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miniさん
平均点: 5.97点 書評数: 728件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.488 5点 進化した猿たち- 評論・エッセイ 2013/08/09 09:57
ちくま文庫から「真鍋博のプラネタリウム 星新一の挿絵たち」が刊行された、元々は新潮社だったのだが復刊かなぁ、ちくま文庫は時々こうした埋もれた他社本の復刊という有意義な仕事するからねえ
イラストレーター真鍋博とミステリーとの関係は深い、名前を初めて聞いたなんてのはクリスティファンだったら失格である
現在の早川では”クリスティ文庫”というちょっとトールサイズな版型になっているが、旧版では御馴染み赤い背表紙の普通の文庫サイズだった
その旧文庫版クリスティー作品のカバーイラストのほとんどを担当していたのが真鍋博氏である
読者によっては現行”クリスティ文庫”のカバー表紙よりも真鍋氏のクールなイラストの方が良かったという意見も有ろうが、う~ん、私は”クリスティ文庫”の実写真の表紙もムードが有って好きだけどなぁ

真鍋氏は本来はミステリー畑よりもSF畑の人で、特に星新一とのコンビネーションは有名で、星新一の魅力は真鍋氏の挿絵との相乗効果を無視出来ない、星氏のショートショートもいつか書評したいものだ
しかし今回はイラストレーションという分野に重点を置きたいのでこれにした、ミステリーとは関連は薄いが、周辺関連書という意味合いで今回は御容赦を
「進化した猿たち」はアメリカの一コマ漫画の収集家でもある星氏が監修したもので、アメリカの一コマ漫画を分類解説していて作家ではなくコメンテーターとしての星氏のセンスが見える
私はそれまで知らなかったのだが、アメリカの乞食を描いた風刺漫画では、座った乞食の前に空き缶に入った鉛筆を描いた図がよく用いられる
物乞いという行為は当然の如くアメリカでも軽犯罪法に引っ掛かるのだが、つまり筆記用具を路上販売しているという名目で警察官の目を逃れるというわけだ
だから施しをする人も心得ていて、小銭を空き缶に入れても鉛筆を持っていってはいけないのである

No.487 6点 聖女の遺骨求む- エリス・ピーターズ 2013/08/06 10:01
* 1913年生まれ、つまり今年が生誕100周年にあたる作家を漁る、その第1弾エリス・ピーターズの4冊目

大河歴史ミステリー修道士カドフェルシリーズの第1作目が「聖女の遺骨求む」である
しかし実はこの第1作目はシリーズ入門にはあまり適していない
第2作目「死体が多すぎる」以降ではスティーヴン王と女帝モードとの抗争が中心的時代背景になっているのだが、この第1作目だけはそうではないのだ
さらにはシリーズを通じてカドフェルの盟友として活躍するヒュー・べリンガーが初登場するのも第2作目である
つまり第1作目「聖女の遺骨求む」はどちらかと言えばシリーズ番外編的性質の作なのであって、しかも宗教談議に終始する内容など初めてシリーズに接する読者には分り難い面が有る
このシリーズを最初に読むのなら「聖女の遺骨求む」は後回しにして、まず2作目から入るのを私はお薦めしたい、「死体が多すぎる」の方が冒険アクションシーンもあったりで楽しめるしね
ただし話題の関連的にはシリーズ中期の「憎しみの巡礼」の前までには読んでおいた方がいいかも知れない、でも第1作目は読まないままでもあまり差し支えは無い、他のシリーズ作とは直接には話が繋がってないしな

私が読んだ範囲ではこのシリーズは大きく分けて3つタイプが有ると思う
1つ目はいかにも大河歴史ロマン的で戦闘シーンなども満載な動的なタイプ、上に挙げた「死体が多すぎる」や「氷のなかの処女」「死者の身代金」などがそう
2つ目は民間の事件を中心に据えた比較的に地味で静的な話で普通の本格派っぽいもの、「死を呼ぶ婚礼」などもそうだが中でも「聖域の雀」はその典型
3つ目が特に宗教的要素の強いもので前回書評した「憎しみの巡礼」もそうだがシリーズ第1作「聖女の遺骨求む」はまさにこのタイプである

No.486 6点 憎しみの巡礼- エリス・ピーターズ 2013/08/02 09:58
* 1913年生まれ、つまり今年が生誕100周年にあたる作家を漁る、その第1弾エリス・ピーターズの3冊目

今回も前作に引き続いてスティーヴン王と女帝モードとの抗争が大きく影響する話になっている
スティーヴン王はまだ幽閉状態で、女帝モードはロンドン入城も間近な情勢で戴冠式の為にロンドン市民を説得中である
女帝モード側の諸侯の部下が使者としてシュールズベリにやってきたが、その人物とは?「氷のなかの処女」で初登場したあの人物なのだ
前作「死者の身代金」では「死を呼ぶ婚礼」に登場したあの修道女が再登場したりと、シリーズの展開も面白くなってきたぞ、前作あたりからシリーズも充実期に入ってきたようだ
この「憎しみの巡礼」では解説にもあるが、いろいろな事件が小出しに起きて前半は何がメインの事件なのかはっきりせず、それらが終盤にどのように結び付いて収束するのかという、シリーズの中ではちょっと変わったパターンだ
少々残念なのはネタバレ気味の題名もあって、なんとなくこういう真相なのでは?と読者も予想し易い
前作「死者の身代金」の出来が良過ぎたので比較するとこの位の点数かなぁ

