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Tetchyさん
平均点: 6.73点 書評数: 1556件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.53 7点 最後の一撃- エラリイ・クイーン 2021/08/25 00:20
本書は元々エラリイ・クイーンシリーズに一区切りをつけるために書かれた作品だと云われている。そのためか本書はクイーン作品史上、解決に至るまで最も永い時間が掛けられている。事件の発生から27年後になってようやく事件の真相が明らかになるのだ。しかし物語の発端としてはそのさらに25年前から始まる。それはエラリイ・クイーン自身が生まれた年だ。そう、本書はエラリイが生まれてから1957年当時に至るまで、本書刊行が1958年であるからほぼリアルタイムでの作家生活の道のりと共に歩んだ事件なのだ。

この時まだエラリイは処女作『ローマ帽子の秘密』を刊行したばかりの駆け出し探偵作家なのだ。この事件は彼にとって2番目の、実質的には最初の殺人事件であると書かれている。
つまり作家デビュー間もないクイーンに探偵役を担わせ、刊行前年に解決に至る設定を盛り込んでいることからクイーンの作家生活の裏側で本書の事件もまた進行していたことが明らかにされているのだ。そしてそれは新人作家エラリイが登場することから原点回帰的な印象をも受ける。

本書の謎は大きく分けて6つある。
1つは双生児として生まれながら、取り上げられた医師の子として育てられたジョン・セバスチアンの弟の行方。
2つ目はジョン・セバスチアン25歳の誕生日を祝うクリスマス・パーティに訪れた謎のサンタクロースの正体。
3つ目は12夜に亘って行われるクリスマス・パーティに毎夜届けられるメッセージカードとアイテムの意味。
4つ目はそれらを贈る人物は一体誰なのか?
5つ目は図書館で亡くなっていた謎の老人の正体。
6つ目は最終夜にジョン・セバスチアンを殺害したのは一体誰か?

あと本書では出版関係の仕事に携わる面々出てくるせいか、やたらと1930年当時の小説などに登場人物たちがやたらと触れているのが目立った。
それだけでなく、1957年に至るまでの時事についても触れられ、さながらクイーン作家生活の追想のような様相を呈している。

そんな意欲作であった本書は最後まで読むに至り、いささか肩肘が張りすぎたような印象を受けた。

時代が、世相が起こした事件であった。そしてそれはそのまま作者クイーンが歩んできた道のりでもあった。彼が作家生活を振り返ったときにそれまでの歴史的出来事を物語に、ミステリに取り込むことを思いついたのが本書だったのではないか。

しかしこの本書の最後の一行に付された“最後の一撃(フィニッシング・ストローク)”に私は気負いを感じてしまった。

作者のミステリ熱と読者の私の謎解きに対する熱に大いに温度差を感じた作品であった。
確かに力作である。後期の作品においてこれほどの仕掛けと演出とそして複雑なロジックを駆使しただけにクイーンコンビの本書にかける意欲がひしひしと伝わった。やはりクイーンはとことんミステリに淫した作家であったのだ。

初心忘れるるべからず。
本書はそれを自らの肝に銘じた作品ではなかっただろうか。

No.52 7点 エラリー・クイーンの冒険- エラリイ・クイーン 2018/12/20 23:47
旧訳版では収録されていなかった「いかれたお茶会の冒険」と序文が収録された、完全版であると知ったため、改めて入手して読むことにした。
従ってそれ以外の短編については感想は書かず、ここでは未読作品である「いかれたお茶会の冒険」とその他旧訳版との相違や当初気付かなかったことについて述べていきたい。

