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糸色女少さん
平均点: 6.42点 書評数: 159件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.99 7点 日本SFの臨界点 冬至草/雪女- 石黒達昌 2022/02/27 00:02
無機的で抑制の効いた科学者的文体が醸し出す情念が魅力の中短編8作が収録。
「冬至草」は北海道で発見されたという設定の架空植物・冬至草を巡る物語。冬至草を育てるために、実験者が自身の血液を与える場面には、感情を揺さぶられる。またかつての冬至草研究の背景には太平洋戦争下での日本の代用燃料研究や原子爆弾開発なども見え隠れする。
「雪女」は架空の低体温症と異常な長寿命の秘密を巡る物語。患者を救いたいという医療の視線と、この生体構造を解明したいという研究者的視線が交差する。
医師でもある著者ならではの、詳細な生物学的記述が魅力だが、生命を冷徹に見つめる科学者の造形も卓越している。戦争と科学の関係や、生体実験や遺伝子操作にまつわる非倫理性への厳粛な姿勢が、さりげなくも深く掘り下げられているのも魅力の一つ。

No.98 7点 都市と都市- チャイナ・ミエヴィル 2022/02/14 22:54
舞台となるのは、バルカン半島あたりに位置する二つの都市国家のべジェルとウル・コーマ。地理的にはほぼ同じ位置を占める二つの国は、ミルフィーユ状に領土が重ね合わされている。それぞれの国民は、互いに相手の国が存在しないように振る舞わなくてはならない。訓練によって反動的な「失認」状態を作り出し、それによって国境が維持される。
この奇妙な場所で殺人が起こる。ベジェル警察のティアドール・ボルル警部補は、この国際犯罪の犯人を追いつつ、第三の空間の謎に接近していく。ボルルが逃走する犯人を追うシーンは、同じ道を走る両者が実際にはそれぞれの国の領土しか走れないという設定が最大限に活かされたクライマックスになっている。
ミステリとしても十分に面白いが、本作の醍醐味は精神医学的には「解離」のメカニズムの政治的応用という優れたSF的な設定にある。

No.97 5点 消えたサンフランシスコ- ブライアン・ハーバート 2022/01/22 23:19
宇宙人に街ごと誘拐されてしまう話で、導入こそ小松左京の「首都消失」を内側から書いたようなムードだけど、実は崩壊寸前の一家の日常ドラマを入念に描く破天荒な家族小説なのである。
母親は重度の精神疾患を患い、家の中は散らかり放題。父親は三つの仕事を掛け持ちして疲労困憊。長男は仕事にも就かず学校にも行かず遊び呆け、次男は父親から自分の子供ではないと疑われている。この悲惨な家庭で健気に生きる十一歳の少女ミシェルが主人公。辛気臭い話だと思うかもしれないが、深刻な問題の合間にスラップスティックなギャグが散りばめられ、爆笑を誘う。レイドローの「パパの原発」をもう少しダークにした感じ。

No.96 8点 三体Ⅲ 死神永生- 劉慈欣 2022/01/11 22:13
危ういバランスで回避されていた人類を超える科学力を持つ三体文明との全面戦争は、三体側の計略で均衡が崩れ、物語は光の低速化による太陽系の封鎖プラン、空間をゆがめることで太陽系外に光速宇宙船で脱出する計画が飛び出すなど怒涛の展開に。それに伴い人類の文化、政治、経済は大きく変容していく。
光粒による太陽攻撃や、あらゆるものを二次元化する次元破壊など、SFファンにはたまらない魅力的な仕掛けも登場する。
しかし、本作は二つの文明の戦争では終わらず、宇宙全体の存亡というさらに壮大な展開が控えているのだ。
SF大作では大風呂敷はどこまで広げられるかだけでなく、いかに巧みにたたむかが読みどころとなる。本作では、宇宙の時空が多元的に広がり、最後には「本当に」折りたたまれていく。宇宙を丸ごと描いたような世界観は老荘思想にも通じるように思える。
多元宇宙より広い世界があるとしたら、それは人間の想像力だろう。

