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おっさんさん
平均点: 6.35点 書評数: 221件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.8 7点 ミステリマガジン2024年11月号- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 2024/10/13 10:51
来たる2025年から、『ミステリマガジン』は季刊で再スタートを切るのだそうな(ただ皮切りの1月号は、特集「ミステリが読みたい! 2025年版」として、2024年11月25日発売予定)。
隔月刊の掉尾を飾る本号は、特集「世界のジョン・デイクスン・カー」と銘打って、本家カーの本邦未訳作品(十七歳のころに書かれた習作)と、世界各国の、カーの亜流、もとい後継者たちの珍しい短編三篇を配し、きちんとした解説を付した、ひさびさに昔の、月刊時代の『ミステリマガジン』(の平常運転の号)が帰ってきた、感がある内容です。
特集関連の「評論」が、実質、「〈セット読み〉でカーの魅力を再発見」という、小山正氏の副読本的エッセイ一編にとどまっているのは寂しいですが(この、合わせ読みの勧め、筆者ならカーの『夜歩く』にはガストン・ルルーのアレだな、とか、いろいろ勝手な想像を膨らませてくれるのが楽しいです)、表紙をドーンとカーのポートレートが飾った本号が、『ミステリマガジン』を見限って久しい層にも、ひさびさの “買い” であることは間違いありません。

特集の短編群だけ、軽く触れておきますね。
御大カーの若書き「運命の銃弾」(1923)は、ヒル・スクール時代に、自身が編集長をしていた学内の文芸誌に発表した、密室もの。古典的なトリックを、 “射殺” にアレンジしたのがミソですが……これは無理だったw。本サイトだと、弾十六さん(リチャード・コネル作「閃光」の翻訳、お疲れ様でした)あたりが読まれたら、ツッコミまくりでしょう。でも、ま、十七歳でこれだけのものが書けるのは、非凡というしかない。アガサ・クリスティー的な、語り口のトリックも、すでに試してますしね。
“スウェーデンのカー” ことヤーン・エクストルムの「事件番号94.028.72」(1968)と、 “中国のカー” こと孫沁文の「昆虫絞首刑執行人」(2022)は、ともに “ボクの考えた最強の密室トリック” 発表会の趣き。シロウトが計画的に人を殺すって、大変な行為だと思いますが、この犯人たちは、殺人なんて些事はササッと済ませて、そのあとの、密室を作る作業に全精力を傾注している印象を受けます。『黄色い部屋はいかに改装されたか?』(by都筑道夫)なんてものが存在しない、ミステリの世界線。ついでにいえば、そこには松田道弘の「新カー問答」もないww。
さて、と。
しかし、ともかく訳してくれただけで有難い、レベルのお話が大半なわりに、筆者の投稿のモチベーションは落ちない。なぜなら、ひとつ、凄くいいのがあったから!
ハイ、 “フランスのカー” ことポール・アルテの2022年作「妖怪ウェンディゴの呪い」(いやしかし、この陳腐なタイトルはなんとかならんかったか)。チェスタトンの「犬のお告げ」を連想させる導入から、半人半獣の怪物ウェンディゴの怪異に発展していくストーリーですが、これはねえ、密室ものではないんです。同日、ほぼ同時刻に、大西洋をはさんだフランスとカナダで、双子の兄弟がそれぞれの妻を同じ方法で殺害した――という摩訶不思議な出来事(偶然なのか、それとも?)の真相を、安楽椅子探偵となったツイスト博士が解き明かしてくれるのですが……
その解決は、科学と神秘のはざまに読者を誘います。論理的に解き明かせる謎と、解き明かせない謎が混然一体となった世界。もしかしたら、カーの下位互換のようなところからスタートしたアルテは、デビューから30年以上経たいま、覚醒し、円熟の時代を迎えつつあるのかもしれない、そんなことすら考えさせてくれる逸品でした。ハヤカワさん、アルテの短編集を出しませんか?(ムラのある長編より、いけると思いますよ)

