皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
バードさん |
|
---|---|
平均点: 6.14点 | 書評数: 315件 |
No.215 | 10点 | ユダの窓- カーター・ディクスン | 2020/08/03 21:56 |
---|---|---|---|
カーの既読数はたかだか10冊なので、本作を代表作と言い張るつもりはありません。しかし、私基準で本作は文句なく傑作でした。これまで、200冊以上書評を書きましたが、読み始めからオーラを感じたのは本作が初めてで、自分のカー評価を躍進させた一作です。
本作は、問題の階層構造が明確で、優れた学術論文のような上手さを感じた。階層構造が分かりやすいのは、リアルタイムで事件を追う形式ではなく、裁判で振り返る形にしたことで、事件を再構成できたからだろう。読者は作中の陪審員に近い立ち位置で事件を眺めることになる。 本作で最重要の謎は 「被告人が被害者を殺したか、否か?」 であり、殺害方法や、アリバイはそれに付随する謎という位置付けである。H・Mの問題意識は最初から最後まで、「被告人の無罪の証明」であり、読者もこの点に集中すれば良い。上記の証明のために膨大で細やかな証言と証拠が積み重ねられるが、問題意識がはっきりしているので、くどさや分かりにくさは感じなかった。 もし、本事件をリアルタイムで語る形式にしたら、 「犯人は誰か?」、「どう殺したか?」 などのいくつかの謎が並列に扱われ、凡ミステリになってしまっていただろう。 (ユダの窓の利用はともかく、部屋の外部から殺害というのは、カーの以前の作品でも使われた方法である。また、犯人についても、鉄壁のアリバイがあるわけでもないので、サプライズ性は弱い。 しかし、本作ではこれらの問題を小さい問題としたので、弱点となっていない。) この事件でこれだけ面白くなる裁判形式のチョイス、お見事です。 |
No.214 | 6点 | 奪取- 真保裕一 | 2020/07/29 07:34 |
---|---|---|---|
久々に評価の難しい本にあたったなぁ。
本書を完成させるには、間違いなく綿密な調査が必要で、この点だけでも作者の甚大な努力を感じる。 「偽札作りの描写は妥協しないから、読者も頑張ってついてこい。」 と作者に言われた気がした。 『不連続殺人事件』の書評でも述べたが、作者のこだわり(本書なら偽札作り描写)が作品ににじみ出ているのは、良作の証だと思っている。ただ、本書はそのこだわりが「諸刃の剣」になってしまっている気もする。 というのも、金属加工、コンピュータのハードおよびソフト、プリンターとスキャナー、印刷技術あたりの知識が無い者にとっては、一番の見所である偽札作りパートが異国の呪文なのである(泣)。実際、私の理数知識ではきつかった。 上にあげた分野に精通した人が読んだら、もの凄く楽しいだろうし、10点がついてもなんら不思議でない作品と思う。今回の私の点数は6点(= 物語の面白さ5点 + 偽札作り描写1~2点)、本書を隅々まで堪能できるような読者になりたいものだ。(勉強、勉強!) //////////////////////////////////////////////////////////////// 最後に偽札作りパート以外の感想を述べ、書評を終える。 ・ストーリー 意外性のある展開は第一部の終盤で謎のじじいが登場するところくらい。ストーリーだけを見たら凡かなぁ。ただし、ハッピーエンドだったのは嬉しかった。最後の方では大分、主人公サイドに感情移入していたので。 ・キャラクター 最終的に大金を逃すも、良輔は笑い、一切気にしない。当然だろう。なぜなら彼は五億円なんてちっぽけと思える程の技術と知識を手にしたのだから。 こういう職人的な格好良さを持つキャラは、私のど真ん中です。