皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
Tetchyさん |
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平均点: 6.73点 | 書評数: 1602件 |
No.822 | 5点 | シャーロック・ホームズの事件簿- アーサー・コナン・ドイル | 2010/08/01 21:56 |
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晩年のホームズの活躍が多く散りばめられてシリーズの締め括りを暗示した内容であった。
しかもあまり云いたくはないのだが、明らかにドイルはネタ切れの感があり、前に発表された短編群とアイデアが似たようなものが多い。代表的な例を挙げれば「三人ガリデブ」がそうだろう。これはほとんどまんま「赤毛連盟」である。 しかし、カーを髣髴させる機械的なトリックが印象深い「ソア橋」が入っているのも本書であるから、苦心していたとはいえ、ヴァラエティに富んだ短編集であることは間違いない。特に最後に「覆面の下宿人」のような話を持ってくる辺り、心憎い演出ではないか。 |
No.821 | 10点 | 明け方の夢- シドニー・シェルダン | 2010/07/30 23:37 |
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個人的ベスト作である『真夜中は別の顔』の続編で、これが出た時には「待ってました!」と快哉を挙げたものだ。
さて本作では前作では影の存在として、さほど表立って描かれなかった大富豪コンスタンティン・デミリスが前面に出てストーリーが展開する。なんと前作でショックのあまり記憶喪失となったキャサリンを、自分に対する裏切りの復讐として殺そうと画策しているのだ。とにかくこのデミリスの黒さが全編に渡って描かれている。そしてこいつは本当に悪い!そして金が豊富にあるだけに恐ろしい。しかし悪は栄えず。その権力と財力とで封じ込めてきた復讐劇が、綻んでいき、デミリスの周囲を真綿で首を絞めるようにデミリスもまた窮地に陥っていく。それをたくみに交わすデミリスの奸智もまた見ものだ。 しかしあの結末から上下巻もの物語を紡ぎだし、しかも冗長さを感じさせないというのが素晴らしい(詳しく覚えていないけど)。ただ後から振り返ればこの頃、既にシドニー・シェルダンも一時の狂的な売り上げから比べると下り坂であり、人気の高い『真夜中は~』の続編の本書はその右下がり曲線を押し上げるための起爆剤として期待されていたように思う。そして私個人的にもシェルダン作品はここまでという思いがある。 |
No.820 | 8点 | 血族- シドニー・シェルダン | 2010/07/29 21:21 |
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シドニー・シェルダン原作の作品をドラマ化することで数字が取れることが解ったのか、テレビ朝日は本作もドラマ化したらしい。しかしそれは土曜ワイド劇場という2時間枠でのドラマ化であった。しかし本作は実は昔にオードリー・ヘップバーン主演で映画化されたらしいが、全く知らなかった。
プロットとしては比較的単純。大企業の社長が事故で亡くなり、莫大な遺産を相続した娘が他の親族から命を狙われるという物で、ミステリの定型としても非常に古典的であるといえるだろう。 特にシドニー・シェルダンの人物配置が常に一緒なのが気になる。主人公はいつもヒロインで、それをサポートする魅力的な男性がいる、そして2人で降りかかる災難や危難を乗り越えていく。絶体絶命のピンチになった時にこの男性が颯爽と現れ、カタルシスをもたらすというのが、共通しており、それは藤子不二雄の一連のマンガのキャラクター構成がほとんどの作品で共通しているのに似ている。いじめられっ子の主人公にそれを助ける特殊能力を持ったキャラクター(ドラえもん、怪物くん、オバQ、etc)、いじめっ子とその子分、そして憧れのヒロインとほとんどこの構成である。これは両者が自分の作品が売れる黄金の方程式を見つけたということなのだ。で、私はこういうマンネリに関しては全く否定しない。なぜならマンネリは偉大だからだ。この基本構成を守りながらもヒットを出すというのは作者のヴァリエーションに富んだアイデアが必要だからである。そしてこの両者はそれを持っているのだ。これはまさに才能と云えるだろう。 さて本作では他の作品と比べて、意外と先が読める。さらには最後に明かされるエリザベスの命を狙う犯人も案外解りやすい。巷間ではそれが他の作品よりも評価がちょっと低い原因となっている。 しかし当時高校生だった私はこの作品に登場するリーズ・ウィリアムズなる人物に非常な憧れを持った覚えがある。そんな意味でこの作品は私の中でちょっと特別な存在になっている。 |
