皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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nukkamさん |
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平均点: 5.44点 | 書評数: 2877件 |
No.2437 | 6点 | ネロ・ウルフの事件簿 アーチー・グッドウィン少佐編- レックス・スタウト | 2021/10/23 23:27 |
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(ネタバレなしです) 国内独自編集のネロ・ウルフシリーズ第3短編集として2016年に出版されました。アーチー・グッドウィンが第二次世界大戦中に軍務についていた時代の作品を収めたためか、米国本国での第2短編集(1944年)の全2作が丸ごとと第3短編集(1949年)の全3作から2作と執筆時期の近い中編4作が集められました。どうせなら米国版第3短編集の「証拠のかわりに」(1946年)も収めて2つの短編集の合本版にしてくれたらと思わないでもありませんが。米国版第2短編集のタイトルにもなった「死にそこねた死体」(1942年)が断トツの面白さです。ウルフを呼びだせとの軍上層部の命令を受けて依頼人側に回ったアーチーがどうするのかと思ったら、そこから予想の斜め上展開になってぐいぐい読ませます。ウルフの切れ味鋭い推理が暴いた真相はとてつもない「嘘から出た真(まこと)」でした。「ブービートラップ」(1944年)ではついにウルフが軍からの依頼を引き受けます。警察相手でも自分の流儀を押し通すウルフですが戦争で愛国心が燃え上がって軍には恭順姿勢なのが異色です。タイトルに使われているようにトラップで犯人を特定しているのが本格派推理小説好きの私としては物足りないですけど。ウルフに殺人予告状が届けられる「急募、身代わり」(1945年)はプロット展開の面白さは「死にそこねた死体」に匹敵しますが、推理の根拠となる手掛かりは後出しだし説明があまり論理的でないのが惜しいです。ウルフが「親しみをこめて軽く笑った」に仰天させられる「この世を去る前に」(1947年)は裏社会の大物が登場することもあって非常にハードボイルド色の強い作品。本格派らしさもありますが論創社版の巻末解説で触れられているように手掛かりが感心できないのは残念。個性豊かな作品揃いでいつもと違うウルフとアーチーが見られるのは貴重でもありますが、初めてこのシリーズを読む読者はいつもの2人が描かれている他のシリーズ作品から先に手に取ることを勧めます。 |
No.2436 | 5点 | 花窗玻璃 シャガールの黙示- 深水黎一郎 | 2021/10/20 15:25 |
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(ネタバレなしです) 2009年発表の芸術探偵・神泉寺瞬一郎シリーズ第3作の本格派推理小説です。私はサブタイトルが「天使たちの殺意」に改題された河出文庫版(2015年)で読みました。本書の特徴は瞬一郎の手記で占められていることで、18歳だった瞬一郎のフランスのランスでの怪死事件の謎解きを描いています。瞬一郎の伯父の海埜警部補とのユーモア溢れる会話シーンはプロローグとⅠ章の終盤のみです。手記でまず目につくのは本来ならカナカタ表記になる外来語を全て漢字表記にしていることです。「花窗玻璃(ステンドグラス)」のようにルビは振ってあるし、最初の1回だけでなく用語が登場するたびに毎回ルビを振ってありますのでそれほど読みにくくはなかったです(電気六弦琴(エレキギター)には笑えたけど搖滾樂(ロックンロール)は理解不能でしたが)。何でそんな表記にしたかもちゃんと作中で瞬一郎に説明させて、読者からの反発対策もばっちり(笑)。動機が後出しの説明ですが使われたトリックはなかなか印象的で、わざわざランスを舞台にしている理由も単なる観光要素ではありませんでした。2つの事件の連続性については不満を抱く読者もいるかな。どうせなら瞬一郎と海埜の会話を最後にも挿入して締め括ってほしかったです。それにしても作者がフランス留学経験あるとはいえ、参考文献が全部フランス語というのは恐れ入りました。 |