ところで「憎しみの巡礼」には奇跡を起こす聖女の遺骨の話が中心テーマになっているが、これはシリーズ第1作「聖女の遺骨求む」のあの遺骨なのだ
したがってシリーズ第10作目「憎しみの巡礼」を読む前に1作目「聖女の遺骨求む」と6作目「氷のなかの処女」は読んでおく必要が有る
「聖女の遺骨求む」はシリーズ第1作目ではあるが、話の流れ的には後回しでもいいと私は再三言ってきたが、この「憎しみの巡礼」だけは別、この作までには第1作目も先に読むべきだ

No.485 6点 カーデュラ探偵社- ジャック・リッチー 2013/07/29 09:54
発売中の早川ミステリマガジン9月号の特集は、”魅惑の宝塚/作家特集ジャック・リッチー
噂ではリッチーの新短編集が11月頃に刊行予定という情報も

リッチーの2大シリーズ・キャラと言えば、とぼけた刑事ターンバックルと、夜間しか営業活動しない謎の私立探偵ド・・・じゃなくてカーデュラである
個人的にはターンバックルものの方が好きなんだけど、藤原編集室や出版社の方針で、ターンバックルものは短編集の中に2~3編挿入して面白いという考え方で特化した短編集は出さないという事らしい
一方のカーデュラものは短編総数が8作くらいで限られているのと、シリーズとして内容に比較的統一感が有る事から、1冊に纏め易いという判断が有った様だ
ただし統一感という意味ではシリーズ第1作「キッド・カーデュラ」だけは番外編で私立探偵に転身する前の話である
おそらくは単発として書かれたのだが、設定を探偵に変えればシリーズとして使えそうだと判断したのだろう
カーヂュラもの全編だけではちょっと分量的に足りないので、河出文庫版ではノンシリーズ短編を数編追加収録している
kanamoriさんの御書評に私も同感で、この巻でのノンシリーズ短編は作者比でちょっと質的に落ちる印象は有るなぁ
やはりこの巻のメインはカーデュラなので、ノンシリーズ短編はあくまでも”追加のおまけ”という扱いで、若干傑作とは言えないものを意図的に選んだのではないかなぁ

ところでAmazonでの「クライムマシン」でのレヴューの中に、ノンシリーズは良いけどシリーズものが余計みたいな意見が有って、さらに”カーデュラはまずまずだがターンバックルはあまり好きでない”という意見が有った
実は他のネット書評でもターンバックルものには好意的ではない意見が散見されるのが私としては残念、あのとぼけた味わいは作者の持ち味が出てると思うんだけどな

No.484 7点 クライム・マシン- ジャック・リッチー 2013/07/26 09:57
昨日25日発売の早川ミステリマガジン9月号の特集は、”魅惑の宝塚/作家特集ジャック・リッチー”
女性の現編集長に変わってからミスマガの傾向が変わったとは思っていたが、とうとう宝塚かよ(笑)
何の関連が?と思ったら、どうやら「ルパン最後の恋」絡みなんだな
怪盗ルパンの真正最後の作品として昨年に未発表原稿が発見された「ルパン最後の恋」は、今年既に早川文庫で刊行済だが、後を追うように明日27日も創元文庫版が予定されている
宝塚では月組公演として月組トップスターがルパンを演じるのだそうだ、まぁたしかにホームズより怪盗ルパンの方が宝塚向きだしな
国内作品で宝塚がテーマの作品て有るのかねえ?どなたか御存知でしょうか?
TVの2時間ドラマでさ、元宝塚っていう設定の女探偵って無かったっけ?主役候補の女優なんて天海・真矢とかそれこそいくらでも居そうだが
さてもう1つの特集はジャック・リッチー

リッチーの代表作的短編集「クライム・マシン」はそれまで大長編が有利と言われていた”このミス”を短編集で海外部門1位を取った初めての作だ、それも重厚長大とは対極の”軽さの極み”みたいな短編集だもんね
軽妙洒脱な短篇作家だとヘンリー・スレッサーなども居るが、リッチーはスレッサー流のアイデアとツイスト勝負な作風とはまた一味違う
一番らしいなと思うのは、読者には裏事情はミエミエなのだが、作中登場人物が全く気付いていない可笑しさだ
中でも「旅は道づれ」とかターンバックルものの「縛り首の木」なんて爆笑もので、お前ら早く気付けよ、と思わず忠告したくなる〈笑)
そんな読者の心理を逆手に取った「エミリーがいない」みたいなのも有るが
個人的にはちょっとリッチーらしからぬ重厚さが異色の「デヴローの怪物」なんかも好きだな

ところでkanamoriさんも述べられているように、当初”このミス”1位を採った時は晶文社版だったのだが、河出文庫への文庫化に際して収録作が一部変更された
探偵カーデュラもの数編をカーデュラシリーズ中心で纏める為に省き、代わりにノンシリーズ短編数編と入れ換えている
次回はカーデュラの短編集も書評せねばならんな

No.483 4点 死の殻- ニコラス・ブレイク 2013/07/23 10:01
明日24日に論創社からニコラス・ブレイク「短刀を忍ばせ微笑む者」が刊行予定、毎度論創だから書店の取次ぎにバラツキが有りそうだが
森事典によると今回の新刊は未訳で残っていたシリーズ第5作で、シリーズ探偵ナイジェル・ストレンジウェイズの夫人が活躍するスリラー長編らしい
ちなみにこの夫人は第2次大戦時の空襲で亡くなり戦後に新たな彼女が出来る設定なのだが、作者ブレイク自身も2度結婚しており、再婚した夫人との子供がスピルバーグ監督『リンカーン』でのアカデミー主演男優賞俳優ダニエル・デイ=ルイスである

