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tider-tigerさん
平均点: 6.71点 書評数: 369件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.13 5点 命ある限り- エド・マクベイン 2022/11/13 17:44
~女性に関してはいろいろとあったバート・クリング刑事だったが、このほどようやくファッションモデルをしているオーガスタス・パブロ(オーガスタ・ブレアだったか?)と御成婚。ようやく幸せな家庭を築くことができるのかと思いきや、結婚式の直後にこの花嫁が忽然と姿を消してしまった。

1967年アメリカ。さほど深掘りはせずコンパクトにまとめたサイコサスペンスといったところです。87分署的にはいくつかあるバート・クリング不幸話の一つとでもいいましょうか。本作を読む前にせめて『クレアが死んでいる』だけでも読んでおきたいところです。それにしても作者はどこまでバート・クリングをいたぶれば気が済むのか。

レギュラーメンバーのキャレラ刑事、ウィリス刑事らだけではなく、有能で不快な一級刑事ウィークスも加わって少ない手がかりを頼りに犯人の正体に迫っていきます。が、肝腎のクリング刑事は蚊帳の外に置かれてしまっています。被害者とあまりにも近い人物なので捜査に参加させないのは理解できます。ただ、小説としてはもう少し彼の心理状態なり行動なりを描いてもよかったのではないかと思います。
あいかわらず本筋にからまない無駄な聞き込みなどが多いのですが、箱のエピソードは笑えました。
大袈裟なことはしなくとも底知れぬ不気味さを醸す犯人の描き方はうまいと思いますが、87分署の他の作品でも見かけたことのある犯人像のような気がします。
まあまあの作品。どちらかといえば悪い意味で。小器用にまとめてはおりますが、水準よりも下の作品でしょう。後述しますが、読んだことすらすっかり忘れておりました。
デブのウィークス刑事を採用したのは正解だったと思います。彼の存在がこの作品をずいぶん救ってくれています。

邦題は当初の徳間書店版では『命ある限り』でしたが、早川書房版では『命果てるまで』に変わっております。
このタイトルは結婚式の誓いの言葉(二人は命ある限り末永くウンヌンというやつ)から採られているようなので、最初の徳間書店版が正解のような気がします。結婚式の誓いの言葉で『命果てるまで~』はちょっとどうかと。
自分が所有しているのは命果てる早川版です。

昨夜、実家に行ったら両親がTVドラマを観ておりました。『初夜に消えた花嫁』という『刑事コロンボ』作品でした。未視聴だったので観てみようかと画面に向かいました。
ドラマは終わり「あら、エド・マクベインなのね」
スタッフロールを観ながら母が言いました。母がエド・マクベインを知っていたことに驚きましたが、それはさておき、スタッフロールには確かに『原作エド・マクベイン』とあります。
ここでようやく、そういや87分署にクリングの嫁さんが結婚式のあとに誘拐される話があったなと思い出した次第です。
刑事コロンボ版は無駄な聞き込みとウィークス刑事が除かれていたくらいで原作にかなり忠実でしたが、あまりコロンボらしくない作品でありました。

No.12 7点 死にざまを見ろ- エド・マクベイン 2022/10/02 00:17
~プエルトリカンの青年ペペは老婆を殺害して逃亡している。ペペを追う警官たち、複雑な心情で事態の推移を見守るプエルトリカンたち、たまたまこの街にやって来た部外者たち。そして、パーカー刑事とヘルナンデス刑事はそれぞれの信念に従って事件に対峙していく。

1960年アメリカ。『サディーが死んだとき』と並ぶ87分署シリーズの裏名作。『電話魔』の次に発表された作品だが、当時の読者は少々面食らったのではなかろうか。エンタメとして抜群に面白いとはいえないが、個人的にはとても好きな作品。
プエルトリカンの少年たちはなぜ犯罪に走りがちなのだろうか。彼らの街を舞台にささやかな散文が連なり、いつしか一つの波となっていく群像劇。ドキュメンタリタッチの作品とされているが、それ以上に自分は本作を詩のように感じる。

