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人並由真さん
平均点: 6.32点 書評数: 2036件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.756 8点 探偵小説の黄金時代- 伝記・評伝 2020/02/25 14:00
 自宅内の周囲にずっと置きながら、その重量感に怖じてなかなかページを開かないでいた。
 そうしたらある夜、家人が具合が悪くて早めに寝込み、中途半端に深夜にひとりだけ手持ち無沙汰になったので読み始めた。そうしたら(そうなる予感もあった(笑)のが)、正に止められない、止まらない!

 1930~49年までの英国「ディテクション・クラブ」初期。その前夜から始まって、組織そのものと関係者、さらには参加していた作家たちに関わった現実の事態や事件が語られる(特に現実に特異な殺人事件が起きて、それがどう作家たちに影響を与えたかの記述部分はかなり多い)。

 巻頭には角版で42人の作家の顔が並べられているが、中心人物はセイヤーズとバークリーの2人。クリスティーの扱いも大きく、後半になって登場するカーなどもドラマチックに語られるが、先の2人の記述には及ばない。個人的に評者はこの2人はどちらもまだまだ読むものが残っているので、先にその創作の軌跡にざっとでも触れたことは良かったかどうか(ネタバレの類は皆無ではないにせよ、意外に少なかったが)。

 なおゴシップやスキャンダルの類には筆を控えた一冊、という主旨の文言が、巻末の森英俊氏の解説などにある。たしかに扇情的な記述などは少ないのだが、それでもセイヤーズの性遍歴などは相応に赤裸々に綴られ、ところどころそこまで踏み込まないのではいいのではないかとも思わされた(一方で名前のみ出てくる程度の作家も何人かいるし)。とはいえこの辺もセイヤーズの実作に通じた人なら、また違うものが見えてくるかもしれない。
 個人的にはディテクション・クラブの創設に後を託す? ようなタイミングで逝去するドイルの逸話、大先輩であるオースティン・フリーマンの老体を息子か孫かのように気づかう若き日のカーの話題などが読めたのは、とても楽しかった(もしかしたらカーとフリーマンの逸話は『ジョン・ディクスン・カー―「奇蹟を解く男」』に書かれていたかもしれないが、だとしたら評者は読んでいて忘れている)。途中の写真で紹介される、同じ母校(オックスフォード)出身の、ともに若き日のマイケル・イネスとニコラス・ブレイクが笑い合う図なんか見ていて涙が出てくる。そしてここでもクリスチアナ・ブランドはやっぱり、意地悪婆さんであった(まあまだ当時は若いけど)。

 ちなみにディテクション・クラブは、基本的に謎解き作家、あるいはサスペンス犯罪小説作家のみが参加を許され、冒険小説作家やスリラー作家は、たとえジョン・バカンのようにその業績が偉大だと万人に認められていても加入を許されなかったという。この規約はのちにギャビン・ライアルの入会によって破られるというが、そこに行くまでには英国のミステリ文壇にいろいろあったんだろうなあとも思わされる。できたら本書の続刊、ディテクション・クラブの50年代編以降も読みたい。
 
 英国の作家勢が米国に隆盛してくる作家たちの動向をうかがう図なども興味深く、さらに当然のことながら本書で話題にされながらまだ日本に未訳の作品群などで面白そうなものもいくつもある。
 一読しただけではとてもすべての情報量を吸収できるわけもないし、ヘイクラフトのかの著作同様に何度も繰り返し読む必要も価値もあると思う。

 ただし(それ自体は誠に仕方がないと思うが)とにかく記述される作家の焦点に偏りがあるきらいがいささか残念。
 あまり総花的になっても問題だが、結局のところはこういう本は、同じ主題に関して別の史家がまた別の視点からいつかまた何度も書き直し、大局的な見識を高めていくものかもしれないとも思う。

No.755 6点 今昔百鬼拾遺 河童- 京極夏彦 2020/02/25 13:19
(ネタバレなし)
 敦子&美由紀コンビを主役にした長編路線の二冊目。

 フーダニットの作品としてはゆるい作りだが、昭和の戦後期の世相を活かしたという意味では前作より面白かった。昭和30年代前半に書かれたこんな作風の、ミステリファン全般に忘れられたマイナーな長編探偵小説が発掘されたような気分すら覚える。
 個人的にはそれほど恣意的なユーモラスな感覚は覚えなかったのだが(京極堂の正編シリーズでも、似たような雰囲気に流れることはままあると思うし)、ラストはそれなりにいつものこの世界観らしいネタが出てきて楽しかった(軽くゾクゾクした)。
 キーパーソンとなる登場人物の何人かの思考の道筋はそれぞれ特殊で印象的だが、ショッキングさの域にはいかない。それでもある種の感慨を覚えたのだが、そういう点では成功であろう(少なくとも筆者にとっては)。

 前作『鬼』同様に、ぶっとびながら振り切った感覚は希薄だが、今回も悪くはない。いつか期待される正編が登場するまでの繋ぎ役としては、一定の成果をあげているのではないか。

No.754 7点 論理仕掛けの奇談 有栖川有栖解説集- 評論・エッセイ 2020/02/24 03:16
(ネタバレなし)
 またここのところ忙しくなって、読みたい本(特に新旧の長編ミステリ)が読みたくても読めないミステリ中毒者(現状の評者のこと)の渇を癒やしてくれた一冊。眠る前に少しずつ読んで(時には興が乗ってそれ以外の時も手に取り続けて)何日かかけて読了した。
 本書は、他者の著作の文庫などの巻末に有栖川有栖が書いた解説を集成したもので、『Xの悲劇』や『点と線』などの旧作・名作から21世紀の国内外の新作群まで60本以上の文章がまとめられている。

