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Tetchyさん
平均点: 6.74点 書評数: 1617件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.997 10点 秘密- 東野圭吾 2012/06/03 01:14
東野圭吾の第一のブームを生み出すことになった本書。実に素晴らしい作品だ。
人格の入れ替わりという使い古された設定を使ってこれほど共感できる作品を著すとは素晴らしいとしかいいようがない。
このサイトの感想で驚いたのは「直子が得をした」、「平介が可哀想すぎる」といった意見が多かったことだ。
私はこれしかないという結末だったと思う。
妻の心が宿った娘と暮らす。これは男親として幸せでありながら性生活では制約を受ける一方である。平介の異常な行動はこういった欲求不満が積もりに積もったことによることだろう。
そんなどんづまりの状況を打破するために取ったのが最後の結末なのだ。
あの行為で平介は解放されたのだ。だから私は東野氏は実にうまいなぁと感服した。

しかし一方で物語の真相こそが作者が最後まで取っておく読者に対する秘密だと思いたい。秘密であっていいこともある。本書の秘密もまたそんな秘密の1つだ。

No.996 6点 夜光虫- 馳星周 2012/05/30 23:50
今までは東京の裏社会に暗躍する外国人の世界を舞台にしていたが、今回は逆に異国の街の暗黒世界に身を置く男を描き、生き抜くために喘ぐ姿を活写する。それまでに発表されていた作品と180°設定と舞台を変えたのが本書である。
そして扱う世界はなんと台湾野球界。しかしそこは馳氏、ただのスポーツ小説を書くはずがない。彼がテーマに選んだのは台湾野球にはびこる八百長。野球賭博を牛耳る黒道というマフィアが野球選手のみならず球団関係者をも買収して八百長―放水というらしい―を取り仕切っているのが台湾プロ野球界の現状らしい。

しかしそんな物語も結局皆殺しの結末になってしまうのが残念。設定を変え、登場人物を変えても呪われた血を持った男が人殺しの螺旋に嵌り、次々と周囲の人間を殺していくという物語は基本的には変わらない。従って読者はすでに結末を知っているような状態でプロセスだけが違うのだ。
いやそのプロセスももはや同じだ。騙し騙されながら自分の生き抜く道を模索する男が結局のっぴきならない状況まで追い詰められ、窮鼠猫を噛むが如く、どんどん人を殺していく。これではギリギリのサヴァイバルが活かされない。主人公が自身に残った最後のこだわりを守るためにボロボロになってもそれを守ろうとするのに、結局はとち狂ってそんなこだわりがどうでもよくなり、破壊しつくさねばならなくなる。これでは登場人物はただの殺戮マシーンである。毎度同じ話を読まされているように感じるこの構成をいい加減変えてくれないだろうか。

No.995 8点 ホーンズ 角- ジョー・ヒル 2012/05/29 23:50
いやあ、さすがはジョー・ヒル。どのジャンルにも属さない素晴らしくも奇妙な味わいの作品を読ませてくれる。
朝起きると角が生えていたというカフカの『変身』を思わせる発端から、角が生えたイグに逢う人物はことごとく腹に溜まっていた悪意の言葉を口にすることが解る。これがもうとても聞きたくない話ばかり。普通の隣人や知り合いが実は腹の中でどんな風に思っているのか。それが制限なく毒を垂れ流すが如く溢れ出る。なんというか、まともな人間はいないのかとまで思わされる。そして触れた者の密事が一瞬にして解る能力も授かる。この秘密事も知られたくはない性癖だったり悪事だったりする。しかしこんな能力は願い下げだ。

そして彼らよりも輪をかけて悪いのはイグの友人リー。とにかく今回はこの敵役のリー・トゥルノーの下衆野郎ぶりに尽きる。なんとも自分勝手な利己主義者であることか。他人の善意を利用し、全てを自分の都合のいいように解釈する。友人は全て利用する物、全ての女性は自分に抱かれたいと思っている、そんな傲慢な性格の持ち主だ。
日本の小説ならばここまで書くと…というブレーキがかかるところをジョー・ヒルはとことん描く。人間の嫌な部分をあからさまに謳う。この辺の筆致はクーンツに出てくる唾棄すべき悪役に似ている。

