皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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猫サーカスさん |
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平均点: 6.18点 | 書評数: 427件 |
No.427 | 6点 | 審議官 隠蔽捜査9.5- 今野敏 | 2025/06/14 19:48 |
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大森署から神奈川県警へと居場所を変えながら混沌とした警察社会を正論によって照らし出す主人公・竜崎と彼にまつわる人物たちを各々主人公に据えた九編の作品が収録されている。竜崎が去った大森署において、新任の署長が着任するまでの狭間で起こった難事に副署長と警務課長が「竜崎イズム」をもって対峙する冒頭の「空席」からして痛快。彼らは竜崎だったらどうするかと考えながら状況に対処していくのである。妻の冴子がふと起こった既視感に頭を悩ませる「内助」、息子の邦彦が怪しげな白い粉末を預かることになる「荷物」、娘の美紀が会社での悩みを抱えながら駅での痴漢トラブルに巻き込まれる「選択」。いずれも短い話の中で興味の「核」を浮かび上がらせていく手腕に唸らされる。例えば「専門官」において提示される、腕はいいが階級が上の人間から常に問題視される刑事をどのように新任の刑事部長に会わせるのかという、いかにも警察組織ならではの命題が絶妙で、良質なサスペンス小説の味わいに満ちている。 |
No.426 | 5点 | 禁断領域 イックンジュッキの棲む森- 美原さつき | 2025/06/14 19:48 |
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主人公の父堂季華は、霊長類学を専攻する修士課程の大学院生。彼女はある日、指導教員の黒澤教授から、世界的に貴重な類人猿ボノボの生態調査のため一緒にコンゴに行ってほしいと告げられる。だが、スポンサーであるアメリカ企業のエリート社員、未確認生物の研究に熱中したため学界を追放されたマッドサイエンティストなど、調査隊のメンバーは呉越同舟状態。しかも、彼らの周囲にはボノボ以外の生物の気配があった。季華はとにかく勝ち気で傍若無人。猿が大好きだが人間には全く興味がない性格で、調査隊に参加してからも周囲と揉めてばかり。だが、そのトラブルメーカーぶりはどこかコミカルで憎めない。そんな独自の価値観を持つ彼女は、人間を惨殺してまわる謎の類人猿相手の壮絶なサバイバルを通して、人間とそれ以外の霊長類の違いとは何かを問い掛ける。迫力満点のアクション描写のみならず、ミステリ的な捻りもある秘境冒険小説。 |
No.425 | 7点 | ループ・オブ・ザ・コード- 荻堂顕 | 2025/05/28 19:17 |
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舞台は近未来。特定の少数民族の身を殺害する生物兵器を使用したため、抹消されたとある国。歴史も名前も文化も剝奪され、イグノラビムスという国名を与えられ、全権を国連が握ったその国の児童たちの間で謎の病が発生。突如、長時間にわたり身体を丸めてコミュニケーションを断絶し、食事を拒否して衰弱していくという。世界生存機関(WEO)の現地調査要員のアルフォンソは現地に赴き、情報分析専門官や医師らと調査を進めていく。と同時に、アルフォンソはWEO事務局長から極秘任務も言い渡される。生物兵器の生みの親の博士と兵器の行方も追うことになる。国家的、民族的アイデンティティが奪われた国や、近未来の設定がよく練られていて引き込まれる。近未来的ツールやシステム、謎の病の調査方法なども非常にリアル。ただ、ここで描かれる内容は、現代の自分たちの日常に深く関わってくるものである。アイデンティティとは何か、優生思想や家族問題や男女格差、様々な差別と偏見、科学と民間信仰、さらには国際機関のあり方まで。それらの問題を、アルフォンソが自分事として向き合っている点も魅力だ。ある事情から故郷と家族を捨て生きた彼は、同姓の恋人から生殖補助医療を利用して子供が欲しいと持ち掛けられて同意できずにいる。難しい案件に取り組む中で、彼の中にどんな変化が生まれるかも読みどころとなっている。 |