さてその「いかれたお茶会の冒険」はエラリーが友人のリチャード・オウェン邸に招かれたところから始まる。
邸の主人の失踪事件が本書のメインだが、正直この事件の犯人は読者の半分は推測できるに違いない。そしてその動機も読んでいると自ずと解る、非常に安直なものだ。
しかしそこから死体の隠蔽方法、更にエラリーの犯人の炙り出しが面白い。
そして犯人は早々に解っているものの、それを特定する証拠、そして死体の隠し場所が解らないエラリーは奇妙な贈り物を贈って周囲の動揺を誘い、大鏡の裏の隠しスペースをそれら贈り物から暗示させ、死体を見せることで犯人の自白を強要するのだった。
この贈り物に隠されたメッセージが『鏡の国のアリス』に出てくる歌の一節でこれが大鏡の裏に隠しスペースがあることを示唆している。即ちアリス尽くしのガジェットに満ちた作品なのだ。
そしてエラリーが企図した奇妙な贈り物を贈って不安感を煽る趣向は成功している。なぜなら読んでいる最中に私もこれら奇妙な贈り物の真意が解らず、何者がどのような真意で行っているのか解らず不安に駆られたからだ。
派手さはないがクイーンの見立て趣味とまた犯人を特定するためには罠をも仕掛ける悪魔的趣向などが盛り込まれた作品でエラリーがロジックのみでなく、トリックも施すことを示した作品だ。

今回この「いかれたお茶会の冒険」以外は再読だったが、改めて読むとクイーン作品のリアリティの無さに再度苦笑せざるを得なかったと云うのが正直な感想だ。

さて冒頭にも述べた旧版との比較をここからしてみよう。

まず「アフリカ旅商人の冒険」ではエラリーを大学に招いた教授の名前が旧訳版ではアイクソープ教授となっているのに対し、本書ではイックソープ教授と表記が改められている。 “イッキィ―退屈でつまらないと云った意味”、“イック―いやな奴という意味がある―”といった洒落が出ていることから恐らくはこちらが正しいのだろう。

また旧版とはタイトルが若干変えられているのもあり、冒頭に挙げた未収録作品だった「いかれたお茶会の冒険」は当時は「キ印ぞろいのお茶の会の冒険」となっている。このキ印という言葉、2018年の今ならばほとんど死語だろう。「きちがい」の隠語として使われていたが、今となってはそんなことを知る人も少なくなり、また「きちがい」もまた差別用語となっているから、変えざるを得なかったのだろう。

また「三人の足の悪い男の冒険」も旧版では「三人のびっこの男の冒険」だったが、これも同様に「びっこ」が差別用語に指定されていることによる改題だろう。

しかしようやく完全版の刊行となったことは喜ばしい。旧訳版を読んでから9年経っていた。
信ずればその願いは通ず。9年は長かったとは思わない。いつまでも待つぞ、こんな風に望みが叶うなら。

No.51 5点 クイーン犯罪実験室- エラリイ・クイーン 2014/07/18 23:12
題名こそ『クイーンの犯罪実験室』だが、中身はミステリとしては作品を支えるには乏しいワンアイデアを基に作られた短編を集めた物。ほとんど推理クイズの域を出ない物ばかりだが、逆に云えばそんなアイデアでもミステリが書けるのかという命題にチャレンジした実験短編小説集と云えよう。

長編ミステリを著すにはネタとして弱いが、短い話ならば書けるワンアイデアを活かした短編が並ぶ。その中には英米、米仏など異国の文化の違いから生まれる違和感からエラリイが推理する短編もあり、日本人が十分楽しめる知的ゲームとなっていないものもある。
しかしそれらは恐らくダネイとリーはいつも2人でこんなアイデアを話して、ミステリの種を探していたのだろうなと云うのがよく解る、知的パズルのような趣を感じる。逆に云えばどんなアイデアでもミステリ短編に仕立てる雑誌編集者の魂というか、商業根性を感じてしまったが。
特に多いのがダイイング・メッセージ物で、特に短い単語や名前から隠されたメッセージを推理する趣向の作品が非常に多い。実に16編中7編と半分近くがそれに類する。そしてそれらが単純な犯人特定の手懸りになるわけではなく、そこからまた謎が深まる、もしくはミスリードとして使われているというヴァリエーションも見せつける。

なるほど確かに本書は犯罪実験室だ。恐らくは言葉遊びや知識を競う遊びをして思いついたアイデアの数々。それらを犯罪に応用することが出来るのかがクイーン2人の試みを示したのが本書。

ちょっとした頭の体操をするにはちょうどいい作品が、そして少しだけ感心してしまうアイデアの妙が詰まった作品が揃っている。そんなアプローチで復刊しませんか?早川書房さん!

