皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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雪さん |
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平均点: 6.24点 | 書評数: 586件 |
No.15 | 7点 | 白雪と赤バラ- エド・マクベイン | 2018/10/24 22:28 |
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短い金髪、ジャングルのように濃い緑色の瞳、豊かな唇、ほっそりときゃしゃな身体つきで、胸は小さいが完璧な形、そして、いまにもこわれてしまいそうなもろさ――。
「わたしは初めてサラを見た瞬間に、恋に落ちてしまったのだと思う。」 だが、サラはノット精神病院に入所する重症の精神病患者だった――。 「ジャックと豆の木」に続くホープ弁護士シリーズ第5作。サラはホープに「わたし、気がちがっているように見えます?」と訴えます。シェイクスピアを引用する知性に満ちた会話に魅了されるホープ。実の母親、弁護士、精神病院の医師たちがこぞって共謀し、彼女を閉じ込めてしまったというのです。 一方、主治医のドクター・ピアソンはホープにこう語ります。 「彼女は、もうあなたを妄想の中へとり入れています。あなたの支持は、妄想を強めるだけです。あなたは彼女が破滅するのを助けているだけなのですよ」 いったい、どちらの主張が正しいのか? ホープの登場はカットバック的に本編に挿入されるだけ、物語としては主に"ジェーン・ドウ〈女性の身元不明人〉"と名付けられた死体の調査の過程が語られます。赤いワンピースを身に着けた彼女は、喉を撃たれた上に舌を切り取られ、ソーグラス川に浮かんでいました。しかも、両足首をアリゲーターに喰われて。 レギュラーキャラのモリス・ブルーム刑事は相棒のロールズ刑事と共に、地道な捜査を続けます。再読ですが、この辺のリーダビリティはかなり低い。ストーリーの9割がそんな感じです。 しかし残り30P余り。ホープとブルームの物語が交錯し始めた時、一気に悪夢がホープを呑み込むのです。この辺りの展開は背筋に戦慄が走ります。 都筑道夫氏は本作を評して「残念だ」と語りました。一方、池上冬樹氏は絶賛しました。正直、総合力では「黄金を紡ぐ女」の方が上かもしれません。ですが、本書がマクベインの精神分析への関心の集大成として、最後に書かれるべき作品であった事は疑い無いでしょう。敬意を表して、7点を付けさせて頂きます。 |
No.14 | 6点 | 死者の夢- エド・マクベイン | 2018/09/23 20:36 |
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刺すような寒風の吹く十一月のアイソラの夜、ハノン広場の銅像のそばで、盲導犬を連れた黒人、ジミー・ハリスが喉を掻き切られて殺された。ジミーと彼の妻は盲人同士の夫婦だった。スティーヴ・キャレラ刑事は彼らのアパートを訪れ、泣き伏す妻イザベルに死体の確認を依頼する。だが翌朝十時に再び彼が訪問した時、イザベルもまた惨殺されており、アパートは無惨に荒らされていた。
物証皆無の事件に行き詰る捜査。キャレラはジミーの母親から、息子が除隊して以来、何度も魘されていたという情報を得る。悪夢から事件の手掛かりを掴むため、陸軍病院の記録を調べ始めるキャレラだったが、その頃アイソラでは三人目の盲人の犠牲者が・・・。 シリーズ第32作。前にこの次の第33作目「カリプソ」が異色作であるとか言ってましたが、こっちの方が本質的にはアレじゃねえのかなと。少なくとも警察小説でやるような話じゃないですね。あまりにデリケート過ぎるというか。 とにかく証拠らしい証拠がなく、直接的な手掛かりは被害者が見たというわけわかんない夢の内容だけ。最後にはいくつか物証が出揃いますが、それもあくまで補強材料でしかありません。これで最後まで引っ張るのがいっそ潔い。87分署物にしては400頁近くあって長いんですが、迷走につぐ迷走で300P過ぎてもまったく捜査は進みません。 ところがある点に気付くと、一気に解決に向かうんですねこれが。それも明示ではなくあくまで暗示なんですが、そこを力技で読者に納得させてしまいます。やっぱり上手いなあ。 ストレートではないんでこのシリーズの読者には必ずしも好かれないかもしれませんが、なかなかではないのかなと思います。最後の尋問の際、別件でジェネロがいじっていたビキニのパンティが、そのまま刑事部屋にほっぽらかしたままなのには笑いました。緊張感溢れる大詰めなのに。 |
