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人並由真さん
平均点: 6.33点 書評数: 2106件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.706 6点 スワン- 呉勝浩 2019/11/26 01:59
(ネタバレなし)
 その日、埼玉県東部の巨大ショッピングモール「スワン」で起きた、銃と日本刀による無差別大量殺戮事件。幼児を含む21人が殺され、多数の負傷者が出る。女子高校生・片岡いずみは、さる事情ゆえに彼女を敵視する同窓生・古舘小梢(こずえ)によって、たまたまその日、スワンに呼び出されていた。いずみは無差別殺人者トリオのひとり「ヴァン」によって事件に巻き込まれ、全くの不本意ながら、複数の人間の殺傷に関与する形となった。正義と良識を気どる市民からいずみへの非難が集まる中、弁護士の徳下宗平は、いずみを含む事件の当日、現場の周辺にいた5人の男女を呼集。ある目的のために、当日の彼らの行動の軌跡を検証しようとしていた。

 この数年、高い打率で力作を上梓している作者の最新作。ショッキングな序盤を経て、当人の責任とは別個に「正義と良識」という人間の悪意に晒される人公いずみの焦燥を叙述。さらにストーリーはベクトルの見えないトンネルの中を突き進んでいく。

 実際、物語の力点がどこに置かれるのかわからない作劇は独特な緊張感を読み手に感じさせるが、一方でこの小説の作りだと読者が予期・期待する興味が必ずしも提供されるとは限らないわけで。
 だから読んでいると「あれ、その件の描写はもう終り?」とか「意外にツッコまないで流して済ませたな」と言いたくなるような気分に導かれる部分もそれなりにあった。
 特に後半、それまでストーリーのメイン部分にいたある人物の運用に関しては、ずいぶんとイージーというか、こういう小説の作りをしてしまっていいのなら、悪い意味でかなりいろんなこと出来てしまうようなあ……と、軽い戸惑いの念を覚えた。
(言い方を変えるなら、送り手の思惑のなかで、登場人物が物語の駒にされすぎてしまっている感じというか。)
 
 それでも最後の最後、主人公いずみの視界を通じて読者の前に明かされる真実と、そこから繋がって見えてくる人間同士の距離感の妙は、結構鮮烈な印象ではあった。
 一発の銃弾が放たれた瞬間、そこで浮き彫りにされる人生の陰影と人間の切なさ。こう書くとシムノンの初期メグレシリーズのあの作品みたいだな(本作と内容は全然違うけれど)。
 あとwebやSNSなどの文化を通じて人の口がどんどん無責任に軽くなっていく現代、人間の心の成熟が文明技術に追いついてないことへの批判も物語のあちらこちらににじんでいる。その辺の「なにを21世紀のいまさら、でもやっぱり無視はできんな」という感じの生硬なメッセージ性もじわじわ来る。

 面白いときの呉作品は、濃厚なようなそのくせどっかいびつなようなそんな中身のバランス取りが独特。そこが大きな魅力なんだけど、今回は特化して印象的なポイントと、全体のやや座りの悪さが溶け合わず、ある種のひずみを感じさせてしまった印象もある。それでも水準作以上の読み応えはあったので、またこの人の次作にも期待ということで。

No.705 5点 犬神館の殺人- 月原渉 2019/11/25 22:51
(ネタバレなし)
 没落と復興を繰り返した東北地方の豪族・雪島家は明治維新の時代に、風変わりな西洋館「犬神館」を建てた。そして18XX年の冬。雪島家の親戚筋の令嬢・芹沢妃夜子は、侍女の栗花落静(ツユリシズカ)を伴って、同家に赴く。そこでは雪島家の面々が傾倒する新興宗教「人の会」の儀式「犬の儀式」が行われていた。儀式は密室状況の中で進行し、その出入り口すべてには「人間鍵」というべき、強引に出入りしようものなら、その場に組み込まれた人間たちの首を断頭する奇怪なギロチン装置が設けられていた。強行的に殺人を犯してまで儀式の場に侵入する者などいないはず? であったが、しかし結局はそこで生じる不可思議な惨劇。そしてそこまでの状況は、シズカが3年前に遭遇したもうひとつの殺人事件との関連を示していた?

 表紙周りのあらすじのどこにも「シズカシリーズ」の表意がないので、あれ? ノンシリーズ!? あるいはシズカシリーズはシリーズでも、もしかしたら<あの新本格の大メジャーシリーズのアレ>みたいな変化球パターン? かと思った。
 そうしたらフツーにシズカシリーズの正編・第三弾でした。いらん前情報語るなって? いや、作者ご本人もTwitterで、シズカ、シズカと連呼してますので(笑)。
 ちなみに今回はシズカについて、妙に笑えるパーソナルデータも手に入る。

 それで今回は、現在形の事件と3年前の過去の事件(どちらもシズカがからむ)、二つのストーリーが並走。ほぼ完全に一章単位のカットバックで二つの時系列が語られ、B・S・バリンジャーみたいな構成で話が紡がれる。
 しかし紙幅がない分、登場キャラの書き込みは全般的に薄いわ、双方の語り手は別人なれど、どっちも似たような文調でいまどちらを読んでるんだっけと、ところどころ区別しにくくなるわ、で、非常に読みづらい(汗)。
 これなら3年前の事件の方の本文の書体を変えるとか、そっちの方の行頭を全部一字分ずつ下げるとか、書式デザイン的にもわかりやすく差別化してほしかった。

 でもって本作のキモのひとつは、あらすじに書いたイカれた舞台装置(人間鍵)だけど、この辺の強引なまでにおバカな趣向はまあ笑える。ただしその装置に組み込まれるキャラたちの造形が先述のとおりに揃って記号的なので、あんまりゾクゾク感はないんだけれど。

 でまあ、ミステリ的な真相だけど、……うーん、これなら3年前の事件だけで良かったのではないの? 苦労して読んだ二重構造の物語に見合う効果が育まれていない。そもそもこの現代編、いろんな意味でチョンボだよね。
 とはいえ一方で過去編だけにしちゃうと、際だった独創性のない謎解き作品になってしまうだろうしなー。過去編にあと2割、現代編にもう1割、合計で3割くらい全体のボリュ―ムを増やしてデティルを足していけば、もうちょっと完成度は高くなったような。

 まあ奇妙な館ものシリーズを毎年一本、相応のチャレンジ精神で送り出してくれる作者の心意気は大いに買いますが。

No.704 5点 復讐者の帰還- ジャック・ヒギンズ 2019/11/23 05:44
(ネタバレなし)
 1952年6月。朝鮮戦争の戦場で、中国軍の捕虜になった6人の英国軍人。英国側の作戦の情報はその捕虜の中の何者かの口から漏れ、結果、英国軍は200人前後の戦死者を出す大打撃を被った。それから7年。戦場で重傷を負い、6年間も記憶を失っていた復員兵の青年マーティン・シェインは、ようやく過去の戦歴を思い出す。彼は敵軍に銃殺された戦友の家族に会い、そして仲間を売った裏切者を暴くため、かつて自分といっしょに捕虜になっていた元兵士の4人が集うバーナムの街に赴くが。

 1962年の英国作品。原書では、ヒギンズ初期からの別名義ハリー・パタースンで書かれた一冊。そしてこれが現在まで日本に翻訳されたヒギンズの著作(別名義のものを含めて)では、最も初期に書かれた作品のはずである。
 ちなみに2019年11月の現在まで、翻訳されたヒギンズ作品は概算して全部で50冊強。そのうち評者が読んでるのはまだ10~15冊程度(汗)だから大きな事は言えないが、冒険小説作家の著作なら初期の方が熱気があるだろうという全くのムセキニンな思い込みで、ヒギンズのこの作品を手に取ってみた。
(ちなみに自分の今回以前のヒギンズ作品との付き合いは、一年くらい前に『神の最後の土地』を再読。やっぱりこれは結構スキな作品だ、と再確認したのが最後だった。)