No.819 | 10点 | 真夜中は別の顔- シドニー・シェルダン | 2010/07/27 22:10 |
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さて私がシドニー・シェルダンの作品の中で何が一番面白かったかと問われれば、本作を躊躇なく挙げる。
まず開巻してすぐに本作のクライマックスから始まる。それは世界中が注目する大裁判が開かれようとしているというシーン。つまりここで物語の収束する先を読者はあらかじめ知らされるわけだ。しかもこの裁判というのが実に大規模。なんせその裁判を傍聴せんがために自家用ヘリや自家用ジェットまで動員して世界中のセレブが我先にとその地を訪れるという派手さ。この時点でもう読者である私は物語に釘付けだった。 本作の面白さは並行して語られる主人公の2人の女性の対照的な人生に尽きるだろう。キャサリンとノエルの生き様はまさに太陽と月のような趣で繰り広げられる。 特に衝撃的なノエルの方。というよりももはや読んだのが20年くらい前でもあることで強烈な印象を残すノエルの方しか覚えていないというのが正直なところだ。 本作で忘れてはならないのはコンスタンティン・デミリスという大富豪の存在。彼は本作では影の主人公というべき存在になっている。で、最後に立ち上るのはデミリスという男の恐ろしさ。彼はやはり復讐を忘れなかったというのを最後に読者の眼前に叩きつける。詳細を書くとネタバレになるので云わないが、この結末で本作は傑作と呼ばれるようになったように思う。 |
No.818 | 8点 | 時間の砂- シドニー・シェルダン | 2010/07/25 21:52 |
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シドニー・シェルダンはアメリカの作家でありながら、作中の舞台をアメリカに固定せず、南アフリカやスペイン、ヨーロッパ諸国と実に多彩だったように思う。当時はアメリカでさえ小説の舞台として馴染みの薄い国だったので気にならなかったが、数多の海外作品を読んだ今振り返ってみると再認識させられる。
前にも述べたがシドニー・シェルダンの描く世界は当時高校生の私には全てが未知であり、全てが新鮮に映った。冒頭の牛追い祭の荒々しい始まりから、静謐な修道院での生活へと動から静へ移る物語の運び方は話の抑揚のつけ方としては抜群であるし、今読んでも引っ張り込まれるだろう。 本作でスペインの複雑な民族事情を知ったのはまさに幸運だったと云える。その後の人生で折に触れ、このバスク地方とスペイン政府との抗争に触れる機会があり、この本を読んだことが予備知識となり、理解が早かったからだ。知的好奇心に満ちていた高校生の頃に読んだというのもまた最良の時期だったと思う。 |
No.817 | 8点 | 明日があるなら- シドニー・シェルダン | 2010/07/24 13:44 |
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本書を読んでもう20年近く経つのに未だにこの主人公の名前は覚えている。トレイシー・ホイットニーというのがその名前なのだが、読んだ当初は何かの冗談かと思った。
というのも中学生の頃から邦楽よりも洋楽に傾倒していた私は『ベスト・ヒットUSA』や地方番組『ナイト・ジャック・フクオカ』、そしてFMラジオを貪り聴き、洋楽に没頭していた。そして当時2大黒人女性歌手が有名で、片方は今でも知名度が高いホイットニー・ヒューストン。そしてもう1人はトレーシー・チャップマンというアコースティック系のアーティストがいたのだ。作者はこの2人の名前を組み合わせたのかしらと読中そればかりが頭を駆け巡っていた。 でも本作に挙げられていた詐欺には首肯しがたいものがあった。 確か豪華客船で行われる世界一のチェスの名人2人とトレイシーが対決するシーンがあったと思うが、あのトリックにはどう考えても無理があるだろう。ネタバレになるので詳細は省くが、同じ船上にいる客が移動しないとでも思っているのだろうかとだけ苦言を呈しておこう。 また確か本書であったと思うが、最新鋭の計算機の売り込みで大金をせしめるという詐欺があったが、あれも少し考えれば気づくはずである。実際私はそのトリックに途中で気づいた。ネットがない時代とはいえ、少し調べれば解るはずである。 その点が私をして満点を与えることができない理由になっているのだが、それでもやはりトータル的には面白く、もうこの作家、一生ついていくぞ!とまで決意した。 そして数年後テレビでアメリカドラマ版が放映された。作中で絶世の美女のように描かれていたトレイシーをどんな女優が演じるのかと期待パンパンに膨らまして観た思春期の私はその普通っぷりにかなり失望した。いや、美人ではあるのだが、ごく普通の美人だったのだ。シドニー・シェルダンの描く美人の容貌の描写は思春期の私には想像を絶する美女の競演のように想像が膨らんだ。これも彼の功罪の1つといえる。 |
