皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
人並由真さん |
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平均点: 6.34点 | 書評数: 2171件 |
No.11 | 7点 | 死者の中から- ボアロー&ナルスジャック | 2025/02/23 06:50 |
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(ネタバレなし)
1940年前後のパリ。元刑事だったがさる事情から職を辞し、現在は弁護士を営む青年ロジェ・フラヴィエール。彼は、大学時代の友人で今は戦時特需の造船業で左うちわの実業家ポール・ジェヴィーニュから、相談を受ける。それはジェヴィーニュの妻で25歳の美女マドレーヌが、自分は19世紀に若くして自殺した曽祖母の転生だと信じているので、密に見張ってほしいというものだった。フラヴィエールは依頼に応えて、マドレーヌに接近するが。 1953年のフランス作品。 大昔に初版を新刊で買い、書店カバーをつけたままツンドクだったHM文庫版を何十年目にして読了。 小泉喜美子が生前に、吸血鬼ロマンの影を感じる作品とかなんとか言っていたが、その辺はメインテーマである転生(そして主人公視点で見た場合の、ヒロインのある種の不老性)とかにからんで説得力を持つ。 ミステリとして一応は……の作品だが、次第に(中略)の描写とあわせて、読者にあらぬウラ読みまでを要求する罪作りな、そしてかなり蠱惑的な物語。実のところ、個人的には最後の最後で、もう一幕、あの手のエピローグがあるんじゃないかと期待したほどだった。 スナオに読むだけじゃもったいないね。妄想に連なっていく観念の広がりを楽しみましょう。 あ、ちなみにヒッチの映画は、まだ観てない。これで好きな時に、いつでも鑑賞できるな。 |
No.10 | 7点 | 悪魔のような女- ボアロー&ナルスジャック | 2024/10/21 21:42 |
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(ネタバレなし)
30代のセールスマン、フェルナン・ラヴィネルは、5年間連れ添った29歳のブロンドの妻ミレイユの殺害を考えた。ラヴィネルは情人である女医リュシエーヌ・モガールの協力を得てアリバイを偽装し、うまく計画を進めたつもりだった。だが……。 1952年のフランス作品で、おなじみコンビの公式合作第一弾。 (ただし1951年に別名義で「L'ombre et la proie」なる実質的な初の合作長編があるらしい。いま、初めて知った・笑。) 文庫は持ってたかどうかわからないし、家の中のどっかにある世界ミステリ全集版を探すのも面倒くさいので、ネットで古書のポケミス初版を安く買った。訳者はどれも同じ北村太郎だから、問題はない(まあフィアリングの『大時計』みたいに同じ訳文でも、文庫化の際に編集部が大きく手を入れてある可能性もあるが)。 大ネタは昔どっかでバラされたような気がするが、うまい具合に忘却したので、これはヨイと思って読み出す。 保険金目当ての妻殺しのクライムストーリーだが、むしろ物語の形質はウールリッチのノワールサスペンスものに驚くほど近い。 70年以上も前の旧作で先が読めるとかどうとかいうより、オチは落ち着くところに収まったという印象。 しかしそれでも、ハイテンションでグイグイ読ませる作品なのは間違いない。 ポケミス100番台のごく初期の時期(通し番号の順不同に出たとはいえ)、この強烈なリーダビリティはさぞかし反響を呼んだのでは、と思わせる。 まあ最後まで読むと、あれこれ引っかかる点はないでもないのだが(もし主人公があーしてこーしていたら、どーなったとか)、これだけ読んでる間オモシロければ、70年前の翻訳ミステリファンには大ウケだったんじゃないかってね。 良い意味で作者コンビの直球・剛球ぶりを実感させられた初期作であった。 |
No.9 | 5点 | 技師は数字を愛しすぎた- ボアロー&ナルスジャック | 2023/08/22 18:18 |
