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人並由真さん
平均点: 6.32点 書評数: 2002件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.13 5点 クルーザー殺人事件- 草野唯雄 2024/03/03 05:54
(ネタバレなし)
 その年の五月二十四日の早朝。三浦半島は油壷のきつね浜の沖合で、豪華クルーザー「朝日号」が出火した。火元のキャビンは外から施錠されており、中からは焼死した男女の死体と、時限発火装置らしい物品の痕跡が見つかる。被害者の片方は数十億の資産を持つ元不動産業者で、捜査陣はやがて最重要容疑者と思しき人物に目星をつけるが。

 角川文庫版で読了。

 会話が多い上に活字の級数も大き目で、リーダビリティは最強。スラスラ読める。重要人物に嫌疑の目が向けられていくあたりの加速度感は申し分ないが、残りの紙幅もそれなりにあるので、これはまあ、まだ何かあるだろ、と思っていたら後半はなかなかテクニカルな方向に展開。

 ただし警察やアマチュア探偵が足で調べていく方の面白さである(一応、伏線などは張ってあるが)。それでも最後は出来が良いか悪いかはともかく、とにもかくにも謎解きフーダニットパズラーの方向に行くんだろうな~と期待していたら、とんでもない種類のサプライズが出てきてぶっとんだ。

 一瞬、これはどう受けとめるべきかとも思った&迷ったが、次の瞬間にやっぱ冷静に考えて、アレだよね……と思い直す。
 ちなみに読後にTwitter(Ⅹ)で感想を拾うと、笑う笑う。「怪作」のレッテルを貼られるのもむべなるかな、ではある。
 意外な犯人なら、驚かされればいいってモンじゃない。草野作品で某長編ミステリのまったく逆の位相の構造だよ、その辺。

 まあそーゆー意味のウラの面白さ、という意味では、けっこう楽しくはあった(笑)。読んで良かった、とは思う。評点はこんなもんだけど、価値のある? 5点か(笑)。

No.12 7点 女相続人- 草野唯雄 2023/05/14 16:16
(ネタバレなし)
 昭和40~50年代。ステレオメーカー「リズム社」の創設者兼代表で、資産45億円もの富豪・大倉政吉は、余命の短さを悟り、遺言書を作成。その遺産相続人の一角には、かつての内縁の妻・高倉美代子との間に生まれながらも、戦後すぐ遺棄した大倉の実の娘の存在が記されていた。大倉家の周辺の者が現代のシンデレラ嬢を捜すが、そんな一方で、川崎の某所では、未曽有の事態が起きようとしていた。

 久々に草野作品でも……で、どうせなら、今回は評価が高い一作を……と思って、手にした一冊。

 角川文庫版で本文380ページを超えるちょっと厚めの作品だが、内容の方もそれにあった歯応えで、最後の最後まで、読者に真相を見せずに引きずり回そうという送り手の熱意を実感できる。その辺のなりふり構わないサービス精神の発露は、正に好調なときの草野作品にこちらが期待するもの。
 中盤のイベントであっけにとられるが、なにはともあれ、フーダニットパズラーの骨子をそなえたサスペンススリラーとしては、かなり面白い。 

 とはいえ、犯人の偽装工作なんか、一歩引いてみれば、それで作戦の意味があるのかな……(だって……)とかいう気になったりもした。悪くいえば、作中人物が重大犯罪を起こす前提として、視野が狭すぎる? と感じたりもしたり。
 というわけでキズが気にならないわけではないのだけど、全体のパワフルさでは確かに、草野作品のなかでも上位の方ではあろう。草野ファンが高く評価するのも、うなずけたりする。

No.11 6点 北の廃坑- 草野唯雄 2022/05/19 14:52
(ネタバレなし)
「わたし」こと某大手企業に勤務する独身の青年・清水大三は、半年前に2年間の北海道勤務を終えて本社に戻ったところだった。そんなある日、ともに常務である小野と下田のふたりに呼び出された清水は、四国山脈にある自社鉱山「杉浦鉱山」で何か不正の収益が行われているらしいので、潜入捜査しろとの特命を受ける。それはかつて清水が大学時代にアマチュアの調査員として働いた実績があるからであった。清水は「野田四郎」の変名で、まず鉱山の外注会社でトラック輸送業の「竹内組」に就職。さらにタイミングを見て、鉱山の内部に潜入するが、そこでは想像以上の巨悪と生命の危険が彼を待ち受けていた。

