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猫サーカスさん
平均点: 6.18点 書評数: 433件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.393 5点 幻視者の曇り空 cloudy days of Mr.Visionary- 織守きょうや 2024/06/29 19:26
語り手の久守一は身体に触れることで、相手の眼前の光景を垣間見る「幻視」の力を持っている。大学の後輩・真野莉子との縁でホームレス支援を行うNPO法人の活動に参加している久守は、新たに活動に参加した美大生・佐伯優を偶然幻視するが、そこには刃物で切り刻まれた血まみれの死体が倒れ伏していた。折しも街では連続通り魔殺人が起こっている。佐伯が真野に興味を抱いていることを知った久守は、彼の殺人の証拠を掴むため佐伯に接近するのだが、佐伯の描く絵、その人柄に徐々に魅かれてしまう。他者の秘密を知ってしまうことで懊悩する主人公の切ないモノローグが読みどころ。友人関係を育む日常と究極の非日常である殺人行為、その双方につながる感情が一個人の人間の内にあることが、本作のサスペンスとサプライズの源泉だ。特殊なロジックを明らかにする語りこそが本書の肝だろう。

No.392 8点 黒牢城- 米澤穂信 2024/06/29 19:26
天正六年に織田信長に謀反を起こし、翌年まで籠城戦を展開した武将・荒木村重が主人公となり、籠城の拠点となった有岡城内で彼の舞に現れる四つの謎と対峙する連作形式の長編である。密室状況の納戸で矢により射殺された死体から凶器が消える「雪夜灯籠」、合戦で持ち帰った二つの手柄首のどちらが大将首かを推理する「花影手柄」、名器を持たせ明智光秀への使者の任を与えた僧侶が城内で殺害される「遠雷念仏」、家臣の中に潜む謀反人を探るうちに村重がこれまでの事件に思いを馳せる「落日孤影」。謎解きに実質的な名探偵役として力を発揮するのが、史実でも籠城期間に城内に幽閉された黒田官兵衛である。ここにおいて、村重が官兵衛になぜ危害を加えなかったかということもまた大きな謎となる。実際にあった籠城戦の最中によくこれだけの謎を創造するものだという感嘆という程度の表現では言い尽くせないのは、官兵衛の例からもわかるように個々の謎解き以外にも様々な謎と企みを有岡城内に仕込んでいるからだ。そしてそれら全てに、戦国の世ならではの論理によってことごとく筋が通っている。

No.391 6点 鬼哭胴事件- 太田忠司 2024/06/09 19:03
狩野俊介は引退した名探偵の石神法全の後を継いで探偵事務所の所長となった野上英太郎の助手を務める少年である。狩野俊介は探偵としては早熟であっても人間としては未熟であり、ガラスのような繊細な心の持ち主なのだ。そうした傷つきやすい狩野俊介の受け皿となり、精神面での支えとなるのが語り手となる野上英太郎である。本作で野上英太郎は、佐方康之という人物から、二十七年前に行方不明となった母と妹の行方を捜して欲しいという依頼を受ける。怪しい建築物、謎めいた風習といった古典的な探偵小説の定石に則った展開の中で目を引くのは、もう一人の名探偵だ。俊介と同じく優れた推理力を持ちながら、彼は探偵に対し「謎解き装置」という役割を与えられた存在に過ぎない、という極めて冷淡な姿勢を取っている。その人物に惹かれながらも、狩野俊介は彼の探偵観に別の定義を提示しようと苦闘するのだ。試練のように立ちはだかる大人をどう克服するのか、という教養小説の側面を、探偵の存在意義というジャンル論を重ねる形で描いている点が興味深い。裏を返せえば狩野俊介の苦悩と成長の物語は、謎解き小説の形式と不可分な形で描かれていると言える。