裏表紙のあらすじと実際の内容は印象がだいぶ異なる。87分署の刑事たちが中心となって筋が展開していくわけではない。どちらかといえば街の不良少年たちが軸となっていて、事件は彼らを映す鏡のような役割である。87分署のメンバーでは二人の刑事が中心的役割を果たすのだが彼らにしても本作の中で起こるさまざまな出来事のうちの一つであるかのように扱われており、ことさら大袈裟な描き方はされていない。

作者がやや語り過ぎの部分もあるとはいえ、本作においてマクベインの筆は非常に冴えている。なんでもない男女の会話でさえもじっくりと滲み入ってくる。
よい小説の多くはさまざまな対比を作品内に織り込んでいるものだが、本作もそう。いくつかの対比の中で不良少年ジプとシクストの対比は本作の要となっている。さらにクーチの役割が非常に大きかったように思う。ストーリー展開において重要というよりは、作者の想いを少し捻った形で代弁する人物であったように感じる。
普通なら多く筆を割くであろうことがあまり書かれていない。書かずして書かれていることが多い作品だと思う。
それからパーカー刑事はもったいない。本シリーズでさほど出場機会に恵まれていないキャラ。彼のような性情麗しいとはいえない御仁の出場は作品にとって良いアクセントになったと思うのだが。

No.11 7点 サディーが死んだとき - エド・マクベイン 2020/02/09 20:31
~弁護士のジェラルド・フレチャーから、帰宅したら妻が死んでいたとの通報を受けて現場に駆けつけたキャレラ刑事だったが、フレッチャーは平然と言い放った。
そいつが死んでくれてせいせいしているよ。
物盗り目的で窓から侵入した何者かがフレッチャーの妻を刺したのではなかろうか。この線が有力であったが、キャレラはフレッチャーに疑惑を抱く。そんなキャレラになぜかフレッチャーは自ら接触を試みてくるのであった。~

1972年アメリカ。刑事コロンボみたいな幕開けから、つかみどころのない展開を経て、他愛もない結論に落ち着くのではありますが、心理ミステリとしてよくできている作品だと思います。曖昧な部分もありながら、なぜか腑に落ちるのです。
被害者のノートに書かれた『TG』の意味が判明したとき、これも他愛のないことではありながら、あまりにも……いやあいいなあ。
さらに本筋との直接的なからみはないものの、サブストーリーが作品に微妙な影を投げかけております。マイヤーとクリングの肩こり治療用ブレスレットをめぐるアホらしい諍いも楽しい。どうでもいいことをくどくど書いたり、肝腎なことは匂わせるのみだったり、どこかヘミングウェイっぽかったり、いくつかの文体を混ぜ合わせたりと相変わらずやりたい放題ですが、本作はそれらがうまく融合しているように思います。やっぱりマクベインはいい。
好き嫌いが分かれそうな作品ではありますが、個人的には『死にざまをみろ』と並ぶ87分署の裏名作にしてマクベインのベスト5入り作品です(カリプソ以降の後期作は未読なのですが)。ジャンルはサスペンスとしました。

『われらがボス』の書評の中で同時期に出版された四つの作品を挙げて、いまいちだと書きましたが、本作はその時期に書かれています。なぜか本作だけは完成度が段違い。不思議です。
※ショットガン(1969)、はめ絵(1970)、夜と昼(1971)、サディーが死んだとき(1972)、死んだ耳の男(1973)

別作品に登場するキャラで、何者かにレイプされたという狂言を繰り返すサディという迷惑なお婆さんがおります。本作を初めて読んだとき、このお婆さんが殺されてしまう話だと思っておりました。けっこう好きなキャラなので非常に悲しくなりました。もちろん本作のサディーはまったくの別人です。

