皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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kanamoriさん |
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平均点: 5.89点 | 書評数: 2426件 |
No.2226 | 7点 | 七人目の陪審員- フランシス・ディドロ | 2015/03/02 22:27 |
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薬局の店主グレゴワールは、河べりを散歩中に水浴びをする娘ローラに出くわし、悲鳴をあげられた混乱のなか彼女を殺めてしまう。しかし嫌疑は彼に及ばず、ローラの愛人アランが犯人として逮捕される。グレゴワールはアランの冤罪を雪ごうと策を弄するうちに、事件の陪審員に選任されてしまう---------。
冤罪を扱った法廷ミステリ、とはいっても重厚さやシリアスな感じはあまりなく、軽い語りでブラック・ユーモアもある、いかにもフランス・ミステリらしい作品。(ただ、最後まで読むと、その印象がだいぶ変ってくるのですが)。 夢想家ぎみの中年男グレゴワールという人物の揺れ動く内面描写が終始興味深く、自首はしたくないが無実の青年は救いたいため、あの手この手と策を弄するも、皮肉な展開の連続に翻弄される。このあたりフランス版「試行錯誤」という評も肯ける。 一方で、誰もが顔見知りで噂がすぐに広まってしまう小さな町という舞台背景が重要な要素になっていて、それがバークリー作品とはテイストが異なる、風刺的で不条理な本作の結末に結びついているように思います。 |
No.2225 | 6点 | 虹の歯ブラシ 上木らいち発散- 早坂吝 | 2015/02/28 22:40 |
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メフィスト賞のデビュー作「○×8殺人事件」で登場したエンコー女子高生・上木らいちを探偵役に据えた連作ミステリ。タイトルの意味は、らいちの高級マンションの部屋に曜日ごとに訪れる”固定客”のために備え置きされている七色の歯ブラシのこと。
全七話で構成されていますが、まるで”虹”のように、編が進むにつれ各話のテイストが徐々に変な方向に変貌していくところは作者の狙いのひとつかもしれない。 下ネタやエロい描写はあるものの、決めるときは比較的まともなロジックが展開された第1話から、第3話「青」のバカミスの王道のようなトリックを経て、最終話では叙述トリックそのものをネタに、どんでん返しを繰り返し、読者をとことん翻弄する手際は確かにバカミスを超越している。 今回も読者を選ぶ内容で、また仕掛けの性質上、前作ほど真相に笑撃度はないものの、ラストの斬新な趣向は評価したい。 |
No.2224 | 5点 | チャーリー・モルデカイ (4) 髭殺人事件- キリル・ボンフィリオリ | 2015/02/26 23:13 |
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ジャージー島で暮らすモルデカイのもとにオックスフォード時代の指導教官ドライデン博士が訪ねてくる。大学の女性研究員が不審死した事件を調べてほしいという博士の依頼に応え、ちょうど口髭を生やしかけていたモルデカイは、身元を隠し潜入捜査を始めるが---------。
怪しげな画商の”ぼく”こと、チャーリー・モルデカイ閣下シリーズの第4作。 今回はカレッジ・ミステリの様相で、とくに前半は名探偵モノのパロディと言えそう。文学などの衒学趣味・薀蓄に溢れた脱線は相変わらずで、舞台がオックスフォードということもあって、クリスピンのジャーヴァス・フェン教授シリーズを髣髴とさせるところがあります。しかし、アメリカ大使館の大佐が再登場してからは、またまたモルデカイは過酷な状況に陥るのですが......(これはもうシリーズのお約束の展開か)。 最終作となってしまった本作では、妻のジョハナと用心棒ジョックの登場シーンが少なめなのが残念なところ。そのためスラップスティック的な面白さがやや減退してしまっているように感じた。 |