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(ネタバレなし)
パリにある原子力関連施設。そこで技師長ジョルジュ・ソルビエの射殺死体が見つかり、同時に重量20㎏ほどの特殊な新装置で制御された核物質のチューブが持ち出されていた。核物質の扱いを誤れば、パリの大半が壊滅する大惨事となる。しかも殺人現場は密室と言える状況であり、ソルビエの同僚の科学技師ロジェ・ベリアールの戦友のパリ司法警察の警部マルイユが事件を担当するが、やがて証拠らしき物件から容疑者とおぼしき、とある人物の名が浮かび上がる。 1958年のフランス作品。 謎の設定だけ聞くと、不可能謎解きパズラーの興味を軸に、核パニックの恐怖を踏まえたスリラー要素で味付け……という感じ。まあ実際に読むとムニャムニャ。 事件の真相(広義の密室の解法)に関しては、評者でも想像の範疇。 作中のプロの捜査陣のただの一人も<そういう可能性>について発想しなかった、ということになるが、すごくリアリティがない。 (いや、流れから言えば、その手のポイントについての言及が出てきて、それが何らかの経緯や事由で打ち消されるまでがセットだと思っていたのに、出てこないから悪い予感をおぼえていたら、まんまと当たった。) 核物質の脅威から半狂乱になるパリ警察のヤンエグ本部長(無理もないが……)に尻を叩かれながら捜査に務めるマルイユ警部の奮闘ぶりは、けっこういい味を出していた。レギュラー探偵を作らない作者コンビだけど、例外的にこの探偵役は、今後の続投があっても良かったと思う。 そこそこ楽しめたが、長年のツンドク本への溜まった期待にはとても応えてくれなかった一冊ということで、この評点。 |
No.8 | 7点 | 呪い- ボアロー&ナルスジャック | 2022/10/26 10:00 |
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(ネタバレなし)
フランスのヴァンデ地方。愛妻エリアーヌを説得して地方の町に転居し、獣医を営む「私」こと30歳のフランソワ・ローシェルはそれなりに仕事が波に乗り、安定した生活を送っていた。そんなある日、外科医フィリップ・ヴィアルなる中年が来訪。彼の知人で未亡人ミリアン・エレールの飼う牝豹の治療を願いたいという。ローシェルはミリアンの自宅を訪問するが、そこは潮の満ち干によって一日のうち、ある時間だけ島への通路が開通する、特殊な島のような半島のような場所にあった。やがてローシェルは40歳前後の貴婦人めいたミリアンに惹かれていくが。 1961年のフランス作品。 評判のいい作品なのでそれなりに期待を込めていたが、なるほど面白かった。 何といっても最大の賞味ポイントは、この物語の舞台装置である、干潮満潮によって孤島にも半島になるロケーションの妙味だろう。 海水のイメージで水が満ち引きする、可動式の模型ジオラマとか誰か作ってほしい。 愛妻エリアーヌ側の日常と不倫相手ミリアンの世界を器用に? 二分していたはずが、次第にその境界線がブレ始めていく、ザワザワした描写の積み重ねが緊張感を誘う。 ことさらミステリにしなくっても、薄闇色のダークな男女関係のドラマとして、この部分だけで面白い。しかし後半ではちゃんとミステリの枠内に物語が流れ込み、そしてその上できちんと成果を出している。 ラストの意外性の大枠は読めないこともないが、それをこういうひねった形で出してくるのはなかなか。 作者コンビの諸作の中でも、かなり結晶感と完成度の高い一編ではあろう。一筋縄ではいかなかった反転の構図が決まっている。 シンプルなアイデアとストーリーを、作者たちの達者な話術で読ませた側面もあるが、秀作といっていいとは思う。 |
No.7 | 7点 | 女魔術師- ボアロー&ナルスジャック | 2022/06/22 06:19 |
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(ネタバレなし)
