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E-BANKERさん
平均点: 6.00点 書評数: 1845件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.905 7点 太陽黒点- 山田風太郎 2013/07/25 23:12
1963年発表。「忍法帖シリーズ」で著名な作者が著したミステリー。
東西ミステリー等のランキングでも高評価を誇る作品でもある。

~昭和30年代の東京。才気に満ちた美貌の苦学生・鏑木明は、アルバイト先の屋敷で社長令嬢の多賀恵美子と出会い、偶然にも特権階級への足掛かりを手にする。献身的だが平凡な恋人・容子を捨て、明は金持ち連中への復讐を企て始める。それが全ての悲劇の序章だとは知らず・・・。“誰カガ罰セラレネバナラヌ”・・・静かに育まれた狂気が花開くとき、未曾有の結末が訪れる。戦争を経験した作者だからこそ書けた奇跡のミステリー長編~

これは久々に「唸らされた」作品。
「死刑執行一年前」という思わせぶりな章題から始まり、読み進めるほどにカウントダウンされていく。
そして、「死刑執行当日」の章とともに、今まで隠されていた驚くべき奸計・真相が読者の前に示されるのだ。
なるほど・・・こういうことかぁ・・・。
だからこそ本作がこんなに高評価なんだなぁーと納得。

あまり書くと思いっきりネタバレになりそうで難しいが、
ビスマルクの外交術がまさかミステリーのプロットに応用されようとは、本人もまさか予想もしなかっただろう。
(まさに「プロバビリティーの犯罪」の極致)
そして本作を彩るもうひとつの鍵が、この強烈な動機だ。
これは読者にはなにも伏線が与えられてなかったし、後出しといえばそうなのだろうが、時代性を勘案しても、戦争を全く知らない世代にとって、これは胸に深々と突き刺さるようだった。

本作については、正直最近まで存在すら全く知らない作品だった。
東西ミステリーへのランキングは伊達ではない、そう感じさせられた次第。
他のミステリー作品も機会があれば是非手を伸ばしてみたい、そんな気持ちにさせられた良作。

No.904 5点 バイバイ、ブラックバード- 伊坂幸太郎 2013/07/25 23:11
星野一彦の最後の願いは何者かに<あのバス>で連れて行かれる前に、五人の恋人たちに別れを告げること。そんな彼の見張り役は「常識」「愛想」「悩み」「色気」「上品」・・・これらの単語を黒く塗り潰したマイ辞書を持つ粗暴な大女、繭美・・・
伊坂といえば実に伊坂らしい、とも言える連作短編集。

①「Bye Bye Black BirdⅠ」=最初に別れる女性の名は廣瀬あかり。そして、なぜか別れるために一彦が挑戦するハメになったのがラーメンの大食い(○○分で完食すればタダ、って趣向ね)! なぜ??
②「Bye Bye Black BirdⅡ」=二番目に別れる女性の名は霜月りさ子、子持ちのバツイチ。何といっても、本編で笑うべきポイントは不知火刑事だろう。なにせ白新高校出身!ってドカベン世代じゃないと分からんだろ!
③「Bye Bye Black BirdⅢ」=三番目に別れる女性の名は如月ユミ。こいつが一番ケッタイな女かも。なぜか、夜中にロープをかついで忍び込む部屋を探す、女・・・。付けた異名が「ひとりキャッツアイ」ってこれも古いな。
④「Bye Bye Black BirdⅣ」=四番目に別れる女性の名は神田那美子、何でも計算してしまう女。乳がんの疑いの濃い彼女に代わり、検査結果を病院へ聞きに・・・という展開だが、なかなか笑える。
⑤「Bye Bye Black BirdⅤ」=最後に別れる女性の名は有須睦子、美しき大女優。この女性は今までの四人とは「格」が違う、っていう感じ。彼女が大事にしていた子供時代の思い出。その思い出が一彦に重なるとき・・・結構グッときた。
⑥「Bye Bye Black BirdⅥ」=そして、ついに<あのバス>に乗るために、バス停へ向かう一彦と繭美。だが、途中でなんだかんだと邪魔が入り、ついにバスへ乗り込む一彦。だが、ラストに思わぬことが・・・起こったのかどうか?

以上6編。
「ゆうびん小説」という変わった趣向で発表された本作。
どういうことかというと、連作の一編が書かれるごとに50名の方に、あえて郵便で送って読んでもらう、っていう趣向だったのだ。
まぁそれは置いといて・・・
作品自体については、正直「どうかなぁ・・・」という感想。
もちろん、他の作家には書けない、いかにも伊坂らしい味わいはあるのだが、ちょっと「キツイ」感覚にはなった。
ラストも余韻はかなり残るが、逆に言えば残尿感がある、ということなのだ。
(好きな人には堪らないかもしれないが・・・)

No.903 5点 ジェリコ街の女- コリン・デクスター 2013/07/17 22:28
1981年発表。モース主任警部を探偵役とする作者の第五長編。
前作に続き、英国推理協会のシルヴァー・ダガー賞を受賞した作品でもある。

~モース警部がジェリコ街に住む女性・アンに出会ったのは、あるパーティーの席上だった。すっかり意気投合した二人は再会を約束するが、数か月後、彼女は自宅で首吊り自殺を遂げた。果たして本当に自殺なのか? モースにはどうしても納得がいかなかった。やがてアンの自宅の近所で殺人事件が起こるにおよび、モースの頭脳はめまぐるしく動き始めた・・・~

う~ん。微妙だなぁー
何となく書評しにくい作品、というのが正直な感想。
他の方も書いているとおり、いわゆるモース警部シリーズの良さはあまり感じられなかった。
モースが好き勝手に仮説を立てては壊し、立てては壊し・・・という展開にはならないのだ。
これがないということが、作者のファンにとっては恐らく物足りなく映るのだろう。

確かに、終盤に入るまでは事件の構図がまるで分からず、割に淡々と捜査過程が描かれる。
いよいよ最終章(第四部)に入ってから、思いもよらぬ推理がモースの口から開陳され、「おぉ、こういう仕掛けだったのかぁ!」と唸っていると、実はこれが捨て筋と判明してガックリさせられるのだ。
でも、最終的な真相がコレなら、捨て筋の方がよっぽど魅力的な解法に見えたんだけどなぁー
(まさか、ギリシャ神話が絡んでくるとは思わなかったし・・・)
一応、本筋でもサプライズが用意されてはいるのだが、あまり納得できなかった、ということもある。

