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ミステリの祭典

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喉切り隊長

作家 ジョン・ディクスン・カー
出版日1958年01月
平均点5.75点
書評数8人

No.8 5点 レッドキング
(2022/02/06 13:22登録)
皇帝ナポレオンの下、対英戦争に布陣した仏軍内部を脅かす、姿なき連続殺人鬼「喉切り隊長」のWhoWhyHowミステリ。と同時に、仏革命の怪物フーシェ・・ロペスピエールとナポレオンに仕えた・それだけで凄いが・のみならず、ジロンドからジャコバン、共和政府から帝国政府の権力中枢を寝返り歩き警察組織を築き上げた、まさに怪物・・そんなフーシェを黒幕とした複数男女の英仏スパイ合戦。姿なき不思議刺殺者Howはチャチだが、WhoWhyが凄い。いかにもなフーシェの上を行くあの英雄出しちゃうんだもん、そりゃ・・スゴいさ。

No.7 6点
(2019/09/22 16:56登録)
 一八〇五年夏の終わり、ドーヴァー海峡を睨むブーローニュのオードルー断崖上の陣営に、興奮した十五万の歩兵と九万の騎兵がもう辛抱できないというようにわき返っていた。前年五月に即位したフランス皇帝ナポレオン・ボナパルトはその絶頂期にあり、その影はヨーロッパ全土に長々と暗い影を投げかけていた。集結した二十四万の大陸軍は、果たしてどこへ向かうのか? 対岸のイギリスか、それともヨーロッパのいずこへか? それは各国のみならず、当の兵士たち自身がもっとも知りたがっている事だった。
 停頓する状況にいらだつ軍営内に、ある噂がひそかに広がっていく。〈喉切り隊長〉と呼ばれる殺人鬼がいずこともなく現れて歩哨を刺し殺し、幽霊のように消え去るというのだ。衆人監視のなか犠牲者はすでに四人を数え、後にはただ"ごきげんよう、喉切り隊長"と書いた挨拶状が残されていた。
 悪名高き警務大臣ジョゼフ・フーシェは皇帝の勅命を受け、逮捕されたばかりのイギリス人スパイ、アラン・ヘッバーンを使い喉切り隊長の正体を探ろうとする。が、アランの目的は他にあった。ナポレオンの懐に飛び込み、大陸軍の進路を探ろうというのだ。
 それぞれの目論見を秘めて対峙する二人に絡む、アランの妻マドレーヌと女スパイ、イダ・ド・サン=テルム。そしてアランを敵視する大陸軍一の剣の使い手ハンス・シュナイダー中尉と、お目付け役のギー・メルシエ大尉。五人の男女は一路ブーローニュの三十彫像園へと向かう。
 フーシェの真の目的とは何か? そして〈喉切り隊長〉の正体は?
 1955年発表の「ビロードの悪魔」に続く歴史もの。カーには珍しくナポレオン戦争時のフランスが舞台。美味しい要素てんこもりですが、前作に比べて出来はチグハグ。フーシェは大好きだけどナポ関連はそうでもない、イギリス大好きだけどフランスはちょっとねという、作者のジレンマが出た感じ。
 大枠は冒険スパイ・スリラーで、様々な妨害を掻い潜った主人公アランが気球繋留場の囲みを突破する所は良いのですが、宿敵シュナイダー中尉とサーベルを抜いて騎馬で駆け違うという、最高に盛り上がる場面で物語は突然フェードアウト。次章、伝聞の形で決着がウヤムヤとなった事が語られ、その後シュナイダーは唐突に退場。伏線の為とはいえ、チャンバラ小説としては若干もにょる結末です。
 反面ミステリとしては物凄く綺麗に着地しており、読み終えると「ああこれがやりたかったのか」と分かるのですが、肝心なところを潰して奉仕させてるので素直に喜べません。チャンバラも良し、推理要素も悪くないというのが、この人の歴史ものの味だと思うのですが。
 タレーランとかも意味ありげにちょろっと出て来るので、伏線はそっちに任せて素直に両者を対決させるべきだったでしょう。作者のフランスへの興味の無さがこのへんに出てる気がします。考証がダメな訳ではないし、決してつまらなくはないんですけどね。あのオチに執着し過ぎたのかな。「五つの箱の死」のリベンジと考えれば、まあ分からない事もないけど。