No.2435 | 5点 | サム・ホーソーンの事件簿Ⅲ- エドワード・D・ホック | 2021/10/17 23:15 |
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(ネタバレなしです) サム・ホーソーンシリーズ第25作の「ハンティング・ロッジの謎」(1983年、作中時代は1930年11月)から第36作の「窓のない避雷室の謎」(1988年、作中時代は1935年4月)までの12作を収めて2004年に日本独自編集の第3短編集(創元推理文庫版)として出版されました。「サム・ホーソーンの事件簿Ⅱ」(2002年日本独自編集版)でも不可能犯罪トリックのアイデアの行き詰まりを感じさせていましたが本書に至っては普通の犯罪の謎を無理矢理に不可能犯罪に仕立てているような苦しい作品が目立ちます。「真っ暗になった通気熟成所の謎」(1987年)のように「あんたがいつも出くわすような密室殺人じゃないな」と割り切った方がずっとすっきりしています。そうはいっても魅力的な謎の不可能犯罪の作品の方に心惹かれるのはどうしようもなく、本書では「ハンティング・ロッジの謎」と「「消えた空中ブランコ乗りの謎」(1986年)が楽しめました。トリック自体はジョン・ディクスン・カーの先例に類似していますが死者による殺人に挑戦してプロットの工夫が光る「防音を施した親子室の謎」(1984年)も悪くありません。惜しいのはサイコサスペンス風な雰囲気が異色の「窓のない避雷室の謎」で、アンフェアに読者を騙しているように感じてしまいました。ボーナス追加の非シリーズのショート・ショートの「ナイルの猫」(1969年)は動機なき殺人(犯人は逮捕済みです)の動機探しの謎解きですがひねった動機がユニークですね。これでは被害者が浮かばれず犯人に同情する余地はないように思いますが。 |
No.2434 | 6点 | 赤き死の香り- ジョナサン・ラティマー | 2021/10/16 05:12 |
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(ネタバレなしです) 1939年発表のビル・クレインシリーズ第5作にしてシリーズ最終作となった軽ハードボイルドです。これまでのシリーズ作品でも探偵仲間とチームプレーしているクレインですが本書では女性探偵、しかも所長であるブラック大佐(とうとう生身の出演はありませんでしたね)の姪のアンが登場します。クレインは彼女との結婚さえも考えているようですが、二人の仲がどう発展するのかも本書の読ませどころの一つです。大富豪とその一族が登場し、既に2人が自動車の排気ガスによる一酸化炭素中毒で謎の死を遂げています。銃撃戦あり、肉弾戦あり(最も派手なのは女性同士のそれでした)、ギャング登場とハードボイルドらさしさが随所に発揮されています。相変わらず酒と女性にだらしなく、しかもそれが往々にして(特にアンとの)トラブルの火種になるクレインのせいで展開がぐだぐだ気味ながらも17章では出色のサスペンスでぎゅっと引き締め、それに続く怒涛のアクションの末に解決と思わせて、そこからクレインが本格派推理小説の名探偵さながらの推理でもう一回引き締めます。あの犯行が完遂したら本当に犯人は目的達成できるのか疑問に思わないでもありませんが謎解き伏線のカモフラージュは非常に巧妙で、特に殺人に使われた小道具の一つは非常に印象的でした。本書までほぼ毎年1作発表していたラティマー(1906-1983)は1940年代から映画やテレビのシナリオライターとして活躍するようになりペリー・メイスンシリーズ(レイモンド・バー主演版)や刑事コロンボシリーズまで手掛ける一方で、ミステリー小説家としては1940年代に1作、1950年代に2作発表して終わってしまいました。 |
No.2433 | 5点 | 双孔堂の殺人~Double Torus~- 周木律 | 2021/10/12 02:35 |