 実作者かつミステリファンとしての胸襟を開きながら、各作品や作家の魅力・個性に触れていく語り口はひとつひとつの文章が実に心地よく、大昔に『深夜の散歩』や『夜明けの睡魔』さらには石上三登志の『男たちのための寓話』などを読みふけった際の快感に近いものを受け取った。
 とにかく未読の作品の大半を読ませたくなる口上の見事さは絶品である。

 とはいえこれだけの数の同系の文章をまとめて読まされるとどうしても綻びが出てくる感もあり、たとえば『致死量未満の謎』と『闇に香る嘘』なんか続けて載っているけれど、両作品の新人賞(乱歩賞は厳密には新人賞ではないが)受賞までの選考経過についての肯定の仕方なんか、ものの見事にダブルスタンダードの物言いじゃないの? とも思う。
 そういう意味では、頭のいい人が口先で作品を褒めあげる解説というきらいも無くもなく、商業原稿とミステリファンによる原稿との兼ね合いの落しどころに限界を感じてしまった部分もあった。
 まあ、ミステリ作家としてもミステリファンとしても異才の有栖川有栖でなければ、これだけの解説をまとめて読まされた際には、もっともっとあちこちに評価のスタンダードにおける破綻が出ていたこととは思うが。

 なんにせよ、前から気になっていた作品でさっさと読みなさいよと背中を押されたタイトルも、初めて書名を教えられて面白そうだと意識してタイトルもいっぱいあった。追々、読んでいきたいと思います。

No.753 7点 ブラックバード- マイケル・フィーゲル 2020/02/19 23:34
(ネタバレなし)
 2008年9月8日のワシントン。「おれ」こと国内でテロ活動を請け負う殺し屋エディソン・ノースは、重度の卵アレルギーだったため、ファーストフード店でマヨネーズ抜きのメニューを注文する。だが店員は傲慢に対応し、憤怒したエディソンは店内で銃を乱射した。その時、店内にいた「わたし」こと8歳の少女クリスチャンもまた、惨状の直前に店員の横柄な対応を受けており、それを契機に彼女に関心を抱いたエディソンは、気まぐれのように少女を連れ出してしまう。その直後、クリスチャンに逃げる機会を与えたエディソンだが、なぜか彼女は彼のもとを去ろうとはしない。奇妙な縁のなか、親子のように旅を続ける2人。やがてクリスチャン=Xチャンはエディソンの訓育を受け、暗殺者として成長し始めるが、2人の前には激動の日々が待っていた。

 2017年のアメリカ作品。
『ニキータ』だの『グロリア』だの『レオン』だのあれやこれやの映画の題名が連想で浮かぶ、子供+ノワールもの(ちなみに正直に言うと、いま名前をあげた映画はどれもマトモに観てない)。
 エディソンは1962年生まれ、クリスチャンは2000年生まれと、二世代近くも年の違う主人公コンビだが、年輩の方が生きる上で次第に年若き相棒の存在に依存していく流れは王道。この辺は『家なき子』のレミとビタリスだ。
 さらに2人にさる事情から追撃の手がかかるが、その事態の全容は終盤まで茫洋としており、読者にも明かされない。500ページ近くの厚めの長編ながら、名前のある登場人物は10人いるかいないかで、結局のところ主人公2人が突き落とされた迷宮感もこの叙述のおかげで際立っている(正確には、これまでずっと裏世界の依頼を受けてきたエディソンは相応に詳しいことを知っているはずだが、彼は考えあって? Xチャンにいっぺんにすべてを明かそうとはしない)。
 クリスチャンの人生を巻き込んでいくエディソンは、通例の意味での倫理や道徳観など希薄(請け負った仕事の上なら罪もない市民も必要に応じて殺す)。それでも少女の養育者としての立ち位置に独自のコードを設け、一定のストイシズムを感じさせる(いささか歪んだ形なのは間違いないが)中年主人公エディソンのキャラクターにいつしか読み手は魅せられていく。このあたりのバランス取りはかなりうまい。

 前述のように厚めの一冊だが、エディソン視点の「おれ」パートと、Xチャン(クリスチャン)視点の「わたし」パートを交錯させながら滑らかに物語が進み、気がついたら半日もかからずに読了していた。
 先に書いたような迷宮感を経た、最後の対峙シーンの雰囲気はトレヴェニアンの『シブミ』の終盤のあの雰囲気と緊張感に近いかも。
 随所に仕込まれた21世紀アメリカ&世界規模の文明観や、独特の文芸っぽい香気も含めて、予期した以上の満足感のある作品。 

No.752 5点 クラヴァートンの謎 - ジョン・ロード 2020/02/18 23:59
(ネタバレなし)
 評者は、マイルズ・バートン名義を含めてロードはこれで4冊目。
 望外の大技を使った『代診医の死』と愉快なトリックを重視した『素性を明かさぬ死』は面白かったが、これと『見えない凶器』はイマイチ。
 
 いや確かに本書はそれなりにストーリーのテンポは良く、一部を除いてそれぞれの登場人物のキャラも立っている。だからロード作品に付き合い馴れた常連の読者の方からすれば、これはいつもより健闘してる、という評価になるのもわかるような気もする。