No.816 | 10点 | ゲームの達人- シドニー・シェルダン | 2010/07/23 22:24 |
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本作について、現在30歳以上の方々をおいて知らぬ人はいないだろう。『ゲームの達人』という煽情的なタイトルは当時ゲームっ子だった私を刺激したが、表紙を見るに、どうも自分が想定しているような、ハドソンの高橋名人のような1秒間に16連射できるシューティングゲームの達人といった内容でないことは子供心でも解った。したがって毎週この本売れているようだけど、どんな本なんだろう?と思っていたにすぎなかった。
本書を手に取るきっかけは高校の同級生の勧めだった。 とにかくすごく面白かった。小説とはこういう物を指すのかと初めて意識した作品だったように思う。 親子4代に渡る大会社経営者の波乱万丈人生の顛末は普通の人生を生きてきた自分にとって想像を超えた世界だったし、ジェイミーがなんども窮地に陥りながらも、とうとうダイヤモンドの原石を見つけ出し、その後手ひどい裏切りを受けながらも、会社を設立するまでの苦難の数々にアメリカン・ドリームを見、またそれが単に「棚ぼた」でなしえる物でなく、九死に一生を得るほどの苦難を乗り越えないと成功は手に入れられないことを知った。 またその娘ケイトが物語の中心となるが、その気性の激しさに女性の恐ろしさを、さらには彼女の孫娘達をシェルダンがまばゆいばかりの美貌で描写するがために、どれほどの美人なのかと想像も掻き立てられた。そして私にとっては少々、いやかなりハードな濡れ場の描写に思春期特有の興奮を覚えたものだ。 またケイトの会社が社会的成功を収め、着実に帝国を築いていきながらも、家族の関係は常に泥沼であり、志半ばで斃れる者も数多あり、本当の幸せとは一体なんなのだろうかと考えさせられもした。 このようにこの小説は私にとって小説を読むことを多面的に教えてくれた作品だった。この本はその後、うちの家族の中でも回し読みされ、普段本を読まない弟さえも手に取り、2人で色々内容について話し合った記憶がある。こんな小説は本当に珍しい。 |
No.815 | 8点 | 海外ミステリ・ジャンルベスト100- 事典・ガイド | 2010/07/21 22:51 |
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私がミステリの門戸を開いたばかりに読んだガイドブックの1つ。
今読むと非常にオーソドックスな内容で可もなく不可もなくといった内容だが、当時はどれもこれもが魅力的でまだ見ぬミステリの世界に狂喜したものだ。 |
No.814 | 7点 | 異形博覧会- 井上雅彦 | 2010/07/20 21:34 |
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現在はアンソロジストとして有名な著者だが、そんな彼の嗜好をふんだんに盛り込んだ短編集。
内容的にはヴァラエティに富んでおり、たとえるならばジョー・ヒルの短編集を髣髴させる。とはいえ、今読むとやはり素人感は拭えないかなぁ。 |
No.813 | 7点 | 新ナポレオン奇譚- G・K・チェスタトン | 2010/07/17 23:38 |
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1904年に発表されたチェスタトンのデビュー長編小説。実にチェスタトンらしく、様々な警句と美意識に満ちた作品だ。
最初の100ページまではチェスタトンお得意の言葉遊びに満ちており、ストーリーが全く見えてこない。ここら辺は非常に難解で思考があっちこっちに飛び、理解に苦しむ。 しかしやはり奇想の思想人チェスタトン。そこを過ぎると実に面白いストーリーが見えてくる。 しかしこの小説は初めてチェスタトンを読むにはかなりハードルの高い小説だと思う。このチェスタトンしか書けないテイストはやはり他の作品、やはりブラウン神父シリーズを導入部として読んでからにして欲しい。もしくは『木曜の男』(光文社古典新訳文庫版は『木曜だった男』)を愉しめた人ならば本書も愉しめるだろう。私にとって本書はチェスタトンはやはり最初からチェスタトンだったと思えただけに嬉しい作品だった。 |