ということで、あまり高い評価はしにくい。
これまでデクスターも数作読んできたが、まだ“本当に面白い”という作品には出会えてない。
まぁでも、出す作品出す作品が、何らかの賞を受賞している大作家なのだから、未読のものにまだ面白いのがあるんだろう(と思いたい)。
(モース警部のキャラ自体は好きだしなぁ)

No.902 6点 水魑の如き沈むもの- 三津田信三 2013/07/17 22:27
ホラーとミステリーを融合させた人気シリーズ・刀城言耶シリーズの第五長編。
三年連続のノミネートのすえ、(やっと)受賞の日の目を見た「第十回本格ミステリ大賞」受賞作。

~奈良県の山奥、波美(はみ)地方の“水魑様”を祀る四つの村で、数年ぶりに風変わりな雨乞いの儀式が行われることになった。儀式の当日、この地を訪れていた刀城言耶の目の前で起こる不可思議な犯罪。今、神男(かみおとこ)連続殺人の幕が切って落とされた。ホラーとミステリーの見事な融合で、シリーズ集大成と言える本作!~

いやぁー長かったなぁ。さすがにシリーズ最“長”編だけはある。
ただ、どうしてもこれまでのシリーズ作品との比較では、満足感で今一歩(二歩)という印象が強く残った。
そう感じた方も多いのではないか?(そうでもない?)

刀城言耶の事件解明の章では、本シリーズらしい犯人絞込みのロジックは健在だし(特に本作は「犯人足り得る七つの条件」が読者に示されるなど、本格好きには堪らないサービス・・・)、その後もドンデン返しに次ぐドンデン返しで、怒涛のように迎えるラスト、そして、その驚愕のラストを支える前半の精緻な設定の数々・・・
こういう点では、確かに相変わらず高いクオリティだなと思う。
ホラーテイスト云々というのは、最初から殆ど気にしていないのだが、本作の「水魑様」に関しては、その半端ない作り込みに敬意を評したくなった。
(村の起こりや左霧母娘の設定なども含めて、下調べの苦労が偲ばれる)

でもなぁ・・・今回はそれにも増してモヤモヤ感が残ってしまったという印象なのだ。その理由を列挙するなら、
①真犯人の動機・・・特に「連続」しておこす必要性。神器との絡みなのかもしれないが、説明不足に見える
②一つ目蔵の秘密・・・結局、“○”という一言で片付けられたが、時代性を勘案してもかなり荒唐無稽に見える
③フーダニット・・・クローズドサークルものの宿命かもしれないが、かなり唐突感あり(潜水服について偶然○いていた、などはやはりご都合主義だろう)
なによりも、(これは言葉では表しにくいのだが)、今回はホラーテイストの設定と、ミステリーがそれほど有機的に結びついていない、ということに尽きるのだと思う。

まぁ、これは期待の高さの裏返しということだし、他作家よりも高いハードルを課されている作者もツライところだろう。
評点としては、どうしてもシリーズ他作品との比較になっちゃうよなぁ・・・
(相対評価になっちゃうのはシリーズものの宿命かな。このままいくと、本シリーズの山はやっぱり「首無」「山魔」ということに落ち着くのだろう)

No.901 7点 ぼくのミステリな日常- 若竹七海 2013/07/17 22:25
1991年に発表された作者デビュー作。
ある建設会社の社内報に連載された短編という形式を借りた、企みに満ちた連作短編集(と呼ぶべきか、連作長編と呼ぶべきなのか)。

①「桜嫌い」=4月号。変な形のアパートで起こる火事がテーマなのだが、この文書だけでは建物の様子(部屋割りとか)が想像できなかった。でも、これが謎の鍵となる。
②「鬼」=5月号。両親を亡くした姉妹が主人公。妹を狙っているらしい怪しい風体の男から、妹を守ろうとする姉。しかし、姉の留守をつき、妹が襲われてしまう(?) しかし、最後は反転・・・
③「あっという間に」=6月号。町内の野球チームに持ち上がる「ブロックサイン漏れ」事件(のんびりしてんなぁ)。フランス料理に引っ掛けた暗号かと思いきや、まさか「○○え歌」が解読の鍵になるとは・・・(しかも絵付き)。
④「箱の虫」=7月号。大学のサークル仲間と出掛けた箱根旅行。「箱」とは芦ノ湖ロープウェイのことなのだが、その箱の中から男の子が消えてしまう。ただ、このオチはなぁ・・・
⑤「消滅する希望」=8月号。これは大事な「号」だな。ついに「殺し」までが登場して、ミステリーっぽい一編。謎の鍵は「朝顔」。作中にも触れられているが、実は謎の多い花なんだなぁ。
⑥「吉祥果夢」=9月号。事件の舞台は和歌山・高野山。宿坊で出会った一人の中年女性は、実は・・・という展開。これは確かに不思議な感覚の良作。
⑦「ラビット・ダンス・イン・オータム」=10月号。これも一種の暗号を扱った作品。最近読んだアシモフの「黒後家蜘蛛の会」なんかで頻繁に登場するプロット。そういえば、作者は「黒後家蜘蛛」シリーズのファンらしいし・・・
⑧「写し絵の景色」=11月号。大学時代の仲間が久し振りに集まった飲み会で、昔女傑と呼ばれていた女性が職場での失敗で暗く沈んでいた・・・。その失敗談に係る謎がテーマなのだが、オチは結構脱力系。
⑨「内気なクリスマスケーキ」=12月号。これはラストに炸裂する、いわゆる典型的な「叙述トリック」が決まっている。ただ、動機はイマイチ納得できないのだが・・・
⑩「お正月探偵」=1月号。「無意識に大量の買い物をしてしまう病」にかかってしまった友人からの依頼で、後を付けることになった主人公。この買い物にはある大きな謎が隠されていたことが判明するのだが・・・
⑪「バレンタイン・バレンタイン」=2月号。家庭教師の男性と、女生徒との電話での会話。何となく違和感を感じていたが、そういうオチか・・・
⑫「吉凶春神籤」=3月号。ラストはよい話に・・・。