 とはいえ、公開された遺言状の中にいきなり名前が出てくる人物の素性とか、肝心の殺人事件の犯人とか、いくら90年前の作品だからってあまりに曲がない作りでは。
 殺害トリックも読者の専門知識があるのなしのを言うよりも、そもそもこの謎の提示だけで、当初からほぼ犯人が見えてしまうのでないか? 少なくともかなりの読者がある人物を一回は疑い、それを否定する要素も無いまま真相にたどり着くのではないかと思う。1933年といえばもう英米ミステリ界の黄金時代なんだから、クラシックミステリとして甘めに見ましょうとかの話じゃないね。
 作劇上の降霊術の使い方も、シリーズ探偵もののなかで扱うのなら、もう少しネタの広げようもあった気が。この辺は単純にややもったいない。
 日本のシリーズものの量産作家だったら、凡作~水準作というところでは。
 評点は5.5点くらいだけど、下馬評の良さに鼻白んでこの点数に。

No.751 7点 世界樹の棺- 筒城灯士郎 2020/02/18 03:58
(ネタバレなし)
 美しく平和な小国「石国」。その小さな王宮のなかでただ二人のメイドのうちの一方として働くのは、十代半ばの少女、恋塚愛埋(こいづかあいまい)。だが石国は、強大な国家「帝国」から共栄の美名のもとに不平等な条約を押しつけられ、亡国の危機にあった。そんな折、愛埋はわずかな人数で小国にある不思議な空間「世界樹の樹木」の調査に向かう。そこは古代文明の町並みが残り、人間と変わらぬ「古代人形」が住むという世界であった。やがて愛埋は、そこで人間とも古代人形とも判然としない6人の美少女に対面。さらに不可解な殺人? 事件にまで遭遇する。愛埋は眼前の事件の現場が密室状況だと認めるが……。

 2019年のミステリ界を騒がせた(?)三大異世界パズラーの最後のひとつ(他はすでにレビューを書いた『異世界の名探偵 1 首なし姫殺人事件』と『不死人(アンデッド)の検屍人ロザリア・バーネットの検屍録 骸骨城連続殺人事件』の二編)。
 三作ともそれぞれに読み応えがあって面白かったが、物語の最後に明かされる世界観のスケールの大きさではこれが一番だろう。「世界の姿が反転する」の謳い文句は伊達ではない。

 とはいえ奇抜な大技・奇想というよりは、正統的なある種の文芸、文明観を丁寧に再構築して新規の工夫のもとに巧妙に見せたという感じ。
 謎解きミステリのロジックも密に練り込まれているし(ほんのわずかだけツッコミ所もあるが)、しかもそのミステリ部分が整然とした上で、そこからビジョンがさらに外側に広がっていく。
 中盤の「え?」という叙述の真意もあえて直接は説明されないが、最後まで読んで世界観の真相を語られたときに腑に落ちる。
(それにしてもあの一行は、連城三紀彦の某作品を思い出した~こう書いてもネタバレにはなってないハズ。)

 なお終盤の一大ギミックの登場(というか判明)はやや唐突感はあったが、その時点ではすでにおおむねミステリとしての叙述は完了。すでに別のジャンルに向かいながらの筋立てなので、その意味で、文句の類は生じない。

「圧倒的スケールで放つファンタジー×SF×ミステリー巨編」というもうひとつのキャッチフレーズにもウソは無かった。
 あえて不満を言えば登場人物がみんな記号っぽいことだが、これはそういうものを書き込む要のない作品だとも思うので、実のところは文句にも当たらないだろう。
 優秀作、でいいと思うよ。

No.750 6点 座席ナンバー7Aの恐怖- セバスチャン・フィツェック 2020/02/17 20:57
(ネタバレなし)
 2017年のドイツ作品。
 この作者は『乗客ナンバー23の消失』に続いて二冊目だが、人間関係の枝葉を広げてストーリーを組立てていく手際では今回の方が面白かった。
 ただし某キーパーソンの意外な過去については、その当時から現時点までそんな事実が隠蔽されおおせたハズはないだろ、警察やマスコミの追求でまず暴かれるよね? という違和感がある。

 とはいえ真犯人はかなり巧妙に隠され、そのためのミスディレクションもうまい(正直、まんまと引っかかった)。
 4~5時間でイッキ読みの佳作~秀作。
 ちなみに牛乳を飲むのをイヤな気分にさせられたことだけは、文句を言いたい(笑)。

No.749 5点 ニュー・イン三十一番の謎- R・オースティン・フリーマン 2020/02/17 03:08
(ネタバレなし)
 物語内の2つの流れの相関に気づかない読者はいないだろう。フィクションとして組立てられたクラシックミステリなら、並列する叙述には当然ながら意味があるから。とはいえ作中の人物が、あれやこれやの目前の現実(ロンドン中に蔓延するインフルエンザの対処とか)に気を取られて、なかなかそこに思い至らないというのは結構リアルかも。ジャービスの言う、開業医は頭を切り替えないとやっていけないのだという強引なイクスキューズ(あれはそういうことを言いたいんだよね?)にも、笑えた。
 ……とはいえやっぱり、一方は伝聞だけとはいえ、相応に重要なキーポイントが話題になっているんだから、そこで連想が生じないのはムリを感じるんだよなあ。
 あとソーンダイクの終盤の謎解きは評判がいいんだけど、個人的にはそれほど褒めるレベルか? という感じであった。犯人が(中略)自体を犯行のギミックにしたあたりはちょっと面白かったけど。