 でまあ、本作『復讐者の帰還』の印象だが「……ああ、まだホントーに若い頃の作品だなあ……」という感じ(笑)。
 頭部を負傷した主人公シェインはまだ治療が万全ではなく、本格的な手術をさらにもう一度しっかり行わないと命が危険という状況。彼はそんな逆境を押してバーナムに赴き、裏切者の捜査に当たる。
 記憶が戻った以上、矢も楯もたまらない思いなのだろうから、その強引な行動自体には文句はないのだが、しかしこちら(主人公)の都合でいきなり6~7年目に乗り込んで行った目的地に、容疑者の4人がそのまま全員、ちゃんと雁首揃えて待っている、という状況がまず嘘くさい。この辺はもうちょっと、ドラマとしても納得できる、自然な段取りを踏むべきじゃないかと。
 行き当たりばったりに容疑者に疑いをぶつけていく主人公のやり方も、他にまあどうしようもないのだから仕方がないが、ノープランすぎるため、地元の気の良いヒロインを懐かせて協力させるという安易な作劇になってしまう。その辺の展開もなんとも安っぽい。
(ところで主人公が町中を逃亡して聖職者のもとに駆け込み、それまでのいきさつを語り出すプロローグから本編開始、というのは、ボガートの主演映画『大いなる別れ』のパクリだよね?)

 一方でヒギンズ作品にしては、前半はあまり活劇要素がなく、旧悪の調査とその先の復讐という目的に向かって主人公がとりあえず動き回るだけ。この辺は、なんかヒギンズ作品というよりもウールリッチの二級作品みたいなムードで意外に悪くない。
 そういえば1962年ならまだウールリッチは完全に健在で現役で、アメリカと英国で同じ時代の空気を吸ってたんだよなと奇妙な感慨に襲われた。
(だって日本の読者視点でいえば、70年前後を堺にこの二人の作家は世代交代している印象があるよね? 実際にはそんなこともなかったのだったが。)
 
 物語の後半もイベントが矢継ぎ早に起きて読み手を飽きさせないのはまあ良いが、一方で話を転がすため主人公の方から見え見えのピンチのフラグを立てていくなど、ストーリーテリングが素人っぽい。そのため、やっぱり習作時代の一本だなあという印象が改めて強まってしまった。
(それでも、良くも悪くも王道ハードボイルド小説っぽいメインプロットが次第に浮上してくるのは、ちょっと興味深いんだけどね。)
 あと、ラストはいい話っぽくまとめようとしたけれど、大事な文芸を忘れてるんじゃないの? という不満を感じた。ハッピーエンドで胸をなで下ろすには陰で泣いた某キャラが報われなさ過ぎて、読者としては不憫の極みである。

 んー、まだまだヒギンズ、この時点では原石だな~という感触(いや、それ未満かも)。
 単発ものなら『勇者たちの島』『地獄島の要塞』、シリーズものなら『謀殺海域』。そのほかもろもろの秀作・傑作への道は、ここからかなり遠いんだよねという印象であった。

【追記】
 書き忘れていた、もうひとつ印象的な文芸ポイントがあった。シェインは前述のとおり記憶を失っていたので、もしかしたら裏切者は自分自身だったのではないか、とも考える。実際に容疑者のひとりから、お前こそ情報を与えたのではないか? ともやり返されるのだが、シェインは万が一そういう最悪の事態が判明した場合は、自分で自分を裁く覚悟も決めている。この辺の「たとえ厳しい現実だとしても明らかになる真実こそがすべて」的な考えは、結構まっとうなハードボイルド精神で悪くなかったのだった。

No.703 5点 手をやく捜査網- マージェリー・アリンガム 2019/11/22 18:31
(ネタバレなし)
 自称「職業的冒険家」アルバート・キャンピオンは、友人の弁護士マーカス・フェザーストーンの紹介で、その婚約者である娘ジョイス・ブラントから相談を受ける。両親と死別したジョイスは、血縁のない親族で金持ちの老婦人キャロライン・フライデーの後見を受け、彼女の世話をしながら邸宅「ソクラテス屋敷」に同居していた。キャロラインの亡き夫ジョン博士は大学の学長で、妻に多大な財産を遺して他界。そして現在の屋敷には、キャロラインの3人の子供や甥など4人の中年と老人が同居していたが、その誰もが財産も生活能力もなく、キャロラインの資産にたかって十年単位で生活している状況だった。そんな家族の中の一人、甥のアンドルー・シーリーが二週間前から行方をくらましており、何か厄介事があると外聞が悪いので警察沙汰にしたくないというキャロラインの意向を受け、ジョイスはキャンピオンに相談に来たのだった。だがその直後、行方知れずだったアンドルーが、銃弾を受けた死体となって川の中から発見された。続いてソクラテス屋敷では、新たな犠牲者が……。
 
 評者がアリンガムの長編を読むのはこれで三冊目。作風に幅がある(らしい)作者としては、これはかなり正統的な館もののパズラー。
 が、主要登場人物の総数がそんなに多くないこと、館の外というか周辺でいかにも怪しげな人物が序盤から動き回ること、それぞれの要素に作者の狙い所をこっちに感じさせ、その辺のわざとらしさがかえって微妙。
 屋敷内の人物描写も、相応に焦点的にしっかり描きこまれる人物と、ごくざっと簡単に語られる人物の扱いにも明らかな差異が発生。よくいえばその辺にメリハリがあり、悪く言えばバランスがあまりよろしくない。
 最後に明かされる真相も、1932年当時の長編作品としてはまあ意外なような……この時点ですでにどっかで前例があるような……。
(ただ、このあとに同じ英国で登場する某大家の名作の構想に、この作品が影響を与えていた可能性はある……かも。)

 メイントリックを補強するロジックと状況証拠の処理など光るものもあるんだけれど、いまひとつこなれがよくない謎解き作品。
 終盤ギリギリまで事件の真実と真犯人を引っ張る外連味は、好きだけどね。 

No.702 5点 伊勢佐木町探偵ブルース- 東川篤哉 2019/11/22 11:53
(ネタバレなし)
 昭和の事件屋ものの連作ミステリっぽい作りで、味付けは水で薄めた『傷だらけの天使』という感じの一冊だが、全体的には悪くはない。
 もちろん国産ミステリの新刊を年に十冊単位で読んだとして、決して上位に来るような出来ではないが、こーゆー作品もあることに、どこか安心できる。
 どういう文芸ポイントが連作上の「お約束」になるかも当初から見え見えだが、そんなユルい作りもこれはこれで良し。
 
 希望を言えば女刑事の松本、もうちょっとメインキャラの3人にからませてもいいとは思うんだけど。
 今後は別シリーズとのクロスオーバーにも期待。

No.701 7点 霊界予告殺人- 山村正夫 2019/11/22 02:31
(ネタバレなし)
 1989年の東京。青山を歩いていた50歳代の「探偵作家」雨宮鏡介は、一年前に事故死した二回り年下の婚約者・香西育江によく似た女性を見かけた。だがその直後、雨宮は暴走族のバイクに撥ねられて重傷を負い、仮死状態の魂だけが、死者たちが享年時の姿で集う霊界「精霊界」に紛れ込む。そこで育江と、さらには乱歩や横溝、木々高太郎や大下宇陀児たち多数の物故した先輩・同輩作家たちと再会する雨宮。霊界では言語の壁がなく、この世界の探偵作家クラブは欧米ミステリ作家の三巨頭、ドイルとヴァン=ダイン、クリスティーを日本に招待していたが、そのドイルのもとに謎の殺人予告メッセージを記した『緋色の研究』の原書が送られてきた。やがて『緋色の研究』そのままの状況に、さらに密室の要素までを加えた殺人現場で、ドイルが「殺されて」しまう。

