皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
YMYさん |
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平均点: 5.89点 | 書評数: 372件 |
No.272 | 6点 | 囚人同盟- デニス・リーマン | 2023/10/06 23:09 |
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舞台はワシントン州に実在する小島の刑務所で、その雑居房に居着いた囚人たちが主要な登場人物。彼らは、刑務所内の権力関係をそれなりに平穏に泳いでいたのだが、そこにある日、正体不明の男が入所してくる。ロバート・レッドフォード似のハンサムで、巨漢をひとひねりで倒す腕力。医学、法律、何でも詳しいこの囚人、当局の回し者かと警戒される。しかしやがて、雑居房仲間の信頼を勝ち取ると、ある壮大な計画をみんなの前に打ち明けた。
二転三転のストーリーづくり、切れ目なく仕掛けられた「山」の設定、小悪人たちへの愛のこもった描写、からりと乾いたユーモアに魅せられた。 |
No.271 | 7点 | フリッカー、あるいは映画の魔- セオドア・ローザック | 2023/10/06 23:01 |
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「薔薇の名前」ほどのペダントリーはないにせよ、映画という素材を徹底的に煮詰めた、見事な思想史エンターテインメント。
このミステリには「映画についての映画」どころか、「映画を解体する映画」、「見ることの不可解な映画」なんてものまで登場して、記号論好きにはたまらないのではないか。最後の漂うような感覚もいい。 |
No.270 | 7点 | 毒の神託- ピーター・ディキンスン | 2023/09/21 22:13 |
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舞台はアラブの砂漠に聳え立つ巨大な逆ピラミッド形の宮殿という変なところ。主人公はそこでチンパンジーの意思伝達能力を研究していて、近くの沼地には独特の言語・風俗をもつ沼族の人々が生活している。
SFミステリそのものと誤解されそうだが、そこはディキンスンというわけで、いかにも英国的といった細部に凝る文章が物語にリアリティを与えているばかりか、まともな謎解きミステリにもなっているから不思議。 |
No.269 | 5点 | 図書館の美女- ジェフ・アボット | 2023/09/21 22:08 |
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のどかな田舎町ミラボーで、犬小屋や道具小屋が次々に爆破されるという事件が起きる。最初は単なるいたずらと思われたが、ジョーダン自身が被害にあって腕を負傷したあたりから、にわかに怪事件の様相を帯び始める。退院したジョーダンの前に一人の美女が現れる。ボストンの出版社に勤めていたころ付き合っていたヤンキー娘のローナ。今は開発会社の社員で、コロラド川沿いに建設するリゾートマンションの用地買収が目的だという。やがて彼女の上司が殺され、さらに地元の不動産業者が爆殺されて、事件の謎が深まっていく。
ユーモラスな語り口と軽妙な会話。捻りのきいたプロットとスピーディーな展開。まさしくコージーな快作である。 |
No.268 | 7点 | 帽子屋の休暇- ピーター・ラヴゼイ | 2023/09/06 22:33 |
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ロンドンから汽車で数時間の海水浴場、ブライトンで双眼鏡越しに魅せられた女性、プロセロ夫人とその一家を観察し続けるモスクロップ。ある日、プロセロ母子と子守りの少女が消え、切断された人間の手首が見つかった。
覗き屋の目を通したブライトンの風俗描写は、ヴィクトリア朝世紀末の危うげな雰囲気を醸し出す。さらに、ストーカーのような変人を始めとする個性の描き分けといい、捜査が急展開されて謎をほぐし、何とも悠然たる結末に収束させる構成の妙といい、間然とするところがなく存分に楽しめる。 |
No.267 | 7点 | 捜索者- タナ・フレンチ | 2023/09/06 22:27 |
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主人公はシカゴ警察を辞めてアイルランド北部の小さな村にやってきたカル。廃屋の修繕をしながら暮らしていたが、行方不明の兄を捜してほしいと地元の子供に頼まれて調査をしていく。
悠然とした筆致、何よりも素晴らしいのは、謎を解くだけで事態は解決しないという構成だ。大切な人を失った心の痛みを克服しなければ前に進むことは出来ない。 遠く離れたアメリカに住む娘と電話するラストシーンで、愛しさが一気に噴出して熱いものがこみ上げる。 |
No.266 | 5点 | 闇の中の男- ポール・オースター | 2023/08/20 22:40 |