No.13 | 5点 | ジャックが建てた家- エド・マクベイン | 2018/09/03 08:19 |
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インディアナ州から出てきた農夫ラルフ・パリッシュは誕生パーティーの席上、弟と激しく言い争い自室に引き上げた。ジョナサンがホモであるとは承知していたが、目の前でゲイたちが繰り広げる光景には耐えられなかったのだ。そして翌朝階下の悲鳴に駆け付けた彼は、胸に包丁を突き立てられ、血潮にまみれてもがき苦しむジョナサンを発見した・・・。
ホープ弁護士シリーズ第8作。弟殺しで逮捕された男の無罪を証明しようとするホープですが、今回は調査と平行して共同経営者であるフランク・サマーヴィルの妻レオナの行動が描かれます。「妻が浮気しているのではないか」という疑惑に憔悴するフランク(第4作目「ジャックと豆の木」では、恋人にフラれたマシューに説教するなど余裕綽々でしたが)。 ホープは相棒の私立探偵ウォレンに刺殺事件の調査に加えレオナの尾行も頼みますが、その過程で「これは偽装で、レオナの浮気相手は実はホープではないのか?」と疑われたりします(すぐ疑いは晴れますが)。レオナの件が思わせぶりなので、途中までこっちがメインかと思ってたんですけどね。別口のホモカップルがずっと犯人っぽく描写されてたんで捻りも何もないかと。終わってみれば結構凝った話でした。 各章冒頭にマザーグースの「ジャックが建てた家」の歌詞が掲げられ、それがそのまま物語の登場人物に当てはめられています。まあ歌に合わせて出しただけのキャラなんかもいますが。"つみあげうた"と言って、後から文章をどんどん継ぎ足していくやつです。なので途中まで「風が吹けば桶屋が儲かる」式の展開なのかなと考えてたんですが、重要なのは歌の題名の方でした。 でもこれ難しいと思いますね。漠然とした仄めかしは作品名と被害者のクズさ加減くらい。具体的な手掛かりはほぼ一つだけでそれも見過ごし易いですから。 しかしマクベインがホモを大々的に扱ったのはこれが初めてじゃないですかね。87分署シリーズにもあんま出て来ないし。どうもホモ嫌いらしく、この物語でもクズホモしか登場しませんが。 |
No.12 | 5点 | 三匹のねずみ- エド・マクベイン | 2018/08/26 19:37 |
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フロリダ、カルーサのアジア人地区リトル・タウンで、ヴェトナム人男性三人の惨殺死体が発見された。喉をかき切られて殺された後、目をくり抜かれ切断されたペニスを口腔内に押し込まれていたのだ。警察は現場に落ちていた財布の持ち主である農場経営者を逮捕する。彼の妻は、殺された三人によるレイプ事件の被害者だった。そして無罪判決の直後、夫は「彼らを殺してやる」と叫んでいた――。
ホープ弁護士シリーズ第9弾。前作「ジャックが建てた家」と同じくマザーグースモチーフ作品。が、原曲の意味もあってないような物なので、特にストーリーとの関連性はありません。 今回登場するのは有名法律事務所をハシゴしながらフロリダに赴任してきた新任女検事パトリシア・デミング。いきなり駐車中のホープの車のケツ掘って現れます。三万ドルの新車を疵物にされ涙目のホープ。さらに和解の席で「わたし、あなたの依頼人を電気椅子に送るつもりよ」などと麗しくのたまいます。 もう一人はサイゴンからの難民女性マイ・チム・リー。