No.424 | 5点 | ロング・アフタヌーン- 葉真中顕 | 2025/05/28 19:17 |
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2020年の年末、新中央出版の編集者・葛城梨帆のもとに、志村多恵から原稿が届く。梨帆はその名前を見て、七年前に主催していた短編新人賞で最終選考に残ったことの記憶が甦る。梨帆はその作品「犬を飼う」に惚れ込むがあえなく落選。今回の原稿は「長い午後」というタイトルで、七年前を舞台にした「私小説」だった。序盤からは想像もつかない展開を見せる。二つの作中作に驚かされたし、「犬を飼う」が落選作らしく「稚拙」なところも芸が細かく、徐々に炙りだされる梨帆の人生にも共感と反感という相反する感情を抱く。梨帆と同じく「長い午後」の魔力に搦めとられた読者も、作中の出来事が現実なのか虚構なのか、判然としないことに慄然とし、手の込んだミステリでことに気づかされる。女性心理と物語が持つ力を描き切った作者の力に感嘆。 |
No.423 | 7点 | 鈍色幻視行- 恩田陸 | 2025/05/10 18:30 |
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飯合梓の「夜果つるところ」は、謎に包まれた作家の代表作であり、三たび映像化が試みられるも必ず死者が出て頓挫してしまう、いわくつきの小説としても知られていた。小説家の蕗谷梢は、この呪われた作品を取材すべく、再婚相手である雅春に誘われるかたちで、豪華客船ツアーに参加する。そこには当時の映画関係者や担当編集者、飯合梓マニアの漫画家ユニットなどが乗船しており、取材をするには絶好の機会だったが、梢にはひとつ気掛かりなことがあった。雅春の前妻である脚本家の笹倉いずみは、映画「夜果つるところ」の本を完成後、自ら命を絶っていた。なぜ夫は、そのことについて語ろうとしないのか。梢と雅春、二人の視点で進行する物語は、取材相手の語りによってますます謎を深めていく。映像化のたびに起こる不慮の事故は、呪いか、何者かによる作為的なものだったのか。飯合梓とは、どんな人物だったのか。次から次に飛び出す知られざる逸話と疑惑、そして新たな解釈に加え、映画、小説、創作者の内面、読者や観客の存在といったものから、死生観や形に囚われない愛など、縦横に話題が拡がるめくるめく内容は、底の知れない大きな物語に深く呑み込まれる畏れと悦びを存分にもたらしてくれる。多彩な人物たちと様々な要素が次第に混ざり合い、タイトルの濃い灰色である「鈍色」に象徴される境地へ至る展開には、ただただ圧倒されるしかない。終盤、梢が皆を前にして語る仮説に息を吞み腑に落ちる。 |
No.422 | 7点 | 卒業生には向かない真実- ホリー・ジャクソン | 2025/05/10 18:30 |
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大学入試を控えるピップことピッパ・フィッツ=アモービの周囲で、不審な出来事が相次ぐ。路面に白墨で描かれた頭のない五つの棒人間、頭を切り落とされて私道に置かれた鳩、メールとツイートで繰り返し届く「きみが行方不明になったら、誰がきみを探してくれるのかな」という意味深長な質問。自分はストーカーにつきまとわれている。そう確信したピップは調べにより、この一連の出来事が六年前に連続殺人事件の被害者の身に起きていたことと類似していると気が付く。だが「DTキラー」と呼ばれた犯人はすでに逮捕されていた。終始緊迫した空気に覆われていて目が離せない。ある箇所で、そこに書かれているのが何かの間違いではないかと目を疑い、絶句するしかない場面が訪れる。そしてそこから始まる展開に、作者の真の凄みを見せつけられることになる。本作は、推理力に長けた若者の謎解きで切り拓くことの出来ない極限状態にどう向かうのかのミステリであり、法の外側でしか見つけられない正義についての物語といえる。 |
