皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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[ 本格/新本格 ] 船富家の惨劇 南波喜市郎シリーズ |
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蒼井雄 | 出版月: 1961年01月 | 平均: 6.83点 | 書評数: 6件 |
東都書房 1961年01月 |
東京創元社 1989年02月 |
No.6 | 5点 | 名探偵ジャパン | 2022/10/21 23:05 |
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出版年を考えれば、十分にオーパーツレベルのミステリだとは思うのですが、いかんせん読みにくすぎでした。ブラウン神父ものが可愛く感じるレベル。読破するのに相当の精神力を要しました。昔の小説だからと言われればそうなのかもしれませんが、これより古い横溝や乱歩作品にそんな感想は持たなかったので、これは純粋に作者の筆力によるものなのでしょう。誰かもっと分かりやすく、短くまとめてくれと思いました。 |
No.5 | 6点 | クリスティ再読 | 2021/01/02 22:44 |
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大昔に買った春陽文庫で。直前に読んだ「樽」が意外にスリラー寄りなことに気が付いて面白かったのだが、日本初の「時刻表アリバイ作品」と呼ばれる本作も、意外なくらいにスリラー的要素が強い。いや凡人探偵&リアリズムというのは、実はイギリス伝統のスリラー側から来ているのでは?なんていう気もするんだ。
で本作、内容盛りだくさん。南紀白浜~熊野から山中を吉野に抜けて、さらに下呂、アリバイを確認に松本~浅間温泉。さらに東京。日本中を駆け回る面白さがある。とくに前半の白浜やら熊野が舞台のあたりは、筆の余裕もあって旅情たっぷり。時代がかった美文調で風景を描写。いいな、ここらへんゆっくり訪れたいよ。 ただし、よく「アリバイ物」と言われるし、そりゃアリバイ崩しもあるんだけども、読んだ印象はリアルなものというよりも、ファンタジックな印象。リアルというのは都合よすぎない?「改め」が緩めのようにも思う。それよりも悪魔的な犯人が「赤毛のレドメイン家」をネタに、「操り」をカマしまくる作品というイメージ。 評者関西在住のせいか本作が、その昔の大大阪とモダニズムを舞台にしているあたりに心惹かれる。阪和線はもともと私鉄だったのを国鉄が買収したのか...戦前にはノロノロ南海vs阪和の超特急、だったらしいし、美形さんは阪急沿線に在住。最後の舞台は阪神国道を自動車で駆け抜けて、阪神間モダニズムの香り溢れる甲子園ホテル。 いかに探偵小説が「モダン日本」を縦横に駆け巡る小説であったことか。 |
No.4 | 7点 | 人並由真 | 2020/09/27 20:58 |
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(ネタバレなし)
昭和×年10月10日。和歌山県は海辺の山腹にある旅館「白浜荘」の一室で、大阪の実業家・船富隆太郎の年上の妻・弓子の惨殺死体が見つかる。現場の状況から、ともに宿泊したはずの夫もやはり殺され、何らかの理由から死体はどこかに遺棄、もしくは隠された、と思われた。容疑者として検挙されたのは、船富夫妻の娘・由貴子の元婚約者の青年、滝沢恒雄。滝沢は元恋人との復縁の了解を夫妻に願うが断られ、逆境して殺害したのでは? との大筋が捜査陣の見解となる。だが無実を訴える滝沢の抗弁のなかには、確かに事件の状況となじまないものもあった。一方、滝沢の兄・敬一郎に依頼された弁護士・桜井英俊から協力を要請されたのは、元警視で40代の私立探偵・南波喜一郎。南波は、滝沢の友人で助手役におしかけてきた青年・須佐英春とともに、船富家の殺人事件に関わりあうが、事態はさらに二転三転の様相を見せていく。 1936年3月(奥付記載)に、春秋社から刊行された書き下ろしの長編パズラー。 戦前の日本探偵小説出版界は書き下ろし作品の事例が比較的少なく、その事実は日本ミステリ界の発展において必ずしもよいものではなかったという見識をどこかで読んだような気がするが、なるほどこういう作品がさらにもっと輩出されていたら、往時の国産ミステリ文壇はさらにもっと百花繚乱になっていたかもしれない。 評者は今回、本作を「別冊幻影城」の蒼井雄特集号で読了(大昔に買ったはずだが見つからず、一年ほど前に仕方なくもう一冊、廉価な古書を購入した)。 実は少し前に別のミステリ感想サイトで蒼井の文章は読みにくい、という意見に触れていたので、そのつもりで覚悟していたら、それほどひどくはなかった。この数十年、見たこともないような言い回しや熟語が何回か登場するが、時代を考えればまあ平明な方ではあろう(一方で格段味のある文章だとも、リズミカルな文体だとも思わないが)。 