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していません。ご注意を!
斎藤警部さん |
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平均点: 6.69点 | 書評数: 1357件 |
No.917 | 8点 | 闇に香る嘘- 下村敦史 | 2019/11/20 23:14 |
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「盲人を装えば、●●●●●●●●●●ない●●」
精神安定剤をストレート焼酎で呷り呑むような荒んだ暮らしに沈む中途失明の主人公は、別れた家族の深刻なトラブルにより表へ引き出された或る事をきっかけに、自分の兄が悪質な”偽”中国残留孤児ではないかとの疑惑にかられ始める。。。中身詰まって思わせぶりの機微も忘れない最高級のプロローグ。自分は信用出来ん、かも知れん、と自覚のある、何とも頼り無いがミステリ的には最高に適材適所の、信用できない語り手さん、最後まで引っ張ってくれてミステリ的に本当に有難う!最後まで謎のみっちり詰まり具合は丁度いい腹九分八厘でしたよ。大きな反転で詰めてなお残った違和感を切っ先鋭い別の反転でバッサリ処理、クーッ、スィヴィレるねえ。序盤からず~っと強烈な社会派サスペンス押しで来たのが、終盤で幻のように本格銀河鉄道のレールに乗って爆走を始めるあたり、んもう胸をトキメかせ過ぎで〆の白子スープチャーハンは別腹です! 参考文献一覧こそが強烈無比な本当のエピローグ、かも。そのジャンル別の並べ順にも泣けた。アリスアリスの文庫解説も、やるでねえだが。 ”(前略)小説とはそういうものであるから、全盲の人物の<視点>を取った場合、読者と登場人物の間にいつもは存在しない回路が開ける” これ言うとネタバレになるでしょうが、tider-tigerさんがプロフィール中で仰っている > ありふれた設定をかつてないような形で提示しているもの。 > 例えば「記憶喪失」「双子」「夢オチ」などを斬新な手法で料理している作品なんかがあればいいですね。 いや、やっぱり何でもありません。。 これもネタバレかな。。 一部イヤミスばりの唐突な無理やりハッピーアップセットに、記憶障害〈疑惑)がいったん廻ってなんも無しよ、みたいな弄ばれはちょぃと鼻ムズムズもしたのだが、まあいいさ。 点字俳句の立ち位置があっさり流されるあたり、掴みの強烈さと締めの奥深さの間に闖入してしまう違和感のヌラヌラも少しあったが、すぐ消えたぜ。 そのへんの一瞬で蒸発しちまうアラを直視した上でミステリとしてはほぼほぼペキの勘太郎(完璧)だけど、人間ドラマとしたらアラだらけかも知らん、だが感動する。 “母さん、◯○◯○○◯○◯○○○ありがとう” |
No.916 | 7点 | 電話魔- エド・マクベイン | 2019/11/16 08:56 |
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偏差と確率を語る●●●(今はもうない)。。。妙に説き伏せられるその数学的犯罪論演説。 ●●●と言えば思い出す、有楽町ガード下の古い焼きとん屋(今もまだある)。稚拙なようでいて雪崩をも呑み込みそうな謎の深み。始まりは、立ち退き迫る 脅迫電話、逆・●●組合めいた予感。。終わりが近づくにつれ、まさかの犯罪ハイパーインフレ大会には唖然となりました。最後のバカスペクタクルとその抹消無しに、クールな数学推理小説としてしっとり締めるって手はなかったのかしら?なんて思いもしますが。。この過剰な味は捨て難い。呆気ない幕切れを尻目の最高に痺れるエピローグ。ハヤカワ文庫あとがきがまた良い。昭和三十年代中盤のサンデー毎日に連載されてたって、つまり’エプロンおばさん’としばらく同時で本邦初訳が載ってたって事じゃないですか、こりゃ萌えます。(どっかで古雑誌、安く売ってないかなあ) |
No.915 | 6点 | 沈黙の檻- 堂場瞬一 | 2019/11/14 10:42 |