No.10 6点 われらがボス- エド・マクベイン 2020/02/02 13:39
~パトロール警官は剥がされたドブ板を不審に感じた。溝の中を照らすと赤ん坊を含む六体もの遺体が遺棄されていた。被害者たちは人種も性別もマチマチで、全員身元がわからない。これは厄介な事件になりそうだ。
そして、一週間が経った。87分署の刑事部屋にはギャング組織であるヤンキー反乱隊の会長ランドール・M・ネズビットがいた。彼は六体の遺体について詳細を知っていた。訊かれてもいないことまでペラペラペラペラ喋りまくった。~

1973年アメリカ。87分署シリーズ異色作の一つ。原題は『Hail to the Chief』
あらすじのとおり、いきなり六つの死体が転がり、早くも21頁でヤンキー反乱隊会長の口から犯人の名が明かされ、命令したのは「オレ」だとの供述まで飛び出してしまう。倒叙形式といえなくもないが、そこは大して重要ではない。遺体発見からの一週間にどんなことが起きたのか、刑事たちの捜査と会長の供述が交互に描かれていく。小さな謎が解明されてゆき、事件の全体像が浮かび上がり、会長の独善性、異常性が見えてくる。
ギャングについて深く掘り下げることはしないが、要所要所を押さえてある程度のリアリティを保ち、なかなか楽しい作品に仕上がっていると思う。
雪さんも指摘されているが、『ショットガン』『はめ絵』『昼と夜』『死んだ耳の男』とこの時期のマクベインはどうも冴えない。ここで自分をみつめなおしたのかなんなのか大胆な構成の異色作を送り出してきた。
さまざまな遊び、実験が散りばめられ、マクベインの筆致は活き活きとしており、名作とまではいえないが好きな作品である。
本作で心機一転、続く『糧』もなかなかいい作品だったように記憶している。

大筋はギャング組織の三つ巴の抗争であるが、見方によってはいわゆる独裁者(スターリン、毛沢東、ヒトラーなどに代表される大量殺戮に至る病)について書かれた作品だともいえそう。原題の『Hail』はいわゆる『Heil Hitler』を想起させるし、会長が盗聴器を仕掛けさせた敵組織のアジトは『ゲイトサイト・アヴェニュー』にあったりする。これはもちろん本作執筆の時期に起こったウォ-ターゲイト事件にかけているのでせう。

ジャンルは迷いましたが、クライム/倒叙 としておきます。

No.9 5点 ショットガン- エド・マクベイン 2020/01/07 19:29
~主に中流家庭が占める地域にあるアパートの一室で夫婦と思われる二つの遺体が発見された。クリング刑事は青ざめて嘔吐する。場数を踏んでいるキャレラも無駄口を叩く気にはなれなかった。遺体は双方ともにショトガンで顔を吹き飛ばされていた。~

1969年アメリカ。積読マクベインを一冊やっつける。だがしかし、そっとしておいてもよかったかもしれない。これはちょっとミステリとしては見るべきものがないような気がする。かなりの無理筋だし、たとえうまく決まっていたとしても陳腐。
先達ミステリを雛形にドラマで魅せていく作風であるにしても、これはあまりにも芸がない。
テンポよく展開していくし、会話も相変わらずうまいし、サイドストーリーはなかなか楽しいので退屈はしないのだが、マクベインのうまさを再確認すると同時にダメさ加減も骨身に沁みてしまった。
驚いたのは別作品のとある登場人物の行く末が判明すること。だけどねえ。気に入っていた作品だけに彼の物語をこうもあっさりと片付けられてしまうと非常に寂しい。これもマイナス要素。
腕のいい料理人が質の悪い魚で刺身を造ってしまったが、煮物と吸い物は美味しかったといった風。うまさは随所に出ているも採点は4点に近い5点とします。

No.8 6点 警(サツ)官- エド・マクベイン 2018/02/16 10:10
87分署に脅迫電話が掛かる。公園局長を殺されたくなかったら、五千ドル用意しろ。87分署一同はそれなりに手を打つも結果→公園局長死亡。
続いて、「副市長を殺されたくなかったら五万ドル用意しろ」→副市長爆殺。
一連の事件には補聴器をつけた長身の男が絡んでいる。そう、あのデフマンだ。うんざりだった。
一体、デフマンは今度はなにを企んでいるのか。