人気奇術師で旅芸人「アルベルト一座」の代表アルベルト・ドウ-トルと、その妻で美貌の女芸人オデットの間に生まれた男子ピエール。彼は少年時代を修道院学校の寄宿舎で送っていた。だが20歳のとき、父の死を契機に、母オデットが新たな代表となったアルベルト一座に参加し、芸人の道を歩み出す。一座にはヒルダとグレタという美しい双子の女マジシャンがおり、彼女たちは二人一役でステージ上では共通の芸名「アンヌグレイ」を名乗り、観客の前で<超人的な早着替え>などの芸を披露していた。ピエールはこの姉妹の妖しい魅力に惹かれていくが、当の姉妹はあえて双方の個性をぎりぎりまで秘め続け、まるで同じ性格と容貌の同一の娘が二人いるように見せかけて、ピエールを翻弄した。そしてやがて、ある事件が起きる。 1957年のフランス作品。(短めの長編『牝狼』もカウントして)ボワナロコンビの長編第六作目。 一座の代表で人気マジシャンだった父アルベルトは物語の本筋が始まる前に死んでしまい、これじゃ人名一覧に名前を並べる必要はなかったんじゃないの? という感じ。 さらにかつては美人だったが、今は50過ぎのデブ女になってしまった中年の母親オデットの悲哀なども語られ、なんかストーリーはミステリというよりは、小規模で落ち目の芸人一座のペーソス溢れる道中を主題にした普通小説という印象……と思っていたら、終盤の逆転で結構なサプライズを授けてくれた。 あまり詳しくは書けないが、これは後年の我が国の、某「幻影城」作家の作風の先取りであろう。 残酷で(誰にとって?)そしてあまりにも切ない動機が、胸にジワジワと染みてくる。 うん、これぞフランスミステリ。ボワナルコンビの諸作の中では、個人的にそれなりに上位に置きたい、そんな一編かもしれん。 |
No.6 | 6点 | すりかわった女- ボアロー&ナルスジャック | 2021/06/17 18:45 |
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(ネタバレなし)
1975年。ペルシャ湾の小国ジブチから、大企業「ルウー航空会社」の元社長ビクトール・ルウーとその親族がパリへ向かう。だが一同を乗せたボーイング317便は、オルリー空港で着陸時に多数の死者を出す事故を起こした。ルウーは廃人同様になり、一人娘のシモーヌは死亡。しかしルウーの姪でシモーヌと姉妹同様に育ったマリレーヌ、そしてその夫フィリップは無事だった。パリに知人がいない事実に目をつけたフィリップは、妻マリレーヌに シモーヌの身代わりを演じさせ、巨万の財産をもつルウーの遺産の相続を目論む。だが死亡したシモーヌには、実は秘密に結婚していた美青年の夫ローラン・ジェルバンがいた。 1975年のフランス作品。 ……個人的には特に狙っている訳ではないのだが、この数カ月内に手にしたフランスミステリは『黄金の檻』『シンデレラの罠』そしてこれ、と、惨事を経てヒロインが入れ替わる(そうかもしれない?)発端で始まる作品ばっかり。 これはもうフランスミステリの伝統芸だね。 本作はポケミス巻末の資料によると、ボアロー&ナルスジャックコンビの、別名義作品(ルパンものなど)やジュブナイルを除いて21番目の長編(著作)のようだが、さすがもう書き慣れた巨匠たちの一作、話のまとまりやひねり具合、そして最後のオチ。すべてにソツがない。なお上のあらすじには登場しない重要人物がさらにひとりいるが、それはここでは伏せておく。 まあ、いくら田舎住まいとはいえ、フランス周辺で数十億フランもの資産を持つ飛行機会社の社長、その令嬢がパリでまったく顔も知られていないというのはいささかリアリティを欠く気もするが、これはまあ評者も現実にそんな人種と密な付き合いがあるわけでもないし、それはそれでリアルだと言われたら、強く反論することもできない。 その辺の摩擦感をとりあえずノーカンにすれば、良い意味で土曜ワイド劇場とかにピッタリ翻案できそうなわかりやすい、大人の黒いおとぎ話みたいなストーリーで、この作者コンビとしては十分に水準以上の一冊だろう。 というか、もしかしたらラストの余韻は、これまで自分が読んできたこのコンビの諸作中でもかなり上位の方かも。 一方でなんかまとまりの良すぎるところで、作品固有の個性をもうひとつ感じない部分がないでもない。その辺りはもしかすると本作の弱点かも。 読了までの所要時間2時間、お時間のない時でも、フツーに楽しめる一冊ではある。 |