 昭和44年9月号の「推理界」に一挙掲載された短めの長編。Amazonにはデータがないが、元版は青樹社から1970年6月に刊行されている。評者は徳間文庫版(男の顔の表紙の方)で読了。徳間文庫の解説は、その「推理界」の編集長だった中島河太郎が、作者のデビューとその直後の軌跡を回顧する方向で書いていて、なかなか興味深い。

 文庫版で210ページちょっとの本当に紙幅のない長編だが、もともと作者・草野はかつて「明治鉱業」に就職し、長年、愛媛県の鉱山で鉱山スタッフとして勤務していたとのことで、さすがに臨場感と細部のリアリティは凄まじい。
 推理小説の要素はあるものの、どちらかというと地下・山中の地中空間を舞台にした冒険小説寄りのサスペンススリラーで、和製ガーヴを醬油味でうっすら煮込んだらこんなのになるという感じ(特に中盤からの主人公のクライシス描写は絶妙)。後年には良くも悪くもかなり筆が軽くなる草野作品だが、初期作の本作では全体に骨太な筆致であり、その辺も妙に新鮮だった。
 さすがに全体が短い分、さほど事件の奥行きは広がらないが、それでも終盤には意外性などのサプライズはちゃんと用意されている。
 評点は7点に近いこの点数ということで。うん、やっぱり和製版の英国冒険スリラー作品の感触。

No.10 5点 犬の首- 草野唯雄 2022/04/07 06:18
(ネタバレなし)
 都内の所轄・坂下署に勤務する、45歳の柴田与三郎部長刑事、そして27歳で身長190㎝、体重105kgの高見茂作刑事。この両人に彼らの上司、木下吉之助警部を加えた同署の問題刑事トリオは、常日頃から行き過ぎた捜査で上層部を悩ませていた。現在は資料整理の閑職に追いやられている柴田と高見だが、そんな二人は近所のスーパーマーケット「富士ストア」が商業法に抵触する豪華景品つきの抽選セールをやっているということで、調査を命じられる。高見は店内のレジスター・ガール、新田利恵に接触して内偵の協力を願うが、やがて思わぬ事件が発生。事態は、大規模な惨劇へと繋がっていく。

 作者のユーモア・ミステリと謳った「ハラハラ刑事」シリーズ第一弾。元版は1975年8月に、祥伝社のノン・ノベルスシリーズとして書き下ろしで刊行。

 評者は本シリーズは第二弾『警視泥棒』を大昔に先に読んだが、なんで順番通りに第一弾のこっちから読まなかったかというと、本作のタイトルに、なんか動物虐待的な気配を感じたから。昔からそういうものを売りにする? 作品はキライなのだった。
 今回は少し前に、出先のブックオフで角川文庫版(帯付き)を100円棚から購入。まあそういうイヤンな気分で敬遠しなくてもそろそろいいか、程度の興味で読んでみた。

 話が進むにつれて悪い意味で劇画チックな、かつ大規模な犯罪計画が明らかになっていき、そのぶっとんだ内容に若干引く。
 しかし何より問題なのは、ユーモアミステリと公称しているのに、ほぼ全編ニコリともできなかったこと。いや、ああ、ここで作者は笑わせようとしているのだな、と冷えた頭で思わせる箇所は随所にあるのだが。
 むしろ、ゆがんだ犯罪者側の情念というか、シリアスな事情の方がそのグルーミーさゆえに、こちらの内なる感性を刺激した。ブラックユーモアとして受け取るならば、こっちの妙味の方がまだ笑えるかもしれない。