No.421 | 6点 | 完全なる白銀- 岩井圭也 | 2025/04/16 19:22 |
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二〇二三年一月、フリーカメラマンの藤谷緑里は、米アラスカで友人のシーラと合流し、標高6190メートルの北米最高峰テデナリに登頂する準備を進める。実は、シーラの幼馴染で緑里の親友であるリタ・ウルラクは、七年前に冬季デナリを単独登頂を果たした初の女性だったが、無線で登頂の報告をした直後に行方不明となった。すると、山頂に登頂したと言い張っているだけではないかと、リタへの疑惑がメディアで巻き起こる。緑里が冬季デナリに挑戦する動機は、リタが山頂で見たと無線で言い残した「完全なる白銀」を撮影し、彼女の単独登頂を証明することにあった。強風と荒天、氷点下50度からなる険しい山を女性二人が登っていく現在のパートの合間に。緑里が初めてアラスカに渡った二十歳の夏から数年おきに時を刻む、過去パートが挿入されていく。そこで語られるのは、男社会である写真の世界で戦う緑里の人生の軌跡であり、登山家として頭角を現していくリタの動機の変遷。登山家として有名になり情報を発信することで、故郷の危機に注目が集まると考えたが、途中から有名になることそのものが目的になってはいなかったか、という疑心を緑里に抱かせることで、サスペンスをラストまで持続させることに成功している。山頂に挑む最後のアタックの描写、ラストシーンの幽玄なビジョンは圧巻。 |
No.420 | 6点 | サイケデリック・マウンテン- 榎本憲男 | 2025/04/16 19:22 |
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国際的な投資家の鷹栖祐二が、東京・青山のバーで中年男に刺殺された。犯人の三宅はすぐに逮捕され、犯行も素直に認めたが、動機はあやふやなうえ、新興宗教・一真行の元信者であることが判明し、マインドコントロールされている疑いがあった。国家総合安全保障委員会の兵器研究開発セレクションの井潤紗理奈と、テロ対策セレクションの弓削啓史は警察に協力して調査に取り組み、和歌山に本部を置く「一真行」の近くで、脱会した信者たちのケアに当たっている心理学者の山咲岳志のもとに赴く。日本の現実と先取りした世界観のもとで展開されていくその世界観とは、武器輸出が解禁され、自衛隊が自衛軍と改められ、死者のない戦争状態こそが、疲弊した日本経済を活性化させる唯一の方法であることが日増しにリアルになりつつある、社会のことである。第一章の最後で井潤紗理奈が見た和歌山の山奥の光景が、殺された鷹栖祐二の半生を描いた第二章と呼応し、本書のタイトルに結びつく。現実に起きたある事件を取り込み、愛国を声高にいう者こそが売国の徒ではないかと問い掛ける。蘊蓄部分が冗長に感じるが、政治、経済、金融、情報工学から宗教、哲学まで織り込んだ博覧強記な筆致に圧倒された。 |
No.419 | 7点 | #真相をお話しします- 結城真一郎 | 2025/03/29 18:29 |
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家庭教師派遣サービスの営業担当の大学生が、ある家の母子と噛み合わない会話を交わす「惨者面談」。娘がパパ活をしているのではないかと心配しているのに、父自身はマッチングアプリでことに及んでいる「ヤリモク」。不妊に悩んでいた夫婦が子供を授かった後、夫は精子提供を始める。それにより生まれたと称する娘が現れる「パンドラ」。学生時代からの友人三人がリモート飲み会を催している最中、一人がもう一人を殺しに行くと言い出す「三角奸計」。ある時から移住組の子供たちが島の人々からよそよそしくされる「#拡散希望」。いずれの作品も語り手が、自らの置かれた状況に違和感を覚え、真実を知ろうとする展開が共通する。また、どの話も限定的な人間関係がモチーフとなっている。日常に生じたちょっとした違和感をきっかけに、隠された真相を開示していく過程が面白い。 |
