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ことはさん
平均点: 6.34点 書評数: 222件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.23 6点 盤面の敵- エラリイ・クイーン 2024/01/03 14:56
ミステリ的仕掛けは、いまひとつに感じるが、たぶん、狙いが刺さっていないからだと思う。
本作の発表は1963年。有名映画のxxxは1960年で、xxxxの「xxxとxxxxx」は1957年。EQMMの編集も行うクイーンが、これらの作を知らないことは考えられないので、本作はこれらを踏まえて書かれているはずだ。だとすると、これらに似たあの反転の仕方が狙いでなく、別の部分が狙いなのだと思う。想像では、真犯人の立ち位置が狙いなのだと思うのだが、それは私にはあまり刺さらなかった。
とはいえ、刺さる人には刺さるのかもしれない。例えば、本作を読んで、少し情報を検索したのだが、スタージョンの日本語Wikiに、ウィリアム・L・デアンドリアが本作を好きだったことが書いてある。デアンドリアには刺さったのだ。「だからあの作か!」と思う。
また、シオドア・スタージョンが書いたと知って読むと、シオドア・スタージョンの作風が見え隠れして興味深い。これも、スタージョンの日本語Wikiの記述だが、法月綸太郎の評価として”「孤独な魂に送られてくるメッセージ」というスタージョン的なモチーフが利用されており”とあり、とても腑に落ちる。
細かい描写が逐一記述されるのも、スタージョンらしさだろう。例えば、ウォルトの動きで、”製氷皿2枚をとりあげ、台所の裏のポーチに出ると、皿を手摺りにのせ、ドアに鍵をかけ、また皿をとりあげて……”と、長々と記述している。
他には、タイトルは、邦題より原題の方がよいと思う。邦題は1つの意にしかとれないが、原題はあいまいで、いくつもの捉え方ができそうだ。結末を知って原題を読むと、「Other Side とはあれか?」と思うところがあるし、登場人物がそれぞれ抱えている秘密も Other Side にあたるともとれる。
いろいろな読みができる力作で、スタージョン好きには特に興味深く読めると思うが、普通のミステリ的カタルシスをもとめると、肩すかしかもしれない。
ああ、それと、ハヤカワ・ミステリ文庫版の扉裏には「リーに捧ぐ」とある。いやいや、いろいろな読みができる献辞です。

No.22 5点 悪魔の報酬- エラリイ・クイーン 2023/04/17 22:51
再読。昔読んだときは、結構面白かった印象だったが、今回でだいぶ評価が落ちた。主要2人の恋愛模様が、楽しめなかったのが大きい。(たぶん、昔は楽しめたから面白かったのだろう。この辺の感覚は変わってしまっているのだなあ)
2人の行き違いも、もっと話し合えばいいのにと思ってしまうし、キャラの書き込みが十分でないからなのか、心理に共感できない。視点人物が一定でないのも、キャラに寄り添えなかった要因だろう。
ミステリとしても、全体の構築性が乏しい。
まず、事件に対する議論がない。議論の前に、「なにがあったのか?」のデータが整うのが、かなり後半になってからなので、議論のしようがない。これは、読み終わってから考えると、状況がわかれば犯人がわかってしまうからだと思う。
犯人特定のスタイルはクイーンらしくて好きだが、シンプルな内容なので、状況がわかればエラリーの推理を事前にあてることができそうだ。そのため、ぎりぎりまでデータの提示を遅らせたのだと思う。ぎりぎりまでデータの提示を遅らせた理由も、途中から(彼らが話し合ったタイミングで)なくなっていると思うのだが、読み違えているかな?
よかった点の特記すべきは、犯人の心理状況の設定かな。これは面白い。 
そう考えると、映画化からのノベライズである「完全犯罪」(「エラリー・クイーンの事件簿2」所収)のほうが、よかった点はそのままで、より軽快に、よりコンパクトになっているので、面白いかもしれない。