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(ネタバレなしです) 2013年発表の堂シリーズ第2作の本格派推理小説で、新たなシリーズキャラクターとして宮司兄妹が初登場です。語り手を務める兄の司は警察庁の警視、まだ学生の妹の百合子はあまり出番がありませんけど事件解決後のプロローグ的な場面では存在感を示します。シリーズ前作「眼球堂の殺人」(2013年)で名探偵役だった十和田只人は何と殺人容疑者として警察に身柄確保された上に「犯人は僕だ」と自白(?)する始末で、放浪の数学者が拘留の数学者になってしまいました(笑)。私の読んだ講談社文庫版のあとがきで作者は「数学の話が入るだけで読者が辟易するのは容易に想像がつく」と言い訳しながら「少なくないページを数学の話で費やしてしまった」と自白していて、確かに十和田の説明は前作以上に数学的で頭が痛くなりますが数学問題を解けと迫っていない分だけ高田崇史のQEDシリーズの歴史・文学・伝承の謎解きに比べればまだ読みやすいです。前作同様に舞台とトリックに凝った作品ですが、一部の仕掛けは早い段階で気づいているのに肝心な部分は十和田に指摘されるまで(ご都合主義的に)見落としている警察というのはいくら少人数の捜査チームとはいえちょっと不自然感が漂います。まっ、これは名探偵に花を持たせるための演出と割り切るしかないですね。 |
No.2432 | 4点 | シャーロック・ホームズの愛弟子- ローリー・キング | 2021/10/10 23:21 |
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(ネタバレなしです) 米国のローリー・キング(1952年生まれ)はサンフランシスコ市警のケイト・マーティネリシリーズ第1作の「捜査官ケイト」(1993年)でミステリー作家としてデビューしましたが、最も力を入れているのは1994年発表の本書に始まるメアリ・ラッセルシリーズではないでしょうか。夥しい数が書かれているシャーロック・ホームズのパスティ-シュ作品の一つかと思って読みましたが、むしろシリーズ番外編を意識しているように思えます。メアリの1人称で書かれていますがコナン・ドイルの原作に登場するワトソン博士が観察者に留まっていたのとは全く違います。1915年に当時15歳のメアリが54歳のホームズと出会い、名探偵の素質を認められて1918年からはホームズの助手として活躍することになるのです。50歳代のホームズがドイル原作での全盛期とはかなり異なる描写なのは原作ファンから見ると複雑なところで、ホームズ物語ではなくメアリの成長物語と割り切った方がいいでしょう。ミステリー的には冒険スリラーですが、無理にドイル風にしていないのは作品個性としてまあいいとしてもプロット展開も会話も結構回りくどくて読みにくかったです。またいくら犯人当て本格派推理小説でないとはいえ、最重要な人物が集英社文庫版の登場人物リストから漏れているのも残念(これは作者でなく出版社の責任かもしれませんが)。 |
No.2431 | 5点 | 葛登志岬の雁よ、雁たちよ- 平石貴樹 | 2021/10/04 21:39 |
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(ネタバレなしです) 2021年発表の函館物語シリーズ第3作の本格派推理小説です。このシリーズ、岬と鳥を組み合わせた抒情的なタイトルが大変印象的ですが中身がむしろ味気ないぐらいに叙事的なのは依井貴裕の種井理シリーズと共通しているように思います。前半から丹念な捜査が地味に描かれ、シリーズ名探偵役のジャン・ピエール・プラットが本格的に参加するようになりますがこれで謎解きが盛り上がるかと思えばむしろ逆です。というのは彼はもともと殺人事件が起きるよりも前に修道院で発見された白骨死体の謎解きに駆り出されていたのであり、彼の登場で殺人の謎解きが中断されてしまったような展開になるのです。もちろん最後には全ての要素が整理されて筋道が通るのですけど。ジャン・ピエールの説明は過去のシリーズ2作に比べてどうやって真相に気づいたかの推理が不十分に感じられます。真相が非常に複雑難解なので、これでは自分で謎解きを試みたい読者は納得しにくいかもしれません。 |
No.2430 | 5点 | 木曜殺人クラブ- リチャード・オスマン | 2021/10/02 05:27 |