『電話魔』の続編です。あの男デフマンが還ってきます。事件の性質、全体のトーンも似通っております。署内はイヤな空気に包まれます。本作もデフマンの遠回しな狙いがなかなか面白い。
さらに87分署シリーズでは御馴染のパターン、並行して別の事件も起こります。連続浮浪者襲撃事件、若造の強盗計画などなど。マクベインには珍しくこれらの事件が一つにまとまりますが、少しも巧妙ではありません。とんでもない偶然によってまとまってしまっただけなのです。
裏表紙には『犯人と刑事たちの熾烈な頭脳戦をスリリングに描く傑作』などと謳われていますが、ぜんぜんそんな話ではありません。事件の解決は青天の霹靂としかいいようがなく、偶然と失敗が織りなすしようもない物語です。「偶然によってプロットが動く」「キャラのマヌケな失敗」は読者を白けさせます。
本作では刑事がやたらと失敗します。登場人物の失敗にはストーリーをより面白くするものありますが、読者をイライラさせるだけのものもあります。本作では後者の色合い濃厚。服に引っ掛かって拳銃が抜けないとか、初歩的な尾行の失敗とかそういうのは止めて欲しいわけです。
そういう失敗はリアルに起こり得るのかもしれませんが、小説的にはそんなリアルを描かれても面白くない。
87分署シリーズはキャラのマヌケな失敗をしばしば目にしますが、本作に至ってはほぼ失敗しかしていない。
ですが、失敗はともかく、偶然に関してはマクベインはこれを自覚的に、むしろ誇張してみせているふしがあります。
本文内で市警本部長による遠回しな言及があります。「警察の仕事には偶然が多く、多くの事件が偶然無くしては解決しなかった」本作はまさにこの言葉の体現なんですよ。失敗続きでも偶然解決しちまうのさと。
本作はシリアスなものではなく、かなり遊びの要素が強いと私は見ています。
シリーズも中期に進み、マクベインも飽きてきて少し変わったことをしてみたかった。穿った見方をすれば書くのが嫌になりかけていて投げやりな気持ちだった。いずれにしても、作者本人はわりと醒めた目でこのシリーズを見ていたように思えます。
駄作認定される素質は充分の作品でしょうが、ジェネロ巡査のエピソードやマイヤーマイヤー事件などの細部、馬鹿馬鹿しさ、電話魔と似た空気感などなど、意外と好きな作品です。高得点はつけません。

No.7 6点 灰色のためらい- エド・マクベイン 2017/11/12 21:14
手作りの木工品を売りにニューヨークに出て来たロジャーは下宿屋で目を覚ます。
冬のニューヨークは寒い。木工品はよく売れた。母さんは元気にしてるかな。
あ、そうだ。警察に行かなけりゃいけないな。

87分署シリーズ最大の異色作。そもそも87分署シリーズを名乗る資格があるのかってくらいの作品。87分署の刑事は幾人か登場するも、能動的に動くことはない。
ロジャーがなぜ警察に行かなくてはならないのかが、良く言えば腰の入った文章でじっくりと描かれる。悪く言えばウダウダグジグジ優柔不断なロジャーに付き合わされる。「この野郎いい加減はっきりしろ」と怒鳴りつけてやりたくなるも、いつのまにか引き込まれている。そして、結論が先延ばしにされることを望んでさえいる自分に気付く。だが、ロジャーの不可解な一面と警察に行かなければならない理由が少しずつ明らかにされてしまう。
意外性はあまりなくて、起伏も少なくエンタメとしては弱い作品かもしれない。
それでも個人的には好きな話で、マクベインの違った持ち味、うまさを感じられたのも収穫だった。そつなく書くだけの作家じゃないんだなあと。ただし、オチはどうも気に入らない。

