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人並由真さん
平均点: 6.32点 書評数: 2023件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.9 7点 秘密パーティ- 佐野洋 2023/08/30 22:05
(ネタバレなし)
 昭和30年代の東京。バー「ソルボンヌ」の女給・夕子とその仲間3人の女性は、ママの小町芙美子に頼まれて、料亭「弥生」で夜半に開催される秘密の宴に参加する。そこには名前も素性も明かさない中年男5人と、別の女性たちが集っており、いかがわしい雰囲気が蔓延だ。だがその中のひとりがいきなり吐血して倒れ、中年男のなかのひとり、瀬川医師は、毒を呑むか呑まされるかで死んだ、と一同に告げた。その場に緊張が走り、一同、特に社会的な地位のあるらしい中年男たちは、瀬川に強引に、その死を自然死と診断するように願うが……。

 ヤフオクでまとめ買いした国産ミステリの文庫本の中古セット(ある一冊が欲しかった~相対的に相当、安く買えた)の中に入っていた、集英社文庫版で読了。

 初期の作者の代表作のひとつ、くらいの認識はあったので、どんなかな、と思いながら読んでみる。

 ……なるほど、nukkamさんのおっしゃる種類の不満は、まったくもって同感で苦笑。

 でもその一方で最後まで読んで「ああああ……こういう種類の作品だったのか!」という方向のサプライズは満喫できた。
 もちろんあんまり書けないけれど、これが原体験のひとつになったらしい斎藤警部さんのミステリライフは、ちょっとうらやましいほどで(笑)。
 佐野洋が旧クライムクラブを好きだったとかいう話は、なるほどよくわかる。

 中盤、ちょ~っとだけ、かったるかたったし、後半の切り返しが良くも悪くも唐突すぎる(キーパーソンをもっと早く前面に……とも考えたが、まあそれだと、いろいろ読み手に勘付かれてしまってよくないんだろうな・汗)などの弱点もないではないが、この真相のインパクトは確かに絶大であった。
 まあ現実世界だったら、nukkamさんのご指摘のように「そんなの最後までうまくいかないでしょ」でしょうけどね(笑)。

 佳作の上~秀作。

No.8 5点 透明受胎- 佐野洋 2021/12/02 06:47
(ネタバレなし)
 昭和40年4月19日。ノンフイクション・ライターで42歳の津島亮は、気が付くと病院のベッドの中にいた。室内にいた若い女性、田部佳代そして警官の説明によると、津島は佳代の運転する車に撥ねられたらしいが、警察の現場検証によるとそんな事故の痕跡はなく、かたや津島の容貌は、まるでいっきに20歳も老化したように髪が真っ白になり、皺だらけになっていた。佳代はとにもかくにも誠意を見せて対応するが、津島は見た目は20代半ばの彼女が実際には40歳だと聞かされて驚く。そして翌日、津島の顔は元の若さを取り戻していた。狐につままれたような思いの津島は、成り行きから佳代と男女の関係になっていくが、そんな彼の前にまた別の刑事が出現。佳代と津島が情事を行なっている時間に、佳代が別の場で傷害事件を起こした嫌疑がある、決め手は現場に残された佳代の指紋だ、と説明した。

 角川文庫版で読了。
 デズモンド・バグリイの『タイトロープ・マン』まんまの導入部で開幕するが、物語の興味はすぐにメインヒロイン、佳代の老けない女性の謎、そしてふたたび若返った津島の謎、さらにはアリバイが確実にあるはずなのに、別の場の犯罪現場に残された当人と同じ指紋の謎、などの方へとどんどん移行してゆく。

 話はハイテンポで、たぶんこれまでに読んだ作者の著作の中でも最高クラスのリーダビリティだとは思うが、SFミステリとしてはいろいろな意味で仕上げが雑。
 本作の題名にからむ、女性の特異な受胎に関する着想だけは、当時としてはちょっと新鮮だったかもしれないが、SF=良い意味でのホラ話にならず、かなり空想的な艶笑譚になってしまった感じ。あと<老けて、そして若返った津島の謎>と<年をとっても、なぜか老けない佳代の謎>、この二つの真相の相関があまりにも……(後略)。

 作者なりにマジメにエスエフを書こうとしてるのか、アホで気宇雄大な冗談ストーリーを綴ろうとしてるのか、最後の方は判断に困った。もしかしたら、作者自身も、よくわかってなかったのかも知れない?

