谷崎潤一郎 犯罪小説集 |
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作家 | 谷崎潤一郎 |
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出版日 | 1991年08月 |
平均点 | 6.43点 |
書評数 | 7人 |
No.7 | 5点 | クリスティ再読 | |
(2023/01/20 15:49登録) 「途上」はともかくとして、谷崎と乱歩って精神風土に共通部分が大きいから、もっとたくさん「ミステリ」があるか...と思ってたが、意外に少ないようだ。この本だと短編3作「柳湯の事件」「途上」「私」に中編「白昼鬼語」の4作を「犯罪小説」として紹介。「金色の死」や「秘密」とかも入れてもいいのかもしれないし、幻想小説なら「魔術師」とかもOKなんだろうが。 いや大正年間に一世を風靡した「悪魔主義」というものが優れて都市的な現象だった、というのはそれこそボードレールを論じたベンヤミン以来の定石的な視点なんだけども、ポオとボードレールの「群集の人々」を眺めやる遊民の視点は、「推測の魔」によってしかアプローチができない猥雑な日常と道徳の背後にある「究極の美」が顕現する世界をかすかに捉えて、予感し震える....それが「猟奇」。朔太郎や白秋といった詩人たちのセンスによって、ミステリの出発点が支えられていたことを、やはりこの谷崎の「犯罪小説」も証明するわけである。 しかし、この時代が大衆小説の勃興期でもあり、その反作用としての「純文学」が領域化された時代でもあるのだから、たとえば谷崎だって「大衆小説」の枠組みで「武州公秘話」やら「乱菊物語」を書くわけだし、芥川だって「邪宗門」でそういう伝奇なアプローチを見せたりもしている。言いかえればここで谷崎が「犯罪小説」を書いたという事実も、「越境」ということではなくてまさに未分化の時代の産物のようにも思われる。いやいや、今のジャンル小説化した状況と同じように語るのもどうか、と思っていたりもするんだ。 まあでも長い「白昼鬼語」がガチに乱歩テイスト(「恐怖王」?)が強いからね~この乱歩「特有」と捉えがちな味わいは、乱歩の個性もあるけども、時代背景にも負っているようにも感じられるなあ。いや「柳湯の事件」に「盲獣」に通じる触覚重視があって、そういうのが面白い。 |
No.6 | 6点 | じきる | |
(2021/08/16 15:23登録) 推理小説というよりは、心理描写に重きを置いた犯罪小説集でしょう。オチがミステリに通ずるものもありますが、やはり退廃的な妖しい世界観を味わうものかと。 どうでもいい話ですが、表紙のイラストが好きです。 |
No.5 | 5点 | メルカトル | |
(2021/01/14 22:32登録) 仏陀の死せる夜、デイアナの死する時、ネプチューンの北に一片の鱗あり…。偶然手にした不思議な暗号文を解読した園村。殺人事件が必ず起こると、彼は友人・高橋に断言する。そして、その現場に立ち会おうと誘うのだが…。懐かしき大正の東京を舞台に、禍々しき精神の歪みを描き出した「白昼鬼語」など、日本における犯罪小説の原点となる、知る人ぞ知る秀作4編を収録。 『BOOK』データベースより。 まあ可もなく不可もなくって感じじゃないでしょうか。Amazonや本サイトでも高く評価されていますが、私にはその実感が湧かないと言うか、あまりピンときませんでしたね。『私』はあの名作の数年前に書かれたそうですが、トリックとして採用されている訳ではありませんので、意味がないと思います。又、『途上』はプロバビリティの犯罪をミステリ史上初めて取り扱ったものらしいです。確かにこれでもかと、偶然を頼った完全犯罪を狙う物語ですが、ミステリとしてはあまり評価できないですかね。ただ単にその手法を羅列してるだけのような気がします。最も読み応えがあったのは中編の『白昼鬼語』で、一番ストーリー性とミステリの匂いが感じられる作品です。日本の推理小説を読んでいる気がしませんでしたが。 そもそも本作品集を推理小説或いは探偵小説と呼んで良いものかどうか迷うところです。だから『犯罪小説集』なのでしょう。まあしかし、私の中で谷崎潤一郎という作家のイメージを変えたとは言えると思います。 |
No.4 | 9点 | Kingscorss | |
