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[ 警察小説 ] ダ・フォース |
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ドン・ウィンズロウ | 出版月: 2018年03月 | 平均: 7.00点 | 書評数: 3件 |
ハーパーコリンズ・ ジャパン 2018年03月 |
ハーパーコリンズ・ ジャパン 2018年03月 |
No.3 | 5点 | 八二一 | 2021/10/23 20:24 |
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正義感にあふれた悪徳警官という矛盾に満ちた存在の絶望と転落。ラストがただ悲しい。 |
No.2 | 7点 | 小原庄助 | 2018/07/07 10:18 |
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とにかく熱くて厚い。ニューヨークの市警の剛腕刑事の栄光と失墜を描く物語である。
主人公のデニー・マローンは、マフィアと死闘を繰り広げ、麻薬を押収し、善良な市民を守る「刑事の王」。その目的を貫くためには、押収した麻薬を利用し、賄賂を受け取り、違法捜査も辞さない。そんな彼の不正が暴かれ、収監に至るのが物語の幕開け。そこから時間をさかのぼって、マローンが何をしてきたのかが語られる。 警察の腐敗を描いた作品、悪徳刑事もの、そう区分してしまうことはたやすい。だが、そんな型通りの区分を拒む熱いものがこの作品にはある。自らの正義を貫くために、悪に手を染めるマローン。単純に善意を割り切ることのできない世界で、自らの手を汚しながら罪に対峙するその姿に圧倒される。 決して、万人の共感を得るヒーローの物語ではない。だが、万人の心に突き刺さる物語であることは間違いない。 |
No.1 | 9点 | Tetchy | 2018/06/05 23:43 |
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『犬の力』、『ザ・カルテル』で犯罪のどす黒さを存分に描いたウィンズロウが次に手掛けたのはニューヨーク市警特捜部、通称“ダ・フォース”と呼ばれる荒くれ者どもが顔を連ねる市警のトップ中のトップの野郎たちの物語。つまりは昔からある悪漢警察物であるが、ウィンズロウが描く毒を以て毒を制す特捜部“ダ・フォース”には腐った現実を直視させるリアルがある。
従って通常の警察小説とは異なり、文体や雰囲気はハードボイルド然としておらず、オフビートなクライム小説の様相を呈している。音楽に例えるなら、同じ警察を描いているマイクル・コナリーがジャズの抒情性を感じさせるとすれば、ウィンズロウの本書はどんどん速さを増すアップテンポの、畳み掛けるような怒りにも似た激しいヒップホップのビートを感じさせる。だから原題“The Force”をそのまま日本語にした邦題が『“ザ”・フォース』でなく、『“ダ”・フォース』なのだ。 そう思っていたら、やはり主役のマローンはジャズよりもラップを、ヒップホップを好む男だと描かれる。彼の生きている世界には抒情よりも本音をぶつけてくる攻撃的な音楽が似合うからだ。 デニー・マローン率いる“ダ・フォース”は社会の毒を浄化するための毒だ。必要悪とも云える。濃度の高い酸は濃度の高いアルカリでないと中和できない。それはどちらも人体にとって毒となる。それが彼ら“ダ・フォース”だ。 彼らには法を超えた法がある。単に悪人を逮捕するだけではダメなのだ。彼らが相手にしている悪は道徳的観念に欠けた正真正銘のワルばかりだ。無学でヤクを売りさばくことでしか、人を安い金で殺すことでしか生活できないチンピラから、商売敵、無能な部下、いや有能すぎて自分の地位を虎視眈々と狙う部下を疑い、殺すことでしか生きていけない無法のディーラーたちこそが彼らの相手。そんな人の命をクズとしか思わないやつらに道徳は通じない。 