No.21 9点 中途の家- エラリイ・クイーン 2023/04/02 01:31
角川文庫の新訳で再読。
初期のクイーン作で唯一再読していなかった。それは初読の印象がよくて、再読してつまらないと「良い思い出が……」とがっかりすることを懸念してだったのだが、杞憂だった。推理とドラマが非常にバランスのいい傑作。
冒頭の事件は明快。視点人物がリアルタイムで遭遇するので、フランス、オランダと比べると、捜査の段取りも少ない。かわりに登場人物たちのドラマが語られていく。(フランスのある人物と比べるとなんと違うか)
中盤、法廷闘争をはさみ、サスペンスと人物ドラマが展開し、名探偵に啓示を与える手がかりが出たところで、読者への挑戦。
解決編の推理は「そこから推理を紡ぐのか!」思わされるもので、実に鮮やか。面白い!
推理部分が魅力的なのは、推理の手がかりが明快なところが大きいと思う。作品によっては、些末で記憶に残らない描写をもとに推理をすすめる作品もあるが、本作の推理の手がかりは、読んできた読者なら必ず覚えているものなので、論理展開を追うときにストレスがない。
マイナス点と思うのは、第4部の展開がやや安直なところだが、重要な手がかりを最後に出すための策ととらえて、目をつぶろう。
クイーンのベストをあらそえる傑作だと思うが、XやYと比べて分が悪いのは、全体を貫く趣向が弱いとこかな。Xのあれや、Yのあれに比べると、「中途の家で殺された男」という謎の提示以外に”趣向”と呼びたいところがないのは、やはり弱い。
他に印象に残ったシーンは、中盤の面談のシーン。ここだけ、他に比べて情景描写が細かく、登場人物の心理がせまってくる。リーが力を入れた場面なのだろうか?

No.20 5点 孤独の島- エラリイ・クイーン 2022/06/24 00:09
再読。まったくクイーンらしくない話だが、それなりによかった印象がある。はたして再読でどう感じるだろう?
まず冒頭、悪役側から描かれるが、この悪役に魅力がない。設定は類型的で、知性が感じられず、げんなりしてしまった。
主人公が登場してからは持ち直すが、中盤の裏のかきあいも、いまひとつもりあがらない感じがした。とはいえ、クイーンらしい部分もある。なにしろ、主人公が考える。行動する前に、まず考える。ああ、これはクイーンらしいなぁ。まあ、そのために捜査小説の味がでてきて、サスペンスが弱まってしまっているところがあるかもしれない。
終盤には熱い展開があり、全体的には悪くない。初読時はこの終盤の印象がよかったんだなぁと納得。
「最後の一撃」より後のクイーン長編では、上位になりますね。
1つ小ネタ。主人公が登場の直後、映画の感想をいう場面がありますが、内容からすると、映画は「明日に向かって撃て」ですね。ディリンジャーは「ジョン・デリンジャー」(日本語ウィキペディアに記載あり)のことでしょう。本作も「明日に向かって撃て」も1969年の発表です。

No.19 4点 エラリー・クイーンの事件簿1- エラリイ・クイーン 2022/05/02 23:50
数十年ぶりの再読。
ノベライズのため、心理描写が薄いからだろう。読み応えが軽い。
・「消えた死体」
元の長編から、事件の構図はそのままで、周辺状況を変更させた作品。
若いときは、タイトルになった「死体を消す理由」が気がきていると感じてかなり評価が高かったが、今回の再読では、それ以外がかなり評価が低い。
エラリーは名探偵らしくないし、警察連中はポンコツだし、オリジナルはこんなキャラじゃないよ、と残念だった。さらに、これはノベライズの悪いところがでてしまったのだと思うが、会話が安っぽいし、味気ない。特に、エラリーとニッキーの会話は、目も当てられない。(事件簿2の「完全犯罪」は、エラリーとニッキーの会話が少なかったので目につかなかったのだと思う)
「死体を消す理由」も、「最終的な落とし所はどうするつもりだった?」という点が疑問で、少し評価がさがった。
総じて、おすすめはできないかな。
・「ペントハウスの謎」
これもノベライズのためだと思うが、エラリーが、違法侵入したり、タクシーで追跡したりと、私立探偵小説の探偵のような行動をして、キャラが違う。ガジェット満載だが、定形のガジェットで面白みは少ない。