 Twitterでたまたまヘンな作品の存在を見かけたので、読んでみる。
 元版ハードカバー版のあとがきで作者自ら「拙著『推理文壇戦後史』の小説版といえるかもしれない」「いわゆるミステリーの範疇を超えた、SF的、幻想的、かつパロディー的な、何とも作風の分類のしようがない、奇想小説になってしまった」と言っているが、正にそのとおり。評者も読んでいる間は至上の居心地の良さを感じる一方、時々狐につままれたような感覚に襲われた。少なくとも丹波哲郎の「大霊界」や中岡俊哉の著作がマジメに巻末の参考文献一覧リストに挙げられている謎解きミステリを、私はほかに知らない。

 ヒロインの育江は生前に女流編集者だったので、欧米の三巨頭を呼ぶ探偵作家クラブの企画にも協力。しかしそれが祟って、彼女はなりゆきから、ドイル殺しの共犯者の嫌疑を霊界警察から受けてしまう。そこで(作者・山村正夫の分身といえる)雨宮は、恋人の無実を晴らすために奔走。そんな雨宮を、乱歩や横溝、高太郎たちが支援するというのが本作の趣向。
 そんな中で高太郎が霊界で『美の悲劇』(生前に未完に終った長編)の続きを書いているという描写など大笑いしつつ嬉しくなる。霊界の探偵作家クラブの新参作家として、本書の刊行のタイミングゆえに、仁木悦子や天藤真の名前が出てくるのはブラックユーモアだが(小泉喜美子の話題が出ないのはナー。たぶん霊界でも日本のミステリ作家とは距離を置いてるんだろうなー)。

 しかしトンデモな趣向だけに寄り掛かった楽屋オチ作品かと思いきや、謎解きミステリとしても真相の意外性、霊界の世界観を活用した事件のロジック、さらには「なぜ『緋色の研究』の見立て殺人を行ったのに、そこに原典にない密室の要素が紛れたのか」の説明など、予想以上に練り込まれた作りでびっくりした。
 本作は1989年の作品だから国産ミステリの趨勢はもう新本格時代に突入していたわけで、それゆえにベテラン作家も若い世代の影響を受け、柔軟にこういう奇想めいた謎解きミステリを書いたのだと思いたい。本書はそんな出来である。

 ただ惜しむらくは、もうちょっと真相の意外性(それ自体は相応に評価できる)をもっとドラマチックに、またこういう設定なんだから良い意味でマンガチックに盛り上げて語ってくれれば良かったものの、その辺の演出が弱いのが残念。そういった辺りをもうちょっとうまく押さえてくれていたら、確実にもっと口頭に昇る名作になっていたろうにね。
(少なくとも本サイトで今まで誰もレビューしてないのは、ちょっと違和感がある一本である。)

 まあ真相に驚き、唸ったあとで、本作を読んだミステリファン同士で、さらにそこからいろいろくっちゃべりたい作品でもあるけどね。しかしそれもまた本作品の独特な持ち味といえるだろう。

No.700 6点 非常線- ホイット・マスタスン 2019/11/20 12:10
(ネタバレなし)
 1950年代のカルフォルニア(訳文の表記ママ)。その日の深夜零時前後、25歳の保険外交員オーエン・クラークは、恋人のエリザベスとドライブデートを楽しんでいた。だが車を停めていた二人のもとに、警官を装う拳銃を持つ男が猥褻な興味で接近。オーエンから偽警官だと見破られた男は彼を殴って意識を失わせ、そのままオーエンの車を奪い、気絶させたエリザベスとともにどこかに逃げ去った。パトカーで巡回中の警官、ゲリティーとシャベスの二人はやがて千鳥足で歩くオーエンを発見。頭部への衝撃で意識が朦朧としていたオーエンは当初酔っ払いかと思われるが、警察医ケネス・フレイジーの診断で他者から暴行を受けたと判明する。事件性が認められる中でオーエン本人の記憶も戻り、地元警察の「石頭」ことマーロ・ブラサム警部の指揮のもと、拉致された若い娘を救うべく深夜の非常線が張られるが……。

 1955年のアメリカ作品。作者マスタスン(別名義ウェイド・ミラー)が書いたガチガチの警察小説で、評者の大好きな50年代アメリカミステリの気分を満喫できる一冊。
 プロローグから小説本文に深夜零時を表意する小見出しがあり、その後は映画のようなカットバック切り替え手法で視点を分散、経過するリアルタイムの時刻を表示しながら物語が進行。そのうえで本書の原題から、この作品がどんな趣向かは分ってしまう。
(いや「そういう小説の作り」だろうということは、最初から察しがつく種類の作品なので別にいいのですが。)
 
 もうひとつの大きな趣向は、先にレビューをされているkanamoriさんが書いている人間関係のちょっとした意外さで、これも小説の前半~半ばには明らかになるが、まああえて最初から読者が知る必要もない(今回のレビューのあらすじでもその辺はぼかした)。
 今回、評者の家には旧クライムクラブ版と創元文庫版の双方があり、翻訳がたぶん同じなら珍しい版の方がいいやと思って前者の方で読んだので、kanamoriさんが被った創元編集部のあらすじでネタバレされる災禍は逃れた(旧クライムクラブの書籍本体には、あらすじの類がない)。

 先にちょっと触れた「そういった構造」の作品なので、ストーリーは呆れるほどテンポ良く進み、途中で話の流れを潤滑にするためやや捜査陣側に都合良すぎる部分もあるが(わざわざ深夜に警察に自発的な情報をくれる善きサマリア人的なキャラクターの登場など)、まあ職人作家の読み物小説として見ればぎりぎり許容範囲か。
 警察と事件関係者、犯人自身、それらをひっくるめた群像劇的な側面もあるこの作品は当然ながら各キャラ同士のサイドストーリーも面白く、特にブラサム警部の部下でハンサムな巡査部長フロイド・ジャンセンと、警察本部の美人の通信スタッフ、ツルディ・エルンストのちょっとだけラブコメっぽいやりとりなど良い味を出している。本書を最終的に気持ちよく読了できるのは、その辺の味付けも大きい。
 
 なおこの作品、(創元文庫版で読むならば)あらすじは事前に見ない方がいい一冊ということになるが、登場人物一覧の方は良くも悪くもやや微妙。
 というのは(評者の場合クライムクラブ版での話だが)登場人物一覧の方は、やはり軽い? ネタバレになる危険性もある一方、なかなか名前の出ない「逃走する変質者」が登場人物表にある名前の誰なのか、という興味で読むことも可能だから。同時にそうすると、この人物は小説内でどういう役割を負うのだろう? という種類の関心が膨らんでくるキャラクターの名前もあり、そういう意味では人物一覧表が機能した作品ではあった。
 3時間で読み終えられる佳作~秀作。好きか嫌いかといえば当然かなり好き。 

No.699 7点 時を壊した彼女 7月7日は7度ある- 古野まほろ 2019/11/18 12:21
(ネタバレなし)
 2020年の7月7日。部長の楠木真太たち、久我西高校吹奏楽部の三年生5人はその夜、校舎の上で七夕を祝おうとしていた。だがそこに未来の世界から、2人の少女ハルカとユリが来訪。未来人は当初、自分たちの精神のみを過去に転写する予定だったが、なんらかの要因ゆえに当人たちの実体さらに広義の時間移動装置そのものも2020年に出現。その影響を受けた衝撃で、真太が死んでしまう。吹奏楽部の面々は事故の原因となった未来人の2人と対峙。きびしい制約のなかで回数限定ながら<時間移動>がまだ可能と知った一同は、未来人と現代人で上限4人の時間遡行チームを組み、真太が死なない状況への歴史の書き換えを図るが。