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十七年前の運送会社社長殺害事件は、犯人と目された社員がいたものの、迷宮入りした。。。。。。。冒頭から流石に面白い、このドライヴ力は格別なものがある。トリッキーな話の枠組も素敵だ。清張だったら下書きで破棄してそうな出だしさえ抱きしめたい。だが、心をガッツリ押さえてくれる分厚い中盤に比べ、あまりにすんなりそのまんまの結末かい。。。 ●●どころか■■■■拒否のホヮィダニットまでそのまんまかいやー!!事件の全容も人物の掘り下げもミステリとして浅い(物語としては。。。。それなりに深かろう)が、それでも圧倒的な読ませ力が勝り、5点まで滑らず。 |
No.914 | 8点 | IQ- ジョー・イデ | 2019/11/08 18:50 |
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沁みた。。。 還暦過ぎて新人賞三冠は伊達じゃねえ、こんな胸熱なシットはそう無い。 終戦直後東京のように殺伐としたL.A.貧民街&高級住宅街を軸に繰り広げられるラップ業界ドタバタ哀愁アクション。今どきクラシックソウルを好む兄を持ったガキにとって、初めて出遭う”叙述トリック”はマイ・ガールのイントロかも知れねえなあ。
ミステリとは縁の深い歴史的人物名をもじった”BLACK THE KNIFE”(←すみません、匕首マックと切り裂きジャックがごっちゃになりました)なるラップチームを解散し、今やその旧チーム名を乗っ取って(元チームメイトを手下に従え)自らのソロ芸名にした、ラッパーとして絶大な人気を誇る本名Calvin Wright氏。なんとか言う架空の音楽雑誌で特集された「オール・タイム・ラップ・アルバム200」だかでは一位のNotorious B.I.G.に続き二位に付けたとか!どんだけビッグやねん!! んでそのCalvinが謎の闘犬を使った遠回りな殺人未遂に遭ったと訴え、仕事は若い無免許探偵I.Q.(Isaiah Quintabe アイゼイア・クインターベイ)の所に転がり込んで来たってえ寸法だ。元妻やら弁護士やらマネジメント社長、正体不明の殺し屋だか何だか、危ない白人もチカーノも(時にエイジャンも)入り混じって騒がしいことキナ臭いこと。 一方、上記の現在進行ストーリーにカットバックで割り入って来るのが、超優等高校生時代のI.Q.が如何にして超不良同級生ダッスン(本作のワッスン役、と呼ぶにはかなり異色)とツルんで悪の道に片足突っ込んでしまったか、の詳述。転落のきっかけはある重要人物の死。そしてこの過去ストーリーがいつになったら、どうにも小説上の泣かせどころらしく匂う、あのX時刻に、いったいどんな形でたどり着くのか、、という謎を抱えた、想定される号泣のゼロ時間へと向かう物語でもあります。 ちょうど2PAC全盛になる頃から徐々にHIPHOP界から心が離れて行ったおいらですが(ワシは今でもPE周辺がNO.1)、それ以降のシーンにもギリギリの素養は保たれてたお蔭で、本作で描かれる固有名詞を含む諸々もスイスイ入って来ました。が普通の読者にとって、そのへん訳注無しでは年齢層問わず厳しいかも知れません。“リルキムみたいな女云々”ってw でも雰囲気伝える和訳は全体通して結構うまく行ってるんじゃないでしょうか。 んで、一体どこがシャーホゥやねん、と鼻白んだもんだが、ある場面で逆赤毛趣向みたいな(マクベインの「電話魔」はちょっと違うんだったか?)のが出てきてニヤリ。まホゥムズ要素はむしろスパイスですかね。恋愛に興味無さそうなのは同じだけどI.Q.はセックスはするみたいだし。ドラッグも楽器もやらないようだし(音楽は好き。割とハイブラウなの中心) 最終局近くのあのショートショートもどきのI.Q.探偵事始めはなかなかクリスピィなチェンジオヴペース。”TKはまるで変わっていなかった”ここでまた号泣だ。泣かせておいて最後の。。。。。。。。。最後の最後の謝辞がまた最高。ある登場人物が「本物のアーティスト」の例としてジョン・リー・フッカーを挙げてたのは、よしんば半分ジョークだったとしても(んなこたねえか)、嬉しかったねえ。。ダッスンがガンボ作るのも良かった。しかしI.Q.がQファックと呼ばれる度にQティップ(ATCQ)を思い出さずにいられんかった。 あのクソ変質者。。は続篇にまた顔出すんだろうか。 バカだなぁ、IQ。。 と思うシーンも一回だけかな、ありましたよ。 |