No.812 | 7点 | 白夜の弔鐘- 田中芳樹 | 2010/07/15 20:58 |
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田中の奇想が上手く冒険小説と溶け合った良作。
文体のアイロニーの切れが抜群で、この頃の田中は本当に面白かったなぁと思わされる。 |
No.811 | 7点 | 本格ミステリ・ベスト10 2010- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 | 2010/07/14 21:06 |
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今なおその年の本格ミステリを総括するミステリ愛好家の痒いところに手が届く、マニアックな作りを愚直なまでに踏襲しているのが非常に心地よい。
さてランキングに目を移してみると、やはり歌野晶午の『密室殺人ゲーム2.0』が1位というのが正にこのランキングを象徴しているようだ。トリックに特化したこの作品こそ確かに2009年の本格ミステリシーンを代表する1作に違いない。『このミス』でダントツの1位だった東野の『新参者』は5位と、本格ミステリファンにも好評のようだ。その他『このミス』と重複しているのは柳広司の『ダブル・ジョーカー』、綾辻の『Another』、米澤穂信の『追想五断章』と『秋期限定栗きんとん事件』、道尾秀介の『龍神の雨』、北村薫の『鷺と雪』に詠坂雄二の『電氣人閒の虞』と20作品中9作と約半分を占めるが、双方のランキング順位が違うので、それぞれの特色は出ている。 そして個人的に楽しく読んだのが辻真先氏のインタビュー。なんと御齢77歳にして本格ミステリクラブ会長に就任し、更にはまだ出版待ちの新作が5冊もあるというからそのヴァイタリティに畏れ入る。何年も新作を書かない新本格Ⅰ期生の人間に爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。 しかしやはり残念なのは今年も海外ミステリの扱いが少なかった事。座談会は充実しているのに国内作品と比べるとそのページの占める割合はかなりの格差を感じる。もうこれはフォーマットとして決まっているのかもしれないが、値段が上がってもいいからもっと海外ミステリにページを割いてほしい。 しかし例年のイベントとしては本家『このミス』よりもこちらの方が愉しみになってきた。後は海外ミステリに関する内容の充実さえあればもう望むものはない。 |
No.810 | 3点 | このミステリーがすごい!2010年版- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 | 2010/07/13 20:58 |
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マスコットキャラの登場といい、冒頭の俳優のインタビューといい、なんだかどんどん方向性が変わっていっている。
もうこれはミステリ愛好家のための書物ではなく、ただの商業誌に成り下がってしまった。 まあ、出版不況にミステリの売れない時代と云われて久しいから、普段本を読まない人を取り込むためのポピュラー路線なんだろうけど、昔から『このミス』を読んでいる者にとってはなんとも云えない残念な思いがある。 毎年のミステリシーを振り返る資料としての意義しかなくなって来たなあ。とりあえず宝島社お抱え作家の書き下ろし短編は要らない。 |
No.809 | 3点 | 玄い女神- 篠田真由美 | 2010/07/12 21:29 |
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なんとも読みにくさを感じる小説だ。特に場面が思い浮かばない。添付された舞台となる恒河館の見取り図と作内で騙られる場面が結びつかない。
見取り図にはない部屋の室名で場面が語られるため、非常にシンプルな構造をしているにもかかわらず、いやそれがゆえにそれぞれの人物がどの部屋にいるのか、どの部屋を指しているのかが解りにくい。 また物語のテーマが今回はインド神によるところが大きいのも逆にこちらの興味を殺ぐ結果となった。過去の死亡事件に関わった人々にそれぞれインド神を擬えるというのはなんとも漫画的で愕然としたものだ。ミステリアスな死者の言葉がなんとも陳腐なものとして響いてしまった。 |
No.808 | 9点 | ウォータースライドをのぼれ- ドン・ウィンズロウ | 2010/07/08 21:56 |