No.5 | 6点 | 犠牲者たち- ボアロー&ナルスジャック | 2020/07/24 13:46 |
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(ネタバレなし)
「ぼく」こと出版社の編集者で独身のピエール・ブリュランは、著作の原稿を投稿の形で持ち込んできた美貌の若妻マヌーことエマニュエルと知り合った。マヌーの対応をする中でやがて彼女の不倫相手となったピエールは、加速度的に彼女への思慕を募らせていく。だがそのマヌーが、高名なダム建設の専門家である夫ルネ・ジャリュとともに長期アフガニスタンに行くことになった。マヌーと離れがたいピエールは半年の長期休暇を半ば強引にとると、ジャリュの秘書としての役職まで獲得して2人とともに現地に向かうことにする。やがて出立の日程の関係でジャリュとともに先に異国に着いたピエールは、多忙なジャリュにかわって後から来ることになったマヌーを迎えにいくが……!? 1964年のフランス作品。 かねてより本サイトでのレビューをうかがうと(作品の現物を未読の時点では、しっかりは拝読させていただかないが)、総じてあまり評価は高くないようである。だが一方で、手元の創元文庫版(1995年の第四版)では服部まゆみからわざわざ新原稿をいただく形で、同人の激賞を授かっている。この温度差は何ぞや? という興味も踏まえて読んでみる。 読了したらなんとなく状況がわかったような気がする。本作にはかなりシンプルかつ大技の着想があり、それは、ヘタに書くと、たぶん本当にとてもつまらなくなってしまいそうなもの。だから意外にこれまでのミステリでもあまり使われたことのない? 実例という印象だが(これが評者の不見識だったらスミマセン)、それがここではなかなか、筋立ての上で効果的に使われている。 ただそんな反面、作者コンビによる一人称でのキャラクター描写に独特のクセがあり(本作はそこが味なのだが)、そこにある種の微妙さも覚えたりする。特に中盤、主人公ピエールが「そこ」まで考えたなら、なんであと一歩、思索しないのかとイライラさせられる読者は多いのでは?(当然、評者もそうなんだけど。) だから服部まゆみのように食いつきの良かった部分でホメる人はかなりホメるし、減点部分というか気に障る部分が気に障る方の評価はあまり高くないのだろう。もしかしたらそんなところかな、と愚考してみたりする。 ちなみに評者の評点はそんなもろもろのところを踏まえたつもりで、こんなところ。傑作とは言わないし、一方で長打の打球が惜しくもファールに終わった作品だとも思わない。 まあ翻訳ミステリファンとしての長い人生のなかで、一回くらいは読んでおいた方がいい? 佳作~秀作であります。 |
No.4 | 6点 | 銀のカード- ボアロー&ナルスジャック | 2019/09/29 01:47 |
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(ネタバレなし)
1978年のフランス。「私」ことミッシェル・エルボワーズは、金持ち相手の養老院「ハイビスカス」に入居する73歳の元・会社社長。60歳の時に12歳年下の妻アルレットに逃げられた苦い過去があり、残された息子はすでに死亡。係累といえば、遠方のアルゼンチンに暮らす、顔も知らない26歳の孫ホセ・イグナチオだけだった。院内で今日も倦怠の時を過ごすエルボワーズだが、ハイビスカスは新たな夫婦者の入居者、78歳の元判事ルーブル・クサヴィエと、その妻で62歳だが見かけはずっと若いリュシイルを迎えた。だがエルボワーズは、以前からの入居者の老人ロベール・ジョッキエールと、リュシイルの間に、何か表沙汰にしない旧縁があるのを察してしまう。やがてハイビスカスの中で、ある惨事が発生して……。 1979年のフランス作品。本サイトのレビュアーの空さんが先にご指摘されていたとおり、これが長年日本の読者に親しまれてきたボワロー&ナルスジャックコンビの著作のうち、邦訳された中では、一番最後に本国で刊行された長編のようである。