あと、諸般の事情から、『死と奇術師』の作者トム・ミードの短編掲載が見送られたようですが、 “イギリスのカー ”枠が無いのは、やはり物足りなく思いました。筆者が編集者なら、この機に再評価を、ということで、ポール・ドハティを載せたかった。時代ミステリの書き手という面で、カーの後継者ですしね。しかも、アンソロジーThe Mammoth Book Of Historical Detectives (1995) に入っている“The Murder of Innocence”は密室ものとしてもグッドですよ。
あ、 “日本のカー ”は……えーっと、原稿依頼しなかったのか、編集部???

No.7 6点 ぷろふいる 昭和11年9月号- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 2024/03/23 14:10
Tetchyさんの、『世界傑作推理12選&ONE』の書評のなかで、リチャード・コンル(コーネル)の「世にも危険なゲーム」(ギャビン・ライアルのあの有名長編の、アイデアの出所ですね。筆者はどっちも好きです)に対する高評価コメントを読んでいたら、急に、同作者の、もうひとつのミステリ短編について書いておきたくなりました。

で、当該短編の載った、探偵小説専門誌『ぷろふいる』の昭和11(1936)年9月号を登録させていただく次第です(「掲示板」で忠告と助言をいただいた人並由真さんに、厚く感謝いたします)。評価点は同短編のみのピンポイントで、セイヤーズとかフレッチャーとか、同号のその他の作品については含まれていません。

作者名リチャード・カーネル表記で掲載された「いなづまの閃き」(酒井嘉七訳)は、荒天の夜、帰宅中の男が、浜辺で頭を強打されて殺されるが、周囲に犯人の足跡はまったく残されていなかった――という不可能犯罪を、被害者の弟をワトスン役に、伯父を探偵役にして描いた一篇。謎解きのデータに関しては完全な後だしで、種明かしを待つしかありませんが、〝鳴らなかった雷〟というユニークな伏線が利いており、照応する豪快なトリックと鮮烈なクライマックスが、忘れがたい作品です。アンソロジー向きだと思うのですが、復刻版『ぷろふいる』第11巻(ゆまに書房)くらいにしか入っていないはず。これは勿体ないですよ。
原作は、不勉強で同定できていないものの、The FictionMags Index のサイトを参照した限りでは、

“A Flash of Light” (ss) Redbook Magazine June 1931

というのが、それっぽいですね。
ちなみに、映画やTVドラマの脚本家として知られ、あまりミステリ・ジャンルで語られることのないコンルですが、1929年に発表した長編 Murder at Sea は、マシュー・ケルトンというアマチュア探偵が活躍する船上ミステリのようです。ちょっと読んでみたいかも。

さて。
「いなづまの閃き」のなかで、個人的にとても印象に残った伯父さんのセリフを引いて、終わりにしましょう。
「――お前がそうしたことをする筈がない、と確信している。しかし、犯人を探査する場合には、自分の最も信じる人物をも、一度は疑えるだけ疑わなければならない。分かってくれるだろうな」

(追記)弾十六さんのご調査により、翻訳と原文の照合が可能になり、「いなづまの閃き」の原作が “A Flash of Light” と同定できました(感謝!)。
戦前訳の常として抄訳であり、弾さんがご書評のなかで気にされているチェスタトンのくだりなどは、カットされています。やはり新訳が欲しい。
探偵役の「伯父さん」はどうやら、Murder at Sea の主役のようです。酒井訳で、登場時に一回だけ「マシュー・ケルトン」と記されているのを見過ごしていました(抄訳では、以降ずっと「伯父さん」なんですよ('Д'))。
あらためて、ご指摘いただいた弾十六さんにお礼申し上げます。(2024.3.24)

