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YMYさん
平均点: 5.89点 書評数: 372件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.252 6点 消えたエリザベス- リリアン・デ・ラ・トーレ 2023/05/09 22:19
十八世紀イギリスで実際に起こった女中失踪事件を歴史ミステリに仕立てたもので、著者は当時コロンビア大の史学科教授だった。
当時の地図や風俗画を挿入して濃密な時代色を出そうとしているが、平井呈一の名訳もまた、古色の再現に功あり、未だに強い印象が褪せることがない。この種ジャンルの金字塔と言えよう。

No.251 3点 聖戦- S・K・ウルフ 2023/05/09 22:14
マッキンノンは英空軍特殊部隊の出身で、現在は引退しニュージーランドの山奥で羊飼いの毎日。そこに特殊テロ部隊を結成したいからと、友人から隊員の訓練を頼まれる。
中東情勢やそれをめぐる政治謀略も書かれているが、いずれも新聞記事の後追い程度で新味がない。またあまりにもエピソードを並べすぎで、興味の焦点が絞り切れない欠点がある。サスペンスもスリルも盛り上がりに欠けている。

No.250 6点 フォーリング 墜落- T・J・ニューマン 2023/04/25 22:25
風変わりなハイジャックを扱ったサスペンス。
ニューヨークへと向かう旅客機。機長のビルに、謎の男から連絡が届く。相手はビルの家族を人質にとって、飛行機を墜落させることを要求する。そして、不審な事態に気づいた乗客が、機内の様子をSNSに投稿してしまう。
機長と犯人の駆け引きから乗客の不安、さらに地上での追跡。ネット社会ならではの立体的な展開を、目まぐるしい場面転換によって描き出す。一気に読ませるスリリングな作品だ。

No.249 6点 ロスト・アイデンティティ- クラム・ラーマン 2023/04/25 22:19
ジェイはドラッグの売人。酒も飲むけどモスクにも通う、自称敬虔なムスリムだ。麻薬密売容疑で逮捕された彼は、無罪放免の代わりに、MI5のエージェントとしてイスラム過激派組織に潜入するよう命じられる。
パキスタンにルーツを持つジェイは、西欧ではマイノリティーである自分たちの立場も意識せざるを得ない。英国の市民であると同時にパキスタン系のムスリムでもある。二つのアイデンティティーの間でゆらぎを抱えた彼の苦悩が印象に残る。とはいえ、全体のトーンは明るい。ジェイの造形はもちろん、彼の友人や家族、そしてMI5といった人々との関わりが、ユーモラスを交えて語られる。重いテーマを軽快に読ませる小説だ。ラストも強烈。本書だけでは消化しきれていない要素も残っており、続編の翻訳も楽しみだ。

No.248 6点 壊れた世界で彼は- フィン・ベル 2023/04/10 22:23
先読み不明のサスペンス。小さな町で、男たちが一家を人質に立てこもる事件が起きた。銃撃と爆発を経て、家の妻と娘は救助され、現場からは男たちの死体が発見された。だが、一家の夫と、男たちの一人の行方が分からない。
派手な幕開けから奇妙な謎が浮上し、やがて意外な展開へ。目まぐるしく動く事件の状況に振り回される楽しさを、たっぷり味わえる。

No.247 7点 業火の市- ドン・ウィンズロウ 2023/04/10 22:19
ダニーは米国のアイルランド系マフィアの娘婿ながらも地味な地位に身を置き、イタリア系マフィアともうまくやって平穏な日々を過ごしていた。だが、一人の美女をめぐるトラブルから、アイルランド系とイタリア系組織の共存関係は崩壊し、やがて凄惨な抗争が始まる。
ウィンズロウの組織犯罪ものは、感情がほとばしる独特の語り口が印象深い。だが、本書ではそうした語りの個性を抑えて、抗争劇の様子をじっくり語る。その展開は、古代ギリシャの叙事詩に描かれるトロイア戦争と重なり合う。古典に描かれるような運命劇が、マフィアの抗争に現れる。ラストの荒涼とした景色が忘れがたい。

No.246 7点 シンデレラの罠- セバスチアン・ジャプリゾ 2023/03/24 23:04
「私は二十歳の娘、事件の探偵であり証人、被害者であり犯人なのです。さて一体わたしは誰でしょう」という人を喰った極限的な筋立てを持つ虚構の世界。
プロットだけを追求した退屈な手品小説と一蹴する向きもあるが、御伽噺に使われるような文体で悲痛な物語を語っていくあたり、単なる知的ゲームに終わっていない。