以上の12編が、各号に掲載された短編。
ただし、本作の仕掛けは終章の「編集後記」にて明らかにされる。
本作がこういう仕掛けになっているという予備知識を持って読み進めていたのだが、それでもよくできてると思ったし、こういう「企み溢れる作品」は好きだ。
こういうミステリーがあっても全然いいのではないか。そんな感想。

No.900 8点 犬神家の一族- 横溝正史 2013/07/10 21:50
900冊目の書評となりました。
今回は、国内ミステリーの大家・横溝正史の代表作の一つ「犬神家の一族」をチョイス。
これまで何度も映像化されている作品であり、もちろん私自身も有名な市川崑監督のヤツをはじめ様々なバージョンにて接してきた有名作なのですが、実際に書籍として読むのは今回が初。

~信州財界の一巨頭、犬神財閥の創始者・犬神佐兵衛は、相続人を驚嘆させる条件を課した遺言状を残して永眠した。佐兵衛は正室を持たず、女ばかりの三人の子があったが、それぞれ生母を異にしていた。一族の不吉な争いを予期し、金田一耕助に協力を要請していた顧問弁護士事務所の若林が何者かに殺害される。だが、これは次々と起こる連続殺人事件の発端に過ぎなかった! 血の系譜を巡る悲劇、日本推理小説史上不朽の名作~

今さら言うことはありません。
ということで、書評を終わってもいいのですが・・・一応、以下感想まで。

やっぱり、これはエポックメイキングな作品なんだなぁーと思わされた。
なによりも、冒頭にある佐兵衛の遺言状公開の場面。
これはもう、ミステリー史上に残る名場面だろう。
映像を見た方なら、松・竹・梅の三姉妹とゴム仮面の佐清、金田一、緊張感みなぎる中で遺言状を読み上げる古舘弁護士・・・らの姿が目に浮かぶかもしれない。
そして、遺言状に託した、死せる巨星の猛烈な「悪意」・・・etc
この作品が後世の作品に与えた影響は、やはり計り知れないと言っていい。

今回は、この序盤を読んだだけで、本作のスゴさを体感させていただいた。
で、ミステリーとしての本筋はどうなのかって・・・?
まぁいいではないですか。
真犯人はともかく、従犯の動機はどうだろう? とか、「見立て」の意味は? とか、ご都合主義とか、相変わらず金田一の気付きが遅すぎるとか・・・
いろいろと疑問は尽きぬところですが、そこは言わぬが華という奴でしょう。

他の代表作との比較でいうなら、「獄門島」よりはこちらの方に軍配をあげたい。
(一番好きなのは、「悪魔が来りて・・・」だったりする)
評点はこんなものかな。

No.899 6点 俳優パズル- パトリック・クェンティン 2013/07/10 21:48
1939年発表の長編。
東京創元社より復刊されている「パズルシリーズ」としては、邦題「迷走パズル」に続く二作目となるのが本作。

~アルコール依存症の治療を終えたピーター・ダルースは、素晴らしい脚本に巡り合い、名プロデューサーとして華々しい復活を遂げるべく奮闘していた。だが、いわくつきの劇場で興行を打つ成り行きにリハーサル初日からぎくしゃくした空気が漂う。この劇場は嫌だとごねる俳優、離婚の爪痕浅からぬ女優、飛行機事故のリハビリ途上にある主演男優など不安の残る役者陣に加え、横紙破りの所業に及ぶ部外者の出現にピーターの苛々は募る一方。ついには複数の死者を出して官憲の介入を許す事態に陥ることに・・・~

これは作者のストーリーテリングの旨さを味わうべき作品ではないか。
タイトルからすれば、本格パズラーとしての面白さを予想してしまうのだが、そちらの方の印象は正直薄い。
未遂を含めて三件の殺人事件が起こるものの、派手なトリックがある訳でもないし、特別ロジックが効いてる訳でもない。

舞台プロデューサーで主人公のダルースをめぐり、一癖も二癖も持つ怪しい俳優陣やスタッフたちが、それぞれの復権を目指してひとつの舞台に賭ける姿を通じて、その隙間に巣食う「悪意」が事件を引き起こす・・・この辺りの展開が見事に読者を引き込むのだ。
巻末解説で法月綸太郎氏が、合作者ウィーラーの脚本家としての才能について触れており、思わず納得させられた。
そして、ラストに探偵役のレンツ博士が披露する真犯人と動機が本作の真骨頂。
なる程・・・
その動機にしては、ちょっと大掛かりだなという気がしないでもないが、うまく収束させたなと思わせるのはさすが。

ただ欲を言えば、もうワンパンチあればなぁ・・・というのが本音かな。
「うまいのはうまいんだけど・・・きれいに丸め込まれた」という感覚になるせいかもしれない。
でも確かに「迷走パズル」に比べれば、格段に面白いのは間違いないな。
(舞台が成功裏に終わるラストは感動的ですらある・・・)

No.898 5点 密室殺人ゲーム2.0- 歌野晶午 2013/07/10 21:46
前作「密室殺人ゲーム王手飛車取り」に続く、連作短編集第二弾。
第10回の「本格ミステリ大賞」受賞作(作者としては、「葉桜の季節に君を想うということ」に続き二回目となる)。
「頭狂人」「ザンギャ君」「伴道全教授」「aXe」「044APD」というハンドルネームを持つ四人が今回も登場。

①「次は誰が殺しますか」=まるで五人の殺人ゲームを真似たかのような殺人事件が発生する。本当に「真似」なのか? 不測の事態に戸惑う四名のメンバーと冷静沈着な一名・・・。
②「密室などない」=前作と同様、伴道全教授がお贈りする“脱力系(癒し系)密室殺人事件”が本編。今回も脱力系というか、無理矢理つくった密室・・・。
③「切り裂きジャック30分の孤独」=「ザンギャ君」出題の密室殺人に関する問題。現場に一箇所だけの出入り口は、鍵で施錠されているわけではなく、バラバラにされた被害者の両脚がバリケードのように犯人が現場から出るのを拒んでいる・・・というのが謎の中核。要は「出られない」密室なのだが・・・やっぱり解き明かしたのはあの人物。
④「相当な悪魔」=今回は「頭狂人」がお贈りするかなりハードな問題。アリバイ崩しがメインとなるのだが、東京~横浜・綱島~大阪間の移動について、新幹線や航空機の時刻表を横にアリバイが語られるなんて、中盤までは今までの本作とは異なる肌合いだったが・・・終盤は相当ハードっていうか、ここまで「凝るか?」っていう真相だな。でもまぁ、これは騙された。
⑤「三つの閂」=これはズバリ物理トリックを使った「雪密室」が扱われた問題。被害者を収容する(?)専用の箱が雪の現場に残されていた訳なのだが、要はこの「箱」の仕掛けが分かるかどうか。これは推理クイズっぽい。
⑥「密室よ、さらば」=いよいよ真打ち「044APD」が出題するのが本編。密室&アリバイの両トリックが複雑に絡み合い、容易には真相に近付けない。出題者以外の四人がタッグを組み、真相究明のための調査&ディスカッションを行うが、真相はかなり意外な方向に・・・。でも、このオチはどうかな?? ちょっと納得できず。
⑦「そして扉が開かれた」=ボーナストラックっていうか、全体のオチ。