No.6 5点 週刊少年ジャンプ 2021年3・4合併号- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 2021/12/15 09:45
歳をとってくると、一年が過ぎるのが本当に早く感じられるようになってきます。
今回、取りあげる『週刊少年ジャンプ』2021年3・4合併号は、実際には2020年の年末に出版された、同年の最終号です。
センターカラーで載った、47ページの読切作品「炎眼のサイクロプス」(原作 石川理武、作画 宇佐崎しろ)に言及しておきたくて、いささか反則気味ではありますが、取りあげました。
このマンガは、読切として掲載された「異端の弁護士サスペンス」(同号のコピーより)ですが、そして作中の事件――芸術賞の受賞パーティの席上で発生し、十八名もの重軽傷者を出した、衆人環視下の炎の惨劇。逮捕され、法廷に立たされた女性芸術家の無実は証明できるのか――は完全に決着して終わるのですが……でも、これは完全に、連載化を想定した、長編のプロトタイプなんですよ。
サイクロプス(ギリシア神話に出てくる、片目の巨人)を名乗り、高額の費用と引き換えに必ず勝訴をもぎとるが、弁護士資格を持たない異端の弁護人という、主人公のキャラクターには、チートな異能があって、その秘密がシリーズとしての引きになっているわけです。
ジャンプ恒例の読者アンケートで上位になれば、連載が決まって、少しずつサイクロプスの秘密が明らかになっていく、という構想だったと思いますが、残念ながらこのレヴューを書いている2021年の12月現在で、それは実現していません。
ハウダニット(誰も触れていない「作品」がなぜ爆発したのか? 生きていたらジョン・ロードが使いそうなトリック)の作りこみは甘く、サイクロプスの謎解きも、一方的な種明かしではあるのですが、畳みかけるような演出がそれをうまくカバーしています。おそらく原作のストーリーは、(ミステリとしては)前後編の2回分が必要な内容だったでしょう。しかし、省略をきかせて、それを47ページにおさめてみせたのは、少年マンガ的には正解。作画の人の力量もありますし、編集者のディレクションもあってのことでしょう。
長編の導入のエピソードとしては、個人的には申し分ない出来だと思うのですが……「短編」として評価せざるを得ない現状では、前述のように、シリーズものとして引きを作ってしまっているのが逆に足を引っ張って、まあ5点かな、と(ああ、今回の採点は、あくまで「炎眼のサイクロプス」のみを対象としたもので、同時掲載の他作品、巻頭カラーの「ONE PIECE」とかは考慮していませんw)。
ちなみに原作の石川理武(いしかわ・おさむ)さんは、ご本人も漫画を描かれるかたで、2020年、集英社公式サイト「ジャンプ+」に短編「雨の日ミサンガ」を発表しているほか、紙の『ジャンプGIGA2021 SUMMER』にも、読切「グラビティー・フリー」を発表しています。
作画の宇佐崎しろ(うさざき・しろ)さんは――未完の名作『アクタージュ』(ミステリではないので、ここではナンですが、とにかく面白い、面白い)の絵の人ですね。「炎眼のサイクロプス」、もしかりに犯人の性別が違っていたら、終盤、この人の絵でどんな場面が繰り広げられたか……ふとそんなことを考えたりもします。

No.5 6点 オール讀物 2018年8月号- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 2019/01/18 19:52
本当言って、陳浩基の「青髭公の密室」(稲村文吾訳)を取り上げたいだけなんですけどw
いやあ、惰性で買い続けている早川書房の『ミステリマガジン』を別にすれば――特定の掲載作が読みたさに、小説雑誌を買い求めるなんて何年ぶりか。
にもかかわらず、買ったまま放置していた、くだんの『オール讀物』2018年8月号を、病院の待合室での読書に適当だろうと持ち出し、年末年始に、夏向けの「怪異短篇競作」で暇をつぶした筆者なのでしたw
表紙に刷り込まれたコピーでは、『13・67』でブレイクし華文ミステリの旗手となった陳浩基は別枠扱いですが(でも「最新短篇」という売り文句は嘘。ブレイク前の旧作です)、目次を見ると『青髭公の密室』も、恩田陸、朱川湊人、彩瀬まる、石持浅海、武川佑、村山由佳らの作品と一緒に「怪異短篇競作」の企画に組み込まれています。
なるほど、合理的な謎解きの用意された、名探偵もののパズラー短篇(というか、分量的には中篇)ではありますが、中世ヨーロッパを舞台に、童話の「青ひげ」を下敷きにして、そこに死体消失の不可能興味を盛り込んだストーリーは、まんざら特集企画のキーワード「妖(あや)し」と無縁ではありません(少なくとも石持浅海の、ひねくれた殺し屋探偵もの「死者を殺せ」よりはww いやあ、「怪異短編」の依頼を受けてこれを書く石持さん、さすがですwww、)。