No.50 7点 間違いの悲劇- エラリイ・クイーン 2013/07/01 19:42
表題の未完成長編のシノプシスにクイーンの未収録短編作品も織り込んだ贅沢な一冊。

さてそんな作品集の始まりはノンシリーズの「動機」から始まる。町の住民が次々と殺されるが犯人は一向に解らない。捜査が難航して苦悩する副保安官が無差別殺人、通り魔的犯罪としきりに零すのはミステリとして殺人事件を扱っているが実は世に蔓延る殺人事件の大半はこのような動機やトリックなどとは無縁の、動機なき犯罪が多いのだという一種の皮肉めいたメッセージなのかもしれない。

その作品以降続くのは「クイーン検察局」シリーズの未収録短編と「パズル・クラブ」シリーズ。どちらも推理クイズと大差ない読者の挑戦状を挟んだ小編ばかりだが、全編通して多いのはダイイング・メッセージ物だということだ。玉石混交の感は否めないが、よくもまあこれほど考え付いた物だ。

そして注目の表題作。これは前にも書いたがクイーンの代表作『~の悲劇』の題名を継ぐ作品だけあって、その真相は二転三転し、読者の予断を許さない。しかもその真相には後期クイーン問題も孕んでおり、読後の余韻は『九尾の猫』や『十日間の不思議』に似たものがある。作品として完成していれば後期の代表作の1つになっていたのかもしれない。

題名は犯人が犯したある間違いからこの事件は起こったというエラリーの慨嘆から来ている。しかしそもそも世の中の犯罪全てが間違いから起こった悲劇ではないか。つまりこの題名は犯罪そのものが「間違いの悲劇」なのだという作者からのメッセージだと読み取った。

またよく考えてみると『~の悲劇』の題名がついた作品でエラリーが活躍するのは本作だけである。深みあるテーマとこの題名。もしシノプシスだけでなく、作品として完成していたら貴重な作品となっていただろう。

No.49 6点 心地よく秘密めいた場所- エラリイ・クイーン 2013/03/03 19:58
クイーン最後の長編。
その最後の作品は殺意の芽生えから殺人に至るまでを女性の妊娠に擬えている。最後の長編でありながら、新たな生命の誕生に章立てが成されているとは云いようのない歪みを感じる。

後期及び最後期のクイーンの作品では、あるテーマに基づいた奇妙な符合を見出して事件の異様さを引き立てる構成が多く採られているが、クイーン最後の長編の本書では、インポーチュナ産業コングロマリットの創始者である、物語の中心人物ニーノ・インポーチュナの人生そして彼の殺害事件後に届く奇妙なメッセージに全て数字の9を絡めているのだ。その絡め方はそれまでのクイーン作品の趣向以上の情報量の多さを誇る。特に171ページ以降は9に纏わる逸話やエピソードのオンパレードである。
そしてまた9は一桁の最後の数字でもある。すなわち本書がシリーズ最後の作品であることを暗に仄めかしていると考えるのは果たして穿ちすぎだろうか?

そして最後の作品のトリックとして用いられたのはなんとそれまで刊行されたクイーン自身の作品群!
まさかこのために作者=探偵という設定を用いたわけではないだろうが、このような着想を考え付くこと自体、恐ろしい。

だからこそ最後の真犯人の登場が唐突過ぎて非常にもったいない。
最後の作品もロジックで終始し、犯人逮捕の決め手となる証拠が欠けている。やはりクイーンは最後までロジックに淫した本格ミステリ作家だったのだ。

しかしタイトルの意味は果たして何を指すのか?最後に登場する真犯人が大金をせしめて優雅に暮らそうとした場所だったのか?それともバージニアとピーターが誰彼憚ることなく2人きりでいられる場所のことだろうか?もしくは作者クイーンが本書を脱稿した際に思い至った境地を指すのか?