No.2223 | 5点 | 青銅ドラゴンの密室- 安萬純一 | 2015/02/24 22:59 |
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ホルツマイアー家の敷地内にある青銅のドラゴンを模した塔を見るため、近代建築研究家で探偵を称するラズボーンが訪れる。調査を進めるさなか、密室状況の塔の内部で、頭をかみ砕かれたような死体が発見される。それは百年前に旅芸人の男女が殺された状況と全く同じだった---------。
ドイツの旧家一族に秘められた過去や、死んだはずの男の復讐に怯える兄弟、陰惨な伝説がある塔で再び起こる密室殺人と、全盛期のディクスン・カーを思わせる王道の本格編です。 物語の全体構成に荒削りなところがあり、登場人物も類型的で(すべて外国人ということもありますが)単なるパズルのピースのように描かれているのが難点ですが、それらも含めてコテコテのパズラーの王道ですw 本書の中核の謎は、ドラゴンの塔を巡る密室殺人の”ハウダニット”で、個人的にあまり好みではないタイプではあったものの、ユニークなトリックは一読に値するのではと思います(現場の見取図がないのが惜しまれますが)。多重解決の”仕掛け”を含め、最後まで目の離せない快作です。 |
No.2222 | 5点 | 放送中の死- ヴァル・ギールグッド&ホルト・マーヴェル | 2015/02/22 22:14 |
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英国BBCの放送局スタジオで、ラジオドラマの被害者役の俳優が、まさにオンエア中にドラマと同じタイミングで絞殺される。ロンドン警視庁のスピアーズ警部補は、BBCスタッフらの素人探偵にかき回されながら必死の捜査を続けるが-------。
本格ミステリ黄金期の作品(1934年発表)ですが、お屋敷で殺人が発生し名探偵が登場.....といった型にはまった古典本格とは一味違い、現代的な雰囲気のあるフーダニットです。作者コンビの片割れギールグッドは、作中の主人公格の放送ディレクター・ケアードと同様にBBCで長らくラジオ放送に関わっており、のちにディクスン・カーと組んでラジオドラマを製作した業界人で、この時代では珍しい”業界ミステリ”(=ほかに思いつくのはセイヤーズ「殺人は広告する」ぐらい)をリアルな情報を盛り込み仕上げています。 ただ、ミステリ部分の出来に関してはそれほど高い評価はしずらいかな。動機の情報が後出しですし、犯人の計画したトリックがかなり綱渡り的で、ちょっとした齟齬があればすぐ破綻してしまいそうなのも問題です。 設定は”ハイカラ”なのに、中身はあくまでクラシックという感じでしょうか。 |
No.2221 | 6点 | スノーホワイト 名探偵三途川理と少女の鏡は千の目を持つ - 森川智喜 | 2015/02/20 18:09 |
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〈なんでも知ることのできる鏡〉を持つ女子中学生の襟音ママエは、こびとを助手にして探偵事務所を構え、依頼人が持ち込む日常の謎を安楽椅子探偵きどりで”解決”していた。そんなある日、〈あっちの国〉の王位継承を謀る御后ダイナが、悪辣名探偵の三途川理にママエの暗殺を依頼ししてきた---------。
毒入りリンゴや七人の小人など、童話「白雪姫」をモチーフにし、なんでも知ることができる魔法の鏡という、謎解きミステリにとっては掟破りのアイテムが重要な役割をする異世界風の特殊設定ミステリ。 謎解き以前に真相が分かってしまう装置という点では、「さよなら神様」とコンセプトが似ている(=魔法の鏡が、神様・鈴木太郎の役割)が、結論だけでなく推理の過程まで質問すれば何でも答えてくれるという設定がなんとも異端。これでどうやって謎解きミステリを展開していくんだろうと思っていたら、第2部では鏡の機能を最大限に利用した謀略戦の様相になってしまった。(これはこれで面白いですが.......) 法月綸太郎氏の文庫解説で気が付いたが、全知全能の神様の麻耶雄嵩、魔法の鏡の本書、Yahoo!知恵袋を悪用したカンニング事件と、似た発想がみんな京都大学つながりなんだなw |