ナイジェル登場のシリーズ第2作が創元文庫の「死の殻」だ、しかしこれはやはりシリーズ初期の作っぽいなぁ
良く纏まっているし完成度は高いので決して習作ぽさは無いのだが、正直言って面白くも無かった
どちらかと言えばオーソドックスな本格を求める読者には合いそうではあるが、私がブレイクに期待するものが欠けているのだ
何たって「野獣死すべし」「殺しにいたるメモ」の2大名作を持つブレイクである、「死の殻」みたいな正攻法真っ当過ぎる本格を読まされてもなぁ
「死の殻」ってたしかに人物造形などは流石と思わされるのだが、プロットや根本の
仕掛けがアマチュア臭くて嫌なんだよなぁ
”館もの”みたいな舞台設定も全く気に入らない
探偵役ナイジェルの描写も中期以降の作に比べて何か俗っぽくて、と言うか全体に悪い意味で黄金時代本格の影響を引きずっている感じだ
逆に言えば、何かと言うと黄金時代本格の観点で評価したがるタイプの読者には、「野獣死すべし」みたいなものよりこちらの「死の殻」みたいな方が合うかも知れない
おそらくは「野獣死すべし」よりも「メリーウィドウ」とかこの「死の殻」の方を高く評価する読者というのは、本格派に対して一定の理想的な形式を求めるような、つまり型破りなものを嫌うオーソドックス至上主義なタイプの読者なのだろうと類推する
まぁ私はそういうタイプの読者じゃなくて、様式美が嫌いで作者個々の個性を重んじる主義なので

No.482 5点 オランダ靴の秘密- エラリイ・クイーン 2013/07/19 09:56
明日20日に創元文庫から「オランダ靴の謎」の新訳版が刊行予定
創元では中村有希の訳で国名シリーズの新訳版切り替えが着々と進行中でありその一環だ、もっとも私は旧井上勇訳のヴィヴィッドな感じが嫌いじゃないんだけどね(笑)

何かと言うとロジックロジックとそれだけが強調されがちな国名シリーズだが、そもそも私はミステリー小説に於いてロジックなんて最重要だなどと思った事が無い
特に書評するにあたって、ロジックの巧拙だけが評価点数での要素の全てみたいな書評は自分では絶対にしたくない、様々な要素から総合的に判断したいのである
それよりもシリーズ初期では当時のニューヨークの社会風俗への活気の有る描写の方が見逃せない
クローズドサークルとは対照的な、人の多く集まる場所をわざと舞台に選んだと思われるようなね、劇場、百貨店、病院、競技場etc、
「エジプト十字架」は大都会が舞台じゃないがオープンスペースな舞台だし、国名シリーズじゃないが「X」だって公共交通機関揃い踏みだったし
そう考えると「シャム双子」や「Y」みたいな館ものというのはむしろ異色作なんじゃないかと、例えば「ギリシア棺」などは公共的舞台じゃないけどあれは館ものとはちょっと違うしな

「オランダ靴」は病院が舞台、ミステリー小説での病院の扱われ方ってさ、暗く怪しい雰囲気というのが古典時代の作には多かった
しかし黄金時時代に書かれた「オランダ靴」での病院は実に近代的で明るい、おどろおどろしい雰囲気は感じられない
しかしそれでいて病院という一種独特な異次元世界な雰囲気は良く表現されている、この辺のクイーンの目の付け所は流石
犯人の設定などには「ローマ帽子」などと共通の、まぁクイーン得意の”属性”に依存したもので、動機の平凡さなどを見ても犯人の設定ありきみたいな作で物語に深みは無い
しかし結局のところ選んだ病院という舞台が非常に効果を発揮する結果となったのだろう

No.481 9点 太陽がいっぱい- パトリシア・ハイスミス 2013/07/16 09:56
* 1913年生まれ、今年が生誕100周年作家を漁る、その第3弾
今回は番外編として作家じゃなくて映画監督で、仏のルネ・クレマン監督も生誕100周年である

『禁じられた遊び』などで有名なルネ・クレマン監督はミステリーとの関わりは深く、例えば『雨の訪問者』は小説が原作ではないが脚本はセバスチアン・ジャプリゾだ
しかし何と言ってもクレマン監督と言えばアラン・ドロン主演の『太陽がいっぱい』だろう、そしてその原作がパトリシア・ハイスミスの「リプリー」である
一度書評済なのだが例のデータ消失の時に消えた1つなので復活
ハイスミス唯一のシリーズキャラが5作に登場するリプリーで、その記念すべきシリーズ第1作目がこれ
ハイスミスの特徴である、痛い虫歯をわざと突っつくようなマゾ的快感が存分に発揮された名作だ

No.480 6点 メリリーの痕跡- ハーバート・ブリーン 2013/07/12 09:56
来る15日は”海の日”である、今年はカレンダーの曜日配列の都合でいつもより一週間近くも早いが、気象天候って上手く辻褄合わせるもので梅雨明けも例年に比べて早かったから、結局のところ海の日には梅雨明けしてるわけだねえ
”海”と言えば”船”、そこで私的読書テーマの1つ船上ミステリーである(強引だぁ-苦笑)

