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[ 本格 ]
百万長者の死
ヘンリー・ウィルソンシリーズ
G・D・H&M・I・コール 出版月: 1950年01月 平均: 6.00点 書評数: 4件

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雄鶏社
1950年01月

東京創元社
1956年01月

東京創元社
1959年01月

東京創元社
1961年01月

東都書房
1964年01月

No.4 6点 弾十六 2024/09/13 22:13
1925年出版。国会図書館デジタルコレクションで読みました。元本は東都書房版。翻訳はヘンテコなところが無くて読みやすかったです。
作中現在は労働党が初めて政権をとったものの、すぐ瓦解した1924年を思わせるものがあるので1924年11月18日が冒頭のシーンだろうか。
つまり当時の英国は社会主義政権と、反対する保守勢力の間で大きく揺れていたのだ。そして株式市場も、英国実業家Clarence Hatry(1888-1965)が1921年に巨額の富を築き、1924年に大損失($3.75 million)を出したにもかかわらずさらに大儲けし、1929年9月にインチキがバレて、ハトリー帝国のバブルが弾け、世界大恐慌の引き金にもなった、という具合にかなりの出鱈目が許されていた仕組みだったようだ。
そういう当時の社会情勢が、本作にはかなり反映されている、と感じた。
ミステリ的には割と限定的な謎だが、コツコツタイプのウィルソン警部のやり方はかなり好み。派手さはないけどクロフツ(本書でも刑事が気軽にフランスに出張する)やブッシュの感じが好きならおすすめです。
以下トリビア
価値換算は英国消費者物価指数基準1924/2024(76.19倍)で£1=14080円。ドルは金基準の交換レート1924で$1=£0.226=3182円
p5 寒い十一月の朝方(on this sharp November morning)
p16 指紋を取るには絶好のしろもの(fine stuff for finger prints)◆ やはり当時の指紋採取には限界があったのか
p17 ドイツ製の携帯用タイプライター(a portable typewriter of German manufacture)◆ ざっとググるとAdler, Erika, Sentaというブランドが見つかった
p18 ヴォルガの舟唄(the song of the Volga Boatmen)
p21 連発拳銃(a revolver)
p26 十七日、つまり昨日(on the seventeenth; that is, yesterday)◆ 冒頭は11月18日ということになる
p27 宝石類をなくしてしまっている寡婦(the dowager, not the one who lost her jewels)◆ 誰か有名な宝石をなくした貴族未亡人がいて、そっちじゃないよ、と言っているのか
p27 大きなラッパ形の補聴器
p35 裏口は錠をおろし、さし金をさして、かんぬきがしてあって(The back way was locked, bolted, and barred)
p37 昔の辻馬車の馭者(an old horse-cab driver)
p38 びかびかのバスの上で生れて育った新しがりや仲間の一人でさ。技術者などと手前を呼んで、ひどくハイカラだとうぬぼれてやがる(it was one of these new-fangled chaps what was born and bred, so to speak, on these blinkin' buses. Mechanic, 'ed call 'isself, and think 'isself blasted smart)◆ 元馭者のコックニー、自動車育ちの新世代タクシー・ドライバーに敵意むき出し。馬車が最大の登録数となったのは英国では1910年で、急激に減少したのは1925年である。
p46 大学労働クラブのメンバーで、実業や実業家に対する巨大な軽蔑を公言していた(a member... of the University Labour Club, and had professed vast scorn for busmess and the busmess man)◆ 当時の大学生の雰囲気なのだろう。セイヤーズのソヴィエト・クラブを思い出した。
p48 あの書類には、じつに明確な指紋が一ダースばかりもついていて(those papers contain a good dozen finger prints, mostly excellent impressions)◆ 当時でも紙から明瞭な指紋は検出出来るのだ。
p53 当時は最低賃金というようなものはなかった。労働組合は、その後に生長したのであろう(There was no minimum wage then. The Unions weren’t so strong as I suppose they have grown since)◆ 約40年前のこと
p66 背が高く、浅黒い男で、暗灰色の髪、灰色の口ひげ(a tall, dark man, with graying dark hair and a gray moustache)◆ 浅黒警察としては微妙だなあ… 髪の毛はダークグレーと明記されてるし… でもここはやはり肌の色ではなく、元々は黒髪で目が黒色だが、歳をとって白髪になりつつある、というようなイメージでは?
p74 イギリスを訪れたアメリカ人たちは、過徼分子の組織をせんさくしてまわる癖がある(American visitors to England had a way of poking about among the extremist organisations)
p76 千万ドル
p80 流行中のインフルエンザ
p89 紙幣で三ポンドを同封して、一年間の保管料とし、差引き残額は一年後の料金に当てるように保留しておいてもらいたいと(enclosed £3 in Treasury notes to cover warehousing expenses for a year, and asked that any balance should be retained to cover future charges)
p114 百フラン◆ 情報料
p120 「救命浮標石版(ライフ・ブイ・ソープ)」の広告みたいに(as an advertisement of Lifebuoy soap)◆ lifebuoy soap fishermanで検索すると当時のイメージが見られる
p144 フランスの愛らしい歌(Il était un roi d'Yvetot, /Peu connu dans l'histoire, /Se levant tard, se couchant tôt, /Dormant fort bien sans gloire. /Et couronné par Jeanneton /D'un simple bonnet de coton, /Dit-on. /Oh, oh, oh, oh, ah, ah, ah, ah! /Quel bon petit roi c'etait là /La, la)◆ Le roi d'Yvetot(1813) 作詞作曲Pierre-Jean de Béranger、19世紀の有名なシャンソン。