旅の途中、法学博士にして作家のホフマン先生と、「僕」こと従者のハンスが、森の中で出くわしたパニック状態の女性。「あの恐ろしい場所には帰りたくありません……殺されてしまいます……お願いです! 私を助けてください! どうか!」。聞けばこの男爵夫人、夫の留守中に好奇心にかられ、預かった鍵束を使って立ち入り禁止の地下室に入ったところ、壁にくくりつけられた二人の女性の死体を見てしまい、男爵の先妻が二人とも姿を消しているという使用人の話を思い出し、命からがら城を飛び出してきたらしい。ホフマン先生は夫人を説き伏せ、「僕」ともども、彼女の故郷から来た義兄という触れ込みで、一緒に城へ赴き、帰還していた男爵を欺き客人となる。その夜。閉ざされていた地下室の扉を開いてみると――

童話をミステリに改変する趣向は、面白い。
怠慢な『オール讀物』編集部は、なんのコメントも付していませんが、本作は、公募の推理短篇を対象とした「台湾推理作家協会賞」の、第7回(2009年度)大賞受賞作です。陳浩基はこの前年にも、同じシリーズ・キャラクターを探偵役に配した童話ミステリを同賞に投じ、最終候補に残っています。そして2011年に『遺忘・刑警』(邦題『世界を売った男』)で島田荘司推理小説賞を受賞、2014年に渾身の力作『13・67』を発表、という流れですね。
このお話、作者が都筑道夫やE・D・ホックだったら、もっと短い枚数で小味にまとめたろうな、と思わせますが、新人のコンテスト応募作としては、その悠々たる筆致がプロ顔負けです。
異様な「密室」の設定と、そのシンプルな解法。そして真相へ至る糸口が、原典の「青ひげ」のストーリーが内包する論理的な矛盾を突いたものであること。
これで、終盤の「黒」から「白」への反転が、もう少し鮮やかに演出できていたら、と、つい欲が出ます。
筆者の愛する、かの巨匠の言葉を借りましょうか。

 「作中の人物たちの会話もまた、この意味で必然的なものであらねばならぬ。ストーリーを謎めかすためとか、特定の人物を怪しく思わせるためとかであってはならぬのだ。(……)要は読者が読了後に、もう一度ページを繰って――このような殊勝な読者に恵まれるのはめったになかろうが――なるほど、あのときのあの人物の会話には、そうした気持ちが潜んでいたのかと頷くだけの意味が含まれていなければならぬのである」(ジョン・ディクスン・カー「地上最高のゲーム」)

それでも、ホフマン先生の謎解きが一段落したあと、ドラマを締めくくる、語り手ハンスの最後の一言。これはうまいなあ。陰惨な「青ひげ」を下敷きにしていたはずの本作が、最後の最後で、まったく別な童話へクルリとその様相を変える。陳浩基、やはり、なかなかどうして侮りがたしと思わせます。

「怪異短篇競作」のほかの諸作は、石持浅海の一作を除いて、おそらく一年もしないうちに筆者の記憶からこぼれ落ちていくでしょうが、「青髭公の密室」は間違いなく残ります。
いずれなんらかの形で本にまとめられるかとは思いますが、ひとまずこれを読むためだけに雑誌のバックナンバーに当たる価値あり、です。