(2020/11/07 16:21登録) 文豪、谷崎潤一郎氏のミステリーのなかでも傑作を厳選して集めた短編集(実際は短編三つと中編一つ)。一見どれも地味だが、読み終えて、後からじわじわ良さがわかる。 予備知識無しで読んでほしいので内容は割愛しますが、特に後半2作品は素晴らしく、この時代に今では当たり前の手法を踏襲していたのにはおどろくばかり。超有名なあのトリック(構成?)とかはアガサクリスティーの”あの”作品の発表より五年早いらしい。 (´゚д゚`) 逆に言うと最近のミステリーを熟読してる人にはトリック等はものたりないかもしれませんが、古典という理由だけではなく、単純に素晴らしい作品群なので未読の人はぜひ読んでほしいです。二〇〇ページぐらいですし、この時代の小説家にしてはかなり読みやすいのでサクッと読めます!超オススメ。 |
No.3 | 4点 | 蟷螂の斧 | |
(2015/05/25 09:06登録) 日本ミステリー小説史(堀啓子氏)に『谷崎は、<明治期の涙香>から<大正末期の乱歩>まで間隙を埋めた存在とされ、「探偵小説の中興の祖」とも呼ばれているのである。』とありましたので、手にしてみました。 『途上』(1920)は”プロバビリティの犯罪”(直接手を下さず、何らかの仕掛けで死ぬ確率を高め、結果的に死に至らせしめる)として、江戸川乱歩氏により評価されたようです。しかし、ミステリーとして面白いかと問われれば、つまらないと答えるしかないし、その後発展したわけでもない。本作の内容は証言のある事象以外は、探偵の根拠のない推論でしかなく、納得性に欠けますね。偶然性や蓋然性については主人公の言う通り「論理的遊戯」であるしかないと思いました。 『私』(1921)は「アクロイド」と比較されているようですが、「アクロイド」はトリックであり『私』はトリックではありませんので、先駆性云々の対象とはならないような気がします。もしトリックと捉えるならば、アンフェアでかつ瑕疵があることになりますね。「潤一郎ラビリンス」の解説者千葉俊二氏によれば、「話法という小説的な技法への関心によって書かれたとの印象が強く、後年の谷崎が『痴人の愛』『卍』などの一人称告白体の小説によって新境地を切り拓いたということを考え合わせれば、むしろその点において論じられるべき作品だろう」が的を得ていると思います。著者本人も探偵小説扱いされることを嫌っていた節もありますし、本人の趣旨と違うところで乱歩氏や後世の人に評価されてしまっているという気がします。 時代的な面からすれば、私的には芥川龍之介氏の「藪の中」(1921)の方がよっぽどミステリーらしいと思うのですが・・・。 |
No.2 | 8点 | 江守森江 | |
(2010/06/29 19:06登録) 日本探偵小説の原点と云うべき、この作品集を区切りの900番目の書評にするべく、並べ替え改めた。 江戸川乱歩が日本探偵小説の父なら谷崎潤一郎は祖父であろう。 その事を示す、我が国に於ける先駆的探偵小説として満点(8点)を献上する。 川端康成でなく谷崎潤一郎がノーベル文学賞を受賞していれば、日本発信でミステリーでもノーベル賞が狙える事を示せただけに残念でならない。 ※途中に余談 最近の‘島荘’のアジアから世界にミステリを逆流させる活動と方向性は、ノーベル文学賞を狙った遠大な計画なのだろうか?※ 全4編からなるが「柳湯の事件」は、さほどの作品ではない。 乱歩「赤い部屋」に影響を与えた「途上」はプロバビリティの犯罪を論理的に暴く傑作。 クリスティーに5年先駆け《アクロイドの技法》を用いた「私」 覗き趣味小説に見せながら二段仕掛けの芝居オチが炸裂する「白昼鬼語」 上記3編の技巧と先駆性には驚嘆を禁じ得ない。 文庫で200ページ程度で時間も要さないので、是非とも国内ミステリの原点を覗いてみては如何だろう!! |
No.1 | 8点 | rintaro | |
(2010/05/29 14:27登録) 文豪、谷崎潤一郎の犯罪小説を集めた作品集。彼が探偵小説においてどれだけの先駆性を持ってたかを再確認できます。 収録作品は「柳湯の事件」、「途上」、「私」、「白昼鬼語」となっています。 私は、プロバビリティの犯罪を扱った「途上」と、叙述トリックを扱った「私」が、この作品集の白眉のように感じました。 「途上」の、犯人と探偵との会話の中で、犯罪の全貌が明らかになる構成は、横溝の「百日紅の下で」を彷彿とさせます。 また「私」は、叙述トリックを「アクロイド殺し」の5年前に扱っているという歴史的意義だけではなく、そのトリックで人間の心の闇までも掘り下げている点で素晴らしいと思いました(論理の厳密さでいえばアクロイドに劣りますが) |