 途中、本当にロー・テンションで読んでいる間は、コレは4点の評点でもいいかと思ったりもしたが、後半、最後まで付き合って、まあ5点はあげてもいいかとも思い直す。ピンチを救われた高見が、恩人のじいちゃんにちゃんとしっかりお礼を言って別れる描写は良かった。あと、作者なりに最後の方で、事件(犯罪)に奥行きを出そうとしている努力のほども感じた。肝心の? タイトルの意味も、予想どおりに? 良くも悪くもインプレッシブ。

 とはいえ、草野唯雄作品で笑うのって、当人がそのつもりで書いたとかいうユーモアミステリで、じゃないよね。ご本人がマジメに著して滑った天然もののときの方が1000倍オモシロイ(その最高傑作が、あの『死霊鉱山』であろう)。
 まあそれでも本作もあれやこれやで作者らしさは感じたが。

No.9 6点 殺意の焦点- 草野唯雄 2022/02/17 14:57
(ネタバレなし)
 その年の8月23日の火曜日。酒屋の若主人・須藤信一が、店のトラックに紛れ込んでいたカバンを渋谷警察署に届ける。鞄の中には5枚のモノクロの風景写真が入っていたが、それらの写真にはそれぞれ別の日付らしい数字が書かれていた。署内のひとりの捜査員が、その日付に何か見覚えがあると気が付く。やがて署員たちは、署内の資料の新聞記事から、そのうちの3つの日付の日に、未解決の女性殺人事件がバラバラの場所で起きている事実を認めた。

 角川文庫版で読了。
 広義のフーダニットパズラーであり、同時に本庁を含む複数の警察署の捜査官たちの連携によって、話が二転三転する警察捜査小説ミステリ。趣向はミッシング・リンクもの。
 お話は好テンポで、ラストの真相も十分に意外。
 ただし、ネタが明かされると驚かされる一方で、犯罪計画を立案・実行した犯人の「神の御業への期待値」があまりに高すぎて、ソコに心底呆れる。
 これはあれだな、偶然によりかかりすぎる、甘えた思考の天才犯罪者の作戦がたまたまいいところまでいった、希少な事例のストーリーだな。それこそ何億何兆、無限の並行世界で、(中略)までしておきながら、まったく犯人の思惑にカスりもしなかった物語宇宙があるのに違いない。

 サプライズは大好きだけど、あまりに作中のリアルの説得力がないのはねー。まあ、とにもかくにも、この作品の犯人はこれでやってみようと考えて実行し、ソレで【たまたま】うまくいったのだ、と解釈すればいいんだろうけど、そこまでの義理も感じないよ。

 まあそう考えれば、作者が意外性の追求だけに気をとられるあまり、作品全体のバランスを見失ったまま一冊仕上げちゃった、割とよくあるミステリかもしれない。いかにも草野作品らしいかも。

 評点は、得点要素の方を重視して。

No.8 5点 三幕殺人事件- 草野唯雄 2021/09/10 06:36
(ネタバレなし)
 その年の12月。群馬県の温泉町・下津の温泉源がいきなり枯渇した。窮地に陥った現地の人々は、土地の顔役・松井正雄の口ききで、大手のゴルフ会社「逸見ゴルフ」を誘致し、大規模なゴルフ場の開設で町おこしを図る。だがこれに地元の「友愛老人ホーム」の所長・由利勝と入居者の老人たちが反対。大量に農薬を使って整地するゴルフ場の建設は環境的に有害と主張し、弊害の少ないスキー場の施設を代案として提出した。だがそんなゴルフ場開設の反対運動に、松井の息のかかった暴力団・星野組が嫌がらせを始めた。そんな中で由利所長が突然の死を遂げ、さらにまた周囲に死者が出る。由利所長の美人の娘・美香と、老人ホーム入居者の有志の老人4人は消極的な態度の所轄の警察をよそに、事件の真相に分け入っていくが。

 光文社文庫版で読了。
 文庫版の解説で郷原宏が書いている通り、草野の衝撃作(?)『七人の軍隊』の姉妹編みたいな内容で、中身はもうちょっと明朗なユーモアミステリ寄り(正確には郷原は解説のなかで、『七人の~』の「続編」のような作品、といっているが、設定も登場人物も関係なく、単に老人が主人公という点が共通しているだけなので、こ場合は「姉妹編」の方が呼称としては適当じゃないかと)。
 ぶっちゃけその全編のユルさもふくめて、赤川次郎の平均作とほとんど変わらない出来。