優しい者同士がお互いを強く愛するがゆえに起こった悲劇。そうこの物語は悲劇から始まる。そしてジョー・ヒルは悲劇から始まった彼らに対して安直な救いは用意しない。
物語の結末としては苦い物ばかりなのだが、なぜかその喪失感こそが爽やかだ。全てを燃やし切った彼らの心地よい徒労感が行間から漂う。そして題名『ホーンズ』のもう1つの意味が最後に解る、この演出もまた憎い。
もう少し削ればこの物語は傑作になりえただろう。ジョー・ヒルの長編を読んで残念に思うのは全てを語らんとする冗長さだ。この辺をもう少しそぎ落とし、行間で語れるようになればもっとすごい作家になるに違いない。
次作がもっと早く刊行されるよう、祈って待とう。

No.994 7点 一人だけの軍隊- デイヴィッド・マレル 2012/05/26 22:15
一読して驚いたのはランボーの敵役の警察署長ティーズルがいわゆる田舎町を牛耳る悪徳署長などではないことだ。
ランボーを町から追い出そうとしたのも身元不明で怪しい身なりの人物が町をうろつくことで住民が不安を覚え、治安が乱れるのを防ぐためだし、またランボーを追うことになったのも彼が目の前で自分の部下を殺したからだ。また彼は朝鮮戦争を経験した後に警察署長としてマディソンに戻ってき、警察機構として機能していなかった署の改善に尽力してきた人物でもある。つまり至極まっとうな人物なのだ。
片やランボーはヴェトナム戦争で捕虜になり、そこから生還した元グリーンベレー。名誉勲章も得たが捕虜になった時の経験で心が壊れた状態になっている。
従って署に運ばれた時に髪を切り、ひげを剃られる時に捕虜で受けた拷問を思い出し、とうとう耐え切れなくなり警官から剃刀を奪って殺害し、逃亡してしまうのだ。そこからはグリーンベレー時代のことを思い出し、人を殺すことへの罪悪感も薄らぎ、逆に追ってくるティーズルら一味を皆殺しにすることを決意する。
そう、通常の物語構造から云えばランボーは元グリーンベレーでヴェトナム戦争の時に抱えたトラウマでおかしくなった殺戮マシーンであり、それを追い出そうとする警察署長ティーズルらは彼のターゲットとなり、善と悪で云えばティーズルが善、ランボーが悪なのだ。これは映画の構造と全く逆で驚いた。まさに価値観の転換である。

これはランボーとティーズル2人の物語なのだ。あまりにも有名になってしまった映画のためにこの作品の本質は多くの人間が誤解を招いてしまっているように感じる。

しかし映画と小説は別物だという主張もある。ハリウッドはこの作品の設定を借りて映画史に残るアクションムーヴィーを作り、成功した。作者の意図や希望がそれに合致したかどうかは寡聞にして知らないが、それもまた良作故の功罪か。

No.993 7点 恐怖の研究- エラリイ・クイーン 2012/04/30 22:43
とにかく1章当りの分量が少なく、おまけに1ページ当りの文章量も少ない本書はサクサク読めることだろう。特にホームズ作品に慣れ親しんだ読者ならば実に親近感を持って読めるに違いない。
そしてやはりクイーン。単にホームズによる事件解決に話は留まらない。まず送られた原稿がワトスン博士によるものかという真偽の問題から、ホームズの解決からさらに一歩踏み込んで別の解決を導く。そしてその真相をワトスンの未発表原稿を叙述トリックに用いているのだからすごい。この発想の素晴らしさ。さすがクイーンと認めざるを得ない。

事件の真相はエラリイのよって最後のたった8ページでバタバタと解決される。しかし詳しい動機については作中では触れられない。しかしそれでも読者ならば公爵の動機がおのずと浮かび上がる。
当時の貴族という人種の精神の気高さと身分制度がもたらした差別意識の深さを考えると納得がいく。彼らにとって売春婦などは死んで当然の人間以下の虫ケラの如き存在にしか過ぎないからだ。この心理状態は数多く古典のミステリを読めば理解が深まる。特にジョン・ディクスン・カーの『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』は裁判の不公正さのひどさも含めて良いテキストになっている。

物語として、また一連のクイーン作品群の中においても出来栄えではごく普通の作品に過ぎないかもしれない。しかしこの作品が内包する当時の時代背景や世情、さらにこの作品が書かれた背景を考えるとなかなかに深い作品だと云える。