 2018年はSNS監視社会の舌禍に巻き込まれ、いまいち活動が鈍かった印象のあるまほろ先生だが、今年はこんな結構な力作を出した。全書判二段組み、500頁以上(原稿用紙1000枚以上とか)のボリュームは伊達ではない。
(まあもともと、まほろ作品には大部の著作も多いですが。)

 それで本書は「運命と戦う高校生達のタイムリープ×本格ミステリ」と帯に謳われている。そこで、時間遡行のたびにPC内のテキストファイルを上書きするように書き換えられる歴史、それにあわせて時間を戻る当事者以外の記憶は初期化、もちろん人類の歴史の大幅な改竄は回避しなきゃならない。しかも本作独自の文芸として、時間逆行者は脳内に毒素が溜まるので、解毒剤の残りの限りから、タイムリープは有限……と細々なSF設定が用意され、それらの命題にひとつひとつ対応していく辺りの作劇は実に丁寧。

 でもこれどこで、本格ミステリ(フーダニットのパズラー)に転調するの? しかもやり直しの回数を主人公たちがギリギリまで使い切るのは見え見えなんだから、予定調和の筋立ての確認に付き合うのは読者にとってはただの単純作業だよね? 繰り返しで笑わせるドリフのコントじゃあるまいし、という思いも、途中まで芽生えもした。が……さすがソコはまほろ先生、中盤からかなりの大技を用意して、こちらの眠気をぶっとばしてくれます(ま、この辺は例えるなら、パソゲーの分岐シナリオでいきなり過激編が出てくるみたいな感じのノリでもありますが)。

 でもって最後にはちゃんと謳い文句通りの小説カテゴリーに着地。ごく一部だけ先読みできる部分はありましたが、青春SFサスペンスの中からじわじわと精緻なロジックを詰め込んだパズラーが浮かび上がってくる緊張感は並々ならず、これこそが今回やりたかったことでしょう。
 そして犯人捜しのミステリとしてのマターを十全に消化しながら、最後にまた改めて時間SF、そしてキャラクタードラマに還る流れも良い。何のかんの言っても実質一日で読み終えさせられました。 

 ジャンルはSFでも特殊設定のパズラー分類でもいいんだけど、個人的な観測では上質な犯人捜しフーダニットの要件を充分に満たしながら、それも含めて最終的には固有の世界観のビジョンが紡がれるSFだと思う。とりあえずそっち推しで。

No.698 7点 燃えつきた城- アーサー・ライアンズ 2019/11/16 22:12
(ネタバレなし)
 「私」こと36歳の私立探偵ジェイコブ・アッシュは、活躍中の画家ゲリー・マクマードリーから、8年前に彼が捨てた妻レイニーと息子ブライアンの行方を捜すように頼まれた。だがアッシュが出会ったレイニーは、連れ子ドニーのいる初老の大富豪サイモン・フライシャーと数年前に再婚。そしてそれに先だって息子ブライアンを交通事故で失ったという。レイニーは自分たちを捨てた前夫への憎しみを隠さず、一方でゲリーも財産の半分を残して養育を託したはずなのに、息子を死なせたレイニーに激情を燃やす。そんな騒ぎのなか、ドニー少年が失踪。もろもろの状況から、実子を失ったゲリーが、レイニーと仲の良い義理の息子ドニーを誘拐し、彼女への報復を図ったのでは? と推察されるが……。

 1980年のアメリカ作品。長編作品が全部で11作書かれたらしいアッシュシリーズだが、これはその第5作目。それでも日本語で読めるなかでは一番若い(比較的初期の)作品である。いろいろ事情はあるんだろうけど、ちぐはぐな順番での翻訳と、結局全部で4冊しか日本語にならなかった事実がどうにももったいない。

 もともとこのシリーズ、70年代後半からのネオハードボイルド派のなかでも、比較的正統派の作風(要はいわゆるハードボイルド御三家寄り?)というのは聞いていたし、木村二郎さんの一時期のギャグ(「アッシュはジェイコブでやんす」)なんかも印象に残っていた(笑)ので、そのうち読もう読もうと思っていた。
(もしかしたら大昔に『ハード・トレード』を読んでいるかもしれないが、まったく記憶にない。たぶん読んでない……と思う。)

 で、ようやく初めて(?)作者の実作を手にしてみたが、いや、期待・予想以上に面白い。自分なりのモラルに忠実であろうとしながら、一方で依頼人や事件関係者との適切な距離感を守ろうとする(でも情に負けることもある)アッシュのキャラクターはなかなか良い感じだし、かなりの頭数が出てくる登場人物の書き分けや二転三転しながらも飲み込みやすい自然なプロットの組み上げ方など、ミステリ小説としてのバランスが実にいい。
 一方で妙なまでに優等生っぽい丁寧なまとめ方が、かえって有象無象の新旧ハードボイルド私立探偵小説のジャンルの中では地味目に見えてしまい、その点で損をしたんじゃないかな(特に日本での紹介に関しては)という印象もないではない。それでも、少なくともこの作品『燃えつきた城』に関しては、単品のミステリとして読んでも、相応に出来の良さを誇れる気がする。
 もちろん事件の真相についての詳述などはココではできないが、評価ポイントとしては物語後半の捻り具合が自然かつきれいに腑に落ちる。そういった話の転がし方の鮮やかさを、まずは褒めておきたい。
 これならシリーズの残りも期待できるので、翻訳された未読分をおいおい読んでいくこととしよう。

 ちなみに主人公アッシュは、R・L・サイモンのモウゼズ・ワインと並ぶネオハードボイルド分野を代表するユダヤ系探偵。かのレイシスト(?)作家・矢作俊彦が「ユダ公の書いたネオハードボイルド小説なんか反吐が出る」と毒づいた、当時の新世代アメリカン探偵ヒーローの一翼である(笑)。
 評者は個人的にはそっちの意味での色眼鏡などは全然、持ち合わせていないが、肝心のアッシュ当人が、自虐的なまでにおのれがユダヤ系であることに随時諧謔めいたものを弄しているのがなんとも。
 特に中盤のジョーク「女房を寝取られた男が黒人なら男を撃つ、メキシコ人なら妻を撃つ、しかしユダヤ人は「自分が悪いんだ」と言って自分を撃つ」というのには大笑いしながらもフクザツな気分にさせられた。この辺は作者ライアンズ自身の意識の投影で、さらにそれこそユダヤ人らしい気風というものかねえ。まあ作家のメンタリティと作中のメインキャラの内面は、必ずしも等号じゃないとは思うけれど。
 
 最後にもうひとつ気になったこと。アッシュはそれこそ胸の内では矢継ぎ早にワイズクラックを連発するんだけど、現実の他者相手のダイアローグの中ではその辺はかなり控えめ。要は皮肉や揶揄が全体的に陰口っぽい一面があり? もしかしたらこういうキャラクターが姑息に見えて、イラッとする人がいるのかもしれない。まあそれだったら、わからなくもないね(個人的にはさほど不愉快には思いませんが)。

