皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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Tetchyさん |
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平均点: 6.73点 | 書評数: 1602件 |
No.982 | 10点 | 悪意- 東野圭吾 | 2012/02/28 23:10 |
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これはすごい傑作ではないか!なぜ当時ほとんど巷間で話題にならなかったのかが不思議でならないくらい、ミステリとしても読み物としてもすごいレベルに達した作品である。
東野氏が本当に書きたかった悪意は最後の最後に示される。悪意が恐ろしいのはそれが当事者にはそれが悪意だと気づかずに行動の原動力となってしまうことだ。いやもしくは悪意、それと気付いていながらもその悪意の持つ悦楽のような物に酔わされ、止められない蠱惑的な魅力を備えていることだ。しかしここに書かれた悪意はもうどうしようもない。読後私はなんともやるせない気持ちになった。 このようにストーリーは読み応え抜群でしかも深い余韻を残す結末でありながらさらに本書がすごいのはミステリの技巧として優れていることだ。いや文学の技巧としても優れているといった方が正しいかもしれない。 小説の技法をトリックに使用して読者に直接的に叙述トリックを仕掛けているのだ。数ある叙述トリックを読んできたがこんな手法は初めてだ。数々の本格ミステリ作家が痛罵されてきた「人間が描けていない」こととはどういうことなのかを指南しながらその実それがトリックだったという高度な技術。さらに読後すごく考えさせられるテーマ。一つの到達点ともいうべき作品と云っても過言ではないだろう。 |
No.981 | 7点 | 漂流街- 馳星周 | 2012/02/27 22:45 |
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鬱屈した日常に嫌気が差した日系ブラジル人の主人公マーリオがひょんなことから漏れ聞いた関西のやくざと中国マフィアとのデカい取引の金を強奪し、あらゆる追手から逃げるという話なのだが、この強奪に至るまでが非常に長い。取引の情報を手に入れるのが49ページとストーリーの中でも非常に早い段階なのにもかかわらず、実際に実行に至るのは470ページあたりなのだ。
しかしそれが退屈かと云われれば、そうではないと認めざるを得ない。文庫本にして770ページ弱の厚みを一気に読ませる求心力を持っている。とにかく全編に亘って語られる内容は金とドラッグ、セックスと暴力の連続。憎悪と怒りの応酬だ。誰もがギラギラしており、誰かを利用しようと手ぐすね引いて待っている。 この暗黒の群像劇を描く馳氏の筆致はものすごい熱量で読者の眼前に言葉を畳み掛け、叩き付ける。いつの間にか時間を忘れ、ふと顔を挙げると大きく息を吐く自分に気付く。掌は汗をかいているのに指先は冷たくなっている。そんな魔力を秘めている。 だからこそ最後の物語の収束の仕方に不満が残る。小賢しい知恵で世間を亘り、やくざ、中国人マフィア、ブラジル移民たちを騙し利用してきたマーリオが極限の中で見せたのが単なる殺戮の連続だったのは正直失望した。 これほど複雑な絵を描きながら最後で物語を破綻させてしまった、そんな風に思わざるを得ない。 |
No.980 | 7点 | 悪夢の優勝カップ- アーロン&シャーロット・エルキンズ | 2012/02/26 16:13 |
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今回の事件は憎まれ、殺したいと周囲に思われた人物が落雷に遭って事故死するが、実はそれは巧妙に仕組まれた殺人だったという物。
