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ミステリの祭典

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ルルージュ事件
ルコック、タバレ

作家 エミール・ガボリオ
出版日2008年11月
平均点7.43点
書評数7人

No.7 7点
(2021/02/20 14:34登録)
 一八六二年三月六日、木曜日のこと。パリ近郊のラ・ジョンシェール村で近所に住む未亡人、クローディーヌ・ルルージュの刺殺遺体が発見された。村に隠れ住み決して周囲に素性を明かさなかった彼女の過去には、いったい何があったのか。"チロクレールの親父"のあだ名を持つ、素人探偵タバレがたどりついた衝撃の結末とは・・・。世界最初の長篇ミステリ、初の完訳。
 一八六五年日刊紙「ペイ」に掲載されたのち、舞台を「ソレイユ」紙に移して一八六六年四月より再度連載された、ガボリオ初の新聞小説。後のレギュラー探偵ルコックはセリフが二、三あるだけのチョイ役で、師匠格のタバレが序盤では鮮やかな探偵役を務める。が、それも中盤には覆り、逆にタバレが潔白な容疑者を救い出そうと狂奔するなか、ルコックに腐された足の治安局長ジェヴロールが事件の重大な手掛かりを齎すなど、ミステリ黎明期の故か物語の展開は単純ではない。
 犯人として逮捕されたアルベール子爵やその父親の名門貴族コマラン伯爵、アルベールの恋人で彼の無実を信じるクレール・ダルランジュ、かつてクレールに求婚するも大きな痛手を負い、六週間も生死の境をさまよい続けて回復した後、再び数奇な運命から本件担当となり苦悩するダビュロン判事など、各サイドのキャラにはいずれも十分な筆が割かれ、群像劇として飽きさせない。
 軸となるのは二代に渡る恋愛が齎した策略とその顛末。伯爵の幼児掏り替えによってアルベール×クレールと弁護士で私生児のノエル×彼の愛人ジュリエット、二組のカップルが激動の運命に晒される。大デュマを彷彿とさせるストーリーは非常にリーダビリティが高くサクサク読めるが、惜しむらくは恐るべき証拠の一致を〈単なる偶然〉として片付け、犯人側の作為も無い点だろうか。タバレの誤認も無理はなく、この辺明らかに二年後のコリンズ『月長石』に劣る。
 ただし第8章で開陳されるコマラン伯爵のブルジョワ論議や、19章でのノエルの恋の皮肉な救済など小説としての見所は多く、フランス第二帝政という時代背景を鑑みると興味深い。発表年の古さと長さの割には身構える事無く、存分に当時の面白さを味わえる小説である。