以上6編+α
ハンドルネームこそ前作と同一だが、中身は全員入れ替わっているという趣向(それぞれの性格なんかは、前作を踏まえているが)。
それぞれが実際に起こした殺人事件を出題者以外のメンバーがコンペ式で解き明かすという趣向も不変。
そして、結局「044APD」がいつも真の探偵役となって、真相を暴くというプロットも同様。

ただ、他の多くの方が書評で書かれているとおり、前作のパフォーマンスと比較するとやや落ちたかなという感想になってしまう。
要はネタ切れというか、良質なネタは前作で出し尽くしましたということなのだろう。
個人的には、前作読了からかなり経過してしまったので、その点ちょっと後悔。
未読の方は、あまり日を開けず続けて読むほうがベターかな。

No.897 6点 ゴルフ場殺人事件- アガサ・クリスティー 2013/07/03 22:04
「スタイルズ荘の怪事件」でデビューした作者&ポワロの長編二作目がコレ。
「ゴルフ場」というタイトルではあるが、単なる死体発見現場というだけで、ゴルフそのものは無関係なので悪しからず。

~南米・チリで巨万の富を築いた富豪・ルノーが、滞在中のフランスの別荘地で無残に刺殺された。事件発生前にルノーから依頼の手紙を受け取っていながら悲劇を防げなかったポワロは、プライドをかけて真相究明に挑む。一方、パリ警視庁からは名刑事・ジローが乗り込んできた。互いを意識し推理の火花を散らす二人だったが、事態は意外な方向へ進んでいく・・・~

僅か二作目としては「スゴイ」とも言えるし、「やっぱり二作目だなぁ」とも言える・・・そんな感覚。
要するに、ちょっと惜しいなという作品なのだ。
ミステリーとしてのプロットは“さすがクリスティ”という水準で、もう安定感十分。
一人の富豪の殺人事件に端を発する事件、関係者の態度や発言に隠された欺瞞から、思いもかけない事件の構図&背景が明らかにされる。
被害者は単なる被害者でなく、過去の事件と現在の事件が有機的に結び付いていく・・・
この辺りの展開はもう名人芸だな。
特に本作では、ヘイスティングスとの会話のなかで、ポワロが自身の推理法というか事件への取り組み方を詳しく解説(?)している場面がところどころ挟まれていて、こういう点でも興味深く読ませていただいた。

プロットとしての問題点は、冒頭から登場するある女性の存在&立ち位置だろう。
この登場人物は果たして必要だったのか? 
一応ミスリードとしての役割なのだろうが、あまりにも白々しくて、正直ミスリードとしてはあまり機能していない。
作者としてはラストのドンデン返しのための「前フリ」が必要だったのだろうが・・・
(ヘイスティングスとの絡みが書きたかったということなのかな?)

作者としてはマイナーな作品扱いだけど、それほど遜色は感じないし水準以上の作品だと思う。
まぁ、敢えて「クリスティならコレ!」ということにはならないだろうが・・・
(ひたすら物証に拘った捜査を行うジロー刑事をこき下ろし、人間心理に基づく推理を行うポワロ。二作目で探偵役のパートナーが登場人物と恋に落ちる展開・・・って何か意味深だな)

No.896 6点 白戸修の狼狽- 大倉崇裕 2013/07/03 22:02
史上最大級のお人好し、白戸修を主人公とする連作短編集。
「白戸修の事件簿」に続く第二弾作品集。

①「ウォールアート」=要するに「落書き」がテーマの作品。中野駅近くの町が落書き魔たちの手酷い犯罪のターゲットになってしまう。そして、今回も巻き込まれる白戸修・・・。プロットとオチは今ひとつかな。
②「ベストスタッフ」=大学時代の先輩・仙道からの「断れない」依頼は、アイドルのコンサートの搬入バイト。別のアイドルのファンからの妨害工作で窮地に陥る現場。そして、白戸が犯人の罠に気付くとき奇跡が!? ミステリー的な仕掛け云々より、とにかく白戸をめぐる人々の動き&会話が抜群に面白い。
③「タップ」=盗聴ハンターの女性になぜか引っ張られることになった白戸。ある女性の部屋が盗聴されていることに気付いた二人が巻き込まれる犯罪。ラストのドンデン返しは想定内。
④「ラリー」=今回巻き込まれるのは、あるグッズを優勝賞品とした“スタンプ・ラリー”。しかも、都内全ての電車&地下鉄を使った大掛かりなヤツ。しかも、なぜか暴力スリチームからも頻繁に狙われ・・・。このオチも想定内だけど好き。危険なのは嫌だけど、こんなスタンプラリーやってみたいな。
⑤「ベストスタッフ2 オリキ」=②に続き、またまた仙道からの無理やりなフリでバイトさせられるはめになる白戸。今度はアイドルグループのコンサート会場での警備。なんだけど、なぜか一人のファンの行動に巻き込まれることに・・・。オチそのものはつまらないものだけど、ドタバタ振りが面白い。

以上5編。
前作もそうだけど、本シリーズは謎解き云々なんて関係なく、白戸と彼をめぐる人々との絡み合いそのものを楽しむべき作品。
タイトルからすると、泡坂の「亜愛一郎シリーズ」を意識しているのだろうが、探偵役のキャラはオーバーラップするものの、ミステリー的な味付けは薄められてる。