No.48 7点 最後の女- エラリイ・クイーン 2013/01/26 22:16
なんとその舞台はライツヴィル。そして本書は『顔』で語られたグローリー・ギルド事件の続きから始まる。
『真鍮の家』でリチャード・クイーンはジェシイ・シャーウッドと結婚したが、本書ではそれは無かったことになっているらしい。同書の事件を飛び越して『顔』の事件の後、しかもエラリイの復調のためにクイーン警視はライツヴィルの保養所にて一緒に過ごす。しかもそれについて妻に断りを入れる云々の件はない。その後自宅に戻ってもジェシイの影など少しも見かけられない。確かにあの作品はエイブラハム・デイヴィッドスンの手になる物だからそれも致し方ないのだろう。

限られた登場人物の中で状況的に容疑者が絞られるのは3人の元妻。そんな状況で異質な存在なのが元妻たちが盗まれたイヴニング・ドレス、緑のかつら、手袋。それらが見事に論理的に解明されるラストは実に鮮やか。たった1つの解で全てがピタリと収まるべきところに収まる鮮やかな手際にやはり本家クイーンは凄いと唸らされた。

正直に云えばクイーン全盛期の作品と比べれば地味な物語でありサプライズの度合い、地味な物語などやや落ちるのは否めないものの、他作家のクイーン名義を読んだ後ではこの作品がやけに眩しく感じてしまった。

No.47 4点 孤独の島- エラリイ・クイーン 2012/12/26 22:00
エラリー・クイーンのノンシリーズ物。舞台は人口約16,000人の小さな町ニュー・ブラッドフォードで主人公はそこの警察署に勤めるウェズリー・マローン。物語は彼が製紙会社の給料強奪殺人事件を起こしたギャングたちに犯罪の片棒を担ぐよう強要されるところから始まる。
物語は娘の救出、金の紛失、強盗一味の自宅占拠に失った金の在処の捜索、そして再び娘の誘拐と一転二転三転とする。

全く従来のクイーン作品とは趣も文体も味わいも違う作品だ。テイストとしてはハメットやチャンドラーが書いた冷酷無比な悪党の登場するハードボイルドを感じさせる。本書はクイーン作家生活40周年を記念して書かれた作品だが、晩年のクイーン作品の多くがそうであったように、本書もまた他の作家の手によるクイーン名義の作品だと思っていた。
しかし調べてみるにどうも本書は実際にクイーン自身が著した作品のようだ。しかし逆にそれが本書の魅力を減じていると私は思う。

なぜならクイーン=本格という図式が強く根付いているため、本書でもそれを期待してしまうからだ。その先入観が強すぎて本書の世界に浸れない自分がいた。

No.46 7点 真鍮の家- エラリイ・クイーン 2012/11/26 19:58
まず驚きなのがリチャード・クイーン警視が結婚したという幕開けだ。退職した警視のお相手は『クイーン警視自身の事件』で慕うようになったジェシイ・シャーウッド!いやあ、あの結末から7作目で結婚だとはまさに想定外。その間の作品でジェッシイとの付き合いが書かれていなかっただけに驚きだ。

さてこのリチャード・クイーン警視とその仲間たちが挑む謎は3つ。
1つはヘンドリック・ブラス氏は何故面識のない6人の人物に遺産を相続しようと決めたのか?
2つ目はブラス氏が云った600万ドルの遺産とはいったい何処にあるのか?
3つ目は一体誰がブラス氏を殺したのか?