彼女の通訳でリトル・タウンの住民から証言を得るのですが、ヴェトナム人の老人が見たという犯人の車のナンバー解釈がこの物語の要です。一発ネタですね。チムと付き合う過程でホープに手渡されたヴェトナム語のアルファベット表がヒントになります。 あと犯人がなかなか意外。この人、第1作目「金髪女」のモブ役で登場してたような気がしますが、記憶違いかもしれません。 前妻スーザンとの関係も安定し、レギュラー陣も出揃い段々87分署シリーズに近付いてきました。もうホープは刑事弁護専門で続くんでしょうね。出来は「ジャックと豆の木」と同等か少し上、「黄金を紡ぐ女」にはちょっと及ばないかな。 |
No.11 | 4点 | シンデレラ- エド・マクベイン | 2018/08/04 05:00 |
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弁護士マシュー・ホープの依頼で浮気調査を行っていた、老練の私立探偵サマルスンが射殺された。彼が同時に請け負っていた仕事はシンデレラと呼ばれる美女を探す事だった。彼女はフロリダ有数の船舶会社のオーナー、ラーキンからロレックスの金時計を奪っていたのだ。同時にマイアミでもシンデレラを探して二人のキューバ人が殺人を繰り返していた・・・。
シリーズ6作目。法廷・リーガルに分類してますが実の所はノワールぽいストーリー。ガラスの靴とドレスを纏って舞踏会から純度90%、四キロのコカインを持ち逃げしたいけないシンデレラ。当然そのままで済む訳もなく、麻薬の売人アマロスはさっさと追っ手を派遣します。完全にとばっちりで殺される二人の義姉。元ネタとは逆にシンデレラの方が悪人ですな。とにかく手癖の悪い女です。 そして主人公のホープ。前作「白雪と赤バラ」で特大の地雷を踏み抜きましたが、この期に及んで元鞘かよお前。なんか子供が気の毒になってきました。コブ付きなのにバート・クリングより節操無いです。大丈夫かこいつ。 フロリダを舞台にするなら麻薬組織とヒスパニック犯罪に触れんといかんかなー、という感じで書かれた作品ですね。シンデレラ組を追うラーキンとアマロスにホープがちょこっと絡む感じ。血腥いだけでミステリ的な興趣はほとんどありません。浮気調査を依頼した夫婦の間での脇筋の駆け引きが一番意外だったくらい。 シンデレラも単なるマネーオンリーのエゴイストで、といって女傑でもない。苦手なんだよなこういうの。読めはするけど特に図抜けた凄みもないし、4点そこそこ。 |
No.10 | 5点 | ジャックと豆の木- エド・マクベイン | 2018/08/01 16:01 |
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ホープ弁護士はジャック・マッキニーなる依頼人に、農地十五エーカーの購入手続きを依頼された。しかしジャックはわずか20歳。おまけに彼が栽培しようとしているさや豆は、ここフロリダでは赤字確定の作物だった。
ホープは思い留まるよう説得したが、頑として応じないジャック。ほどなく彼はめった刺しにされて殺され、買収資金の残金も奪われた。だが牧場経営者の母親の話では、息子は勘当同然の身の上で金など持っていないという。ジャックは四万ドルもの大金をいったいどこから得ていたのか? ホープ弁護士シリーズ第4弾。マシュー・ホープぼこぼこになるの巻です。 だいたいしょっぱなから酷いですね。恋人デイルとパーティーに出席したものの、彼女の機嫌が悪くて退場。気分直しに入ったバーでカウボーイ2人に絡まれ、顔が倍に膨れ上がるほど殴られます(後で友人の警官にテクを習ってやり返しますが)。 デイルに担がれなんとか帰宅するも彼女に別れ話を切り出され「なぜ? 僕が嫌いになったの?」「実はあたし二股掛けてたの」「彼と結婚するの」「はぁ?( ゚д゚ )」。 袋叩きになりながらヤケクソで仕事に邁進するホープですが、農場の残金をフイにした売り主は訴えるとおかんむり。煮ても焼いても食えそうにない相手方弁護士とやり合ううちに、今度は売り主の方が射殺されてしまいます。そして・・・。 第三の殺人までは面白かったんですけどね。農場の描写とかも骨太で。