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ミステリの祭典

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空さんの登録情報
平均点:6.12点 書評数:1530件

プロフィール| 書評

No.90 5点 北の夕鶴2/3の殺人
島田荘司
(2009/02/06 23:59登録)
まず、写真の件に関して疑問があります。たとえば十万分の1の確率の出来事が2回続けて起こると、確率は百億分の1に激減します。2回起こることで効果が倍増すれば、それでもいいと思うのですが、実際には効果の差はほとんどないでしょう。無駄に偶然発生確率を下げているとしか思えません。
だいたい、こんな大げさなトリックを使わなくても、死体発見現場に待機していた共犯者が殺人までやってしまえば、それで犯人の本来の目的は充分達せられたのではないでしょうか。この共犯者にはアリバイが全くないのです。
トリックそのものは豪快で素晴らしいのですが、後半ストーリー(それ自体はなかなかおもしろい)との融合も含め、詰めが甘すぎると言わざるを得ません。


No.89 7点 ゼロ時間へ
アガサ・クリスティー
(2009/02/06 20:23登録)
タイトルからしても、また最初の方に挿入された謎の犯人が計画を立案しているシーンからしても、殺人に至るサスペンス系の作品かと思っていたら、意外にもかなり早い段階(といっても半ば過ぎですが)で殺人が起こります。さて、どうなることやらと首をひねっていたら、最後になってタイトルの意味が明かされるあたり、驚きはさほど大きくありませんが、やはり作者らしい企みです。
アナロジーによる伏線といえば、先日亡くなった泡坂妻夫がよく使っていた手ですが、クリスティーとしては、少なくともこれほどあからさまな形での使用は珍しいのではないかと思います。その伏線によって、バトル警視は犯人の本当の狙いに気づくわけですが、それでも犯人が誰かは、タイミングよく登場した他人の助けを借りないとわかりません。この人、有能な警察官なのに、どうしても単独では事件解決ができないように設定されているのでしょうか。


No.88 6点 緋文字
エラリイ・クイーン
(2009/02/02 22:18登録)
ほとんど最後近くにならないと殺人が起こらない点は、『十日間の不思議』をも思わせますが、作品の雰囲気は全く違います。ホーソーンを引用した、書き方によっては当然深刻になるモチーフであるにもかかわらず、ライツヴィル・シリーズのような重さはむしろわざと避けている感じがします。逆にバーナビー・ロスの名前を出してきたりするような遊び心は、やはりニッキー・ポーターが登場する『靴に棲む老婆』(ニッキーが同一人物かどうか不明ですが)に通じるようにも思えます。さすがにダイイング・メッセージにかけて「XYの悲劇」という遊びはありませんが。
クイーンによるニューヨーク・ガイドといった趣もあり、かなり楽しめました。


No.87 8点 白い僧院の殺人
カーター・ディクスン
(2009/02/02 20:41登録)
密室講義と言えばまず『三つの棺』ですが、その前年に発表された本書でも密室(不可能)殺人一般についての講義が行われます。ただしH・M卿による分類は方法面ではなく、密室にする「理由」に注目したものです。本書の事件について、さまざまな理由をすべて否定した後、最後の理由として「偶然」を挙げますが、足跡をつけないということに、どんな偶然が考えられると言うのか? と疑問をつきつけ、不可能・不可解興味を盛り上げてくれます。
方法面でも途中で嘘の解決を2通り示すなど、謎と推理でがちがちに構成された作品で、解決の意外性も申し分ありません。これは確かに、初心者にも、読み残していた上級者にも安心して薦められる謎解きミステリです。


No.86 8点 幻の女
ウィリアム・アイリッシュ
(2009/02/01 13:07登録)
論理的に考えれば、現実性の薄い真相です。よほど相手に憎しみを抱いてでもいない限り、こんな一歩間違えれば自滅しかねないことまでして、人に罪を着せようとはしないでしょう。接触した人間の中にマーロウほどでなくてもタフな正義漢が1人でもいたら、完全に終わりです。しかもそんな危険な接触の証拠隠滅のために、今度は連続殺人を敢行していくのですから、無茶な犯人です。
そんな欠点はあるのですが、読んでいる間は全然気になりませんでした。まあ、確かに幻だった女自身は蛇足かもしれませんが、あの "The night was young and so was he" で始まる都会的な雰囲気のサスペンスは、極上のうまみを持っていると思います。