No.697 5点 死者の伝言板- 田中文雄 2019/11/15 19:23
(ネタバレなし)
 30歳の美人事務員・新田麗子は、自分が限られた余命の難病と知った。麗子は元恋人で、かつて長編ミステリ「死者の伝言板」を合作した男・伊東五郎に再会したいと思い、当人同士だけに分かる意味合いの伝言告知を新聞に載せた。一方、当の伊東は今は若い妻・里子と新生児の一彦とともに会社員生活を送っていたが、新聞の告知に気付いた彼はその指示に従って元の彼女との再会に応じようとする。だがその頃、都内では「死者の伝言板」の作中ヒロインであり、現実の麗子の分身と言える「津田冬子」がミステリの流れに沿った連続殺人を重ねていた。

 連城、泡坂、栗本と並ぶ「幻影城」スクールの一員だった田中文雄が、自分だってまともな技巧派パズラー書けるわいと言って(かどうかは知らないが……)著した「描き下ろし長編本格推理」。
 既存の創作物(作中の現実ではまだ未刊行)の流れのとおりに進行する連続殺人、作中人物の不可解な行動、思いも寄らぬ後半の展開……とお膳立ては非常に魅力的だが、いかんせん、真相が無理筋すぎる。
 いや終盤の犯人の意外性はその部分だけ取り出せばこの上無くショッキングだが、いろんな意味で作中のリアリティとして、この真相、この真犯人はありえんでしょう! という出来。
(あとネタバレになりそうだからあんまり言えないけど、この作品、確実に作者の東宝プロデューサー時代の……(中略)。)

 作者が終盤まで読み手を楽しませようと腐心したことは察しますが、謎解きミステリとしての必要最低限の整合性までうっちゃっちゃ、ダメかと。
 こういうゆるさもまた味だよ、と言える度量のある人にのみお勧めします。自分もその意味では、まあ決してキライではないけれど、出来の良い作品とは口が裂けてもいえない。

No.696 5点 病弱探偵 謎は彼女の特効薬- 岡崎琢磨 2019/11/15 10:02
(ネタバレなし)
「ぼく」こと県立辺留(へる)高校一年生の山名井ゲンキ。ゲンキの隣家の幼なじみで同じ学校の同学年・貫地谷(かんじや)マイは、いつも何かしらの疾病に襲われる体調不良。学校を欠席続きで家でミステリーを読むのが好きな彼女は、ベッドで謎を解くことも得意な隠れた名探偵だった。ひそかに想いを寄せるマイのため、ゲンキは学校の周辺で起きた不思議な事件を、今日も静養中の彼女のもとに送り届ける。
 
 青春ラブコメ+日常の謎パターンの、全6本の連作短編キャラクターミステリ。1話から『進撃の巨人』のパロディコミック『衝撃の小人』(作中のリアルではあくまでシリアスなアクションSF? または活劇ファンタジー? 漫画らしいが)が登場する程度にとても敷居の低い作品である。なんつーか、コンビニの看板を「エイトイレブン」と標記して観客を笑わせようとした大昔の劇場アニメ版『タブチくん』を思い出してしまった。

 若者向けのラブコメベース作品という方向性は前提なので、マイの形ばかりツンデレを装ったキャラと二人のバカップルぶりは承知で読むが、肝心のこの手の日常の謎ミステリとしては良くも悪くも普通。全6本のうち、配列的に一部のまとまったブロックに事件関係者への(中略)を狙いとするネタが続いたのはちょっと気になった。個人的には第五話の、校内図書館を舞台にした不自然な貸し出し事案の謎が割と面白い。

 それなりには楽しめるが、なんにせよこの手のものが氾濫している現状なので、その意味ではラブコメ設定で文字通りのベッドディティクティブというネタ以外、特筆する要素が少なめか。
 あとAmazonの文庫版の方のレビューでも言及されているけど、マイがそのエピソードごとに苦しむ病気の描写が適当で通り一遍すぎる。もちろんあくまでラブコメ探偵ヒロインのキャラクター用の記号だから、その部分をしっかり書きすぎて話を重くしてもまったく意味がないんだけど、実際に病気で辛い思いをしている人が読んだらあまり気持ちよくはないだろう。評点は6点でもいいけど、その辺を勘案して一寸厳しめに。

No.695 6点 暗い広場の上で- ヒュー・シーモア・ウォルポール 2019/11/14 12:25
(ネタバレなし)
 第一次世界大戦を経たロンドン。その年の12月、「私」こと30歳代の失業者リチャード(ディック)・ガンは、ピカディリーサーカス(訳文の表記ママ)で、長い間捜し続けていた男リロイ・ペンジェリーに偶然に出会う。ペンジェリーは14年前に、ディックの友人だった青年貴族ジョン・オズマンドが道を踏み外して仲間の2人とともに物取りに及んだ際に、警察に密告した男である。ただしペンジェリーの通報の動機は市民としての社会正義などとは無関係で、小悪党が警察にいい顔をして自らの得点を稼ぐためであった。オズマンドの美しい恋人ヘレンに懸想していたディックは、オズマンドの逮捕と投獄によって人生を狂わされた彼女の哀しみを思いやり、その後行方をくらました卑劣なペンジェリーをひとりで追い続けていた。だが奇しくもその夜、服役を終えていたオズマンドとその仲間たちもそろってペンジェリーに接近。夜陰のピカディリーサーカスに、ヘレンを含む一同は集結するが……。

 1931年のイギリス作品。「奇妙な味」の名作短編『銀の仮面』のウォルポールが書いた広義の長編ミステリのひとつで、ジュリアン・シモンズが選んだ例の「サンデータイムズのベスト99」にも挙げられている一編。
 評者は過日、本サイトで短編集の方の『銀の仮面』のレビューを書いたあとに、いくつかウォルポールの長編も近年になって訳されていた事実を改めて認識(気付かなかったのは恥ずかしい)。前述の名作リストに挙げられた作品という興味もあって、じゃあ……と読んでみた。

 ちなみにポケミスで刊行された本書だが、裏表紙の上部の惹句に「ロンドンの『ドン・キホーテ』と悪の権化との戦い」とかなんとか随分とアレな事が書いてあり、ポケミスのキャッチ部分のトンチンカン度では史上でもかなり上位の方に来るのでは、と思う。
 いや、一方的な(?)ヘレンへの思い入れで突き進む主人公ディックをラ・マンチャの男に例えるのはギリギリ分かるにしても、ペンジェリーは悪の権化とかいう大層な者じゃなく、普遍的にリアルな感覚の小悪党だし、そもそもディックはペンジェリーを探すことそのものを目的にしていても、その後どうするかの展望もなく、特に「戦い」もしないし。

 何より、もともとこの作品、文芸的にかなり微妙なところを狙っている。いやたしかに、オズマンドたちを踏み台にしてある意味で食い物にしたペンジェリーはイヤなゲスなんだけど、一方でそもそもルパンだかラッフルズだかを気どるような感覚(読み解くとそういうことっぽい)で悪いことをしかけたオズマンドたちの方に大元の問題の根源があるので。ヒロインのヘレンは彼女自身には罪はないのに散々な目に合うし、さらにオズマンドの仲間のひとりパーシィ・ヘンチの妻子なんかは旦那の投獄のために困窮の果てに死んでしまう。そういう形で事態に巻き込まれた女性や子供は本当に気の毒だけど、オズマンドとその仲間たちの逮捕そのものは、きびしい言い方すれば完全に自業自得だしなー。
 まあそれは現在のオズマンドたちも重々理解しているようで、彼らがペンジェリーを追いつめたのは「もともと友人だったのに、なぜあんな裏切るような真似を?」と改めて問い糾すだけのためで、決して復讐が目的ではないのだが……。
(これ以上の話の進展は、ネタバレになるので書きませんが。)