No.2220 | 6点 | そして医師も死す- D・M・ディヴァイン | 2015/02/19 22:01 |
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診療所の共同経営者ギルバート・ヘンダーソンの不慮の死は実は計画殺人だったのではないか。市長からそう示唆された「ぼく」アランは、事件を洗い直そうとするが、現場の状況から、ギルバートの後妻エリザベスとの不倫関係を噂されるアラン自身が、彼女と共に周囲から疑惑の目を向けられることに---------。
小さな地方都市を舞台に、狭いコミュニティー内の複雑な人間関係が醸し出す緊迫感と、その中に巧妙に張られた伏線やミスリードがクリスティばりで読ませる。主人公アランの内面描写を中心に展開される物語は、やや起伏に欠けるきらいはあるけれど、渋い英国本格ミステリ好きには申し分のない内容と言えるでしょう。 被害者ヘンダーソンがアランの同僚医師であるとともに、市議会議員、少年クラブの理事、エリザベスの夫という複数の顔(側面)を持っていたことで、殺害動機を絞らせず、ミスディレクション(=マンロー警部補の言う「論理の穴」)に繫げる手法がもう巧妙というしかない。 ディヴァインの2作目にも拘わらず邦訳が後回しになっていたので内容を危ぶんでいましたが、最良作とまでは言えないまでも、十分満足できる出来栄えと評価したい。 |
No.2219 | 6点 | ラスト・ワルツ- 柳広司 | 2015/02/16 18:01 |
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”魔王”こと、結城中佐率いるスパイ組織”D機関”の暗躍を描くシリーズの第4弾。
収録3編ともに太平洋戦争前夜の時局を象徴するような舞台設定が魅力的で、敵側を騙すとともに読者も同様に騙すというシリーズの面白さが健在です。 「アジア・エクスプレス」は、満州鉄道を疾走する”あじあ号”を舞台に、ソ連の諜報機関”スメルシュ”の暗殺者とD機関との頭脳戦を描く。収録作の中ではもっともオーソドックスな騙し合いが楽しめる。 「舞踏会の夜」は、駐日アメリカ大使館で開かれた仮面舞踏会を背景に、華族出身の陸軍中将夫人の視点で謀略工作を描く。メロドラマっぽい回想が巧妙なミスディレクションになっていて、”ラストワルツ”というキーワードも利いている。 「ワルキューレ」は、ゲッベルス宣伝相の肝入りの、ナチスドイツ映画撮影所で繰り広げられるスパイ工作を描く中編。ちょっと主題がわかりずらいが、D機関が陸軍所属ということがポイントかな。映画と実際のスパイ活動との違いが皮肉的に描かれている。 |
No.2218 | 6点 | 死のドレスを花婿に- ピエール・ルメートル | 2015/02/14 10:59 |
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ベビーシッターのソフィーは、1年前から記憶の欠落に悩み精神科医にかかっていた。ある日、雇われ先の家のベットで、ソフィーの靴紐で絞殺された6歳児レオの死体を発見したことから、ソフィーは逃亡者として過酷な生き方を選ばざるを得なくなる----------。