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眠れぬ夜、元書評家の老人が物語を夢想する。舞台は9・11もイラク戦争も経験していないもう一つのアメリカ。代わりに、ある州が国から独立を宣言し、内戦が起きている。主人公の青年は「現実の世界」に戻ることを願うが、そのためには物語の作者である老人を殺さねばならない。
著者は作中作を巧みに配し、現実と虚構の境界を揺るがせることで、戦争が生む「傷」を浮き彫りにしていく。残酷な結末で唐突に物語を終えた老人は、孫娘に家族の歴史を語り始める。 やがて明らかになるそれぞれの抱える喪失。終盤、娘の引用する詩人の一節が、国や家族を「再生」へと導く光のように輝く。 |
No.265 | 6点 | 空のオベリスト- C・デイリー・キング | 2023/08/20 22:33 |
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物語は、ニューヨークを飛び立った旅客機の乗客が、犯行予告通りに数千メートルの上空で倒れたという不可能犯罪を扱っている。
大時代的なトリックは感心しないが、一九三〇年代初めの空の旅の描写は興味を引く。また事件の舞台が飛行中の飛行機であるだけに、豪華列車が舞台の「鉄路のオベリスト」より展開が速く、結果としてサスペンスが豊かで読みやすい。 |
No.264 | 8点 | 平凡すぎて殺される- クイーム・マクドネル | 2023/08/07 22:20 |
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おかしさに溢れたドタバタ模様が展開するミステリ。
ダブリンに暮らす青年ポールは、ボランティアで病院を訪れ、自分を息子や甥だと思い込む老人患者たちの相手をしていた。だがある日、末期がんの老人が錯乱し、ナイフで襲いかかってきた。ポールを誰かと勘違いしたようだ。老人は亡くなったが、その後ポールは命を狙われる羽目になる。 看護師ブリジットや中年刑事バニーらと、言葉遊びから映画や音楽のネタまで、丁々発止でギャグが繰り広げられ、楽しませてくれる。コメディ好きな方におすすめする。 |
No.263 | 5点 | ホール- ピョン・ヘヨン | 2023/08/07 22:13 |
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妻と旅行中に自動車事故を起こし、自分だけが生き残ってしまった大学教員のオギ。全身が麻痺した状態のオギは、妻の母親の介護を受けることに。
絶望と諦念に満ちた主人公の語りがそら恐ろしい。妻との間で起こったオギの秘密が語られるにつれ、義母の不気味な行動の背後にひそむ怨念に気付かされる。 欺瞞と罪への鈍感さの末に、人はいかにして穴に落ちていくのか。ホラー好きにはおすすめ。 |
No.262 | 6点 | 修道女フィデルマの采配- ピーター・トレメイン | 2023/07/23 23:05 |
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七世紀のアイルランドを舞台に、王の妹であり法廷弁護士でもあるフィデルマの活躍を描いた短編集。
厨房から魚が消え、料理長が殺された事件や、跡継ぎ争いの現場で起きた候補者殺人事件などで、フィデルマの鮮やかな推理が語られるのだが、同時に裁きと言いう観点での苦悩も描かれる。 五つのそれぞれに異なる美味を堪能できる。 |
No.261 | 5点 | 天使の牙から- ジョナサン・キャロル | 2023/07/23 22:52 |
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末期癌患者の元テレビスター・ワイアットは、ある日親友のソフィーから、行方不明の兄を探すため一緒にウィーンへ行ってほしいと頼まれた。そこでは人気絶頂で引退した映画女優のアーレンが、ひっそりと暮らしていた。
「空に浮かぶ子供」の続編ともいえる「死」という永遠の謎を巡る美しくも残酷な物語。意外な展開で畳みかけてくる緊迫した終盤、あまりの悲惨さに目をそむけたくなるその時、見事にひっくり返る。「生きること」を正面から見つめた作品。 |
No.260 | 8点 | 赤毛のレドメイン家- イーデン・フィルポッツ | 2023/07/11 22:33 |
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犯人は、着実冷静に犯罪計画を立て、冷酷非道に実行する。この犯人に対する名探偵ピーター・ガンズは、人間観察に重点を置き物的証拠のないこの大犯罪を、過去の歴史を研究し心理学者の緻密な分析で、犯人に相対するのである。
探偵対犯人の息詰まるような対決、知恵の戦い、何気ない対話にも二重三重に計算されている。文学に育てられた作者の並々ならぬ底力がみられる。 |
No.259 | 7点 | 蜘蛛の微笑- ティエリー・ジョンケ | 2023/07/11 22:22 |