 当時のロンドンのドブ臭い裏社会、そこでの人間模様を描いている広義のミステリでは確かにあるけど限りなく普通小説っぽい。
 それでまあ話を転がしていくウォルポールの筆の冴えはなかなか伸びやかなんだけど(ストーリーテリングとしてはけっこう上質だと思うぞ)、一方でもともとからしてこの作品、そういう主人公と友人たちのサイドに弱みがあるよね、という思いが前提となってしまう作りなので、エンターテインメントとして読むにもブンガクとして嗜むにも難しいなあ……という感触もある。どっちかというと後者か。作者自身もその辺が狙いなのだとは思うけれど。


 現状でAmazonおよびTwitter上での感想がそれぞれひとつずつ。前者はけなしていて、後者は褒めてるけど、まあどっちの方の気分もわかるよね、という感じ。短編集『銀の仮面』の作者としては、いかにも、という長編作品ではある。

No.694 7点 予言の島- 澤村伊智 2019/11/12 18:12
(ネタバレなし)
 1990年代半ばまで全国の人々から支持を集めた人気霊能者・宇津木幽子。彼女はその晩年に瀬戸内海の孤島・霧久井(むくい)島を訪れ、そこで自分の死からおよそ20年後に、この地で6人の命が失われるだろうという怪しく不吉な予言を残した。やがて時は流れて2017年。駄菓子メーカーの社員で30代後半の独身男・天宮淳は少年時代に幽子の活躍に胸躍らせた記憶があり、興味本位から旧友の大原宗作たちを誘ってかの霧久井島へ向かう。だが現在の島は過疎化が進んでほとんど老人たちばかり暮らしており、さらに島の怨霊「疋田」の伝承までが聞えてきた。そしてその夜、島内では、殺人事件が発生して……。

 本サイトでも先に「本格」ジャンルで登録されていたし、帯にも著者初のミステリという主旨の文言が書いてあるけど、読み進むうちにこれ、小説の形質&構造としては、今までの澤村作品同様にホラーカテゴリでいいんでないの? と考えた。最終的にスーパーナチュラルな要素が劇中に登場するかどうかはともかくとしても。
 ……で。
 まあこれも、あんまりナニも言わない方がいい作品だろう。
 ただ、フツー程度に今年、国産ミステリの話題作を追っかけている現在進行形のミステリファンは本作を読みおえたときに、きっとあれこれ思うことがあるだろうな(汗・笑)。

 作者のレギュラーキャラである比嘉姉妹とその関係者はいっさい出ない、完全な単発編。だから本書が作者の著書はじめてという人でも、その意味で問題はない。もしも興味があるのなら、早めに読んじゃった方がいいかもね?

 なお自分のジャンル投票はあれこれ考えて「ホラー」に一票。サスペンスでもいいかもしれない。本格では絶対にないと思うぞ。

No.693 5点 昨夜は殺れたかも- 藤石波矢&辻堂ゆめ 2019/11/11 16:23
(ネタバレなし)
「俺」こと、人材派遣会社「ランカージョブ」に勤務する35歳の藤堂光弘。彼はある日、同僚のOL・野中がもたらした情報から、専業主婦の愛妻・咲奈が不倫をはたらいているのではと疑惑を抱く。やがてその疑いは確信に変わり、裏切られた思いの光弘は咲奈を葬る完全犯罪の計画を企てた。だが一方「私」こと咲奈も、夫が自分の秘密に気付いて殺そうとしてると察知。彼女もまた先手を打つべく夫殺しの計画を進める。

 講談社タイガレーベルで活躍中の藤石波矢が、同レーベルに初参加の辻堂ゆめと組んで合作したクライムラブコメディ。もともとは辻堂が出した案と同じモノを担当編集が抱えており、この構想を活かすために男女作家の合作企画を実現。それぞれ夫の「俺」パートと、妻の「私」パートを分担執筆したそうである(ちなみに藤石も辻堂もすでに既婚者)。
 
 内容的には、悪い意味で昭和のテレビドラマの再放送を観ているような感じで、特に中盤で送り手の作家たちがそれまで隠していたカードを見せるのが早すぎる。
 まあおおむねそんな(中略)だろうと予想はしていたものの、実際にそれを早々と明かされたおかげでいっきになけなしの緊張感も失せてしまった。だから後半の展開は単調で、眠い眠い。

 とはいえ万が一そのオチを終盤までとっておいてドヤ顔で開陳したりしたら、それこそ30年前の赤川次郎の量産作品だしなー。
 よくいえば、どう作ってもどっかで観たようなものになってしまうものを、なんとか最後に格好をつけたともいえるかも。

 中学生が、あんまり本を読んだことのない異性の友人に、サンジョルディとかの贈り物としてプレゼントするにはよいかもしれない(いや、それもどうだろうか……・汗)。
 主人公コンビが、オッサンの俺が見てまあキライな感じのキャラではないので、0.5点おまけ(とはいいつつ、いかにマジメな愛情の反動とはいえ、不倫されたから話し合いも叱咤もしないでそのまま殺しにかかるダンナってのも、21世紀の今の世相からすれば、リアリティ薄弱な気もするんだけど・笑)。

No.692 5点 密殺の氷海- R・H・シャイマー 2019/11/11 02:05
(ネタバレなし)
 アラスカ州がまだアラスカ準州だった時代。アメリカのシアトル出身の女性教師ガスティ・ラントは、アラスカの群島の一角のヌガ島に海外派遣教師として赴任していた。だが、任期の3年もまもなく満了。緑も少ない荒涼としたこの土地にとうとう馴染めずにいた彼女は、それでも土地の人々と親しくなったことは悪い気はしなかった。一方で島の周辺のアラスカ海域では、漁獲に被害を及ぼすオットセイの大規模な駆除が恒例化しており、同時に海獣の毛皮と食肉は莫大な利益の源だった。ロシア系アリュート人の海の男ミロ・トーキンは小型船「シー・ベア」号の船長として、時に海賊まがいの行為に及びつつオットセイの毛皮の争奪に介入していたが、やがて彼は妙な奇縁から本国へ帰国しかけるガスティと関わり合うことになる。だがそんな彼らの周囲で、ある夜、殺人事件が……。

 1972年のアメリカ作品。1973年度のMWA新人長編賞の受賞作品だが、2019年の現在、本サイトをふくめてweb上にほとんどレビューがないようなので、ちょっと気になって読んでみた。
 いわゆるエキゾチックミステリの趣のある作品で、全編にわたってアラスカ海域の寒々とした世界を叙述(本文中ではわかりにくいのだが、訳者あとがきによるとこの物語はアラスカがまだ準州だった1959年以前の過去設定らしい)。M・C・スミスの『ポーラ・スター』にも一脈通ずる北方漁業の険しさのようなものも活写される(ただし嵐の場面はあっても、海洋自然派冒険小説の域までには至らないのだが)。
 特に印象的なのは、一度に数千匹のオットセイが殺戮駆除される描写で、我が国でも1980年に起きた壱岐イルカ事件に相通ずる海獣と人間(特に漁師)との共存の困難さを痛感させられるが、ここらは単に動物愛護の念ばかりでものを言うべきではないだろう。いや、もちろんいろいろ思うことはあるけれど、現実に手が動かない、語る言葉がないのなら、軽佻浮薄、短慮に不用意に心情を吐露すべきではない。
 