 最後に、誠に恐縮ながら、先行のkanamoriさんのレビューでは、ネタバレ的なキーワードが2つも明かされてしまっているので、本作を未読でこれから読む可能性のある方は、注意された方がよいです。

No.7 7点 二人で殺人を- 佐野洋 2021/03/23 05:18
(ネタバレなし)
「私」こと「中央日報」の記者で28歳の瀬能公(せの こう)は肺病で長期休職し、静養中。時間を持て余した彼は、同じ年のガールフレンドで弁護士の我妹(わぎも)糸子のもとを5年ぶりに訪ねる。最近の糸子は美人の若手弁護士として活躍し、マスコミ出演の機会も多く「女流メイスン」の勇名を馳せていた。瀬能は、ミステリファンで文筆活動の心得もある糸子に、推理小説の新人賞に応募する合作の話を持ちかける。乗り気の糸子だが、そんな二人の前に糸子とその父が営む「我妹弁護士事務所」を頼る依頼人が来訪。これは小説のネタになると見やった糸子は、勝手に瀬能を当事務所に嘱託の私立探偵だと依頼人に紹介。半ば強引に事件に介入させるが、やがて事態は一人の若い女性の服毒死(自殺? 殺人? 事故?)に至る。

 書籍の元版は、1960年に光文社のカッパ・ノベルスから刊行。
 評者は今回、角川文庫版で読了。

 主人公の探偵コンビの設定も、都内の一角で起こる怪死事件の謎&訳ありっぽい過去の経緯も、それぞれアメリカの50~60年代のライトパズラーを思わせる感触。

 事件の主舞台となる服飾研究室とフォトスタジオの主要人物のキャラクター造形がそろって平板なのはちょっとキツイが、佐野洋がそういうところにあまり力を入れる書き手ではないのは以前から良くわかっているので、そんなに気にならない。

 一方で小粋な昭和の謎解きミステリとしては、なかなかよく出来ている。事件の真実、隠されていた過去の秘密、ある種の偽装トリック、それに……と、中小のアイデアを闊達に組み合わせて、順々にカードを表返ししていく手際が鮮やかだ。
(ただし真犯人については、前述のキャラクターの書き分けがあまり冴えないので、本当ならもっと演出できた意外性がもうひとつ映えなかった、と思う。)

 主人公ペア、瀬能と糸子の友人以上恋人未満の関係(よりはやや、異性の友人同士寄り)はなかなか心地よい。読後にTwitterなどで感想を探ると、シリーズキャラクターに昇格したといっているような声もあるが、作者の名前とこのキャラクターたちの名前でweb検索しても特に続編らしいものは見つからなかった。やはりこれ一冊でお役御免になったのだろうか。かなりもったいない。
 佐野洋はその辺の俺ルール(連作短編でのシリーズものは一冊まで。長編ではシリーズキャラクターは使わない)に関しては、本っ当に頑固なヒトだったね(苦笑)。

No.6 6点 同名異人の四人が死んだ- 佐野洋 2020/10/28 02:43
(ネタバレなし)
 日刊新聞「中央日報」の社会部に届いた手紙。それは入院中の青年・塚越英介からのものだった。そしてその内容は、人気作家・名原信一郎の中編小説「囁く達磨」のなかで絶命する主要人物たちとそれぞれ同じ名前の実在の人間が二人、相次いで変死を遂げているという奇妙な事実の指摘だった。社会部の記者・鳥井から相談を受けた学芸部の記者・米内はくだんの作家・名原と面識があり、彼のもとに向かう。だが名原本人は当然のごとく、現実の事件への関与を否定。さらに作中人物と現実の死者の名前の符合を認めつつも、結局は狐につままれたような表情を見せる。そんななか、さらにまた「囁く達磨」の登場人物と同じ名前の死者が現実に……。

 1973年の11月に、当時の講談社の叢書「推理小説特別書き下し」シリーズの一冊として刊行された作品。評者は今回は、講談社文庫版で読了。

 当初は自分も、先行の斎藤警部さんのレビューと同様<あちこちで相次いで、あるいはほぼ同時に●●●●なる同一の名前の人物が死ぬ>話かと思ったが、実際には違っていた。
 仮にそういうプロットが成立したとして、現実に刊行された本作とどちらが面白そうかと問われれば、ちょっと悩むところではある。
 なんにしろ実作となった本作の謎の訴求力は、なかなかのものだ。

 登場人物は名前のあるキャラクターだけで40人前後。とはいえ佐野洋らしく各キャラの人物像の掘り下げには拘泥せず、登場人物全般を良い意味で物語の駒的に配置するので、読んでいて胃にもたれることなどはない。ストーリーは好テンポに淀みなく進んでいく。
 