今回鳴りを潜めていたエラリイは最終章で登場し、一気に事件の真相と真犯人を突き止める。『クイーン警視自身の事件』ではエラリイの登場無しで警視のみで解決していただけに今回も同趣向だと思っていただけにこれには驚いた。つまり作者はシリーズそのものをミスディレクションに用いたとも云える。そう思うと本当にクイーンは本格ミステリの鬼だな。

ただ識者による情報によれば本書もまた代作者の手による物らしい。『第八の日』、『三角形の第四辺』を手掛けたエイブラハム・デイヴィッドスンが書いたとのことだが、全く違和感を覚えなかった。プロットはダネイを纏めているとはいえ、リチャード・クイーン警視を主役に物語を進める技量はよほどクイーンの諸作に精通していないと書けないだろう。特に『クイーン警視自身の事件』のエピソードを膨らませてクイーン警視が本作で結婚をするという長きシリーズの中でも大きなイベントがあり、しかも終章でようやくエラリイが登場して事件の真相を解き明かすという憎い演出など晩年期のクイーン作品の中でも非常に特徴ある作品だと思う。また5Wで表現される各章の章題もまさにクイーンならではではないか。

もはやライツヴィルシリーズを読み終えてこれからの作品は前作読破に向けて、消化試合的読書になるかと思っていたが、こんな佳作があるからクイーンは全くもって侮れないと思いを新たにした作品だ。

No.45 7点 クイーンのフルハウス- エラリイ・クイーン 2012/10/10 18:20
3編の中短編と2編のショートショートを並べ、ポーカーのフルハウスに準えた作品集。構成も3編の短編の間に2編のショートショートが挟まる、ちょっと変わった構成になっている(目次では短編の目次にショートショートの目次が別々に表記されているため、その構成が解りにくくなっている)。

『エラリー・クイーンの冒険』などの初期の短編集と比べるとその出来栄えは必ずしも高いとは云えないのが哀しい所。

正直云って幕間劇のように挿入される2編のショートショートミステリは単なる筆休めのような軽い作品でロジックや推理の妙を愉しむわけではなく、純粋にオチを愉しむ作品となっている。この出来が良いかどうかはファン度の強さによるだろう。

中短編3編のラインアップは次のとおり。
凶器に使われたナイフの奇妙な窪みから犯人を絞り出す「ドン・ファンの死」。明白な動機を持つ兄妹の母殺しの意外な犯人が明らかになる「ライツヴィルの遺産」、そして容疑者の無実を晴らすためにエラリイが介入する「キャロル事件」。

この中で後期クイーンの諸作品のテイストを最も色濃く感じさせる「キャロル事件」が佳作と云える。事件そのものは地味で、明かされる殺人事件の犯人も驚きはなく、逆に肩透かしを食らった感はあるものの、エラリイが最終9ページに亘って開陳する推理の道筋と犯行に至った犯人の心理はなかなかに考えさせられるものがある。逆に人間というものはそれほど論理的に行動する生き物ではないという、推理を超えた推理を見せられた気がした。

No.44 7点 第八の日- エラリイ・クイーン 2012/08/31 23:04
エイブラハム・デイヴィッドソンによって書かれたとされる本書はクイーン作品でも異色の光彩を放つ。閉じられた世界での物語といえば『シャム双子の謎』や『帝王死す』などそれまでにもあったが、本書は世界観から創っているところが違う。

ピーター・ディキンスンを髣髴とさせる異様な手触りを放つ作品。閉じられた共同体であるクイーナンはアメリカにありながらアメリカではない。全ての物は村人の物であるという共産主義的社会。美術、音楽、文学、科学さえも存在しない。教典とされるのはMk'h(ムクー)の書と呼ばれる存在すらも危ういまだ見ぬ聖書。犯罪そのものを知らない人々に対して指紋がどんなものかから教えるエラリイ。

事件自体はそれほど特異なものではないが、本書の特徴はその後の展開にある。ネタバレになるので敢えて書かないが、この結末はエラリイの存在、到来自体を否定するものだ。つまり本書はエラリイのための事件ではなかったということだ。つまりは探偵の存在を否定する探偵小説。本書の本質とはまさにこれに尽きるのかもしれない。

No.43 5点 エラリー・クイーンの事件簿2- エラリイ・クイーン 2012/07/31 22:34
東京創元社が独自に編んだエラリー・クイーンの作品集。このうち『~事件簿1』は現在でも入手可能なのに、こちらはなぜか絶版状態。従って本書は図書館で借りて読んだ。