ピエール・ルメートルの邦訳第1作。ロマサスのようなチープ感のあるタイトルと、メジャーとは言えない版元ということもあってか、数年前に出版されたときは、ほとんど話題にもならなかった本書ですが、「その女アレックス」の大ヒットで俄然注目されるようになりました。 4部構成になっており、ソフィーの視点で逃避行が語られる第1部は、彼女の過去など状況設定が不詳なため、多少モヤモヤ感がありましたが、ある男の視点に切り替わる第2部から俄然面白くなった。このあたり章が変わる毎に、ヒロイン像や構図を反転させるサプライズ展開のテクニックは「その女アレックス」と共通するものを感じます。 タイトルが結末を示唆しており、また登場人物一覧表で一部ネタを割ってしまっているのがもったいないのですが、面白さは「アレックス」に勝るとも劣らないと思います。(ちょっと誉めすぎかなw) |
No.2217 | 5点 | 揺れる視界- 笹沢左保 | 2015/02/12 19:00 |
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示談屋の池上が、東国銀行の岡本課長の交通事故死に不審を抱いて、真相究明に乗り出したのは金のためではなく、かつて岡本の愛娘を不慮の死に追いやった忌まわしい過去に決着をつけるためだった。そして関係者を訪ね歩くうちに、池上は被害者の勤め先の銀行で奇妙な出来事が相次いでいることに気付く--------。
発端の交通事故死にはトリッキィな仕掛けがあり、また銀行内部で何が起きているのかという謎を主軸にして物語が展開されるところは本格ミステリ風といえますが、池上が巡礼形式で関係者を訪ね歩き、それを契機にあらたに殺人が起きるプロットは私立探偵小説を思わせるところがあり、翳のある医大生くずれの示談屋という池上はまさにハードボイルドの主人公と言えそうです。 ただ、いかにも笹沢左保らしい虚無的な主人公の造形には惹きつけられるものがあるものの、暴かれる銀行の秘密がかなり肩すかしなものだったのが残念。なんだこんなことで.....と思ってしまう。そのため抒情性のあるラストが浮いてしまっているように感じた。 |
No.2216 | 5点 | 藤村正太探偵小説選 Ⅱ- 藤村正太 | 2015/02/11 10:51 |
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川島郁夫名義の短編全集。2巻目の本書は昭和28年~33年にかけて雑誌・新聞に掲載された24編が収録されています。本格モノや幻想・怪奇風のもの数編に、男女の愛欲を絡めた通俗的なサスペンスが大半を占めています。
本格的な謎解きミステリでは、「残雪」「妻恋岬の密室事件」「乳房に猫はなぜ眠る」の3編が(いずれもアンソロジーで既読ながら)トリッキィな密室モノでまずまず楽しめる。とくに、懸賞付き犯人当てとして書かれた「乳房に猫は~」は、最後のページにミスディレクションの狙いなどの作者による”解説”がついているのが珍しい。また密室トリックを類別しながらの謎解きが効果的です。 アリバイ・トリックを扱った「暁の決闘」は力作ではあるものの、犯人のチグハグな内面が理解できないところがある。 トルコのイスタンブールを舞台にした幻想的な3編は、顔を隠すイスラム女性の慣習を利用したトリックをはじめ、いずれも構成が似ているのが気になった。 その他、男女の愛欲をテーマにした作品でも、謎めいた女性の誘惑に惹かれた主人公が最後には.....といった同じパターンが何度も出てくるのには参った。 |
No.2215 | 6点 | ビブリア古書堂の事件手帖6- 三上延 | 2015/02/08 17:16 |
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太宰治の稀覯本「晩年」を奪うため栞子に危害を加えて逮捕され、現在は保釈中の青年が、再び二人の前に現れる。青年の祖父が持っていた別の「晩年」を探してほしいという依頼に半ば疑念を抱きつつ、俺・五浦と栞子は、もうひとつの稀覯本の行方を追い、ある和本の盗難事件に辿り着く。そして奇遇にも、その太宰の稀覯本を巡る50年前の事件には二人の祖父母も関わっていた----------。