 しかしながら殺人事件は起きるし、広義のフーダニットの興味も終盤まで続きはするが、一方であまりフツーのミステリらしくない、なんというか奇妙な感じに叙述の力点を違えた作品だった。物語は男女の主人公ガスティとミロ、さらに海洋パトロールの青年ネルス・ボーガソン少尉、さらにはアラスカの火山を探求に来た科学者ヘイノー博士そのほかをメインに多視点で進行。殺人事件を用意して謎解き? ミステリの形はとっているけど、実際に作者の書きたいものはアラスカの群島を舞台にしたエキゾチックな群像劇だよね? という感じである。
 そういう奇妙なノリと、さらにガスティとミロ、さらにそこに割り込んでくるネルスの三角関係ドラマなどでそれなりに読ませるものの、まあミステリとしてはかなり薄い。
 実のところ、MWA新人賞の肩書きにそれなりに期待を込めた評者などは、中盤でのある人物のある描写なんか、叙述トリック的なミスディレクションかと勝手に思い込み、ものの見事に空振りを喰ったほどだ(笑)。
(原書が20年早く書かれていたら、創元の旧クライムクラブの中に混ざり込んでも違和感がないような印象でもある。)

 ただまあ、事件の真相が露見し、物語の山場を越えたあと、長めのエピローグ部分に妙なパワーを感じた作品でもある。なんていうかミステリ部分よりも、アラスカの描写よりも、作者がホントーに書きたかったのは、この人を食ったクロージングじゃないかなとも思わされるほどに。
 一読後、訳者のあとがきを読んで、イニシャル表記で性別のわからなかった作者が実は女性だったと教えられ、そこでいろいろ腑に落ちる。ジェンダー論で大雑把にものを言うのもナンなんだけど、ああ、これってそういう小説だったのねって。
 決して面白いとダイレクトに褒められないんだけど、妙な感じにアジのある一編ではあった。 

No.691 6点 カナダ金貨の謎- 有栖川有栖 2019/11/09 13:59
(ネタバレなし)
 有栖川作品にマトモに付き合うようになったのは、この4~5年の新作長編ばかりなので、実は短編集も初読みなのでした。
 以下、各編の感想&コメント。

『船長が死んだ夜』
 伏線が見え見えで犯人の予想も早めにつくが、カメラに動画として納められた「ブルーシートをかぶった、正体不明の殺人犯(の逃走図)」というビジュアルイメージにときめき。『悪魔の手毬唄』のおりん婆さんの出現シーンを思い出す。

『エア・キャット』
 いまいち面白さがピンとこない。そういう考え方もあるよね、だけ。

『カナダ金貨の謎』
 短編シリーズをもう少し読んでいれば、通常編との差分で良さが分かるのか? あとここでは言えないが、このトリックって……(以下略)。

『あるトリックの蹉跌』
 シリーズ名探偵&ワトスン役のイヤー・ワン編として好感の持てる掌編。謎解きミステリの楽しみ方の、初心に返ったおさらいモノという側面もある。

『トロッコの行方』
 良い感じに捻りの利いた一編。しかし今年の国産ミステリは、トロッコ問題の話題のブームである。この二ヶ月の間に『ジャンヌ Jeanne,the Bystander』(河合莞爾)と『犯人IAのインテリジェンス・アンプリファー』(早坂吝)と本作とで3作目だよ。まあ先の二本は、同問題と密接な関わりのSF調ミステリ(AI、ロボットテーマ)だから当然ではあるが。

No.690 5点 マンガ狂殺人事件- 赤塚不二夫 2019/11/08 17:41
(ネタバレなし)
 宮城県出身の漫画家のタマゴ・石森章太郎青年は、手塚治虫からアシスタントの助力を請われて上京中、車中で他殺死体に出会う。だが気に留めないで、当時の新人漫画家の梁山泊として有名なトキワ荘に向かった。そんな石森がそこで見たのは、ほかならぬ手塚自身の死体? であった。やがて事態は、昭和末期までの時空を揺るがし、日本漫画史の歴史を書き換える連続殺人事件へと発展し……。

 1980年代の半ば、斯界で活躍しているその第一人者に、その各界を舞台にした推理小説? を書かせよう。しかも古今東西の名作をパロディー化した趣向を盛り込み……という悪ノリ企画。これが作品社の叢書「面白推理文庫」であった。タモリの『タレント狂殺人事件』、ビートたけしの『ギャグ狂殺人事件』など予定通りなら10冊近くのタイトルが刊行されたはずだが、本書はその中の一冊。

 しかし改めて言うまでも無いが、本書の「著者:赤塚不二夫」はあくまで名義貸しっぽい。実際に書いていたら、のちのマンガエッセイその他などで、ご当人がそのことを話題にしないわけはない。そして今まで評者も赤塚ファンの末席のひとりとしてそれなりに、その種の記事や書籍は追い掛けているつもりだが、そんな事例(「俺、こないだ小説書いたんだ」とアカツカ先生がのたまっている)は一度も見たことはない?
 たぶん本当の実作者は赤塚マンガのメインアシスタントのひとりで、自分自身も『しびれのスカタン』『くるくるアパート』などのギャグマンガの実作を手がけた漫画家・長谷邦夫であろう。赤塚とともにグァムに行った際の話題の登場や、長谷自身の周辺の情報への偏り具合など、そのつもりで読んでいくと色々腑に落ちる叙述がある。

 長谷は晩年まで文筆家としての著作も多く、一方で自分自身も若い頃に3年かけて筒井康隆の『東海道戦争』をコミカライズ(多忙で、当初原稿をわたすはずだった版元が途中で潰れたが、自力で完成させ、別の出版社に原稿を持ち込んだ逸話がある)したSFファンでもある。
 それだけに本作も、タイムパラドックス的なSFガジェットと楽屋落ちネタてんこ盛りのメタフィクション性を駆使した破格の謎解き? ミステリとして結実。『虎よ、虎よ!』(本文中では『虎よ! 虎よ!』とタイトル表記)のジョウント能力なども、出典を明記した上で登場する。

 マトモなミステリファン、小説読みが読んだら呆れるか激怒必至のシロモノだが、もともと叢書そのものからして破天荒な冗談企画っぽいレーベルなので、これはこれで良い。むしろそのイカレっぷりとネタぶりを楽しんだ方がいい一冊である。まあ昭和漫画文化の裏面史にまったく関心がない読者は、確実に置いてきぼりを食らう暴走ぶりだが。
(個人的には、森田拳次のアメリカでのトラブルまでネタにする臆面のなさに呆れつつ爆笑し、そしてそのヤバネタ度に改めて冷や汗をかいた。) 

 最終的にミステリとしては、予想通りの反則技の連発で真相が明かされるが、それでも主軸となる動機のひとつは昭和の漫画ファン的にはちょっと興味深く、1980年代の半ばの時点ですでにやはり「あの御方」は「そういうタイプのクリエイター」として衆目一致の評価だったのね、と笑いがこぼれる。いやまあ、リアルタイムでの本当のファン(二×堂先生とか)からしたら、常識みたいな見識だったのであろうが。
 
 でまあ、ミステリのレビューとは関係ないけど、昭和漫画文化のなかの人脈図とかを探求するマニアにとっては、いい手引き書になるかもしれん。もちろんこれをもとに商業原稿か何かを執筆する際には、一次資料として本作内の記述をそのまま書き写すんじゃなく、ちゃんとさらにウラをとって欲しいけど。

 最後に、本作は各章の章見出しをクリスティーから大藪春彦、赤川次郎までの人気作の題名をパロディー化(大藪の元ネタは大メジャーな『野獣死すべし』じゃないよ。カモられてるのは『破壊指令№1』で、ソレが赤塚のあの雑誌ネタとリンクするよ~笑~。)。
 SF要素ばかりに寄り掛からず、ちゃんとミステリファンにもサービスした素敵な本? だけど、ただ一箇所、148頁、マイケル・クライトンの医学SFを映画化した『コーマ』という記述はいただけません。言うまでもなく原作者はロビン・クックで、クライトンはその映画版の監督&脚本(しかし『コーマ』を医学ミステリでなく医学SFとみる見識はちょっと面白いな)。
 いつか復刊の機会があったら、ここはちゃんと直しておいてください。まあふたたびマトモな新刊になる可能性そのものが、まず無いと思うけど。