No.913 | 6点 | 失踪症候群- 貫井徳郎 | 2019/10/28 13:25 |
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シンプルな対称形のようでいて事は複雑また複雑。まるで世の中。と言って集約を唆る要素もよく見りゃ点在。まるで世の中。気づかせが露骨なだけにかのか大して重みを発揮しない叙述トリックもありました。割と重厚な心理描写や行動シーン(暴力大いに含む)でぐいぐい引っ張っておきながら、最終盤で急にご都合の誘惑に確信犯で負けてさっさと簡単に終わらせた、ような気もする。 まあ、ひたすら吸引力ある途中経過を楽しむのが良い娯楽小説ですね。それにしては作者らしくちょっと重い文章、ってのも悪かない。こんな勧善懲悪イヤだーって読者も数多おろうが、たまにはいいじゃないですか(でも完全にスッキリ終わるわけじゃないから)。 しかし、ドラムスの他にパーカッション、ギターも二人いて専任ヴォーカルを置いときながらベースレスのバンド(しかも素行が超凶暴)って。。。。。 |
No.912 | 7点 | 男の首- ジョルジュ・シムノン | 2019/10/25 06:39 |
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あるものの占有率が異様に高い騙し絵ストーリーのような。ギリ本格ミステリの形式を借りパクしたクライムストーリーであるような。出だしの意外性がピカイチですね。或る種の不可能犯罪を扱ったお話でもありますね。
この頃のアメリカ人(で経済的に成功してる人)って、今のIT企業家(で経済的に成功してる人)みたいなイメージだったんですかね。ラデックのような野郎、ネット社会でもいるよな、と思ったらますますそんな気がして。 |
No.911 | 8点 | 今はもうない- 森博嗣 | 2019/10/17 12:24 |
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認知や伝達についてのレトリック豊かなエッセイを、こんだけ豊潤な本格ミステリの装丁で世に放ったってんだからこりゃあ気持ちがいいですよ。本作の表題が或る会話の中に初出したのを見たとき、ときめいたなあ。。胸躍る安否探索シーン、’語り手の殺人舞台での数日間’が空白、という前提の魅惑。絶対的どころか絶対に疑い得ない特別の座におわします登場人物を疑い得る対象にサラッと置き換えるスライハンド、諏訪野さんのビジュアルイメージを間一髪で固定化から救いつつも一定方向への優しい誘導も見せた仄かなワンサブシーン。まさかの反感請負キャラがアンチミステリの新地平をも開きそうな激ヤバほぼ一言セリフを吐出。密室構成の可否を問うディープな仕訳け論議、いいねえ。“言葉とは、本来の意味に解釈されるのが原則だからだ”クィー 来るねえ
このまえカラオケで久しぶりに一青窈「ハナミズキ」を聴いてたら、なんとなくこの作品を思い出したんです。 アッチの意味で二度読みじゃなく、普通の意味でいつか再読したくなります。 犯人の意外性(って言っていいですよね)にも少しは目を向けてあげて!? ってかこれほど真犯人の影が薄い本格ミステリ(って呼んでいいですよね)もなかなか。。 んで●●に纏わるめっちゃ光る違和感伏線の置き場所が絶妙で絶妙で。。 シリーズ通して見たら、箸置きが立派過ぎる箸休めと呼ぶ事も出来ましょう。だけど、同じ番外作でも「人形館」とは性質が違いますね。 「現象は並列でも、言葉は直列に並ぶ。その並び換えのプロセスに、発信母体の意図が介在するだろう。」 ↑ これいつも思ってたこと よくぞ言葉にしてくれました ※パンダさんの(もう17年も昔の)コメント、本当にその通りと思います! |
No.910 | 8点 | 殺人鬼- 浜尾四郎 | 2019/10/15 13:56 |