彼らを見習い、誇れる技能を習得するべく、私も精進します。 ・エピローグ 小説家になる伏線が無く、エピローグはどうも本編から浮いているという印象。 本文を主人公が書いたという設定だと『ダレン・シャン』を思い出したが、『ダレン・シャン』と比べると、この設定がプラスに働いていないっぽい。あちらは「もし本当なら、バンパイアが実在する・・・?」と読後に興奮を誘起するのに対し、本書の場合「もし本当でも、既存の技術を組み合わせて精巧な偽札を作った奴らがいるだけ」なのよね。 |
No.213 | 5点 | シャーロック・ホームズの回想- アーサー・コナン・ドイル | 2020/07/23 12:32 |
---|---|---|---|
ホームズの初解決事件(『グロリア・スコット号』)、兄マイクロフトの登場話(『ギリシャ語通訳』)、一度はホームズシリーズの締めを飾った『最後の事件』などホームズファンなら必読な短編集。
このようにキャラものとして優れる一方、ミステリ的に尖ったギミックは少なく、ホームズに入れ込んでいない読者にとっては凡短編集という印象。 各話の書評 ・白銀号事件(6点) 犬が吠えなかった事実から犯人を絞るのは、これぞミステリ世界の探偵が披露する推理という感じで嫌いじゃない。一方、羊の足の件はあまり上手い伏線と思えなかった。 ・黄いろい顔(6点) 珍しくホームズの読みが外れる展開。ラストのホームズの台詞 「これからさきもし僕が、自分の力を過信したり~、ひとこと僕の耳に、『ノーバリ』とささやいてくれたまえ。」 は、幾分かっこつけな台詞だが、ホームズくらい失敗の少ないキャラが言うとばえますね。 比較的コンパクトにまとまっており、割と好きな話。 一つ気になったのは、冒頭でホームズの失敗記録例に『第二の汚点』が挙げられていること。『第二の汚点』って真相を見抜いたうえで、あえて見逃す話だったような・・・、記憶違いかしら?(現在手元に『シャーロックホームズの帰還』が無いので確かめられず。) ・株式仲買店員(5点) 第一印象は『赤髪組合』に似てるな、だった。(旨い話におびき出される依頼人から連想した。)上記のような焼き直し感が強いので、評価はまずまず。 ・グロリア・スコット号(5点) 昔の悪事で脅される爺さんキャラは、ホームズ物に限らずちょいちょい登場するが、一話限りの爺さんの過去話なんて退屈な場合も多い。この話もJ・Aの過去話は退屈だった。 暗号が解かせる気のある良心的なものだったので、+1点で総合5点。 ・マスグレーヴ家の儀式(5点) この話の暗号は逆に簡単すぎで、わざわざホームズを出馬させなくても解けるレベル。(元々暗号じゃないしね。) 事件の顛末は予想通りで、微妙。 ・背の曲った男(4点) 犯人不在の部屋から妙な動物の痕跡が発見されるという面白シチュエーション。しかし、忍び込んだ男がつれていただけで、動物自体にはなんの役割も無い。このような雑さが気になりイマイチ。 ・入院患者(4点) 矛盾は無いが、小さくまとまっている感。何か工夫が欲しい。 ・ギリシャ語通訳(5点) ホームズの家族構成について言及する貴重な話なので、+1点してます。初登場の兄マイクロフトが大活躍するわけでもないのは、ある意味意表をついている? ・海軍条約文書事件(6点) 本短編集の中で一番好きな話。犯人に意外性は少ないものの、文書の隠し場所なんかはポーの『盗まれた手紙』のように、一工夫あり良い。犯人がベルを鳴らした理由(エレガントではないですが(笑))もスルーせずに説明しており、いい感じ。 ・最後の事件(3点) モリアティが雑にホームズを葬る話ということは聞かされていたが、想像よりも雑で、悪い意味でびっくりした。モリアティはぽっと出な上、作者が乗り移ったがごとく都合の良い先読みしてるだけ。「犯罪者中のナポレオン」と言われても・・・。 シリーズの中で重要な話なのは間違いないが、単体で見たら酷い出来だと思う。 |