 特に暴力団に嫌がらせされた老人たちの仲間の一人に元刑事がいて、うーん、拳銃でもあればなあ、とぼやいていると、本当に天から降ってきたように拳銃が目の前に転がってくるアホな展開には、大爆笑した。
 さすが草野唯雄、この天然ぶりに敵う作家はオールタイムの日本ミステリ史上にもそうはいない。
 後半に一応はアリバイトリックらしいものも用意されているが、子供向け推理クイズのネタみたいなものである。
 
 ただしごく軽い、ユーモア(&ちょっとだけペーソス味の)ライトパズラーとしては、登場人物(特に老人たち)に一応の愛嬌があるので、楽しくは読め……ないこともない。まあ昭和最後の時期のC級ミステリとしては、それなりに愛せる一冊だ。
 万が一、こんなものばっかり読まされたらそりゃタマらんが、タマにはこんなのもイイでしょう?

No.7 5点 ハラハラ刑事一発逆転―核ジャックされた大東京- 草野唯雄 2021/01/29 06:43
(ネタバレなし)
 荒事を嫌う詐欺師のトリオ、神保太・実渕友子・青梅浩二郎は、カモのはずの金持ちの老婆・依田しげとその孫で天才児の洋一に、悪事の尻尾を掴まれた。三人組は使い込んだしげの財産300万前後の返金を要求され、数日内にそれが不可能なら警察に証拠付きで訴えると通告される。金策に躍起になる三人組は、やがて一人の中年男と接触。その中年男=野水の犯罪計画、すなわち小型原爆による日本政府脅迫、の片棒を担ぐ羽目になる。そしてそんな事態は、都内の所轄・坂下署の問題児コンビ「ハラハラ刑事」こと柴田と高見まで巻き込んで……。

 草野唯雄のユーモアコメディ警察小説「ハラハラ刑事」シリーズの第五弾。

 このシリーズは大昔、少年時代に第二作『警視泥棒』(1976年)を読んだような記憶があるが、内容はまったく失念。その後のシリーズ展開を追いかけて読みたくなるような欲求も事実上ほとんどなかったわけだから、あまり面白くなかったのだろう(草野作品のノンシリーズものは、それなりに読んでいるが)。
 今回は、数か月前にぶらりと入った都内の古本屋で本作の文庫版を見かけ、懐かしいシリーズ名が記憶に甦ってきて購入(150円だった)。そんな流れで、今日になって読んでみる。

 しかし、そういう経緯での付き合いだったので、これまでのシリーズ展開がどういう感じだったのかほとんど覚えていない、というか知らないんだけど(なんとなく和製ドーヴァー警部のバディものだったような印象だけはあった)、少なくとも今回のハラハラコンビは主人公ポジションというには語弊があり、むしろ物語の主役は<小型核爆弾を製造して政府を脅迫する>事件そのもの。
 次第に現実化してくる危機的な事態に際して、警視庁やら所轄やら公安やら無数の捜査員が動員され、そんな群像劇がそのままストーリーの中身になる。
 ハラハラコンビも、さらには犯人チームも、また物語序盤のばあちゃんと孫も、みんなあくまで多勢の登場人物のなかの一部、という感じであった。
 
 筋立てのテンポはいいが、核物質入手の捜査範囲などその枠組みでひと区切りしていいの? という違和感があるし(1980年代半ばの科学知識にしても、なんかおかしいような……)、犯人の思惑を超えた突発的事態に対してのキャラ描写とかも、随分とスーダラだったり。

 脅迫状の手掛かりを解析していく当時の鑑識技術の描写はちょっと興味深かったけど、逆に言えば作者が取材で得たソコらへんの知見と、核爆弾製作のそれっぽさ? だけを創作の芯にして、捜査ものの長編ミステリを一本でっちあげてしまったような印象もある。
 それでも期待値を高くしなければ、そこそこ面白い……かな?(汗)
 まあタマには、こんなのもいいや(笑)。