ホープも恋人にフラれたあと物凄く若作りのジャックの母ちゃんとねんごろになったりして。でも結構盛り上がった挙句犯人は衝動的なアホでした(ポケミス版237Pにしっかり阿呆って書いてあります)。そのアホの逮捕劇のおまけでホープが撃たれて終わり。しょうもないんでひっくり返るかと思ったんですが、腰砕けというか。主人公のあしらいは最後まで酷いです。 一応「なぜジャックがさや豆に拘ったのか?」「金はどこから得たのか?」という謎はありますけどね。たいしたもんじゃないです。ジャックの母親の57歳の女傑は良いキャラですけどね。この女性の人生模様の方がメインかなあ。 第3作の「美女と野獣」が図書館に無かったんで一作飛んだんですが大丈夫かなこのシリーズ。次の「白雪と赤バラ」は文句無しとして、6作目の「シンデレラ」も一応読みましたがこれよりつまんないという・・・。 |
No.9 | 6点 | 黄金を紡ぐ女- エド・マクベイン | 2018/07/29 01:32 |
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離婚したての弁護士マシュー・ホープは元人気ロックスター・ヴィッキーとベッドを共にするが、彼女は翌朝撲殺死体で発見され、同時に彼女の娘アリスンも連れ去られていた。ホープは執拗に引き止める彼女を振り切った事に罪悪感を覚え、自ら事件の渦中に踏み込んでいく・・・。
原題は"Rumpelstiltskin(ランペルスティルツキン)"。「部屋一杯の藁束を金に変える」という願いの代償に、小人に子供を要求された娘が、「名前を言い当てれば諦めよう」という取引をし、当てられた小人は破滅するというグリムの童話です。奇妙なタイトルは問題の小人の名前。 シリーズ2作目ですが、ホープ有能ですね。第1作「金髪女」では終始パッとしませんでしたが、私生活上のゴタゴタで煮詰まってたんだな、ということがこれを読むと分かります。メグレ警視もそうですが、一人称作品だと軸となる主役に大きくウェイトが掛かってきますね。よっぽどストーリーが練られてないと、主人公がダメなのは後々まで響きます。グレードも前作に比べ二段くらい上がった感じ。 物語はヴィッキーの遺産である1200万ドルの信託財産の条項が問題となり、彼女の実父と前夫が捜査線に浮上した後で、アリスンが死体で発見されます。典型的な遺産相続もの。ミステリとしては手掛かりの出し方が上手いです。ただ翻訳の問題なのか、読み返すとある部分が明確に描写されていませんね。そこは残念。 主人公ホープが新しい恋人デイルを得、娘のジョアンナと共にニューオリンズを訪れるシーンは美しいです。私生活も充実してエンジンが掛かってきました。見せ方は舞台やキャラが確立した87分署物に一日の長がありますが、描写はホープ弁護士物の方が丁寧ですね。この作品に関して言えば、87分署の良作と同程度と見ていいでしょう。6.5点の出来。 |
No.8 | 5点 | 金髪女- エド・マクベイン | 2018/07/26 15:01 |
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弁護士マシュー・ホープは深夜、妻との諍いの最中に顧客パーチェイス医師からの電話を受けた。帰宅した彼は妻と二人の娘が惨殺されているのを発見したのだ。
アリバイを訴えるパーチェイスだが、やがてホープはその時刻彼が愛人宅にいた事を突き止める。だがその矢先、先妻の息子マイケルが犯行を自白した――。 マクベインのもう一つの長期シリーズ、ホープ弁護士物第1作。東海岸の犯罪都市アイソラから、フロリダ沿岸の温暖なリゾート地カルーサに舞台を移して心機一転。87分署物に比べ、風景や生活描写も優雅でカラフルです。 とはいってもあんまりパッとしませんね。主人公は弁護士らしく証言のちょっとした齟齬から真実に迫るのですが、トラブルに追われてエンジンの掛かりも遅く、しかもそれとは関係無しにバタバタっという感じで解決します(ホープが関わる意味はある程度アリ)。事件全体を主人公の私生活と二重写しにする事で一応の説得力は持たせていますが、ちょっとフェアではないかな。 ホープという人間を描き込むことに主眼が置かれた、顔見せ興行的な作品ですかね。実際、車に撥ねられた飼い猫セバスチャンの死を見取るシーンが一番印象に残ってたりします。 このシリーズはグリム童話をモチーフにしていますが、"金髪女(Goldiocks)"に該当するものは調べても見当たりません。作中の意味は「不倫相手」全般を指すようですが。 解説で「マクベインが今更こんなものを書くなんて」とありますが、次作以降巻き返すようですから、種蒔き的な作品なのでしょう。今後に期待したいと思います。 |