No.18 6点 エラリー・クイーンの事件簿2- エラリイ・クイーン 2022/04/24 00:51
数十年ぶりの再読。
ノベライズのため、心理描写が薄いからだろう。読み応えが軽い。けれど、それぞれの作品に、見どころがないわけではない。
・「〈生き残りクラブ〉の冒険」
このプロットは好きだ。ある日本の有名作品を思い起こした。手がかりの提示シーンの演出もよい。犯人指摘シーンの演出は、警視が無能に見えていただけないが、ラジオ向きの演出として作られたのだろう。
・「殺された百万長者の冒険」
プロットとしてはみるところはないけれど、手がかりと推理はなかなか面白い。スポーツ観戦と移動手段は、当時としてはキャッチーだっのではないかなと感じた。
・「完全犯罪」
元の長編と構図は同じだか、犯人指摘の段取りは違う。ある1点から事件の構図を転換させるまではよいが、その後の人物特定は即断だろう。とはいえ、競売シーン(元の長編と同じ展開だが、こちらのほうがテンポがよい)など、楽しいシーンもおおいので、佳作ですね。

No.17 7点 スペイン岬の秘密- エラリイ・クイーン 2022/04/23 22:44
今回は角川文庫版で読了。(角川文庫版は、解説が飯城勇三で充実しているのがよいけど、タメ口エラリーは違和感がある。だから、創元がいいんだけど、アメリカ以降はもうださないのかなぁ)
さて、今回エラリーは休暇中の事件で、クイーン警視は登場しない。(タメ口エラリーがなくてよかった)
休暇中ということで、少しゆるい雰囲気。この感じ、有栖川有栖に似てる! 有栖川の作風の原点はここだったか。
全体構成をみてみると、枠組みは初期3作に似ている。初日の捜査が完了するのがやはり200ページくらいで、その後、捜査の手が広がり、解決編に向かう。
今回、特徴的なのは、冒頭にエラリー以外の視点で事件を描いていること。これは、読み終わってから考えると、”事実、事件が存在したこと(偽証でないこと)”の担保だと思う。読者に対するフェアプレイを意識しているのだろう。
(ただ、この部分はすべて伝聞でも作れるので、もしそうしていたらと考えると、xxxxxxxという面白い趣向もできたと思うので、少し残念。フェアプレイを優先したのだろう)
枠組みは初期3作に似ているが、内容はかなりぢがう。初期3作が「捜査の段取り」を主体に描いていたのに対し、スペインは登場人物たちのドラマに力点が置かれている。アリバイ確認などの細かなデータの提示が少ないので、読みながらの試行錯誤(なにが起こっていたかを把握/整理に頭を使う)の量が少ない。謎解きに特化した作風がすきならば不満に思うかもしれないが、小説としては、こちらが多勢を占めるだろう。ドラマ部分もチャイナよりこなれていて、飽かずに読める。
読者への挑戦前に、徐々に盛り上げていくが、このへんは国名シリーズでも上位の出来だと思う。さらに(角川の解説にもあるが)犯人指摘のシーンは抜群によい。 ここだけで、大幅に評価アップ。
ただ、推理は「間違いなくそうだ」という感じではなく、ある点で納得いかないので(だって、あれはもっていく必要ないと思う)、若干減点。
総合的に、国名シリーズでは中位ですね。

No.16 5点 チャイナ蜜柑の秘密- エラリイ・クイーン 2021/11/08 00:37
数十年ぶりの再読。いまひとつの記憶だったが、やはり記憶どおりだった。
これは、冒頭の奇妙な状況の面白さがすべてかな。
途中の展開は、解決を知ってから読むと不要な部分も多いし、最後の推理にも切れがない。
伝記や書簡集や各種解説などの情報から、高級雑誌に売り込もうとして、クイーンはこの頃に作風を変えようとしたようだが(特に途中の展開に恋愛要素やスリラー的要素を取り込もうとしている部分)、まだこなれていないとしか思えない。
さらにそのために変わってしまった残念な点は、「あらため」がなくなってしまったこと。犯行の時間が限定的なんだから、各自のアリバイなんて、ぜひ知りたいのに、全く説明がない。これは私的好みでは退行としか感じられない。
国名シリーズ、私的評価最低は決定です。4点と迷った5点。
「奇妙な状況」と「解決の仕方」から考えると、世界設定を変えたほうが面白かったのではと妄想します。クイーンには「生者と死者と」や「帝王死す」のように、異世界風の設定作もあるので、そういった世界のほうが馴染むお話だったなぁと。あとは、なんとなくカーぽいよなぁ、これ。