まぁ、気楽に薄笑いを浮かべながら読むのがちょうどいい作品でしょう。
あまり高い評点ではないけど、決して嫌いではない。
(ベストはやっぱり④かな。②⑤もかなり楽しい)

No.895 6点 そして夜は甦る- 原尞 2013/07/03 22:00
1988年発表。私立探偵・沢崎シリーズの第一作目。
作者の作品なら、もちろん直木賞を受賞した「私が殺した少女」なのだろうが、やはりまずはこちらから、というわけで読了。

~西新宿の高層ビル街のはずれに事務所を構える私立探偵・沢崎のもとへ海部と名乗る男が現れた。男はルポライターの佐伯という男がここへ来たかどうかを知りたがり、二十万円が入った封筒を沢崎へ預けて立ち去った・・・。かくして沢崎は行方不明となった佐伯の調査に乗り出し、事件はやがて過去の東京都知事狙撃事件の全貌へとつながっていく・・・。活きのいいセリフと緊密なプロット。チャンドラーに捧げられた記念すべき長編デビュー作!~

『チャンドラーに捧げる』という心意気が何よりも素晴らしいではないか?
個人的にも、トップ・オブ・ハードボイルドといえば「チャンドラー」だと思っているので、そこは素直にうれしいのだ。
セリフ回しや表現方法などは、チャンドラーっていうか訳者・清水俊三の文章を読んでいるような錯覚に陥った。
まるで、F.マーロウが新宿の裏通りで跋扈しているような感覚・・・いいよねぇ、痺れた。

ただし、そういう風に感じたのは中盤まで。
紹介文のとおり、沢崎は、あるルポライターの蒸発事件に始まる陰謀に徐々に巻き込まれているわけなのだが・・・
中盤以降は、複数の事件が絡み合いながら複雑化していく過程が描かれる。
この辺から、スピーディーで活きのよかったテンポが鈍ってしまい、それに伴って読む方のテンポも降下していく。

まぁ、単なるハードボイルドではなく、謎解きミステリーとしてのプロットも十分に加えているという点は評価していいのかもしれないが、ちょっと複雑化しすぎたかな。
特に終盤~ラストは、急展開やらドンデン返しやらが続き、ドタバタして終わったなという感じがした。
せっかくの作風&雰囲気なのだから、もう少し落ち着きのあるラストを味わいたかったなぁ・・・
それがやや残念。

評価はちょっと辛口かもしれないけど、期待の裏返しということ。
でも、まぁ読み応えは十分の作品。

No.894 5点 追分殺人事件- 内田康夫 2013/06/27 22:20
1998年発表の長編作品。
浅見光彦シリーズではなく、“信濃のコロンボ”こと竹村警部と警視庁の岡部警部の二大探偵(?)が活躍する珍しい作品。
(この二人の共演は処女長編の「死者の木霊」以来となる)

~信州・信濃追分駅のほど近くで、人形やアクセサリーを売る店をひとりで営む女性・丸岡一枝。東京大学農学部の前、本郷追分の角の酒屋に嫁いだ女性・小野初子。互いに面識のない二人は、ほぼ同時期にまったく見ず知らずの男性の変死に遭遇する。信濃のコロンボこと竹村警部の秘密裏の捜査は難航したが、皮肉にも新聞にスッパ抜かれたことにより得た糸口があった。昭和史の裏に追いやられた、光と影の分岐の物語は北海道から始まる・・・~

ここにきて、なぜか内田康夫である。
なぜだか分からないけど、久々に読みたくなってきたのだ・・・
もう10年以上も前、気ままな旅を愛する若者(表現が古いな)だった頃、旅のお供として作者の作品はよき相棒だったのだ。
当サイトに書評しているのは、本作で10作目だが、実際はその三倍以上は作者の作品を読んでいる。

なぜ、そんなに読んでいたのか?
とにかく「読みやすい」のである。もうスイスイ読める。
列車に乗って、窓外の景色を楽しみながらも余裕で読め、ストーリーも頭に入ってくる。
やはり、これはある意味「名人芸」というべきではないだろうか。

ということで本作である。
さすがに浅見光彦シリーズは、TVの二時間ドラマで死ぬほど見てるので、今回は“信濃のコロンボ”シリーズとした。
軽井沢在住の作者らしく、長野県を舞台とした作品が多いが、本作は軽井沢~東京・本郷~北海道・夕張を結んでかなり広域で展開される事件。
浅見光彦シリーズには付き物の、美女とのビミョーな絡みや軽いラブストーリーはないので、純粋に作者の「名人芸」を味わうことができる。

ということで、旅に出るという方にはお供として一考していただきたい一作。
まぁ、かなり軽い作品ではありますが・・・

No.893 5点 黒後家蜘蛛の会4- アイザック・アシモフ 2013/06/27 22:17
安楽椅子型探偵シリーズとしてお馴染みの本シリーズの四作目。
六名の正規メンバーと真の探偵役たる給仕人のヘンリーが織り成す大いなるマンネリズムが今回も展開される。