No.7 | 6点 | 毒薬- エド・マクベイン | 2018/07/25 09:47 |
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吐瀉物と排泄物に塗れて横たわる死体。死因はニコチンによる中毒死だった。現場検証に立ち会うキャレラとウィリスだったが、死者の録音電話に出た女、マリリン・ホリスにウィリスは惹かれるものを感じる。
同時に何人もの男とつき合い、話を聞くたびにくるくると出自が違い、どこから金を得ているのかも不明なまま優雅な一人暮らしを楽しんでいる女性。マリリンは男を弄ぶ毒婦なのか? そして、彼女の交際相手が二人、三人と続けざまに殺されてゆく…。 シリーズ第39作。古株ハル・ウィリスにライトが当たります。小男ですが柔道の達人である二級刑事。第2作「通り魔」で既に活躍を見せていますが、やや地味めなせいかこれまで主役は張れませんでした。でも今回は本気。 「彼女は犯人じゃない!」という態度でバーンズ警部にも突っかかり、キャレラは頭を振っています。 まあでもね、最初マリリンは明らかに懐柔目的でしたね。んでだんだん本気になってしまったと。惚れた気持ちに嘘は無いからいいんですけど。 ウィリスとお互いに気持ちが通じて、ずっと隠していた秘密の告白があって、それからまるまる1P使ってあの蒸留器の広告が出てくる。インパクトあります。前々作「稲妻」のヒキもそうですがこういう所、87分署シリーズ随一の大作「凍った街」以後のマクベインは吹っ切れた感があります。ノッてるというか快調に飛ばしてますね。 本作のミステリ部分もなかなか良いです。ドラマ部分に振ってるのか、得意のモジュラーは映画館でやかましい前席の女性を射殺した男の話しか出てきませんが。色々惜しいけど6.5点にはならないかな。6点作品。 |
No.6 | 5点 | カリプソ- エド・マクベイン | 2018/07/19 23:48 |
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深夜の嵐の中のアイソラ。コンサートを終えた黒人歌手とマネージャーが襲われ、歌手は凶弾に斃れた。その僅か4時間後の87分署管轄外区域。二人を狙った謎の黒ずくめの人物は、続いてある黒人娼婦を射殺する。二つの事件はいったいどう結びつくのか?
87分署シリーズ第33弾。エド・マクベインお気に入りの作品だそうです。テーマはズバリ"監禁"。 前作「死者の夢」で精神分析を取り上げた作者ですが、この辺りから変化の兆しが現れます。ルーティーンワークに飽き足らなくなったのでしょうか、87分署に平行して心の闇を掘り下げた「ホープ弁護士シリーズ」が開始されます。 その流れを受けて、本作は真の意味での異色作となりました。普遍的な事件を取り上げ続けたシリーズの流れに逆らい、特殊な人物が生み出した異様な事件。最終章で展開される光景はほとんどホラーです。 でもそれも作者自身の変化に沿っているのですよね。この作品の延長線上にホープ弁護士シリーズの最高作であり、同時にマクベイン最高の作品の一つ「白雪と赤バラ」があります(もちろん遥かに洗練されてはいますが)。1970年代後半から80年代後半にかけてのマクベインの充実具合は素晴らしいです。文筆家として最も脂が乗ってる時期でしょう。 とは言ってもこれはこのシリーズに求めているものとは違うかなあ。いつもの蕎麦を頼んだら、何故かハヤシライスを出されたような感じですね。その分マイナス1点。ただし背筋の寒くなるような作品ではあります。 |
No.5 | 5点 | 熱波- エド・マクベイン | 2018/07/09 00:48 |