No.212 | 6点 | マスカレード・イブ- 東野圭吾 | 2020/07/23 12:25 |
---|---|---|---|
『マスカレード・ホテル』ファンに向けた続編(前作の過去話)。
本作(と前作)のテーマである「仮面」は、ミステリ小説と相性がいいので、私は本シリーズを気に入っている。というのも、読者が見ることが出来るのは、「年」も「性別」も「体形」も「名前」も「性格」も全て、作者が付けた仮面越しのキャラだからである。 キャラの仮面が取り去られ、素顔が暴かれる瞬間のカタルシスが好きなのよ。 最後に個人的な嗜好を述べる。普通の警察物の新田パートよりも、ホテルマンとして、少し変わった視点から仮面の下を覗く山岸パートの方がトリッキーで好き。 |
No.211 | 4点 | こわれもの- 浦賀和宏 | 2020/07/14 00:32 |
---|---|---|---|
これまで浦賀さんはノーマークだったが、本サイトの掲示板で話題になっていたので読んでみた。
さて本作であるが、裏表紙のあらすじは魅力的で期待して読み始めた。 しかし、本編は売りが分からず、ワクワク感を維持できなかった。 ・二転三転する最後の展開? ・メタ要素のある最後の里美の独白? あたりが売りっぽいけど、どっちもパンチ力が弱いかな。キャラクター造形もステレオタイプな人物ばかりでイマイチ。 このように本作は、残念ながら私のハートに響かなかった。次読む浦賀作品(おそらくデビュー作)では作者の良さを掴みたいところ。 |
No.210 | 6点 | レッド・ドラゴン- トマス・ハリス | 2020/07/14 00:28 |
---|---|---|---|
異常犯罪者を追う話としてはまあまあ。
しかし、『ハンニバル』でレクターというキャラクターにほれ込んだ私にとっては、本作はレクター博士成分が不足している。 決定版の巻末には、レクターの出番が控えめな本書こそがレクターシリーズ最高傑作であると書いてあるが、私の感覚ではそうは思えなかった。 本作の二人のメインキャラ(捜査官のグレアムと異常犯罪者のダラハイド)は、読者が理解できる平凡なキャラで、レクターが持っている「奥底にある何か」がない。(レクターの魅力は共感もできなければ理解もできない唯一性だと思っている。) メインの二人が役割としてはレクターの噛ませなんで物足りないのよね。 『羊たちの沈黙』にはレクター博士並みに魅力のあるクラリスが出るようなので期待。 |
No.209 | 7点 | 弥勒の掌- 我孫子武丸 | 2020/06/22 21:34 |
---|---|---|---|
(ネタバレあり)
本作の仕掛け(以下参照)の一つ一つは、前例があったり、小粒だったりするのかもしれないが、個々の仕掛けが上手く噛み合い、全体としては中々に凝った作品な気がする。 我孫子さんのナンバー1が『殺戮にいたる病』なのは揺るがないにしても、『殺戮』は話が話なので、こちらの方が無難に勧めやすい気がする。といっても本作のストーリーも割とえげつない話だけどね。(特に茂木は気の毒よ。) 本作の仕掛け ・『〇〇〇〇〇殺し』の手法の二段構えによる犯人隠匿 ・第二章(刑事)、三章(教師)の自然な時系列シャッフル ・一人物を二人に錯覚させるトリック(時系列シャッフルとのシナジーが気持ち良い) このようにまとめると、主人公が一人でなく二人というのが重要なようだ。この構造は『十角館の殺人』の2軸構造に似てるのかも。(「島&本土」の2軸を「教師&刑事」に置き換えた構造。) |
No.208 | 8点 | 虚無への供物- 中井英夫 | 2020/06/22 21:32 |
---|---|---|---|