 翻訳が読みやすいこともあって一応は楽しく読めたものの、初期3作のなかでは確実に一番オチる。シリーズの研究家にはネタの多い作品だとは思う。評点はかなり4点に近いこの点数ということで。
 
※P2764行目
ミスター・スティーヴンズに(×)
ミスター・スティーヴンに (○)
この名前は作中に山ほど出てくるのに、なんでここだけ誤記が残ってるんだろ。再版の機会でもあったら、直しておいてください。

No.748 7点 ノワールをまとう女- 神護かずみ 2020/02/15 04:08
(ネタバレなし)
「わたし」こと35歳の西澤奈美は、大手の医薬品メーカー「美国堂」の広報スタッフ、市川進から連絡を受ける。市川は、数年前に自社の重役に迎え入れた韓国人の実業家がかつて過激な反日発言をしていたことが露見したと語った。そのため市民運動家による美国堂を糾弾するデモ活動が日々かまびすしいので、この対策を奈美に願ってきたのだ。奈美の秘めた稼業は、裏工作を用いてネット上のヘイト発言や炎上案件の火消しなどを行うこと。今回の彼女は、デモ活動の中心組織「糺す会」の代表である青年「エルチェ」に接触。組織の切り崩しを図るが、そこで奈美が出会ったのは意外な人物だった。

 昨年2019年度の乱歩賞受賞作品。作者はすでに20年以上前から著作があり、さすがに書きなれた文章はこなれて読みやすい。
 一方で選考委員の一部が称賛するほど、Web上の火消し屋というのが斬新な設定とも思えないし(そもそも火消し探偵なら、同じ講談社に「おひいさま」こと岩永琴子さんがいるよな)、何より実際の作中での奈美はネットよりも現実の世界のなかで狙う標的に罠をかけている。それほど発想にも叙述にも飛躍のない、21世紀のフツーのノワール、フツーの事件屋稼業ではないか。
 とはいえ中盤からは、ある人物の退場を機にフーダニットめいた興味も発生。そちらの方をサイドストーリとして語る一方、奈美の仕掛けた組織への罠、さらに奈美自身の恩人に関わる案件……と複数の物語がよじりあうようにもつれながら進んでいく。
 主人公・奈美の秘めた過去も中盤以降に明かされ、そこで語られる昔日のエピソードも人によっては苛烈に思えるかもしれないが、並みいるバイオレンスノワールの中には、もっと過激なものもいくらでもある感じもする。人間の普遍的な暴力性を描いてもどこか節度があるようなのが、何とはなしに古めかしい。
 それでも筆慣れた文体は最後までリーダビリティが高いし、小さい山場を惜しみなく繰り出す作劇のテンポも良い。さらに終盤には(前もって最後に闘う相手を読者に半ば予期させたその上で)、斜め上? のクライマックスを用意。その辺の盛り上げ方にも達者さを感じる。さすがベテラン作家。
 そもそも乱歩賞は一般に新人作家の登竜門と思われがち? だが、実際には応募資格は誰にでもあり、プロ作家でも応募は自由。高木彬光なども自分を見出してくれた乱歩への畏敬の念から、デビュー後かなり時が経ったのちでも恩人の名を冠した賞の受賞を狙っていたと聞く。そんななかで今回の作者は、実際に受賞した作家の内では相応にそれまでの著作歴の長い方の一人ではないか(厳密に最長かどうかは、確認してみないとわからないけれど)。

 帯の「新ヒロイン誕生!」の文句がそのまま今後のシリーズ化を予想させる気もする。そういえば歴代の乱歩賞受賞作品でデビューし、そのままシリーズキャラクターになった主人公って、何人くらいいるのであろう。そのうちカウントしてみよう。

No.747 8点 九度目の十八歳を迎えた君と- 浅倉秋成 2020/02/11 04:39
(ネタバレなし)
「俺」こと30代に向かう、印刷会社の営業職の青年・間瀬。彼は出社するその日の朝、かつて高校時代に思いを寄せた同学年の美少女・二和(ふたわ)美咲が、今も18歳の女子高校生のままの姿だとに気づく。間瀬は、二和の現在の学友の少女・夏川理奈そして自分のかつての学友や恩師たちの協力を得ながら、時を止めた二和の謎に踏み込んでいくが。

 表紙ジャケットの折り返しに書かれたあらすじ+作品紹介の最後に「ファンタスティックで切ない追憶のミステリ」とのセンテンスがある。
 それゆえスーパーナチュラル要素が何かしらの形で真相にからむのではないかと思う人もいるだろうが、その件については物語の着地点レベルでのネタバレになるので、ここには書かない。
 
 別の書評サイトではかなりのレビュー数を集めており、賛否両論の嵐(いくらか褒める声が多いような気がする)だが、個人的にはすごく良かった。
 ジャック・フィニイ作品のメンタリティだけを抽出して抜き取り、まったく別の形で書いたようなおっさん向けの青春小説。

 ただし、ヒロイン二和のためにあちこち駆け回る主人公の間瀬の奮闘ぶりは読んでいて応援したくなるほどだけど、これが現実の世界のできごとだったら必ずやるよねという種類のとある行動を、まったく試そうともしない。その辺が違和感といえば違和感なんだけど、まあ作劇の流れとして読む方も大目にみてあげたくなるような勢いを備えた作品だとは思う。