No.6 8点 弾十六
(2020/08/09 12:33登録)
出版1866年だが、初出は新聞Le Pays(14 septembre – 7 décembre 1865)。その後1866年から1867年にかけて4紙が再度連載している。(読者層が違うのかな?) まあ大人気だった、 というのが窺われる。
いやでも、素晴らしい小説。大デュマの歴史ものを、現代の殺人事件をテーマにしてみたら… という大ロマン小説。第2章まではゆったりとしてて時代だなあ、と思わせるんですが、第3章からの流れが絶妙。キャラ描写も良い。作者がハマって書いてるのが感じられます。多分、二作目以降は自己模倣になっちゃってるんだろうなあ、と今から想像してますが、でも裏切って欲しい。続きも牟野素人さん(ご本人は無能なシロートと自称されておりました)が訳しておられるので、すぐ読めます。(安いし)
個人的にはアレ?と思ったボーナスポイントもあり。是非、余計な予備知識を入れずに読んで欲しい。かつての人気は伊達じゃない!
さて、トリビア書くのが辛い。仏語は英語の半分以下の能力だし、シャーロックに比べると19世紀末の資料は少ない。(ミステリ関係が薄いだけで、文化関係はかなり豊富だ。私に知識が無いだけです、ハイ) なので進まないので、とりあえず今は項目だけ書いて、後で埋めます…
この小説、クリスティ再読さまは多分かなり気に入ってくれるんじゃないか、と思います… 是非!
p11 1862年3月6日木曜日、マルディグラの翌々日(Le jeudi 6 mars 1862, surlendemain du Mardi gras)♠️
p14 現場は一切合切このままで(Il faut tout laisser ici tel quel)♠️
p15 半年分として320フラン、しかも前払いという条件だが(moyennant trois cent vingt francs payables par semestre et d’avance)♠️●円。一軒家の家賃。田舎の小別荘ふう。1階に2部屋と屋根裏部屋のみ。菜園付き。周囲は石壁で囲われている。
p15 朝方、よく木綿のナイトキャップをかぶった姿が見られたところから、どうもノルマンディー地方の出身らしかった(On la supposait Normande, parce que souvent, le matin, on l'avait aperçue coiffée d'un bonnet de coton)♠️第一帝政のころノルマンディの婦人に木綿のボンネットが流行った。写真で見ると布を帯でぐるっと巻いて留めてる感じ。日常的なファッションらしいので「ナイトキャップ」とは違うかも。教会にこの頭で行くご婦人もいて聖職者にcoiffure abominable(酷いかぶりもの)と評判が悪かったようだ。
p18 記憶の天才♠️『バティニョールの爺さん』にも登場した特殊技能。
p20 前科者から探偵に♠️ヴィドック風。そーゆーキャラ付けだったのね。
p21 引き出しに金貨…320フランも♠️
p22 チロクレールの親父(le père Tirauclair)♠️フランス語で“Bringer of Light” or "Brings-to-light"(英Wiki)。tirer aux clairsということ?仏Wikiにはこの語は分解無しで「別名Tirauclair」とだけ記載されているので、この綴りで常識的にすぐ意味がわかる、ということか。
p26 月に60フラン♠️●円。食料品店での買い物
p27 十スー♠️●円。子どもの手伝いに対する駄賃
p29 ビー玉(des billes)♠️ここらへんの感じが好き。可愛い雰囲気がよく出ていると思う。
p31 丸みをおびた顔は、びっくりしているような、それでいてどことなく不安げな表情… パレ=ロワイヤル座の二人の喜劇俳優にひと財産をもたらした、あの表情(Sa figure ronde avait cette expression d’étonnement perpétuel mêlé d’inquiétude qui a fait la fortune de deux comiques du Palais-Royal)♠️具体的な俳優を念頭に置いて、の書きっぷり。多分当時は明白だったのだろう。ググったらPaul Grassotという喜劇俳優?が引っかかった。仏Wikiなので、記事を読むのが大変。よくわからないので保留。
p34 鳩時計♠️いつも寝る前にねじを巻く。動くのはせいぜい14-5時間だろう
p34 五時をさして止まっているのは何故か。その時刻に時計にふれたから(Comment donc se fait-il que ce coucou soit arrêté sur cinq heures? C'est qu'elle y a touché.)
p38 百フラン…紙幣(Ils réclament cent francs qu'on leur a promis)♠️発見の報酬
p39 数種類の指紋(les diverses empreintes)♠️急に科学捜査が進展した?ここは「いくつかの足跡」という意味だろう。指紋が科学捜査に使用された初例は1892年アルゼンチンのはず。
p42 年に2000フランの収入。30年ほど?前の話
p44 二十五フラン支払って野兎を仕留める
p54 ピケやインペリアル
p64 三十万フラン♠️相当の額。まあ目的が目的だ。
p117 八十万フランを超える金♠️良地の代金
p121 二万フランの年金… 減少
p147 小型のピストル
p168 いつの世にあっても、権力を手中にするのは富を、つまりは土地を所有する者だ
p169 土地の価値は日に日に上昇している
p171 召使の使命
p223 今日では誰でも司法を尊重し
p223 ちりの中を転げ回り
p225 ヴァレリーもそれには反対でした♠️ちょっと意味不明。
p235 記述によるミスディレ
p238 千フラン札2枚
p239 コーヒーを飲みながら、食堂で葉巻をくゆらしていた… 家の規則に反すること
p271 わたしが40歳のとき、父親はもうろくして子どもに返ってしまった
p271 月々4000フラン
p278 息子たちはあらゆる愚行とは無縁な時代に生をうけたから、父親の世代の悪行、情熱、熱狂を知らない♠️フランスでは、政体がコロコロ変わった時期。裏切りも当たり前だったろう。
p278 五フランの金を御者に投げわたし♠️チップ。多分過大な。
p279 夫人の頭のうえには小さな容器… 冷たい水が一滴一滴こぼれ落ち… 額を冷やしていた
p279 血でよごれた布きれ… 蛭による治療がおこなわれた…
p281 吸い玉
p282 きみの政治的信念からして、聖ヴィンセンシオの修道女に…♠️「宗教的」信念じゃないの?ポリシーの誤訳か?
p285 利子というのが五分から一割五分…
p286 利子の話を好まず、その話をもちだされると面目をうしなったように感じた…♠️高利貸みたいな男の心情。やはり利子はタブーなのか。
p304 猟犬♠️ここでもう既に卑しい仕事に苦悩する探偵像
p311 三フラン欲しさに♠️刑事にデタラメな証言をする奴が… 何故3フランなのか。ただの言葉の綾か?情報料の相場なのか?
p313 英国式に手を差し伸べた
p322 女たちには理性も分別もそなわっていない
p343 レジヨンドヌールのオフィシエ勲章
p346 伝承によれば、雷に打たれた者は
p356 部屋の消毒
p358 刑事♠️タイピンでわかるって何かの合図?
p361 船乗り… 身体を揺する♠️このイメージって誰が始めたんだろ?
p364 聖ヨハネの祭
p366 金貨で3000フラン以上
p372 カタロニア・ナイフ️♠️これも『バティニョールの爺さん』に登場
p382 通行料… 10スー硬貨… 釣り銭の45サンチーム♠️10スー=50サンチーム
p389 二十フラン硬貨
p390 リチャード三世のように
p403 四連発のピストル