No.6 7点 瀬戸内海殺人事件- 草野唯雄 2020/07/09 05:11
(ネタバレなし)
 その年の4月。都内の企業「大和鉱業」は、愛媛の三ツ根鉱山の地質調査をT大学の教授・重枝昌光に委託していた。だが昌光の妻・恒子が東京の自宅から夫のいる愛媛に向かったはずなのに、行方が知れなくなっている。重枝教授に形だけでも誠意を見せたい大和鉱業の総務部は、重枝家とも縁があるマイペース社員の和久秋房を調査要員に任命した。会社が自分に大して期待をかけていないと認めた和久はクサるが、恒子の友人で旅行雑誌の美人ライター・尾形明美が、成り行きから彼の探偵役としての相棒になった。現地警察の了解と協力を仰ぎながら現地で調査が進むが、夫人の行方は杳として知れない。やがて関係者たちの掲げるアリバイに、意外な盲点? が見えてくるが……。

 元版(1972年の春陽堂文庫版)が出たとき、当時のミステリマガジンの新刊評で、それなりに高い評価を受けていたのを読んだ記憶がある。
 ただしこの頃はまだ文庫書き下ろしの国産新刊ミステリというのは比較的珍しい時代だったので(21世紀の今とはエラい違いだ!)、そのミステリマガジンでのレビューの最後は「(秀作・佳作ではあるが)この本は、お値段の安いのが何よりよろしい!」という感じのオチでまとめられていた。

 そういうこともあって評者は本作について長らく「面白いことは面白いんだろうけれど、あくまでお値段が安いから評価にゲタを履かされているその程度の作品?」くらいの気分でいて(笑・汗)、なかなか積極的に読む気がおきなかった(……)。
 そうしたら2年ほど前に出先のブックオフの100円棚で1987年の角川文庫版を発見。これを手にとってみると巻末の解説をあの瀬戸川猛資が担当しており、例によってすんごく面白そうに書いてある。
 というかこのヒトが草野作品の解説を書いていたこと自体軽くビックリだったのだが、じゃあ今度こそ読むかと、その本を購入してきた。
 そっから(ブックオフで角川文庫版を買ってから)およそ2年ほどさらに時間が経ったのは、入手したら入手したで「そんな瀬戸川猛資がホメている(らしい)草野作品、そりゃあ貴重だ」と、今度は読むのがもったいなくなってきたため(笑)。まあ例によって旧作との評者のややこしい&面倒くさい付き合い方は、いつも通りである(汗)。

 でもって本当に特に大きな期待もかけず、まったくの白紙の気分で読んだのだけれど、個人的にこれはなかなかアタリであった!
 いや、山場の「読者への挑戦」ギミックを、巻末の解説で瀬戸川猛資が言っている通りの意味で作者が用意したとは必ずしも思えないし、全体的にあちこちに弱点もあるんだけれど、それでもとにもかくにも<こーゆー作品>はできるだけ前向きに迎えたい。そんな思いに駆られる一冊ではあった(あんまり詳しくは言えない)。
 この数年後にやがて台頭してくる「幻影城」スクールの新世代作家たちの諸作の先駆的な趣もある一編だとも、思えた。
(特にどの作家、どの作品に似てる、とは言わないけれど、あえていえば泡坂と連城のトリッキィさを筑波孔一郎みたいな泥臭さでまとめて、そしてそれがミステリとして意味があった感じとゆーか。)

 ちなみに「奇妙な~」で一貫する全13章の章立て見出しの趣向は、クイーンの『オランダ靴』の「~tion(邦訳では漢字2文字の単語)」での同じ箇所の統一ぶりを想起させられた。
 ここで当然、ミステリのオールドファンとしては「世界ミステリ全集・クイーン編」の挟み込みの冊子で瀬戸川猛資がクイーンの作家性の一端を紐解く手がかりとして、その『オランダ靴』の章立ての趣向に言及していたのを思い出す。
 だから瀬戸川猛資が本作の角川文庫版の解説を担当(さらにはこの前の集英社文庫版の解説も手がけていたらしいが)のには、なんか感じるものがあったりするのであった。
 もしかしたら集英社文庫、角川文庫版の編集者もくだんの「ミステリ全集・クイーン編」の冊子を読んでいたのだろうか? とも全くの思いつきで夢想しながら、この感想はシメ。