『ドグラ・マグラ』についで三大奇書二冊目。残る一つは『黒死館』だが・・・、非常に読みにくいと伺っているので今現在読むモチベが低いです(苦笑)。
さて本作は、三大奇書という大層な看板に反し、意外にもミステリのオーソドックスな構成(事件が発生し、ラストで真相が明かされ幕引き)で、『ドグラ・マグラ』に比べ格段に読みやすかった。 本作を語る場合、おそらく例のオチだけがクローズアップされがちだと思う。しかし、本作のオチはそれだけを見ると賛否両論だろうし、下手に真似事をしたら思考放棄と叩かれそうなものである。 つまり、本作が現代でも人気なのは、例のオチに読者が納得するだけの過程をきちんと書いているからだろう。道中、探偵役達が第三者のごとく好き勝手な珍説を披露するのは、一見ギャグっぽいようで実は肝なのよね。 奇怪な要素だけでなく、ラストに向けての丁寧な構成にもぜひ注目して欲しい一作。 |
No.207 | 3点 | 魔王- 伊坂幸太郎 | 2020/05/21 00:59 |
---|---|---|---|
伊坂さんの良さは、重めの題材をも軽快に感じさせる書き味、と思っている。しかし日本国憲法九条改正を扱った本書は、重苦しい題材が重いままの仕上がりで、作者の良さが出ていない。
安藤兄弟の微妙な超能力(?)と詩織ちゃんのふわっとしたキャラは伊坂さんらしさがあり気に入ったが、ストーリーは上記の理由から好きじゃないです。 また、締めもこれで終わり?、という唐突な印象を受けた。 |
No.206 | 5点 | 日曜の午後はミステリ作家とお茶を- ロバート・ロプレスティ | 2020/05/14 03:00 |
---|---|---|---|
殺人や強盗といった重めの犯罪もあるものの、これぞcozy mysteryといった雰囲気。それこそタイトルに習い休日にお茶でもいれながらなんてのが理想の読み方かも。
主人公のシャンクスは中々にひねくれ者で毒の強い皮肉を飛ばす場面も多々あるが、その毒を引きずらずカラッとしたお話に仕上がっている。この辛辣だがドライな空気は海外作家ならではの良さと感じた。 本サイトには彼の本がもう一冊(『休日はコーヒーショップで謎解きを』)登録されているので、どこかで見かけたらそちらも読んでみようかな。本作はミステリ的なパンチ力が弱いと感じたので次はそこのところが強化されてることを期待します。 <気に入ったシーンやら展開やらその他色々> ・『シャンクス、昼食につきあう』のシチュエーション。著者のコメント通り、独特で面白かった。 ・『シャンクスはバーにいる』で昼飯の決定権がニックのゴルフ成績に委ねられてしまったこと。シャンクスの思考パターンが妻に完全に読まれているのが笑えた。 ・『シャンクス、物色してまわる』でシャンクスがデレス警官に入れ知恵した理由。 「ちょっとしたお詫びのしるしだよ」 「辞書で確認したんだ。”プラウル”は他動詞として使われることもある。」 まさに作家らしい理由でくすっとした。 ・『シャンクス、殺される』のロジカルなホワイダニット。本短編集の中でミステリ的に一番感心した。 ・『シャンクスの記憶』でロニーが通報した後の 「ああ、もし僕たちがまちがっていたらどうしよう?」というセリフに対するシャンクスの心の中のコメント。 「いきなり僕たちになるわけか、」 ・『シャンクス、スピーチをする』 スピーチで心にもない事を言わなければならない事をぼやくシャンクスに対するコーラの 「問題ないでしょ、シャンクス」 「つくり話を書くことがあなたの仕事なんだから」 というセリフ。 ・『シャンクス、タクシーに乗る』での 「いやちょっと待った」離婚訴訟のなかでーあるいは、もっと悪いことが起こってー自分の名前が出るなど、シャンクスは絶対にごめんだった。 という一瞬の思考。ずっと酔っ払いのダル絡み対応だったのに、 自分に影響が出ると判断するや否や急にシャキッとすな(笑)。 ・手短にまとまった小噺として、『シャンクスは電話を切らない』全体。 |