No.4 7点 ミステリマガジン2018年7月号- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 2018/11/21 19:29
本当言って、ピエール・ヴェリの「緑の部屋の謎」を取り上げたいだけなんですけどw
本サイトの作品登録ルール(「はじめに」のページ参照)の 1. に

 雑誌掲載のみで単行本化されていないもの
 長編は書誌情報を注記のうえ登録可。Amazonとリンクしないので、書評の中にあらすじ紹介があるのが望ましい。 短編は、もともと単品での登録を認めていないため、どうしても書評したい場合は雑誌名を登録しその中で書評する。

とありますので、このカタチをとる次第です。
そういえば、過去に筆者、アガサ・クリスティーの戯曲「ナイル河上の殺人」(『宝石』昭和30年6月増刊号)と「ホロー荘の殺人(戯曲版)」(『ミステリマガジン』2010年4月号)も、同様に登録していました。そのときはまだ、「長編は書誌情報を注記のうえ登録可」という条件が出来ていなかったからなあ(遠い目)。
おっと閑話休題。

「ガストン・ルルーを偲び、心から敬愛をこめて」という献辞のある、短編「緑の部屋の謎」(竹若理衣訳)は、原題をLe mystère de la chambre verte といって、1936年に発表された、ピエール・ヴェリによる、『黄色い部屋の謎』(早川書房版の訳題だと『黄色い部屋の秘密』なんですが……)のオマージュ作品です。
屋敷に忍び込んだ泥棒は、こまごました物を盗んだだけで、高価な宝石のしまわれていた寝室はスルーして立ち去った。緑色の壁紙の張られたその部屋は、鍵がかかっていなかったにもかかわらず、なぜ泥棒は中に入りもしなかったのか? マルタン刑事と、保険会社の委託を受けた私立探偵フェルミエのまえに浮かんでくる、密室ならぬ“開かれた部屋”の謎。でもそれって、「そんな、悩むようなことか?」。はてさて真相は―― というお話。
お断りしておきますが、本格ミステリではありません。ユーモア・ミステリ、というか、コントといったほうがピッタリきます。だから、しかつめらしくアンフェアだといって目くじらをたてるのは、大人気ないww
密室ものの古典『黄色い部屋の謎』のオマージュを、密室でない話に仕立てあげ、あべこべの展開で読者の笑いを誘い、うん、その趣向ならこのオチだよね、と納得させてしまう、ヴェリの機知と稚気は、まこと、あらまほしい。

この『ミステリマガジン』2018年7月号には、ほかにも、恋人同士が熱い抱擁の結果、融合してしまった(!)ことから巻き起こる騒動記、マルセル・エイメの「ひと組の男女」(手塚みき訳)と、邪魔な年寄りを排除する算段を、明るく(!)物語る奮闘記、トーマ・ナルスジャックの「爺さんと孫夫婦」(川口明日美訳)が載っていて、前記のヴェリ作品と合わせて、さながらフランス・ミステリ小特集なのですが(3編中のベストは、最後の「爺さんと孫夫婦」かな。シャルル・エクスブライヤのパスティーシュとされていますが、まったくエクスブライヤを読んでいない筆者が問題なく楽しめ、皮肉な結末まで持っていかれて……エクスブライヤが読んでみたくなりましたから)、困った点がひとつ。

本号の、正式な特集は「おしりたんてい&バーフバリ 奇跡のミステリ体験!」ということで、まったく関係のない児童書と映画が抱き合わせで大々的に紹介されています。
それはまあいい。広義のミステリとして、それぞれ、さぞ素晴らしい作品なのでしょう。どちらも未見の筆者には、何を言う資格もありません。
しかし。
本来なら、翻訳ミステリ誌の柱であるべき、上記のような翻訳作品を、「おしりたんてい」特集に組み込んでいいわけがありません。ユーモアつながり? ごめんなさい、そのセンス、笑えない。どころか、むしろ腹立たしい。
採点の7点は、ヴェリほか、不遇のフランス・ミステリの出来を買ってのもので、特集記事へのものではないことを明記しておきます。
早川書房は、罪滅ぼしに、来るべき将来『新フランス・ミステリ傑作選』を企画して、作品を再録すること! 頼むよ、本当に。