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華氏102度(気温39℃)の中、黒に近い茶色に変色し膨れ上がった死体。旅行先から帰宅した妻の急報を受けてアパートに赴いたキャレラ達は、密閉された室内から溢れ出す悪臭に後退りした。覚悟の自殺と思われたが、猛暑の中切られていたエアコンのスイッチがキャレラの注意を引く。一方相棒のクリングは、有名モデルである妻オーガスタの言動に違和感を抱いていた・・・。
87分署シリーズ第35弾。次作「凍った街」とは色々な意味で対になっています。その一つがクリングの恋愛模様。本筋の事件は動きが少ないだけに、こちらがメインと言っていいでしょう。自分の妻を尾行するクリングですが、ここで彼を逆恨みする妻殺しの元受刑者が現れ、マグナムで付け狙われる展開となります。 と、ここまで聞くとかなりヘビーで良い感じなのですが若干期待外れ。手斧で浮気した妻の頭をぶち割って、再開した娘に拒絶された白人男とか、被害者の前妻で戦場で17人殺したイスラエル軍の元大尉とか、面白いキャラは出て来るのですがその割にパッとしない。 元受刑者はぶっ放したマグナム弾をクリングの浮気調査に利用されるだけ(最後もアッサリ加減)で詰まりません。両者の境遇が現在では共通するだけに、ここはぜひ心情を重ねる描写が欲しかったところです。 シリーズのターニングポイントになる作品なのですが、全体に消化不良気味で的を絞り切れなかった感じですかねえ。お得意のモジュラー描写も今回は低調。リーダビリティは前作「幽霊」の方が上を行っています。 それなりに力が入ってるのは分かるので4点は付けませんが、ミステリ部分も単調で良くないし実質4.5点相当かなあ。高評価もありますが、ぶっちゃけクリングへの同情票だと思います。 |
No.4 | 5点 | 幽霊- エド・マクベイン | 2018/07/08 10:00 |
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アパート前の歩道で胸を一突きにされて殺されていた女。そぼ降る雪の中鑑識の到着を待つうち、キャレラは上階のベストセラー作家もメッタ刺しで殺されている事を知らされる。さらに作家の同居人は、愛妻テディと瓜二つの女性だった。彼女は霊媒で、殺害された作家のベストセラー本は実在する幽霊屋敷の体験記だという・・・。
シリーズ第34作。この年代の87分署物は軽快な筆致でスラスラ読めます。季節はちょうどクリスマス前なので誰も仕事なんぞしたくありません。押し付け合った挙句、負けたマイヤーはゲンの悪い刑事オブライエンと組まされ、案の定空き巣に撃たれて貧乏籤。気が差したキャレラは病院にウィスキー持って見舞いに行きます。 テディのそっくりさんは言動がアレなので、刑事たちには「あのおばけ」とか呼ばれてます。なんと双子で、姉妹そろってキャレラを誘惑します。「わたしたち三人」とか意味深な事を言っちゃいます。 事件の方は続けて担当の編集者もメッタ刺しで殺され、さらに作家の前妻も海で水死したことが分かります。ろくに手掛かりも無いままキャレラはズルズルと霊媒に引き摺られるように、問題の幽霊屋敷で一夜を明かすのですが・・・。 原題はズバリ"GHOSTS"。複数形ですね。6体ほど現れますが、あまり怖くありません(7体かな)。そして作家と幽霊と来れば、やはりあのネタです。そこそこ面白く読めますが、特にヒネリも無く結局たいしたことないので5点止まりですかね。裏表紙で衝撃作とか煽ってますが、別にそんな事ないです。 |
No.3 | 6点 | 歌姫- エド・マクベイン | 2018/06/29 10:22 |
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シリーズ第53作。レコード会社が総力を挙げて売り出す大型新人ターマー・ヴァルパライソ。彼女のデビュー曲発表パーティーの場で起こった、船上の誘拐事件を扱います。リーダビリティーは高いですが読み終わるとアラが目立つのが難点。