No.85 7点 点と線
松本清張
(2009/01/31 19:29登録)
松本清張のというだけでなく社会派ミステリの記念すべき長編第1作ということで、歴史的評価の高い作品です。確かに短くきっちりとまとまった秀作だとは思いますが、動機に社会的な背景を持たせたとは言え、ストーリーはクロフツ以来の警察官による普通のアリバイ崩しであり、作者の持ち味が十分発揮された最高傑作の一つとまでは言えないのではないでしょうか。
社会的な背景があればこそ可能な偽アリバイの駄目押しがありますが、利用者が当時とは比較にならないほど多くなった現在では、完全チェックが無理だという意味で考えられない方法でしょう。


No.84 6点 書斎の死体
アガサ・クリスティー
(2009/01/31 16:45登録)
半分近くになるまで殺人が起こらない作品もいくつかあるクリスティーにしては珍しく、開幕早々死体が発見され、10ページちょっとぐらいですでにミス・マープルが事件解決に乗り出してきます。
書斎の死体という、本作が書かれた時代でも古めかしい事件のパターン(そのことは作者自身がまえがきで述べています)であると思いきや、その死体が意表をつくものというひねりを加えているところは、ユーモアもありさすがです。しかし、今回の犯人のトリックは意外ではあるのですが、警察の目をいつまでもごまかしておけるようなものではないだろう、と思えるところが難点です。


No.83 5点 盲目の理髪師
ジョン・ディクスン・カー
(2009/01/30 21:22登録)
船上での果てしないばか騒ぎがすべてを覆い尽くしている作品だと言ってもいいと思いますが、カーのコメディ・センスに対する好き嫌いにとどまらない悪評の理由もわかります。人間消失の謎のからくりはむしろ失望するようなものでしたし、それと関連する謎の犯罪者の正体も、悪くはないという程度です。フェル博士は、推理作家モーガンから事件の顛末を聞いて鍵を並べ立てていきますが、その鍵をつなぎあわせての推理は、結局それほど鮮やかとも思えません。
とはいえ、個人的には、カーの他の10冊分くらいの笑いをつめこんだ船酔いしそうなプロットは、まあまあ楽しめてしまいました。


No.82 8点 影の顔
ボアロー&ナルスジャック
(2009/01/29 20:19登録)
目が見えなくなった人の立場から書かれた話であり、しかもそのことを徹底的に利用したプロットですので、本書の持ち味は映像化不可能だと思うのですが、日本でテレビドラマ化されたことがあります(見てはいませんが)。
このコンビ特有のともかくコクのある文章で、嗅覚や触覚から何か妙なことが起こっていると思われるのに、見えないため確実なところがわからないという息詰まる心理的恐怖を盛り上げていきます。そしてぞっとする結末(意外なということではありません)。あまりのしんどさに途中何回か休憩を入れながら、やっと読み終えた作品です。


No.81 7点 双頭の悪魔
有栖川有栖
(2009/01/28 22:13登録)
第3の殺人でのドアの手がかりには気づいたものの、犯人を絞り込めませんでした。
謎の論理的解明を中心とした作品であるにもかかわらず、最後に控えているトリックの現実性については大いに疑問があります。このような状況下では、犯人は最初の2つの殺人は危険すぎて、犯す気にはなれないのではないか、としか思えないのです。また、このような殺人計画は、通常かなり時間をかけて煮詰める必要があるでしょうし、よほど確固たる動機がなければ、こんな計画を実行しようとは思わないものです。少なくとも、あの大監督の某有名映画を見た後ではそう思えます。
とは言え、実は読後の印象はよかったです。小説としては、退屈だというような意見もちらほらありますが、個人的には意外に長さも気にならず、心地よく読み終えることができました。3回の「読者への挑戦」の理由も、この作品では納得がいきます。