No.95 6点 レオノーラの卵- 日高トモキチ 2022/01/11 22:03
ある女が生んだ卵から生まれるのが男か女かを予想する賭けで始まる表題作は、奇想と奇抜なロジックが惜しげもなく投入される。筋よりも思考の跳躍を楽しむべき作品で、無理を承知でその魅力を例えると「笑えるボルヘス」と言ったところか。
「旅人と砂の船が寄る波止場」など冒険要素が濃い作品もある。かつての活気を失った港町で、乗船中の町の有力者たちが突然姿を消す怪事件が発生したが、船は無人のままで今も操業を続けているという。果たして事件の真相は?
また「ガヴィアル博士の喪失」では、小学生の男子が語るお話と現実が融合し、探偵や怪しい博士や、ピーター・パンが登場する型破りなドラマへとなだれ込んでいく。いずれの作品も笑いと驚愕に満ち、郷愁も誘う。

No.94 6点 限りなき夏- クリストファー・プリースト 2021/12/23 23:21
本書は時空に隔てられた男女の恋愛を描く二編、熱気をはらんだ初期SF二編、そして数千年も戦争が続く「夢幻群島」を舞台とする蠱惑的な連作四編を収録している。
「奇跡の石塚」の仕掛けには誰もが目を白黒させるだろうし、娼家に迷い込んだ歩兵の眼前で夢の絵画が次々と現実化する「ディスチャージ」はその題名にも戦争から性まで多数の意味が折り重なる。作者の長編は言葉の重層性が制御されすぎて、言葉で構築される小説内に閉じ、読了後すべてが本の内側へと収束してしまう印象を受けるが、短編では逆に鮮やかに広がってくる。

No.93 7点 生まれ変わり- ケン・リュウ 2021/11/30 23:05
難民、差別、いじめ、DVといった問題への人々の抵抗や無関心を、SF的想像力で昇華させた秀作揃い。これらの物語に通底するのは、世界にはびこる不条理への無力感である。
正論を掲げるだけでは何も解決しない世界。主人公たちは、時に現実的な解決策を見いだそうとあがく。しかし同じ思いを共有しながら解決の手立てで合意することが出来なかったり、超越的な第三者に頼ることしか出来なかったりと、作者は自らの手で状況を覆すことの困難さを、そこかしこに滲ませる。
マイノリティとして生きるとはどういうことか。これまで多くの日本人が無縁を装い、見ないふりをしてきたその痛みやままならなさが、じわじわと胸に迫ってくる。

No.92 4点 雪降る夏空にきみと眠る- ジャスパー・フォード 2021/11/10 23:10
冬になると平均最低気温がマイナス四十度を記録し、冬至の前後八週間の間は人口の99.9%が冬眠する、架空のウェールズを舞台にしている。
伝染性の夢、神話上の魔物が実在するのではないかという噂、かつて失敗した夢現空間計画など、長期間にわたって冬眠をするため自然に夢の要素が物語に入り込んできて、なんでもありの「不思議の国のアリス」的なナンセンス性と、SFが入り混じった面白さに繋がっている。

No.91 7点 完全な真空- スタニスワフ・レム 2021/10/23 23:46
実在しない本の書評という看板をある種の言い訳として採用することで、その思考過程を茶目っ気たっぷりに作品化している。読者の認識を揺るがす驚天動地のアイデアを次々に繰り出す一方、真面目くさった口振りで与太を飛ばすのが特徴で、作者のなかでは一番笑える本だろう。
恐るべきはそのジャンルの横断性。ヌーヴォーロマンをやっつけ、神話を語り直し、ジョイスを飛び越え、奇怪極まる宇宙論を弁じ立てる。本書は快刀乱麻の科学解説書であり、抱腹絶倒のコメディであり、明晰なポストモダン文学論であり、奇想に満ち満ちた現代SFの極北である。

