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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
サハリン脱走列車
辻真先 出版月: 1997年08月 平均: 6.00点 書評数: 1件

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講談社
1997年08月

No.1 6点 2021/09/10 15:21
 昭和20年8月、戦乱の樺太。運命に翻弄されながらも勁く生きる人々の、破天荒な脱出行! 痛快冒険小説。 オォオォと陳メはウメく。イィイィと陳メは唸る。 なぜこの冒険小説がかくも激しく美しいのか。 終戦寸前の一方的なソ連の侵略による樺太と日本を舞台に、時代に翻弄された男と女の冒険行。物語も見せ場読ませ場山また山場、危機また死地の大脱走!
 だが、だがただオモシロの冒険小説である訳ないのが我らが辻真先。一読二読、背景に情感のスジがビシッと一本通っているのだ。 特筆は役者陣。一寸の虫にも五分の魂、それぞれひとりはちっぽけな人間でも、意地と気位を通す切ない愛が陳メの目頭を熱くする。 そう、この語り口の歯切れの良いサスペンスフルな物語は〈愛〉。辻さんの優しさと情感に充ち溢れているのですぞ。── 内藤陳
 どこの出版社の注文もないまま自分勝手に書きはじめ、五年の歳月を掛けて仕上げたという著者の初・鉄道冒険小説。一九九七年刊。とはいえ不満があったのか、本書の執筆から間を置かず次の大作『あじあ号、吼えろ!』に取り掛かってはいるが、これはこれで労作。ストレートな道行きの『あじあ号~』に比べ、こちらは列車と漁船を乗り継ぎながら、北海道・稚内から南樺太第三位の都市・真岡を何度も往復する形式を取っている。
 太平洋戦争から約半世紀、終戦まぎわに漁船で樺太から逃亡しそのまま本州の最北端・ノシャップ0丁目に居着いた老夫婦が、一夜の内に白骨と化すという異様な謎をストーリーの中心に据え、およそ百三十万人と予想されるソ連軍の迫る終戦直後の樺太からの脱出行と、現代日本になおも蠢く軍国主義の亡霊たちの陰謀劇が交互に語られる。途中で明かされるこの大ネタと最後の捻りの比重が大きく、紙幅は割かれているもののどちらかと言えば冒険行はラストで脇へ退く形。本書の段階では飽くまでミステリ的な解決が主体となる。
 終戦パートのメインキャラクターにも癖があって、強引に関係を迫る上官を突き飛ばし絶息させたまま声問の連隊兵営を脱走した、元旅役者で美形の優男・嵯峨巴と、宗谷海峡を渡る連絡船で彼と一緒になった狸そっくりの関西人・成瀬喜三郎。この二人が軸になって召集拒否者の元和尚・新庄郁夫と共に、幼馴染の元恋人・浜口鶴子や男爵令嬢・東城翡翠に加え、朝鮮人の少女・金英秀や豊原の鉄道技師の家族、松浦仲子・正司母子らを護り、9600型蒸気機関車と焼玉漁船・太田丸を駆って、本土と南樺太とを行き来する。
 成瀬などは戦時中の男性不足に付け込んで結婚詐欺を繰り返し、挙句の果てに五人の女性を殺して逃げてきたというとんでもない男だが、結構情に脆い所もあって行動がコミカル、更にギャグ的展開も手伝って妙に憎めない(しかもラストで分不相応な程良い役を貰う)。このように戦争を見据えて清濁併せ呑む展開も、善悪のハッキリした『あじあ号~』とは対照的。面白さや細かな工夫では前者に一歩譲るが、こちらも気合いの入った大作であるのは間違いない。アマゾン古書価もかなり高くなっているので(2021/09/17現在 ¥3,300)、安く入手出来るなら押さえた方が良いかもしれない。


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