人気ビブリオ・ミステリの第6弾。前々作の江戸川乱歩につづいて、今回は全編が”太宰治づくし”の長編となっている。 太宰に纏わる様々な薀蓄も興味深いが、シリーズ第1作第1話のエピソードも伏線とした、複雑な人間関係が絡む謎と、本の行方、青年の陰にひそむ謎の人物の正体、密室状況の書庫から和本が消えた謎の不可能興味など、多くの謎が重層的に提示され、謎解きモノとしても読み応えがあった。ただ、犯人が仕掛けた小道具にはやや安直な印象がありますが。それにしても、特定の稀覯本に魅せられたマニアの業は凄まじい。長編になると益々そういった狂気じみた面が強調されているように思う。 ふたりの関係進展とともに、遂にシリーズも大詰めを迎えているらしい。次作を楽しみに待ちたい。 |
No.2214 | 6点 | チャーリー・モルデカイ (2) 閣下のスパイ教育- キリル・ボンフィリオリ | 2015/02/06 22:36 |
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盗難名画を巡るヤバい仕事で命を狙われ、なんとか英国に逃げ帰った画商のモルデカイだったが、アメリカ大使館の大佐が出した助ける条件は、捜査対象である石油王の未亡人ジョハナと結婚し、彼女の資金の流れを突き止めることだった---------。
男爵家の子弟にして怪しげな画商、”ぼく”ことチャーリー・モルデカイ閣下が、抱腹絶倒の冒険を語るシリーズの第2弾。ジャンルはいちおうスパイ冒険ものとしましたが、前作以上にパロディ&スラップスティックの要素が濃く、黒いユーモアが楽しめました。 今回はモルデカイの妻となったジョハナのキャラクターが強烈で、彼女が次々と繰り出す”指令”に従い、何度も過酷な状況に陥るモルデカイが哀れでいて妙に可笑しい。いきなり飛び出した、エリザベス女王の暗殺指令には心底驚かされたが。 このシリーズは独特の作風ですが、強いて例えると、泥棒ドートマンダーやスキンク・シリーズ、大沢在昌「走らなあかん夜明けまで」のテイストをより強烈にした感じかな(ぜんぜん違うかもしれないがw)。 |
No.2213 | 5点 | 自覚- 今野敏 | 2015/02/04 21:11 |
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隠蔽捜査シリーズの第2短編集。”原理原則の男”、大森署のキャリア警察署長・竜崎を巡る7つのエピソードを、今回は竜崎の周りの人物の視点で描く構成になっています。
貝沼副署長、野間崎管理官、関本刑事課長、久米地域課長、伊丹刑事部長などのレギュラー陣に、あの「疑心」の畠山美奈子までも視点人物として登場させるファン・サービスぶりが嬉しい。かなりクセのある戸高刑事を主役にしたスピンオフがなかったのは少々残念ですが。 ただ、(今回に限ったことではないものの)各話の事件や懸案事項の収束の仕方がいかにもご都合主義なので、シリーズ・ファン以外が読んで楽しめるかなという疑問はあります。 また、竜崎の思考・行動原理を知り尽くしているファンもマンネリを覚えるころではないでしょうか。 そろそろ竜崎を新天地に異動させて、第1作の「隠蔽捜査」のようなハードな舞台設定に立つ竜崎をもう一度読んでみたい気がする。 |
No.2212 | 6点 | チャーリー・モルデカイ (1) 英国紳士の名画大作戦- キリル・ボンフィリオリ | 2015/02/02 22:12 |
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ロンドンの高級住宅街で優雅に暮らす”ぼく”こと画商のモルデカイのもとに、特別捜査班の警視で学友のマートランドが訪ねてくる。ゴヤの名画の盗難事件に関与していると目を付けられたモルデカイは、マートランドにある弱みを握られ、とんでもない汚れ仕事を押し付けられるはめに---------。