なんといっても収穫は1編目の「<生き残りクラブ>の冒険」。戦争で撃沈されたある戦艦の生き残りの子孫たちで構成されたクラブという設定も本格ミステリの特異性が光るし、彼らが生き残ることで得られる報酬のために次々に死んでいくという設定もミステリアス。明かされた真相はツイストが効いてて、読み終わったときは実にクイーンらしいと感じる趣向に満ちている。これが読めただけでも収穫だ。

「完全犯罪」は殺人現場の状況と銃声が起きた時間との相関関係への考察が複雑で理解に苦しんだ。このような室内での弾道の解明などは文章よりも『CSI』のような映像の方が一目瞭然で解りやすい。もうこのような緻密な推理物は読むのがしんどくなってきてしまった。

作品の出来栄えとしてはいささか物足りなかったが、内容的に絶版にする意味があるようには思えないので(評価が低いという点はあるが)、復刊フェアの一冊として近い将来本書がリストに載ることを期待しよう。

No.42 7点 フォックス家の殺人- エラリイ・クイーン 2012/07/19 21:15
戦争後遺症で神経を病み、ついに妻をその手にかける寸前にまでなったライツヴィルの英雄デイヴィー・フォックスの、自らを“生まれながらの殺人者”という烙印を無くすため、過去に起きたデイヴィーの父親の妻殺しの罪を晴らすのが今回のエラリイ・クイーンの謎解き。

地味な展開なのに読ませる。後半の二転三転する展開の読み応えといったら、数あるクイーン作品の中でもトップクラスではないか。
そして二転三転する捜査の末、明らかになる真相とはなんとも云えない後味を残す。これはクイーン自身の手によるあの名作の変奏曲でもあると解釈できる。

しかし問題はこの作品が絶版で手に入らないことだ。これほど読ませる作品なのに。戦争後遺症に冤罪といった社会的テーマに、人間ドラマが加わり、更には本格ミステリとしてのロジックの面白さも味わえるという作品。
今回偶々、市の図書館にあったので読むことができたが自分の手元に置いておきたい作品だ。近い将来の復刊を期待してこの感想を終えることにしよう。

No.41 7点 - エラリイ・クイーン 2012/06/03 20:31
本書はいつもと趣向が変わっている。主犯が明らかになっているのだが、実行犯である共犯者を探し出すという物語なのだ。しかしこの趣向は物語が終わってから気付かされるのであり、今までのクイーン作品を読んだ読者ならば犯人捜しがメインだと思わされるのだ。
例えば『災厄の町』などの諸作に見られる価値観の転換という手法をクイーンはよく取る。従って今回も早々に判明する夫の妻殺害計画もまたこの価値観の転換により覆るのではないかと思わされるからだ。往年の読者でさえも自らの作品傾向を利用してミスディレクションする、というのは穿ちすぎだろうか?

しかし今回の真相には首を傾げざるを得ない。
(以下ネタバレ)

私は本格ミステリで依頼者=犯人という趣向がどうしても納得いかない。なぜ自ら墓穴を掘るようなことをするのだろうか、理解が出来ないのである。どうしてもサプライズのための物語の歪みを感じざるを得ないのだが。

No.40 7点 恐怖の研究- エラリイ・クイーン 2012/04/30 22:43
とにかく1章当りの分量が少なく、おまけに1ページ当りの文章量も少ない本書はサクサク読めることだろう。特にホームズ作品に慣れ親しんだ読者ならば実に親近感を持って読めるに違いない。
そしてやはりクイーン。単にホームズによる事件解決に話は留まらない。まず送られた原稿がワトスン博士によるものかという真偽の問題から、ホームズの解決からさらに一歩踏み込んで別の解決を導く。そしてその真相をワトスンの未発表原稿を叙述トリックに用いているのだからすごい。この発想の素晴らしさ。さすがクイーンと認めざるを得ない。