 フーダニットの謎と同時に、<なぜ作中の人物と同じ名前の現実の被害者が、複数生じたのか>というメインの謎は、一種のホワイダニットの興味として終盤まで引っ張られる。
 ただし真相を明かされると、それで一応は納得のゆく筋道は通るものの、いささか大山鳴動して鼠一匹の感は拭えない。もちろん、この辺はあまり詳しくは書けないが。

 あと、事件の事情のすべてが暴かれたあとで事態の流れを振り返ると、一部の登場人物のものの考え方の面で<それって不自然なのでは?>と思う箇所もいくつか出てきた。
 まあその辺は<とにもかくにも、その際に作中人物はそういう思考と決断をしたんだ>という納得で通らなくもないので、ぎりぎりか。
 全体的にはそれなり以上に面白かった。ラストの余韻のある幕切れは、一種の(中略)風のスタイルで印象に残る。 

 最後に、講談社文庫の巻末の解説は、北上次郎が担当。北上はちゃんと多数の佐野作品を読み込んでいるようで、諸作に登場する「中央日報」の関係性(各作品を同じ世界観と認識して構わないか)の検証をみっちり行っている。良い意味でのファン・スピリットに溢れた文章になっていて、実に素晴らしい。こういう原稿を見倣いたいもんだ。

No.5 8点 完全試合- 佐野洋 2020/08/04 17:37
(ネタバレなし)
「ユニヴァーサル・リーグ」(この物語世界の球団リーグの一翼)がその年のペナント・レースを迎えようとしていた、ある秋の日。銀座の大竹デパート内から2歳の幼女・有川珠美が姿を消した。彼女は、ユ・リーグの優勝候補チーム「明星プレヤデス」のエース投手・有川紳の一人娘。そして間もなく、有川家、そして各報道機関に「有川のペナントレースへの登板を禁じる。断れば珠美の無事は保障しない」という意の連絡が届いた。球界、警察、報道機関がこの状況にそれぞれの対応を見せるなか、事件の実態についてさまざまな可能性が取りざたされるが、事態はさらに予想外の展開を見せていく。

 元版のカッパ・ノベルスで読了。一段組で紙幅もそんなに多くないので、これはサラッと読めるだろうと思ったが、いや、トリッキィな誘拐サスペンスミステリとして、予想以上の傑作であった。

 とにかく、あれやこれやと詰め込まれた野球ネタからのミステリ分野への置換が手際よく、現実のプロ野球観戦なんかにまったく興味がない(アニメや漫画での野球ものは大好きだが)自分がこれだけ面白く読めたのだから、昭和の野球ファンにはたまらないのではないか。
 中盤の報道陣の暴走のあたりも、(もちろん現在の目では望ましいことではないが)社会規範の固まる昭和の過渡期の時局なら、こういうことがあったとしてもおかしくないというリアリティを実感する(倫理的な視点の部分は、警察側の憤りの叙述でクリアされていると思うし)。

 野球の試合経過になぞらえた章見出しのお遊びも、その流れに即した終盤の二転三転ぶりもあっぱれ。それとは別に、第10章の3パートあたりの描写なんか、すごく印象深い。

 佐野洋はおそらく大のプロ野球ファンだったのであろうが(すみません。現状でよく再確認してない~汗~)、筆の立つ作家が好きな題材(たぶん)をネタにして、しっかり成功した一作。
 最後の最後の「ああ、佐野サンらしいなあ……」という苦笑いを呼ぶクロージングまで含めて、とても作者の良い持ち味が出た作品ではないかと。
 個人的に、今まで読んだ佐野作品のベストワン。

No.4 7点 赤い熱い海- 佐野洋 2020/05/15 20:25
(ネタバレなし)
 196×年8月4日。羽田発函館行きの「東北航空」の航空機が飛行中の出火により函館沖に不時着。乗客18人と乗員3人のうち、前者の3名が海中に没して死亡と認定された。だが函館の企業「花井漁網」の専務である井波浩三の妻・昭子が、夫は乗客名簿に名前がないがもしかしたら誰かの名義で遭難機に乗っていたのでは? と疑義を抱いた。昭子の疑念を受けた東京と札幌に本社・支社を置く大手探偵事務所「全日本秘密調査網(AJSS)」の面々は、井波が乗っていた、そうでない状況をともに念頭に置きながら、死体の上がらない遭難者が本当に死んだのか、もし生きているならなぜ? とあらゆる可能性を追い求めるが。