No.992 7点 探偵ガリレオ- 東野圭吾 2012/04/30 00:26
天下一大五郎シリーズ『名探偵の掟』、『名探偵の呪縛』の後に刊行されたのが本書。その内容はバリバリの理系本格ミステリ。前述の作品で本格ミステリへの訣別宣言とも取れる文章を書きながら、直後に発表された。
つまり『~呪縛』で書かれた作者自身と思われる主人公の発言は本格ミステリからの訣別ではなく、もう1段上を目指した本格ミステリを書くという宣言だったのかもしれない。

そして書かれた本格ミステリとはバリバリの本格作品。人智を超えた事象を科学の知識を使って人智の域へといざなう。
そのせいか、犯人の動機はいささか当たり前に過ぎた。
とはいえここから『容疑者Xへの献身』へとつながる大事な作品。次の『予知夢』も読むことにしよう。

No.991 7点 蠟人形館の殺人- ジョン・ディクスン・カー 2012/04/22 20:00
ハヤカワ・ミステリでしか刊行されていなかったバンコラン物の作品が新訳で刊行された。海外ミステリ不況が叫ばれる今、このような慈善文化事業めいた出版がなされようとは思わなかった。東京創元社の志の高さを褒め称えたい。

さて本作はまだカーの2大シリーズ探偵HM卿とフェル博士が出る前の1932年の作品と、最初期のものだが、物語は実に深く練られている。
まず冒頭の半人半獣サテュロスの蠟人形に抱かれるように死んだ女性の遺体の発見というカー得意の怪奇的演出から始まり、その蠟人形館が身分の高い紳士淑女たちの密会クラブへ通ずる秘密の進入口へとなっていることが判明することで淫靡な趣を呈し、さらにはその経営者の一人である暗黒街の大物エティエンヌ・ギャランへつながっていく。このギャランがかつてバンコランに痛めつけられ自慢の容姿を台無しにされた因縁の相手であり、ライバルの登場と物語の展開がドラマチックで淀みがない。また語り手のジェフが仮面を被って秘密クラブへ潜入するというサスペンスも加味され、なんとサーヴィス精神旺盛な作品かと感嘆した。

単純に蠟人形館に終始せず、この密会クラブをプロットに合わせたのが実に効果的。それが故に最後に明かされる真犯人の心理状況の移ろいが手に取るようにわかる。

しかしとはいえ、主人公のバンコランにはどうも好感が持てない。強引な捜査方法に加え、最後の真犯人の対決シーンはどちらが殺人犯だか解りやしない。それが大いにマイナスになった。
ま、好みの問題なんですがね。

No.990 4点 顔をなくした男- ブライアン・フリーマントル 2012/04/17 23:39
チャーリーとロシアのロシア情報機関の№2と目される人物の亡命の手助けを中心に対内情報機関であるMI5と対外情報機関であるMI6がお互いの優位性を巡って手練手管を尽くした画策が繰り広げられる。
お互いが協力の握手を右手でしている裏では左手にナイフを持って寝首をかこうと手ぐすね引いているやり取りが延々繰り広げられる。それはいつもながら高度なディベート合戦と智謀を尽くした暗闘なのだが、MI5部長オーブリー・スミスとMI6部長ジェラルド・モンズフォードがお互いの地位とプライドを守らんがために虚勢を張りあう姿と相俟って非常に稚拙に滑稽に映るから面白い。

本書は前作の『片腕をなくした男』を含めた三部作の第二作目に当たる。往々にして三部作の二作目は次作への繋ぎの性質を持っており、最終巻に読者の興味を持たせるため、問題は棚上げとされるのが常である。従って本書もそう。しかしそれでも本書はその出来栄えには不満を感じてしまう。

さて謎は謎として残されたまま、本書は幕を閉じる。シリーズ最終作となる次作でどのように明かされるのか。長きに亘ったシリーズの行く末がようやく決まる。それを心して待とう。

No.989 7点 スリーピング・ドール- ジェフリー・ディーヴァー 2012/04/08 11:23
『ウォッチメイカー』で初登場した尋問の天才キャサリン・ダンスが主役を務めるスピンオフ作品。とはいえこの後彼女が主人公の『ロードサイド・クロス』も刊行されているから、新シリーズの幕開けといった方が正解だろう。

