしょう(ちなみに作者あとがきでネタバレされてますし、角川文庫版に至っては堂々とホックを表紙カバーに描いています)。要するにパスティーシュミステリーなのですがホックにとっての異郷である日本の描写がかなり凝っていて、作中時代が1891年ということもあって時代描写に作者のオリジナリティーを感じさせます。名探偵ならではの鋭い推理を披露しながらもホックが日本の文化風習を理解しきれていないため、探偵助手役の榎元信のサポートも重要な役割を果たしています。本格派推理小説と冒険スリラーのジャンルミックスタイプですが読者が推理に参加できるプロットでないのはちょっと残念。でも元ネタである原典作品もそういう作品が多いのですから、パスティーシュとして評価するならそこは弱点とは指摘できないですね。 |
No.2054 | 6点 | 元年春之祭- 陸秋槎 | 2018/10/05 22:18 |
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(ネタバレなしです) 中国の陸秋槎(1988年生まれ、男性作家です)が2016年に発表した長編デビュー作の本格派推理小説で非常に力作です。作中時代は紀元前100年の前漢時代です。4年前に観家で起きた四重殺人事件の謎が早い段階で語られ、不可能犯罪要素もあります。しかし漢詩や人生哲学に関する議論がとても難解で、謎解きに集中しにくいプロットはどこかヴァン・ダインを連想しました。探偵役に若い女性を配し、他の登場人物も女性の描写に多くのページを費やしていますが、美しさや華やかさや抒情性はほとんど感じられません。激しい人間ドラマが息苦しいほどで、探偵役の於陵葵は使用人に容赦なく暴力を振るうし、友人の観露申はどんどん憎悪に染まっていくしと読んでてはらはらします(それも作者の計算の内でしょうけど)。中盤からは新たな事件が起きて2度も「読者への挑戦状」が挿入されるなどミステリーらしさが加速、しかし真相が明らかになってめでたしめでたしではなく、事件の悲劇性と動機の重苦しさが余韻となって残る作品です。余談ですが巻末の著者あとがきを読むと日本のミステリー(特に新本格派)の影響を受けているようで、同じ日本人してちょっぴり誇らしく感じました。 |
No.2053 | 5点 | 轢き逃げ- 佐野洋 | 2018/10/05 21:52 |
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(ネタバレなしです) 1978年に某ミステリー専門誌で識者による「日本長編推理小説ベスト99」が発表された際、佐野作品では「一本の鉛」(1959年)、「透明受胎」(1965年)、そして1970年発表の本書が選ばれました。轢き逃げ死亡事故に始まる展開がニコラス・ブレイクの「野獣死すべし」(1938年)を連想させます。ブレイクは物語の前半を被害者の家族の視点1本に絞りましたが、本書では犯人側や警察側の描写も織り込んで犯罪小説や社会派推理小説要素も見せているのが作品個性になっています。後半になると本格派推理小説のプロットに転じるところがまたブレイク風ではありますが、探偵役のジャーナリストが被害者の家族と不倫関係にあったという設定は読者の好き嫌いが分かれるかも。単なる犯人当て謎解き小説ではなく複雑な人間ドラマを形成している力作ではあるのですが、手を広げ過ぎて冗長と感じる読者もいるかもしれません。 |
No.2052 | 4点 | ママ、探偵はじめます- カレン・マキナニー | 2018/10/05 21:36 |
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(ネタバレなしです) デビュー作でグレイ・ホエール・インシリーズ第1作でもある「注文の多い宿泊客」(2006年)を読んだ時に、痛々しさを感じさせる暴力描写がコージー派ミステリーにはそぐわないなと感じましたが新シリーズであるマージー・ピーターソンシリーズの第1作として2014年に発表された本書も(過激レベルではありませんが)随所で汚さや臭さの描写があって優雅にお茶を飲みながら読むコージー派のイメージとはかけ離れているように思いました。プロットはなかなか起伏に富んでおり、私立探偵としてパートで働くことになったマージーが死体を発見するという展開はありきたりですが、それだけでなく子供たちが幼稚園を退校させられそうになったり夫が何かを隠しているらしいといった家庭問題に悩まされ、横領調査や失踪人探しまで引き受ける羽目になって問題山積み、一体どうなるのかという興味で読ませます。運の良さで棚ぼた式に解決される事件もあったりして謎解きとしては不満点も多いですが。 |
No.2051 | 6点 | 朱の絶筆- 鮎川哲也 | 2018/10/05 21:18 |
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(ネタバレなしです) 星影龍三シリーズとしては「白の恐怖」(1959年)から実に18年ぶりの1977年に発表されたシリーズ第3作の本格派推理小説です。当初は某雑誌に鬼貫警部シリーズのアリバイ崩し本格派を連載する予定だったのですが、別の雑誌での読者人気投票でこのシリーズの人気が低かったのを気にした作者が予定変更して、いかにもな名探偵が登場して「読者への挑戦状」まで付けたガチガチの本格派作品である本書が誕生しました(ちなみに没にした鬼貫警部作品も後に「沈黙の函」(1978年)として陽の目を見ました)。出版までの時間制約があったため純粋な新作でなく同じタイトルのシリーズ短編(1974年)を長編にリライトしたものですが、いずれにしろアリバイ崩しが苦手な私にはありがたい予定変更でした(笑)。「読者への挑戦状」で「犯人は1人」「共犯なし」などフェアプレイをとことん追求しているのは本格派好き読者の心をくすぐるでしょう。警察があまりにも古臭いトリックに簡単に引っかかっているなど気になる点がないわけではありませんが、作者が久しぶりに直球ど真ん中の本格派を書いてくれただけで大感謝です。 |