そして第2の殺人として衆人環視の下で毒殺が行われる。いずれも本格ミステリ的不可能趣味に溢れている謎なのだが、このシリーズの特色はそこにはない。 アーロン・エルキンズ作品の特徴である、特定の人物で形成されるコミュニティの中で嫌われ者である人物が事故に見せかけて殺される、もしくは明らかに何者かによって殺される状況が生まれ、関係者の誰もが一応の動機を持っている手法が本書でも採られている。そして忘れてならないエルキンズの長所が魅力あるキャラクター。今回も前作から引き続いて登場のペグを筆頭にコットンウッド・クリーク・ゴルフコース理事の面々の個性的なこと。相変わらず実に読んでいて心地よいコージー・ミステリだ。 そんなミステリだからトリック云々を議論するよりもコミュニティの中で誰が一番動機を持ち、また機会があったかについてリーとグレアムの議論は費やされる。ここら辺は堅苦しいロジックのやり取りではなく、まさに好奇心旺盛なカップルが事件についてあれやこれや話し合うといったようなトークの趣があり、和やかだ。 特に第2の殺人については不特定多数の人がいる中でどうやって被害者だけに毒を飲ますことができたか?などということは一切語られず、誰が被害者を殺す動機があったかについてしか語られない。これがエルキンズの作風なのだと初めて本書を手にした本格ミステリファンは理解しなければならないことをここでは述べておこう。 エルキンズのスケルトン探偵ギデオン・オリヴァー物の最新作を読みたいのが本音ではあるが、しばらくはこの夫妻の手によるこのシリーズでその渇きを癒すことにしよう。 |
No.979 | 9点 | 12番目のカード- ジェフリー・ディーヴァー | 2012/02/26 02:07 |
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本書の題名12番目のカードとは、作品の表紙にもなっている「吊らされた男」だ。このカードの持つ意味はその絵から連想する苦しみや拷問などというネガティヴなものではなく、それら暴力や死とは無縁であること。つまり精神的な保留と待機を表している。なぜこれが題名になったのか。それは最後まで読むと明らかになる。
今回も様々などんでん返し、ミスディレクションが繰り広げられる。それまでの諸作で大なり小なり仕掛けられていた小技大技が本作では存分に盛り込まれてその都度読者を驚かせる。 そんな読者を驚かすことに腐心したエンタテインメントに徹しながらも底流に強いメッセージが込められているのだから畏れ入る。最後に読んで行き着くのはハーレムで苦難の人生を過ごしていた女子高生のシンデレラ・ストーリーであること、そしてアメリカの歴史で永く虐げられてきた黒人の不屈を讃える物語であったことだ。 ここに至り、冒頭に書いた「吊るされた男」のカードの意味がじわじわと胸に迫ってくる。 どんでん返しというディーヴァーの持ち味を最大限に生かしながらも“努力は報われる”という熱いテーマを内包しているのが本書なのだ(そういう意味では文庫版下巻の表紙は象徴的だ)。 本書はどちらかといえば地味な印象を持った作品だ。しかし読後の今、私の中では本書はシリーズの中でも上位になる作品となった。最後に訪れるリンカーンのある変化も含め、希望に満ち溢れた結末が余韻を残す。まだまだ衰えないなぁ、このシリーズは。天晴、ディーヴァ―! |
No.978 | 8点 | エラリー・クイーンの国際事件簿- エラリイ・クイーン | 2012/02/24 23:57 |
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本書に挙げられているのは19世紀の終わりから20世紀の半ばにかけての犯罪記録である。こういった記録は実際貴重である。日本でも牧逸馬氏が同趣向の世界怪奇実話集を編んでいたが長らく絶版となっていた。それを島田荘司氏が精選して復刻させた。本書は今なお本屋で手に入るのだからまだ幸運だ。
世界で起こったフィクションを凌駕する奇妙な事件の数々を集めた本書はその内容ゆえに読後感が決して良いわけではないが、歴史に残る犯罪記録として実に貴重な作品だ。さらに本書が書かれた“その後”について触れられた解説は本書の事件の驚きをさらに補完してもう一度驚かせてくれる(特に母親を殺した2人の少女のその後は強烈だ!)。その存在の意義と価値、そしてここに収められた話の奇抜さと作者の簡潔にして冷静な叙述ぶりを高く評価しよう。 |
No.977 | 7点 | 毒笑小説- 東野圭吾 | 2012/02/23 23:35 |
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東野氏の裏ライフワークと呼ばれている(?)ブラックユーモア短編集『~笑小説』シリーズの第2弾。