No.418 | 5点 | 新宿花園裏交番 ナイトシフト- 香納諒一 | 2025/03/29 18:29 |
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交番に勤務する坂下浩介と内藤章助が、緊急事態宣言の中、カラスが我が物顔に振舞うという苦情を受けたことで始まる。巣のあるビルの屋上には何者かの白骨死体が。一方、ホステス通り魔事件が起こり現場の老朽ビル群は、再開発を巡って反社不動産同士が角逐を繰り広げ、加えて所轄署では官公庁初のクラスターが発生。周囲の署が連携する不規則な体制で捜査が進められることとなった。また、白骨死体と関わる組事務所にコロナウイルスが持ち込まれ、組員全員が発症していた。ミニバンの爆発、置き配の盗難、何人もの間を転々とする黄色ブドウ球菌とコロナウイルスの入った試験管、二年前の大量のパソコン盗難等が緻密に絡み合い、整合性を持ってラストへ収斂していく様は見事。 |
No.417 | 7点 | リバー- 奥田英朗 | 2025/03/08 17:47 |
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二〇一九年五月、群馬県桐生市の渡良瀬川の河川敷で若い女性の全裸他殺死体が発見される。その捜査も進まない五日後、栃木県足利市の同河川敷でやはり若い女性の全裸他殺死体が発見される。両市では、十年前にも千野今日子事件が相次いで起きており、未解決になっていた。犯人は十年前と同一なのか、それとも模倣犯か。この渡良瀬川連続殺人事件を巡り、刑事、記者、犯罪被害者、それぞれの視点から物語が織り成される。物語の主流は両県の刑事の捜査劇。刑事個々の造形もさることながら、一敗地にまみれた地方警察のリベンジ、捜査を取り巻く周辺人物のドラマが読みどころとなっている。サイコな池田清をはじめとする新旧の容疑者たちや犠牲者家族の松岡、引退刑事の滝本、さらには中央紙の若手女性記者・千野今日子、変わり者の心理学者・篠田といった人々。とりわけ印章に残るのは、まず犯人逮捕が執念を燃やし続ける松岡だ。警察に目を付けられようが、自分の目がいかれかかっていようが、ものともしない暴走ぶり。人々の出入りの激しい北関東を舞台に、圧巻の群像劇に仕立てられている。ところが疑惑の人物からの内面は、作者の構築した精密な世界の中に、あえて残した空洞のようにつかめず、彼らの行動や仕草から想像することしかできない。人間には共有したくない感情、見せたくない顔がある。作者はそれを巧みに描かないうえで、ディテールを積み上げる。本書がベースにしているのは、一九七九年以降、断続的に発生、未解決になっている北関東連続幼女誘拐殺人事件だろう。現実の事件とは違えど、このドラマが現代社会の一端を切り取っているのは間違いない。 |
No.416 | 6点 | 霧をはらう- 雫井脩介 | 2025/03/08 17:47 |
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物語は高校生・由惟の視点から始まる。妹の紗奈が入院する小児病棟を訪れた彼女は、どこか抜けているところがある母の野々花にうんざりする気持ちを隠せない。同室の子に対するおせっかい、その母親との諍い、さらにはナースステーションに勝手に入ったり、紗奈の点滴の速度を勝手に変えたりと、看護助手経験のある母の周りでは小さなトラブルが絶えない。そんななか、由惟の目の前で異変が起きる。女児二人が死亡、別の子供一人は重い後遺症を抱えることになった小児病棟点滴死傷事件が発生したのだ。犯人として逮捕されたのは、由惟と紗奈の母親だった。母子家庭の小南家は、野々花の逮捕と同時に娘たちの生活が一変、友人も離れ、近隣住民からは嫌がらせが続くようになる。大学進学をあきらめ就職した由惟は職場で壮絶なハラスメントを受け、紗奈は学校でいじめに遭い不登校になってしまった。