ハーバート・ブリーンと言えば「ワイルダー一家の失踪」などで不可能興味とオカルティズムによってカーの後継者と言われがちな作家である
この”カーの後継者”という称号は、当時の乱歩がその手の作家を探していた時期に丁度良い頃合で登場したが為に貼られたレッテルらしく、ここにも乱歩の悪影響が・・
当時の日本の本格主義読者をがっかりさせた要因としてよく言われるのが、トリックの陳腐さとオカルティズムの中途半端さである
トリックの陳腐さはまぁ大目に見るとして、オカルト現象が雰囲気作りに全然寄与していないのが一番の欠点かも知れない
しかしである、もしかしたら作者がオカルト要素を入れるのは最初からおどろおどろしい雰囲気を醸し出そうという気がないのかもしれない、わざわざ舞台を大都会に置いている作も有るようだし

さてそこで「メリリーの痕跡」である、これは初期の探偵役レイノルズ・フレイムに代わって雑誌記者ディーコンを探偵役に据えた第2作で、後期と言うより作者のミステリー長編最終作でもある
アメリカン本格にしては元々デビューも40年代後半と遅いブリーンだが、「メリリー」は1960年代の作で、最早黄金時代本格の流れで見るのは不適当だろう
予知能力というオカルト現象も扱いながら、それを怪奇色には全く使おうとしない姿勢、そして何より都会的で洒落た会話の連発
これだよな!ハーバート・ブリーンという作家の本来の資質はね、こういうのが書きたかったんだろうな
ちなみに重要な登場人物メリリー・ムーアは、当時のセクシー系人気女優で、最初は端役からスタートし、っていう設定
そうですモデルはマリリン・モンローです

No.479 6点 ソープ・ヘイズルの事件簿- V・L・ホワイトチャーチ 2013/07/08 09:53
ホームズのライヴァルたちの1人で論創社版
本来ならかつて創元がライヴァルたちの企画をやった時に入れてもおかしくなかった「ソープ・へイズル」だが、外れた理由は1つにはメジャークラスに一歩足らなかったのもあるのだろうが、最大の理由はこれかなぁ
当サイトでkanamoriさんも述べられてますが、実はこの短編集の中でソープ・へイズルが登場するのは3分の2ほどで残り3分の1はノンシリーズなのである
ところがそのノンシリーズ短編も全て鉄道が絡んでいるので、翻訳刊行するならノンシリーズまで全部入れないと価値が無いし、それだと創元の企画と合わなくなってくるのだ
でも年月を経て他社とは言え全編翻訳されたのは良い事だ、ただノンシリーズも含まれているのだから、短編集全体でのタイトルは原題通り『鉄道スリル物語』みたいな題にすべきだったんじゃないかなぁ

まず先に短所だが解説でも指摘されている通り人物描写である
それも内面的な性格描写以前にそもそも外面的描写すら極めて乏しい、人物などは記号でもいいなどと主張するタイプの読者には合うかも(笑)
とにかく外見に関しては服飾などの描写が殆ど無く、作者は聖職者なので普段から聖衣を着ていたからなのか?余程ファッションには興味が無かったのであろう
長所としてとにかく感心するのは一編の例外無く話に鉄道が絡んでいる事だ
それも我が国によくある時刻表トリックみたいなものではなく、そうかと言って犯罪現場がただ単に列車内だったというのでもない
列車の運行に関するもの、列車の構造が絡むものなど、鉄道マニアが喜びそうな話が多い
事件の方も、殺人から失踪・盗難、さらにはスパイ工作、探偵側から仕掛けるものなど多種多様、中には犯罪とは無関係の人情話まである
それでいて全てが”鉄道”という一点で統一されており、ホームズのライヴァルたちの中でも異彩を放つ
何となくなんだが、日本だと大阪圭吉あたりが鉄道マニアだったらこんなの書いたんじゃないかなと思わせるものがある

No.478 7点 骨董屋探偵の事件簿- サックス・ローマー 2013/07/05 09:54
ホームズのライヴァルの1人で創元文庫版
サックス・ローマーと言えばたとえ読んだことは無くても、”あぁ、東洋の怪人フー・マンチューの作者ね”、くらいは知ってる方も居られると思う
たしかに怪人フー・マンチューは作者の代名詞みたいなキャラだが、しかし作者ローマーは意外といくつかの複数のキャラを創造していて、中でも目利きの評論家の間で最も評価の高いシリーズが”夢見る探偵モリス・クロウ”だ
解説にも有るが、かのセイヤーズがその評論の中で並居るホームズのライヴァルたちと並べてモリス・クロウの名を挙げている、ちゃっかりウィムジー卿も挙げてるけど(笑)
セイヤーズもカーも評論活動をしているけど、私は評論家としての目利き度に於いてはセイヤーズに軍配を挙げる
なぜならカーが推す「四十面相クリーク」はつまらなかったからだ、たしかに冒険ロマンをこよなく愛したカー好みだったのは分かる、しかし今読むと「四十面相クリーク」は冒険ロマンという視点で見ても面白とは思えない
一方セイヤーズは長編の作風からは創造し難いが意外と短編ではオカルト色の強い作もあって、セイヤーズがモリス・クロウを好きなのも理解出来る