さてライムシリーズが現場に残された物的証拠から推理して犯人の行動を読み取るのに対し、尋問の天才キャサリン・ダンスはキネシクスを駆使して動作や身振りからその人の本当の心理状況を見抜き、また関係者から得た犯人の情報から推理して犯人の行動を読み取る、云わばプロファイリングに似た手法を取る。物質のライムに精神のダンス。ディーヴァーはまさに魅力的な二巨頭のシリーズキャラクターを創造したわけだ。

物語の核であるペルの脅威が収まるのは下巻の340ページ辺り。まだ約100ページが残っている。哀しいかな、書物という物はこの後の残りページ数でこれで事件が解決したものと思わないように物理的に教えられる。これが映画館で観る映画ならこんなことはないのだが。従って読者は残りのページで起こるであろうどんでん返しを想像することになり、驚愕の結末もこれでは薄れてしまうであろうから困ったものだ。

本書はまだ軽いジャブといったところ。今後のキャサリン・ダンスの活躍に大いに期待しよう。

No.988 7点 名探偵の呪縛- 東野圭吾 2012/04/08 02:01
作者東野氏自身と思われる作家が図書館に迷い込むうちに自分が天下一になってしまうというファンタジーな設定になっている。そのためか実に内容はメタフィクショナルだ。
常に読者の目を意識した天下一の言動は前作『~の掟』を踏襲した本格ミステリの約束事を意識的に揶揄したものだし、またその言葉は作者東野圭吾氏の生の声でもある。

そして読み進むにつれ、これは東野氏の本格ミステリからの訣別宣言を表した書だということが解る。かつて江戸川乱歩賞でデビューした作者はその後もトリックを駆使した密室殺人をいくつも著していたが、もはやそんな物に興味を失ってしまったと吐露する。
しかしその後も探偵ガリレオシリーズなども書き継いでいることから、初期作品からブラッシュアップされた本格ミステリを書くことを心掛けているのが解る。訣別しようと思いながらも本格ミステリが持つ独特の魔力に抗えない、そんな心情を東野氏はこの作品で見事に表している。つまり本書は小説の形を借りながら東野氏の本格ミステリへの思いを綴ったエッセイであると云えるだろう。

ただやはり本書はある程度本格ミステリを読んでからにしてほしい。そうでないと解らない面白味に溢れているのだから。

No.987 7点 鎮魂歌 不夜城Ⅱ- 馳星周 2012/04/04 22:43
混沌とした中国系マフィアの勢力争い。新宿歌舞伎町というごくごく狭い繁華街に上海、北京のマフィアが勢力を伸ばし、そのバランスを保とうと台湾のマフィアの長が策を施す。そんな絵図を俯瞰し、いつか彼らの喉笛に食らいつこうと虎視眈々とその時を窺う劉健一。そんな中国人だらけの街を取り戻そうと蠢く日本のやくざ。
誰もが他者を出し抜こうとし、誰もが他者を貶めようとする。権力という安定を求め、仲間を作るが、その仲間さえも敵と天秤にかけ、平気で寝返る。敵が味方になり、追う者は追われる者になる。窮地に陥った人間が窮鼠猫を噛むが如く、ぎりぎりのところで口八丁手八丁の逆転をし、どうにか生きながらえる。しかしそんな付け焼刃の云い逃れも上手くいくわけもなく、どんどん死の淵へと追いやられていく。

これは新宿歌舞伎町という日本一の繁華街を舞台にした人生劇場。いや明日をも知れぬ地獄絵図を描く者たちの鎮魂歌とでも云おうか。私が歩いていた新宿の少し筋を外れたところでこんな人が簡単に人の命を奪う生き死にの戦いが繰り広げられているのか。そう思わされるほどこの物語はリアルである。

ただやはり結局馳氏の作品はどの人物も死んでいく運命にあり、主要たる人物も最終的には屍の山の一角に過ぎなくなる。これがなんとも読んでいて残念なのである。この辺は大いに好みの問題なのだろうが、生死の瀬戸際ギリギリで足掻く人物たちが結局死んでしまうことが解っているので何とも途中で白けてしまう。

本書でも滝沢の変態性、郭が恋い慕う楽の扱いなど凌辱系ポルノビデオのような内容でこれ以上の物を書くとどんどんエスカレートしてこちらの感覚が麻痺していくように思えてならない。どこまで突き進んでいくんだ、馳星周は?