やっぱり会話が自然でうまいなあ。別に気の利いたセリフもないただの男女の会話の中に登場人物の息遣いが聞こえる。
海外、特にアメリカの作家は会話がうまい人が多い(ような気がする)。
日本人作家が海外の作家に劣る点があるとすれば、それは会話だと思っている。無理をしている感じがしたり、ただひたすらつまらなかったり、ひどく不自然だったり。
※あくまで個人の印象です。また、日本の作家が海外の作家に劣るなどとは微塵にも思っておりません。

No.6 6点 キングの身代金- エド・マクベイン 2016/10/19 22:21
最近はほとんど聞かなくなりましたが(報道されないだけ?)、私が子供の頃はときおり営利誘拐というやつが発生しておりました。ですが、子供心にも私(我が家)が狙われることはなかろうとさほど気にしておりませんでした。なのに余計なことを思いついてしまい急に怖ろしくなったのです。一緒に遊んでいた友人の中にえらい金持ちの子がおりました。誘拐犯が彼と間違えて自分をさらったりしたら、どうなるのだろう? 怖かったのでそれ以上深く考えませんでしたが、この作品はその一つの回答であります。
誰をさらっても誘拐は成立する。このアイデアは画期的なものだったと思うのです。私の本作の評価はこの素晴らしいアイデアを活かし切れなかったやや不満の残る作品、名作になり損ねた作品です。
誘拐する子供を間違える、それでも構わずに身代金を要求。せっかくの前代未聞な導入から予想通りの凡庸な展開となり、人間ドラマに終始、ちょっといい話にしてみました的なラスト(個人的には嫌いじゃない)。キング氏と妻の論戦など読みどころはあって小説としてはなかなか面白いのですが、警察小説としての興趣は乏しいと言わざるを得ません。
子供を誘拐された男が子供助けたさにキングの家から金を持ち逃げするとか、なにかもう一つ波乱が欲しかった。

警官嫌いの書評の中で、87分署シリーズの異色作をいくつか挙げましたが、本作もその中に含めるべきだったかもしれません。本作の主眼はあくまで犯人側と被害者側の人間模様であり、有名作ではあっても通常の87分署シリーズとは愉しみが異なります。最初に読むべき作品ではないように思います。

最後に。作品内でキング氏はかなり非難されますが、個人的にはちょっと気の毒な気がしました。

No.5 6点 - エド・マクベイン 2015/10/23 06:44
雑役夫のジョージ・ラッサー(86歳)が勤務先のビルの地下室で斧で滅多打ちにされて殺害された。聞き込みにより、被害者の複雑な家庭の事情や、被害者が事件現場であるビルの地下室で違法の賭場を開いていたなどの情報がもたらされるのだが……。

この作品は評判が良くないようです。タイトルは斧でも内容は鼻毛切りレベルだと。確かに重要な作品ではないでしょう。だがしかし、個人的には面白かった。
八十六歳の老人が無残な死を遂げる。ところが、奇妙なことに犯行が凄惨なわりには作品には軽い雰囲気が漂っています。ユーモラスと言ってしまってもいいかもしれません。
まずは事件発生直後、パトロール警官が現場付近でいかにも怪しい黒人青年(サム)を発見し、キャレラ刑事とホース刑事の元に連れてきます。以下抜粋

「表の横丁でなにをしていたんだ、サム」
「おれはここのビル(殺害現場はこの地下室)で働いてるんだよ」
「と言うと?」
「ラッサーさん(被害者)に雇われてるのさ」
「仕事は、なんだ」
「薪割りだよ」

その場にいた全員沈黙。拳銃に手をかける警官もいます。繰り返しますが、凶器は斧です。思わず笑ってしまいました。もちろんサムは犯人ではなく、この後は聞き込みを中心としたお決まりの捜査が始まります。
ところが、どうにも肩すかしの連続でうねうねと低空飛行を繰り返すのです。
(被害者の息子の胸に詰まるエピソードもあったりしますが)
犯人はまったく見当つきませんでした。動機が意外でした(コットン・ホース刑事もびっくりでした)。このオチを面白いとするか、地味(つまらん)とするかで評価が変わる作品だと思います。
作者は実験というか、遊びというか、悪ふざけというか、そんな気持ちでこれを書いたのではなかろうかと勘繰りたくなります。
私はこれ好きです。個人的には7~8点。ただし、客観的に見て評価は6点としておきます。