モリス・クロウの探偵法はユニークだ、犯罪現場にクッションを持ち込み寝てしまう、すると霊感が波動を感じるかの如く被害者の心象風景が夢の中に投影され、娘イシスの力を借りて写真の現像のように定着させるのだという
という事は探偵が論理によって解明するわけではない、夢によってサジェストされるんだから
こう書くと、”なんだ推理で謎が解かれるんじゃねえのか、つまんね”、などという先入観しか持てなかった方、それは視野が狭いですぞ
探偵は夢で解決するが、ちゃんと読者に対しては謎解きになっているんだな、例えば集中の「象牙の彫像」などは探偵の夢を待つまでも無く、彫像が消えたトリックのからくりは見破れるだろう
特異な探偵法と並んでの特色は不可能興味と濃厚なオカルティズムである
トリック自体は平凡だが、それを装飾する怪奇色溢れるプレゼンテーションが上手いという点では、他のライヴァルたちの中では思考機械を思わせるものがあり、思考機械にもっとオカルト色で濃厚に脚色したらこんな感じになるんじゃないかな
他のライヴァルだと従来はジェレット・バージェスの神秘探偵アストロに似ていると言われたらしい
しかし解説にも言及されている通り、私も神秘探偵アストロはアンソロジーで1篇だけ読んだが、探偵の紹介時に煽るだけで実際の事件と解明は怪奇色も無く普通だから、”神秘探偵”という肩書きは看板倒れな感が有った
怪奇小説の領域に半分踏み出してしまったW・H・ホジスンの「幽霊狩人カーナッキ」は別格例外とすると、モリス・クロウは私が知る限り最もオカルト色の濃厚なホームズのライヴァルの1人だ

今年は海外古典の翻訳出版の当たり年な感が有るが、その中でも今年上半期に刊行されたものの中では一番の掘出し物かも知れぬ
最後は骨董屋の店内で飼われるオウムちゃんの台詞で締め括ろう
”モリス・クロウ! モリス・クロウ! 悪魔ガアナタヲ迎エニ来タヨ!”

No.477 7点 極大射程- スティーヴン・ハンター 2013/07/02 09:58
先日、扶桑社文庫からスティーヴン・ハンター「極大射程」が刊行された、今日2日の予定日だったはずだが早まったのか?
ああ復刊ね、と思った貴方、解ってませんよ~、”扶桑社文庫”ですよ、扶桑社
そうです、「極大射程」と言えば元々は”新潮文庫”と相場が決まっていたわけで、つまり翻訳者と出版社を変えての新訳再登場なのだ
「極大射程」については内容の話などよりも、出版社と権利関係の話を抜きにしては語れない

その前にそもそもスティーヴン・ハンターのデビュー作は「極大射程」ではないのである、作者を超メジャー級に押し上げた作ではあるが、あくまでもスワガーサーガというシリーズの第1作なのであって、ノンシリーズ作品を「極大射程」のずっと前から書いている
ノンシリーズ作品は早川も1冊手掛けているが、新潮社・扶桑社それぞれ数冊手掛けていて、新潮文庫「真夜中のデッド・リミテッド」と扶桑社文庫「ダーティホワイトボーイズ」はこのミスにもランキングしている
そこでスワガーサーガであるが、何と扶桑社文庫で出たシリーズ2作目「ブラックライト」は「極大射程」よりも先に日本で翻訳刊行されており、これもこのミスにランキングしている
そして満を持して新潮文庫から翻訳刊行された「極大射程」でついにこのミス1位を獲得したわけだ
ところが不思議な事に、シリーズ2作目以降は全て扶桑社文庫なのに、第1作目の「極大射程」だけが新潮文庫なのだ
扶桑社サイトでの編集者のつぶやきによると、新潮社の権利は期限の無い翻訳権なのだそうだ、無期限というのは大変珍しく、普通は7年とからしいのである、もちろん版権を持つ出版社が期限が来る毎に更新する場合が多いのだろうが
扶桑社としては売り上げ№1の「極大射程」を指を咥えて見ているしかない状況だったわけだ、それが何故?、権利を買い取ったのか?、扶桑社か新潮社の方、このサイト閲覧してたら教えて欲しい
扶桑社の人は、「極大射程」の売り上げについて、何しろ相手は大手だから、と言っていたが、う~ん、それは認識が甘い言い訳だぞ
そりゃ映画化の影響も有るだろうさ、でも最大の要素は邦訳題名の上手さの差だよ
原題はおそらく『着弾点』くらいな意味だろうが、これに「極大射程」という題名を付けた新潮社のセンスの勝利だな
たしかに何だろう?と興味引く題名だよな、遠距離射撃というテーマにも良く合っているし
大体さぁ扶桑社は日本語訳題の付け方がダセえんだよ、例えばさ、コージー派作家マクラウドの権利を創元から引き継いだろ、扶桑社文庫になってから突然にダサい題名になっちゃってさ、あれで創元からのファンが引いた気がするなぁ

で内容なんだけど(苦笑)、これが銃器オタクな面とスリラー小説的要素とのバランスが取れてる名作だった
銃器に関する薀蓄が無かったら平凡でありがちなアクション・スリラーだったろうし、逆に作者の銃器趣味が前面に出過ぎていたらつまらないヒーロー小説になっていたかも知れない
その辺の配分がぴったり嵌ったのだろう
また読む前の先入観なんだけど、手掛けているのが扶桑社と、そしてもう1社が大手出版社の中でも政治思想的に右寄りと言われる新潮社だけに、そんな感じなのかなと思っていた
しかし全然右翼っぽくないんだよな、いやむしろ逆みたいな

No.476 8点 フロスト日和- R・D・ウィングフィールド 2013/06/28 10:01
本日28日に創元文庫からフロスト警部シリーズ「冬のフロスト」が刊行される、「フロスト気質」以来5年ぶりの翻訳新刊である
夏本番も近いというのに冬ってのが笑えるが、第1作・2作目も寒い時期の季節設定なんだよね、作者の好み?
この「冬のフロスト」でもって未訳作は残り1作かぁ、なにしろ寡作な作家だからねえ
※ 当サイトに半月も先の刊行予定作品が登録されたりする割には、「冬のフロスト」は未だに登録されていないね、原著と翻訳本は別だし、本格じゃなくて警察小説だからかな?