発表されたのは1996年。その頃の世相を反映していることもあってかネタ的には古さを感じる物もあった。 子供の「お受験」対策の過熱化する多くの習い事や社宅族にある上司の奥さんとの付き合いやマニュアル社会や母親の過保護のせいでロボット化するマザコン息子など。テーマとなった社会現象や当時のドラマが目に浮かぶようだ。女流作家が題材となった作品は宮部みゆき氏や髙村薫氏ら女性作家の台頭や海外の女性ミステリ作家、いわゆる4Fブームが反映されているのだろうか。 なんだか子供じみたネタまで躊躇せずに開陳するところがすごい。日常でありそうな事象を実に皮肉に、時に淡々と語る筆致はB級ギャグの応酬ともいえる。特にAVを観るために留守番を買って出るおじいさんなどは話としては脚色されているが、実際こんなジイサンいそうだな。かように慎ましく生きている庶民に訪れたある変化を面白おかしく綴っている。 決して名作とか傑作とか評されることのない短編集だが、こういうのがあってもいいではないか。これもやはり東野圭吾なのだから。 |
No.976 | 9点 | カットグラス- 白川道 | 2012/02/21 23:28 |
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人生の酸いも甘いも経験した大人たちを書かせたら一級品の作者による初の短編集。
とにかく胸を打つ。主人公や登場人物たちはどれも40代以上。そう、もはや限られた未来しか残されていない人々だ。 人生も半ばまで来た男と女たちの何かを諦めた思いが行間から伝わるのが非常に心に染み渡る。全てが丸く収まることはなく、良しとなるにはお互いが何かしらの痛みを伴わなければならない。理想に描いていた未来とは違った人生だがそれでも一生懸命に明日を生きる。夢とか理想とかそんなものではなく、生きていくために現状に甘んじ、しがみつく。そんな人間たちの物語が本書には収められている。 若い頃に読んでいたならばこの作品の味はこれほどまでに深く心に染み込まなかっただろう。 昭和の香りがするといえばそれまでだが、読み終わった後、暗い部屋でアルコールを片手にじっと浸りたくなる、大人の小説集。その味は一級であることを保証しよう。 |
No.975 | 7点 | ラッフルズ・ホーの奇蹟- アーサー・コナン・ドイル | 2012/02/12 23:28 |
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創元推理文庫から訥々と刊行されていたドイルもこれで5冊目。どうやら本書で最後になるようだ。
本書では科学や学問をテーマにした作品が多いのが特徴だ。錬金術に心霊学、電気工学に機械工学、考古学など。学問そのものをテーマにしたものもあれば、学問を巡る人物たちの浅ましさを描いたものもある。 これらはやはり産業革命によって劇的に変化した当時の社会情勢が人心へ招いた異様な熱気と狂気がこの作品群には込められているように思えてならない。アイデア一つで誰しもが一攫千金を手にできた時代。だからこそ誰しもが相手を出し抜こうと躍起になっていた。そんな科学がもたらした社会の歪みを時には滑稽に、時には皮肉なまでに、そして時には陰湿に描いたのがこれらの作品群ではないだろうか? このシリーズはドイルがホームズシリーズだけの作家でないことを知るのに実に充実したラインナップだったように思う。ホームズシリーズでは気付かなかったドイルの作家としての姿勢や彼のジョン・ブル魂、騎士道精神などが行間から窺えたのが大きな収穫だった。 |
No.974 | 7点 | 仕組まれた死の罠- ルース・レンデル | 2012/01/13 23:10 |
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さて本書のテーマは相続人の前に突如現れた音信普通だった近親者は果たして本人か否かという物。この手の話は古くからあり、例えばカーの『曲がった蝶番』とかがそうだろう。また財産目当ての悪女物となればカトリーヌ・アルレーの『わらの女』が有名だ。あれが当事者の側から描いたものとすれば、これは捜査側から描いた悪女物と云えるだろう。
そして本物か偽者かという二者択一でしか有り得ないシンプルな謎の真相が実に意外で、また実に納得の出来る物であることに驚きを感じた。 こういう状況って確かにあるよなぁと思わせ、それを謎に結びつけるレンデルの上手さ。恐らく作者は友人や知人らと交わす会話の中に同種のエピソードを聞くに及んでこのプロットを生んだのではないだろうか。単に笑い話に終始しそうな話を膨らませて1冊のミステリを作ってしまうレンデル。さすが英国女流ミステリの女王だ。 |