No.80 6点 クイーンのフルハウス
エラリイ・クイーン
(2009/01/27 23:57登録)
ポーカーにたとえて、3編の中編と2編のショート・ショートを交互に配したフルハウスです。
2編のショート・ショートはどちらもダイイング・メッセージものですが、たいしたことはありません。というより、『Eの殺人』はその形でメッセージを残した理由がわかりません。
中編の『ドン・ファンの死』でもダイイング・メッセージは使われていて、これはかなり後に書かれた『最後の女』とは正反対のパターンですが、こっちの方が自然だと思います。また、凶器のナイフから導き出される推理がすっきりしていて、好ましい印象の佳作です。『ライツヴィルの遺産』は平凡な印象ですが悪くはありません。しかし、なんといっても最後の『キャロル事件』が、ライツヴィルもの最初の3長編にも通じるようなテーマ性を持った作品で、よくできていると思います。


No.79 4点 ビッグ4
アガサ・クリスティー
(2009/01/27 22:34登録)
このポアロが登場する唯一のスパイ小説は、クリスティーの中でもたぶん最も評判が悪い作品のようですが、佳作とは言えないにしても、そんなにひどいというほどではないと思います。連作短編集的な構成になっていて、そこだけ独立させてもそれなりに楽しめる章(挿話)もありました。
映画の007並に非現実的な4人の悪役に加え、クライマックスでは、ご自慢の口ひげが重要な役割を果たしたりもする荒唐無稽さは、謎解きに頭を使ったりせず、気楽に読んでいけばいいのではないでしょうか。


No.78 8点 毒入りチョコレート事件
アントニイ・バークリー
(2009/01/25 11:49登録)
何通りかの解決を示しながら、真相に迫っていくという発想を、極限までつきつめてみた実験作、ということでしょうか。解決をふやしたため、最初の2つは単にその可能性もある、という仮説にすぎません。これくらいの仮説であれば、普通のミステリでも名探偵や警察が、途中で可能性を検討する作品は多いでしょう。
バークリーの真骨頂は、ブラッドレーの蓋然性から絞り込んでいく推理から始まります。というより、これが無茶すぎて、後の3人のまともな推理より印象に残ってしまうところが、笑えるというか不満というか。しかも、いかにもミステリ的に鮮やかで説得力のあるシェリンガムの解決まで間違いだと退けて…よくもここまでやってくれます。


No.77 5点 求婚の密室
笹沢左保
(2009/01/25 11:39登録)
タイトルにもある密室、クローズド・サークル、ダイイング・メッセージ、バークリーの『毒入りチョコレート事件』をも連想させる推理合戦…
とまあ、作者が久しぶりに徹底的に謎解きの要素をぶちまけてくれた作品です。ダイイング・メッセージの不自然さはともかくとして、密室構成の方法はよくできているのですが、どうもそれほど褒めあげたいという気にならないのです。勝手な思い込みかもしれませんが、笹沢佐保の作風がクローズド・サークル向きではないように感じられるからかもしれません。
ダイイング・メッセージについて言えば、作者自身もそうですね。


No.76 8点 さらば愛しき女よ
レイモンド・チャンドラー
(2009/01/24 23:06登録)
ハードボイルドは香りだ。「やまよもぎの強い匂い」やインディアンの「異臭」。さらに、煙草、酒、香水、潮…この作品からはさまざまな香りが感じられる。
…等と、普段とは違った感じの文章を書きたくなってしまうほど、影響力のある作品です。上に書いたこととは違ってしまいますが、ハードボイルドはやはり文章だと思います。人間や社会を独特の香りをもって描き出す文体と言えばいいでしょうか。
殺人事件そのものの構造はすっきりしているのですが、読後冷静に考えてみると、マーロウの捜査の過程にはかなりとんでもない偶然があります。特に半分ちょっと過ぎで大鹿マロイを見かけるところがそうですし、市の黒幕との会見の段取りも、クライマックスの邂逅も偶然です。今回久々に再読してみて、ハメットと違い内容の記憶が全くなかったことに驚いたのですが、このプロットの偶発性が覚えられない原因の一つかもしれません。
しかし、チャンドラーは本書でもファイロ・ヴァンスの名前を出してきたりして、意外に従来のミステリを意識しているところが感じられます。