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心理トリック剛速球、戦前の奇蹟。余裕ある総ページ数なのに展開速いこと!時折現れる’一本のAirship’が呉れる最高の旨味。『X番目の被害者が何故それほどに意外極まりないと、両雄(探偵二人)から、目されたのか?』このあたりの機微も凄まじく素晴らしいね。最も深刻な、最も趣き深い復讐方法。。。これ程までの換骨奪胎乱反射であらぬ方向へ何箇所も突き抜けられたら、しかもそれを目線の高い知の制御のもと完遂されたら、最早これはヴァン・ダインをどうした言う域の作品じゃあないね。最高に頭のいい若禿上流エリートさんがアラフォー晩年期にものした最佳の充実作。必読度A、長大さAだが読みやすさもA。怖れる事は無い。(ただちょっと、豪快アリバイトリックで無理し過ぎの所が。。。笑) |
No.909 | 8点 | 呪い- ボアロー&ナルスジャック | 2019/10/07 21:20 |
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“そしてすべてを一緒にひとつの封筒に入れたのです”
あからさまに太すぎる、物語の前提そのものであろう隠喩群の縺れ合い。ふんだんな情景描写が冗漫でないのも、そこに隠喩が充分に染み込んでいるから、のみならず映画の美しい風景シーンそのものの心地よさがあるから。 ダークスウィート抒情詩の解説散文のようなもので満たされているのは前半。後半は、先に進むにつれ胸を締め付ける心のサスペンスの坩堝に墜ちて行くための地図。。。 あまりにプレシャスな、限りある沈黙のシーンが心に残る。 “けれども私はこの偽りない深い愛情のあらわれをここに書けるのがうれしいのです” 獣医を営む夫が、ある日現れた胡散臭い医者の男に紹介され、患者である”或る獣”を飼うアフリカ帰りの画家の女と情を交わす。女は獣医の妻をアフリカ仕込みの(?)呪いの力で葬り去ろうとしている、、、としか思えない超自然犯罪現象(?)と、或る特殊な自然現象 。。。。のぶつかり合いなのか、そこは?! 最後は優しく哀しい反転で見つめられるように終わる物語。沁みます。 “人間は自分自身の心からはずっと離れた所で動いているのだから” |
No.908 | 8点 | 火の接吻- 戸川昌子 | 2019/10/03 18:56 |
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「時には小便がかかっていたようです」
幼馴染三人の再会は放火事件が契機となった。一人は消防士、一人は刑事、一人は放火魔。 趣向に癖のあるプロローグ/エピローグに挟まれ、三者の視点回しで大胆な幻想の霧をふりまきつ、それぞれの男女の沈痛な物語は絡み合ったりほぐれたり。ごく初期段階から燦めく混乱の中、いきなりの魔法が!!証拠物件が○イ◯ンの●袋から見つかったって、どういうこと。。。 途中からどうも、ダビデの星のイメージが、その一箇所だけぼやけた形が、浮かび上がって来るんですよ。なぜなら。。。 と思ってたらほらもう次の。。 “いったい私は真実を告白しているのだろうか” さて本作はMTV華やかなりし’80年代中盤(昭和末期)の長篇。作者にとっては17年振りの本格ミステリとのことですが、いっやー錆び付いてないこと、鈍ってないこと!! シュールな道具遣いと惑わせ上手な筋立て。日本人らしいこだわりでフランス以上にフランセーズなこの感覚は同年発表の連城三紀彦「私という名の変奏曲」を連想させます。 「◯ン◯レ◯の●」の対位法による変奏曲ではあるまいか? と思い当たるのは物語後半の後半に差し掛かる潮。 更には凍りつく名シーン「生命維持装置」。 終盤近くからピチカート・ファイヴ「神の御業」が頭の中を流れて行きました。 見事です。まるで物語の遠心力で振り飛ばされるが如くの新事実が次々に現れても「いやーー、まーだ何か隠してるだろ」って感覚の持続性が半端ない。 真犯人像は、、えっ、そっち行く!? ってちょっと慌てますけどね。 “この人は誰なんだ・・・なぜ、なにもかも心得ているような口をきくのだろう” |
No.907 | 6点 | 魔のプール- ロス・マクドナルド | 2019/09/24 23:52 |
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「朝飯だ。きっとそうだ」