シリーズ第1作「クリスマスのフロスト」に続く第2作目が「フロスト日和」である、若干ページ数も増えたが、それだけでなく第1作目とはちょっと違いがある
「クリスマスのフロスト」でも同様のモデュラー型の形式は採っていたのだが、何となく各事件に軽重が有るというか、明確ではないにしてもメインの事件とこれはサブの事件だなってのが感じられた
これがどうも中途半端感有ったんだよなぁ、いっその事はっきり1つの事件をメインに据えた方がスッキリするんじゃないか?的な
ところが「フロスト日和」では、浮浪者殺人、連続強姦魔、少女失踪、轢き逃げ、強盗、古金貨盗難事件など数多い事件が起こりながら、この事件がメインだというのが無い
前半だけ読むと一応は森の連続暴行強姦魔事件がメインなのかと思わせるが、中盤は少女失踪や轢き逃げ事件なども侮りがたく、終盤では浮浪者殺人事件が意外な重みを持ってくる
とにかくこれだけ多くの事件が発生しながら、それらは全て公平に取り扱われるのだ
どうやらシリーズ第2作にして方向性が完全に固まったようだ、これはまさにモデュラー型警察小説の極致である
しかもそれぞれは、マクベイン流の完全な独立した事件ではなく、各事件の絡ませ方の匙加減が実に見事なのだ
逆にもちろんミッシングリンク型のように1点収束タイプではない、それぞれの各事件は上手く関連しながらそれでいて独立している
読者によっては同一犯のミッシングリンクものの方を好むかもしれないが、もし「フロスト日和」を1点収束型として書いたとしたら全然面白く無いと思う、各事件が基本は独立しているからこそ良いのだ
各事件が独立していながら関連もしている絶妙なバランスの上で成り立つ見事なプロット、それこそがこの作品の価値だ
さらにもう一つ「クリスマスのフロスト」との違いは、視点となる降格された元警部の存在で、前作では第3者的視点でのフロスト警部への描写が多かったが、「フロスト日和」ではこのワトスン的な人物の配置によってさらにフロストの存在が際立ってる、どこまで上手いんだこの作者
これは間違いなく前作「クリスマスのフロスト」を上回る名作だろう

No.475 5点 幻想と怪奇 おれの夢の女- アンソロジー(国内編集者) 2013/06/25 09:59
本日発売の早川ミステリマガジン8月号の特集は、”幻想と怪奇 天使と悪魔”
毎度ミスマガ夏号恒例の企画だが今年は”天使と悪魔”という副題が付いた、でもダン・ブラウンとは全く無関係

便乗企画は当然に早川文庫全3巻のアンソロジー、『おれの夢の女』はその内の第3巻目に相当する
第1巻と2巻はミスマガの特集の度に書評してきたが文庫のはこれが最後、古典作品中心のポケミス版は1冊持ってるのでまたの機会に
この文庫版だがどうも仁賀さんの編集は分り難い、基本は40年代以降のいわゆる異色作家短編作家達を中心にというのは明白なんだけど、そういう意味じゃなくて、例えば1作家1作品じゃないんだよね
あぁもちろん1つの巻では1作家1作品の原則なんだけど、他の2巻に跨って2作3作と採用されている作家も有り、何かこう1本筋が通ってない感じなんだよね
どうせだったら全3巻通して1作家1作品にして欲しかったな
もう一つ気になったのは、この手の分野としては誰でも知ってるようなメジャー作家と極端にマイナー作家が混在し、中間的存在の作家があまり居ない
メジャークラスには一歩譲るが、さりとて名前位は知っているような必ずしもマイナーとは言えないような作家をあまり採っていない、この点仁賀さんの編集は極端過ぎると思う

さてこの第3巻だが、他の2巻よりもオールスターキャスト
ブラウン、デイヴィッドスン、ブロック、ハートリイ、カーシュ、ブラッドベリ、コリア、ボーモント、マシスン、と並べればまさにこれ1冊でホラー系の異色短篇作家入門書だ
惜しむらくは第1巻同様に特筆するような作が無く内容的に第2巻目に比べ若干劣る気がする、印象では全3巻の中では第2巻『宇宙怪獣現る』が一番優れている感じがした

収録作で2作ほど個別に言及すると
ブラッドベリの収録作はメルヘン風ファンタジー作家としての作風しか知らない読者は驚くんじゃないかな
ブラッドベリって意外とダークでブラックでグロい作品が有るよね、ホラーでは有ってもブラッドベリをミステリーからは範疇外などという見方は完全に間違いだとよく分かる
もう1人はシリア・フレムリン
ドメスティックサスペンスの女王という先入観の人が多いだろうが、創元文庫から3冊出ている内の1冊は短編集で、短編だと長編とは違うイメージの作品を書くんだなと思った