Wikipediaをざっと参照すると、このあとにまだ15冊以上も未訳があり、中には読む価値のあるものも少なくないだろうに。とてももったいない。 それで本書ポケミスの巻末の解説を読むと、本長編は刊行された1970年代末には、巨匠作家ながら出版部数的にはやや落ち着いていた送り手コンビが久々にフランス国内でベストセラーとしてヒットを飛ばした作品だそうで。 それって日本で言うなら、安定したファン層&購読者層はいるけれど通常、大ヒットには結びつかない大ベテラン作家(晩年の佐野洋や笹沢佐保や三好徹とかのイメージかな)の新作が、いきなりベストセラーリストの上位に入ったような感じか。まあ当たらずとも遠からずだろうね(?)。 その辺の興味もあって思いつきで読み始めてみたが、うん、これはいい感じにジワジワと情感が盛り上がってくる、インドア派のサスペンス。主人公エルボワーズが侵入居者の女性リュシイルに関心を抱いて二人の間の距離を狭める一方、老人ホームの院内では入居者の生命に関わる予想外の事態が連続する。そしてその陰で、若い頃は作家志望で著作も二冊もあった主人公エルボワーズは、クサヴィエ夫妻の入居以前から自分の退屈さを紛らわすための個人的な手記を書きためているが、次第にその手記に記される内容も……。 本筋となる主人公エルボワーズとヒロインのリュシイルの不倫愛的な関係性は緊張感たっぷりだし、これは老人たちの老いらくの恋を主題にした悲恋(?)ドラマ風ミステリ? それとも現実と手記の世界を行き来する、多層的な構造を援用したサイコスリラー? と小説の実質はなかなか底を見せない。 しかし頁が残り少なくなり、読者が何らかの形で真相を受け止める構えを見せた瞬間……なんだこれ?! ポカーン。 良く言えば「そうくるか」、悪く言えば「バカにするな」のとにもかくにも壮絶なオチで、伏線もほぼ皆無、あまりに唐突すぎるそのラストの意外性に体の気力を奪われる。 いや、あれこれ伏線や布石を張っておいてココに持ってくるような種類のエンディングじゃ決してないから、結局はとにもかくにもこういう形で最後に意外性を放るしかなかったのはわかる。 が、これはなんというか、打球に勢いもある、その飛んでいく軌跡も綺麗、しかし落下したところの判定は大幅にファール! のある種のバカミスのような。 (ちなみにこのラスト、意図的に裏読みもできるように、作者はその辺も計算に入れている……よね。よね?) 考えようによってはこのラストの仕掛けのために作品全体が奉仕したともいえるような気もするし、そういうアホなエネルギーの使い方はキライじゃない、というより、むしろ大好きな口なので、肯定したい面もある一冊。ただまぁ客観的に見ればやっぱし、練り込みを放棄したワンアイデアストーリーの誹りも仕方がない作品でもあるか。まあ強烈な印象だけは確実に残る。 しかし先の話に戻って、この作者コンビ、この時期になってまだこんなもん書いていたのだから、残りの未訳作品のなかにはきっとなんか、もっともっとヘンなものもあるよね? どなたかうまいこと楽しそうなのを見つけて発掘して、21世紀の日本語の新刊にしてくれませんか。 |
No.3 | 7点 | 私のすべては一人の男- ボアロー&ナルスジャック | 2018/03/22 12:07 |
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(ネタバレなし)
その日「私」こと警視庁官房長ギャリックは、警視総監アンドレオティから奇妙な指示を受ける。その内容は、偏屈な天才老外科医アントン・マレック教授のある医療計画に立ち会い、その始終を確認せよというものだった。マレックの計画とは、銀行強盗の殺人犯人で、28歳のハンサムな死刑囚ルネ・ミィルティルが近日内にギロチンで処刑される。そこでミィルティルの死体を利用し、体の部位が欠損した直後の複数の年若い人間(20~30歳前後)に、頭部・胸部・腰部・それぞれの四肢とその体を7つに分割して、移植するというものであった。世にも奇妙な施術はつつがなく成功したかに見え、ミィルティルの肉体を受け継いだ6人の男と1人の女は独自のコミューンを形成するが、そんななかで予想外の展開が……。 大昔に購入しておいて、いつか読もう読もうと思っていたマイ蔵書シリーズ(笑)の一冊。 