①「六千四百京の組み合わせ」=本シリーズでは頻繁に登場する暗号モノの一作。ただし、暗号を解く鍵は相変わらず日本人にはキツイもの。こんなことまで分かるなんて、ヘンリーって超人か?
②「バーにいた女」=見知らぬバーで出会った美女が、男たちに囲まれ助けを求めている・・・なんて状況に遭遇した男。こんなとき武士道、いや騎士道精神に溢れる男ならこういう態度に出るが、しっぺ返しに遭う。
③「運転手」=科学者たちの集まる、あるシンポジウムが開催される町。依頼人たち専属の運転手が巻き込まれた殺人事件。これも英語-ロシア語間の相違が事件を解く鍵となっている。(このパターン多いよね)
④「よきサマリア人」=女人禁制の「黒後家蜘蛛の会」。その禁を破る女性(老婆だが)の依頼人が登場する本作。NYの危険エリアで不良たちから救ってくれた男を探す女性のために人肌脱ぐヘンリー。この解法も日本人には無理だな。
⑤「ミカドの時代」=著名な戯曲家ギルバート・サリバン(?)。彼のある戯曲の時代設定をめぐって二人の若者が起こしている諍いが本編の謎。謎の鍵は「閏年」にあるのだが、ヘンリーが指摘した真相は根本的なものだった。
⑥「証明できますか?」=初めての国に旅行し、見知らぬ街中で巻き込まれたいざこざ。身分を証明する一切のものがないまま、警察官に自分の身上を証明できるか? 冒頭に出てきたある“小物”が作者のうまい仕掛け。
⑦「フェニキアの金杯」=今回もダイニング・メッセージならぬ、残されたメッセージが何を表しているのかが謎の鍵となる一編。このパターン多いな! そして、今回も言語にまつわるちょっとした仕掛けがヘンリーにより開陳される。
⑧「四月の土曜日」=これもメッセージと言語に関する謎。これも日本人には馴染みのない話なのだが・・・
⑨「獣でなく人でなく」=エドガー・アラン・ポーを愛する女性が発する言葉が今回の謎。とはいっても、ミステリー作家としてのポーではなく、詩人としてのポーを知っているかどうかが鍵となる。
⑩「赤毛」=これは一種の人間消失を扱った一編。燃えるような赤毛を持つ妻を追って、とあるレストランへ入った夫だが、わずかの時間に妻が忽然と消えてしまう。でも、この真相はかなり脱力もの。そこ、最初から探せよなぁ・・・って思う。
⑪「帰ってみれば」=へべれけに酔って自宅に帰り着いたと思った男・・・だったが、見知らぬ男たちが只ならぬ雰囲気で話している最中だった! いったいどこへ帰ったのか? 酒ってコワイね。
⑫「飛入り」=これも④同様変化球の作品。ゲストの依頼人ではなく、突然飛び込んできた男による依頼をメンバーとヘンリーが解決する一編。でも、パターンは一緒。

以上12編。
さすがにシリーズ四作目ともなると、同じパターンの繰り返しが気になってくる。
作者としては、いろいろと変化を付けてきているのは分かるのだが、プロット自体のキレが鈍ってきたのは否めないかな。
まっ、それでも楽しい読書ができることは確か。
(どれも水準級という感じで、突出した作品はなし。あと、鮎川哲也による巻末解説が興味深い。「三番館シリーズ」って本シリーズの影響を受けてないんだなぁ・・・)

No.892 7点 木製の王子- 麻耶雄嵩 2013/06/27 22:15
2000年に発表された、作者の第六長編。
「翼ある闇」-「夏と冬の奏鳴曲」-「痾」と紡がれてきたシリーズの続編となる作品。
メルカトル鮎は登場せず(ある意味当然だが)、木更津悠也が探偵役を務める。

~比叡山の麓に隠棲する白樫家で殺人事件が発生した。被害者は一族の若嫁・晃佳(あきか)。犯人は生首をピアノの鍵盤の上に飾り、一族の証である指輪を持ち去っていた。京都の出版社に勤める如月烏有の同僚・安城則定が所持する同じデザインの指輪との関係はあるのか? 容疑者全員に分単位の緻密なアリバイが存在する傑作ミステリー~

何なんだ! この動機は?
って普通思うよなぁ。
まぁでも、「翼ある闇」から続く一連のシリーズらしいといえばあまりにも「らしい」んだけど・・・
冒頭に示されるある家系図が、真犯人のあらゆる悪意や欺瞞を表しているところがスゴイ。
読者は、序盤~中盤~終盤と読み進めていくうちに、この「家系図」に秘められた凄まじい「悪意」に徐々に気付き始めることだろう。
最終的な解答に、読者は決して納得できないに違いないのだが、とにかく力ずくでねじ伏せられたという気分。

そして、本作でもうひとつのヤマとなるのが、紹介文にもある「分刻みのアリバイ」。
なんと、11名の容疑者(一家)の全員について、問題となる一時間のアリバイが全て明らかにされるのだ。
この「アリバイ表」は圧巻の一言!
まるで数学の公式のように、最終的にはひとりの人物が浮かび上がることになるのだが、ここまで精密なアリバイトリックに対しては素直に敬意を評すしかない。
(これを読者が解き明かすことはかなり難しいだろうなぁ・・・)

これで一応、このシリーズは終結することになるのだが、読者を自分の世界観へ引き込む力というのはやはりスゴいのだろうと思う。
こんな作品を一作書くだけでもスゴイことだが、曲がりなりにも四部作(?)として発表したこと自体、作者の非凡さの印。
まぁ、正直なところ、完全に納得はしてないのだが、ここは作品世界に浸って楽しむべきでしょう。
(各章冒頭の逸話はアレを表しているんだよね?)

No.891 8点 天啓の殺意- 中町信 2013/06/21 21:34
1982年に「散歩する死者」として発表された作者の第六長編を改稿、改題したのが本作。
最近、なぜか「模倣の殺意」が文庫売上のベスト5入りするなど、思わぬプチブーム(?)を巻き起こしている作者・・・果たして本作はどうなのか?

~スランプに陥った推理作家・柳生照彦から持ち込まれた犯人当てリレー形式の小説。柳生の書いた問題編に対し、タレント作家の尾道由紀子に解決編を書いてもらい、その後に自分が解決編を発表する。要するに作家どうしの知恵比べをしよう・・・という企画は順調に進行するかに思えたが、問題編を渡したまま、柳生は逗留先から姿を消し、しかもその小説は半年前の実在の事件を赤裸々に綴ったものだったのだ! 全面改稿の決定版~

これは快心の出来ではないだろうか。
「模倣の殺意」(旧題:「新人賞殺人事件」)もそれなりのレベルなのは間違いないが、プロットの巧さと終盤&ラストのサプライズ感では本作が大きく上回っているように思えた。
(だったら、これもベストセラーになるのかもね・・・)
作品の性格上、あまり書くとネタばれの危険性が伴うので難しいが、要は「何重構造」になっているのかということではないか。
私個人では、終盤に突入するまでてっきり「三重(さんじゅう)構造」になっているのかと思っていたのだが・・・

読了してよくよく考えてみると、折原一の諸作に数多く接してきた身としては・・・
「本作のプロットって、折原が手を変え品を変え、やってた奴じゃないか(特に初期)!」ということに遅まきながら気付くのだが・・・
これはかなり高レベルの「手(騙し)」だろう。
その「騙し」を支えているのが、大ラス近くになって登場する「ある人物」の存在と推理。
これには大抵の読者が「こうきたか!」と唸らされることになるのでは?
(「作者あとがき」を読むと、このポイントこそがまさに本作のプロットの出発点だったとのことで、個人的にも納得)

書評もちょっと興奮気味になってしまったが、それだけ出来がいいということをお察しいただきたい。
難点を挙げれば、リアリティ(ここまでやるかという意味で)になるのだろうが、これは言いっこなしだろう。
折原だと若干(?)クドくなってしまうところを、割とさらりと上品に書いているところがウケる要因かもしれないな。
(同じく、作者あとがきで、氏の奥様が『・・・あなたの処女作や初期の作品、あなたが死んだ後で、きっと評価される日が来ると思う・・・』と言ってたとあるが、奥様慧眼です!)