No.390 6点 クローゼットファイル- 川瀬七緒 2024/06/09 19:03
桐ケ谷京介は高級ブランドと特殊な技術を持つ職人や工場を結びつける服飾ブローカー。コロナ禍でも、高円寺南商店街の小さな店にはオンラインでの依頼が引きも切らない。また服のしわや傷みを見れば、美術解剖学に基づいた知識で筋肉のダメージを読み取れるし、服飾史にも通じているため、事件の背景を推理することが出来る。「ゆりかごの行方」では捨て子に着せられていた大人物のTシャツから親の職業を当て、「緑色の誘惑」では独居老婦人を殺した犯人をさいきんの着衣の趣味から探り当てる。「ルーティンの痕跡」では水森小春の下着泥棒を遺留品の男性用下着の傷み方から割り出した。「攻撃のSOS」では女子中学生の制服のしわから虐待を見抜き、「キラー、ファブリック」ではアナフィラキシーショック死の原因を突き止めた。「美しさの定義」では服飾学校の生徒が使ったミシンの中に残された糸くずと埃から犯人を割り出す。洋服という分かりやすいアイテムを使った物語は推理小説の入門編としてうってつけである。

No.389 6点 AI法廷のハッカー弁護士- 竹田人造 2024/05/21 18:03
舞台は、裁判官が人間から偏見を持たず正確に正義を執行するAIへと置き換わった近未来。「不敗弁護士」と呼ばれる機島雄弁は、ある事件で弁護を担当した青年・軒下智紀に秘密を握られたと思い、結果として彼を雇うことになる。彼らは近未来社会ならではの難事件の数々に挑んでいく。今のAIについて懸念されている現実の問題が作中に数多く登場する。機島はそうしたシステムの穴をついてAIを欺き、勝訴を手にする弁護士なのだ。正義を司るのは、AIと人間のどちらであるべきか。本作が提示する問いはリアルでシリアスだが、登場人物たちのコミカルな掛け合いは楽しい。人間はこれから先も自らが生み出した技術に振り回され続けるだろうが、機島の底抜けのポジティブさは、そんな宿命をも笑い飛ばす元気を与えてくれる。

No.388 5点 シークレット・エクスプレス- 真保裕一 2024/05/21 18:03
JR貨物に航空自衛隊から急な依頼があった。青森県の東青森駅から佐賀県の鍋島駅まで、特殊燃料を緊急輸送して欲しいというのだ。元運転士で、ロジスティックス本部に勤務する井澄充宏は、自衛隊の訓練輸送に携わった経験を買われ、臨時列車の編集作業だけでなく同行を命じられる。政府の強い意向を盾に、JR貨物側には徹底した情報統制を要請し、警察関係者を同乗させるなど、度を越した荷主側の態度に加え、荷は液体燃料ではあり得ないことを運転士から伝えられた井澄の疑念は募っていく。妨害工作に苦慮しながら、無事に臨時列車を走らせるために人智を尽くす井澄らJR貨物の職員たち。積み荷の正体を知るために、体当たり的な取材にのめり込む新聞記者。手段を問わず隠蔽行為を暴こうとする原発監視団体。立場の異なる三者の思惑を交錯させながら、列車の運行に従って物語はスピーディーに動いていく。製品データの改竄や隠蔽体質など、国や民間に関わらない組織のモラル低下を背景に、豊富な取材に裏打ちされた描写で、現場で働くプロたちの矜持を描いた鉄道サスペンスである。

No.387 6点 開化鐡道探偵 第一〇二列車の謎- 山本巧次 2024/04/27 18:18
高崎を出発した日本鉄道会社の貨物列車が大宮駅の構内で脱線した。何者かが列車通過中に分岐器を操作したのが原因だった。さらに積み荷の生糸の中に小判が詰まった千両箱が混じっていたことから事態は大きくなる。千両箱の発見によって埋蔵金の噂が現実味を帯びたため、前半に鎮圧された秩父事件を主導した自由党の残党や、困窮する不平、士族の一団、さらには予算不足に悩む新政府までが警視庁の警官隊を送り込み、にわかに上州の地が騒がしくなる。そして新たに集められた積み荷を納めた高崎駅の倉庫が襲われた際に、他殺死体が発見される。不穏な世情と埋蔵金の存在を背景に、殺人事件が加わって謎がさらに深まっていく。乙松の新妻・綾子が初登場して捜査に加わるのだが、何事にも積極的で聡明な彼女の存在が、物語により花を添えてくれる。彼女の言動におろおろする乙松と、それを見てニヤリとする草壁のやり取りが楽しい。鉄道をめぐる状況と時代背景がしっかりと絡み合った謎解きに加え、列車襲撃というアクションも用意された歴史ミステリ。