No.90 6点 ポストコロナのSF- アンソロジー(国内編集者) 2021/10/03 23:47
現代SFの最先端で活躍する作家19人がコロナ後の世界を書いた作品集。
作風もテーマとの距離感もさまざまだが、いずれも閉塞感に包まれた私たちの気持ちを解きほぐすユニークな思索に満ちている。
伊野隆之「オネストマスク」はマスク着用が義務付けられた社会を風刺的に描く。表情が分からず不便だということで、コミュニケーションを円滑にしようと感情が表示されるマスクが開発されるが、不都合が生じ...。リモート勤務の拡大が続けば、本当に起こりそうな物語だ。
過酷な状況を叙情的に描く樋口恭介「愛の夢」のような作品もある。感染症を抑えられなかった人類は、全てをAIに委ね、千年の眠りにつく。その間AIは世界を浄化し、人類の再起動を待つ。だが、約束の時が来て目覚めた人類は、再び眠りにつき、美しい夢を見続けることを選ぶ。
また北野勇作「不要不急の断片」は100字ピッタリで書かれた単文が70個羅列し、ゆるやかに結びついている。SNS時代らしい少ない文字数の表現で、日常と幻想が入り交じった光景を詩情豊かに描き出している。

No.89 5点 デウス・マシーン- ピエール・ウーレット 2021/09/16 22:51
バイオ・テクノロジーとコンピューターの過度の進化の恐怖を描いている。描かれている未来の姿は、作者の目指すテクノ・スリラーというよりも、SFを強く感じさせる。作者はSFの創造力よりも現実の方が進んでいるということを、本書において示そうとしているように思える。
欠点を挙げるとすると、本書の半分ほどがコンピューターとバイオ・テクノロジーの説明で埋められているため、ストーリーの流れが切れてしまっているところ。また、マウス・ボールと名付けられたコンピューターの中に生まれた知性が、安易に擬人化されすぎている。しかし、そんな欠点に目をつぶってもマウスボールがジミという両親を失った少年の父親代わりになって彼を育て、災難から守ろうとするシーンや、つくり出されたバイオ動物が跳梁する世界など、コンピューターと人間の関わりを示唆しているさまが興味深く読める。

No.88 5点 時間衝突- バリントン・J・ベイリー 2021/09/16 22:42
時代と共に新しくなってゆく遺跡という魅惑的な謎が物語の発端になるが、それはこの宇宙全体の成り立ちに関わる途方もない発想へと導くための糸口でしかない。
冒頭の謎が解明されることで見慣れた日常が回復するのではなく、それによって世界が異様なものへと変貌してゆく。その過程にあるアクロバティックな論理のエスカレーションが興奮を生む。SF的には、作者が作中で開陳する奇怪な時間理論こそまさしく究極の奇想。バカSFの真髄ここにあり。

No.87 5点 ヴィンダウス・エンジン- 十三不塔 2021/08/23 23:02
まず魅力的なのは、景色であれ物体であれ、静止しているものが全く見えなくなるという架空の病ヴィンダウス症の設定だ。
動いているものしか「見える」と脳が認識しなくなる奇病で、例えば目の前に人がいても動いている口元や手しか見えない。発症者は世界に70人ほどしかおらず、不明な点も多いが、病状が進行すると自我を保てず精神崩壊する。そんな理解しがたい視界や精神的葛藤を、著者は豊かな語彙と巧みな語法で描き出す。
その病を克服した者はふたりだけ。そのひとり、韓国の青年キム・テフンの元に中国から、都市を運営するAI群と彼の体を接続して、その脳内情報処理力を活用したいとの勧誘が舞い込む。地下組織なども登場して物語は不穏の度を増し、やがて神にも比すべき存在との対決にまで発展していく、構えの大きな作品。でも少々、詰め込みすぎかな。

No.86 8点 七十四秒の旋律と孤独- 久永実木彦 2021/08/23 22:49
マ・フと呼ばれる人工知性体を主人公にしていた連作短編集で、表題作は2017年の創元SF短編賞受賞作。タイトルは宇宙空間で物体がワープ移動する際に生じる74秒間の空白に起きた、ある事件を描いている。
続く連作「マ・フ クロニクル」は、既に人類は滅んでしまった遠い未来を描いているが、マ・フたちは人類が残した規範である「聖典」にのっとって秩序正しく行動し、宇宙観測を続けている。マ・フは劣化しないボディーと無限の電力を生む螺旋器官を備えたほぼ不老不死の存在。機械なので規格的に同質で、個性や感情は持たない。しかしさまざまな事態に対処するうちに「聖典」に反して死にかけていた生物を助け、愛や憎しみを抱くようになる。
無垢な賢者のようなマ・フたちが「人間的」に変化していくさまは美しく切なく、ハラハラする。