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(ネタバレなしです) テレビの司会者などで有名な英国のリチャード・オスマン(1970年生まれ)が2020年に発表したデビュー作の本格派推理小説です。タイトルからアガサ・クリスティーの「火曜クラブ」(1932年)を連想する人も多いようですが(アン・クレアも「雪山書店と愛書家殺し」(2023年)の中でそのように褒めています)、あちらは短編集でこちらは長編なので読むとまるで違うと感じると思います。謎解きが趣味の老人たちが殺人事件の謎解きに挑戦するというプロットはむしろ米国のコリン・ホルト・ソーヤーの「海の上のカムデン」シリーズの方が親和性あるかも。もっともエネルギッシュに突き進むソーヤーと違ってこちらは実にまったりした進行です。しかも場面の切り替えが多すぎて(100章を超すのです)話の流れに私の頭はついていけず、何度もこの人誰だっけと登場人物リストを確認する羽目になってますますページをめくるスピードが上がりません(笑)。後半になって様々な人間ドラマが浮かび上がり、時に哀愁を漂わせたりしているところが英国でミリオンセラーになった理由の一つかなと思いますが、理解レベルの低い私には謎解きの面白さが焦点ぼけになってしまったように感じました。 |
No.2429 | 7点 | ポー名作集- エドガー・アラン・ポー | 2021/09/23 22:19 |
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(ネタバレなしです) ミステリーの始祖、米国のエドガー・アラン・ポー(1809-1849)のミステリーは「モルグ街の殺人」(1841年)、「マリー・ロジェの謎」(1842年)、「黄金虫」(1843年)、「お前が犯人だ」(1844年)、「盗まれた手紙」(1845年)の5作というのが定説のようです。他にもミステリー要素のある作品はあって、例えばゴシック・ホラーの名作と名高い「黒猫」(1843年)には犯罪小説要素がありますし、ポー自身を語り手にした(そのためかエッセイに分類されています)「メルツェルの将棋指し」(1836年)では実在した自動人形のからくりの秘密を17の不審点を列挙しながら推理する展開が圧巻です。とはいえミステリー好きとしては最低限前述の5作は抑えておきたいところです。しかし私の探し方が悪いのか国内独自編集の短編集が沢山出版されていますが、5作を1冊にまとめたのはなかなか見つけられませんでした。1973年出版の中公文庫版の本書と2016年出版の集英社文庫版の「E・A・ポー」が条件を満たしています。もっとも後者は3編の詩、ポー唯一の長編作品「アーサー・ゴードン・ピムの冒険」(1838年)、果ては未完の作品まで収めて750ページ近い大ボリュームです。ポーの全貌を知りたいならこちらでしょうけど、ミステリーにのみ絞るなら前者。5作のミステリー以外はショート・ショートの「スフィンクス」(1849年)(怪物を目撃して混乱する男を描いたホラーですが何とミステリー的に合理的に解決されます。何で気づかないんだと突っ込む読者多数かも)に「黒猫」に「アシャー家の崩壊」(1839年)とコンパクトにまとまってます。「モルグ街の殺人」は殺人犯の正体や密室トリックに不満を抱く読者もいるとは思いますが、世界初のミステリーということで完成度については大目に見たいと思います。「マリー・ロジェの謎」は重箱の隅をつつくような検証が読みにくい上にすっきりしない締め括りのため5作中では個人的に1番好みでなかったです。「盗まれた手紙」と「黄金虫」は中盤までの展開が回りくどいきらいはあるものの隠し場所トリックや暗号ミステリーの古典として不滅の価値があります。「お前が犯人だ」は多分5作中では1番無名ですけど劇的かつ無駄のない展開で1番読みやすく、現代ミステリーを読み慣れている読者にはミエミエでしょうがミスリーディングの手法が印象的でした。さすがに今のミステリーと同等の面白さがあるとは言えませんけど、先駆者としての歴史的意義と独創性に敬意を表して7点評価はしたいと思います。 |
No.2428 | 5点 | 追越禁止- 笹沢左保 | 2021/09/21 07:09 |
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(ネタバレなしです) 1990年から1991年にかけて「夢心地の反乱」というタイトルで新聞連載され、1991年に「追越禁止」に改題されて単行本出版された夜明日出夫シリーズ第5作の本格派推理小説です。内容的には旧題の方がしっくり来ます。認知症を患っていると思われる老婦人が登場して関係者たちが振り回されます(作中では認知症の代わりにボケとか痴呆症とかの用語が使われていますが書かれた時代を考慮するとこれは仕方ないでしょう)。奇行を繰り返す一方で頭脳明晰としか思えないような言動もあり、本当に認知症なのかそれとも認知症を偽装しているのか夜明も迷い、ユーモアミステリーではありませんけどどこか珍道中の雰囲気があります。ミステリーとして面白いかは微妙ですが、フーダニット(犯人当て)のお決まりパターンにはまらない謎解きプロットが風変わりで、夜明自身の個人問題が解決に寄与するというのが印象的です。最後は果たしてハッピーエンドなのか疑問の幕引きですけど、第三者的立場の夜明にはあれ以上はどうしようもできないでしょうね。 |