No.5 7点 ◇・・
(2020/03/07 16:21登録)
異説もあるが、一応これが長編での推理小説の第一作であると認められている。
アリバイ崩しの元祖でもあり、警察官の捜査を描いた意味でも元祖的な小説。
死体の発見、犯罪捜査、素人探偵の登場、無実の人間の逮捕、死刑の危機がある一方、探偵の活動によって事件の背後や真相が明らかにされるというスタイルが組み込まれている。
ただ今の観点から見ると、犯人が早くからわかり過ぎてしまうという欠点がある。(作者自身が簡単に明らかにしてしまうため、謎解きの興味が薄れてしまう)

No.4 7点 蟷螂の斧
(2015/06/16 15:26登録)
1866年にフランスでミステリー初の長編である「本作」が発表され、一方ソビエトで「罪と罰」が発表されています。その後、ミステリーが両国においてではなく、英米で発展していったことが何か不思議な気がします。本作はフランス流エスプリが各所(当然ラストも)で効いている作品で楽しめました。登場人物の夫々の恋が語られているのも楽しいですね(従前の「抄訳」ではこのあたりがカットされたのかも?)。探偵タバレの役回りが、「トレント最後の事件」(1913)のトレントに引継ぎされたように感じました。当時のフランスにおいて、冤罪に関する意識が相当強いということが、本書から伺えました。

No.3 10点 おっさん
(2011/09/16 13:26登録)
パリ近郊の村で、ひとり暮らしの寡婦(二年まえからその地に住みついた、素性のわからない女)が、自宅で殺害される。
予審判事ダビュロン、警視庁の治安局長ジェヴロール、その部下のルコック刑事らが駆けつけ、捜査がスタートするが、雲をつかむような状況に、ルコックの進言で、名探偵の呼び声高いタバレ老人が招聘されることに。
現場周辺を観察したタバレは、残された些細な痕跡から推理を組み立て、捜査の方向を指し示す。
さらに、思いがけず身近なところから有力情報を得たタバレは、浮上した犯行動機から一気に容疑者を特定し、物証の裏付けも重なって、警察は容疑者の逮捕に踏み切る。
しかし、その尋問を担当するダビュロン予審判事には、容疑者とのあいだに微妙な縁(えにし)があって・・・

ホームズ譚再読の合間に、ちょっとガボリオに寄り道、くらいの気持で手に取ったら――あまりの面白さに呆然としました。
じつは以前、この『ルルージュ事件』(1866)は、田中早苗訳の岩谷書店版を読んで、同じ作者の『ルコック探偵』などに比べて、ストーリーが格段に良いという認識は持っていたのですが、いかんせん抄訳だからなあ、もし完訳で読んだら冗長かもしれん、と思っていたのです。
しかし、国書刊行会の完訳(太田浩一訳)は、予想をはるかに超えるリーダビリティの高さで、途中からはもう、一気呵成でした。