No.986 8点 野蛮なやつら- ドン・ウィンズロウ 2012/03/18 20:11
読み終わって大きな息が思わず出てしまった。怒涛の展開で連打の如く畳み掛ける言葉の嵐。今回の物語で要した章は289にまで上る。正味460ページ足らずの分量でこの章の多さ。いかに切りつめられた章立てであるかが解るだろう。
ウィンズロウの文体はもはや詩である。短文の連発で散文的に書かれた語り口は彼独自のリズムで物語が展開する。固有名詞(62章を見よ!)に略語にスラングの応酬で綴られるその文章にはまぎれもなく行間から“声”が聞こえてくる。つまりはこの声を生かしたままで日本語に訳している東江氏の素晴らしい仕事ゆえに私達はウィンズロウが耳元で囁くかの如きライヴ感溢れる文体に酔うことが出来た。

『犬の力』で我々に見せてくれたメキシコの麻薬社会の現実を下敷きにベン、チョン、Oの三人と麻薬カルテルとの戦いを描いた本作は彼ら三人の青春物語であり叙事詩であり伝説。こんな物語、ウィンズロウにしか書けないわ!

No.985 8点 ウォッチメイカー- ジェフリー・ディーヴァー 2012/03/12 00:16
いやはやウォッチメイカー事件とはこういう事件だったのか、というのが正直な感想。未読の方の興を削ぐので詳しくは書かないが、ライムシリーズといえばシリアルキラー物という定型を上手く利用した作品。

新登場のキャサリン・ダンスもすごくキャラが立ってるし、なるほどこれならばシリーズキャラとして独立するわけだと思った次第。

特に今回注目したいのはライムシリーズ1作目の『ボーン・コレクター』が内容に大いに関わっていることだ。
こういう趣向はシリーズ物を愉しむ読者にとっては縦軸だけでなく横軸への広がりを見せ、大きな絵を描くように世界観が楽しめる。逆に読者は記憶力をさらに試されることになるわけで、今まで他作品の主人公のカメオ出演だけでなく、事細かに設定されたリンカーン・ライムワールドを熟読しておくべきだろう。そうすればますますこのシリーズが楽しめるに違いない。

シリーズ最強の敵ウォッチメイカーはライムにとってのモリアーティとなるのか?シリーズの続きからますます目が離せなくなってきた。

No.984 4点 このミステリーがすごい!2012年版- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 2012/03/07 22:21
国内・海外ともども出版当初から話題になっていた作品が1位を獲得した。国内が高野和明の『ジェノサイド』、海外が新人デイヴィッド・ゴードンの『二流小説家』。これらはおおむね予想通りだったといっていいだろう。両者とも似ているのは小説読みならば読書の愉悦に浸ってしまうその構成の妙にあるだろう。形は違うものの、一つのジャンルに留まらず、複数のジャンルに跨った内容を包含しており、1冊で色んな味わいを楽しめるところとページを繰るのを止められない展開の面白さが特徴的だ。

また正直『ユリゴコロ』がこれほど上位に来るとは意外だった。しかし大沢の新宿鮫シリーズは強い。シリーズ10作目にして第4位という高位置。クオリティの高さが窺える。

翻って海外はとにかく新装開店したポケミスの躍進が光る。上位20位になんと5作がランクイン。このうち3作が初紹介作家の作品。月1冊のシリーズのうち約半分がランクインしたことになる。ポケミスがこれほどまでランキングを賑やかした年が今まであっただろうか?
またランクインしたミステリ作品が英米以外の作品がますます増えてきた。もはやミステリ大国と化してきたスウェーデンの他にドイツ、デンマークと続き、いずれも評価が高い。ますます海外ミステリの好況ぶりに目が離せない時代にあるのに、現実の売り上げはますます下がる一方というのが哀しい。もっと海外ミステリを盛り上げていこうではないか!

そういった出版業界の旗振り役を『このミス』は務めなければならないのにもかかわらず、この内容の薄さは一体どうしたことか?昨年非難したその年のミステリーシーンの傾向とお勧めの新人作家を紹介するコラムは復活したものの逆に名物の座談会が無くなってしまった。もっとミステリを掘り下げて熱く語ることで作品の魅力が伝わるのに、それを辞めてしまうとは本末転倒である。ワンコインという価格にこだわって内容と紙の質がどんどん悪くなっていっている。値段挙げてもいいからもっと読ませる紙面づくりに努めてくれい。