 最後の真相に至る大筋も悪くないが、全体的に細部が面白い作品。いわゆる送り手の都合を優先し、無神経にヘイトキャラを登場させるような無様さもない。人間の弱さやもろさをしっかり抑えながらも、それでも登場人物のひとりひとりを見捨てない温かさもある。
 2019年の現在形青春ミステリの優秀作が辻堂ゆめの『卒業タイムリミット』なら、こっちは回顧系青春ミステリのそれだな。
 この作者はまだ、今年の新刊二冊を読んだだけだけど、そのうちに既刊の作品にもトライしてみよう。

※最後に前述の、表紙折り返しのあらすじ紹介の本文で、間瀬の行動の軌跡を「僕」の一人称で記述してあるんだけど、実際の作品の本文は「俺」の一人称なんだよね。
 青春ミステリだから「僕」の方が似合うという編集部の判断だったのかもしれないけれど、キャラクターイメージに関わる感じで相応に違和感。
 あらすじの箇所は「間瀬は~」とかの三人称記述の方が、まだ良かったような気がする。

【2020年2月15日追記】
 あと本作が心地よかったポイントは、モブキャラ的な作中人物のひとりひとりに設定上の名前、無駄な固有名詞を与えず、なるべくそのポジション、立場のみの表意で済ませていること。些末な情報がノイズにならず、全体的に小説がスムーズに読み進められた。まったくもってバランスの問題ではあるけれど、書き手が自分の世界を築くある種の万能感に酔うのか、この辺の感覚が無神経な作家も時々見かけるような気もするので。

No.746 6点 緋い川- 大村友貴美 2020/02/10 17:44
(ネタバレなし)
 日清戦争終結から5年目の明治33年。多様な金属を採掘する鉱山があることで知られる、宮城県の触別村(ふれべつむら)。そこに流れる猩紅川(しょうこうがわ)は酸化鉄の影響で緋色の水流を見せていた。だがその川にある日、双頭の犬、猫の足をした猿など奇怪な生き物の死体が流れてくる。さらに流れてきたのは人間のバラバラ死体。死人すら幽霊となって徘徊するというこの村だが、そこに東京から26歳の青年医師・衛藤真道(えとうまみち)が赴任。真道は恩師である帝大医科大学の教授・岡林太郎の提言を受けて、この鉱山病院の医師であるドイツ帰りの英才・殿村秀(とのむらひいで)の応援のためやってきた。だが真道の着任から間もなくして、怪異な失踪、そして殺人事件が勃発する。

 作者の本はこれまで何回か読もうと思っていたが、結局は本書が初読みになった。
 正直、謎解きミステリとしては大したことはないが、19世紀最後の年(明治33年=1900年)という文明の転換期を意識させる時代設定に見合ったストーリーはそれなりに読ませる。
 日新戦争で国内外に戦死者や障害者が続出した悲劇、そして富国策を講じるなかで発生する鉱山での職業病などを背景に、実践的な医学のありように目を向けていく主題そのものは真摯でよい。
 ただおそろしく筆が滑らかでリーダビリティが高い文章なので、読みやすい一方、重いテーマの割にどこか格調が得られない印象もある。例えるならNHKが近代史をテーマにした大河ドラマでヒットした同じ年に、その反響に便乗したどこかの民放がお金をかけて2時間半ドラマのエピゴーネン企画を実現したとき、こんなのができるんじゃないかという感じだ。

 それぞれの登場人物の描き分けも、物語が進むにつれて見えてくる反転の部分までふくめてなかなかくっきりしている。だけどその一方で、ドラマ上の役割に応じた類型的な印象を抱かせてしまう面もある。
 全体的に決してきらいではない、好ましいんだけど、2010年代終盤の新作としては良くも悪くも作りも狙いも、素朴すぎるよなあ、という感じ。
 3時間で読み終えたけれど、その時間分に見合った読み応えではあった。
 評点は実質5.5点くらいだけど、ちょっとオマケ。

No.745 6点 今昔百鬼拾遺 鬼- 京極夏彦 2020/02/09 02:48
(ネタバレなし)
 いつものレギュラー男性陣4人組は欠席なのだけれど、懐かしい「京極堂」シリーズの雰囲気はたっぷりでとてもゆかしかった。

 ミステリとしての骨組みにそれほど破格なところはないが、中盤から出てくる「え!?」という感じの近代史上のさるキーパーソンの意外性、さらにはおなじみの常識の枠をひとつふたつ越えたロジックによる謎解きの妙で、十分に楽しめた。
 正編のようなボリューム感がないのはもちろん残念ではあるが、これはこれで短い紙幅が良い方向に機能した一冊だとは思う。

 ところで本作の時間的な設定である昭和29年3月、不在の京極堂たちは栃木に行ってるとあるので、これって『陰摩羅鬼の瑕』の事件のことだっけ? と思ってwebで確認。
 そうしたら『陰摩羅鬼』は長野、『邪魅の雫』は神奈川なので、これこそが未刊行の『鵺の碑』の事件なのでは? というファンたちの観測がとびかっている。
 もしそうなら、これってそろそろ近刊予定にあがってくる同作のさりげない予告編……だったらイイですな(笑)。