だから彼らは逮捕した時に徹底的にボコボコにする。顔の形が変形するほどに。そうしないと舐められるからだ。なんだ、逮捕されてもこの程度か、と。全然大したことないな、と。 “ダ・フォース”の面々が生きる世界は力こそが正義であり、そして治安のみならず自分の身を護る鎧なのだ。そんな世界をウィンズロウは色々なエピソードを交え、語っていく。 しかし毒はどんな理由であっても毒に過ぎない。マローンはヤクの売人との司法取引で弁護士に検事を巻き込んで無罪に持ち込むために賄賂を渡しているところを隠し撮りされたのを見せられ、ニューヨーク州南地区連邦検察局の連邦検事イゾベル・パスとFBI捜査官たちの汚職弁護士、検事たちを差し出すための囮、つまりネズミになることを強要される。家族と自らの保身のため、それを呑むことになってからはまさにマローンの人生は転落の一途を辿る。 これは王の凋落の物語。しかしその王は汚れた血と金でその地位を築き、恐怖で支配していただけの王だった。従ってその恐怖に亀裂が入った時、堅牢と思われた牙城は脆くも崩れ去る。 デニー・マローン達は確かに正義の側の人間。彼が取り締まっていたのは通常の遣り方では捕まえることの出来ない者ども。しかし上にも書いたように、ただ捉え方が違うだけで実質的にはやっていることは同じ。同じ穴の狢だったのだ。 やがてマローンはそれまで協力していたFBIに逮捕されるに至り、家族も担保に入られて絶体絶命の状況になった時に全てを供述して、自らも法の下に処罰されることを選ぶ。その時初めて彼は自分のやっていたこと、どこで間違い、そして堕ちていったのかを悟るのだ。 それからの展開は非常に辛い。最高の、そして最強のチーム“ダ・フォース”は分解をし始める。 昨日の友は明日の敵。友情は厚ければ厚いほど、裏切られた時の失望と怒りもまた深い。作用反作用の法則。命を預けられるほどの信頼で結ばれた仲間の絆は深く、そのために絆が剥がれる時、お互いの命を蝕むほどに根深く、そして傷つけるのだ。 やはり悪い事はできないものだと思いながらも、それまでどうにか切り抜け、ネズミになりながらも矜持を失わないように踏ん張るマローンを応援する自分がいた。そして彼が自分の悪行を悟って初めて彼もまた悪人である、毒であったことを知らされた。つまりはそれまで彼らの悪行を正当化するほどにこのデニー・マローン初め、フィル・ルッソ、ビッグ・モンティ、デイヴ・レヴィンの面々が魅力的だったということだ。 いやそれだけではない。 汚いことをやりながらもマローン達は自分たちの正義を行ったことだ。マローンはこの町が大好きで、人を愛し、空気を、匂いを愛したのだ。だからこそどんなことをしてでも町の平和を護ってやる、それが王の務めだと思っていたからだ。 後悔先絶たず。そんなことはいつも自分の心を隙間を突かれて堕ちていく人間が最後に行き着く凡百の後悔の念に過ぎず、謂わば単なる言い訳である。しかしそんな弱さこそがまた人間なのだ。 作中、マローンの恋人クローデットがこんなことを呟く。 「人生がわたしたちを殺そうとしている」 生きると云うことは苦しく、厳しいものだ。いっそ死ねたらどんなに楽か。本書では登場人物たちの生死によってその後の運命を見事に分っている。 悪行の報いと云ったらそれまでだろう。自分たちだけの正義を貫き、まさに生死の狭間に生きている警察官という仕事。そんな彼らに対する待遇が恵まれていないからこそ、このような負の連鎖に陥るのだ。 悪い事をしている奴らが使いきれないほどの金を持っており、一方それを捕まえる側は子供の養育費でさえヒイヒイ云いながら賄っている、この割の合わなさ。 そんな現実が良くならない限り、この“ダ・フォース”達は決してなくならないのだ。 それでも自分の正義を信じて生きていく彼らはまさに人生の殉教者。 ニューヨークの、いやアメリカの平和は少しでも衝撃を与えれば壊れてしまう薄氷の治安とバランスの上で成り立っている。そんな現代の深い絶望を感じさせる異色の警察小説だった。 そして私の中に流れる音楽がヒップホップからいつしか胸に染み入るバラードへと変わっていたことに気付いた。 |