No.474 4点 チャーリー・チャンの活躍- E・D・ビガーズ 2013/06/24 09:57
本日24日に論創社からE・D・ビガーズ「黒い駱駝」が刊行される、毎度論創のことだから全国的には取り次ぎにバラツキがあるかもしれない
「黒い駱駝」は別冊宝石で抄訳があったが、過去の抄訳の完訳も最近の論創社の一環らしいので、その線に沿ったものだろう
ただ私としてはその方針には賛否両論ある
その抄訳だったものが当然に訳されるべき性質の作品だった場合は論創の方針を称えたい
しかしだねえ、当該作品が権威者の好みで過去に訳されたものとか全く重要度に欠けるものなど完訳復刊するだけの意義に欠ける作品の場合は、そのまま埋もれさせておけばいいのではと思われるものも無くはない
過去の抄訳を何でも完訳復刊せよ、みたいな風潮には私は必ずしも賛成出来ない、やはり作家・作品によりけりだと思う
出版社がそっちに気を取られて、もっと目を付けるべき未訳作への注目が疎かになってしまう危惧もあるのだ
「黒い駱駝」などはまぁよくやってくれた部類ではあるかな
チャーリー・チャンシリーズ長編は全部で6作しか無いが、「黒い駱駝」は第4作目で、第3作「チャーリー・チャンの追跡」と第5作「チャーリー・チャンの活躍」の間に位置する
第6作目その名も「チャーリー・チャン最後の事件」も論創社が手掛けており、中古市場でも入手容易な創元文庫版の「追跡」「活躍」と合わせて第3~6作は簡単に読めるようになった
残りは初期の2作だ、どこがやる?

さてシリーズ第5作目「チャーリー・チャンの活躍」は一種の船上ミステリーなので、私的読書テーマとも合致する
ただし出来映えとしては「追跡」よりもかなり落ちる
まず良くないのが、世界一周観公団、という設定が魅力的な割にはあまり活かされているとは言えない、これは例の森事典でも指摘されていたが、観光という部分にもう少し筆を費やしてもらいたかった
また作者の狙いだったのかも知れないが、チャン警部が後半にしか登場せず、あっさり事件を解決して終りなのが物足らない
「追跡」ではチャン警部の人物描写や捜査場面が濃厚に描かれており、題名的には「追跡」の方がはるかに”活躍”している
このチャンの人物像というのがシリーズの大きな魅力なので、出来れば前半から登場してもらいたいキャラクターだ
やはり創元文庫の2冊では、「追跡」の方がはるかに代表作に相応しい

No.473 4点 そして誰もいなくなった- アガサ・クリスティー 2013/06/21 09:55
本日21日に創元文庫からエリック・キースの「ムーンズエンド荘の殺人」が刊行される
創元では28日にも「幽霊が多すぎる」のポール・ギャリコの珍しいミステリー作品の刊行が予定されており、一部の同じ読者が両方買うんだろうな
エリック・キースという作家名は初耳だが、内容からして本格マニアが高じて書いたって感じの新人アメリカ作家かも知れない、少なくとも埋もれてた幻の古い作とかでは無く現代作家な事は間違い無いようだ
創元の紹介サイトの要約だと、探偵学校の卒業生数名の元に校長の別荘での同窓会への招待状が届く、舞台は雪の山荘、唯一の外部との連絡通路は吊り橋のみ
そして読者の期待通り?に吊り橋が何者かに爆破されクローズドサークルに、お約束の密室や不可能状況での連続殺人発生という内容らしい
うひゃ~、絵に描いたような”雪の山荘テーマ”だぁ~
売れてない日本の新本格作家のゴーストライトの英訳じゃないかと疑いたくなるような展開だ~(笑)
きっとこういうの待ってました、って読者が多いんだろうな
何しろ私はクローズドサークルとか館ものお屋敷ものという舞台設定に全く魅力を感じない読者なので、当分は手を出す気持ちは無い
そりゃブックオフで100円になったら購入してもいいが、それまで積読どころか多分入手すらしないと思う
ところで原題は『9人の男達の殺人』である、9人という人数に何か仕掛けが有るのかは分からないが、人数が9人と10人という違いは有るにしても、「ムーンズエンド荘」は「そして誰もいなくなった」を念頭に書かれているのは間違いないと思われる
創元サイトの紹介では、”雪の山荘版「そして誰もいなくなった」”とのことだ

その本家「そして誰もいなくなった」を読んだのはずっと前だが、私にとっては何の思い入れもない作なので積評(造語です、はい)のままだったのでこの機会に
この作は1939年だから古典としては案外と決して古くない、既に本格黄金時代は衰退してサスペンス風に移行しつつあった時代である、このような作品が書かれる土壌は出来ていたという事なのだろう

No.472 5点 水時計- ジム・ケリー 2013/06/17 09:57
* 4作限定私的読書テーマ、時計シリーズ最後の第4弾はジム・ケリー「水時計」

ジム・ケリーは英国の現代本格派作家らしいのだが詳しい事は不明
作風的には警察小説風だが主人公が新聞記者なので、形式的な分類上はやはり現代本格という事になるだろう
「水時計」はあの「ナイン・テイラーズ」へのオマージュ作だそうである
うんたしかに教養を感じさせる文体といい登場人物の設定などにそう思わせる要素が無くは無い
ただこの真相は極めて現代的だ
いや別に現代本格としてはこれでいい、いいんだけどさ‥
もしかすると「ナイン・テイラーズ」をリスペクトするからといって、現代を舞台にするなら敢えて同系統の真相にせずに現代的な真相に持っていったのかもしれない
だとすれば気持ちは分からんでもないんだけど‥
でもなぁ
セイヤーズを一切念頭から外して見れば、普通に佳作である
でもやはり「ナイン・テイラーズ」を引き合いに出すのなら、リアリティなどは無視して、セイヤーズ風な真相にして欲しかったなぁ

No.471 5点 大時計- ケネス・フィアリング 2013/06/17 09:55
* 4作連続私的読書テーマ、時計シリーズ第3弾は、ケネス・フィアリング「大時計」

おそらくこの「大時計」1作のみで知られるケネス・フィアリングだが、「大時計」はシモンズ選サンデータイムズ紙BEST99にも選ばれていて、映画化もされているらしい
たしかにいかにもシモンズ好みな感じのサスペンス小説である