No.689 8点 medium 霊媒探偵城塚翡翠- 相沢沙呼 2019/11/07 17:31
(ネタバレなし)
 若手ミステリ作家の香月史郎は縁があってここ数年、警視庁捜査一課に協力していた。そんな香月は、高級マンションに仕事場を構える霊媒師・城塚翡翠(じょうづか ひすい)に会いたいという、大学の後輩・倉持結花に同道。超美人の翡翠と対面する。やがて翡翠の語るいわくありげな予言と関連するかのように、殺人事件が発生。香月は翡翠ともに、その殺人事件の捜査に加わるが。

 連続短編集っぽい仕様で語られる長編作品で、作者が作者だけにあれこれ思いながら読む。それで仕掛けの一部は予想がつく部分もないではないが、クライマックス、作者が何を狙うのかを認めた時には顔色を失った。もうこの作品についてはこれ以上、あんまり何も言わない方がいい。

 今年の国内の新作は現時点で50本以上読んでるけど、現状のマイベスト3には確実に入るであろう。

No.688 7点 ブライトン・ロック- グレアム・グリーン 2019/11/04 15:38
(ネタバレなし)
 1930年代の英国。サセックスの海岸町ブライトンでは、馬券屋の胴元である顔役カイトが頓死。遺された縄張りを新たに仕切ろうと躍起になるのは、カイトの片腕格で年長の仲間たちをも束ねる17歳の「少年」ことピンキー(P・プラウン)だった。世間ずれしたピンキーの覇道は順調に見えたが、競馬利権の縄張りにはカイトのライバル格だったユダヤ人のギャング、コリオリが参入。しかも悪いことにピンキーは仲間の少年チャールズ・ヘイル(フレッド)を口封じした際、その事実をレストランの16歳のウェイトレス、ローズ、そして街の中年女のアイダ・アーノルドに気取られてしまう。アイダを牽制し、一方でローズと結婚することで「妻は夫に不利な証言ができない」の法律を適用させようと図るピンキー。だが事態の混迷はさらに続き、そして独善的な義侠心まで抱いたアイダは今度は、薄幸の少女ローズを悪人ピンキーの手から救い出そうと要らぬお世話を焼き始めた。
 
 1938年のイギリス作品。グリーンによる、非行少年を主題にした広義のミステリという概要は、前から知っていた。とはいえ実際に読んでみると非行少年ものというよりは、主人公とその周辺の登場人物何人かの年齢設定が若いばかりの正統派ノワールという趣が強い(まあそもそも非行少年ものも、広域のノワール系の一端かもしれないが)。少なくとも年少の少年少女のチーマーがワイワイガヤガヤしながら物語が進む雰囲気ではなかったね。

 ちなみに評者は、物語序盤から動き回るいわくありげな少年フレッドが主人公かと当初は思ったが、あっというまに彼は退場。二章目から本当の主人公「少年」ピンキーが登場してくる。読み手を欺いて鼻面を引きずり回す初動の作劇は、一時期の白土三平の忍者劇画みたいである。

 それでこのピンキー、ワルとしては肝が据わった青年だが、その一方でまだ童貞。憎からずは思っているが、それ以上に彼自身の保身のために嫁に迎えるローズとの床入りにも滑稽なくらい慎重になる。21世紀の小説なら絶対にありえない? ハイ(ミドル)ティーンの非行少年のキャラクター造形で(ラノベの学園ギャグものとかならともかく)、おのれが奇特な善行を為していると自負(錯覚)して次第にエキセントリックになっていくサブヒロイン、アイダの描写ともども、この時期のグリーンらしい、清教徒の英国人への揶揄だろう? 
 ピンキー、ローズ、アイダの3人を主要人物の軸に据えながら、ブライトンの裏町にひしめく群像劇を活写。大物となる素質だけはあったかもしれないが、本当ならカイトのもとでもう少し地道に成長していけばよかった? ピンキーの野望が次第に(中略)……の物語は最後までテンション豊かに読み手を捉えて放さない。一日でいっき読みだよ。
 そういえばピンキーが取った、ローズの口を封じるための結婚作戦。ガードナーのあの長編を思わせるね。
 
 ところで自作の小説群を大別して、文学とエンターテインメントに二分していた作者グリーンだが、早川の「グレアム・グリーン全集」巻末の収録作リスト一覧の本書の項を読むと、これは「海辺の行楽地で殺人を犯した不良少年の目を通して、神の前における善悪、永遠の価値の問題を探る意欲作!」とある。どうも文学推しっぽいが、実際のところ神の話題や視点なんかそんなに出てこないじゃないの(人生の無常みたいなものは随所に書かれる)、違うんじゃない? ……と思っていたら終盤でどうにか? それっぽくなった。(この辺は狭義のミステリ的なネタバレでは全くないのでご容認ください。)

 そんなこんなを含めて、結局これって文学として読むべきなの? エンターテインメントなの? と(ある意味で実にどーでもいいこと? を)思い続けて巻末の訳者の丸谷才一の後書きを読んだら「グリーンの著作史上、随一といえる文学とエンターテインメント双方の側面を持った長編(大意)」とある。
 あらら、あまりにも分かりやすいオチでしたな。まあ、その見識にはすごく納得しますが。

 なお題名のブライトン・ロックとは、ブライトン地方の銘菓である甘味のこと。日本の金太郎飴のように切ると切断面にブライトンの英語表記がどこでも現れる。劇中である人物が、人間の本質は経験でも、他者からの感化を受けても変らない、いつでも同じ文字が出るブライトン・ロックのように、と、まあそんなような事を言うのである。

No.687 7点 ネタバレ厳禁症候群~So signs can’t be missed!~- 柾木政宗 2019/11/02 04:46
(ネタバレなし……だと思う)
 女子高校生探偵・美智姫アイと、その親友(百合)で助手の取手ユウ。ふたりは成り行きから、すでに他界したとある老富豪の嫡子と知り合った。だがその富豪の遺した莫大な遺産の行方を巡り、元ホテルの屋敷内で殺人事件が発生する。一方、アイの兄で警視庁捜査一課の刑事・レイジもまた、妹たちとは別個にこの事件の関係者に関わり合うが。

『NO推理、NO探偵?』に続くアイ&ユウの事件簿の二冊目で、前巻は連作短編集だったので、今回はシリーズ初の長編となる(作者にとっても初の長編作品)。

 タイトル通り、本作のトンデモな仕掛けについてはここでは口が裂けても言えないが、謎解きミステリのコード破壊? をどこまで許容するかで評価が決まるであろう一作であり、その実質はバカミスというよりナンセンスミステリの域という気がする。
 個人的には良くも悪くも(中略)な、作者の手際をクスクス笑いながら楽しんだ。
 こういう作品の場合、読了後にマジメに立腹して1点や2点をつけても、あるいは「ふーんまあこんなもんだろうね」と冷静さを気どってうそぶきながら5点とか6点とかのソコソコの評点を下しても、すべて作者が想定する反応の裡という感じである。
 読み終えた後にTwitterを覗くと絶賛派? と激怒派に二分されているようだが、そのお騒がせ度こそこの作品の価値だと思う。だから繰り返すけどこの後のレビューの方、怒ってもホメても、斜に構えても軽視してもよろしいかと(笑)。

 とはいえ新本格ジャンルの作品で、これに近い趣向のものが全くないとも思わんけどね。少なくとも私の狭い読書域でも、長編で一本、短編で一本、似たような形質の前例を見やりはする。ただまあそれを踏まえた上で、この一冊にはそれなりの……があるとは思うよ。

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人並由真さん
ひとこと
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