丹念に描かれるのは弁護士の伊豆原の地道な足跡。そこに籠る彼の熱は読み手にも伝導してくる。検察側が何をどう裁判で証明するか、弁護側も何をどう主張するかという予定を互いに明かし、裁判をスムーズに進められるようにする、言わば裁判員裁判の舞台裏。そこでの攻防は裁判とはまた違った凄まじさがある。法廷ストーリーに奥行きをつくっているのが、心理描写。伊豆原と同様、由惟の信条の変化も細やかに紡ぎ出されていく。そこに社会問題ともなっている冤罪という要素も絡んでくる。クライマックスの裁判シーンでは、ある人物の言葉によってまさに「霧をはらう」ような驚きの展開が待っている。 |
No.415 | 5点 | 狐小僧、江戸を守る- 柿本みづほ | 2025/02/13 19:07 |
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時は江戸。上野の禅寺・太福寺で住職と暮らす十四歳の弥六は、妖怪と人間の間に生まれた、いわゆる半妖の子だ。弥六の父・白仙は、七年前に突然妖怪たちを引き連れて江戸を襲撃し多くの人命を奪った、江戸で語り継がれる「白仙の乱」を引き起こした妖狐である。それまでは、幕府と盟約を交わし、陰ながら江戸を守る存在だったはずなのに。この事件以降、江戸の人々は妖怪を恐れ憎むようになった。人間と妖怪双方の血を引く者として、成すべきことは何か。力持ちだが、あとは何の変哲もない若者とみられていた弥六は、白仙の残した禍根と、人間と妖怪の間に横たわる溝を埋めるべく、狐面を被り、カラスの姿で暮らす烏天狗の黒鉄をバディとして夜空から江戸を見廻っているのだった。狐面は、いつしか狐小僧と名付けられ義賊として町人たちの人気を集めることになる。本書は、短編四編で構成されていて、いずれも人間と妖怪が感情の表裏であることが物語の肝となっている。妖怪はみな、元は神であり、それは人間が創り出したものである。人間が畏れと敬いを忘れ、神を矮小なものへと貶めたことが妖怪を生み出したのだ。物語が進むにつれ、人間と妖怪の溝が少しずつ縮んでいくが、再び人間と妖怪がともに平穏に募らせる世を創ることが出来るのか。魅力的なキャラクターが多数登場するが、最後の一編で「妖怪はもちろん人間すらも信ずるに値しない」と言い切る孔雀組の隠密同心・南條明親が登場する。宿敵の登場をラストに持ってきたということは、シリーズ化をきたしても良いという事だろうか。 |
No.414 | 6点 | 私たちはどこで間違ってしまったんだろう- 美輪和音 | 2025/02/13 19:07 |
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東京から三時間以上かかる夜鬼町は、辺鄙な田舎町である。人工は少ないが、町民たちは家族のように仲がいい。だが秋まつりの広場で起きた事件によって、全てが変わる。配られたお汁粉に農薬が混入されていたのだ。これにより、主人公の真壁仁美の母親が死んだ。仁美には、岸田修一郎と景浦涼香という幼馴染がいる。その修一郎の妹と涼香の弟妹も死んでしまった。無差別殺人課、被害者の誰かを狙ったのか。とんでもない事件に町は揺れ、人々は疑心暗鬼に陥る。修一郎引っ張られて仁美は犯人を見つけようと、町民たちに話を聞いて回る。四年前に起き、死人まで出た少女誘拐事件は、今回の件に関係あるのか。犯人像は二転三転し、町ではさらに騒動が続くのだった。本書のプロローグで、監獄実験に触れられている。看守役と囚人役を学生に演じさせることで、人がどうなるかを検証した心理実験だ。これがあるからだろうが、本書のテーマは「囚われる」ことだと感じられる。なぜなら町民たちは、物理的にも精神的にも囚われているからだ。誰が犯人か分からず、町民たちの不安は募る。そして少しでも怪しい人がいれば犯人と決めつけるのだ。疑いが晴れれば、また別の人を犯人と思い込む。夜鬼町で生きるしかない人々にとって、町そのものが監獄になってしまっているのである。一方で人々は、精神的にも囚われている。仕方がないとはいえ、視野狭窄となった人々の言動は、どんどんエスカレートしていく。中盤で意外な事実が明らかになるが、それさえも吞み込んで騒動は収まらない。人々の心が、暗い部分に囚われているからなのだ。その渦中で仁美は、何を思うのか。異様な迫力に満ちた終盤の謎解き場面を経て、明らかになった真相に驚かされた。それと一緒に示された希望に救われた。 |