No.744 6点 ある醜聞(スキャンダル)- ベルトン・コッブ 2020/02/08 05:32
(ネタバレなし)
「わたし」ことスコットランド・ヤードの警部補ブライアン・アーミテージは、虫の好かない上司バグショー警視の言動に日々悩まされていた。アーミテージはさる犯罪者を追いつめるが、融通の効かないバグショーに捕縛の好機を邪魔された形になり、やむなく勝手な行動に出た。そんな折、アーミテージはバグショーの美しい若い秘書ペギー・ソーンダーズと偶然に遭遇。どうやら彼女は、休暇中のバグショーと密会してるらしい? だが少ししてそのペギーの墜落死体が崖下で見つかり、バグショーは死亡直前のペギーの軌跡など知らなかったと語る。当初は単に密通を隠すためにバグジョーが虚言を弄しているのだと考えたアーミテージだが、次第に彼の心にはある疑惑が浮かんできた。

 1969年の英国作品。唯一の邦訳にしてなかなかの秀作『消えた犠牲(いけにえ)』のベルトン・コッブ、60年目の未訳作の発掘である。論創さん、エライ。
 旧クライムクラブや現代推理小説全集に執着のある評者としてはこれはすぐにも読みたかったが、このところおそろしく多忙で(涙)、ようやく今夜、いっきに読了した。

 主人公のブライアン・アーミテージは、30代前半とおぼしき青年で、愛妻のキティーも職場結婚の現・部長刑事である。ちなみに訳者あとがきによるとアーミテージは、作者のレギュラー探偵で、本作は4番目の長編。うれしいことに『消えた犠牲』の主役探偵だったチェヴィオット(本書ではチェビオット表記)・バーマンも同じ作品世界を共有し、本作では警視正という立場から新世代の主人公アーミテージを後見する。
 
 紙幅はハードカバーで200ページほど。登場人物は少ないが、章立てが異常に細かい仕様がやや読みにくい。翻訳自体は全体的にスムーズで、特にひっかかる誤植などもない点は好ましい。

 物語の序盤は愛妻キティーとの安定した生活を守るため、反りの合わない上司バグジョーに気を使うアーミテージの心労が延々と描かれ、これはそういう縦社会もの的な警察小説なのか? とも思わされた。
 とはいえ作者はあの『消えた犠牲』のコッブであり、さらにその未訳長編が山のようにある(巻末リストを参照すると70冊以上)中から、最初にコレが選ばれている、だから、きっと何かあるんでしょ、と思いながらページをめくりつづけることにした。
 そうしたら後半、うん、まあ、なかなかトリッキィな作品に化けていく。ラストシーンの描写もかなり鮮烈。

 ただし登場人物の少なさと、妙な勢いで書き込まれた(中略)の叙述から、ある程度、先の流れは読めてしまう。その一方で小説的な意味での伏線やツイストなどはともかく、謎解きミステリとしての手がかりは少なめ。それらのプラスマイナスをトータルとして勘案すると、優秀作とホメるまでにはいかない。テクニックの妙は確かに感じさせる、佳作~秀作(まあ)というところ。

 ただまあこの作者、まだまだ面白いものは出てきそうな雰囲気もあるので、もうしばらく紹介していってほしい。実際に今度はバーマン主役もののかなり初期編の翻訳が予定されているみたいなので、ちょっと楽しみにしている。

 しかし、日本に一冊しか翻訳されてない作家のウン十年ぶりの発掘というのは、その事実だけでなんかワクワクしてくる。いや、発掘・再紹介してほしい不遇な海外ミステリ作家は、邦訳が一冊オンリーの人に限りませんが。

No.743 6点 天使はモップを持って- 近藤史恵 2020/01/31 04:43
(ネタバレなし)
 忙しくて長編が読めない日のミステリ中毒者を慰めようと手に取っていた、就寝前にチビチビ読むための連作短編集。
 日常の謎ベースの仕様だが、違和感のない仕上げで連作の中に殺人事件の謎まで織り込み、バランスの良いバラエティ感が心地よい一冊だった。
 ある一編では、大好きな渡辺多恵子先生の少女コミック『ファミリー』の某エピソードを思い出す。ベスト編は『ロッカールームのひよこ』あたりか。
 なお、こういう形質だからこそ可能な、フツーの連作謎解きミステリではできない(とてもやりにくい)犯人の設定を、ある話で用意していた趣向も印象深い。

 しかしラストの話はまんまとダマされた(笑・汗)。おかげでおそろしく、読み終えた今でも後を引いている。というわけでシリーズの続編も、そのうちに読んでみたい。

No.742 6点 八人の招待客- パトリック・クェンティン 2020/01/30 04:08
(ネタバレなし)
 中編二本というよりは長めの短編二編という感じの読み応えであったが、それはそれで楽しかった。
 旧訳の掲載誌はどっちも持ってるハズだが、よっぽどのことがなければわざわざ引っ張り出して読まなかったろうな。その意味でも、今回の新訳での発掘は良かったと思う。
 ただし『そして誰もいなくなった』との接点というのは、実質あまり関係ないような。自分はその謳い文句を信じて「実は~」系のトリックが、一方の方の作品に使われているのかと思ったが、結果はムニャムニャ。

 しかし叢書「奇想天外の本棚」は刊行が止まってしまったね。やっぱり、完全な新規発掘作品でなく、ちょっとしたミステリマニアなら持ってる人も少なくない絶版長編の改訳二本からなんてスタートの仕方が良くなかったのかな。
 このまま企画が自然消滅なんてことが無ければよいが(山口先生のエッセイ集みたいな、翻訳作品ではない番外的な本は近く出るみたいだけど)。