No.2427 | 7点 | ヨルガオ殺人事件- アンソニー・ホロヴィッツ | 2021/09/18 22:42 |
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(ネタバレなしです) 2020年発表のスーザン・ライランドシリーズ第2作の本格派推理小説で創元推理文庫版で上下巻合わせて850ページ近い大作です。「カササギ殺人事件」(2016年)と同じくアラン・コンウェイによる名探偵アティカス・ピュントシリーズの本格派推理小説が作中作として挿入され、現実の謎解きと作中作の謎解きの二本立てが楽しめます。しかも本書では作中作の中に現実の殺人事件を解決するヒントがあるらしいという趣向まであります。「カササギ殺人事件」では作中作の見せ方(クライマックス寸前での中断)に個人的にはちょっと不満がありましたが本書は一気に読ませる構成で、これは歓迎です。もっとも300ページほど進まないと作中作は始まらないのですが。本格派黄金時代の雰囲気を漂わせるアンガス・ピュントシリーズは全10作あるという設定なので残り8作を絡めたスーザン・ライラントシリーズを書き続けてほしかったですが、次作の「マーブル館殺人事件」(2025年)でシリーズは終焉です。2作分のアイデアが必要なので作者の負担も大きく、残念ではありますが仕方ないですね。 |
No.2426 | 6点 | スリーピング・マーダー- アガサ・クリスティー | 2021/09/11 17:06 |
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(ネタバレなしです) クリスティー(1890-1976)がエルキュール・ポアロシリーズの最終作「カーテン」(1975年)と共に死後発表用として書いたミス・マープルシリーズ第12作の本格派推理小説で、「カーテン」は結果的に生前発表になりましたが本書は予定通り作者の死後の1976年に遺作として出版されました。執筆されたのは1940年代らしく、作中でシリーズ第3作の「動く指」(1943年)が回想されているのでその後に着手されたのでしょう。新婚のグエンダが新居を購入し、その家で不思議な幻覚を何度も体験しながら失われた幼少時代の記憶をよみがえらせますが、その中にはホールで倒れている女性の絞殺死体の記憶もあったというプロットです。クリスティーが後期によく取り組んでいた回想の殺人で、死体なき殺人でもあります。色々な意味で異色で派手だった「カーテン」と違い、本書は手探り感の強い調査が延々と続いて実に地味だし、シリーズ最終作らしい演出もありませんがミスリードの巧妙さはクリスティーらしいです。これでもう新作が発表されないのは寂しい限りですが学生時代の私がミステリー好き読者になったきっかけをつくった作家の1人であり、いくら感謝しても足りません。 |
No.2425 | 6点 | ぼくの好色天使たち- 梶龍雄 | 2021/09/11 16:39 |
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(ネタバレなしです) 1979年発表の青春三部作の第3作の本格派推理小説です。過去の2作品は主人公が芦川高志でしたが、本書の主人公は全くの別人です。作中時代は刑事がボールペン(まだ輸入品しかなかったようです)を見て驚いている1946年で、まだまだ闇市場が当たり前のように社会に存在しています。登場人物の大半が闇商売と関係しており、脅迫、リンチ、人には言えない過去などが描かれていますが、18歳の主人公の揺れ動く心や周囲の人情も織り込まれているのでハードボイルドほど非情で冷酷な世界にはなっていません。とはいえ通俗性がかなり濃いので読者の好き嫌いは分かれるでしょう(非常に短いながら官能描写もあります)。しかし本格派推理小説としての謎解きは「海を見ないで陸を見よう」(1978年)に遜色ない出来映えと思います。どんでん返しが実に鮮やかで、その後に続く劇的な結末、そして虚しさの残る締め括りと着地が見事に極まっています。 |