No.386 5点 まほり- 高田大介 2024/04/27 18:18
長谷川淳は妹のぜんそくの療養のため、都会から山深い集落にある父方の曽祖父母の家に移住してきた。ある日、一人で渓流釣りに出かけた時、奇妙な少女に出会う。赤い着物を着て尋常な様子でないその少女は、村人に拉致されるように連れ去られた。その少女に再びであったのは村の祭りだった。御神楽で篳篥を吹いている少女と目が合った瞬間、淳は心を奪われ彼女のことを調べようと決意する。並行して語られるのは社会学を専攻している大学生・勝山裕。彼は飲み会で不思議な体験談を聞く。ある同級生の友人の故郷の街ではところどころに四つ割りにした半紙に二重丸が書かれたものが軒先や町の掲示板に何気なく張り出されることがあるという。この二人がやがて出会い、二重丸の意味と少女の正体を、神社の由緒や歴史学的な見地を総合して暴いていくのだが、推理の経緯が極めて精緻なのだ。閉鎖された集落に残された因習の謎が解き明かされた時、犠牲となった少女たちの無念が晴らされる。「まほり」という言葉の意味を知った時、背筋に冷たいものが走った。

No.385 6点 消えた警官- 安東能明 2024/04/07 18:25
小幡巡査部長が突然失踪してから二年が経過した。当時二十九歳、昇進し、希望する部署への異動が叶ったにもかかわらず、ほどなく行方をくらましてしまったのだ。一体何が彼に起きたのか。その彼が三年前にパトロール先に残していた多数のメモが今になって発見された。柴崎警務課長代理は二人の仲間と共に小幡失踪の真相を追いつつ、ひき逃げや老人ホームでの不審死、交通事故、女子高生殺人事件などを解決していく。そうした彼らの活動を、四つの短編で描いている。単純そうな事件の奥に潜む、如何にも人間的でなお且つ病んだ心理をきっちりと炙りだす。その上で、最終話で小幡の物語を決着させ、締めくくる。全体で一つの物語としてもよく出来ている。

No.384 5点 石を放つとき- ローレンス・ブロック 2024/04/07 18:25
収録作にはいずれも、私立探偵マット・スカダーが登場する。かつてはニューヨーク市警の優秀な警官だったが、強盗に向けて放った銃弾が跳ね、少女の命を奪ってしまったことから職を辞し、罪の意識を拭えない酒浸りの日々を送る哀しき探偵だ。八十代のスカダーが手掛けるのは、大きな事件でも命を危険にさらすような案件でもない。元コールガールである妻のエレインが、売春経験者の女性のための匿名プログラムで知り合ったエレン・リップスコームの悩み、客だった名前もわからない男からの脅迫を解決するために乗り出す内容は、極めてシンプルだ。ところが、とりとめのない会話は心地良いリズムを刻み、長年大都会で生きてきた人間の経験と振る舞いそのものが物語となって味わいを醸し出している。