No.15 5点 アメリカ銃の秘密- エラリイ・クイーン 2021/10/31 23:08
数十年ぶりの再読。いまひとつの記憶だったが、やはり記憶どおりだった。
初読時に感じたことだが、なにが問題かというと、「xxがxxに気がつかない」とは思えないことだと思う。犯人指摘の場面で「そんなバカな!」と思い、推理をきいたあとも「そんなバカな……」と思った。納得させられない時点で、高得点はつけられない。
今回の再読で初めて気づいた点としては、本作が初期3作「ローマ」「フランス」「オランダ」のアップデートをねらったのではないかということた。.類似点としてよく指摘される「容疑者が多い」とい点だけでなく、構成がかなり似ている。例えば、初日の操作が完了するのは半ば過ぎで、アメリカでは220ページくらい。初期3作と似たようなボリューム感だ。そこまでは操作の段取りに筆が費やされていることも、初期3作と同様だ。
アップデートをねらったと思った点は、下記のような部分なる。「捜査者意外の視点をいれる」「映像的な場面が多い」「シーンが細かい」「章立ても多いし、章の中にも"*"で区切りをいれている」「事件の発生現場が派手」。
これらの改定はリーダビリティを高める狙いだと思うが、確かに読みやすくはなったが、同時に失ったものもあると思う。それは、すこしずつ事件の有り様がみえてくる感覚がなくなってしまったことだ。(事件の発生を2万人が目撃しているのだから当然だ。)けれど、謎解きミステリ好きとしては、これはかなり残念な部分だ。また、そのために捜査の段取りが(銃がみつからないことの)「あらため」としての機能しかなくなっていて、解決を知ってから読むと不要と思える部分も多い。
やはり評価は、クイーン全作品の中でも、下の方にならざるを得ないと思う。
とはいえ、よかった点もある。初読時は、最初に書いた理由で、相当に印象が悪かったが、再読してみると、手がかりの配置とそこからの推理展開は、クイーンらしくて魅力的だった。特に、17章の最後の「ある人物が驚いた理由」は、再読で印象にのこった。また、後半、エラリーが真相に確信をもってくる部分の盛り上げ方はよい。
とはいえ、全体の評価を変えるほどではなく、「構想に無理がある」という評価にはなってしまう。

No.14 8点 オランダ靴の秘密- エラリイ・クイーン 2021/01/23 17:07
創元推理の新訳で再読。
あぁ、これが良い謎解きミステリの読み心地だなぁと思う。推理の「これしかない」感が、クイーン作品でも最上位だ。再読してあらためて感じたのは、終盤のよさだ。エラリーが手がかりを掴んでから後の展開は、演出もよく一気に読める。ここはいいなぁ。
それに法月の解説がよい。ひとつひとつ説得力がある。特に「なるほど」と思ったのが、兼業作家/専任作家に目をつけて、作風が変わる("推理中心の小説"はオランダまでの3作目まで)というところ。ローマ、フランスを再読したのも、これに触発されて、3作を間をあまり開けずに読んでみたかったからというのが実際のところだ。
これをふまえて全体の構成をみてみると、3作とも、事件発覚から捜査が始まり、初日の操作が完了するのは、半ば過ぎ。オランダでは200ページくらいで、ローマ、フランスと似たようなボリューム感だ。その後、捜査の手が広がり、この部分が150ページくらいで、残りが解決編になる。こうしてみると、ローマ、フランス、オランダまでの3作は、同様の枠組みの中に、違う趣向を盛り込んだのだと思える。そしてこれ以降の国名/レーン4部作は、確かに同様の枠組みのものはなく、ここまでが兼業作家クイーンだったのだなぁと思わされた。
気になった点もいくつかあげてみよう。
まずは、事件の捜査が単調かな。フランスでは少しずつ事件の全貌(当日になにがあったのか?)がわかっていくのだが、オランダでは事件の全貌はシンプルで、捜査の後半は事件の背景(家族関係、仕事関係の人間関係と、動機の可能性)になっている。私の好みでは、ここがやや単調だった。
また、推理についても質はよいが、ボリュームが少ない気がする。クイーンの最高傑作に押す人もいるが、私の好みでは、この点で国名シリーズの最高作にはならないなぁ。
それでも、「謎解きミステリ」の典型としてあげるなら、確かに「オランダ靴の謎」は最適の1冊であることは再確認できた。