No.2424 | 6点 | 津軽富士殺人事件- 高柳芳夫 | 2021/09/10 08:03 |
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(ネタバレなしです) 1986年発表の本書は、海外が舞台になる作品の多いこの作者には珍しく日本を舞台にしています。といっても被害者はドイツ人ですけど。序盤の展開がやや変わっており、主人公である推理小説家の朝見がこのドイツ人を殺そうとします。泳げないはずの被害者を首尾よく弘前城の濠に突き落として犯行に成功したつもりでしたが、何と被害者は全然離れた線路で轢殺死体となって発見されます。朝見の殺人動機説明は簡潔過ぎるし、やってもいない犯行容疑のプレッシャーも弱いです。幻の女トリックも計画的だったのか場当たり的だったのか微妙です。とはいえ最終章ではそれなりに論理的な推理が披露され、偶然のきっかけで解決に向かうが既に朝見の頭の中に推理が出来上がっていたという第14章冒頭での説明はなるほどと納得できた本格派推理小説でした。 |
No.2423 | 5点 | ブラスでトラブル- アリサ・クレイグ | 2021/09/07 06:58 |
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(ネタバレなしです) 1989年発表のジェネット&マドックシリーズ第4作の本格派推理小説と紹介したいところですが本書はマドックの単独活躍作品で、ジェネットは(創元推理文庫版の)登場人物リストにさえ載っていません。それはマドックがオーケストラの演奏旅行中の両親から急に呼び出された時にジェネットが呼ばれなかったためで、マドックは「そんなのおかしいよ」と不満を漏らしてますけど最終章を読むとジェネットが呼ばれなかったのは筋が通っており、ジェネットが呼ばれない理由に思い当たらなかったマドックの方がおかしいとしか思えませんでした。演奏中のオーケストラ団員の毒殺事件があり、さらに移動旅行中に飛行機が嵐のため不時着してゴーストタウンに身を寄せる羽目になるというとんでもない展開になりますが、にぎやか担当が不足しているこのシリーズではどたばた劇としては盛り上がらず(ジェネットがいてもどうしようもないと思いますが)、そのため犯行計画の杜撰さやマドックの推理の論理欠如が目立ってしまったように思いました。 |
No.2422 | 4点 | わざわざの鎖- 佐野洋 | 2021/09/03 17:59 |
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(ネタバレなしです) 1999年発表の短編集で、公園探偵の高梨を主人公とする本格派推理小説の短編が9作収められています。「あとがきに代えて」の中で作者は公園条例に興味をもったのがきっかけで本書を書いたと説明しており、公園探偵(公園トラブルを対処する市職員で、正式な肩書は公園管理課の巡回班長)は作者の創作職業です。発端は公園トラブルでもそれが他の犯罪の謎解きにつながるというパターンが多いです。前半の「わざわざの鎖」から「たき火のあと」あたりまでは高梨がそれなりに推理していますが、後半になると情報提供者としては警察に協力しているものの探偵らしい活躍はほとんどしなくなってしまいます。謎解きとして軽い上に物足りない結末の作品が多いので、ちょっとした時間つぶしに読むぐらいの姿勢がよいかと思います(徳間文庫版で300ページに満たない薄さです)。 |
No.2421 | 6点 | ジャスミンの毒- クライド・B・クレイスン | 2021/09/01 22:05 |
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(ネタバレなしです) 1940年発表のウエストボロー教授シリーズ第9作の本格派推理小説で、Re-Clam版の巻末解説によればクレイスン自身は全10作が書かれたシリーズ作品の中では後期の5作に満足、そしてその中で本書を3位の出来栄えと評価していたようです。これでは東洋趣味と個性的な不可能犯罪トリックで有名なシリーズ第5作の「チベットから来た男」(1938年)の立場がないですね(笑)。2人の男の決闘(未遂に終わる)という風変わりなプロローグで幕を開け、香水会社を舞台に新開発の香水の命名を巡る議論と中毒事件が続きます。毒殺未遂を訴える社長から殺人を防ぐよう求められるウエストボローという図式は(後年の作品ですが)パトリシア・モイーズの「死の贈物」(1970年)を連想しました。香水や毒の成分、花の名前、美味しそうな料理、ウエストボローの文学作品の引用(これは本書に限りませんが)などの多趣味で作品を彩り、様々な人間模様と変化に富むプロットで謎を深める工夫は「チベットから来た男」とは異なる魅力です。後半に高圧的な警官(首席保安官)を登場させて容疑者と火花を散らしたりウエストボローを侮辱したりしているのも終盤に至る盛り上げ策として効果的だと思います。 |