No.3 7点 ROM 140号- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 2013/11/12 09:52
ごめんなさい、今回とりあげるのは同人誌です(一般販売もされているので、諸兄、諒とせよ――と思ったら、本号はすでに完売のようです <(_ _)>)。

今年2013年は、ミステリ方面で訃報が相次ぎましたが・・・筆者にとって最大のショックだったのが、クラシック・ミステリ・ファンジン『ROM』(『Revisit Old Mysteries』)の主催者・加瀬義雄氏の、7月の逝去です。
英米の埋もれた作家・作品を、原書を読んで紹介すること30有余年、国書刊行会の<世界探偵小説全集>以降の、クラシック翻訳出版の礎を築き、近年はさらに視野を広げ(そのための、水面下の語学学習を思うと、気が遠くなりそうですが)、北欧やイタリア、ドイツなど非英語圏の古典にも精力的に取り組まれていました。
会員の末席を汚しながら、筆者は Read Only Member となってひさしく、不義理を重ねたまま、永遠のお別れとなってしまいました・・・。

「7月31日発行」の本号は、加瀬氏が編集されていたぶんを、有志の会員が引き継ぎ、完成させたもののようです。
『ROM』は基本的に、作品レヴューと関連エッセイで構成されているのですが、今回は「翻訳ミステリ特集」と銘打ち、珍しい短編を会員の訳でズラリと並べています。
そのラインナップは――

○「隠れ家」A・E・W・メイスン/水島和美訳
○「ポルチコの風」ジョン・バカン/吉田仁子訳
○「風車」「珍品蒐集家」「失われた都市ラク」ニコラス・オールド/小林晋訳
○「ピクニック」H・C・ベイリー/小林晋訳
○「ロト籤札」「第三の指標」S・A・ドゥーセ/ROM訳

最初の、メイスンとバカンの作品は、ミステリ・ファンが条件反射的に思い浮かべる、作者たちのイメージ(『薔薇荘にて』『矢の家』の探偵作家、『三十九階段』のスパイ/冒険小説作家)を良い意味で裏切る、怪奇小説の佳品です。

都会の喧騒に疲れ、地方の屋敷に移り住んだ主人公のまえに、じょじょに死者の霊が実体化してくるという「隠れ家」(1917年刊The Four Corners of the World 所収)の豊かなイマジネーション。
古記録を研究する学徒が訪れた、田舎地主の屋敷では、怪しい何かがとりおこなわれているらしく・・・という「ポルチコの風」(1928年刊 The Runagates Club 所収)の、鮮烈なカタストロフ。

ともに作中では濃密な時間が推移しており、物語としての充実度は相当に高いです。メイスンやバカンの他の小説が、無性に読みたくなってきました。
おそらくこのへんは、編者の加瀬氏としても、自信のセレクトだったと思われます。

さて。
そんな加瀬氏のパートナーとして、創刊まもない頃からエネルギッシュに『ROM』を支え続けてきた小林晋氏が、本号に投じたのがオールドとベイリー。

ニコラス・オールドと聞いてすぐピンとくる向きは、相当な通ですね。本国イギリスでも、正体不詳の幻の作家で、15編を収めた名探偵ものの短編集 The Incredible Adventures of Rowland Hern(1928)は、レアアイテム中のレアアイテムでした(近年になって、アメリカの論創社こと Ramble House から復刊されました)。邦訳も、これまで「ジョン・ケンシントン割腹未遂事件」と「見えない凶器」の二作が、単発的に雑誌とアンソロジーでなされただけです。
今号に訳されたのは、上述の短編集の、最初の三編。ホームズ、ワトスン形式で進められますが、探偵ハーンと「私」のキャラ造型など作者の知ったことではなくw はなから二人は名探偵とその助手として存在し、奇妙奇天烈な謎の数かずに直面します。その本質は、“本格”というよりカミのルーフォック・オルメスもののような“パロディ”だと思います。
チェスタトンの出来そこないのようなw「風車」も印象的ですが、三編のなかでは、古代文字の暗号解読をあつかった「失われた都市ラク」がベスト。