会話に較べて旨味の落ちる地の文が場所取り過ぎ。これが欠点。終盤近くの雰囲気に染まる頃、やっと比喩やら真心やら、言葉の八面六臂で五臓六腑を追撃しまくりのグレイヴィスワンプがやって来た。。が時すでにやや遅し。でも挽回はした。 “メリオテスの頭文字がそこに描かれているのだった” HBらしいストーリー錯綜はいっこうに構わんが、幹となるのであろうメインストーリーと、それをガッチリ支えるかと思われた太枝サブストーリーズが、互いにねじれの位置というか、全体で謂わば建築の体を成していない。そのこと自体はいいけれど、折角のこの物語のムードには合ってないんじゃないかしら。。違和感の源泉はそこかな。 「どんな場合でも、部分よりは全体のほうが大きいもんだ。」 リュウよ、決死のダイバーよ。 白いドアよ。。。 しかし、なかなか心に沁みるラストシーンです。 暗闇の中なのに映像的、というのがまた素晴らしい。 |
No.906 | 7点 | 黒い軍旗- アンソロジー(国内編集者) | 2019/09/16 10:45 |
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山前譲 編 飛天文庫
十五年戦争を背景にした入魂の八短篇。 生島治郎/腹中の敵 8点 第二次国共合作前の上海。硬派な歴史ハードボイルド充実の中でこそ光る、ささやかなトリックの旨味。 佐野洋/某液体兵器 6点 太平洋戦争後期の追憶。戦争譚なのに氏らしい軟派なんちゃって社会派、良質の読み捨て短篇。 結城昌治/紺の彼方 7点 太平洋戦争後期から現在(つっても大昔)へ。戦争がダシに使われた犯罪への追想と、戦争が人間ドラマに繋がる現在視点のスケッチ。作者らしい仄暗さが良い。 日影丈吉/焚火 7点 占領下の割と平穏な台湾。あからさまに非ミステリ。妙に心に残る不思議な兵士への追想。皮相なようで芳醇な内容。(微妙に褒めすぎか?) 森村誠一/神風の殉愛 7点 特攻の頃と、現在(つっても昔)。社会派エッセイめいた戦時人情譚で締めるかと思いきや、後半は本格味の強い倒叙サスペンスへ思い切って転換。最後のほう、主人公が突然ちょっと嫌な奴に描かれるのは、読者が結末にあまり絶望しないようにとの、作者のぬるい優しさ故か? 山田風太郎/狂風 8点 降伏前後。いきなりモノが違う猛烈な文章世界に襲われました。日本の未来を巡って醫学生たちのぶつかり合う主張、重なって弾き合う心情。世代間の不信と、戦勝国達による詰め手の畳み掛け。。。。結末で無理に本格ミステリに擦り寄ったのはいいがその本格要素がいかにも取って付けた風で弱い!それでなお高得点付けざるを得ん!! 膳哲之助/埋葬班長 7点 終戦直後ソ連領。長篇モノクロ映画を思わせる豊かな物語性と、過酷な状況でも”悪いことばかりじゃない”生活描写。消失トリックも味のうち。 石沢英太郎/つるばあ 8点 終戦直後の大連。主人公含む複数の人間ドラマが事件を巡って精妙に交錯、ハードボイルド的センチメントが充満し爆発寸前へと。 序盤に見えた大味な物理トリックへの予感は、絶妙に淡いミスディレクションに片腕絡めた人間ドラマと見事に融合、味わいあるトリック顛末として花を咲かせています。小道具のバター缶も光ります。最後に明かされる「つるばあ」の意味。。。なんかこれ、微妙にタイミングが緩いというかおかしい気もするんだが、、妙に味わい深い。 |
No.905 | 7点 | 夜の蝉- 北村薫 | 2019/09/12 11:15 |
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朧夜の底 7点 な、何この、痺れ止まらぬサドゥン・エンド。。 まさか 恋、なの(真相の背景が)?! と思ったらあんまりそっちは匂わせず邪悪系暗示の終結なのか。 最後に明かされる正子さん(主人公の友人)のモヤモヤした心理がとても、良い。 六月の花嫁 7点 唯一の不満、ではなく違和感は、苦味ってやつがまるで無いこと。 とは言え、ダークサイド排除で綺麗な日常ミステリをここまで完成させるのは素晴らしい。 これがもし佐野洋だったらあそこの部分は。。と余計なこと考えるのは私の悪い癖。 夜の蝉 7点 “これが最初で最後だろう” 。。。。。。 三作中もっとも心理の揺さぶりを含んだ、ミステリらしい作品。 真ん中あたりの、謎と、謎解きの予感のとこ、ちょっと鮎哲っぽいかも。 最後に明かされる’呼び名’は、分かりやすいからこそ(?)