No.5 6点 もう一人の乗客- 草野唯雄 2020/04/22 04:08
(ネタバレなし)
 その年の10月1日の夜。興信所「目白リサーチ・センター」の所長、山辺達也が事務所内で殺され、殺害現場から一人の娘が人目を避けて逃げ出す。彼女=出版社のOLで21歳の香原由美は流しのタクシーを拾うが、成り行きから、たまたま同じ方向に行くという見知らぬ男と相乗りになってしまった。だが奇しくもそのタクシーがまた別のタクシーに衝突。事故を検分にきた警官に対して由美はやむなく必要最小限の事実を伝えるが、事態はさらに思わぬ方向へと……。

 草野作品の中ではそれなりに評判が良い印象があるので、読んでみた。
 フーダニットではなく、あまり推理の余地もない作りだが、イヤミや皮肉ではなく昭和の読み物推理小説としてはまとまっていて及第点である。
 終盤に行くともうページ数も少なくなってきて、ここから作者が読者を驚かせにくるなら、もうあの人物を犯人にするしかないなと構造が見えてしまう。そこらへんは弱い一方、クライマックスに行くまでは読者の目を逸らすというか、意図的に一種のあるテクニックを用いているようで、その辺りはうまい。

 ちなみに、由美の姉の八重、その恋人で村瀬というキャラクターが登場するのだが、この男、カッパ・ノベルス版の35ページで「2年前に病気の妻と死別」と描写されながら、あとあとの175ページで「5年間独身だった」とも書かれている。この辺はさすがは僕らの草野唯雄、期待に応えた凡ミスである。

 あと中盤で、たとえ市民の義務であっても犯罪事件に関わるのは嫌だ、一文の得にもならない、面倒な証言なんかゴメンだという、ダメな本音剥き出しな小市民が出てくるが、このあたりの、ヤバいことに平穏な日常をゆさぶられる一般人の描写や作中での扱いが草野作品はうまいよね。『七人の軍隊』でも、暴力団に牛耳られた町で悪人追放の署名運動を敢行したらヤクザがその署名用紙を奪い、ここに署名した連中のもとにお礼参りに行ってやるとうそぶく、そんなリアルな描写が印象的だった。そーゆーあたりでも、この作者はポイントを稼いでいるのだと実感する。 

No.4 5点 「阿い宇え於」殺人事件- 草野唯雄 2020/01/02 21:05
(ネタバレなし)
 東京・青山にある大企業・東洋商事の本社。そこではポルターガイストを思わせる怪奇現象が続発していた。そんななか、経理課のOL阿妻輝子と入間多喜子が、屋上から墜落死した。生前の輝子の横領事実が明らかになるなか、多喜子の方が彼女を脅迫していたとの見方も深まる。これに納得できない多喜子の妹・美佐は独自の調査を開始するが、やがて経理課の同僚・宇田昌代が殺されるに及び、事態は「アイウエオ連続殺人」の様相を示して……。

 あの『死霊鉱山』と並ぶ草野唯雄の問題作とかバカミスとか言われているらしい(?)ので、以前から購入しておいた本を、本日気が向いて読む。
 構想の初動から十数年かけて書き上げた作品と言うが、真犯人というか黒幕の正体は当初から見え見えだし、何よりこんなに計画がうまくいくわけねーだろという筋立て。さらにポイントとなる(中略)の犯罪の実体を仔細に検証もしない警察は完全に無能。
 とまあ悪口ばかり書いたが、ミステリとしての狙いというかこういう作劇もありだよね的な茶目っ気は嫌いになれない。オカルトホラーとミステリの分水嶺ぶりも、これはこれでアリだとは思う。最後のオチもスキを突かれた。

 二時間ちょっとで読めましたし、良く出来た謎解きミステリなどとは絶対に言えないけれど、奇妙な魅力もある作品。草野唯雄作品はこういうものこそをタマに読みたい……と言い切っていいのか?