シリーズ第六短編集 Mr.Fortnne Explains(1930)から採られた「ピクニック」は、殺人事件に子供の誘拐がからむ、いかにもベイリーらしい味わいの一品。事件そのものに、代表作「豪華な晩餐」や「黄色いなめくじ」のような特異性はなく(ただ、犯人側の計画がうまくいっていたら、七歳の少年が国外でどんなめにあっていたかを考えると、コワいものはあります)、フォーチュン氏の推理も“黄金時代”以前のレヴェルなんですが、ストーリーテリングで持っていかれて、最後は情に訴えかけられ、納得させられてしまう。

S・A・ドゥーセの訳者ROMは、編者の加瀬氏ご自身です。
不定期連載「失われたミステリ史」(途中までが、<ROM叢書>の一冊として刊行されています)でクローズアップしたドゥーセを「スウェーデンのクラシック・ミステリなどいくら紹介しても大半の人には関心外であろうため、せめてその一端を、ということで(・・・)いくつか翻訳連載してみようと思いた」った企画の三回目。レギュラー探偵レオ・カリンクものです。
出来自体はまあ、よくいって<シャーロック・ホームズのライヴァルたち>の時代の標準作、といった程度ですが、盗難と元祖・オレオレ詐欺(?)をリンクさせた「ロト籤札」の真相の、「今の時代にはない人情味」(訳者あとがき)などには、たしかに捨てがたい良さがあります。犯罪なんだけど・・・最低限のモラルがそこにはあるんですね。
残念なのは、ドゥーセの翻訳のテクストとなった短編集、その詳細がわからないこと。加瀬氏がご健在であれば、おって「失われたミステリ史」の続きで明かされたはずですが・・・。

遅まきながら、この場を借りてご冥福をお祈りいたします。

No.2 8点 ミステリマガジン2010年4月号- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 2011/02/04 13:21
特集は「秘密のアガサ・クリスティー」。
掲載された“幻の未訳2篇”、「犬のボール」と「ケルベロスの捕獲」は、それを収めたジョン・カランの『アガサ・クリスティーの秘密ノート』(クリスティー文庫)が刊行されたいまとなっては、有難味も失われてしまいましたが、真打はこちら。
瀬戸川猛資訳(松阪晴恵=補訳)戯曲「ホロー荘の殺人」です。

アンカテル一族が週末に集った、ロンドン郊外のホロー荘。
庭園に面した部屋(全三幕を通しての舞台)に銃声が轟き、一同が駆け付けると、医師のジョンが死に瀕し、そばには妻のガーダが拳銃を手にして立ち尽くしていた。夫の裏切りに気付いた、彼女の犯行なのか? ジョンは、最後の気力を振り絞り、ある一言を残すが・・・