No.383 7点 透明人間は密室に潜む- 阿津川辰海 2024/03/15 18:54
いずれも能力や立場の面で有利さを持った人が、物語の中心になっている。だが、彼らは有利なだけでなく不利も抱えている。透明人間の体は透き通っているが、表面に汚れが付けば浮いて見えるし、武器を持てば存在を知られてしまう。裁判員は他の一般人とは異なり、事件関係者の今後を左右しうる立場にあるが、結論以外の議論の過程を公開してはならないという制約を負う。探偵事務所に勤める耳が異常に良い探偵は、残念ながら頭の回転まで良いわけではなかった。このため、彼女が聴覚から得た手掛かりを元に、所長が推理力を発揮するという段取りを必要とする。船上で進む脱出ゲームでは次々に問題が出され、主人公の招待プレイヤーはそれらを解く能力を持っているはず。だが、彼は子供とともに船内の一室に閉じ込められ、そこからの脱出に力を注がなければならない。各作品のキモは、それらの有利と不利のバランスが、どのように移り変わっていくかにある。物語の進行によって有利だったことが不利になり、不利が有利になるといった皮肉な逆転も生まれるのが面白い。一作ごとに設定に工夫を凝らして描いていることは評価されるべきでしょう。

No.382 5点 馬鹿みたいな話! 昭和36年のミステリ- 辻真先 2024/03/15 18:54
駆け出しのミステリ作家・風早勝利は、国営放送局に入社した旧友の大杉日出夫から仕事を依頼された。若手ディレクター四人によるオリジナルミステリドラマの競作が企画され、大杉が演出を担当する回の脚本を書くことになったのだ。脚本は完成し放映当日の夜を迎え、撮影は順調に進んでいたが、なぜかヒロイン役の歌手が再登場しないまま、ラストシーンを迎えようとしていた。テレビの本放送から八年経った昭和三十六年。ビデオテープは登場したが、ドラマのほとんどが生収録・生放送という綱渡り的な作業で製作されていた。そのような状況下、スタジオの中で殺人が起きた。人の出入りのない本番中のスタジオは完璧なクローズドサークルだ。そしてスタジオ内にいた関係者全員の疑いが晴れれば、難攻不落の密室になると風早は語る。主演不在の中、知恵を絞ってドラマを完成させようと奮闘する関係者の行動をスリル満点に活写する。同時にこのシーンは、容疑者を排除し密室の謎を際立たせる効果的かつテクニカルな描写にもなっていることに驚かされる。当時の人気番組、実在の俳優、歌手などへの言及も楽しい。

No.381 6点 オレだけが名探偵を知っている- 林泰広 2024/02/27 19:17
秋山の義理の姉が事故で入院した。義姉の夫である新川昭男は、出張中のことで連絡がつかない。出張先を知ろうと秋山は新川の勤務先を訪問するが、一切の情報提供は拒否された。なぜそこまで頑ななのか。その日はたまたま非番だったが、警視庁捜査一課の刑事である秋山は、新川の勤務先について調べ始めた。すると会社の創設者がかつて山賊であったことなど、怪しい情報がいくつも出てきた。という具合に、秋山が新川の行方についてあれこれ推理するのだが、それは本書で繰り広げられる推理のほんの一部に過ぎない。例えば、名探偵って一体何なんだ、という思考もあれば地下の巨大密閉空間の有無や、そこを訪れたとする胡散臭い手記の真贋も推理される。五人の社長候補と一人の名探偵による心理戦が火花を散らしたりもする。そのすべての局面において、登場人物たちは知恵を絞り続けるのである。目的を達成するために、生き延びるために、殺すために。それによって日本のオフィスから地下迷宮、さらにアメリカあるいはカナダ、そして政情不安な南の国へと引きずり回される。読書中は着地点が全く見えないのだが、作者は鮮やかに着地させた。脳が痺れるほどの濃密な刺激を満喫できた。