No.741 6点 キャッスルフォード- J・J・コニントン 2020/01/28 05:55
(ネタバレなし)
 少し長めだが、そんなに多くはない主要な登場人物たちが丁寧に書き込まれた英国黄金期パズラーの佳作。
 探偵役は(たぶん本作のみの)地方警察のウェスターハム警部が先に初動、後半になってレギュラーキャラのクリントン・ドリフィールド卿に交代。ただしその新旧の捜査陣がとある容疑者のある物的証拠? をしっかり追求しないのにはちょっと違和感を覚えた。不満はそこだけ。
 犯罪の構造(というか仕掛け)は、やはり英国ミステリの某大家がよく使いそうなもので、その辺が先読みできるかどうかが、多分読み手のミステリファンの犯人当ての決め手になるであろう。
 作中で問われる銃の口径の差異などについては、そんなものなのかな? という箇所もあるが、この辺は弾十六さんみたいな詳しい方の見識をいつか伺ってみたい。
 最後に解説を読んで、コニントンがシモンズから(クロフツやロードと並ぶ)「英国退屈派」に称されていると知ってちょっと驚き。少なくとも論創で新訳の3冊はどれもそれなり以上に面白かったので。サンドーの名作表に入っていることで有名な『当りくじ殺人事件』の新訳・完訳も出してください。論創さま。

No.740 6点 珈琲城のキネマと事件- 井上雅彦 2020/01/27 14:59
(ネタバレなし)
 茗荷谷駅から少し歩いたところにひっそりと佇む西洋館。そこは名画座を改装した古式ゆかしき喫茶店「喫茶 薔薇の蕾」であった。同所に集うのは、珈琲と、旧作を中心とする映画、そして謎解きを愛する常連客たち。若手刑事の春夫とそのGFで新聞文化欄の記者・秋乃は、おのおのが抱えた謎をその場に持ち込み、やがて新たな来客が抱える事件にも関わっていく。

 一般には、ホラー主体の作家&ホラー&SFをはじめとした映画研究家として知られる作者・井上雅彦。その井上が、すでに伝説の一冊として知られる新本格パズラー『竹馬男の犯罪』以来、四半世紀ぶりに書いた純正のミステリ。
 今回の仕様は書下ろしの一編をふくむ全五本の連作短編シリーズで、第1~4話までは「ジャーロ」に連載されたもの。
 各話の体裁は不可能犯罪? をふくむ怪異&奇妙な謎が持ち込まれる→黒後家蜘蛛の会のごとく常連メンバーが意見を出し合う→やがて意外な真相に……という王道パターン。
 ただし本作のミソは、登場人物の大半が映画マニアの作者の分身ともいえる連中なので、各話の事件から、旧作映画のなかに使われた珍奇な特撮または特殊技法的なトリックを連想してそのトリヴィアを披露。そこからのフィードバックで事件のトリックを見破る、という流れが基本になっている。
 本書の賞味は、この映画トリヴィアを楽しめるかどうかも大きなポイントで、たとえば第一話の狼男の殺人? 事件などはミステリとしてダイレクトに真相に向かえば割とあっけない気もするが、そこに旧作ユニバーサル映画『狼男の殺人』で使用されたある映画撮影上の広義の特撮トリックをからませることで、話の立体感を引き出している。
 当然、(あまりにもいろんな表現が可能になった)CGが全盛となった現代とは違う、手作り&別種の創意の技法が映画に用いられていた時代のトリックが各編の主題なので、それぞれの物語の目線は全般に過去の昔日に向かうが、そこもまた本書の魅力となっている。その意味では事件の内容と、そこに関連する映画のファクターから昭和の時代に接近する第三話と第五話が個人的には味わい深かった(特に前者の、未来世界風の異世界と非現実的な真紅の怪人の出現、それに応えた最後の謎解きに至る流れはニヤリ)。
 かたや第四話のトリックなんかは数年前に別の若手作家の新本格パズラーで同じネタがあったが、こちらもある有名な人気映画の意外な? 技法を介してその真実を語る作劇のおかげで、なかなか新鮮な気分で楽しめた。

『竹馬男』とはかなり方向の違う連作パズラーだが、これはこれで作者らしさが出た一冊。連作としての物語は最終編をもってひと区切りっぽいが、続きは書こうと思えば書けると思う。また気が向いたら&ネタがたまったら、続編をお願いします。

No.739 7点 不穏な眠り- 若竹七海 2020/01/25 16:37
(ネタバレなし)
 一編60ページ前後の中編(長めの短編)が4本。例によってミステリとしての密度はどれも高いし、葉村晶のキャラクターの魅力は従来以上に炸裂。一本たりともつまらない話はない。
 しかし第一話で、あまりに仕事の依頼が来ないからって、WEBの匿名掲示板でステマを行う葉村晶の描写には本気で泣けた。ここまで切実なビンボー描写をされた私立探偵がこれまでのミステリ史上にいたであろうか……。

以下、簡単に寸評&感想&メモ
「水沫隠れの日々」
 事件の流れ、ゲストキャラクター、葉村晶の奮闘、そして最後の(略)。すべてがバランスの良い作品で、巻頭からこれが来たので本全体への期待が高まった。秀作。

「新春のラビリンス」
 怪談風の雰囲気からあれよあれよと話が転がっていく。真相の意外性はなかなかだが、そこに行くまでにかなり読み手もカロリーを使う話。個人的にはこれが本書の中で、一番ややこしかったかも。