No.205 | 7点 | 天使が消えていく- 夏樹静子 | 2020/05/03 06:58 |
---|---|---|---|
夏樹さんといえば日本を代表する女性ミステリ作家の一人(といって平気ですよね?)だが、そんな夏樹さんの作品を読むのは実はまだ二度目。それも一度目はアンソロジーで読んだので、単行本は本作が初。
大物ということでおおいに期待していたが、無事ハードルを越えてきた。今後も積極的に夏樹作品に挑戦していきたい。 本作についてだが、要所要所で新たな謎が発生するので終始緊張感があり、中だるみせずに読めた。 また、 ・犯人のミスリード要因(男女一人ずつ)が機能している ・最後に驚きの真相あり と、良サスペンスの基本をしっかり押さえておりgoodでした。 本作で最もミステリ色の強いギミックである志保殺しの密室であるが、 亜紀子提唱の推理(被害者が逃げ込み自ら鍵をかける)が真相でも十分良作だったと思う。(トリック自体は弱いかもだが、使いどころは良いので。) その上で、最終的にこの推理は捨てられるのが本作の良く出来ている所だろう。 最後に本書のテーマである母性愛について触れるが、まぁ概ね共感できたかな。といっても私は原理的に母親にはなれないので、「共感」とは言えないかもですが(笑)。 |
No.204 | 5点 | 幻想運河- 有栖川有栖 | 2020/04/27 15:36 |
---|---|---|---|
空間的に隔てた大阪、アムステルダム両所で起こったバラバラ死体遺棄事件、という本格色の強そうな本作。当然本格よろしく、探偵役があっと驚く真相を解明するものだと思って読み進めたら、まさかの真相を明示せずに終了。
悪いとは言わないが、「そう来たか」という感じ。 異国の地で暮らす者同士の親しいようで他人事な距離感を描いた一つの物語としては面白かったが、私が有栖川さんに求めているのはこういう話じゃないんだよね。 本作は(私の基準だと)解釈を読者に委ねすぎだと思う。 例えば、 ・遥介の超能力 ・水島の殺害方法(恭司の推理は証拠無し。余談だが恭司が主張したアリバイトリックは上手い手と思えなかった。) ・水島殺害の動機(美鈴の予想だけ) ・美鈴の自殺理由 などである。登場人物の見解が述べられているものもあるが、いずれも予想の域を出ない。もちろんあえて語らないことで物語に深みを出す作戦なのだろうが、全体的にもう少し白黒つけて欲しかった。 |
No.203 | 6点 | 続813- モーリス・ルブラン | 2020/04/22 19:39 |
---|---|---|---|
『813』の書評を投稿したのが2019/06/08なので、10ヵ月以上空いてしまった。
『813』と同様、訳が古く少し読みにくかった。私が読んだ新潮の第一版は1959年。翻訳家の感性が今と違うのだろう。 本書のストーリーはご都合主義全開のルパン劇場で、ルパンのキャラがはまらない人には退屈な展開が続く。特に七人の盗賊を丸め込むシーンなどは、流石に敵がまぬけすぎる(笑)。 しかし最後にはなんとも渋い展開が待っており、全体としてはメリハリがきいている。 ルパンが特別嫌いじゃなければ、『813』と本書は楽しめるんじゃないかな。 最後に点数に関してだが、『813』よりも一点低い理由はルパン=ルノルマンというネタに比べ本書のサプライズが弱かったから。事件の真犯人は途中で読めたので。 |
No.202 | 6点 | 不連続殺人事件- 坂口安吾 | 2020/04/15 07:00 |
---|---|---|---|
本書はネタバレくらった上で読んだので書評は簡単に。