No.3 7点 消えた郵便配達人- 草野唯雄 2019/08/18 12:12
(ネタバレなし)
 その年の1月16日の白昼。江東区深川にある小藤薬局に拳銃を持った暴漢が押し入り、金を要求する。だがその薬局内には、市街を巡回中で薬局の主人の小藤洋子と雑談をしていた私服刑事・原尾がいた。原尾は自分の身分を叫ぶが、賊はその場で相手を射殺して何も取らずに逃走する。同僚を殺された深川署の刑事たちは犯人の検挙に躍起になるが、なぜか洋子と、もう一人の目撃者として名乗り出た郵便配達人の青年・大河内誠による、逃亡した犯人の背格好の情報は相応の差異を見せた。やがてスナックの女主人・畑広子がもたらした情報から、町のダニの青年・伊吹直一が逮捕されるが、面通しの際にも大河内は、彼は犯人とは別人だとなおも頑なな態度をとった。深川署の捜査陣は同僚の殺害事件を一刻も早く片づけたい面子もあって、直一の立件を急ぐ。一方で大河内は、まるで邪魔な証人が近隣から追い払われるかのように、地方に転属になる。毎朝新聞社会部の記者・幕張健次は、直一の無実を信じる彼の老母と本妻の礼子の訴えに耳を貸し、事件を自らの手で調べ始めるが。

 現状でAmazonに登録はないが、1985年4月10日の双葉社のフタバノベルズから刊行。この新書版がたぶん元版だと思う。書下ろしとの標記はないが、先に雑誌連載されていたかは不明。
 
 まだ夜が浅いので、もう一本何か読もうと思って手に取った積ん読本の一冊だが、くだんのフタバノベルズ版の惹句が「激情社会派ミステリー」。この大仰なキャッチにさすが草野作品とのっけから笑いが零れる。
 さらに読み進む内に、サブキャラクターの名前が途中で変ったり(強盗容疑者・伊吹直一の実母の名前が最初に登場する28ページでは「せつ」なのに、78ページ以降は急に「さと」になる・笑)、最初のページから脱字も目立つ。これは色んな意味で『死霊鉱山』とは別のベクトルのダメミステリが楽しめそうだ、といささか品のない構えでいたら、物語の後半、かなり良い意味でこちらのくだらない期待を裏切ってくる。これから読む人に素で驚いて欲しいので、あんまり細かくは言わない。クライマックスの裁判シーンも妙な熱量が感じられて読み応えがある。
 実のところ裏表紙のあらすじも本文を半ばまで読み進めるまでは、雑な編集の雑な記述だなと思っていたが、どうやら……(以下略。※ネタバレ警戒の人はフタバノベルズ版の表4のあらすじは読まない方がいいかも)。

 玉石混淆作家? 草野唯雄のたぶんこれは思わぬ拾いもののひとつ。草野作品にハマる人というのは、今回はアタリかハズレかのスリル感も大きいんじゃないかとも勝手に思う(笑)。

 なお逮捕された直一が無実を叫ぶくだりで、彼の手首から検出された硝煙反応について、ちょっと独特な弁明を主張。
 ちょうどいま、本サイトの掲示板の場で、別のレビュー書き手の弾十六さんから硝煙反応について(特にその鑑識技術の確立の経緯に関して)蘊蓄に富んだ教示を授かっている最中なので、その意味でも興味深く読めた。
 弾十六さん、機会とご興味などありましたら、本作内の描写についてもこれってリアルにありうることなのかどうか、考証なさってください。

No.2 6点 爆殺予告- 草野唯雄 2019/03/25 02:00
(ネタバレなし)
 元版は1973年にサンケイ新聞社出版局から出たソフトカバーだが、2019年3月現在、Amazonにはデータがないようである。
 