リドル放置のままで良かったような。。 いっけんこんなに淡いしゃぼん玉のような作品集なのに、一遍読み終えるごとに長い冷却期間を置きたくなる深みが各作に宿っているのは確かですね。 全体通して、ミステリ要素より文章世界のほうに魅了される度合いが高いというかそっちが手が早い気がするけど、やはり肩書はミステリが似合う。 作者の得意とするような日常的事象の謎解きが、実はその奥に潜んでいた凶悪意図によるなにものかの解決に寄与。。してこそミステリの本懐じゃないか? とも微かに思わなくはなかったが、日常の謎どうしでそういう二段階ないし多段階奥行き演出をキメてくれたらそれは素晴しかろう。「朧夜の底」にちょっとそういう要素があったが、一段めがいかにも弱い。 表題作はまた似て非なる。。。 いえこれ以上は言いません。 ‘純ミステリとしての’ワンシーンから次のワンシーンに移るまでの間、かならずと言っていいほど物語が一服つく(タバコ吸うのではない)。 この一服の間が物語としてのみならずミステリとしても、透明で豊かなまあるい空気感をもたらしていると思います。 表題作なんかは、最後の長い長い一服が、効いているんだよな。。。 |
No.904 | 7点 | 三面鏡の恐怖- 木々高太郎 | 2019/09/07 11:34 |
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「そうだ。一つはーーあれは、ものにしようと思えばなる」
「よくないぞ。しかしーーそんなことより外に、真面目な方面の方がよいと思うぜ」 吹き荒れる直接心理描写の嵐、機敏に立ち回る地の文、意志みなぎり適時トボけた味も出す夥しい会話群、三者の信頼あるせめぎ合い持続が読者を不安の方角へと牽引する、不思議な感覚の戦前サスペンス長篇(短め)。恋愛はあくまで演出要素。でも社会派的内容は物語中枢の三割強占めるかな。中盤、戸籍片手の冒険シーンは良かった。四つと二つの機微とか。。 最後(解決篇)の雪崩打ちっぷりは何やらバカミスの様相も露見させ、妙に憎めない作品に化けちゃって終了。それも悪くない。 河出文庫の表紙、良いですね。 夏にヒンヤリする感じ。 帯の二階堂さん直筆激賞はちょっとハイプ気味だけど。 |
No.903 | 7点 | ゼロ時間へ- アガサ・クリスティー | 2019/09/05 06:18 |
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犯人の意外さに参った! アガサって本当に、意外な真犯人を演出するアイデアやら手管の引き出しが奥深いですね。。 そして、おお、伏線の偉大なる公明正大さ! こりゃ「越えてやろう」って後進どもが群発もするでしょう。 事件の真相が構造的に意外なら、物語の結末、いや構造も骨格レベルで大意外。嘆息せずにいられません。 これはアガサならではの照れ隠しなのか、企画のカッチリした堅さをエモーションの柔軟さが上回っている感触も素敵です。。いや、それはやはり真相隠匿の一手段でもあるのだろうな。
ある箇所で、安心感ある思わせ振りにタイミングの意外性が垂直衝突! 「最後まで何が起こるか分からない感」の記録更新を、斬新な構成の力を借りて図ったような野心作ですね。 この、想像以上に表題に相応しい、最後の最後まで謎の圧迫と結末期待値のキラメキが持続し続けるであろう、サスペンスフルな予感。 女史の高名な代表作の隠画、ではないな、真逆トリックを使った作品か?!(大分類では同類になるでしょうが) 。。。もっと強引にグイグイ来る面白ささえあればなあ!! 充分面白いんだけどさ。。 これ言うと微妙にネタバレ匂わすかも知れませんが、ミステリ上の謂わば’一事不再理’をまさかのシンプリシティで一回だけこねくったようなナニのアレ、と言えるかも知れませんな、本作のメイントリック。 |
No.902 | 2点 | 幻の悪魔- 高木彬光 | 2019/09/04 03:45 |
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目次を見ると、頁が少ないのに細か目に刻んだ章立ていっぱいでカラフルに愉しそうなんだが、読んでみるとこれが実に無味乾燥で愉しくない。。。私にはダメでした。 埋もれたままでいいですよね、彬光さん。 |