No.973 | 7点 | 獣たちの庭園- ジェフリー・ディーヴァー | 2012/01/05 21:41 |
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ディーヴァーによる初の歴史小説。舞台は第二次世界大戦前のドイツ。台頭してきたヒトラーの頭脳とも云えるラインハルト・エルンスト暗殺を命じられる殺し屋の物語だ。
リンカーン・ライムシリーズとは違い、最初から目くるめくサスペンスの応酬といった物語運びではなく、主人公ポール・シューマンがひょんなことから任務に就くことを余儀なくされ、ドイツに潜入して現地工作員と落ち合い、標的の暗殺計画を練り、実行に至るまでのプロセスがじっくりと描かれていく。 派手さに欠けるものの、ディーヴァーならではのどんでん返しもあり、最後のポールの決断ともう一人の主役ヴィリの決断はなかなか渋さを感じる。ディーヴァーはこんなものも書けるのだなぁと思った次第。 ジェフリー・ディーヴァーという作者名からいつもの作風を期待すると肩透かしを食らうかもしれないがこれもまたディーヴァーなのだ。暗殺者と標的、そしてそれを追う者の攻防に焦点を当てず、敢えてナチス統治下のドイツを克明に描くことを選択したディーヴァーの意図を是非とも汲み取ってもらいたい作品だ。 |
No.972 | 8点 | どちらかが彼女を殺した- 東野圭吾 | 2011/12/27 21:43 |
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あえて犯人が誰かを書かない本格ミステリという野心的な作品である本書は発表当時非常に話題になったものだ。これは『名探偵の掟』にも登場人物の口から語られていた
「本当に推理しながらミステリを読む読者なんているのか?」 という疑問を解き明かす為に東野氏が読者に挑んだ作品なのだ。 だから探偵の解決にカタルシスを感じる方なのでダメだったとか犯人が書いてないなんて、どうして!とか論じている人は本書を発表した意図を十分に汲み取っていない。 私は推理をしながら読む方なので本書を十分に愉しんだ。色々な証拠や伏線を加賀や和泉に解き明かせて犯人を絞り込むある一点だけに読者に推理させるようにしているのは東野氏が読者が推理できるように配慮してくれたように解釈した。 推理小説は「推理する小説」。こういう試みは大歓迎。 単にパズラーに徹していなく、刑事対警官という構図でサスペンスを煽った東野氏の技巧を素直に誉めたい。 |
No.971 | 7点 | もはや死は存在しない- ルース・レンデル | 2011/12/25 21:16 |
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今回の事件は失踪事件もしくは誘拐事件だ。12歳の少女と5歳の男児の行方不明事件をウェクスフォード警部が捜査するという構成だが、物語の主軸は寧ろウェクスフォードの部下マイク・バーデンにあるといっていいだろう。
メインの事件と思われた5歳児の失踪事件がサブに回り、サブと思われた12歳の少女の失踪事件が殺人事件に変わってメインと代わる構成はレンデルらしい。事件の謎が今までの描写が伏線となってするするっと紐が解けるように明確になるあたりは久々にカタルシスを味わった。 ただ登場人物表に載っていない人物が重要な役割を担っていたのはいただけない。原書には人物表はないからこれは出版社側の配慮の足りなさだからレンデルのせいではないのだけれど・・・。 |
No.970 | 8点 | 魔術師- ジェフリー・ディーヴァー | 2011/12/24 23:06 |
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今回の敵は題名どおり“魔術師”。早変わり、クロースアップマジック、読心術、腹話術、動物のトリックにピッキング、さらには脱出マジックなどの細かで繊細な物から大掛かりな物まで全てをこなすオールマイティのマジシャンだ。