 その元版刊行当時のミステリマガジンの新刊レビューで本書が取り上げられ、それなりに面白そうに書いてあったので、いつか読みたいと思っていた。ただしいざ実際に読んでみると、予期していたより読者に謎を解かせるパズル小説の要素は薄かった。

 それで本作のキーポイントとなる地名の謎については、やはりHMMの書評でも当然のごとく言及され、しかしながら、かの『砂の器』ほどの求心力がないという主旨のことが書かれていた。
 とはいえ現物に接すると、こちらの方が読者に提示する謎としては『砂の器』よりも明快に思える。まあ本作にしろ『砂の器』にしろ、そんなの知識(一般常識)としては知るわけないんだけど……という点では一緒なのだが(笑)。

 さらに一番の大仕掛けについては、最後にサプライズを設ける以外これしかないという予見から、早々にほぼ読めてしまった。が、それを補強する細かい描写は、なかなか丁寧に組み上げられている。
 ジャンル分けするんなら、謎解き要素を盛り込んだサスペンスという分類になるんだろうけど、小説としての肉付けはほとんど警察小説的な部分が担っている。
 数十年前から何となく気になっていた一冊で、3時間で読みおえられた佳作だった。

No.1 6点 死霊鉱山- 草野唯雄 2018/03/25 05:49
(ネタバレなし)
 都内の企業・渋谷商事に勤務する29歳のスポーツマン、遠田弘志は、恋人で会社の専務の娘・25歳の月森志津をふくむ同僚の4人の若いOLたちとともに、愛媛県の西赤根山に冬山登山に向かった。だが猛烈な吹雪に見舞われた一同は、土地勘のある最若年のOL、22歳の小武昭子の提案で、近隣の廃坑になった銅採掘場の鉱山事務所に逃げ込む。実はそこは、幕末に待遇に不満を抱いた採掘人足が暴動を起こし、厳しい処断の末に惨殺された鉱山だった。鉱山はその後も現在まで人足たちの呪いがかかっているという。そんな中、怪異な殺人が…。
 
「書下ろし長編恐怖推理小説」の肩書きで、文庫オリジナルで刊行された一冊。物語はズバリ、怪奇色濃厚な設定下のクローズドサークルものとして展開。途中からは下山しない若者たちを案じる、家族や地元関係者・警察側などの描写も交錯してくる。
 雪に閉ざされた狭い空間が準密室的な殺人現場を構築。そこでの最初の殺人を発端に、この世の者ならぬ殺人者? の手によるかもしれぬ惨劇が続くのは王道。さらに男ひとりに若い娘4人というエロゲかラノベのハーレム的設定のなかで、前半から濃厚なセックス描写も見せてくる、すこぶる敷居の低い作品なのだが…。

 …いや数時間で読み終えたが、読了後、レトリックでなく現実に本当に30分~1時間くらい、笑いが止まらなかった。どこがどうオモシロいかここで語ってしまうとすぐネタバレになる(それも二重の意味で)ので絶対に言えないが、作者はこれを分かった上で洒落で書いたんじゃ絶対にないだろうなあ。当人としてはかなりマジメに、これはこれで一冊の完成された謎解きミステリ&エンターテインメントとして著したんだろうなあ。だとしたらあまりにも天然。ひょっとしたら最後の方は、本人も気づかない内に、足でペンを握って書いていたのかもしれないなあ。そう思いたくなるほど、トンデモな作品。この十数年の間に自分が読んだバカミスの頂点のひとつかもしれん。

 評点は1~2点でも、あるいはとにもかくにも比類なく爆笑させられたということで8~9点でもいいのだが、プラスマイナスしてこの点数。
 世の中にはいろんなミステリがあるもんだ。楽しくってしょうが無い(笑)。

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人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
好きな作家
新旧いっぱいいます
採点傾向
平均点: 6.32点   採点数: 2002件
採点の多い作家(TOP10)
笹沢左保(25)
カーター・ブラウン(19)
フレドリック・ブラウン(17)
生島治郎(16)
評論・エッセイ(15)
アガサ・クリスティー(14)
高木彬光(13)
草野唯雄(13)
ジョルジュ・シムノン(11)
F・W・クロフツ(11)