 十数名の規模の民間探偵組織がほぼ一丸となって事件を追う(主要な探偵役はそのうちの4~5人だが)という趣向は独特のダイナミズムを感じさせるが、一方でこれなら、普通の警察捜査形式の謎解きでもよかったのではないか? という気もしないでもない。まあこの設定ならではの作中のリアリティのデティルもそれなりに書き込んであるので(いくらそれなりの規模とはいえ、あくまで民間企業である探偵社の弱みとか)、変わったものを読ませてもらった新鮮さは担保されている。

 主要調査員の動向だけ追っても並行して4つ5つのドラマが進むのだが、最終的にはその構成がうまく生きるあたりの手際はさすが。ここではあんまり書けないけれど。終盤の謎解きはやや強引で力業な感じもあったが、意外性としては十分に評価していいだろう。斎藤警部さんのおっしゃるとおりに企画と技巧が先行しすぎたきらいはあるが、力作なのは間違いない。
 
 作家としてのポリシー的に、長編ミステリでのレギュラー探偵をほとんど作らなかった作者だと思うけれど、このAJSSのシリーズはもう何作か読んでみたかったな。原島の成長譚なんか、連作の上で面白いファクターになった気がする。

No.3 4点 2(S+T)の物語- 佐野洋 2020/03/27 16:06
(ネタバレなし)
 女子大生・白浜津矢子は、バイト先の同僚の青年・渋岡清志の罠にはまって体を奪われそうになり、慌てて逃げ帰る。その帰途、雨の夜に乗り込んだタクシーだが、ドライバーである30代の若者・高場潜は、なりゆきから意外な特技を披露した。津矢子のイニシャルがTS、自分はSTだとか妙な暗合を指摘した高場は自分たちを「逆立ちコンビ」と称して、恋人関係になる。そしてそんな二人の周囲でいくつかの事件が……。

 92~93年の「IN★POCKET」(懐かしい)に連載された全12編の連作シリーズで、講談社文庫から文庫オリジナルの刊行。初版は94年1月15日刊行。

 赤川次郎のキャラクターものみたいな軽いのを、とかなんとか編集に言われて書いたようなシリーズで、正直ミステリとしても読み物としても大したことはないが、イヤミではなく暇つぶしにはなった。
 途中の一編で「ハガキで予言」の有名なトリックを借用してるが、作中で探偵役の高場に「ミステリでよく使われるトリック」と身も蓋もないことを言わせてアイデンティティ保護をする作者のマジメさには笑った。
 最後のまとめかたも悪い意味で、あー、この作者らしいな、という感じであったが、佐野洋はこれでいいのかも。あまり得点要素はないけれど、一応は手慣れた感じで読ませる……かな? 

No.2 6点 再婚旅行- 佐野洋 2019/04/27 19:57
(ネタバレなし)
 昭和37年。「わたし」こと、酒場「パンセ」に勤めるホステスの市原紀子(源氏名・安子)はその夜、店に来た客・大仲吾一の顔を見て驚く。大仲は、眼鏡とパーマという相違こそあれ、紀子が5年前に別れた夫・河原田重吉と瓜二つだったのだ。何らかの事情で河原田が変名を用いて正体を秘めて会いに来たのかと探りを入れる紀子だが、確証は何も得られない。他人の空似か? それとも!? 疑念を深める紀子は情人である「東都新報」の外報部記者・川北に事情を話し、大仲そして現在の河原田の身辺を調べてもらうが、やがて不審な事実が浮上してくる……?

 ややこしげなプロットだが、作中で仕組まれていた悪事そのものは底が割れれば存外にシンプルなもの。ただしその犯罪を悪事の中核から外れた座標に立つヒロインの視点から語っていくことで、スパイスの利いたストーリーに仕立てている。この辺りはやはり上手いということか。
 とはいえ犯罪そのものは半世紀前だからこそ通用したものであり、現在の捜査科学なら絶対に露見してしまうだろうけれど、その辺は言うのは野暮だね。
 そういった時代的な甘さを看過しても、細部の端々で「そううまく行くだろうか……」というツッコミどころは何カ所か感じたが、ストーリーそのものをあまり長くしなかったおかげで良い意味で逃げ切った感じではある。ちょっとだけ昏いロマンを感じさせる、とても昭和っぽい作品。 

No.1 6点 一本の鉛- 佐野洋 2017/07/24 10:47
(ネタバレなし)
当時としてはかなり垢抜けた作風 の一冊で、作者と読者の一種の暗黙の了解を逆手に取った大技もなかなか。
のちの『十角舘』あたりにも影響を与えているのではと思う。

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