手持ち本の帯にも「恐怖!怪奇!SFとミステリの結合!」との惹句が書かれており、時たまガイドブックで目にする評判からしても、まあ一筋縄ではいかん作品だろうな、とは思っていた。 ボリューム的には、一段組のハヤカワ・ノベルズで全240ページ前後と比較的短め。しかも会話の多く展開の早い、いかにもフランス・ミステリ風の中味だからスラスラ読める。この作者コンビの作品のなかには、リーダビリティの高いものもあればそうでないものもあるという感じだが(まあ個々の作品の翻訳のせいもあるにせよ)、今回は確実に前者。 それと主人公ギャリックは独身、まだ年若い感じ。そんな彼と、事情を知って事態に介入してくる、ミィルティルの情婦だった美人モデル、レジィーヌ・マンセルとのどこか危なげなロマンスっぽい描写も作品の流れをなめらかにしている。 それで肝心のミステリ味だが…ああ、これは確かに(中略)! SFミステリとかいうより、二十年早かった日本の新本格、そのフランス版という感じで仰天しました。ネタバレになるのであまり詳しくは書けないけれど、kanamoriさんもおっしゃっている通り、バカミスの範疇にも十分入るであろう大技である。 好きか怒るか? もちろん大好きですよ、こういうの(笑)。 まあただ一箇所だけ、そこが明確になると都合のよろしくないポイントを、わざと曖昧にしているな、という部分はあるのだが。 あとこれはミステリ的なトリック&奇想以外の部分だけど、最後まで読むと一種の人間ドラマというか、青春小説っぽい仕上がりになっている点もステキであった。 |
No.2 | 6点 | 魔性の眼- ボアロー&ナルスジャック | 2017/09/18 15:59 |
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(ネタバレなし)
『魔性の眼』 柑橘類の輸入業を営む富豪エチエンヌ・ヴォブレ。その息子のレミは12年もの間、麻痺した体を自宅で療養させていた。だが、辛く長いリハビリを終えて18歳の時にようやく自由に動けるようになる。かたやエチエンヌの仕事は、彼の弟でレミの叔父にあたるロベールが支えていたが、その叔父はレミに、実は父の会社はいまや倒産寸前なのだと語る。外出が可能になったレミは、亡き母「マミ」ことジュヌビエーブの墓参に向かうが、そこで彼が見たのは意外な情景だった…。 『眠れる森にて』 1818年の欧州。少年時代にフランス革命で父を処刑され、母親とともにイギリスに亡命したフランスの貴族、ピエール・オーレリアン・ドウ・ミュジャック・デュ・キイ伯爵。成人した彼は苦渋の人生を送った母の遺言を受け、現在は別人の手に渡っている実家の古城を買い戻すため、故郷の山村に舞い戻る。土地の優秀な公証人メニャンの助力もあり、城の現在の持ち主ルイ・エルボー男爵から物件を譲ってもらう話はスムーズに進んだ。そんななか、伯爵は男爵家の妙齢の美少女クレールに恋をしてしまう。だが夜半に城を訪れた伯爵が目撃したのは、一晩のうちに死と復活をくり返すエルボー男爵家の面々の怪異な姿だった! まったく毛色の違う二本の中編が収録された一冊。原書は1956年に同じ収録内容で刊行され、日本では昭和32年にポケミスの初版が刊行。 『魔性の眼』は、長年にわたる病床の場というある種の非日常から現実に復帰した少年の視点で綴られる心理サスペンス風の作品。アルレーあたりの作風に通じる感触もあり、その意味でいかにも文学派フランスミステリっぽい一篇。ちなみにキイワードの「魔性の眼」についてはたぶん大方の読者を裏切る形で作中で語られて、最後は、まあ、そういうことなんだろうね、という読後感に落ち着く。水準作~佳作。 もう一篇の『眠れる森にて』の方は、本作がまだ未訳のころ、かつて都筑道夫が日本語版EQMM誌上で絶賛した、J・D・カー風の怪奇趣味とそれと裏表の不可能犯罪? 性に満ちた作品。実はこっちが今回の興味の本命であり、それゆえツンドクの一冊を手に取った。 19世紀の伯爵が遺した手記をもとにその不思議な謎を解くのは、現在の伯爵の子孫である青年アランの婚約者エリアーヌで、世の中の怪異など信じない明るい現代っ娘が過去の不思議な事件に論理的・現実的な推理を行う。 解明は、後年にやはり都筑が好きだったE・D・ホックのよくできた短編をなんとなく思わせるような手際で決着。ゾクゾクする御伽話・民話的な怪異がズバズバと明快に真相を暴かれていく感覚は快い。ちょっと強引な部分も無いではないが、こちらは中編パスラーとしての秀作。 |