No.901 | 8点 | サスペンス篇「夜よりほかに聴くものもなし」- 山田風太郎 | 2019/08/29 06:00 |
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鬼さんこちら 8点
風の底意地悪さが際立つ、業の深いサスペンス逸品。 目撃者 8点 これも風の底意地悪さが光る、不条理味濃いサスペンスフル・ファンタジー 跫音 10点超え こりゃやべえ。12点も超えました。。。。 (不似合に落語風な最後のオチはまあ、構築美を整えるためのピースか) とんずら 8点 風の短篇の毒は、久しぶりに読むとほんとすぅ〜っと体に入ってくるな。オチ単体は軽いもんだが、風の因業ずっしりな筆で書かれるとここまでヤバい小説に化ける。 飛ばない風船 9点 風ならではの殺伐力躍動、学問の神通力も借りた意思ある殺人の末、、、、、 このオチか!死ねや!! コントラストの残酷さこそたまらない。 鮎哲のチャンチャン系倒叙を風の疾風スパルタヨットスクールで更生させ尽くした、がオチだけはわざとそのまま放置で実験してみたような剛力作。眩しいぜ。 知らない顔 8点 殺伐ユーモア+慰めペーソスの到達点は思慮唆る重いオチ。 不死鳥 8点 完璧な建築のようでどこか甘いエグ味が光りやがるなと思ったら。。。そういうこと。。いつもの風にも増して動きが速く構成の面白い濃短篇。重要物件に単行本「誰にも出来る殺人」が登場しやがった。最後の台詞、最高だね。。 サザンオールスターズ「栞のテーマ」が頭をよぎります。 ノイローゼ 7点 何気に単純な真相を、毎度馬鹿馬鹿しい小咄でサンドイッチしたしたところ、この面白さですわ。 動機 7点 タイトルとカチカチ進む内容でもってそこまで引っ張っておいて、そんな身勝手なチャッチャカ終わりかー でも途中は面白かった! 吹雪心中 8点 転倒に次ぐ転落、麻痺、死神相撲。極限段階で艶も情も奈落まで吹っ飛んだ男と女の最悪譚。イヤサスの理想地獄がここに。 環 6点 哀れなるユーモアサスペンス。表題に謳うほどクルリと一周などしてないんじゃ。。 寝台物語 8点 いくつかの予見を孕みつつ、最後はカチカチと直角毎に半反転を続けこの終結! いやあ沁みた。そしてあの端緒に戻るのか、戻りたくない。。。。 夜よりほかに聴くものもなし(連作短篇) 7点 単品で書評済み(一篇ずつではないけど)。 いかにも風らしい人間の業の深さを随所に垣間見せつつ読みやすい、面白い連作でサクサク行けますが、例の決め台詞「それでもおれは、君に手錠をかけねばならん」で締める趣向ならばもっと”渋い”雰囲気のディープ人情譚で行ってくれたらなあ、と思わなくはない。意外と心理の飛び道具が露悪的にギラギラ飛び交うよな、渋くない話が多い。あと、唐突にガチガチの本格(トリッキーで面白い)が登場したりもする。読む価値はじゅうぶんありますよ。 |
No.900 | 7点 | 厭魅の如き憑くもの - 三津田信三 | 2019/08/27 05:25 |
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コージーに過ぎる長い長い怪奇譚の末、まさかそんなちっぽけな真相?。。 と鼻白まずに済み助かった。何しろなかなかに大きなどんでん返しに襲われたもんだ。何処かで見たことあるアレだけど、物語の演出が違うだでに、驚きの感覚もやはり違う。真犯人暴くまでのステップに冗長感アリのため、驚きが微妙に薄れたのは少し残念。でも少し程度。
探偵役が真相を悟ったのが、そのアレの何とかを知る前だ(物語の構造上、そういう事になりますよね?)と思うと、しかも核心暴露へ至るまでの試行錯誤というか推理の執拗な積み重ねを経ているのだと考えると、そりゃあミステリとしての感動もなるほどひとしおだ。 最後に探偵役(ほとんど作者目線)が伏線を丁寧に説明してくれるとこ、まるでイニシエーションなんとかのネタバレ解説サイトのような感触で若干苦笑。でもこれあると助かる。最後のヒョッコリは、もしかして取って付けのオマージュ?おまけにしか見えない(この最終フレーズがどんでん返し最後の大締めにはとても見えない)んですけど、比率的にミステリ要素に較べると軽すぎて。 