とにかく今までと違うのは犯人である魔術師ことマレリックが殺害の途中に逮捕の寸前まで行きながらも逃れてしまうところだ。この顛末が非常にスリリング。 さらには手錠を掛けても脱出トリックで解錠技術に長けたマレリックにしてみれば一瞬に解除出来てしまうからすぐに逃れてしまう。まさに最強の殺人犯だ。 毎回その作品でスゴイ!と唸らされる連続殺人鬼を生み出すディーヴァーだが、今回も今までの作品の更に上に行く犯人を送り出してきた。いやはやホントこの作家のアイデアの豊富さには畏れ入る。 よくよく考えると今回もディーヴァーが創案した魔術師は実は日本のミステリ読者ならば誰もが江戸川乱歩の『怪人二十面相』を思い浮かべるだろう。 しかし西洋人であるディーヴァーならばやはりここは同じく変装の名人怪盗ルパンがモチーフであるのだろう。 つまりディーヴァーは古くからある物語を現代のマジシャンの最新技術とライムの鑑識技術と装置とを使うことで新たなエンタテインメントを紡ぎだしているのだ。まさに古き器に新しき酒を注いで現代に新たな本格ミステリを生み出すこのディーヴァーの着想の冴えにはただただ感服するばかりだ。 しかしこれまでの作品の中で最高のどんでん返し度を誇ると著者が豪語した割には読めてしまったというのが正直な感想だ。つまり読者として作者の手筋が見えてきたのだろう。 ちょっと過剰にサーヴィスしすぎた感が無きにしも非ずだ。この辺は哀しいかな、シリーズのマンネリ化を防ぐが故に生じた弊害だろう。逆にもっと意外なところで不意打ちを食らいたいものだ。そう、作者の企みに満ちた微笑が行間から見えるような不意打ちを。 |
No.969 | 7点 | 盤面の敵- エラリイ・クイーン | 2011/12/20 22:42 |
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犯人との推理合戦とでも云おうか、連続殺人事件を画策する「Y」なる人物とエラリイの推理の闘いという原点回帰の作品だ。
しかしこの『Yの悲劇』との近似性は一体何だろうか?題名にもなっている盤面の敵である匿名の犯人が使う名前はYだし、『Yの悲劇』で一番最初に死体で発見されたのはヨーク・ハッターならば本書の連続殺人の被害者はヨーク一族。そして何よりも両者とも示唆殺人であるところが一致している。 最後の真相は今では数あるミステリでも取り上げられた設定で、サプライズでもあり、驚きはなく、ああ、この手かと思うくらいにしか過ぎない。しかし当時としては斬新だったことは窺えるし、クイーンの先見性には目を見張るものがあるだろう。 代作者による作品とのことだが、クイーンの名を冠して発表しているだけにやはりクイーンの一連の作品として読むことにする。 作者クイーンがミステリに対していかに新たな血を注ごうかと精力的であったのは存分に窺える。本書を読む人はそんな背景も汲んで是非とも臨んでいただきたい。 |
No.968 | 7点 | 花園の迷宮- 山崎洋子 | 2011/12/12 23:03 |
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元シナリオライターによる乱歩賞受賞作とのせいか、いやに改行が多いなぁと思ったが当時大学生だった私はそのためかクイクイ読み進むことが出来た。
この犯人はすれっからしの読者であれば十分想定の範囲内で、当時さほどミステリを読んでいない私でも解ってしまった(当時の性格の悪さゆえか?) しかし今では数多の作品が綴られている遊郭の世界を描ききった本書は当時は斬新で面白く読めた。 たしか映画化もされてますね。 |
No.967 | 8点 | 名探偵の掟- 東野圭吾 | 2011/12/04 20:44 |
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とにかく普通の短編集ではない。登場人物が小説世界にいながらにして途中でメタの存在となり、自らの置かされている状況について色々不満を述べ、時には作者を貶したりする。事件も通常のストーリーのようには展開せず、ミステリにありがちな手続きに関しては省略されるし、時には事件に直接関わりあいのない人物は男性Aだの女性Bだのと簡略化される。そう、本書で語られるのは物語ではなく、本格ミステリという作り物の世界が抱える非現実的な設定や内容に対する揶揄や疑問のオンパレードなのだ。