No.245 4点 スモールgの夜- パトリシア・ハイスミス 2023/03/24 23:00
映画「太陽がいっぱい」や「見知らぬ乗客」の原作者として知られるハイスミスの最後の作品である。
ゲイの主人公リッキーと彼を巡る人々の話が、無機質と言ってもよいほど感情の稀薄な語りで綴られており、ミステリと呼べる要素はほとんどない。正直なところ、ハイスミスの熱心なファンでなければ、興味を失わずに読み通すのは難しいだろう。

No.244 8点 異常【アノマリー】- エルベ・ル=テリエ 2023/03/08 22:40
奇妙な状況に遭遇した人々を多彩な文体で描き出す、風変わりな群像劇だ。
殺し屋に小説家、弁護士に女優に建築家。様々な客を乗せて、旅客機はパリから飛び立った。だが、目的地ニューヨークの近くで、異常な乱気流に巻き込まれる。
第一部では年齢も職業も多様な人々のそれぞれの事情が、おのおの個性に合わせた文体でつづられ、その人々を乗せた旅客機がどんな事態に遭遇したのかが語られる。第二部以降では、人々が事態に対処し、それぞれの決断をくだす様子が描かれる。語りの順序にも工夫を凝らし、所々に遊び心のある仕掛けを配し、多様な人々のドラマを描き出す。
予備知識を仕入れずに読みたい、企みと仕掛けに富んだ小説だ。

No.243 7点 アリスが語らないことは- ピーター・スワンソン 2023/03/08 22:31
父を亡くした若者と、その継母の物語。
父が事故死したと知らされたハリーは実家に戻る。警察によると、殴られた痕跡があったという。死の真相に触れたがらない若い継母のアリスに、ハリーは疑念を抱くという現代の章と、アリスの生い立ちを語る過去の章が交互に並ぶ。
アリスの過去と現在との間に横たわる空白への関心が読者をひきつける。意外な驚きに満ちたサスペンスである。

No.242 6点 指差す標識の事例- イーアン・ペアーズ 2023/02/19 23:23
十七世紀、王政復古時代の英国を舞台にした歴史ミステリである。
四人の語り手が書いた手記を継ぎ合わせた構成になっており、それぞれを四人の翻訳者が担当するという凝った作りになっている。第一の語り手であるヴェネツィア人の青年が毒殺事件に遭遇することから話は動き出す。
彼の目に映った事件の様相と、第二の語り手のそれとはまったっく異なる。四つの手記を合わせると壮大な物語が浮かび上がってくる趣向となっている。

No.241 5点 灰の中の名画- フィリップ・フック 2023/02/19 23:07
作者は有名な絵画の鑑定士であり、いわば自家薬籠中の物を題材にしたわけである。絵画に対する蘊蓄や、美術業界の裏話めいた描写も専門的になりすぎず、程の良さを心得ている。また、美術の専門家がこれほど格調のある文章や、しっかりした構成の話を書けることに感心するばかりである。
内容としては、サスペンスものというより、サマセット・モーム張りのじっくりした味わいのある作品である。最後のオチめいた皮肉な結びも余計にその感じを強くさせる。

No.240 6点 ラスト・チャイルド- ジョン・ハート 2023/02/04 23:07
作者は、家族の軋轢や崩壊を、好んで取り上げるらしく、本書もそれを主要なテーマにしている。
主人公ジョニーは、十三歳の少年で行方不明になった双子の妹のアリッサを、友達のジャックの手を借りつつ捜索する。事件は子供の失踪が相次ぎ、さらに複数の遺体が発見されるに至って、異常犯罪者の犯行と分かる。ジョニーは、アリッサもその犠牲になったのではと必死に捜索を続ける。その執念が、物語をぐいぐいと引っ張る、大きな力として働く。
必ずしも、ハッピーエンドには終わらないが、崩壊した家族が別のかたちで再生しそうな予感を抱かせる締めは、この重い小説の救いになった。