87分署の誘拐物といえば「キングの身代金」ですが、あちらは犯人・被害者側双方にドラマを用意してメリハリを付けていました。この作品の犯人はFBIを手玉に取る知能犯の扱いになっていますが、盗んだ携帯電話を通話毎に使い捨てる手口が目立つだけで、後はほぼゴリ押し。当座の欲望に駆られて無軌道に計画を変更する為、彼らに翻弄されるFBIがなおさらアホに見えてしまいます。せめて冷静なボスと激情型の手下の、誘拐犯内部の対立を挟んでくれると良かったのですが。 ストーリーは犯人の暴走が引っ張る形。実行犯三人組の一人が前科持ちで、そこから芋蔓式に手繰られて終了。87分署側もそれほど有能には見えません。 もちろんそれで終わりの作品ではなくキチンと裏はあるのですが、表の事件が練られてないので、黒幕含め犯人サイドの軽薄さや愚かさばかりが目立ってしまいます。いつものモジュラー型ではなく、今回はこの事件一本勝負だけにキツい。裏の構図は十分面白いだけに色々と惜しいです。 原題 THE FRUMIOUS BANDERSNATCH はルイス・キャロルの造語で、作中訳だと"おどろしきバンダースナッチ"の意。理不尽な暴力に翻弄されるヒロインの姿を描きたかったのかもしれません。 |
No.2 | 8点 | 凍った街- エド・マクベイン | 2018/06/25 03:18 |
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第36作目。それ以前から兆候はありましたが、87分署物とは思えない文庫の分厚さに書店でびびった記憶があります。おそらくシリーズ最長編でしょう。内容も重量級の外見に恥じません。
麻薬の売人、ミュージカルダンサー、宝石商と、寒波の襲来を受けたアイソラで起こった連続射殺事件。殺された売人の麻薬商売をそっくりそのまま戴こうとする大男の偽神父と、剃刀使いの太っちょ女の犯罪カップルの描写にかなりの紙数が割かれ、この二人がしっかりと本筋に絡んできます。 もちろんレギュラー刑事たちの描写も健在。いきなり刑事部屋でお産が始まるのが笑えます。他にもキャレラ刑事と聾唖の愛妻テディ、前回の痛手から癒えないクリングと、体当たり捜査官アイリーン・バークのぎごちない恋愛模様など見せ場も不足無し。 しかしアイリーンの囮捜査はあくまでも脇筋。今回は犯人側があの手この手を用意しています。前例のない長さだけに中盤は少々ダレ気味ですが、終盤の釣瓶打ちの展開は流石。タイトルの"ICE"もアイソラを襲った寒波→コカイン→宝石→ミュージカルの裏商売と様々に変化しながら、最後に本来の意味に戻ってくるところが見事です。 本筋の事件をこれまでになく充実させた雄編。満足度はかなりのものです。 |
No.1 | 7点 | 魔術- エド・マクベイン | 2018/06/16 07:39 |
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87分署シリーズ40作目。瀬戸川猛資さんの珍しいベスト本「ミステリ絶対名作201」に、シリーズ推奨10作として挙げられていた中での最新作です。(他は発表順に「警官嫌い」「通り魔」「麻薬密売人」「殺意の楔」「電話魔」「10プラス1」「サディーが死んだとき」「凍った街」「稲妻」だったかな)。
珍しくハロウィーンの夜が舞台で、子供たちだけの拳銃強盗事件とマジシャンのバラバラ死体事件を中心に、女刑事アイリーン・バークの囮捜査ほかの事件をスパイスに加え、タイトルに相応しく読者を翻弄するモジュラー型の構成。メインの2件が軽くひねってあって面白いです。 アイリーンの捜査にいらんちょっかいを出すのは恋人バート・クリング刑事。第37作「稲妻」以来隙間風が吹き始めて不安になったのか、男心のアホさ加減を存分に見せてくれます。レギュラー絡みではこちらの方が軸でしょう。いつものメインのキャレラ刑事はたいして活躍もしないまま撃たれて生死の境を彷徨います。いいとこありません。 こないだ初期で好きな作品「通り魔」を読み返したんですが、ボリュームの増えたあとの作品と比較するとちょっと物足りませんね。フランシスの競馬シリーズはそこまでではないんですが。87分署後期の良いやつは隠れたお奨めです。 |