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[ 本格 ]
百万長者の死
ヘンリー・ウィルソンシリーズ
G・D・H&M・I・コール 出版月: 1950年01月 平均: 6.00点 書評数: 3件

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雄鶏社
1950年01月

東京創元社
1956年01月

東京創元社
1959年01月

東京創元社
1961年01月

東都書房
1964年01月

No.3 6点 人並由真 2020/05/17 13:52
(ネタバレなし)
 その年の11月のある寒い朝。ロンドンのサグデン・ホテルを、元内務大臣で現在は上場企業「英亜商事」の代表であるイーリング卿が訪ねる。訪問相手は、今後の事業の提携相手であるアメリカ人、ヒュー・レスティントンだったが、当人の部屋はすさまじく荒らされ、相手の姿は無かった。ついでホテルの従業員たちの証言で、レスティントンの秘書と称するロシア人、イワン・ローゼンバウムが人間が丸ごと入るような大型サイズのトランクを持って、少し前に宿から出ていたことがわかる。やがてロンドン警視庁から馳せ参じたブレーキ警部が捜査を進めるうちに、レスティントンの意外な正体、さらにイーリング卿とレスティントンの業務構想にからむロシアの過激派共産党の暗躍、いろいろな情報が集まってくるが……。

 1925年の英国作品。
 ……あー、ウィルスン警視ものでは本当は『ブルクリン家の惨事』(これはG・D・H・コール単独の執筆作品なので、本サイトでは「コール」標記の作家カテゴリーに登録)が先か。そっちも持ってるんだから、先にそちらから読めばよかったかも(汗)。

 それで今回、創元社の「世界推理小説大系」版(ミルンの『赤い館』と合本)で楽しんだけれど、これも少年時代に購入して何十年も寝かしてあった積ん読本。ようやっと読んだのだった(笑・汗)。
(挟み込みの月報とかを見ると、そーか、心の隅にひっかかっていた文言はこれだったかと、確かに昔、一度は手に取っていることを思い出す~といいながら、実は何年か前に初めて完訳版の『赤い館』もこれで読んだはずだが、その時に月報を見直した記憶はないなあ。なんでだろ?)

 でもって内容ですが、ああ、乱歩がいっとき高く評価していたのは、こんな話だったの? という感じです。
 前評判のとおり、相場の変動操作までを主題にした経済風俗小説の趣も強く、日本でいったら昭和30~40年代の社会派というか専門業界ものの要素が強い謎解きミステリ、あの路線の英国・1920年代版じゃないでしょうかね。
 昔「EQ」の翻訳ミステリの新刊評でたしか郷原宏あたりが「小説とは要は面白くてタメになる話のことだ」とかなんとか菊池寛の名言を例に引いていた記憶がありますが、本作は正にソレって感じ。今となってはどうということもない相場の情報だけど、少なくとも当時の英国ミステリの読者にとってはなかなか新鮮だったのではないかとは思える。その意味でキーパーソンといえるイーリング卿のキャラクターなどは、けっこうよく書けているし。
 
 一方で謎解きミステリとしては、怪しい人物ローゼンバウムが当初から設定されている分、よくもわるくも素直なフーダニットではない(最終的に彼がやっぱり真犯人なのか? それとも? については、もちろんここでは書かないが)。

 さらに英国ミステリの王道的な系譜といえる「それではここで読者に、物語の陰にあるもうひとつの逸話を語ろう……」形式の過去編にもストーリーが次第に雪崩こんでいくし、本作が面白いかどうかは、ここらへんの話の変化球ぶりを楽しめるか否かが大きいだろうね。評者の場合、ぎりぎりのバランスでまあ、これはこれでよし、という手応えであったが。 
 あーあと、本作のメイントリックは、乱歩の『続・幻影城』の「類別トリック集成」のなかではっきりとバラされていましたな。本作を読んで、クライマックスのその該当部分に近づくまで、そのことをすっかり忘れていた。ある意味では助かったけれど(笑)。

 それでたしかにミステリとしては、いささか「なーんだ」の出来ではあるものの、最後のドラマ的な決着は相応の軽いインパクトではある。黄金時代のパズラーの諸作をある観点から並べて整理していったときに、本作の狙いというか立ち位置も改めて見えてくるかもしれない。
 まあ名探偵キャラクター単体でいうならば、ウィルスンって本作を読むかぎり、フレンチ警部のデッドコピーというか、子供のいるフレンチ以上のものじゃないけれどね。むしろ家庭人の側面をやや強調されたという点では、意外にのちのジョージ・ギデオンあたりの先駆といえるかも。

No.2 6点 nukkam 2014/08/28 13:09
(ネタバレなしです) 経済学者としても有名でその方面の著書もあるG・D・H・コール(1889-1959)と、その妻で労働研究所やフェビアン協会(100年以上の歴史を持つ、イギリス労働党に影響の大きい社会主義団体)などで働いたマーガレット・コール(1893-1980)は本格派黄金時代に夫婦共著で30作近いミステリーを発表しました(デビュー作の「ブルクリン家の惨事」(1923年)は例外的に夫の単独執筆単独名義です)。夫婦名義の第1作となる本書は1925年に発表されたウィルスンシリーズ第2作で、代表作とされています。kanamoriさんの講評通りで、舞台がロンドンからフランス、ポーランド、シベリアと色々変わるのですが旅情を感じさせる描写になっていません。展開が遅い上にウィルソンが目立たない第一部は少々退屈です。事件が経済界に与えた影響やそれを巡っての駆け引きが描かれているのは作品の個性ですが、一般読者受けするかというと微妙な気がします。第二部は充実しており、サスペンス豊かとは言えませんが複雑かつスケールの大きな事件背景は独創的です。それ以上に結末のつけ方はマニア読者向けかと思えるほど異色でした。あとウィルスンが本書で警察を辞職して私立探偵になるというのも驚きで、レオ・ブルースのビーフ巡査部長やピーター・ラヴゼイのダイヤモンド警視の先駆けだったのですね。

No.1 6点 kanamori 2012/08/15 18:23
”乱歩が選ぶ黄金時代のベスト10”に一時は挙げられていたという英国古典本格ミステリ。コール夫妻の合作での第1作で、ウイルスン警視シリーズの第2弾です(シリーズの1作目は夫の単独名義)。

超高級ホテルの一室に血痕を残して失踪したアメリカの大富豪の謎を基軸に、舞台をシベリア、フランスと移しながらも、なかなか進展しない地味な捜査の第1部はやや退屈に感じました。ウイルスン警視の言動、株価操作が絡む企業謀略や英仏海峡の密輸なども含めて、作風はクロフツとよく似ています。あれだけ引っ張っておいて真相がコレかよ!という感がなきにしもあらずですが、サブタイトルを”ウイルスン警視最後の事件”と称したくなるような探偵小説としてのラストがユニークです。


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