No.4 6点 ハートの刺青- エド・マクベイン 2015/10/23 06:39
ハーブ河で若い女の水死体が上がった。死体の指には『MAC』という文字入りのハートの刺青が彫られていた。被害者の身元を洗いつつ、キャレラ刑事は犯人を追う。

原題はThe con man(詐欺師)。邦題の方が目を魅くのですが、原題の方が内容を端的に示している。邦題のハートの刺青が作中で謎の一つとなっているのですが、その秘密があまりにもしょぼい。「それだけのことかよ」と脱力してしまいました。
シリアスなものとややユーモラスなもの、二つの事件が並行して進んで行きます。本筋の殺人事件はスティーヴ・キャレラ刑事、詐欺事件は本シリーズ初登場にして黒人のアーサー・ブラウン刑事が担当します。二つの事件は絡み合うことはありません。マクベインの作品では複数の事件が同時進行することが多いのですが、それらが一つに収斂していくような快感はなく、完成度が高いとは言い難い。楽しい店舗が盛り沢山の雑居ビルって感じですね。

この作品はファンの間で評価が高いようですが、実は私はあまり好きではありません。
終盤の緊迫感がどうにも作為的に感じられ、とあるキャラの無茶な行動もちょっと頂けない。
ラストも映像としては美しいのですが、文化の違いというか、日本人男性のほとんどは少し引いてしまうのでは。
まさか、スワロウテイルバタフライ(映画)ってこの作品から着想を得た?
それから、本作の主人公であるキャレラ刑事。どうにも弱みがなさ過ぎて。すごくいい奴なんですよ。でも小説の登場人物としては面白くない。私は他のキャラにスポットが当てられている作品の方が当たりだと感じることが多いのです。作者もキャレラがシリーズの主人公とみなされることに抵抗を示しており、何度かキャレラを本当に殺そうとしたとまで言っておりました。確かにキャレラはいくつかの作品で死にそうな目に遭っています。
刑事ドラマにするにはうってつけの内容かもしれませんが、個人的には87分署シリーズの鼻につく部分が凝縮されている作品でした。
それでもそこそこ楽しく読めてしまえるのがこのシリーズのすごいところなんですが。

No.3 7点 殺しの報酬- エド・マクベイン 2015/10/15 19:20
曲がって来た車の窓からライフルで狙撃されて落命したのは恐喝を生業とする男だった。犯罪者間の争いの線は早々に消え、恐喝されていたうちの誰かが殺ったのだろうという推測の元に捜査は進められる。だが、容疑者たちは恐喝されていただけに後ろ暗いことがあり、みな口が重いのだった。

前作「被害者の顔」で初登場したコットン・ホース刑事が主人公です。ホースは前作ではやや疎ましい男だったのが、キャラが少し軽くなって、人好きのする奴になっていました。
まあ、それはさておき、さほど話題にならない作品なのですが、自分はけっこう良く出来ていると思っています。被害者が恐喝犯ということが活きています。多少御都合主義な部分はあるも、細かな伏線を張ったり、理由付けを行う努力はなされています。展開に捻りもあって、犯人に関してもちょっとした驚きがあります。

No.2 8点 電話魔- エド・マクベイン 2015/10/15 19:16
デイブ・ラスキンの婦人服店には立ち退きを要求する脅迫電話がしつこく掛かって来ていた。内容は「立ち退かないと殺す」という悪質なものであった。さらに、ラスキンの店のみならず、他にも二十もの店が同様の脅迫を受けていた。そして、事件と関係があると思われる死体が発見されるも、犯人の狙いがいまいちよくわからないのが悩みの種であった。