No.983 4点 三角形の第四辺- エラリイ・クイーン 2012/03/02 22:52
今回のエラリイは安楽椅子探偵。映画のエキストラの一員としてスキーで滑っているシーンを撮影中に事故に遭って入院をした状態で推理にあたる。

3人のマッケル一家だけが容疑者であるという非常に登場人物の少ない事件。そんな事件でもクイーンはロジックを開陳させてみせる。それは彼の十八番であるアナグラムである。このアナグラムが実にシンプルであるがゆえに解決が困難な事件に光明を投げかける。
しかし物語はそのエラリイの鮮やかなロジックで解決した後、また別の真相が控えている。この辺は実に上手いミスリードだろう。
そしてこの作品でも探偵の能力の限界をエラリイは見せつけられてしまう。

正直に云って私はこのどんでん返しの前の真相の方が好きだ。作中でチェスタトンの「見えない男」を仄めかす記述があり、また犯人が逮捕された後にも事の真相を告げる新聞を読んだ読者は気が抜けたようになった、などという自嘲めいた記述もある。つまり作者クイーンがこの真相を気に入らなかったような節が見られる。

他作家の手によるクイーン作品だが、結局は当時クイーンが取り組んでいた人の心理の謎を主体にした真相を選ばせている。本作は逆にそれがバランスを欠いているように感じてしまった。

No.982 10点 悪意- 東野圭吾 2012/02/28 23:10
これはすごい傑作ではないか!なぜ当時ほとんど巷間で話題にならなかったのかが不思議でならないくらい、ミステリとしても読み物としてもすごいレベルに達した作品である。

東野氏が本当に書きたかった悪意は最後の最後に示される。悪意が恐ろしいのはそれが当事者にはそれが悪意だと気づかずに行動の原動力となってしまうことだ。いやもしくは悪意、それと気付いていながらもその悪意の持つ悦楽のような物に酔わされ、止められない蠱惑的な魅力を備えていることだ。しかしここに書かれた悪意はもうどうしようもない。読後私はなんともやるせない気持ちになった。

このようにストーリーは読み応え抜群でしかも深い余韻を残す結末でありながらさらに本書がすごいのはミステリの技巧として優れていることだ。いや文学の技巧としても優れているといった方が正しいかもしれない。
小説の技法をトリックに使用して読者に直接的に叙述トリックを仕掛けているのだ。数ある叙述トリックを読んできたがこんな手法は初めてだ。数々の本格ミステリ作家が痛罵されてきた「人間が描けていない」こととはどういうことなのかを指南しながらその実それがトリックだったという高度な技術。さらに読後すごく考えさせられるテーマ。一つの到達点ともいうべき作品と云っても過言ではないだろう。

No.981 7点 漂流街- 馳星周 2012/02/27 22:45
鬱屈した日常に嫌気が差した日系ブラジル人の主人公マーリオがひょんなことから漏れ聞いた関西のやくざと中国マフィアとのデカい取引の金を強奪し、あらゆる追手から逃げるという話なのだが、この強奪に至るまでが非常に長い。取引の情報を手に入れるのが49ページとストーリーの中でも非常に早い段階なのにもかかわらず、実際に実行に至るのは470ページあたりなのだ。

しかしそれが退屈かと云われれば、そうではないと認めざるを得ない。文庫本にして770ページ弱の厚みを一気に読ませる求心力を持っている。とにかく全編に亘って語られる内容は金とドラッグ、セックスと暴力の連続。憎悪と怒りの応酬だ。誰もがギラギラしており、誰かを利用しようと手ぐすね引いて待っている。

この暗黒の群像劇を描く馳氏の筆致はものすごい熱量で読者の眼前に言葉を畳み掛け、叩き付ける。いつの間にか時間を忘れ、ふと顔を挙げると大きく息を吐く自分に気付く。掌は汗をかいているのに指先は冷たくなっている。そんな魔力を秘めている。
だからこそ最後の物語の収束の仕方に不満が残る。小賢しい知恵で世間を亘り、やくざ、中国人マフィア、ブラジル移民たちを騙し利用してきたマーリオが極限の中で見せたのが単なる殺戮の連続だったのは正直失望した。
これほど複雑な絵を描きながら最後で物語を破綻させてしまった、そんな風に思わざるを得ない。