主人公は偶然に、所属会社の社長が後に殺人が起こる部屋に入るのを目撃してしまうのだが、それを公表出来ない個人的事情が有った
ところが社長から内密に、愛人を殺した犯人を探してくれと相談を持ちかけられる
もちろん捜すべきその対象人物とは自分自身である
つまり主人公は自分で自分を捜査する羽目になったのだ、もちろん捜査対象の人物は犯人ではなく目撃者に過ぎない事は何より自分自身が承知している

といった皮肉の効いた状況設定である、なかなか面白そうなのだが、よく考えるとこの基本設定には無理と言うか主人公がそれほど切迫する理由が無いというのが弱点だ
もちろん警察には言えない事情が有るのは社長同様に主人公もそうなのだが
でも調査依頼をしたのがいくら社長といっても殺人犯だと主人公は確信しており、主人公は単なる目撃者に過ぎない
適当に言い繕って捜査を断るか、今一所懸命捜査しておりますと言い訳だけして実際は何もせず誤魔化してしまえば済むわけで、深刻に悩む問題じゃないかも知れないのだ
だから本来なら大したサスペンスは発生しない感じも有るのだよねえ

No.470 6点 日時計- クリストファー・ランドン 2013/06/10 09:58
* 4作限定私的読書テーマ、時計シリーズ第2弾はランドンの「日時計」

創元文庫に古くから有ったので昔からの読者には知られたクリスファー・ランドンだが、海外の名作リストにもあまり見ない名前だしマイナー作家の1人であろう
日本では唯一「日時計」だけが知られた作品だが、今回読んで見ると、これは一種の冒険小説だよなぁ
ところが昔から一部の本格マニアに読まれる傾向が有って、読んでみたら期待したものと違うみたいな書評をよく見る
一体何を期待してたんだ?それはこの”日時計”という題名にある日時計の原理での場所の推定が本格心を擽るからだろうと思う
しかしさぁ、その手法は読者に向けたパズルでも何でも無いんだよなぁ、別に読者に推理データが与えられているって訳じゃないし単なる捜査手法の1つでしかない、どちらかと言えば主人公ではないある登場人物の特殊能力を活かすエピソードって感じだ
従って本格を期待して読んだら肩透かしだったなんて書評は全くの的外れだろう、どう読んでもこれは冒険小説の一種として捉えるべき作でしょ
ただし冒険小説と考えると、「日時計」は凄く軽妙で正統的な冒険小説の感じがしない、とにかくノリが軽いんだ(笑)
さて冒険小説のサブジャンルに”軽冒険小説”というのが有るかは知らないが、その手のサブジャンル名を付けるとしっくりくる作家群が有る
そもそも”軽ハードボイルド”っていう分野があるんだから、”軽冒険小説”というサブジャンルが有ってもいいじゃないか
軽冒険小説と言えば、そう真先に思い浮かぶのがアンドリュー・ガーヴだ、ランドンの「日時計」ってガーヴっぽいと思ったのは私だけ?
実はガーヴとランドンの両者だが、ガーヴは1950~70年代まで書いているが有名作続出の最盛期は50年代だ
ランドンもあまり書誌が我が国に知られていないが活躍年代が50年代と一致している
これはもしかすると1950年代の英国に、軽冒険小説というジャンルが密かに有ったのかも知れんな
ところがハモンド・イネスはまだ健在で、55年にアリステア・マクリーンが登場してしまって、冒険小説はヘヴィーな本格的王道正統派なものが完全に主流となってしまい、軽冒険小説は大きな潮流に成り損ねたのかも知れない

No.469 4点 死時計- ジョン・ディクスン・カー 2013/06/10 09:57
* 本日10日は”時の記念日”、そこで4作限定で私的読書テーマ”時計シリーズ”で行ってみようか、第1弾はカー「死時計」だ

「死時計」は1935年の作で、この頃は「黒死荘」「白い僧院」「三つの棺」「赤後家」などが書かれており、言わばカーの最も脂が乗っていた時期の作だと言えよう、それだけに「死時計」も作者の熱気と言うのかな、文章にも気合が感じられて微笑ましい
問題はその気合が空回りしいてるんだよなぁ
私は”駄作”と”失敗作というのは分けて考えている
”駄作”と言うのは、当初の狙い自体が良くないというか、作者の技量以前に基本アイデアに拙さがあるものを指すと思う、つまりどう書いてもこのアイデアでは無理があるみたいな
一方の”失敗作”というのは、基本アイデア自体は悪くない、作者の狙いは良く分かるのだけど、作者の技量不足か、あるいはテクニックは有るんだけど惜しいところで的を外したみたいな、一歩違えば名作にも成り得たのに見事に失敗したみたいな作を言うと私的に解釈している
この「死時計」はまさに偉大な失敗作なんじゃないかなぁ
気持ちは分かるんだよね、真犯人の設定、動機、ミスディレクション等々、やろうとした事は理解出来るんだけど、やはり書き方が拙かったんじゃないかと
最大の欠点は、この謎の提示の仕方では一種の犯人の不可能性が全く効果を挙げていない点で、読者は何が謎のポイントなのかを把握し難い、これでは謎が解かれても驚きを感じ得ない
もちろん評価出来る面も有って、例えば最近起きた百貨店での盗難事件の扱いなどは流石に上手さを感じさせる
しかしメインの謎がどういう意味なのか読者に分からないのでは効果も半減だ
やはり最盛期に惜しいところでミスった失敗作以外に適切な評価が見当たらない

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