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前3作と違うのはニールの許には愛すべき存在カレンがいること。そして任務も今まではロンドンに中国、ネヴァダ州の山奥と移動に移動を重ねてきたが、今回は前作の舞台だった“孤独の高み”に仕事が舞い込んでくるという設定。
したがって登場人物も3作目と重なる人物が多く、お馴染みの顔ぶれが出揃う。物語に挟まれる彼らとのやり取りにニールが彼の地に溶け込み、もはや村の住民の1人として認知されていることに気付かされる。とうとうニールは安住の地を見つけたのだ。 今まで若くナイーヴな探偵ニールを中心にした“男”の物語であったのだが、今回はレイプの告発をした有名人の秘書とカレンの存在、そしてその2人に加わるその有名人の妻キャンディ3人が主導で展開する“女たち”の物語であるように感じた。 とにかく本作は前3作に比べると、危機一髪のドキドキハラハラ感よりもスラップスティックコメディ的な予想の斜め上を行く展開が実に面白く、何度も声を上げて笑ってしまった(特に伝説の殺し屋“プレーオフ”の末路が実に悲惨ながら笑ってしまう)。 したがって今までこのシリーズの売りでもあった若き探偵ニールのナイーヴさはほとんど出てこなくなっており、逆に恋人のカレンが正義感を振り回し、ニールの役割を果たしているようだ。しかし私は前作でニールは一皮向け、一人の男として成長したように捉えていたので全く違和感はなかった。 |
No.807 | 6点 | 本格ミステリー・ワールド 2009- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 | 2010/07/04 22:57 |
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二階堂黎人の「俺ミス」と呼ばれる「黄金の本格ミステリー」選出は幾分薄められていた(それとも編集の際にカットされたか)。
ただ選出された作品群が今後数年に渡って「黄金の本格ミステリー」として本格ミステリ史に残っていく物なのかは非常に疑問。 逆に内容が濃かったのが島田荘司×綾辻行人の対談である。特に島田に見出されデビューした綾辻が既に当時の島田の立場にいることを自覚し、かつて自分を見出した島田の志の高さに思いを馳せる件は、なかなか胸を打つものがあった。本格ミステリの遺産はこのように師から弟子へ引き継がれていくのだと、その現場を目撃した思いがした。 |
No.806 | 8点 | 本格ミステリ・ベスト10 2009- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 | 2010/07/03 22:51 |
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この年とうとう『このミス』の追随書であった本書がその出来映えで本家を超えた、そう確信した内容だった。
新企画として「ミステリ作家オススメ映画アンケート」なるものが登場したのが大きい。こういう新しい企画こそ、マンネリになりがちなムックの梃入れとして必要なのだ。 だがこの企画、やはりミステリ作家の方々は通というか捻くれ者が多く、アンケートに挙げられた作品は一般的な物が少なく、逆に一般的な物が挙がると、非常に浅薄に見えるからまた不思議だ。成功したかどうかはもとよりも、内容云々ではなく、そのアイデアを買う。 ランキングは三津田信三、道尾秀介、有栖川有栖の三方の活躍が目立つ。特に三津田はようやく初首位に立ち、これで名実共に今の本格ミステリを代表する作家になった。妖怪シリーズを思わせる刀城言耶シリーズは本家からの世代交代を示すほどのクオリティと人気を誇り、京極夏彦のシリーズ新作がなかなか刊行されない渇きを潤す絶好のピンチヒッターとなった。 中身は相変わらずディープでオタクの薫りが漂うのは否めない物の、本当に本格ミステリが好きなのだという愛情に満ちている。本家『このミス』が単なる商業雑誌に堕ちてしまったのに対し、こちらの純化は非常に対照的である。 しかし今年も海外本格ミステリの扱いが日本本格ミステリに比べると少ないのはやはり合点が行かない。海外本格あっての日本本格である。海外本格の裾野はまだ広く、懐はまだまだ深いのだ。綾辻行人氏の新本格以降の本格ミステリファンが多い中、海外本格ミステリファンを増やす事はこのムックの大きな役割の1つと云えよう。 虚しい叫びかも知れないが、まだ私は声高に苦言を呈し続けよう。それだけ期待する価値がこのムックにはあるのだから。 |
No.805 | 7点 | 美しき凶器- 東野圭吾 | 2010/07/03 01:30 |