角川文庫版の法月さんの解説によると安吾さんが特に重きを置いたのは合理性だそうだ。確かに犯人の行動理由には相当気を使っていたように思える。作者のこだわりがにじみ出ているのは良作の証だろう。 本作の不満点は登場人物一覧が無い事である。これだけ多くの容疑者候補が登場するのなら、ぜひ付けて欲しかった。(多分当時の日本は海外と違い登場人物一覧を付ける文化が無かったのだろうが。) ネタバレ済みに加え一覧不備もあり、碌に考えずに読んだので、犯人を一意に当てられる構造なのかはよく分からない。発表当時には一部読者に対し「犯人当ての挑戦」があったそうだが、直感では別解もありそうな気も・・・、どうでしょう。その内時間が出来たらゆっくり検証してみたいです。 |
No.201 | 5点 | 月館の殺人- 綾辻行人 | 2020/03/29 12:23 |
---|---|---|---|
(再読シリーズ8)
本屋で見かけ僅かに見覚えがあったので自宅を漁ったら見つかった。たしか館シリーズにはまっていた頃に本書もシリーズ作と誤認して買った。まんまとミスリード狙いのタイトルにひっかけられた迂闊な読者です(笑)。 所有していたことすら忘れていたので、ほぼ初読の感覚での再読。 <以下ネタバレあり> 吹雪で外界と隔離された館に胡散臭いメンバーが集まり連続殺人が起こる、という王道ミステリの構成。ミステリ的ギミックが豊富に盛り込まれており、いかにも「原作:綾辻行人」らしい物語である。 好きなギミックの一例は、 ・読者視点だと一つ目の大きな種明かしである、列車が動いていないと判明するシーン(上巻ラスト) ・現場検証が進み弁護士が疑われる展開(犯人のミスリード役としての機能) である。大した事ないという感想の人もいるかもしれないが、個人的には悪くないミステリだった。 しかし、本書の評価がまずまずなのは「漫画」の命であるキャラクターがイマイチだったからである。 (人気漫画の『名探偵コナン』が完全にキャラクター人気で売っているように、ドラマ、映画、漫画といった視覚からも情報が入る媒体では、登場人物のキャラクター性が小説に比べ重要である。) 本書は主人公、脇役共にキャラ付けが今一つで、例えば容疑者役のテツ共である。こいつら全員質の悪い鉄道オタクというキャラで嫌な感じの奴らなのよ。で、序盤から終盤までこいつらの鉄道オタ悪ノリギャグがちょいちょい挟まれるのだが、嫌な奴のギャグほど寒いものもなく、読んでいて冷める要素だった。そういうギャグを繰り返すなら、なんとなく憎めないキャラ付けをするべきだった。 (綾辻さん原作物だと『Another』のアニメなんかは上手くキャラ付けできていたと思う。) シナリオそのものが悪いのではなく漫画への落とし込みが上手くなかったという印象。 |
No.200 | 3点 | ボトルネック- 米澤穂信 | 2020/03/29 12:20 |
---|---|---|---|
コンパクトにまとまっておりささっと読めたが、ミステリ、SF、青春物、どれとして読んでも中途半端で、これだという個性が無かった。
肝であるパラレルワールド設定が効果的に働いていない気がする。また、ボトルネックというタームの意味が説明された中盤で想像したまんまのオチで、意外性という点でも物足りなかった。内容もすぐに忘れてしまいそう。 |
No.199 | 8点 | カーテン- アガサ・クリスティー | 2020/03/27 11:23 |
---|---|---|---|
シリーズの締めに始まりの地、スタイルズ荘を選ぶとは・・・、ファンのツボを押さえた実に粋な計らいだね。
あの小憎たらしくも溌剌としていたポアロが老いと病で弱っている様子が象徴的だが、全体を通し暗めな雰囲気の本作。ヘイスティングズがポアロの手足となり捜査をするも、Xが巧みに暗躍し事態は好転しない。そして最後は・・・。 非常にやり切れない物語で読み終わってもスカッとしない、がこの構成がシリーズ物の最後特有の喪失感につながっている。作者の計算通りなのだろう。 ミステリ的に好みでない仕掛け(最後の犯人が〇〇〇)もあるが、それらを枝葉の問題に追いやる堂々の完結ではないか。点数は一ミステリとしての出来と、シリーズ最終作としての出来両方を考慮した。 |