No.85 8点 マルドゥック・スクランブル- 冲方丁 2021/08/06 23:39
ルビや言葉遊びを多用し、ひとつの文章の中に重層的にイメージを重ねた独特の文体。描かれるのは、スピード感のある圧倒的な戦闘描写と、SFという手法だからこそ描けた、緊迫感あふれるカジノシーン。全編にほとばしる熱情の奔流は、魂を揺さぶられることでしょう。

No.84 5点 スノウ・クラッシュ- ニール・スティーヴンスン 2021/07/21 22:49
舞台は、高速ピザ配達業が音楽・映画・ソフトウェアと並ぶ四大産業のひとつとなった未来のアメリカ。主人公のヒロ・プロタゴニストが、「果たして30分以内にこのピザを配達できるのか?」という最高にくだらないピンチに陥る冒頭のエピソードが素晴らしくいかす。ボーイ・ミーツ・ガールの王道を突っ走りつつ、SFの伝統に対する敬意も忘れないところが妙に義理堅い。

No.83 8点 あなたの人生の物語- テッド・チャン 2021/07/13 22:59
「人類とは本質的に異なる知性を、いかに異なるかが理解できるように描く」という難題を成し遂げたうえで全体を感動の物語に仕上げた表題作をはじめ、文字通りに天まで届く塔の建築現場を生活感あふれる筆致で描写する「バビロンの塔」、機械ではなくゴーレムにより産業革命が起きたもうひとつのイギリスを舞台とする「七十二文字」、神が顕現し奇蹟が日常のものとなっている世界における信仰のあり方を考察する「地獄とは神の不在なり」など全八篇。
どれもみな、一級の奇想に徹底した論理展開で肉付けし、ふさわしいドラマに乗せて適切な文体で語った隙のない作品ばかり。

No.82 8点 時間旅行者のキャンディボックス- ケイト・マスカレナス 2021/06/25 23:07
1967年の英国で4人の女性科学者がタイムマシン開発に成功したという改変歴史設定の時間もの。
300年先までの時間旅行が実用化されるものの、時間管理局的な組織が技術を独占、システムが硬直化してゆく。それに反旗を翻す人々のドラマをはさみつつ、密室で発見された身元不明の銃殺死体をめぐるフーダニット+ハウダニットが焦点になる。SF的には原題が示す通り、時間旅行がもたらす心理的な問題にスポットを当てたのがキモ。時間SFのメルクマールになりそうな一冊。

No.81 7点 ニューロマンサー- ウィリアム・ギブスン 2021/06/17 00:07
脳とコンピューター端末を接続、そのデータ網を頭の中で再構成した「電脳空間」と呼ばれる幻想世界を舞台にした近未来SF。
情報、場面、人物がさまざまに交錯するスピーディーな展開は、まさに「反射神経で読む」感がある。冒頭に登場するハイテクノロジーの最先端と闇市場が混在する、奇怪に変容した東洋のイメージは、映画「ブレードランナー」に通じている。

No.80 8点 祈りの海- グレッグ・イーガン 2021/05/31 22:50
日本オリジナル編集の初短編集。長編と比べると大風呂敷度が低いものの、身近な話から入っていく話が多い分、SFに慣れていない人にもとっつきやすいでしょう。
短編集全体の通しのテーマはアイデンティティ。今の科学を小説に取り入れようとすると、読者の日常生活との接点をどこに見出すかが問題になるけれど、作者は一貫としてアイデンティティの問題だけにこだわり、その関心が現代科学の各分野と交差する断面を小説に仕立て上げる。
カオス理論やヒトゲノムの話題にある程度、通じていた方が面白く読めるだろうが、この小説をきっかけにして現代科学のスリルとサスペンスに目覚める人もいるはず。

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