貴族の子弟でもある画商、チャーリー・モルデカイ登場のシリーズ第1作。 名画の盗難がらみのドタバタ陰謀劇から、ロールス・ロイス車を米国に住む石油王のもとへ運ぶロード・ノヴェル、英国の湖水地方の洞窟における冒険スリラー風のサバイバル戦と、舞台と趣向を次々変転させながら、行く先々で死体がドンドン増えていく派手な展開の本書。 先に読んだ第3作の「深き森は悪魔のにおい」同様に、教養主義丸出しの古典の引用と薀蓄披露や、下品でブラックなジョークで溢れていて、プロットを追いかけるのが一苦労ですが、まだ本書のほうが分かりやすい。ただ、この無軌道な作風はアクが強すぎ、かなり読者を選ぶシリーズと言えそう。 第1作だけに、モルデカイと周辺人物の造形が詳しく描かれているのも良い。とくにモルデカイの執事で破天荒な用心棒ジョックのキャラクターが強烈。つづく2巻目が楽しみだ。 |
No.2211 | 5点 | 星が流れる- 藤村正太 | 2015/01/31 11:11 |
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余命3か月の宣告を受けた富豪衣笠家の当主・令太郎は、住込みのお手伝いをしている遠縁の娘・俊子を相続人の一人に加えると家族全員に伝える。遺産の配分を巡って俊子に対する風当たりが強くなるなか、やがて7人の相続人の一人が他殺体で見つかり、俊子はある人物とともに真相を探ることに---------。
昭和30年代に少女雑誌に連載され、昭和51年に朝日ソノラマ文庫から出版されたジュヴナイル小説。 タイトルからして”いかにも”という感じですが、ロマンスとサスペンスを交える形で、女性読者を多分に意識した本格ミステリになっています。また、田舎から上京したばかりの娘が主人公で、一同から疑惑の視線を浴びる状況は、「孤独なアスファルト」の作者らしい設定でもありますね。 本書のメイントリックにはいくつか前例があり、クリスティ作品が有名ですが、某国内古典作品のほうが本書の設定に似ているかなと思います。偽の手掛かりによるミスディレクションも露骨で、今読むと犯人当てのミステリとしては歯応えがないのですが、昭和30年代当時のジュヴナイル・ミステリとしては、まあまあの水準作と言えるかな。 |
No.2210 | 6点 | ベイ・シティ・ブルース- レイモンド・チャンドラー | 2015/01/29 18:57 |
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河出書房新社から30年前に出た〈アメリカン・ハードボイルド・シリーズ〉という叢書(全10巻、小鷹信光氏監修)のなかの1冊。ハメット「マルタの鷹」、ウェイド・ミラー「罪ある傍観者」、ジョン・エヴァンス「灰色の栄光」などを揃えるなか、なぜチャンドラーはこの中編集なのか、という感はありますね。なお、翻訳者は熱烈なチャンドリアンだった小泉喜美子女史。
「赤い風」(Red Wind)は、”私”がバーで射殺事件を目撃し、マンションのエレベーター前で”彼女”に出合うという”二つの偶然”があって物語が転がっていく。私立探偵としての手腕よりも、彼女が大切にする想い出を護るために、”私”がラストに採る騎士道的な行為が印象的でカッコイイ。 「密告した男」(Finger man)は、組織のボスと陰謀、クラブの賭博場、派手な銃撃戦など、道具立てがハメット風。プロットが雑然としていて一読では内容を把握しずらいところがあった。 「ベイ・シティ・ブルース」(BayCity Blues)は、ロスに隣接する架空の街が舞台で、”私”が刑事とコンビを組む設定が異色。意外な真犯人は何かとってつけたような感じがする。 ちなみに、3編とも”私”の名はフィリップ・マーロウとなっていますが、これは作者の死後に改変されたもの。パルプ雑誌に発表時は、主人公に名前はなかったらしい。 |
No.2209 | 6点 | 天鬼越- 北森鴻 | 2015/01/27 18:53 |
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民俗学が専門の女性大学教授・蓮丈那智が、研究室の助手・内藤三國らを伴って、地方に伝わる神事、古文書などの学術調査を行う過程で殺人事件に遭遇する-----というのが基本パターンの連作ミステリ、シリーズ第5弾。雑誌掲載のままだった「鬼無里」「奇偶論」の2編に、作者の死後、パートナー浅野里沙子氏が書き下ろした4編を加えた構成になっています。