No.198 | 3点 | まどろみ消去- 森博嗣 | 2020/03/22 06:55 |
---|---|---|---|
がっかり。
「一発ネタ思いついたからとりあえず話にした。面白いかどうかは知らん。」 という印象。出来の良いものと悪いものの差が激しく、かつ打率も低かった。 森さんのシリーズを追ってる人でもスルーでよいと感じたので、短編集としての評価は個別の平均からマイナス1。『詩的私的ジャック』、『封印再度』、本書、と3連続で外しており、森作品にトライする気力が低下してる今日この頃(悲)。 <個別の書評> ・虚空の黙禱者(4点) 本短編集の中では地味。特にコメントなし。 ・純白の女(2点) 精神が不安定な女の一人称視点なので、全体的に何を言っているのかが分かりくい。オチも大した事なく悪い意味ですぐ読み終わった。 ・彼女の迷宮(4点) 一つ前の話に比べると筋が分かりやすく読んでいてストレスは無いが、面白くもなかった。むしろ作中作の方をきちんと読みたい。 ・真夜中の悲鳴(5点) 森さんお得意の工学部が舞台の話。工学部の描写に妙なリアリティがあるのは森さんの職業柄当然とはいえ流石です。建物の振動が実験結果にのってしまうのもあるあるで思わず苦笑した。 個人的には読みやすく、本短編集の中では好きな方。 ・やさしい恋人へ僕から(3点) まず、個人的にこの話のようなすかした語り口調が嫌いということもあり、ストーリーの点数は1点。 だが、スバル氏に意識を向けさせて、メインのネタである主人公の性別から意識をそらさせる構成は地味に上手い気がする。だから2点分おまけ。 ・ミステリィ対戦の前夜(4点) 知ってるキャラが出てきて一安心したが、悲しい事に岡部君の原稿はつまらなかった(萌絵と同じ感想)。どうやら私は限定された読者ではなかったようだ。 ・誰もいなくなった(6点) この話は好きですね。 ここまでの話に比べ非常に王道な話で、いい意味でさくさく読めた。 消えた30人のインディアンの謎は、犀川が答えを言う前になんとか正解でき、にんまり。 ただ、作中で萌絵が述べているように、作者のフィルタを通した文章を読むのと実体験には大分差がありそうだ。自分もミステリィツアー参加者側だったら、騙される気しかしないわね。 ・何をするためにきたのか(1点) 初読時:は?意味わからんのだが。 二回目:この話はゲームのフラグやキャラの内面を書いてるのかね? 二回読んだが、ただただ意図が分からない話だった。作者に聞きたい、「何のためにかいたのか」。 ・悩める刑事(8点) 本短編集のマイベスト。シンプルな仕掛けで読者を欺く王道の〇〇トリック。この話で一番のヒントは 「自分は刑事になるか、そうでなければ刑事の妻になる」 という文章です。これは見事な伏線ですね。素晴らしい。 ・心の法則(5点) これも初読時は話の筋がよく分からず、二回読んでなんとなく把握できた。意味が分かると中々面白かった。ジャンルはホラーもので合ってるよね? ・キシマ先生の静かな生活(3+1点) 理解はできるが共感できない話だったので、心情描写で魅せる作品としてはイマイチ。 そもそも、ずっと自分で研究したいのなら大学なんぞに勤めない方がいい。昇進するに従い研究に割ける時間が減るという話は、理工系の者なら誰でも知っていることなので、「キシマ先生可哀想」とはならず、「アホちゃう?」と感じた。 ただ「学問には王道しかない」という言葉には100%同意です。このフレーズに+1です(笑)。 |