No.413 | 8点 | 恐ろしく奇妙な夜- ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ | 2025/01/25 17:45 |
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収録作はジャンル多種多様、不可能犯罪を扱った本格ミステリから、SF、ホラーに含まれる作品まで扱い、広い範囲のエンターテインメント作家であったことが窺えるが、単に器用という域にとどまっていないと感じさせるのは、極めて癖が強い文体が原因だろう。熱に浮かされたような異様な雰囲気を漂わせているが、それが作品の狙いを覆う目くらましになっていたりもする。また本書を通して、しばしば小説家や脚本家など創作に関わる職業の人物が主人公で、しかも創作過程そのものがプロットと絡み合っている場合も見られる。最も出来が良いのは「わたしはふたつの死に憑かれ」だろう。作中作に描かれた過去の変死事件に「ぼく」が再び向かい合うという展開だが、他の書き方なら印象が薄い作品になっていた可能性もあるところ、この構成と文体を選んだことによって鮮烈なサプライズエンディングの演出に成功している。 |
No.412 | 6点 | 数学の女王- 伏尾美紀 | 2025/01/25 17:45 |
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北海道・札幌創成署の沢村依里子が道警本部付に異動早々、新札幌に新設され手間もない北日本科学大学大学院で爆破事件発生。沢村は何故か捜査一課の配属となる。事件は学長・桐生真宛に仕掛けられた爆発物によるものでテロ事件として公安も絡んでくるらしい。沢村たち特捜五係も待機するが捜査はなかなか進まず、遂に警察庁刑事局長直々のテコ入れがあり、五係にも特命捜査の命がくだる。沢村は班長として女性学長に会いに行くが、桐生は人の恨みを買うような人物ではなかった。大学院出身で博士号を持つ異色の刑事沢村の活躍を描いた警察捜査小説であるが、前半は捜査の進展より沢村の人事を含めた警察組織の動向が読みどころ。個性豊かな五係の面々のやり取りといい、様々な権力争いを背景にした人事劇の様相といい、差別感情露な男組織特有の嫌らしさといい読み応えがある。ミステリとしては、「ジェンダーバイアス」をキーワードにした巧みな誘導にしてやられた。爆弾テロものとしても迫力十分。 |
No.411 | 5点 | クラックアウト- 長沢樹 | 2025/01/04 18:31 |
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池袋の北口一帯がチャイナタウン化しているとよく言われるが、本書では一歩進んで、中国系反社組織・玄武と暴力団・久和組が抗争したあげく支配者なき「空白領域」になっている設定。だが今、シェンウーの会長が死に瀕し、跡目争いが表面化しつつある中、アイドル出身の女優がシェンウー子飼いの殺し屋・送死人によって殺されたことから新たな抗争の火ぶたが切って落とされる。物語の視点人物は主に二人。その構想を取材するライターの三砂瑛太、女優殺しとそれに続く一連の事件を追う警視庁組織犯罪対策部特別捜査隊の鴻上綾。三砂はだが五年前、組織の麻薬流通ルートを壊滅させたことでシェンウーに捕まり送死人にさせられていたのだった。一方、鴻上はその五年前の事件で父親が殉職しており、彼が追っていた送死人を目の敵にしている。追う者と追われる者が織り成すシンプルな対決劇のようだが、そこに第二の暗殺者が現れて場をかき回し始めるので、事態は混迷を深めていく。アクション演出の切れ味、送死人が犯行に謎を凝らしたハウダニットとフーダニットの妙が楽しめる。 |