No.890 8点 野獣死すべし- ニコラス・ブレイク 2013/06/21 21:30
1938年発表の作者を代表する長編作品。
「野獣死すべし」といえば、個人的には、松田優作主演で映画化もされた大藪春彦の代表作という感覚だったのだが、もちろんこちらの方もミステリーの世界では押しも押されぬ名作。

~推理小説家のフィリクス・レインは、最愛の息子マーティンを自動車の轢き逃げ事故で喪った。警察の必死の捜査にもかかわらず、その車の行方は知れず、半年が虚しく過ぎた。このうえは、何としても独力で犯人を探し出さなくてはならない。フィリクスは見えざる犯人に復讐を誓った。優れた心理描写と殺人の鋭い内面研究によって屈指の名作と評される、英国の桂冠詩人C.Dルイスが別名義で発表した本格傑作!~

出版された年代を勘案すれば、特筆すべき出来だろう。
ちょっと(というか結構)驚かされた。

序盤は倒叙形式そのもので、愛する息子の復讐を誓う主人公(フィリクス)が、野獣たる真犯人を探し出し葬り去るまでの苦悩と冒険が、読み手のない「手紙」という形式で描かれる。
ラストには、ついに成就するかに思えた渾身の殺人計画が不発に終わるところで次章へという展開。
探偵役のナイジェル・ストレンジウェイズの登場に至り、ストーリーは大きな転機を迎えることになる。

もちろん、数多のミステリーに親しんだ現代の読者であれば、この「手紙」という代物に作者の欺瞞が詰め込まれているということは分かるだろう。
本作についても例外ではなく、作者の精緻な技巧が惜しげもなく投入されている。
まぁ、真犯人についてはほぼ予想どおりという結果なのだが、ここまで複雑なプロットをきれいにはめ込んで収束させる作者の「腕」に敬意を評したい。

果たして本作がこの手のプロットの先駆的作品なのかどうかは定かでないが、他の黄金期の作者&名作に勝るとも劣らない秀作なのは間違いない。
(法月綸太郎の「頼子のために」が本作のオマージュなのはよく知られてるようだけど、「頼子」はここからもうひと捻りしているわけだな・・・納得)

No.889 8点 張込み- 松本清張 2013/06/21 21:28
888番目の書評に続き松本清張である。
ただし、今回は短編集。新潮社が編んだ清張最初期の“推理小説”作品集が本作。

①「張込み」=これが清張の推理小説の「出発点」となる作品とのこと。殺人事件を起こした犯人の元恋人に張込むことになる一刑事の姿をリアリスティックに描いたのが本編。ミステリー的ガジェットは何もないのだが、何ともいえない味わいがある。
②「顔」=これも何とも言えない秀作。過去に犯した殺人、そして被害者と一緒にいるところを見られた一人の男の行方を常に気にしていた主人公。その主人公が映画俳優として成功の道を歩もうとした刹那、自分の「顔」が知られてしまう危険に主人公はどうする?
③「声」=「顔」の次は「声」だ。ある企業の電話交換手(こんな職業があったんだよねぇ)をしていた主人公。過去、とある事件の際、偶然に聞いた「声」を再び聞いたとき事件が起こる・・・。ひとりの刑事が粘り強くアリバイ崩しに挑むプロットは、まさに「点と線」に通じる。これも秀作。
④「地方紙を買う女」=東京在住の女性がわざわざ地方新聞を定期購読する理由は? 不審を抱いた作家が単独捜査を進めるうち、女性の奸計が明らかになる・・・。
⑤「鬼畜」=これはまさにタイトルどおり。「鬼畜」以外の何者でもない二人の人間と、彼らが「鬼畜」となるまでの過程を描いた作品。戦前戦後の貧しい日本の姿がここにある、ということなのだが、それ以上に人間の醜さをここまで描ききる作者の熱意に圧倒される。
⑥「一年半待て」=これはやっぱり「最後の一行」に尽きる。ひとつの殺人事件に一定の解決を示したあと、読者に対して見事な肘鉄を食らわせる! このドンデン返しはまさにミステリーそのもの。
⑦「投影」=これは「社会派」というフレーズを感じさせる作品。一地方都市を舞台に、市政の裏に暗躍するフィクサーと官吏の癒着、そしてそれに挑む主人公たちという構図。殺人事件についてはトリックらしきものが解き明かされるが、これはまぁ“おまけ”だな。
⑧「カルネアデスの舟板」=これも「人間のズルさ、醜さ」がえぐるように書かれた作品。自分の成功だけのために、あらゆる奸計を操る男。そして、そのために自身が不幸になる皮肉・・・。人間って勝手だよねぇ・・・。

以上8編。
いやぁー、短編もさすがだねぇ。一編ごと噛み締めるように読んでしまった。
先にも触れたが、別にミステリー的な仕掛けやプロットに溢れているわけではない。目を見張るトリックがあるわけではない。
そこにあるのは、ひたすら「リアリズム」の世界なのだ。
嫉妬や愛憎、エゴや妙なプライド・優越感などなど、とにかく人間の本懐というか「醜さ」が目の前にさらけ出される。
そして、昭和20年代から30年代という時代背景も、この作品世界に実に深みを与えているのだ。

今更なんだけど、作家としての清張のすごさに圧倒される・・・それが偽らざる感想。
(②③が白眉かな。⑥や⑧も胸にグッとくる。他もまずまず。)

No.888 7点 点と線- 松本清張 2013/06/15 16:13
ゾロ目888冊目の書評に到達。(ついにここまできたか・・・)
今回は、昭和33年に発表された国内社会派ミステリーの御大・松本清張の超有名作をチョイスした。
しかし、これが何と清張作品の初読なのである・・・