「鬼無里」は、秋田のナマハゲに似た祭事が行われている村で男が殺される。ユニークなアリバイトリックに加え、”鬼”の正体と蓮丈が提示した銭形平次の神田明神の謎が結びつく民俗学的アプローチが秀逸。 「補陀落」は、沖に係留された衆人環視状況の船内で死体が見つかる。不可能殺人のトリックは強引な感じを受けるが、真相解明に発想の転換を要するところがよい。 「天鬼越(あまぎごえ)」は、北森氏原案のものを浅野氏が小説化したもので、村の神社に伝わる古文書が連続殺人につながる。事件の構図がどこか「獄門島」を想起させる力作。 「偽蜃絵」は、名張市の旅館でみかけた絵をもとに、昭和初期のある隠れたエピソードを謎解く。その時代とその地方、蜃気楼という三点をヒントに、ある意外な有名人物が浮かび上がる趣向が楽しい作品。ほか2編。 出来不出来のバラツキがある。浅野氏の代作は、文章の硬さやミステリとしての構成の拙さが気になったが、民俗学がらみの部分はわりと健闘していると思う。 |
No.2208 | 4点 | 禁忌- フェルディナント・フォン・シーラッハ | 2015/01/25 18:26 |
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没落したドイツ名家の御曹司として生まれたゼバスティアンは、特別な才能を活かし写真家として成功をおさめるが、ある日、若い女性を殺害したとして緊急逮捕される。刑事弁護士ビーグラーは、この”死体のない事件”に対峙し法廷に立つが----------。
これは、いったい??? ほぼ小説の半分を費やしてゼバスティアンの半生が語られ、読者には事件の概要さえ知らされない。 ゼバスティアンが育った湖畔の屋敷やスイスの寄宿学校の生活、父親の自殺、母親の再婚、写真家として成功をおさめていく過程などが、細切れのエピソードとして、無駄を排した淡々とした筆致で綴られていく。 たしかに小説としては文芸的でよく書けており、後半に起きる”事件の核心”につながる伏線らしき描写もあるものの、真相を知ると、ここまで書き込む必要があったのか疑問に思えてしまう部分が多くて気になった。また、後半に入って登場する弁護士ビーグラーの人物像は魅力的で面白いのはいいが、法廷ミステリとしては極めて中身の薄いものとなっているも残念だ。 このネタであれば短編ででも書けるのではないだろうか。本国ドイツで、”賛否両論の問題作”という評価も肯ける。 |
No.2207 | 7点 | 死と砂時計- 鳥飼否宇 | 2015/01/24 10:01 |
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親殺しの罪で死刑囚として監獄に収容された青年アランは、獄中で牢名主と呼ばれる老人シュルツと出会う。シュルツ老は明晰な頭脳で次々と獄中で発生した怪事件の謎を解いていくが---------。
世界中の死刑囚を集めて収監する砂漠の中の終末監獄を舞台にした本格ミステリの連作短編集。 作者の「〇〇的」シリーズでは、チェスタトンやカーの作品名をもじった副題を付けていましたが、本書はタイトルがボルヘス「死とコンパス」のもじり。また獄中の囚人が名探偵という設定は「ドン・イシドロ・パロディ」にインスパイアされたもののようにも思われます。 さて肝心の中身のほうですが、第5話までは、死刑執行前夜に密室状況の独房で殺される死刑囚の謎や、闇夜ではなく明るい満月の夜に脱獄した中国人思想犯、一旦埋めた死体を掘り起こし損壊する墓守、男子禁制の女子監獄棟で妊娠した女囚マリアなど、不可能事象のハウダニットとともに、奇想と逆説が連発されるホワイダニットの妙が楽しめます。 なかには手掛かりや伏線の張り方が丁寧すぎて、途中で真相が見えてしまうものもありますが、編中の個人的ベストを選ぶとなると、動機の特異性で墓守の不可解な行動の謎を扱った”第4話”を推します。 しかしながら、なんといっても問題作はアラン青年の過去の親殺し事件を掘り起こす”最終話”でしょう。真相の一部は予想がついたが、最後は何かトンデモナイ方向に行ってしまった感がw |