No.239 5点 異時間の色彩- マイクル・シェイ 2023/02/04 23:01
宇宙から飛来した発光生命体によって未曽有の災厄に見舞われた谷間の村。その顛末を迫真の筆致で描いている。
一人称の回想記文体、大業な形容詞の頻出、老齢の知識人を主人公とする点など、作者は敬愛する先達のスタイルを律義に再現して見せるが、後半の怪生物による殺戮シーンでは、グロテスクな描写の本領を発揮して、独自色を打ち出している。

No.238 5点 女彫刻家- ミネット・ウォルターズ 2023/01/25 22:34
母と姉とを殺害、斧で死体をバラバラにしたオリーヴ・マーティンは、無期懲役の判決を受け、刑務所に収容されている。彼女の事件を本にするため、フリーライターのロズが取材を始めた。オリーヴ自身の話を聞いたり、弁護士に会ったりしているうちに、無実ではないかとの疑問を抱く。
捜査を担当した元刑事にロズが会い、この物語の役者がそろうと、関係者たちの過去が次々と暴かれる。さまざまな人間模様をストーリー展開の中に織り込みつつ、犯人追求が続く。
異常に太ったオリーヴ、その父、隣人、元刑事らユニークな登場人物が忘れられない。そしてショッキングな幕切れも。

No.237 7点 東の果て、夜へ- ビル・ビバリー 2023/01/25 22:25
犯罪小説、ロード・ノベル、少年の成長物語という三つの要素を兼ね備えているが、それらの要素がことごとく定型を裏返している。十五歳の主人公はボスである叔父の命令で、弟らと四人でLAから五大湖のほうへ、日本列島が横に二つ並ぶほどの距離を車で向かう。ロード・ノベルの旅は、当てもないか善意の目的が多いのに反して、本書は裏切り者を殺すため。普通ニューヨークあたりから西行きの話が多いのに、これも逆だ。
旅の一同は黒人。白人たちに怪しまれないようにドジャースのファンを装うが、むしろドジな連中で、ご難続きなのはロード・ノベルの常道とはいえ、道中の仲間が増えていかない点が斬新だ。

No.236 6点 優しすぎて、怖い- ジョイ・フィールディング 2023/01/11 23:12
社会的地位があり、世間の信望も厚い夫に記憶を失った妻が、次第に抱き始める疑惑。ジェーンの一人称でストーリーは展開され、記憶を失っている不安が次第に募ってくる夫への不信感として成長し、自分すらも信じられない状況に陥る主人公の心理描写が秀逸である。
主人公の女性が記憶を失わなければならなかった理由は、病んだ現代社会を反映したテーマであり、そこに作者の深い問題意識が読み取れる作品である。

No.235 6点 五番目の女- ヘニング・マンケル 2023/01/11 23:05
ヴァランダー刑事の粘り強い捜査によって繋がりのなさそうだった二つの事件は、次第に奇妙なシンクロを見せ始める。無残にも串刺しで殺された老人と、姿を消した花屋に共通するものは何か。事件が解決へと向かう精緻な展開と鋭い社会性はお見事。

No.234 6点 緋色の迷宮- トマス・H・クック 2022/12/27 23:25
写真店を経営しているエリックは、教職につく美しい妻とおとなしい息子との生活に満足していた。だがある日、八歳の少女エイミーが行方不明になり、ベビーシッターの息子キースに疑いがかかる。誘拐して性的暴行に及び殺したのではないかというのだ。
ここでは誰もが弱さを抱え、癒えぬ傷を持ち激しい不安の中で生きていて、ある者は倒れ、ある者は破滅へと突き進む。人々は対峙し交錯し事実を探り合い、奥深く埋め込まれた謎を解き明かしていく。
その巧妙な仕掛け、堅牢なプロットはさすがで、前三作には及ばないものの、それでも小説の醍醐味を十分に味あわせてくれる。読後感は苦く厳しいけれど、それでも随所で語られる諦観は人生の真実を照らしている。

No.233 4点 記憶を消した少女- グロリア・マーフィー 2022/12/27 23:18
母親の殺人現場を目撃して心に傷を負った少女という設定は珍しくないし、登場人物も限られているから、真犯人の見当もすぐにつく。
シンプルすぎる構成だが、じっくり書き込んであり飽きさせない。静かなサスペンスが持続していくが、途中でもう少し山場があった方がより効果的だっただろう。エミリーの心の深層に潜む謎と、彼女の奇矯な言動はかなり強い印象を与えるが、それだけに後半の彼女の変化はやや唐突。

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