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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
あじあ号、吼えろ!
辻真先 出版月: 2000年04月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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徳間書店
2000年04月

徳間書店
2007年06月

No.1 7点 2021/02/11 11:09
 太平洋戦争最末期の昭和二十年八月九日、ソ連参戦が噂される満州。ポツダム宣言受託の迫る中、国策映画の撮影を口実に、満鉄が誇る超特急あじあ号がハルピンを出発した。得体の知れぬきな臭さを纏う軍人乗客と謎の積み荷。果たして旅程に秘された極秘任務とは? 民間人も便乗した高速蒸気機関車に、赤軍と中国ゲリラの執拗な攻撃が迫る。鉄道マニア感涙の列車冒険巨篇!

 映画『暁の列車砲』撮影の為、演技心得の品川と共に内地からハルピンに出向いた東邦映画の活劇俳優・神住恭。だが肝心の満映関係者は一向に現れず、宿泊先の名古屋ホテルで無聊をかこっていた。そんな折も折、彼らにソ連宣戦布告の第一報が齎される。たまたま芸者と寝ていた関東軍少佐が、急報を聞いて口を滑らせたのだった。ホテルに登場したその芸者・小桜や品川と共に、神住はマーチョで駅まで急行する。ハルピン駅はソ連参戦の噂を聞きつけ集まった群衆でごった返していた。
 彼らを言いくるめようと、顔を赤くしながらその場限りの出鱈目を並べる司令部付将校。神住たちは将校の芝居に口裏を合わせ、出発間際の臨時列車、満鉄が誇る超特急『あじあ号』に乗り込む事に成功する。内地で鉄道学校を出ている品川は、助士心得として運行を手伝う羽目に。そして乗客は神住自身に加え、ほぼ同時に駆けつけた相手役の女優・潘白蘭と、付き人の仏山。満州日々記者の伊原に引率役の西山一等軍医と、少年軍属の小野田。それに機関士の奥田と今泉。そして小桜。総勢十名を乗せて、『あじあ号』はハルピンを脱出するのだ。
 だがニヒリストの神住は密かに危惧する。今の関東軍にソ連を撃退する力があろうとは思えない。なぜ要人脱出のために、『あじあ号』をとっておかないのだ? 今の時点で絶対に走らせねばならぬ理由が関東軍にあるのか? 第一そんな重要な臨時列車に、どうして俺たちを乗せてくれるのだ?
 早くもソ連の空軍機・ポリカルポフI-16の急襲を受けつつ、幾多の謎を孕んで『あじあ号』は疾駆し始める。数百万の敵軍が潜む、満州の広大な原野に向けて――
 徳間書店編集部から「満鉄の『あじあ号』で冒険小説を」との注文を受けた著者が、資料と首っ引きの末二年がかりでゴールに転げこんだ労作で、満鉄開業から約95年後、西暦2000年の発表。思う様紙幅を費やした『あじあ号』の駆動運転シーンや給水給炭などの手間、路線図や駅舎・列車の構造を熟知した上での各種アクション、当時の風俗から地理関係に至るまであらゆる面での考証は徹底しており、楽しみながらの執筆なのが描写の端々から窺える作品。氏の長篇としても最重量クラスと言えます。
 巻末あとがきで、鮎川哲也が書いた満鉄メインの時刻表ミステリー『ペトロフ事件』に驚嘆し、「いつか『駅馬車』スタイルのアクションをやってみたかった」と語る辻氏。当初の乗客に加え阿片窟帰りの上官を殴り倒して隠れていた元オリンピック射撃候補・轟少尉と、東洋のマタ・ハリこと清朝王女・川島芳子も途中加入。
 戦闘機の波状攻撃を躱しながら必死の逃避行を試みる中、十二名となった乗客のうち果たして誰が生き残るのか、幾度も不可解な動きを見せる仕掛人にして関東軍少佐・上杉の狙いは何か、そして行く先々に現れるゲリラに情報を流しているのはどの乗客なのか? といった謎と興味で引っ張るストーリーで、いわゆるテツに留まらぬミリオタ趣味もてんこ盛り。パンピーメンバーも十分に書き込んだ後ペアで組ませてキャラ立てし、読者に提供する熟練の上手さ。存分に考え抜かれた、清原駅や撫順⇒蘇家屯間での突破・迂回作戦には唸ります。
 難点はあまりにも限定された状況+帝銀事件という事で、関東軍側の意図が類推し易い事。ただし内容的には、やや萎え気味の謀略を十分以上に盛り上げています。紛れも無い力作で、どう転んでも6.5点から8点までのいずれか。


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