No.980 7点 悪夢の優勝カップ- アーロン&シャーロット・エルキンズ 2012/02/26 16:13
今回の事件は憎まれ、殺したいと周囲に思われた人物が落雷に遭って事故死するが、実はそれは巧妙に仕組まれた殺人だったという物。
そして第2の殺人として衆人環視の下で毒殺が行われる。いずれも本格ミステリ的不可能趣味に溢れている謎なのだが、このシリーズの特色はそこにはない。

アーロン・エルキンズ作品の特徴である、特定の人物で形成されるコミュニティの中で嫌われ者である人物が事故に見せかけて殺される、もしくは明らかに何者かによって殺される状況が生まれ、関係者の誰もが一応の動機を持っている手法が本書でも採られている。そして忘れてならないエルキンズの長所が魅力あるキャラクター。今回も前作から引き続いて登場のペグを筆頭にコットンウッド・クリーク・ゴルフコース理事の面々の個性的なこと。相変わらず実に読んでいて心地よいコージー・ミステリだ。

そんなミステリだからトリック云々を議論するよりもコミュニティの中で誰が一番動機を持ち、また機会があったかについてリーとグレアムの議論は費やされる。ここら辺は堅苦しいロジックのやり取りではなく、まさに好奇心旺盛なカップルが事件についてあれやこれや話し合うといったようなトークの趣があり、和やかだ。
特に第2の殺人については不特定多数の人がいる中でどうやって被害者だけに毒を飲ますことができたか?などということは一切語られず、誰が被害者を殺す動機があったかについてしか語られない。これがエルキンズの作風なのだと初めて本書を手にした本格ミステリファンは理解しなければならないことをここでは述べておこう。

エルキンズのスケルトン探偵ギデオン・オリヴァー物の最新作を読みたいのが本音ではあるが、しばらくはこの夫妻の手によるこのシリーズでその渇きを癒すことにしよう。

No.979 9点 12番目のカード- ジェフリー・ディーヴァー 2012/02/26 02:07
本書の題名12番目のカードとは、作品の表紙にもなっている「吊らされた男」だ。このカードの持つ意味はその絵から連想する苦しみや拷問などというネガティヴなものではなく、それら暴力や死とは無縁であること。つまり精神的な保留と待機を表している。なぜこれが題名になったのか。それは最後まで読むと明らかになる。

今回も様々などんでん返し、ミスディレクションが繰り広げられる。それまでの諸作で大なり小なり仕掛けられていた小技大技が本作では存分に盛り込まれてその都度読者を驚かせる。

そんな読者を驚かすことに腐心したエンタテインメントに徹しながらも底流に強いメッセージが込められているのだから畏れ入る。最後に読んで行き着くのはハーレムで苦難の人生を過ごしていた女子高生のシンデレラ・ストーリーであること、そしてアメリカの歴史で永く虐げられてきた黒人の不屈を讃える物語であったことだ。
ここに至り、冒頭に書いた「吊るされた男」のカードの意味がじわじわと胸に迫ってくる。

どんでん返しというディーヴァーの持ち味を最大限に生かしながらも“努力は報われる”という熱いテーマを内包しているのが本書なのだ(そういう意味では文庫版下巻の表紙は象徴的だ)。

本書はどちらかといえば地味な印象を持った作品だ。しかし読後の今、私の中では本書はシリーズの中でも上位になる作品となった。最後に訪れるリンカーンのある変化も含め、希望に満ち溢れた結末が余韻を残す。まだまだ衰えないなぁ、このシリーズは。天晴、ディーヴァ―!

No.978 8点 エラリー・クイーンの国際事件簿- エラリイ・クイーン 2012/02/24 23:57
本書に挙げられているのは19世紀の終わりから20世紀の半ばにかけての犯罪記録である。こういった記録は実際貴重である。日本でも牧逸馬氏が同趣向の世界怪奇実話集を編んでいたが長らく絶版となっていた。それを島田荘司氏が精選して復刻させた。本書は今なお本屋で手に入るのだからまだ幸運だ。

世界で起こったフィクションを凌駕する奇妙な事件の数々を集めた本書はその内容ゆえに読後感が決して良いわけではないが、歴史に残る犯罪記録として実に貴重な作品だ。さらに本書が書かれた“その後”について触れられた解説は本書の事件の驚きをさらに補完してもう一度驚かせてくれる(特に母親を殺した2人の少女のその後は強烈だ!)。その存在の意義と価値、そしてここに収められた話の奇抜さと作者の簡潔にして冷静な叙述ぶりを高く評価しよう。

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