事件の真相はエラリイのよって最後のたった8ページでバタバタと解決される。しかし詳しい動機については作中では触れられない。しかしそれでも読者ならば公爵の動機がおのずと浮かび上がる。
当時の貴族という人種の精神の気高さと身分制度がもたらした差別意識の深さを考えると納得がいく。彼らにとって売春婦などは死んで当然の人間以下の虫ケラの如き存在にしか過ぎないからだ。この心理状態は数多く古典のミステリを読めば理解が深まる。特にジョン・ディクスン・カーの『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』は裁判の不公正さのひどさも含めて良いテキストになっている。

物語として、また一連のクイーン作品群の中においても出来栄えではごく普通の作品に過ぎないかもしれない。しかしこの作品が内包する当時の時代背景や世情、さらにこの作品が書かれた背景を考えるとなかなかに深い作品だと云える。

No.39 4点 三角形の第四辺- エラリイ・クイーン 2012/03/02 22:52
今回のエラリイは安楽椅子探偵。映画のエキストラの一員としてスキーで滑っているシーンを撮影中に事故に遭って入院をした状態で推理にあたる。

3人のマッケル一家だけが容疑者であるという非常に登場人物の少ない事件。そんな事件でもクイーンはロジックを開陳させてみせる。それは彼の十八番であるアナグラムである。このアナグラムが実にシンプルであるがゆえに解決が困難な事件に光明を投げかける。
しかし物語はそのエラリイの鮮やかなロジックで解決した後、また別の真相が控えている。この辺は実に上手いミスリードだろう。
そしてこの作品でも探偵の能力の限界をエラリイは見せつけられてしまう。

正直に云って私はこのどんでん返しの前の真相の方が好きだ。作中でチェスタトンの「見えない男」を仄めかす記述があり、また犯人が逮捕された後にも事の真相を告げる新聞を読んだ読者は気が抜けたようになった、などという自嘲めいた記述もある。つまり作者クイーンがこの真相を気に入らなかったような節が見られる。

他作家の手によるクイーン作品だが、結局は当時クイーンが取り組んでいた人の心理の謎を主体にした真相を選ばせている。本作は逆にそれがバランスを欠いているように感じてしまった。

No.38 8点 エラリー・クイーンの国際事件簿- エラリイ・クイーン 2012/02/24 23:57
本書に挙げられているのは19世紀の終わりから20世紀の半ばにかけての犯罪記録である。こういった記録は実際貴重である。日本でも牧逸馬氏が同趣向の世界怪奇実話集を編んでいたが長らく絶版となっていた。それを島田荘司氏が精選して復刻させた。本書は今なお本屋で手に入るのだからまだ幸運だ。

世界で起こったフィクションを凌駕する奇妙な事件の数々を集めた本書はその内容ゆえに読後感が決して良いわけではないが、歴史に残る犯罪記録として実に貴重な作品だ。さらに本書が書かれた“その後”について触れられた解説は本書の事件の驚きをさらに補完してもう一度驚かせてくれる(特に母親を殺した2人の少女のその後は強烈だ!)。その存在の意義と価値、そしてここに収められた話の奇抜さと作者の簡潔にして冷静な叙述ぶりを高く評価しよう。

No.37 7点 盤面の敵- エラリイ・クイーン 2011/12/20 22:42
犯人との推理合戦とでも云おうか、連続殺人事件を画策する「Y」なる人物とエラリイの推理の闘いという原点回帰の作品だ。
しかしこの『Yの悲劇』との近似性は一体何だろうか?題名にもなっている盤面の敵である匿名の犯人が使う名前はYだし、『Yの悲劇』で一番最初に死体で発見されたのはヨーク・ハッターならば本書の連続殺人の被害者はヨーク一族。そして何よりも両者とも示唆殺人であるところが一致している。

最後の真相は今では数あるミステリでも取り上げられた設定で、サプライズでもあり、驚きはなく、ああ、この手かと思うくらいにしか過ぎない。しかし当時としては斬新だったことは窺えるし、クイーンの先見性には目を見張るものがあるだろう。