しかしそれでも一応トリックはあるし、それなりにオリジナリティも感じられる。自分の知っている限り、他の作家のトリックをそのまま転用した物は見当たらなかった。もともと東野氏はトリックを創出することに苦労はしないと云っているから、これは東野氏の数あるトリックネタの棚卸しなのでもあろう。 これは東野氏の本格ミステリからの訣別の書なのか?いやいや逆に本格ミステリを愛するが故の提言と理解しよう。なぜならこの後、東野氏は敢えて最後に犯人を明かさずに読者に推理をさせる実験的小説『どちらかが彼女を殺した』や『私が彼を殺した』といった野心的な本格ミステリを続けて書いているし、科学とトリックを融合させたガリレオシリーズも書いているからだ。逆に云えば、ここには本格ミステリが抱える不自然さを敢えてこき下ろすことでその後の自作については決してそんな違和感を抱かせないぞと、ハードルを挙げているような感じさえ取れる。 そしてこの作品を読んで「ああ、面白かった」で済ませてはならないだろう。これは東野氏が今までのミステリではもうダメだと明言しているのだから、今の本格ミステリ作家、これから本格ミステリを書く人たちは本書に書かれた示唆を踏まえてミステリを書かなければならない。本書が刊行されたのが1996年6月。既に15年以上が経過しているが、果たして本格ミステリは変わっているだろうか? |
No.966 | 8点 | ゲートハウス- ネルソン・デミル | 2011/11/26 22:26 |
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あの名作『ゴールド・コースト』から18年。まさか続編が作られるとは思わなかった。期待と不安の入り混じった思いを抱きながら手に取った。
作品内の時間は前作から10年後の世界で9・11テロの9ヵ月後という設定。民族テロという色合いを持つこの事件がデミルに多大な影響を及ぼしているのは昨今の作品からも明らかだが、本書ではそれを上手く『ゴールド・コースト』の作品世界に絡ませている。 今回も隣に引っ越してきたマフィアの息子アンソニー、そしてスタンホープ屋敷を除く一円を買い取った怪しげなイラン人アミール・ハシム、もちろん別れた妻スーザン。さらには永遠の宿敵で目の上のたんこぶであるスーザンの父親ウィリアムと帰米したジョンの周辺は何かと物騒で物々しい。 とにかく懐かしい面々が揃った物語は上下巻併せて1380ページという大書だが、全く飽きが来ない。全てのキャラクターに貌があり、全てのキャラクターに血肉が備わっている。彼ら彼女らのアクの強い面々の織り成す物語は云わばデミル版『渡る世間は鬼ばかり』。ミステリのようでミステリでない、人間喜劇ともいうべき作品なのだ。 やはりこの物語の功績はジョン・サッターの一人称叙述にしたことだろう。古くから住まうアメリカ高級貴族の生活を、NYで事務所を構える弁護士であり、それなりに身分の高い人物でありながら俗物根性が抜けないジョンの、ワイズクラックに満ち、権威を鼻で嗤い、持ち上げては突き落とすおちゃらけ振りが、一般人には理解しがたい高級階級の人たちの生活や考え方を荒唐無稽な非常識として我々に提供してくれている。 確かにジョンの減らず口の連打には冗長に過ぎるという感を抱く向きもあるだろう。厚さの割りには物語が進まない、長すぎる、という声は至極尤もだと私も思う。しかしこの作品はその長さを愉しむのであり、ジョンの俗物根性と斜に構えた思考が繰り出す皮肉の数々を味わうのが正しい読み方なのだ。私は逆にこの作品がこれだけの長さでよかったと思っている。 そんな物語はやはりこれはミステリではないのでは?と思わせながらも、やはりマフィアの息子アンソニーの登場で実に緊迫したクライマックスが訪れる。 この事件もまた個人レベルで起きたテロなのだ。そしてスーザンとジョンが取った行動には決してテロには屈してはいけないというメッセージが明示されている。最後にスーザンがFBI捜査官マンクーゾに次のように語る。 「(前略)あの男はわたしたちを辱め、その後のわたしたちの人生を変えたいだけだったのよ」 「(前略)あの男はわたしたちの魂を殺そうとした……わたしにはそれが許せなかったの」 これは“あの男”をビン・ラディンと読むとデミルの9・11同時多発テロに対する怒りの主張に取れないだろうか?つまり本書はデミルが今後ライフワークとして取り組むであろう、「9・11によってアメリカに何が起きたのか」というテーマに沿った作品の一部であるのだ。 |
No.965 | 4点 | 悪魔の報酬- エラリイ・クイーン | 2011/11/13 19:45 |
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国名シリーズの後に書かれた3作は通称ハリウッド三部作と呼ばれているが、本書はその第一弾。しかし撮影現場の華やかさとか映画産業の喧しさとかは全く描かれていないため、ハリウッド三部作といいながらも全くハリウッド色を感じさせない。