No.6 6点 クリスティ再読
(2016/08/15 23:21登録)
まあ本作、探偵役がジョセフ・フーシェだ、ということ。本当にそれに尽きる。
評者高校生の頃に、ツヴァイクの伝記小説「ジョセフ・フーシェ」を読んで、フーシェにはマジ憧れたぜ。高二病、だなぁ。まあフーシェの出る創作だとツヴァイクのそれがもう唯一無二の典拠になりかねないんだが、今だとツヴァイクのが「創作おおいじゃん」と指摘されてるみたいだ。それでも伝記小説にクセに下手な伝奇小説より波乱万丈なアレは一度読むといいよ(あとイマドキなら長谷川ナポレオンも面白い。これだと「喉切り隊長」で名前だけ出る元帥たちのキャラが理解できる)。まあ本作フーシェの愛妻家ぶりがキーになるとか、フーシェ・ファン的なポイントが実に高い。
でカーの小説「喉切り隊長」だが、読んだ印象は歴史ミステリと云うよりも、冒険小説と云うよりも、とにかく昭和初期の時代伝奇小説(丹下左膳とか砂絵呪縛とか)に近いテイストを感じる。まあそうだ、ニヒルな怪剣士とか、主人公を巡って争う二人の女性(貞淑vs妖婦)とか、洋の東西を問わず、エンタメの定石ってこうなんだよね、と思わせる。ひょっとしてだれか時代作家が本作をネタにしてない?と思うくらいだね(「センダ城の虜」が「桃太郎侍」に化けた伝でいえば...どうだろう、フーシェは鳥居耀蔵くらいか? あとわざと挑発して剣を抜かせて...は助六だよ)。
でまあ意外な犯人というか、ミステリとしてのネタで考えると、本作は皆さんがいうのとは別な視点で面白いと思う。それは最後まで具体的なキャラとして直接登場しない人物が犯人だ、ということね。まあ犯人像自体は明白というか、真相解明で否定される表面のロジックにちょいと違和感があって、説得力が薄いように思うよ...これだとフーシェじゃなくても気がつきそうな気がするな。まあフーシェ自身の立場からする腹芸が面白みなんだけどね。
けど本作ひらがな比率の高い翻訳(島田三蔵訳)が妙に読みづらい。ところどころ何言ってるかわかりづらいところもある...

No.5 4点 nukkam
(2015/09/06 00:20登録)
(ネタバレなしです) 1805年のフランスを舞台にした1955年発表の歴史ミステリーです。カーの歴史ミステリーは冒険スリラー色の濃い本格派推理小説が多いのですが、本書はスパイ・スリラーに分類すべき作品かと思います。目撃者の監視状況下での見えない殺人者による殺人という謎はありますがその謎は9章であっさりと解かれ(トリックもそれほどのものではありません)、19章の終わりで説明される真相は本格派推理小説の謎解きというよりは冒険小説でラスボスの正体が暴かれるものに近いと思います。

No.4 6点 mini
(2015/08/03 09:58登録)
予定では本日3日に扶桑社文庫から、シェリー・ディクスン・カー「ザ・リッパー」が刊行されるらしい、文庫で上・下2巻のちょっと大作っぽいようだ
さてシェリー・ディクスン・カーという名前でもうお分かりのように、カーの孫娘なのである
内容的には切り裂きジャックテーマの一種の歴史ミステリーなのも祖父を髣髴とさせるではないか

カーは晩年には歴史ものに傾倒していたのは皆様御存知でしょう、ただ私は「ビロードの悪魔」はじめカーの歴史ものは殆ど未読で、唯一既読だったが「喉切り隊長」である
一応当サイトのジャンル投票では歴史ミステリーに投票したが、歴史ものという観点を離れて見れば、これはまんま”冒険スパイスリラー”である
当サイトでのTetchyさんの御書評が過不足なく言い表されておられるので、私が付け加える要素は殆ど無いのですが(苦笑)、弱点ポイントの御指摘も同感
一部の紹介文に、”刺客を放った黒幕は誰か?”とか”徘徊する喉切り隊長の正体は?”とか、本格派的興味を煽る文句が散見されるが、そういう期待で読んではいけない
刺客を放った黒幕なんて凡そ推測出来てしまうレベルだし、そもそも謎解き的興味で話は進行しない
カーは本質的には冒険ロマン志向の作家だと思うが、歴史上に舞台を移す事で、水を得た魚のように冒険ロマン精神が全開になったのだろう、まさにノンストップフルパワー、作者の楽しんで書いている姿が目に浮かぶようではないか

No.3 6点 ボナンザ
(2015/03/08 15:31登録)
カーの時代物の中でも指折りの傑作の一つ。
カーお得意の不可能犯罪趣味はないものの、冒険活劇としては素晴らしい。

No.2 6点 kanamori
(2011/02/05 18:49登録)
ナポレオン統治下のフランス軍に捕えられた英国人スパイ・アランの諜報&探偵活動を描いた歴史ミステリ。
次々と兵士の首を切裂く謎の暗殺者の正体は(黒幕を含めて)ある程度予測がつくので、フーダニット・ミステリとしての魅力に欠けますが、実在の悪魔的人物である警務大臣ジョセフ・フーシェの造形が興味深い。
フーシェとナポレオン皇帝との関係、主人公アランとの駆け引き等、スパイ謀略ものの歴史ミステリとして楽しめた。

No.1 7点 Tetchy
(2008/11/28 22:19登録)
本作はカーのもう1つの貌とも云うべき、歴史ミステリの好編である。

文庫背表紙の梗概には音もなく忍び寄っては兵士を一突きに殺害する通称「喉切り隊長」の正体とは?といった本格ミステリ色豊かに表現されていたためてっきり犯人捜しが主眼だと思われたが、ところが寧ろそっちの方は物語としてはサブ・ストーリーとして流れていき、主眼はアラン・ヘッバーンのフランスにおける諜報活動にあった。
このアランの諜報活動のスリルは『ビロードの悪魔』を髣髴させる出色の出来。

本来ならば8点の評価を与えたいのだが、「喉切り隊長」の正体が強引過ぎる(と思われる)点と、結局「喉切り隊長」の殺害方法の不思議さについてなんら解明がされていない点の2点において1点減点とした。

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