しかしながら肝心のミステリ要素・趣向は、今の目で見てもかなり盛りだくさん。中には悪い意味でやはり戦前の作品だと失笑したくなるものもあるが(事件にかかわりあった女中への犯人の処遇など)、そのゴージャス感にはなかなか引き込まれる。特に犯人が主人公の探偵に(中略)は、当時にしてこういう発想があったのか! と少なからず仰天した。21世紀のいま、そのまま使える奇手では決してないだろうが、どこか半世紀のちの本邦ミステリ界に花開く新本格ジャンルの先駆のような香りすら認める。 終盤で炸裂する探偵側の立体的なキャラクターシフトもかなり痛快で、発想のベースはたしかにかの海外作品ではあろうが、ロジックの検証の応酬という機能性においてはこちらの方がずっと面白い。むしろ浜尾の『殺人鬼』のクライマックスに近いものを感じた。 クロージングのまとめかたは、読者の視点を意識して、本当の犯人像を揺さぶる、という意味で実に味わい深い(あまり詳しくは言えないが)。 あえて本作の弱点を言えば、戦前のパズラーの作劇になれていると、たぶんかなり早めに犯人の見当がついてしまうこと。しかしながら作者はある程度、そういうウィークポイントを自覚したうえで、前述のような悪役像の掘り下げを行ったフシも窺える。 これが登場したとき、さぞ日本の探偵小説界は沸いただろうなあ。 なおくだんの「別冊幻影城」巻末の島崎博の述懐エッセイ(および蒼井の未亡人へのインタビュー)を読むと、1975年に初めて当時まだ健在だった作者の消息を探し当てて初の連絡をとり、電話で「別冊幻影城」の蒼井編の刊行の了承をいただき、さらにいくつかの情報を拝受、さらにまた実際にお目にかかって詳しい回顧をお尋ねするつもりでいたら、その電話の2週間後に他界されたという(大泣)。 ご当人の口からまだまだ語られるはずでかなわなかった積年の逸話を惜しむべきか、それとも神が島崎博に与えた最後の機会に感謝すべきか……。感無量。 【2020年11月16日追記】 上の本文中で、本作の登場による日本のミステリ界の反響をイメージしたが、雑誌「幻影城」1977年8月号の中島河太郎の書誌研究記事によると、当時は大した騒ぎにならず、春秋社の企画「長編探偵小説募集」の審査に当たったプロ作家たち以外で、本作に好意的な評を寄せたのはあの井上良夫くらいだったそうである(……)。本作を主とする蒼井作品の本格的な(再)評価が固まったのは、戦後になってからだそうだ。うーん。 |
No.3 | 8点 | 蟷螂の斧 | 2015/05/08 10:03 |
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1936年の作品。「赤毛のレドメイン家」(1922)との共通点は、’死体のない殺人’’○○に盲目となる’’第2の探偵が現れる’などありますが、物語の内容はまったく別物で楽しめます。同書をうまくミスディレクション(読者にではなく、探偵に対して)に利用しているところが非常にユニークです。高評価とするのは、やはりいろいろな面で先駆的な作品であるという点です。時刻表トリック(知る限り、鮎川哲也氏の作品<1950年代>が先駆的との情報が多かった。)、アリバイトリック(大御所の1958年の作品で扱われた有名なトリック)、ユニークな動機(1946年○○殺人事件)など印象に残っている大作に先行していました。古典の中にいいものを発見する喜びを味わえました。 |
No.2 | 9点 | 斎藤警部 | 2014/11/11 14:27 |
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これぞ古典的名作! 戦前の作品だが非常に現代的なスリルがあり、飽きさせないストーリー展開も過去の因縁も色彩豊かにガンガン語られます。決してメインディッシュ扱いでないアリバイトリックも小粋な味で楽しめ、何よりあの予想外の終わり方! 重厚な長編小説でありながら、、あれこそ「意外な結末」と呼ぶに相応しいと思います。東野圭吾の技巧を彷彿とさせます。 |
No.1 | 6点 | nukkam | 2010/02/03 09:01 |
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(ネタバレなしです) 蒼井雄(1909-1975)は本業がサラリーマンのアマチュア作家で作品数は非常に少ないですがスリラー小説が全盛だった戦前国内ミステリー界において本格派推理小説を書いた数少ない作家の1人として知られています。1936年発表の本書は丁寧な捜査描写にアリバイ崩しが特色のため英国のクロフツと比較されているようですが、後半のどんでん返しは(作中でも言及されているように)フィルポッツの「赤毛のレドメイン家」(1922年)の影響が濃厚です。もしかすると初めて時刻表を取り入れた国内ミステリーかもしれません。トリックこそさすがに古色蒼然としていますが、当時としてはかなり緻密なプロットだと思います。 |