でもまあ、こういう感想が出てしまうのは私がちっともホラーマンじゃないからに過ぎないんでしょうなあ。 ところどころ、文章構成というか文の置き方が下手ッび過ぎて、誰が何を発言してるんだか分からなくなる箇所散見。もしやこれも叙述欺瞞の一環だか核心かとちょっぴり疑っちゃいました。それと、どうにも昭和の終戦直後が匂わないというか平成感丸出しの文章で、どうしてこいつらガラケーかせめてポケベルで連絡取らないんだろう?交番にキャプテンシステムは無いの?なんてうっかり思ってしまったり。あキャプテンシステムはむしろ昭和末期か。でもこのへんはシリーズ第二作以降順次改善されて行くのかしら?そもそもそこは改善すべきポイントではさらさらない? 【以下本作のトリック核心にさわるネタバレ(特に後半)】 さて、本作の叙述トリックの、心理的ではなく物理的側面のほうの肝となる部分、もしかして一種の洒落から発想が始まったのかな。。? んでこの系統の叙述トリック(心理的側面のほう)って、もの凄く大まかに捉えればブラウン神父の郵便配達のアレの応用篇、と言えるんですかね。 つまり、小説構成のあの部分が郵便配達人に相当する、という意味ですが。 |
No.899 | 6点 | 幸運の脚- E・S・ガードナー | 2019/08/09 12:15 |
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「諸君、これが僕の自供だ」
バカな俺を笑ってくれ。 ようやく、俺のペリー・メイスンに出逢えたよ。。。自分にはどうも合わないシリーズだな~と思いつつ、時々ちょっとずつトライして来て良かった。 こりゃ「傾いたローソク」以上に良かったよ。 事件動向にしっかり厚みが有って魅力的。目まぐるしいストーリー展開と乱暴な解決メソッドはハードボイルド調。メイスンのヒーロー性もワイズクラックもHB基準じゃぬるいもんだが、ちょいとソレっぽい本格として充分味わえる。 まあ、これ言うと微妙にネタバレになるかも知れないが、美脚詐欺自体が事件の中心寄りに位置していたらもっと良かったかもな。 古い創元推理文庫じゃ「メイスン」を「イメスン」と誤植してる箇所があって、そこ「イケメン」と空目しちまったのはご愛敬だ。 |
No.898 | 8点 | 鷲は舞い降りた- ジャック・ヒギンズ | 2019/08/05 19:28 |
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真夏の生ビール一杯の一体何が素晴らしいのかを数百頁に渉り隠喩だけで詳述した、世界の愛読書。(その大部分は”如何にその瞬間まで我慢すべきか”についての抒情詩であるので、熱中症対策としては極めて不適格)
だが本作の主役酒はブッシュミルズ。ボトルのフォルムとラベルの意匠に威厳への格別なる意志が見てとれるアイリッシュウィスキー。これからもデヴリンはガッツリ呑み続ける事でしょう。本当に困った奴です。 「おれはとつぜん六フィート離れた所に立って、自分が言っていることを聞いていた」 夥しい主役/準主級の放つ台詞の拉致力が半端なさ過ぎて泣きます。 最高の多重逆説を表出したのが、まさかのギラギラキチ●イNo.1だったとは!あのシーンは萌えたなあ! 物語の真ん中あたり、ハードボイルド文体の最高にユーモー溢れる応用篇みたいなくだりが、ひどく良かった。 終結間際の或る台詞、2×2で珍重すべきクアドゥループルミーニングになっちまってるわけですな。。。。あわやリドルストーリーの河口へ沈降かと見紛う幻惑のどんでん返し。そしてやっぱこの、ちょぴっとアメリカン・グラフィティを思わせる、大型エピローグの差し向けて来る眼力。。。。 アーサー・シーマー絡みの或るシーン、原文をチェギラしたぃと思ぅたが、翻訳が充分イカしてることを思い出し、その必要はまるで無いのを悟った。だからこそ、いい爺ィになって原典再読する幸運にヒットされた暁には是非ともそこんとこ、キッチリ落とし前つけたい。 オルガン(バッハ)のシーンは沁みました。。。。 「素晴らしい演技でしたね、中佐」 ああ、本当に素晴らしいプレイでした、登場人物の皆さん。男臭い物語ですが、数少ない女性の皆さんも最高でした。いつか皆で、人生に乾杯でもしませんか。 |