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[ 時代・歴史ミステリ ]
暗黒事件
人間喜劇
オノレ・ド・バルザック 出版月: 1949年01月 平均: 7.50点 書評数: 2件

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丹頂書房
1949年01月

新潮社
1953年01月

新潮社
1953年10月

岩波書店
1954年08月

東京創元社
1973年01月

筑摩書房
2014年06月

No.2 8点 2021/04/21 09:17
 ナポレオンの帝位登極直前にあたる一八〇三年十一月十五日のこと、オーブ県にあるフランス指折りの地所・ゴンドルヴィル荘園に、パリから二人の男がやってきた。飛ぶ鳥をおとす勢いでオーブに君臨する参事院議員・マランの依頼で、同僚ジョゼフ・フーシェから差し向けられた腕利きの密偵たちだった。
 一方、ユダの汚名に甘んじて荘園を管理する番人頭のミシューは、大革命で処刑され没落した旧領主サン・シーニュ伯爵家とシムーズ候爵家とに密かな忠誠を誓い、気丈な伯爵家の娘ローランスとともにナポレオン打倒の為帰国したシムーズ家の双生児たちを匿い、フーシェの両腕を出し抜くことに成功する。だがそれは、やがて彼らの上にのしかかる悲劇の序章に過ぎなかった・・・。
 一八四一年一月から二月にかけて「コンメルス」紙に発表された歴史長編小説で、区分は〈政治生活風景〉。ヴォートラン三部作の第二長編『幻滅』の少し前に刊行され、後に彼の好敵手となる〈蛇のように執念深い〉警視庁の密偵頭コランタンが登場する。ミシューもローランスも強靭な精神力を持つ高潔な人物で、巧妙な立ち回りと抜け目なさで一度は警察を出し抜くが、その際ローランスがコランタンに与えた屈辱が後の冤罪事件に繋がってゆく。善人が決して報われないところ、これもいつものバルザックである。
 実質二部構成だが、後半ミシューたちに冤罪として降りかかるマラン誘拐事件の配分は少なく、五里霧中のままの逮捕の顛末と裁判の駆け引きが中心。なぜ参事院議員が誘拐・監禁されたのか、犯人が誰なのかは不明のまま、イェナの戦いを控えてプロイセン軍と対峙する、皇帝ナポレオンへの特赦嘆願シーンまでどんどん進んでゆく。真相が明かされるのは事件から二十七年後の一八三三年、ブルボンが廃されオルレアン公ルイ=フィリップが国王となってから。
 実はメインのこれよりも前半の亡命者隠匿の方がスリルがあり、自然のマントに蔽いかくされた廃僧院の隠れ家とか、少年ゴタールが憲兵の足止めをする所とかワクワクする。どちらかと言えばデュマ風のこちらが面白さの本筋か。硬めのタイトルで損をしているが、多面性を持ったかなり贅沢な作品である。食わず嫌いの方もひとつどうぞ。

No.1 7点 クリスティ再読 2019/03/23 09:50
そもそも小説というものは高貴な出自というよりも、下世話に市井の奇談・珍談を取りまとめて、というあたりで発達してきたものだから、19世紀の大文豪の小説に今では「ミステリ」と呼んで構わないような作品がある、のは何の不思議もない。バルザックの本作はナポレオンが帝位を窺う時期を舞台として、ややこしい政治背景のある冤罪事件を扱うから、歴史推理&ポリティカルスリラー&裁判モノといっていい。カーの「喉切り隊長」で印象的なジョセフ・フーシェに最初に注目・評価したのがバルザックの本作だ、というのもあって、評者みたいなフーシェ・ファンには外せない作品でもある。

フーシェは当代に於けるもっとも非凡な人物の一人であり、またもっとも見誤られている傑物であるが...

とツヴァイクの評伝に登場するフーシェ賛は本作に登場する。
とはいえ本作では、フーシェはあくまでも影の人物だ。本編中に一瞬タレーランは登場するが、本作での敵役はフーシェをずっと俗物・平凡にした日和見主義的な悪徳政治家マランである。シャンパーニュのシームズ侯爵の荘園は、大革命の貴族財産没収で、もとのジャコバン党員ミシウの管理するところにあった。しかし名義上の所有者がそれを勝手に参事院議員マランに売り渡してしまった。マランの話を漏れ聞いたミシウは、元の所有者であるシームズ侯爵の相続人が、ナポレオン暗殺を狙って潜入していることを知る。潜入が当局にバレているようなのだ....実はミシウは侯爵家の財産を保全するために、あえて過激派の仮面をかぶった王党派だった。ミシウは若い貴族たちの危機を救うが、それは彼らに向けられた罠のとっかかりに過ぎなかった。悪徳政治家マランが押し入った覆面の男たちによって誘拐され、その嫌疑がミシウとシームズ家の若い貴族たちにかかる....裁判の結果有罪となり、侯爵家の令嬢ローランスは最後の望みをかけて、ナポレオンの恩赦を求めてイエナの戦場に赴く。
まあそんな話。ナポレオン暗殺計画は、カドゥーダルやモローが関わった有名なものの一環だし、それにもかかわらず懐柔策として、この貴族たちは亡命からの帰国を許される。渋々国法順守を誓うけども、成り上がり者のナポレオンには軽蔑・敵対的....というあたり、歴史小説として本当にこの時期の空気を忠実に描いた、と出版当時に言われていたようだ。で、シームズ家が嵌った罠はかなり巧妙なもので、法廷モノの面白味もあれば、最後に王政復古期に老いたローランスが去ったあとのサロンで、この事件の少し意外な真相が明かされるが、個人的な復讐と政治的な駆け引きが複雑に絡み合ったものである。ミステリ的な興味もしっかり満たさせるし、イエナの戦場でのナポレオンに、出自柄敵対的なヒロイン・ローランスも感銘を受けたりするあたりも興味深い。
どうも評者は「ミステリの元祖は?」風の考証が変なコンプレックスに見えて仕方がないのだけども、19世紀の小説ならば20世紀に分化してしまったジャンルを、いろいろ未分化なかたちで包含しているのが当たり前なんだよね。「純文学」なんてものはまだないし、「文学的」であるべき高尚な詩や劇に比べて、小説はずっと庶民的でエンタメ的なものだったわけだ。読みづらさは時代背景が古いから、くらいに思って楽しめばいいんだよ。たまにはいかが。


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オノレ・ド・バルザック
1974年02月
十三人組物語
平均:6.00 / 書評数:1
1973年01月
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1949年01月
暗黒事件
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