No.13 7点 悪の起源- エラリイ・クイーン 2020/12/14 00:09
ン十年ぶりの再読。
プロットは、このころのクイーン好み。構想は面白いが、事件のつなぎの調査が、どうも退屈で夢中になれない。最後の落とし所も、意外ではあるが、もう一度全体を振り返って考えてみると、どうもいろいろ腑に落ちないところがでてきて、傑作というわけにはいかない。
それでも、クイーン好みの構想は好きなので(ここが面白がれないと、そうとうこの話はつまらなく感じると思うが)、点数は甘めです。
また、クイーン作品では、かなりキャラクターが印象的な作品。個々の人物に際立った個性がある。
「災厄」などは、キャラクターは掘り下げてあるが現実にいそうなキャラクターだが(「災厄」それがよいのだが)、本作は現実にはいないようなキャラクターばかり。
(ここから、プロットの構造のネタばれ)
そこで、ふと気づいたのが、この作品「十日間の不思議」と似ていないか?
似ているところと、ちょうど相反するところがいろいろあり、表裏をなすようにみえる。
似ているところは「キャラクターの個性的なこと」「人間関係(二人の男と一人の女)」「不可解な事件が起こっていく構成」「解決編の構成」。ちょうど相反するところは「解決時の探偵の立ち位置」「犯人の扱い」「リンクの元が宗教的/科学的」「人間関係のパワーバランス」。
北村薫が、どこかで”「十日間」「九尾」「悪の起源」で探偵エラリイの挫折から復活を描いた”といったような記述をしていたと思うのだが、忘れてしまった。「十日間」との類似をふまえて改めて読み直したいのだが、どうにかわからないかなぁ。

No.12 8点 フランス白粉の秘密- エラリイ・クイーン 2020/10/17 21:22
創元の新訳で再読。初読時の印象は相当良くて、国名シリーズでは一番好きだった。
ローマ帽子と比較すると、全体の構成はかなり似ていることがわかる。事件発覚から捜査が始まり、初日の操作が完了するのは、300ページになったところ。前半は操作の段取りをみせることですすみ、それがかなりの量を占めることは同様の構成だ。
ローマ帽子から改善されているのは、捜査の段階で数々の手がかりが提示されて、興味を引くこと。例えば、途中まで塗られた口紅、他人の口紅が残っていたこと、タバコの吸殻、置かれていた不自然な本、ブックエンドのフェルトなどなど、たくさん。
これらのたくさんのパーツからどのような絵が描けるか、色々考えさせられて、ここが楽しい。これが楽しめないと初期クイーンは楽しめないかな。
そして、1日の捜査の最後に、エラリーから推理の一部が披露されて、ここで手がかりのいくつかは、きれいにかちかちと嵌っていく。整理の快感というべき楽しさ。これが謎解きミステリの楽しみだなぁと、あらためて思う。
面白いと思ったのは、置かれていた不自然な本の理由があかされるところ。黙っていた理由が、彼女のためで、構成から考えると、恋人同士の設定は、この告白を後ろにもっていくためだけに思える。
今回の再読では、最後の推理の決め手が弱いなぁと感じたので、若干記憶より評価が下がったが、やっぱりこれは好きだな。
謎解き以外には、キャラ立てや、捜査以外のプロットの起伏もないから、「謎解きミステリ好き」以外は楽しめなさそうだけど、「謎解きミステリ」ファンとしては、こういうのが「謎解きミステリ」だよねと思って、好感。
(それにしても、被害者の娘の扱いについては、ドラマ要素の無視がすごすぎて、愕然とする)