No.1 | 6点 | ルパン、100億フランの炎- ボアロー&ナルスジャック | 2017/03/31 23:08 |
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(ネタバレなし)
1919年の春。前年11月に終結した世界大戦の傷跡がまだ生々しいフランス。怪盗紳士ルパンは新たに部下に加えた青年ベルナルダンとともに、大物御用商人グザヴィエ・マンダイユの屋敷に忍び込むが、富豪のはずの同家はすでに凋落の気配が漂っていた。美しいマンダイユ夫人ベアトリスの肖像画に魅せられたルパンは、屋内の秘密の隠し場所に少額の50フラン紙幣が意味ありげに仕舞われていることに不審を抱く。だがそこに当主のマンダイユが登場。慌てたベルナルダンが主人に発砲し、負傷させてしまう。やがて警察内に潜入させている部下ドートビル兄弟の情報から、病院で治療中のマンダイユが奇妙な文句を口にしていることを知ったルパンは、同家の事情をさらに探ろうとする。しかしルパンを待っていたのは、シャンパーニュ地方の名家の主ベルジイ・モンコルネの遺産相続にからむ連続殺人事件だった。 おなじみボアロー&ナルスジャック(本書の場合は、表紙周りと奥付が、ボワロ&ナルスジャックまたはボワロ=ナルスジャック標記)コンビによる、贋作アルセーヌ・ルパン路線の第四弾。 本シリーズの以前の既訳3冊は新潮文庫で発売されたが、これのみ当時のサンリオの出版部から刊行。その結果、ファンにも入手困難な古書としてキキメになっているが、このたび借りて読んでみた(たぶん、実はずっと前に買ってあって、どっかに仕舞って忘れてるってことはない…ないだろう…けど…)。 筆者は贋作ルパンの先行3冊はだいぶ前に読み、その良い意味でのモノマネぶり、原典からのネタの拾い具合の妙味、さらに20世紀70年代の新作ミステリと、それぞれの部分で楽しませてもらった記憶があるが、本書もそれらと同様の、上質のパスティーシュになっている。ルブランの原作世界の事件簿でいえば『三十棺桶島』と『虎の牙』の合間に位置する内容で、『8・1・3』で活躍したあのキャラやかのキャラの再登場や贋作第一弾『ウネルヴィル城館の秘密』との接点なども語られ、ファンサービスもぬかりない。 またオリジナルの新作ミステリとしては後半にかなり大きなサプライズも用意され(分かる人は分かるかもしれないが)、さらに事件の主題が、現実の1912年に生じたかの歴史的海難事故にからんでくるなど、物語の広がり具合もなかなか印象的なもの。 まあ個人的に、終盤のまとめ方はちょっと小ぶりな感じもあったが、たぶん作者コンビが本書で今回書きたかったのは、原典の佳作『金三角』のごとき愛国者ルパンの義侠心みたいだし、そっちの方はしっかりと実感できたので良しとする。 (ちなみに筆者は数年前に、南洋一郎による本作のジュブナイル翻訳(翻案)版『ルパンと殺人魔』はすでに読了済みで、今回本書を読んでいくうちにそっちの方の流れも次第に思い出した。それゆえ本書の名場面のいくつかは既視感もあり、『殺人魔』の大筋はおおむねベースとなった本作『100億フラン』に沿っていたような印象もある。) しかしこの作品、贋作ルパン路線の版元が変わって文庫オリジナルから単行本になったこともあって読者が離れ、当時は売れなかったんだろうなあ…。そのおかげか、シリーズの最終作である第5弾(仮題「アルセーヌ・ルパンの誓い」)は、本書の刊行から40年経った現在も、大人向けの完訳としてはいまだに日本で翻訳刊行されてない。 幻の原典『ルパン最後の恋』が発掘されて怪盗紳士ルパンが21世紀の世を賑わした昨今、くだんの未訳のルパン贋作5作目も、どっかで普通に邦訳してほしいのだが。 【2018年11月14日:追記】やっぱり自室の見えないところにあった。しかも帯付き。ダメじゃん(汗) |