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E-BANKERさん
平均点: 6.00点 書評数: 1845件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1485 5点 向田理髪店- 奥田英朗 2018/12/10 22:07
『この町には将来性はないけど希望がある!?』『温かくて可笑しくてちょっぴり切ない』という帯が付された本作。
北海道にある架空の町“苫沢町”を舞台に起こる人間ドラマの数々。
2013年より「小説宝石」誌に断続的に発表された作品をまとめた連作短編集。

①「向田理髪店」=まずは本作の世界観を紹介する一作目。“苫沢町”が夕張市をモデルにしているのは自明だが、急速な過疎化と超高齢化に襲われている町の理髪店の跡を継ぎたいと息子から言われた父親は? かなり複雑。
②「祭りのあと」=年老いた父親は田舎、長男は東京在住。よくある、ありふれた話だけど、我々世代には決して無視できない大問題。“苫沢町”の人々はあれやこれやと世話を焼くのだ! これぞ田舎のいいところ(?)
③「中国からの花嫁」=結婚できずにいた中年男がめとったのは中国人の花嫁、というわけで話題に乏しい苫沢町の人々の格好の話題となる。まぁ女は強いけど、男は弱いねということに尽きる。いや、シャイなだけか・・・
④「小さなスナック」=都会から舞い戻り苫沢でスナックを開業した妙齢の女。そんな女性に50代の男たちは色めき立ち・・・というお話。やっぱ男っていくつになっても美人に弱いし、かわいいもんだね・・・そんな女、絶対ワケありなのにね。
⑤「赤い雪」=苫沢町を舞台にした映画の撮影が決まり、沸き立つ町の人々。経済効果やらエキストラでの出演やら、とにかく街中が大騒ぎになる。で、完成した映画を見た途端・・・ということなのだが、最後にはそれを皮肉るオチまで用意されている。
⑥「逃亡者」=優等生で鳴らした男が東京で犯罪に手を染め、警察に追われることに・・・。さぁ大変というわけなのだが、右往左往する中年たちを尻目にというか、意外に若者たちが活躍する・・・

以上6編。
やっぱり老成したよね・・・奥田英朗は。
少し前に読んだ作品(「我が家のヒミツ」)でも書いたけど、とにかく老成ぶりが目立つ。
旨いのは間違いない。それはもう保証する。大げさに言うと職人芸だし、まさに「帯」コメントどおり、読んだあとはほんわかと温かい気分になれる。

でも毒がなさすぎかなー。なんか、塩分超控えめ、薄味の中華料理を食べた気分。
ギトギトした料理はもう作らないということなのかな。それはそれで寂しいから、できればバランスよく、たまには強烈に辛いやつを出して欲しいなどと思ってしまう。
(すみません。まったくの非ミステリー作品です。でも好きなんです)

No.1484 6点 ヒッコリー・ロードの殺人- アガサ・クリスティー 2018/12/10 22:06
エルキュール・ポワロを探偵役とするシリーズとしては26作目に当たる作品。
(ポワロ物はだいぶ未読作品が少なくなってきたなぁー)
1955年の発表。

~外国人留学生が多く住むロンドンの学生寮で盗難騒動がつぎつぎと起き、靴の片方や電球など他愛のないものばかりが盗まれた。だが、寮を訪れたポワロは即刻警察を呼ぶべきだと主張する。そして、その直後、寮生のひとりが謎の死を遂げる。果たしてこれらの事件の裏には何が・・・。マザーグースを口ずさむポワロが名推理を披露する~

マザーグースは特段関係なかったな・・・
で、大ミステリー作家・クリスティ女史としては、本作程度の作品なら赤子の手を捻るほどに簡単にできたのではないか?
そう思わせる出来栄え。
別に酷いレベルというわけではないのだ。十分に旨いし、これを老練と言うのかもしれない。

紹介文のとおり、「不思議な盗難事件の裏側に隠された悪意」というのが本作を貫くプロット。
で、その悪意の隠し方が、もうさすがクリスティ。
何気なく書かれた物証や登場人物の台詞に伏線がふんだんに撒かれている・・・感じ。
中盤以降、伏線がつぎつぎに回収され、「悪意」が徐々に明らかになるやり方。
うん。やっぱり老練。その言葉がピッタリくる。

でもやっぱり他の方と同様、高い評価はできない。
登場人物が多すぎてごちゃごちゃしてるとか、終盤の盛り上がりが足りないとか、ポワロが軽すぎるとか、細かい点ももちろんあるんだけど、それ以上に作品の熱量の少なさがなぁ・・・
これがどうしても「小手先感」を出してて、イマイチ読む方も盛り上がらない結果になっているのだろう。
(ラストのサプライズも唐突で??だし・・・彼女と彼女が・・・関係ってね)
楽しめるか楽しめないかと問われれば、「楽しめる」と答えられる出来ではあるけど、評価はこんなもんかな。