No.410 | 5点 | 明智卿死体検分- 小森収 | 2025/01/04 18:31 |
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作中の「日の本」は、本能寺の変あたりから現代の日本と異なる方向に歴史が分岐したらしいパラレルワールド。明治維新も存在せず、幕府は織田・羽柴・徳川の三家が持ち回りで将軍に就く習わしになっている。織田家家臣の権刑部卿の・明智小壱郎光秀と、上級陰陽師の安倍天晴は、皇帝の別邸である蒲生御用邸で起きた怪事件を捜査することになった。四阿の内部を満たした雪に埋もれた男の死体が発見されたのだ。かかる異常な犯罪を成し遂げるには、中級陰陽師でも可能な術と、上級陰陽師でなければ不可能な高度な術とがあるらしい。作者自ら冒頭で明かしている通り、本書は「魔術師が多すぎる」など、科学の代わりに魔術で文明が成り立っているランドル・ギャレットの一連の作品にインスパイアされたものである。作中では日本古来の陰陽道も魔術のプログラミング言語の完成によって世界中の魔術と互換性があり、天晴も陰陽師でありながら海外でマスター魔術師の資格も取っている設定だ。関係者たちの政治的思惑の隙間をすり抜けるような謎解きのスリリングさもさることながら、全編に散りばめられたミステリやSFの先行作へのオマージュも遊び心たっぷりの楽しい一冊。 |
No.409 | 5点 | 繭の季節が始まる- 福田和代 | 2024/12/13 18:19 |
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新型コロナに端を発するウイルスの相次ぐ世界的流行に対抗すべく、日本では政府が定めた期間は外出が禁じられ、巣ごもりが強制される「繭」というシステムが生まれた。とはいえ、その期間でも「繭」の外で働かなければならない人々もいる。警察官の水瀬アキオもそんな一人であり、互いに感染の可能性がある人間の同僚とは仕事ができないため、期間中は咲良と名付けられたAI搭載の猫型ロボットを相棒としている。限られた職種の人間以外は外出しないのだから、「繭」の期間は犯罪が少なくて警察官も暇だろうと思いきや、不審な状況での遺体の発見、食品工場への侵入事件など、アキオと咲良は様々な出来事に遭遇する。「繭」への反対運動を繰り広げる者もいるし、「繭」から疎外されたり「繭」の期間延長を告げられたりして精神のバランスを崩してしまう人々もいる。ウイルスの脅威に脅かされた時、人間の社会はどう変わり、人間の本質のどこが変わらないままなのかを見据えた小説であり、諦観の中からわずかな希望の光が射すような不思議な読み心地が印象に残る。 |
No.408 | 9点 | 禁じられた館- ミシェル・エルベ―ル&ウジェーヌ・ヴィル | 2024/12/13 18:19 |
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食品会社社長のヴェルディナージュが、マルシュノワール館という豪奢な城館に引っ越してきた。この館は、過去の住人たちに相次いで不幸が降りかかったせいでなかなか買い手がつかなかったが、ジンクスなど気にしない豪胆なヴェルディナージュが購入したのだった。だが、彼のもとには「命が惜しかったら、マルシュノワール館から直ちに立ち去り、二度と戻ってくるな」という脅迫状が届いていた。そして三通目の脅迫状が届いた夜、ついに惨劇が発生し、犯人は館から煙のように消え失せた。事件発生後、予審判事、検事代理、警視らの捜査人がマルシュノワール館にやってくる。ところが奇妙なことに、彼らが犯人だと指名した人物はみな違っていたのだ。そこに私立探偵まで介入してきて、推理合戦はますます混沌としてゆく。果たして誰が真犯人で誰が本当の名探偵なのか。複数の探偵役がそれぞれ異なった仮説を提示するというのは、多重解決ものとして今ではお馴染みの趣向である。英米型ロジカルな本格ミステリはさほど多くないというイメージがあるフランスで、これほど推理の要素を重視した本格が戦前に書かれていたことは驚きとしか言いようがない。 |