いちおう「世界初の長編ミステリ」と謳われていますが、メアリ・エリザベス・ブラッドンのThe Trail of the Serpent(1861)やチャールズ・フェリックスのThe Notting Hill Mystery(1865)*の存在を考慮すると、即断は禁物です。
ポオを意識した「推理」の要素は、導入部のつかみに過ぎず、本書のミステリ的面白さを支えているのは、告白によるドラマチックな情報の提示をコントロールする、作者のストーリーテリングです。
長編探偵小説としての「型」がまだ無いための(『ルコック探偵』になると、良くも悪くもガボリオなりのフォーミュラが出来上がっていますが)試行錯誤的な回り道が、逆に、事件関係者の肖像に深みをあたえていきます。
作中トリックの扱いは下手で、ほとんど効果をあげていませんが(それをのちに、うまく処理したのがF・W・クロフツ)、プロットのミスリードは成功しています。どんでん返しが、人間心理に照らして無理がなく、そうだよな、そのほうが自然だよ、とストンと胸に落ちる点を、筆者は買っています。
また物語は、神の視点で語られ、作者は視点を自由に移動させていきますが、視点人物のなかに真犯人もいて、それを悟らせないような内面描写が選択されている意味は、大きいと思います。まだトリックとして洗練されてはいませんが、アガサ・クリスティー的な語りくちによる詐術の、萌芽といっていいでしょう。
ディテクティヴ・ストーリーから一転、ノワールに踏み込んだようなクライマックスは迫力に満ち、ご都合主義的な設定が、痛烈な皮肉(犯人の最期の一言を見よ)に反転するのも見事。

「世界初」という歴史的価値だけの骨董品ではありません。
現代ミステリで、たとえばP・D・ジェイムズあたりが好きな読者なら、その驚くほどのモダンさを実感できるはずです。
必読、でしょう。

*チャールズ・フィーリクス作「ノッティング・ヒルの謎」として、2023年に岩波文庫の『英国古典推理小説集』(佐々木徹・編訳)に収録されました。(2023・6・27 注記)

No.2 7点 mini
(2010/02/04 10:19登録)
ウィルキー・コリンズ「月長石」の2年前、1866年に刊行された世界最初の”長編”ミステリー
短篇ならさらに古いのがあるから必ず”長編としては”という付帯条件は必要である
実は前出のコリンズにはさらに古い「白衣の女」があるのだが、本は入手済だが未読なので判断は保留
しかし「ルルージュ事件」はどう見ても紛れもなくミステリー小説の範疇でしょ
なんと言うか大正モダンとでも言うのだろうか、もっとも大正どころか書かれたのは日本の明治維新前だからね、ホームズより前の作品に現代の視点で評価しても意味は無い
書かれた時代を考えれば結構モダンで、むしろ「月長石」の方が伝奇ロマン的要素もあったりで古臭く感じるくらいだ
例の事典での森英俊氏のガボリオ評は散々で、人物描写についても酷評しているが、ちょっと貶し過ぎなんじゃないか
多分にステロタイプな感はあるが、人物描写には頁数を割いており、登場人物が薄っぺらとまでは言えないと思う
森氏は抄訳だった旧訳で判断しているのではないだろうか
現代語訳の新訳は流麗ですごく読み易い訳なのだが

No.1 6点 nukkam
(2009/10/13 11:28登録)
(ネタバレなしです) 1830年代以降のフランスでは新聞連載小説が大流行し、バルザック、デュマ(父)、ジョルジュ・サンドなど錚々たる作家がしのぎを削っていましたが、エミール・ガボリオ(1832-1873)もそんな時代の落とし子というべき作家でした。1866年に連載された本書は(異説はあるかもしれませんが)「世界最初の長編推理小説」と評価されています。本書は5作書かれたルコック刑事シリーズの1作目でもありますがルコックは完全に脇役で最初の2章ぐらいしか登場せず、タバレが探偵役です。コナン・ドイルの「緋色の研究」でシャーロック・ホームズがガボリオ作品の探偵の非効率ぶりを批判していますが、ドイルよりさらに後年のF・W・クロフツの「足を使って地道に捜査する探偵」の原点はここにあると思います。ロマンスやお家騒動の描写がいかにも19世紀のロマン小説風でまわりくどく、人物のせりふもまるでオペラのように大袈裟です。タバレの推理も説得力に乏しく、しかも偶然に助けられているところが多いのもミステリーとしては弱いです。もっとも現代ミステリーと比較するのはライト兄弟の飛行機を航続距離が短くて非実用的だと断じるのと同じでフェアな評価ではないでしょう。前半やや冗長ですが中盤からは引き締まったストーリー展開になり案外読みやすかったです。

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