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愛人に客を取らせ、そらの行為を覗き見ることによって快楽をむさぼる美容整形外科医。非番の警察官を殺し、農家に立てこもる銀行強盗。深夜オートバイを走らせているところを拉致され、何者かに拷問を受ける青年。
物語は、交互に語られていくこれらの三つのストーリーがやがて交錯し、予想だにしない衝撃的な結末へとなだれ込んでいく。 暗く湿った空気の中にたれこめるノワール色と、そしてそれを切り裂くように待ち受けるサプライズエンディング。古き良きフレンチ・ミステリの典型のような作品。 |
No.258 | 8点 | マルタの鷹- ダシール・ハメット | 2023/06/25 22:17 |
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鷹の彫像を巡る緊迫した駆け引きが素っ気ないほど乾いた文体で綴られる。心理描写が徹底的に排除されているため、読者は登場人物の内面をちょっとした会話や仕草から推測するしかない。
ストーリーが複雑なうえ、微妙な行動の描写にも伏線が張られているので、一読しただけでは素通りしてしまうかもしれない。それだけに本作は純粋な謎解きよりも、こうした深読みを促す文体が大きな魅力となっている。 |
No.257 | 6点 | 花嫁殺し- カルメン・モラ | 2023/06/25 22:11 |
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スペインのマドリードが舞台で、主人公は女警部エレナ。タイトル通り殺されたのは花嫁でありながら、頭にあけられた穴から蛆を埋められ、生きながら脳が蛆に食われるという異常な殺人方法だった。
実は被害者の姉も七年前に同様の手口で殺されており、犯人は服役中だという。果たして別の模倣犯なのか。捜査するのは特殊捜査班という架空の組織だが、それぞれに一流の腕を持ったメンバーが集まり、そこへエレナ警部の部下として所轄の刑事サラテが加わるなど、警察捜査小説としての展開も複雑かつ本格的である。エレナ自身の抱える問題にまつわる衝撃的なラストも用意されている。 |
No.256 | 5点 | トワイライト・アイズ- ディーン・クーンツ | 2023/06/11 22:20 |
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悲哀と郷愁に満ちた見世物小屋幻想が心地よい第一部から一転、桃太郎の鬼退治のモダンホラーバージョンとでも呼べそうな第二部に到るや、人間の皮をかぶった悪鬼の存在を「超古代文明の遺物」と説明づけて、テロリスト集団と大差ない現実的で恐怖のレベルに引き下げてしまうところが、良くも悪くも作者らしい。 |
No.255 | 5点 | あの薔薇を見てよ ボウエン・ミステリー短編集- エリザベス・ボウエン | 2023/06/11 22:15 |
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意地悪で辛辣で、ドキドキする短い小説が二十編。
日常の細部がしっかり書き込まれているが、進行する出来事は暗示的。一見、何も起こっていないように見える。でも、何かが変わり、組み替えられた気がして数行戻って読み直す。そうして読んでいくと、作品の輪郭が少しずつ明確になってくる。 時には暗示が効きすぎて、最後まで謎の中に取り残される作品もある。人生の細部の連結の悪さを、そのまま放置して表現する凄味。ひんやりと鋭い読後の印象は癖になるような味である。 |
No.254 | 5点 | 沈黙の犬たち- ジョン・ガードナー | 2023/05/24 22:55 |
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第一次大戦中からのシンパで、KGBの最高幹部の一人にまで昇進したスパイを脱出させることになった。ただし、ハービーには逆スパイの疑いがかかり、ロンドンから動けない。
英海外情報局とKGBの騙し合い、情報局内の疑惑を題材に、中年スパイ、老年スパイの活躍を克明に描く。 前作からの登場人物のつながりや因縁があるので、順番に読んでほしい。 |
No.253 | 5点 | 原告側弁護人- ジョン・グリシャム | 2023/05/24 22:51 |
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純粋で正義漢だけは人一倍強いものの、借金まみれでガールフレンドにはふられたばかり。おまけに就職のめどさえつかなかったルーディが七転び八起きして、最終的には大きな裁判に立ち向かうというプロットは、いかにも大衆好み。クライマックスの法廷シーンでは、ルーディは苦戦することもなく一方的に相手をやり込めてしまうため、ミステリとしては物足りないが、青春サクセスストーリーとしてみれば、痛快極まりない。
爽やかさとほろ苦さが適度にミックスされたラストも余韻が残る。 |