No.1483 7点 崖の館- 佐々木丸美 2018/11/27 09:35
「雪の断章」と並び作者の代表作といってもよい長編。
後に続く<館三部作>(そんなのがあったのね!)の初っ端であり、唯一(?)の本格ミステリー作品。
1977年の発表。

~財産家の叔母が住まう「崖の館」を訪れた高校生の涼子と従兄弟たち。ここで二年前、叔母の愛娘・千波は命を落とした。着いた当日から、絵の消失、密室間の人間移動など、館では奇怪な事件が続発する。家族同然の人たちのなかに犯人が? 千波の死も同じ人間がもたらしたのか? 雪に閉ざされた館で各々推理を巡らせるが、ついに悪意の手は新たな犠牲者に伸びる・・・~

本作を手に取るきっかけとなったのは、三上延のビブリア古書堂シリーズの最新作(短篇集)。そこで氏の「雪の断章」が紹介されており、じゃあついでに「雪の断章」読むか・・・と思っていたが、かなりファンタジックっぽい感じなので、先に本作を選択した次第。
他の方の書評によれば、作者の作品群では最も本格テイストとのことなのだが、
う~ん。独特の世界観だな・・・

「雪に閉ざされ隔絶された館」「一見仲が良いが、不穏な関係性を見せる従兄弟たち」「過去の見えない叔母」「密室での怪事件」・・・etc
道具立てはまさに本作発表の少し後から隆盛を極めた新本格の諸作品を思わせる。
しかし、似て非なるもの。
ラストには一応トリックめいたものが探偵役により看破され、真犯人の異様な動機も明らかになるし、そこに何がしかのカタルシスはある。
従兄弟たちの最年少である主人公・涼子の一人称で進む筆致。「章」立ては一切なく、どこに作者の仕掛けが施されているのか判然としないまま、読者は「神の視点」で読み進めることとなる。
実に心が不穏になるのだ。

文庫版解説者の若竹七海氏も本作に対して「どう評価していいか分からない」と書かれているが、まさにそういう感じ。
本格ミステリーとしてのパーツや細部を取り上げようとすると、何とも評価に困ることになる。
作品世界を楽しめるかどうか、この世界観が合うかどうかにかかっている・・・のかな?
私はというと・・・合ってない。合ってないんだけど、この魅力には抗し難い、っていうところか。

No.1482 6点 ビブリア古書堂の事件手帖~扉子と不思議な客人たち~- 三上延 2018/11/27 09:34
大ヒットビブリオミステリーとなった「ビブリア古書堂」シリーズ。
前作の⑦「~栞子さんと果てない舞台」から六、七年後が舞台となる本作。
栞子さんと五浦は結婚して、その娘もすでに六歳となって・・・(何とも羨ましい話です)

①「北原白秋、与田準一編『からたちの花 北原白秋童謡集』」=何巻目かに登場した男・坂口昌志のその後をめぐる物語。タイトルにわざわざ「与田準一編」とあるのは当然理由があるからで、「版」の違いがこの物語の謎を解く鍵となっている・・・なんて実にビブリオミステリーらしい一編。
②「俺と母さんと思い出の本」=実際の本のタイトルじゃないのは、依頼者も本のタイトルが分からないため。しかも「ファミ通」や「マル勝PCエンジン」なんて往年のゲーム雑誌まで稀覯本として登場する。確かにFF5は名作だったからねぇ・・・
③「佐々木丸美『雪の断章』」=残念ながら「雪の断章」は未読(読もうかどうしようか迷った経験はあるんだけど)。今回も何巻目かに登場した男・志田と彼を慕う美少女・小菅のその後をめぐる物語。今回も「版」の違いが最終的に謎を解く鍵となっている。やっぱり読もうかな「雪の断章」・・・
④「内田百聞『王様の背中』」=これはなかなか面白そうな作品だね(「王様の背中」のこと)。パート⑦で栞子に打ちのめされた男・吉原の息子が意趣返しをしようとするが・・・。それにしても。栞子の娘・扉子恐るべし!

以上4編。
いやいや、シリーズファンにとっては実にうれしい続編。
しかもふたりはちゃんと結婚していて、かわいい娘まで生まれて・・・ていう設定。
もうそれだけでも満足、満足。ということで終了。

えっ?それだけ?というわけでもありませんが、今回も別にレベル落ちした感じはありません。
相変わらず一冊の本をめぐって、登場人物たちはさまざまなドラマを見せてくれます。
どんな謎も、それが本にまつわるものであれば、栞子さんが必ず解決してくれます。
もう安定感十分。
今後は娘・扉子の成長も実に楽しみになってきた。
(もう完全に親目線・・・)

No.1481 6点 煙に消えた男- マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー 2018/11/27 09:32
処女作「ロセアンナ」につづき、マルティン・ベックを探偵役とするシリーズ第二弾。
スウェーデンの首都ストックホルム警察が舞台となる警察小説の金字塔的シリーズなのだが、今回の主な舞台はハンガリーの首都ブタペスト・・・
1966年の発表。