No.11 6点 ローマ帽子の秘密- エラリイ・クイーン 2020/06/06 22:42
創元の新訳で再読。初読時よりは楽しめた。
新本格を経た視点で謎解きミステリとしてみると、推理としては1点しかないので、ページの割には小粒だ。(後半の帽子の隠し場所の推理は、推理とはいえないようなものだし)
代わりにページを費やしているのは、捜査の段取りだ。劇場で殺人が発覚し、劇場内に観客を残して捜査が開始される。搜査当夜が終了するのは百ページ台の後半あたり。この捜査の段取りを楽しめないと、本作は楽しめないと思う。
この読み心地は、やはりヴァン・ダインの影響だろう。執筆時期を考えると、参考にしたのは、ベンスン、カナリヤの2作だけではないだろうか。
ヴァン・ダインからの改定点としては、(「プロの警官をそこまで馬鹿に書くのはどうか?」と思ったのか)視点人物を優秀な警官にしていること。そして解決として「読者にも可能な推理」を組み込んだこと。これにより「挑戦状」というスタイルを説得力をもって実現したこと。
評価姿勢としては、「推理が小粒である」ことより「初めて推理を組み込んだ」ことを肯定的に捉えるのが適切と思う。(けど、点数はこんなものかな)
また、「九尾の猫」とつづけて読んだからか、クイーンは最初から街(劇場)を描こうとしていたんだなぁと思った。こういうのも、私はクイーンに好感触をもつところだなと思う。

No.10 9点 九尾の猫- エラリイ・クイーン 2020/06/06 22:15
再読してよかった。傑作。
まずは暴動のシーンがよい。デ・パルマ監督のスローモーションのように描写され、実に印象的。(デ・パルマ監督の有名なシーンは、「アンタッチャブル」の大階段のシーンとか、「ミッション・インポシブル」の大水槽の爆破シーンとか)
暴動前のシーンでは、次のような文章がある。
「だれかれかまわず勝手に警察官の真似をさせるわけにはいかない。これでは無政府状態だよ」「人々が耳を傾けていたのは、内なる恐怖の声だ」
コロナで自粛警察などが騒がれている今、肌感覚としてリアルに感じる。原作は1949年。70年前の小説が、まるで現在の社会を映し出しているようだ。
初読時は戸惑いが大きかった。そのため高い評価ではなかったが、それは謎解きミステリを期待していたのに、別ものだったからだろう。再読では、作風を把握した上で読んだから、実に楽しめた。
これから読む人は、本作を読む前の心持ちとしては、アメリカの私立探偵小説を読むつもりがよいだろう。
エラリーが街を歩きヴェリーと会う部分は、スカダーもののような味わいで、街の雰囲気がよく感じられる。「都会を描く」とはアイリッシュに対してよく使われるが、この作品にも当てはまる。電話が四人に一人しかもっていない時代(!)なのに、都会の雰囲気とは変わらないものだなと思う。
謎解きミステリとしては、ミッシング・リンクの判明する部分などの見せ場はあるが、読者との知恵比べという姿勢はなく、犯人も予想の範囲内ではある。しかし読みどころは動機なのだと思う。ハードボイルドの傑作と同様の「悲劇」としてのドラマだ。
前半の社会的な広がりから、後半はプライベートな視点に切り替わり、悲劇として収斂する。面白かった。
不満点は、エラリイに協力する二人の存在だ。ミステリ的な必要性は理解できるが、作品から少し浮いているように感じられた。
他、思いついたことをいくつか。
作中にも引用されるクリスティの有名作と比べてみると、二人の巨匠の方向性の違いが出ているようで面白い。同じフレームを使って、違うものを見せている。クリスティは、読むものを違う方向に誘導する。クイーンは、読むものが気づかない繋がりを見つける。
北村薫だったと思うが、「十日間」「九尾」「ダブル」「悪の期限」を称して「クイーンのミッシング・リンク四部作」と書いていた記憶があり「なるほどなぁ」と思う。この切り口で色んな人が色々書いてくれたら面白そうなのに。
クリスマスのシーンで「ロックフェラーセンターでは……高さ百フィートのツリー……」とあり、70年前からあったんだぁ。
解説にひとつ文句。「二回分載の切れ目は7章の終わり……」と書き、「クイーンよ、おまえはおしまいだ」以降と書いているが、これは旧訳からの引用で、新訳(少なくとも私の版は)「わが同胞Qよ、おまえはおしまいだ」となっている。校正はどうなってるの?