No.197 | 5点 | 10分間ミステリー THE BEST- アンソロジー(出版社編) | 2020/03/22 06:52 |
---|---|---|---|
講談社が出している「自選ショート・ミステリー」と同様のコンセプトの本。収録作の9割が4点(イマイチ)~5点(まぁ楽しめた)の間だった。ショートショートの難しさを考慮すると、6点(楽しめた)超えが少ないのはしょうがない。
本編の他に「このミス」大賞作家50人分の著書一覧がついており、お得感満載。 <4点~5点外の作品書評> 越谷友華 「刑法第四五条」(6点) 普通の小説では、逮捕する、されないのために警察と犯人が攻防を繰り広げるが、本短編では逮捕後の刑期に関する駆け引きをしており、一風変わっていて面白かった。 また、刑法の勉強にもなった。 伽古屋圭市 「記念日」(7点) 主人公が思い出を語る中に潜む罠のスイッチが途中でONに切り替わる。その境目に気付けず自然に騙された。気付いた時には騙されているというのが、質の良い叙述物なんでしょうね。 柊サナカ 「靴磨きジャンの四角い永遠」(6点) タネ明かしで「なるほど、そういうことか!」と腑に落ちる。純粋に話が好き。 塔山郁 「獲物」(3点) 残念ながら本アンソロジーワーストです。 中身が際立って酷いわけではないのだが、タイトルがいかん。このタイトルで素直に女の子が獲物だと思う読者はいないでしょ。書き出しとタイトルでオチまで読めてしまったので、他の作品より評価が低い。もう少し工夫が必要と思う。 影山匙 「脱走者の行方」(8点) 本アンソロジーのマイベスト。これも綺麗に騙された。 タクシー内から交番に場面が移る所に間を入れており、当然読者はそこで何かあったと考える。そういった読者心理を逆手にとった仕掛けがお見事。読後感も良く、総合的にvery good。 <もう一押しあれば6点だった作品> 加藤鉄児「五十六」 拓未司「澄み渡る青空」 篠原昌裕「最低の男」 水田美意子「七月七日に逢いましょう」 堀内公太郎「ゆうしゃのゆううつ」 |
No.196 | 6点 | 孤島の鬼- 江戸川乱歩 | 2020/03/18 00:05 |
---|---|---|---|
本書は序盤から中盤にかけて雰囲気が大きく変わる。普通(?)の殺人事件の捜査をする『D坂』のような序盤と、中盤以降の冒険もの(横溝さんの『八つ墓村』に近い?)が滑らかにつながる見事な構成で、本書は両雰囲気を一冊で楽しめるお得な作品である。
また、かたわ者や同性愛者といった登場人物達が不気味さを醸し出し、作品に良い味付けをしていた。乱歩さんにこの手の題材を書かせると自然と筆が乗るのか、良い感じ。私が読んだ創元推理文庫には竹中英太郎さんの挿絵があるが、これも不気味さの演出に一役買っていた。 ただし、面白いが手放しに褒められない、というのが本書に対する私の総評だ(理由は後述)。 文庫版の背表紙には、本書が『パノラマ島奇談』や『陰獣』に並ぶ乱歩さんの長編代表作、とあるが、コンパクトな『陰獣』の方が本書よりも好き。(『パノラマ』は未読。) テーマや事件を考えると、7~8点に到達するポテンシャルがあったはずなのだが、惜しい作品という印象。 手放しに褒められない理由 ・大胆な省略がある一方、もったいぶる、回りくどい言い回しが多すぎてテンポが悪い。乱歩さんらしいこれらの文章表現は、短編や小噺では語り手に親しみを覚えさせる表現としてプラスに機能しているが、長編で多用されると、早く言えよ!とイライラ。 ・序盤の殺人事件の真相がしょぼい。(書かれた時代を考慮すると致し方ないですが。) ・ストーリー展開が全体的にご都合主義すぎる。 例えば終盤で「偶然」生きていた徳さんに「都合よく」再会して、おまけに事件の真相まで語ってもらうというのは中々にご都合主義よね。これ以上の列挙はあえてしないが、他にも都合の良すぎる例はあるように思える。 |