No.75 7点 ローマ帽子の秘密
エラリイ・クイーン
(2009/01/24 23:00登録)
アメリカの歴史に新たな1ページが刻まれた今、ミステリ・ファンとしてはこの作品を思い返してみるのもいいのではないでしょうか。1929年、世界大恐慌の年に本作が発表されてから80年後の変化には感慨深いものがあります。
ゆすられていたネタは何でもよかったはずで、それでも議論を呼ぶかもしれないあの理由にしたこと、また、当時の娯楽の中心だったにぎやかな劇場(映画もやっと音声入りが試みられていた時代です)を事件の舞台にしたことを考えても、クイーンには『災厄の町』などよりはるか以前、第1作からすでに社会派(リアリズム)的な志向が多少はあったと見るのは、論理が強引過ぎるでしょうか。


No.74 7点 九つの答
ジョン・ディクスン・カー
(2009/01/21 19:57登録)
同時期にカーが書いていた歴史ものと似たテイストが感じられる、シリーズ外作品です。現代(1952発表作)が舞台のはずなのですが、いつのまにか時代も定かでない異世界の冒険活劇世界にはまりこんでしまったような感覚を味わわせてくれます。また、カーの歴史趣味も重要なファクターとして出てきます。
話が展開していく途中で、ミステリを読みなれた読者が思いつきそうなこと(?)を、八つの間違った答として注釈を挿入し、事件解決後に置かれた九つ目では、アンフェアな記述があるという主張は間違った答であるとしています。しかし、これは訳し方の問題だそうですが、実際にはアンフェアなところがあります。人称代名詞などを不自然にならないように訳すのは難しいのでしょうが。個人的には、本書の持ち味が冒険小説的なこともあり、厳密にフェアかどうかはあまり気になりませんでした。


No.73 7点 歯と爪
ビル・S・バリンジャー
(2009/01/20 21:57登録)
他の方も書いていますが、私もやはり結末の意外性は全然感じませんでした。結末ではなく袋とじ前には、2つの話の結びつけ方に意外性があるとは思いますが、それも想定範囲内に留まる程度です。原書初出版当時でも、徹底したカットバックの手法は珍しかったかもしれませんが、驚愕の結末ということはなかったのではないでしょうか。
しかし、意外性だけで小説の良し悪しが決まるわけではないでしょう。奇術師パートの展開がおもしろく、最後はかなり感動的でしたし、その後の暗いつぶやきのリフレインも、読了直後には不要だと思ったのですが、後々まで印象に残ります。


No.72 7点 盤面の敵
エラリイ・クイーン
(2009/01/19 21:17登録)
代作者がシオドア・スタージョンだと知った時には、あのSF作家が?と信じられない気持ちでいたのですが、本書出版の3年前、1960年にスタージョンが書いたSF『ヴィーナス・プラスX』を今年になって読んで、驚かされました。言葉遊びが多用されていますし、「エラリー・クイーンの国名シリーズ」なんて言葉まで飛び出してくるのです。そう言えば、スタージョンお得意のテーマも、本書のトリックにどこか通じるものがあります。まあ、基本的なプロットはダネイが考えたのでしょうが。
それはともかく、年代的には、どうしても本作の少し前に公開されたあの有名映画(原作は未読)を思い出さざるを得ません。そのネタをフーダニットに応用すればこうなる、ということなのでしょうか。個人的には、ライツヴィル4作の後では最も好きな作品です。


No.71 7点 誘拐
高木彬光
(2009/01/18 19:15登録)
この作品の誘拐犯は、現実に起こった誘拐事件の裁判を傍聴して、自分の計画を練ったという設定です。その時、裁判所のトイレで百谷弁護士と一瞬出会うのですが、その顔を最後に百谷弁護士がなんとなくでも覚えていたというのは、いくらなんでも記憶力が超人的過ぎると思えます。
まあ、それはともかくとして、この裁判傍聴は別の意味でもキーになっていて、百谷夫妻の思い切った調査法には驚かされました。また、ある「偶然」の使い方も、似た発想がなくはないのですが、このような形で犯行計画に取り入れられたのは非常に珍しいのではないでしょうか。大胆な構成でありながら、細部も緻密に作られた作品でした。

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