~九州・博多付近の海岸で発生した一見完璧に近い動機付けを持つ心中事件の裏にひそむ恐るべき奸計。汚職事件に絡んだ複雑な背景と、殺害時刻に容疑者は北海道にいたという鉄壁のアリバイの前に立ちすくむ捜査陣・・・。列車時刻表を駆使したリアリスティックな状況設定により、推理小説界に“社会派ミステリー”の新風を吹き込み、空前の推理小説ブームを巻き起こした秀作~

やはり「格が違う!」
そんな印象が強く残った。
冒頭に書いたとおり、実は今まで清張作品を「読んだ」ことがなかったのだ。(特別避けていたわけではないのだが、何となく食指が動かなかった・・・)
もちろん、代表作はテレビ等で幾度となくドラマ化されていて、本作についても粗筋やトリックの要諦は頭に入っていたのだが、
でも、そんなのは関係なし。

本作を有名作たらしめた最大の要素は『空白の四分間』という奴だろう。
これは実に見事なプロット。
これが真犯人の奸計の中心であり、アリバイトリックの焦点でもあり、終盤は事件の構図自体を鮮やかに浮かび上がらせる場面(シーン)にもなっている。
探偵役を務める三原刑事は、まさにフレンチ警部ばり。
九州から北海道まで、とにかく自分の足を運び、犯人の築く高いアリバイの壁に何度も阻まれながら、最後には真相に行き着く。

本作は、汚職事件が絡んでいるとはいえ、「社会派」的な要素は薄く、純粋にミステリーとして楽しめる作品。
アリバイトリックのレベル自体は、ほぼ同時代に出された「黒いトランク」ほどではないが、まぁ十分に合格点だろう。
やはり、大作家・松本清張を知る上では欠かせない一作と言える。
(個人的に、この手の作品が好きということはあるが・・・)

No.887 5点 悪魔と警視庁- E・C・R・ロラック 2013/06/15 16:12
1938年発表のシリーズ長編。
ロンドン警視庁のマクドナルド主席警部が活躍する作者の代表作といってよい(らしい)。

~濃霧に包まれた休戦記念日の夜、帰庁途中のマクドナルド主席警部は女性がひったくりに合うのを目撃した。車を降りて犯人を追いかけバックを取り戻した警部は、警視庁に車を置き帰宅したが、翌朝、その車中から悪魔メフィストフェレスの扮装をした男の刺殺死体を発見する。捜査の結果、前夜開かれた仮装パーティーでメフィストフェレスに扮した者が数人いたことが判明する。魅力的な発端と次々に深まる謎、英国本格派ロラックの代表作~

うーん。正直それほど楽しめなかったなぁ。
なぜ楽しめなかったのか? 原因を追求してみよう。
序盤はなかなか素晴らしいのだ。
紹介文のとおり、悪魔の扮装をした死体を探偵役の警部自身が発見するという劇的な発端。
調査するほどに判明する関係者たちの複雑な人間関係など、
古き良き本格ミステリーの王道をいくような作品なのだろうと期待した。

しかし、中盤以降がいけない。
マクドナルド警部の地道な捜査過程が描かれるのだが、事件の構図がはっきりしてくるというよりは、何が書きたいのか正直よく分からないまま混迷していく・・・ような感覚に陥った。
そして、突如判明する真犯人と真相。

要は「慣れ」の問題なのかもしれないし、訳の問題なのかもしれないし、読んでるときの体調の問題なのかもしれない。
ただ、本格ミステリーとしての謎解きの面白さは感じられなかった。
(これは多分にプロットの巧拙が原因に違いない・・・これが真因)

これでは「クリスティと肩を並べる」という惹句には首肯し難い。

No.886 6点 三度目ならばABC- 岡嶋二人 2013/06/15 16:10
上から読んでも下から読んでも「おださだお」の織田貞夫と、同じく「とさみさと」の土佐美郷の通称『山本山』コンビが活躍する作品集の第一弾。
初版は1984年発表だが、未収録作品を加えてめでたく増補版が発売されたとのことで、今回再読。

①「三度目ならばABC」=ライフルによる無差別の銃撃事件が発生。三件目でついに殺人事件へ発展することに。そこで美郷が思いついたのが、クリスティの名作「ABC殺人事件」。話中に登場するあるシーン(エピソード)がメイントリックに直結しているところがなかなかうまい。
②「電話だけが知っている」=アリバイトリックを主眼とするミステリーに頻繁に登場する道具・「電話」。もちろんこの時代だから、携帯やスマホではなく「黒電話」というところがミソ。軽い内容だが、なかなか練られた作品。
③「三人の夫を持つ亜矢子」=これも容疑者のアリバイ崩しがメインプロットとなる作品だが、②に比べるとかなり強引。トリックの鍵が○に関するメカニックな知識が必要なため(たいしたことではないけど)、個人的にはよく分からなかった。
④「七人の容疑者」=タイトルだけ聞くと、フーダニット系のかなり硬派な作品を予想してしまうが、プロットの本筋は作者お得意の「誘拐もの」。でも、この程度じゃやっぱり長編作品には無理だったんだろうな。
⑤「十番館の殺人」=このタイトルって、やはり「十角館の殺人」(by綾辻行人)を意識していたのだろうか(?) まぁでも、これが一番ミステリーっぽい稚気に溢れた面白い作品だろう。本編以外も、美郷の前フリ⇒貞夫の気付き&解決、というのが共通する流れなのだが、特に今回の前フリはよく効いてる。
⑥「プールの底の花一輪」=これもアリバイ崩しが主眼のミステリー。水死体とアリバイというと、あれこれトリックが思い浮かぶが、このトリックもかなり強引に思える(アレを回収するのは結構たいへんな筈)。
⑦「はい、チーズ!」=これが増補版で新たに加わった作品。タイトルどおり、写真が鍵となるのだが、作者としては珍しく見せ方がマズいためか、よく整理されてない印象が残った。

以上7編。
さすがに達者な方(方たち)だなという読後感。
⑤以外、目を見張るほどのトリックやサプライズは出てこないが、とにかく「山本山」の名コンビの会話をメインに展開されるため、リーダビリティは抜群。
読者としては流れに身を任していれば十分に楽しむことができる。
重たいサスペンス作品を読んだ後にでもいかがでしょうか。
(やはり⑤の出来が図抜けている。あとは①②がよい)

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