「逃げ出した時刻表」
 ミステリファンの大勢が喜ぶであろう古書の稀覯本テーマの事件。最後に明かされる明快なホワイダニットの真相は、ホックのできのいい印象的な短編みたい。

「不穏な眠り」
 被害者の肖像が変遷していく「被害者ミステリ」タイプの話かと思いきや、登場人物がどんどん増えていくに従って予想外のふくらみを見せてくるエピソード。クライマックスのアレは作中の現実としてはただごとならぬ甚大な出来事だが、このシリーズならではのすっとぼけた語り口でつい笑ってしまう。映画化……とまでは望まないけれど、演出のいい2時間ドラマなどでも観てみたい一編。

以下・余談。
1:巻末の解説の辻真先先生は、このシリーズのファンとして呼ばれたっぽいが、くだんの解説本文の中で語る話題がこの新刊の本書の4編のことばかり。まさかこれまでのシリーズを実は読んでないってことはないだろうけど、少なくとも旧作を読み返してシリーズを俯瞰するためのメモを取ったりする労力はまったく払わなかったようで(?)、ある意味で潔い。まあ大御所の古老に編集部も無理は言えなかったのでしょう。
2:昨夜から始まったTVドラマ『ハムラアキラ』。まだ録画したばかりで観ていないが、どんな感じになっているのか、けっこう楽しみにしている。

No.738 6点 君待秋ラは透きとおる- 詠坂雄二 2020/01/21 02:25
(ネタバレなし)
 横山光輝作品『地球ナンバーV7』あたりの雰囲気に近いエスパーバトルもの。19歳の女子大生エスパーが主人公で、その超能力ゆえに双子の弟の人生を狂わせた彼女自身のトラウマを軸とした、青春ドラマの要素もある。
 21世紀風の文芸で装飾してはあるものの、基本的には古い感じの作劇で、1960年代の「ボーイズライフ」とかに平井和正や矢野徹がこんなのを書いていたとしても全く違和感はない。
 ただし後半、SFミステリ的な要素が導入されて意外な襲撃者の正体、さらに事態の奥のどんでん返し……などの趣向を盛り込んであるのは、現代のエンターテインメントとして一応の水準を保った感じ。
 それでも作者が割と得意がって書いているような部分が、これまであちこちで見たような読んだような感じもする。そこはいささか減点。
 それなりに楽しめたけれど、とにかく20世紀後半のSFジュブナイルみたいに古めかしい。この古色さが、昭和ティストをあえて狙った感じみたいなスタイリッシュさに転じなかったのは、ちょっとキビシイところである。

No.737 7点 休日はコーヒーショップで謎解きを- ロバート・ロプレスティ 2020/01/20 02:21
(ネタバレなし)
 2018年に翻訳刊行された、ミステリ作家を主人公にした小粋な連作短編集『日曜の午後はミステリ作家とお茶を』の作者ロプレスティ。その著作でノンシリーズものを中心とした短編8本、中編1本という構成の個人作家作品集。編集は日本オリジナル。
 短編8本はそれぞれサスペンスものとクライムストーリーを主軸にバラエティに富んだ内容で、60~80年代のミステリマガジン(日本版EQMM)、または日本版ヒッチコックマガジンに載った翻訳ミステリのショートストーリー諸作のような味わい。都筑道夫の『ひとり雑誌』の域にはさすがに行かないが、人間ドラマや密室劇もあれば意外な犯罪の実体の事件などもあり、個人作家としてはなかなか持ち技が多くて楽しめる。
 昔はこういう幅広い作風のしゃれた海外短編ミステリがその月の「マスターピース(選抜傑作短編)」の肩書きのもとに、ミステリマガジンでほぼ毎号、1~2本は読めたものだった。
 海外ミステリの本国版専門誌を読みこんでそのなかから日本読者向けの傑作編を選び、版権をとって翻訳する工程が面倒くさくなり、国内にあふれている有象無象の日本人ミステリ作家に実作を発注してお茶を濁している現行の「見捨て理マガジン」の誌上では、こういうものが安定して供給される機会はもう二度と来ないのである(涙)。

 閑話休題。本書に収録された各編には、作者ロプレスティからのそれぞれ思い入れを込めた自作へのコメントが付加されている。そのコメントのなかのひとつで、作者が昔から私淑していた作家のひとりがジャック・リッチーだった事がわかり、さもありなんという感じであった。本書を読み進める最中、評者が感じたある種の懐かしさの正体は、きっとこの辺にあるのであろう。

 なお巻末をしめる中編は、今後のシリーズ化を意識した、スタウトの作風に寄せた都会派パズラー。ネロ・ウルフのファンクラブに長らく属している作者が同組織内で設立した中編作品賞に合わせて書いたものだという。
 それまでの8本が凝縮された短編ミステリの醍醐味をしっかり味合わせてくれた分、作品の形質がここでいきなり変わってしまって戸惑い、途中で読むのをストップしてまた最初から読み直したりもした。ストーリーそのものは時代設定を1958年に据えた独特の興趣があるもので(映画『めまい』が封切られた直後で、テレビでは『探偵マイケル・シェーン』などが放映されている、ある意味で旧作ミステリファンにとってのベル・エポック)、犯人捜しの段取りも最後まで読めばなかなか楽しかったけれど。

 この雰囲気ならもう何冊か、ロプレスティの翻訳短編集を作れそうな感じだな。しばらくしたら是非ともまた続刊を出してほしい。

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人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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