ドイル(シャーロック・ホームズ)へのオマージュ。さほど話題にならない作品ですが、自分は重要な作品だと考えております。しょぼい話と思いきや、だんだんとスケールが大きくなる展開もいい。それでいてマヌケな話でもあったりして。
事件というか、騒動というか、とにかく犯人の狙いがなんなのか、そこが眼目。
あとは渾名が禁止用語の犯人も薄気味悪くてなかなかよろしい。87分署の刑事たちが最も嫌だったであろう犯人ではないかと思います。
最初に読んだマクベインがこれなので、思い入れがあるのやもしれませぬが。

No.1 7点 警官嫌い- エド・マクベイン 2015/10/15 19:14
深夜、職場に向かう途上でその刑事は射殺された。
「ぐじゃぐじゃ言っても仕方がない。とにかく、町に出て犯人を探せ!」
捜査主任の号令の元、仲間を殺され憤怒に燃える刑事たちは犯人を追う。
だが、警官殺しの犠牲者はさらに増えていくのだった。

他の方も書いてらっしゃいますが、導入部がいい。一気に引き込まれます。私も熱くなりましたね。
二人目の犠牲者の扱いが軽いのが可哀想でした。もう少し突っ込んであげて欲しかったところ。三人目の犠牲者がかっこ良かっただけに。
まあミステリとしてはよくある誘導で、本格慣れしている人にはああ、あれね、とすぐにネタが割れてしまいそうです。エンタメとしてはかなり面白い作品です。

87分署シリーズについて
本シリーズは三十冊弱読みましたが、作品間の当たり外れの差が小さく、私の(甘い)採点基準ではすべて6~8点の間に収まります。ただし、飛び抜けた傑作というのはないように思われます。
長いシリーズなので、マンネリにならぬよう様々な趣向を凝らす努力はしています。
双方を知る方から猛烈な反論がありそうですが、自分の中では87分署はリチャード・スタークの悪党パーカーシリーズと対になっています。両者ともにテンポが良くて、気軽に読めて、楽しい。忘れ去られてしまうのは惜しい作品群です。

長所
会話がうまいと思います。プロットの通りに話を進めていくための不自然な(作者の必死さが見える)会話などはなくて、どうでもいい刑事たちの軽口さえ魅力があります。
どの作にも一つ二つは必ずいい場面があって、話そのものを忘れてしまってもその場面は憶えていたりする。
意外とユーモアがある。
テンポ良く、話の展開もうまいのでリーダビリティが高い。
ちょこちょこと捜査の細かな点を描写している(リアルだと誤解される一因)。
コツコツ頑張る(なんのこっちゃ?)。

短所
多少の有効成分はあれど、――推理――小説としては市販薬レベル。
刑事は魅力あるも、犯人や被害者で印象的な人物があまりいません。
本来は純文学志向(私の勝手な推測)なのに普段は抑圧しているせいなのか、ときおり文体が美文調に変わります。これが曲者で、効果を上げることもありますが、妙にそこだけ浮き上がって興醒めとなる場合も多々あります。
けしてリアルな警察小説とは思えない(mimiさんの御意見に私も賛成です)。昭和の刑事ドラマ(太陽にほえろ等)はこの作品の影響を多分に受けていると思われ……つまりは、そういうことです。

基本的には発売順に読むことを推奨しますが、どこから読んでもそれほど支障はありません。ただ、警官(サツと読む。口にするのはちょっと恥ずかしい)は電話魔を読んでからの方が良いようです。ある意味続きものですので。
それから「死んだ耳の男」は未読なんですが、タイトルからして、たぶん電話魔、警官を読んだ後にした方が良いです。

一発目は避けた方が無難な作品(作品のレベルの問題ではなく異色作ゆえです)
「灰色のためらい」 「我らがボス」 「夜と昼」「死にざまをみろ」
ちなみに私は「糧」より後の作品は未読です。

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tider-tigerさん
ひとこと
方針
なるべく長所を見るようにしていきたいです。
書評が少ない作品を狙っていきます。
書評が少ない作品にはあらすじ(導入部+α)をつけます。
海外作品には本国での初出年を明記します。
採点はあ...
好きな作家
採点傾向
平均点: 6.71点   採点数: 369件
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