No.380 7点 TOKYO REDUX 下山迷宮- デイヴィッド・ピース 2024/02/27 19:17
上層部の命を受けたGHQの捜査官スウィーニーが、揺れ動く下山事件を担当する中で、見え隠れする謀略機関の影とともに深い闇に呑み込まれていく第一部「骨の山」。東京オリンピックを目前に控えた一九六四年六月、元刑事である私立探偵の室岡が、行方不明となっている探偵小説家の捜索を依頼され、あの下山事件へと引き寄せられていく第二部「涙の橋」。昭和の終わりも近い一九八八年秋から冬にかけて、かつてCIA工作員として日本に派遣された翻訳家ライケンバックに、下山事件によって運命を狂わされた過去が築づく第三部「肉の門」。物語は、東京を舞台にした三つの時代のエピソードで構成されている。東京在住の英国人である著者が虚実取り混ぜた暗黒小説としてものした本作は、日本人によるこれまでの実録・小説にはなかった妖しく深遠な異形の「下山事件」を映していて斬新。資料や記録だけでは掬い切れなかったもの、日本人の視点では目が届かなかった領域が文学によって現出する様に終始圧倒され、心奪わえれるような興奮を覚えた。

No.379 7点 インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー- 皆川博子 2024/02/04 18:26
十八世紀の英国を舞台に解剖教室のメンバーたちの活躍を描いた「開かせていただき光栄です」、「アルモニカ・ディアボリカ」の続編。新大陸の入植者たちは、イギリスからの独立を目指す愛国派と、植民地維持を支持する国王派に分かれ、激しい戦いが繰り広げられていた。弱小新聞記者のロディはある有力者に頼まれ、収監中の囚人のもとを訪れる。なぜ彼が大地主の息子アシュリー・アーデンを殺したのかを訊くために。ロディの手元にはアシュリーが残した手記があった。だがそれを読んだ英国補給隊隊員のエドワード・ターナーは、手記におかしな点があることに気付くのだ。対立する両派だが、頭にあるのは自分たちの利益のみで、先住民の存在など歯牙にもかけようとしない。有力者の息子ということで、あからさまな差別は受けないが常に侮られ、モホークの文化を愛しながら白人社会の文明からも逃れられないアシュリー。何が真実で何が虚偽なのか、複雑な心情を抱いているアシュリーの信頼できない手記を介して、アメリカ独立という美名に隠されたおぞましい一面を、謎解きと共に浮かび上がらせる。繊細にしてダイナミックな物語である。

No.378 4点 サファイアの春- ジルベール・シヌエ 2024/02/04 18:26
一四八七年のトレド。キリスト教異端審問所の最高議会で、隠れユダヤ教徒アベンが有罪の判決を受け火刑になった。数日後、ユダヤ教徒サムエル、イスラム教徒イブン、キリスト教徒バルガスの三人に、アベンからの暗号が届く。「神のメッセージ」が隠された秘宝の隠し場所を示していた。暗号を解読しつつ、動乱のイベリヤ半島を旅する三人を、異端審問長官の執拗な追跡が続く。現代でも中世そのままのトレド、イスラムの砦としてキリスト教とせめぎ合うグラナダ等、スペイン独特の風土を背景に、世界三大宗教の聖典、史実が溢れた謎解きは楽しい。だが、神の遺した究極のものを探すという話の結末は、どうしても尻つぼみになりがち。さらに歴史ものには欲しい重層した人物描写の重みや葛藤が希薄で物足りず、懐かしい宝探し冒険譚に終わっている。