No.2420 | 5点 | 稀覯人の不思議- 二階堂黎人 | 2021/08/29 23:22 |
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(ネタバレなしです) 2005年発表の水乃サトルシリーズ第6作(学生サトルシリーズ第3作)の本格派推理小説です。20世紀最高の漫画家・手塚治虫のマニアの1人が殺される事件を扱っていますが、私は普通に入手可能な漫画本しか読んでいないので本書で紹介されるコレクター垂涎の珍本の数々(一部は実存しない架空の作品のようですが)にまるで馴染みがないのが残念です。マニア(コレクター)の熱意はそれなりに伝わって来ましたけど。個人的に感心できないトリックに依存している謎解きも残念です。良くも悪くも簡潔な文章で読みやすい作品のためか、安易に反則ぎりぎりに走っているように感じてしまいました。 |
No.2419 | 5点 | 新米フロント係、探偵になる- オードリー・キーオン | 2021/08/27 23:53 |
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(ネタバレなしです) アメリカの女性作家オードリー・キーオンの2020年発表のデビュー作であるコージー派ミステリーです。作中時代は現代ですが主要舞台はかつて鉄道王だったモロー家の屋敷を改装したホテル1911です(宿泊できる部屋は11室しかありません)。主人公のアイヴィー・ニコルズはモロー家の末裔という設定で、フロント係として働きながら祖先のことを知ろうとしていますが、宿泊客の1人がアレルギー中毒によって死亡したかのような事件が起きます。シェフのジョージの手落ちと疑われると心配したアイヴィーがにわか探偵として立ち上がるプロットです。多くのコージー派では主人公の捜査を助ける人がいるのですが、本書はアイヴィーがほとんど1人で奮闘しています。もちろんとんとん拍子とはいかない上に捜査も推理もかなり強引で、犯人の目星がついているわりには(解決を急ぐ理由があるとはいえ)不注意な行動で危険な目にあったりしています。コージー派としてはユーモアや明るい要素が少ないですが、といって深刻な雰囲気もそれほど強くなく個性に乏しい作風に感じます。 |
No.2418 | 5点 | 春信殺人事件- 高橋克彦 | 2021/08/24 09:03 |
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(ネタバレなしです) 1991年発表の塔馬双太郎シリーズ第7作で鈴木晴信の浮世絵を軸とした本格派推理小説ですが、「写楽殺人事件」(1983年)、「北斎殺人事件」(1986年)、「広重殺人事件」(1989年)の浮世絵三部作の仲間入りして浮世絵四部作とならなかったのは三部作の主人公である津田良平が登場しないからでしょうか?塔馬が津田を回想する場面はありますけど。本書での塔馬の登場は中盤からで、全体を通しての主人公は行方知れずの美術品の「捜し屋」である仙堂耿介です。研究家の津田と違ってハードボイルドの私立探偵風ですがかつては浮世絵研究家の道を歩いていたという設定で、研究家を断念したことへの未練も引きずっています。国内よりも海外の方が高く評価している春信作品の真贋を巡る謎解きで、捜査はアメリカにまで及びます。日本人ばかり登場するのでアメリカの雰囲気は感じられない描写ですが。殺人の謎解きがほとんど脇に回っているのは浮世絵三部作と同じで、特に本書ではちょっと凝ったトリックが使われているだけに犯人当てとして中途半端な着地になっているのがもったいないと思います。浮世絵議論についても芸術性より市場相場の話が中心なのでわかりやすいといえばわかりやすいですが、美術ファン読者からすると物足りないでしょうね。 |