No.9 3点 真鍮の家- エラリイ・クイーン 2019/09/07 00:53
ン十年ぶりの再読。
これはいまひとつだなぁ。うん、クイーン長編38作中で最低評価確定です。
前半はひねくれた設定で退屈しないけれど、中盤、殺人と宝探しとで興味が分散してしまうし、クイーン警視の推理で盛り返しても、ラストの解決が説得力がないなぁ。初期の鮮やかな論理や、奇抜な手がかりはどこへいった……。中期の小説としての厚みもないし……。

No.8 5点 - エラリイ・クイーン 2019/08/12 15:08
ン十年ぶりの再読。 (展開のネタバレあり)
「三角形の第四辺」とつづけて読んでみて、共通点が多いなと感じました。状況証拠だけで法廷まですすんで、最終的に無罪判決になる展開。犯人の立ち位置など。(発表順もつづいているので)「三角形の第四辺」のリベンジ?
確かに「三角形の第四辺」よりはいいけど、積極的に評価する気にはならないなぁ。
第2の事件をよく考えると、犯人も見えてきてしまうし、だいたい登場人物が少なくて、展開の可能性が少なくて思いついてしまう。
「最後の一撃」より後のクイーン長編では、平均よりは上だけど。

No.7 5点 三角形の第四辺- エラリイ・クイーン 2019/08/12 14:48
ン十年ぶりの再読。
以前の記憶では、クイーン長編38作中で、これと「真鍮の家」が最低評価2作でした。
再読してみて、事件が起きるところまで、なかなかそそられる状況設定で面白かったですが、その後は(皆さん書かれていますが)警察が無能すぎる、ラストの決め手も弱いなど、弱点だらけで、お勧めできません。
しかし、クイーン好きとしては、ラストの決め手のクイーン好み感や、説得力の弱いドンデンなども楽しめたので、最低評価からは脱却。(「最後の女」「心地よく……」のほうが下かな?)
4点と迷った5点

No.6 7点 エラリー・クイーンの新冒険- エラリイ・クイーン 2019/02/02 17:27
「神の灯火」は、よくできていると思うけど、世評ほどは評価しません。
エラリーの「気付き」とタイトルは、クイーンのセンスを感じさせてくれて好きだけど。
「冒険」よりはかなり落ちる印象。

No.5 9点 エラリー・クイーンの冒険- エラリイ・クイーン 2019/02/01 12:29
平均点はいまひとつですね。やはり短編集は高得点は難しいのか。
友人にすすめたら「教科書みたい」といっていましたが、謎解きミステリの典型を体現しているからだと思います。
「シャーロック・ホームズの冒険」と並んで、謎解きミステリ短編集の基本図書ということで、この点。

No.4 6点 レーン最後の事件- エラリイ・クイーン 2019/02/01 12:22
ラスト以外は読みどころがないと思うけど、やっぱりラストの構想はいいので、6点で。
角川の新訳で再読したので追記。
後半に出てくる2つの推理は、かなり魅力的な推理なのだが、前半3分の2は、あまりにも冗長で偶然が多い。これで全体の印象が悪かったのだなぁと再確認できた。後半の事件だけで中編にまとめていたら、「神の灯」以上の傑作になっていたかもと思う。

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ことはさん
ひとこと
ホームズ生まれの、クイーン育ち。
短編はホームズ、長編は初期クイーンが、私のスタンダードです。
好きな作家
クイーン、島田荘司、法月綸太郎
採点傾向
平均点: 6.34点   採点数: 222件
採点の多い作家(TOP10)
エラリイ・クイーン(23)
レジナルド・ヒル(19)
アンドリュウ・ガーヴ(14)
近藤史恵(11)
アガサ・クリスティー(9)
笠井潔(8)
P・D・ジェイムズ(6)
クリスチアナ・ブランド(6)
東野圭吾(5)
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