No.377 8点 この本を盗む者は- 深緑野分 2024/01/15 17:21
舞台は「書物の街」として全国的に知られる街。そのアイコンとして位置づけられているのが、地下二階から地上二階まで厖大な稀覯本がぎっしりと詰まった書庫・御倉館だ。ある日、管理人一家の娘・深冬が御倉館に足を踏み入れると、眠っている叔母の手に紙の御札らしきものが握られていることに気付く。「この本を盗む者は、魔術的現実主義の旗に追われる」。実は御倉館の全ての本には呪いがかけられており、どれか一冊でも盗まれると、街全体がそれぞれの物語の世界に変貌してしまうのだという。盗まれた本を取り戻さない限り、街は元に戻らない。かくして深冬は、呪いの発動と同時に現れた不思議な犬少女・真白をバディに、様々な物語世界を冒険しつつ、事件解決へ奔走することになるのだ。真珠の雨が降る冒頭のマジックリアリズム的な世界に始まり、ハードボイルドからスチームパンク、そして「奇妙な味」と呼ばれる世界へ。発動した物語のジャンルごとに目まぐるしく鮮やかに変わっていく街の景色は、そのまま読者の悦びに満ち満ちている。加えて、やさぐれた探偵と素直でもふもふの相棒というコンビの妙にもニヤニヤが止まらない。深冬は曾祖父の代から蒐集家として名を馳せる御倉の家に生まれついたものの当人は本が嫌い。彼女が血の呪いによるトラウマから解き放たれ、自分自身の内側の感情と向き合っていく過程も、この物語の核となっている。他にも、盗難被害に頭を抱える書店のシビアな現状など、本と人との生活をめぐる現実的な問題もあちこちに織り込まれている。その複雑な陰影が、荒唐無稽なファンタジー世界に確かなリアリティーを与えている。

No.376 5点 氷の致死量- 櫛木理宇 2024/01/15 17:21
聖ヨアキム学院中等部に赴任した英語教師の鹿原十和子。彼女は着任早々、十四年前に学内で殺された戸川更紗という教師との類似を指摘される。十和子はその後、更紗とのもう一つの共通点の存在を疑う。彼女も自分と同じくアセクシャル、つまり無性愛者だったのではないかと。十和子は、学校でも家庭内でも問題を抱えつつ、未解決の更紗の死に関心を深める。本書は、そんな十和子の描写に並行させて、殺人鬼の八木沼の行動を読者に克明に示していく。十和子にのしかかる心理的圧迫と、八木沼による醜怪な猟奇殺人の連続が合流する刺激は強制無比。様々な家族像を示し、さらに終盤で十和子に対する犯人の意外な言動を示すことで、善悪や正常異常の判断基準を読者に問う。

No.375 7点 あやかし草紙 三島屋変調百物語伍之続- 宮部みゆき 2023/12/24 14:02
忌まわしい神を呼び込んでしまい家族が不幸に見舞われる「開けずの間」、亡者を起こす声を持つ女性が姫君に仕える「だんまり姫」、面を監視するという奇妙なお役目の「面の家」、百両で写本を請け負った浪人の数奇な運命が語られる表題作、三島屋の長男が子供の頃に出会った不思議な猫の話「金目の猫」の5編。宮部みゆきの怪談の真骨頂は、恐怖より悲しみが前面に出てくるという点にある。なぜ途中で引き返さなかったのか。なぜ間違いに気付けなかったのか。彼らの弱さや狡さ。誰でも心の持って行き場を間違えることはある。怪異そのものより、人の後悔を描き出すので宮部みゆきの怪談は、悲しく優しいのである。だがそれだけではない。自分の弱さや狡さが起こした出来事ならなおさら、人には話せない。けれど三島屋の百物語は聞いたら聞き捨て、その場限りで外に漏らすことはない。誰にも言えず心にわだかまっていた出来事を、おちかに聞いてもらうことで、客はその重石を下す。つまりカウンセリングなのだ。

No.374 5点 償いは、今- アラフェア・バーク 2023/12/24 14:02
ニューヨークで三人の男女が射殺され、事件現場近くにいたジャックという男が逮捕された。被害者のうち一人は、三年前にジャックの妻を殺した犯人の父親であり、動機は濃厚だ。そのジャックの弁護を、彼の元婚約者だったオリヴィアが引き受ける。オリヴィアはジャックのことを知っているという自信から、彼の無実を信じて事件の調査を進めてゆくが、ジャックの亡き兄の相棒だった刑事からは、ジャックにはダークな一面があったと忠告される。後半は、ジャックに有利な状況になったかと思うと、いきなり形勢が逆転するというシーソーゲームが繰り返される。同時にジャックは無実なのか、それともやはり真犯人なのかと同情と不信の両極端に振り回される。いくつものどんでん返しの果てに着地する真相は納得度が高い。

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