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とにかくまず東野圭吾がまさかこのようなモンスター小説を書いているとは思わなかった。殺し屋タランチュラは狂えるスポーツドクター仙道之則が生み出した七種競技の選手。より高く跳び、より速く走り、より遠く投げ、より長く走れる万能選手のみが出場できる陸上界至高の競技。この競技を制するものはクイーン・オヴ・クイーンズとまで称される。まずその選手を殺人鬼に仕立てたのが東野のアイデアの秀逸さ。
通常このような殺人鬼物ならばスプラッターホラーに代表されるようにとにかく凄惨な虐殺シーンを強調するだけに留まり、なぜ彼が無差別に人を殺すのかなどはありきたりの設定で流し、アクションシーンのみを強調するのだが、東野の優れた点は彼らがタランチュラに襲われることになった原因があり、しかも彼らにはその殺人鬼から逃げてはならない理由があるところ。 スポーツ界の歪んだ競争意識やもはや人体実験の領域まで及んだ肉体改造など重いテーマを含んでいるが、疾走感を重視したためか物語、人物設定に膨らみが感じられなかった。 しかしそれでもタランチュラの最後の台詞にこの作家のセンスが光る。 |
No.804 | 4点 | このミステリーがすごい!2009年版- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 | 2010/07/01 21:26 |
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前年同様この年も値段は500円据置きで発行された同ムックだが、残念ながら内容まで据置きされてしまった。
新人賞クロスレビューという、その年の各新人賞受賞作を俎上に上げて4人の評者が10点満点中、何点かつけて論じる新企画が入っている。これはもろ『ファミ通』のパクリである。 総じてみると、たったこれだけ?といった作り。20周年を境に退化してしまったとしか思えない体たらくではないか。 ある人が述べていたが、年末ベストランキングムックの意義はその年のミステリシーンを包括する意義があったのだが、それさえも希薄になり、将来に向けてその年のベスト本にどんな物があったかを知るだけの統計的資料でしかなくなってしまった。確かにそれはそれで意義があるが、折角世のミステリ書評家が一同に会する場であるのに、投票して終わりとはなんとも寂しい限りだ。 国内では伊坂氏の首位獲得はよかったと思うが、山口雅也氏の復活は諸手を挙げて迎えられなかったようだ。今年は海外物が充実していたように思う。前評判の高かった『チャイルド44』が見事首位獲得。新潮社久々のヒット作だ。ルヘイン、ディーヴァー、マンケル、ヒルが常連として今年もランキングしているのはいい。そして今年はもう1人のヒルに注目したい。キングの息子である事を敢えて伏せ、作家活動をしていたジョー・ヒルが4位に短編集で初ランクインと、将来性を感じさせる作家の登場を手放しで歓迎したい。 |
No.803 | 5点 | 本格ミステリー・ワールド 2008- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 | 2010/07/01 21:19 |
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収穫といえば、今まで謎のヴェールに隠されていた三津田信三のインタビュー記事ぐらいか。下世話な云い方をすれば南雲堂という出版社が本格ミステリはおいしい商売だから、1年を総括するムックを出すとそれなりに利益も出るし、マイナーな自社の宣伝にもなる、そういう商売根性が透けて見えるかのようだ。
しかし二階堂黎人がここでは「大きな声を出す」選出者となっているのだ。その好き嫌い度は露骨過ぎる。本書には選考会議の一部始終が収録されているのだが、彼のある発言にはビックリした。ちょっと長くなるが、抜粋しよう。 なお、この犯行動機を古いとか大時代だから良くないななどという者は、最初から本格読みとしての資格はないわけで(事件に見合うだけのあの動機や現代性などを提言できるならともかく)、余計ないちゃもんをつけずに黙っていてほしいものですね。 驚嘆すべき暴論である。どう好意的にとっても他者の反論を封じ込め、彼のナチズムを充足しようとする意図しか見えない。カッコ内は選考座談会の後で津波のように押し寄せてくるだろう、世の本格愛好者を筆頭にしたミステリ読者、一般読者の反論を緩和すべく足された文章であろうが、それがあってさえ、彼の暴挙は目に余る。 このシリーズを有意義に、そして未来に残して恥ずかしくない物にするには、一日も早く彼を排除すべきだ。 |