代作者による作品とのことだが、クイーンの名を冠して発表しているだけにやはりクイーンの一連の作品として読むことにする。
作者クイーンがミステリに対していかに新たな血を注ごうかと精力的であったのは存分に窺える。本書を読む人はそんな背景も汲んで是非とも臨んでいただきたい。

No.36 4点 悪魔の報酬- エラリイ・クイーン 2011/11/13 19:45
国名シリーズの後に書かれた3作は通称ハリウッド三部作と呼ばれているが、本書はその第一弾。しかし撮影現場の華やかさとか映画産業の喧しさとかは全く描かれていないため、ハリウッド三部作といいながらも全くハリウッド色を感じさせない。

さて今回エラリイが挑む事件はたった一つ。ある富豪の不可解な死。地味な事件で、なかなか前に進まない印象を受けた。事件は早々に起きるものの、真犯人を特定する証拠、証言に手間取り、またレッド・ヘリングのためか全く関係のないエピソードが挿入され、右往左往しているだけと感じた。
もちろん彼が犯人だと至るエラリイのロジックは相変わらず冴えており、事件の容疑者に当て嵌まる条件から消去法でどんどん犯人へと絞り込んでいく。
しかし残念ながらこの作品に書かれているようには今では犯人は捕まらないだろう。それは全て状況証拠に過ぎないからだ。こういった推理だけならば今の読者は納得しないだろう。作者クイーンの詰めの甘さをどうしても感じてしまう。

No.35 4点 二百万ドルの死者- エラリイ・クイーン 2011/09/26 22:05
ギャングの大物が遺した二百万ドルもの莫大な遺産を巡って遺産の相続人ミーロ・ハーハなる男を捜しにアメリカ、オランダ、スイス、オーストリアそしてチェコスロヴァキアと探索行が繰り広げられる。
痴呆症となりかつての鋭さの影すらも見えないほど落ちぶれたギャングのボス、バーニーの殺害事件はクイーンでは珍しく、犯罪の模様が書かれている。本格ミステリ作家であることから倒叙物かと思っていたがさにあらず。これがエラリイ・クイーンの作品かと思うほど、冒頭の事件は全く謎がなく、エスピオナージュの風味を絡めた人探しのサスペンスだ。
したがって本作には全く探偵役による謎解きもない。純粋に遺産を巡ってミーロ・ハーハなる男を殺そうとする輩と政治的影響力のあるハーハを利用せんとする者達との思惑が交錯するサスペンスに終始する。

それもそのはずで、本書はクイーン名義による別作家の手になる作品。
だとするとこのロジックもトリックもない作品をどうしてクイーン名義で出版したのか、そちらの方に疑問が残る。

No.34 7点 クイーン警視自身の事件- エラリイ・クイーン 2011/07/29 20:49
シリーズの主人公エラリイは全く登場せず、純粋にその父親リチャード警視―本作では既に定年退職しているので正確には元警視―が事件解決に当たる物語。これは現在世間ではエラリイ・クイーンシリーズの1つとして扱われているが、現代ならばスピンオフ作品とするのが妥当だろう。
したがって物語の趣向は従来のパズラーから警察小説、いや私立探偵小説に変わってきているのが興味深い。

そして警察小説ではなく、プライヴェート・アイ小説と訂正したのは既に警察を退職したリチャードがなかなか口を割らない容疑者を落とすため、警察が踏むべき手順を逸脱した捜査方法を取るからだ。
警察辞めるとクイーン警視がこんなにぶっとんだ方法を取るとは思わなかった。

今回の真相は先に解ってしまった。逆にもどかしくてなぜその考えに至らないのかじれったいくらいだった。
これは恐らく当時としてはショッキングな真相かつ驚愕の真相だったかもしれないが、現在となっては別段目新しさを感じないし、恐らく読者の半分くらいは真相を見破ることが出来るのではないだろうか。もしかしたらそれ故に本書が長らく絶版の憂き目に遭っているのかもしれない。

しかし本書でもっとも面白いのは物語のサイドストーリーのしてリチャード・クイーンとハンフリイ家の保母ジェッシイ・シャーウッドの恋物語。いやあ、次作からどうなるんだろ?