No.3 6点 人並由真 2020/05/17 13:52
(ネタバレなし)
 その年の11月のある寒い朝。ロンドンのサグデン・ホテルを、元内務大臣で現在は上場企業「英亜商事」の代表であるイーリング卿が訪ねる。訪問相手は、今後の事業の提携相手であるアメリカ人、ヒュー・レスティントンだったが、当人の部屋はすさまじく荒らされ、相手の姿は無かった。ついでホテルの従業員たちの証言で、レスティントンの秘書と称するロシア人、イワン・ローゼンバウムが人間が丸ごと入るような大型サイズのトランクを持って、少し前に宿から出ていたことがわかる。やがてロンドン警視庁から馳せ参じたブレーキ警部が捜査を進めるうちに、レスティントンの意外な正体、さらにイーリング卿とレスティントンの業務構想にからむロシアの過激派共産党の暗躍、いろいろな情報が集まってくるが……。

 1925年の英国作品。
 ……あー、ウィルスン警視ものでは本当は『ブルクリン家の惨事』(これはG・D・H・コール単独の執筆作品なので、本サイトでは「コール」標記の作家カテゴリーに登録)が先か。そっちも持ってるんだから、先にそちらから読めばよかったかも(汗)。

 それで今回、創元社の「世界推理小説大系」版(ミルンの『赤い館』と合本)で楽しんだけれど、これも少年時代に購入して何十年も寝かしてあった積ん読本。ようやっと読んだのだった(笑・汗)。
(挟み込みの月報とかを見ると、そーか、心の隅にひっかかっていた文言はこれだったかと、確かに昔、一度は手に取っていることを思い出す~といいながら、実は何年か前に初めて完訳版の『赤い館』もこれで読んだはずだが、その時に月報を見直した記憶はないなあ。なんでだろ?)

 でもって内容ですが、ああ、乱歩がいっとき高く評価していたのは、こんな話だったの? という感じです。
 前評判のとおり、相場の変動操作までを主題にした経済風俗小説の趣も強く、日本でいったら昭和30~40年代の社会派というか専門業界ものの要素が強い謎解きミステリ、あの路線の英国・1920年代版じゃないでしょうかね。
 昔「EQ」の翻訳ミステリの新刊評でたしか郷原宏あたりが「小説とは要は面白くてタメになる話のことだ」とかなんとか菊池寛の名言を例に引いていた記憶がありますが、本作は正にソレって感じ。今となってはどうということもない相場の情報だけど、少なくとも当時の英国ミステリの読者にとってはなかなか新鮮だったのではないかとは思える。その意味でキーパーソンといえるイーリング卿のキャラクターなどは、けっこうよく書けているし。
 