No.2050 | 5点 | 月光殺人事件- ヴァレンタイン・ウィリアムズ | 2018/09/17 06:01 |
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(ネタバレなしです) 英国のヴァレンタイン・ウィリアムズ(1883-1946)はジャーナリストとして世界中を飛び回り、晩年はハリウッドで映画脚本家としても活躍しています。ミステリー作家としてはアガサ・クリスティーよりも早い1918年にデビュー、初期は通俗冒険スリラーが多かったようですが後には本格派推理小説も書くようになって約30作ほどの作品があります。1935年発表の本書は3作書かれたスコットランド・ヤードのトレヴァー・ディーン刑事シリーズの第3作の本格派推理小説です(なお本書の舞台はアメリカです)。派手な展開はありませんが、本格派黄金時代の作品らしく容疑が二転三転する充実の謎解きプロットが楽しめます。論創社版の巻末解説で述べられているように、謎解き伏線を色々用意してあるにも関わらず推理が粗い印象がぬぐえないのが惜しまれます。 |
No.2049 | 6点 | 遺志あるところ- レックス・スタウト | 2018/09/16 00:22 |
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(ネタバレなしです) 1940年発表のネロ・ウルフシリーズ第8作で、シリーズ次作の「語らぬ講演者」はだいぶ後年の1946年の発表ですから第1作の「毒蛇」(1934年)から本書までが一応シリーズ第1期として分類できるのではと思います。国内では雑誌「EQ」の94号(1993年7月)から95号(1993年9月)の2回に渡って連載されました。発端は不公平感の強い遺言書に反発する遺族からの相談というウルフが全く気乗りしない依頼なのですが、そんなことは問題にならない充実のプロットです。個性豊かで曲者ぞろいの容疑者たちを相手にウルフもアーチー・グッドウイン、ソール・パンザー、フレッド・ダーキン、オリー・キャザーのお馴染みの面々だけでなく第五の部下ジョニー・キームズも繰り出し、さらには自身が滅多にしない外出までするのです。その外出先である出来事が起きてあっという間に帰宅する(逃亡する?)ウルフの素早さが何ともおかしいです。解決がやや駆け足気味に感じられますが、複雑さとサスペンスを両立させた本格派推理小説として楽しめました。 |
No.2048 | 5点 | ヴェルレーヌ詩集殺人事件- 新谷識 | 2018/09/15 23:09 |
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(ネタバレなしです) ミステリーデビュー作となる短編集「殺人願望症候群」(1989年)で手応えを感じたのか、続いて1990年に発表したのが長編第1作となる本書です。主人公である大学教授の阿羅悠介が戦時中に駐屯していた韓国の済州島で偶然入手したヴェルレーヌの詩集を持って復員してから40年以上が経過しています。再会して旧交を温めた戦友の求めでその詩集を貸すのですが、数日後その戦友が謎の死を遂げるという事件に巻き込まれます。悠介も謎解きに参加しますが圧倒的な存在感を見せるのは姪の由美子の方です。次から次へと発想が飛躍しますが捜査への貢献は非常に大きく、警察から由美子と刑事コロンボを掛け合わせて「由美コロンボ」とまで祭り上げられます(笑)。警察がアマチュア探偵に捜査情報をあんな簡単に提供していいのかと突っ込んではいけません。登場人物が多くしかも互いの関係はあやふや、さらには戦争中の出来事が事件に関連する可能性も出てきますが記憶も証拠も定かでないという難解なプロットの本格派推理小説なので、多少の好都合な展開には目をつむりましょう。地味なキャラクターの悠介だけではとても読者の集中力が持たないと思います。 |
No.2047 | 5点 | 殺人者国会へ行く- 日影丈吉 | 2018/09/04 22:55 |
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(ネタバレなしです) 「多角形」(1965年)から実に11年の空白を経て1976年に発表されました。幻想的だったり文学的だったりユーモラスだったりと多彩な作風を示してきた作者ですが、本書で新たな局地を試みたのでしょうか。何と国会の予算委員会の最中に国会議員が毒殺されるという事件で幕開けします。文字通り世間を騒がす大事件のはずですが、盛り上がらないのはこの作者らしいですね。被害者が調査していた公害問題に絡む文書の行方、失踪した秘書、秘書を訪ねてきたらしい謎の男、やはり毒殺された身元不詳の女と雲をつかむような事件を地道に捜査していきます。後半になると密室の謎解きがあったり非常に古典的なトリックが明かされたりと本格派推理小説らしくなるのはいいのですが社会派推理小説のリアリズムを感じさせる前半とはどうも波長が合わず、場当たり的なプロットになってしまった印象を受けました。 |
No.2046 | 6点 | あやかしの裏通り- ポール・アルテ | 2018/08/31 23:13 |
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(ネタバレなしです) 芦辺拓が「アルテのベスト5に入るとも言われる傑作」と高く評価した2005年発表のオーウェン・バーンズシリーズ第4作の本格派推理小説です。謎づくりの上手さに定評ある作者ですが、本書ではロンドンのどこかに忽然とあらわれまた姿を消す裏通りの謎を扱っています。幻の路地というとジョン・ディクスン・カーの「絞首台の謎」(1931年)を連想する読者もいるかもしれませんが、本書では何人もの証人を登場させたり路地で起こった不思議な体験を語らせたりと謎をどんどん膨らませるところはカー以上に手が込んでます。26章の最後でオーウェンが犯人に浴びせる痛烈な皮肉も効果たっぷりです。そもそもあんな複雑な仕掛けは必要ないのではと思う読者もいるでしょうけど、個人的には謎解きを面白くするための作者のサービス精神として賞賛したいです。 |