さて今回エラリイが挑む事件はたった一つ。ある富豪の不可解な死。地味な事件で、なかなか前に進まない印象を受けた。事件は早々に起きるものの、真犯人を特定する証拠、証言に手間取り、またレッド・ヘリングのためか全く関係のないエピソードが挿入され、右往左往しているだけと感じた。 もちろん彼が犯人だと至るエラリイのロジックは相変わらず冴えており、事件の容疑者に当て嵌まる条件から消去法でどんどん犯人へと絞り込んでいく。 しかし残念ながらこの作品に書かれているようには今では犯人は捕まらないだろう。それは全て状況証拠に過ぎないからだ。こういった推理だけならば今の読者は納得しないだろう。作者クイーンの詰めの甘さをどうしても感じてしまう。 |
No.964 | 9点 | クリスマス・プレゼント- ジェフリー・ディーヴァー | 2011/11/07 14:53 |
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その名の通り読者へのクリスマス・プレゼントの如く2005年の12月に出版され、文庫で出されたこの短編集は確かに年末を迎える海外ミステリファンにとって最高のプレゼントになっただろう。
なんだろう、このヴァラエティの豊かさは。これほど多彩な舞台を用意してそれぞれに印象深い結末をしつらえているとは、ディーヴァーの作家としての守備範囲の広さに驚くことしきりだ。 個人的ベストは表題作。リンカーン・ライム物だからというわけではなく、どんでん返しに次ぐどんでん返しを見せながら、きちんとその伏線が作中に張られており、リンカーンの推理が追えるようになっているという非常にきめ細やかな作品だからだ。 この作品がなかったらベストは叙述トリックが冴え渡る「三角関係」だった。他に騙りの上手さで「ジョナサンがいない」、予想外の結末だったのが「ビューティフル」と「身代わり」、ストレートな人情物の「ノクターン」、思わず「あっ」と声を挙げた鮮やかな法廷逆転劇を見せた「被包含犯罪」、奇妙な味わいの余韻を残す「宛名のないカード」が印象に残った。 もはや物語は語り尽くされていると云われて久しい21世紀においてこんなにも傑作の揃った短編が読める幸せ。長編だけでなくディーヴァーは短編の名手であることを見事に証明した。 既に本国アメリカで2006年に刊行されている2作目の短編集“More Twisted”を早く訳出してほしい。頼みますよ、文藝春秋さん! |
No.963 | 7点 | 世界ミステリ作家事典[ハードボイルド・警察小説・サスペンス篇]- 事典・ガイド | 2011/11/06 23:15 |
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前作はまさに労作という感が強かった。というのも日本未紹介作家もふんだんに紹介され、その後の論創社ミステリ叢書の刊行や国書刊行会の世界探偵小説全集の創刊に繋がる偉業となったからだ。
しかし同じシリーズでも本書においては[本格派篇]に比べるとエポックメイキング度が落ちるように感じてしまった。 まず前作が森氏一人の手によるまさに長年の労作であったのに対し、本書は複数の執筆者に依頼し、それを森氏が編集するという分業体制で作られていること。これが前作に比べるとそれぞれの作家の紹介文に個人差が見られ、温度差を感じてしまった。 またハードボイルド、警察小説、サスペンスと広範に亘っているためか、どうも紹介されていない作家がいるように気がしてならない。例えばジョナサン・ケラーマンは紹介されていてもその妻のフェイ・ケラーマンは収録されていないし、トレヴェニアンもミッチェル・スミスも入っていない。 ネルソン・デミルやデイヴィッド・マレルやブライアン・フリーマントルといった作家が無いのは作家事典シリーズで今後冒険小説・国際謀略小説篇が編まれるかもしれないが、とにかく思いつくだけでもかなり割愛されているように感じてしまう。 こういう帯に短し襷に長し的な仕事をするのであれば、3つのジャンルのうち2つに絞ってもっと掘り下げた内容で刊行してほしかったというのが本音だ。 また刊行されたのは2003年だがその後未刊行のハードボイルド、警察小説、サスペンス小説の紹介が促進されたという感触が無い。これが本書をさらに前作よりも一段劣っていると感じる所以だ。 しかし文句ばかり云ってもしょうがない。そうは云っても大変な労作であるのは間違いが無い。こういう仕事は誰かがやらなければならなかったことで、その苦労と労力を考えるとなかなか二の足を踏むような仕事である。そこに敢えて踏み込み、また旗振り役の森氏に賛同して編集に参加した執筆陣の志の高さは賞賛すべきだろう。 |