 一方で謎解きミステリとしては、怪しい人物ローゼンバウムが当初から設定されている分、よくもわるくも素直なフーダニットではない(最終的に彼がやっぱり真犯人なのか? それとも? については、もちろんここでは書かないが)。

 さらに英国ミステリの王道的な系譜といえる「それではここで読者に、物語の陰にあるもうひとつの逸話を語ろう……」形式の過去編にもストーリーが次第に雪崩こんでいくし、本作が面白いかどうかは、ここらへんの話の変化球ぶりを楽しめるか否かが大きいだろうね。評者の場合、ぎりぎりのバランスでまあ、これはこれでよし、という手応えであったが。 
 あーあと、本作のメイントリックは、乱歩の『続・幻影城』の「類別トリック集成」のなかではっきりとバラされていましたな。本作を読んで、クライマックスのその該当部分に近づくまで、そのことをすっかり忘れていた。ある意味では助かったけれど(笑)。

 それでたしかにミステリとしては、いささか「なーんだ」の出来ではあるものの、最後のドラマ的な決着は相応の軽いインパクトではある。黄金時代のパズラーの諸作をある観点から並べて整理していったときに、本作の狙いというか立ち位置も改めて見えてくるかもしれない。
 まあ名探偵キャラクター単体でいうならば、ウィルスンって本作を読むかぎり、フレンチ警部のデッドコピーというか、子供のいるフレンチ以上のものじゃないけれどね。むしろ家庭人の側面をやや強調されたという点では、意外にのちのジョージ・ギデオンあたりの先駆といえるかも。

No.2 6点 nukkam 2014/08/28 13:09
(ネタバレなしです) 経済学者としても有名でその方面の著書もあるG・D・H・コール(1889-1959)と、その妻で労働研究所やフェビアン協会(100年以上の歴史を持つ、イギリス労働党に影響の大きい社会主義団体)などで働いたマーガレット・コール(1893-1980)は本格派黄金時代に夫婦共著で30作近いミステリーを発表しました(デビュー作の「ブルクリン家の惨事」(1923年)は例外的に夫の単独執筆単独名義です)。夫婦名義の第1作となる本書は1925年に発表されたウィルスンシリーズ第2作で、代表作とされています。kanamoriさんの講評通りで、舞台がロンドンからフランス、ポーランド、シベリアと色々変わるのですが旅情を感じさせる描写になっていません。展開が遅い上にウィルソンが目立たない第一部は少々退屈です。事件が経済界に与えた影響やそれを巡っての駆け引きが描かれているのは作品の個性ですが、一般読者受けするかというと微妙な気がします。第二部は充実しており、サスペンス豊かとは言えませんが複雑かつスケールの大きな事件背景は独創的です。それ以上に結末のつけ方はマニア読者向けかと思えるほど異色でした。あとウィルスンが本書で警察を辞職して私立探偵になるというのも驚きで、レオ・ブルースのビーフ巡査部長やピーター・ラヴゼイのダイヤモンド警視の先駆けだったのですね。

No.1 6点 kanamori 2012/08/15 18:23
”乱歩が選ぶ黄金時代のベスト10”に一時は挙げられていたという英国古典本格ミステリ。コール夫妻の合作での第1作で、ウイルスン警視シリーズの第2弾です(シリーズの1作目は夫の単独名義)。

超高級ホテルの一室に血痕を残して失踪したアメリカの大富豪の謎を基軸に、舞台をシベリア、フランスと移しながらも、なかなか進展しない地味な捜査の第1部はやや退屈に感じました。ウイルスン警視の言動、株価操作が絡む企業謀略や英仏海峡の密輸なども含めて、作風はクロフツとよく似ています。あれだけ引っ張っておいて真相がコレかよ!という感がなきにしもあらずですが、サブタイトルを”ウイルスン警視最後の事件”と称したくなるような探偵小説としてのラストがユニークです。


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G・D・H&M・I・コール
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