探偵小説と恋愛小説の融合ともいえる、1946年の秀作『ホロー荘の殺人』を、著者が51年に劇化したもので、目下のところクリスティー文庫には未収録。
今回の採点対象に決定w
原作に関しクリスティーは、自伝の中で、「ポアロの登場が失敗の小説」「彼を抜きにしたらもっとよくなるのではなかろうか」と述べており、「ナイル河上の殺人」同様、ポアロをはずして脚色しています(パスカル・ボニゼール監督の映画版『華麗なるアリバイ』も、それを踏襲していますね)。
小説版のポアロは、事件(直後)の目撃者という役割を振られながら、探偵役としては機能しておらず、事件の推移と帰結を見守る人(大いなる父性を感じさせる、バイプレイヤーの一人)にとどまっているので、この修整は必然でしょう。
彼を積極的に謎解きに関与させる、という方向での改変は――まあ無理ですね。中心になる犯行計画の杜撰さは、本来、“名探偵”の前に持ちこたえられるものではありませんから。
戯曲版では、単純で幼稚な犯行(小説より、ひとつ小細工が増え、それが逆に首を絞める結果になる)が犯人像をきわだたせ、その人物が仮面をかなぐり捨てて生地をむき出しにするクライマックスは、迫力満点です。探偵役――と言えるかどうか? 手掛りを追う警察とは別に、被害者の遺志を理解することで真相を把握できた、本編の主人公――が食われているw
重層的な原作小説の、削られたエピソードの数かず(たとえば被害者の医師と、患者のお婆さんの交流、あるいは完成した彫像に致命的な欠陥を発見し、断腸の思いでこれを破棄する芸術家の挿話――じつはこれ、心理的な伏線だったりするところが、クリスティーの凄みなわけで――)に思いがいたるのは事実ですが、少数精鋭の愛憎劇として、演じ手を刺激する充実の脚本(ホン)に仕上がっていると思います。
うん、この舞台は観てみたい。

No.1 8点 宝石 昭和30年6月増刊号- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 2011/02/04 12:24
<探偵小説全書>と銘打ち、日本人作家による名作短編の再録や、トリック課題小説の書き下ろし競作を並べるいっぽうで、「クリスティ研究」の特集を組んでおり、実作の目玉はなんといっても、そこに掲載された、クリスティーの戯曲「ナイル河上の殺人」Murder on the Nile (長沼弘毅訳)でしょう。
今回は、これに絞っての採点とします。

1937年の傑作『ナイルに死す』 Death on the Nile を、作者みずから48年に劇化したもので、クリスティー文庫未収録作品。
なぜ戯曲の訳題が「ナイルに死す」ではないかというと・・・当時、まだ小説版は未訳だったんですね(ちなみに『ナイルに死す』のポケミス初版の奥付は、昭和32年10月31日)。
しかし、こちらで先に「ナイル」を読んだリアルタイム読者は、不幸だったかもしれません。もちろん単体で見ても、メロドラマチックなミステリ劇の台本として、水準以上とは思いますが、本作をフルに楽しむには、あらかじめ原作を読んでいるに限るからです。

全三幕。場面は、遊覧船「ロオタス」船首の展望サロンに限定されています。
いささかレッドヘリングが過剰だった小説版にくらべると、登場人物は刈り込まれ(名前や設定の微妙な変更もアリ)、三件の連続殺人も二件に減らされています。
そして一番の変更点は、名探偵エルキュール・ポアロが登場しないこと。いちおう、原作のポアロの役どころを承知していれば、“探偵役”が誰か想像することはできるのですが・・・しかし原作のある設定を利用したミスディレクションが、終盤まで余断を許しません。
小説のストーリーを忠実に舞台に移植するのではなく、骨子は押さえながらも、どう変えて、驚きを付加するか――そこに、自作を脚色するさいの、クリスティーのミステリ作家魂を見ます(そのへんの意欲を買って、採点も1点アップとしました)。
幕切れの犯人の処理(死なせるか、生き抜かせるかの選択)は、戯曲版のほうが良いと思います。

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おっさんさん
ひとこと
1960年代生まれの、いいかげんくたびれたロートル・ミステリ・ファンです。
再読本を中心に、あまり他の方が取り上げていない作品の感想を、のんびり書き込んでいきたいと思っています。
好きな作家
西のアガサ・クリスティー 、東の横溝正史が双璧。
採点傾向
平均点: 6.35点   採点数: 221件
採点の多い作家(TOP10)
栗本薫(18)
横溝正史(15)
甲賀三郎(12)
評論・エッセイ(11)
アーサー・コナン・ドイル(9)
エドガー・アラン・ポー(9)
雑誌、年間ベスト、定期刊行物(8)
ダシール・ハメット(8)
狩久(7)
アンソロジー(国内編集者)(7)