~夏休みに入った刑事マルティン・ベックにかかってきた一本の電話。「これは君にしかできない仕事だ」。上司の命令で外務大臣側近に接触したベックは、ブタペストで消息を絶った男の捜索依頼を受ける。かつて防諜活動機関の調査対象となったスウェーデン人ジャーナリスト。手掛かりのないなか、「鉄のカーテンの向こう側」を訪れたベックの前に、現地警察を名乗る男が現れる・・・~

ブタペスト・・・
確かに美しい街である。大河ドナウが街中をゆったりと流れ、北側の貴族が住む街・ブダと南側の庶民が暮らす街・ペスト・・・
もう訪れたのは20年以上も前になるから、かなり変わってるんだろうなぁー
その頃はまだ冷戦のなごりが残っていた頃だから、ウィーン行きの列車に乗ってると、国境近くで乗車してきた国境検査官らしき女性に財布とパスポートをひったくられるように取り上げられたっけ・・・
いやいや、自分の思い出話はどうでもいい。

ということで本題なのだが、今回はこのブタペストの街が実にいい味を出しているのである。
主役=マルティン・ベック、脇役=ブタペストの街と人々、って言ってもいいくらいだ。
で、プロットの軸は「人探し」となる。
ベックの捜査もむなしく煙のように消え失せた男は、ハンガリーに潜伏しているのか、国外に逃亡しているのか、はたまたすでに殺害されているのか、全く判然としない状況が続く。
慣れない東欧の街で苦戦するベックに助け舟を出すのが、ハンガリー警察のスルカ少佐。こいつがなかなかいい味出してる。

舞台がスウェーデンに戻ってから事件は急展開するんだけど、最後はちょっとバタバタ気味で終了してしまった。
こんな結末だったら、夏休みを返上させられたベックもかわいそう・・・って感じだ。
ベックと同僚とのやり取りもなかなか面白いし、さすがに堅実で安定感のある作品。
こんな評価に落ち着く。
(ベック以外のスウェーデン人の名前が実に覚えにくい・・・)

No.1480 7点 私情対談- 藤崎翔 2018/11/13 21:30
「神様の裏の顔」で横溝正史ミステリー大賞を受賞した作者が贈る二作目がコレ。
単行本では「私情対談」のタイトルで発表されていたが、文庫化に当たってなぜか「殺意の対談」へタイトル変更。
今回、加筆修正された「殺意の対談」にて読了。単行本は2015年の発表。
ほぼ全編に当たり『雑誌の対談記事+対談中の登場人物たちの心の声』にて構成された連作形式の作品。

①「『月刊エンタメブーム』9月号」=一見して単なる物語の“導入部”と思いきや、後でそうではなかったと思い知る・・・(ネタバレっぽいが)。殺害状況が割とエグイので注意。ミ○サーでなんて!
②「『SPORTY』ゴールデンウィーク特大号」=同じJリーグのチームでライバル同士のFW2人の対談。ベテランと若手のすれ違いやら考え方の違いなんてよくある話なんだけど・・・オチがなかなか強烈。
③「『月刊ヒットメーカー』10月号」=女1・男2の3人組人気バンドの対談。で、この女1がかなりの食わせ物なわけで、オジサンの想像の遥か上をいく暴挙! これって○股なの? さらに最後は・・・
④「『テレビマニア』9月10日~9月23日号』=本作のある意味分岐点となる一編なのだが、最初はまさかそんな感じになるなんて想像もつかなかった。超女好きのイケメン俳優に駆け出しの若手女優が食い物にされるはずが・・・これは③以上の展開。
⑤「『週刊スクープジャーナル』11月23日号掲載予定原稿」=この“掲載予定原稿”というのがミソ。
⑥「4月18日『メディアミックス・スペシャル対談』」=最後は雑誌ではなく生放送のインターネットTVが舞台。①~⑤までが大いなる前フリだったことが明らかになる。明らかになるのだが、あまりに振り幅が大きすぎて頭がクラクラしてくる。
⑦「エピローグ『実話真相』6月20日号」=トドメのオチ。

以上7編、というか7つのパート。
いやいや・・・なかなかの怪作。
好き嫌いがはっきり分かれそうだが、個人的にはよく考えたなぁーという感想。
(元お笑い芸人ということからすると、アンジャッシュやしずるのネタが発想のきっかけではないかと推察するのだがどうか?)

もちろん無理矢理感は満載だし、リアリティは皆無だし、これなら何でもありだろと思われるのも当然。
でも何だか無視できないパワーと勢いは感じた次第。
オリジナリティや読者を驚かせたいという意気込みは伝わってきた。
「あり」か「なし」かで言うなら、大きな声で「あり」と言いたい。

No.1479 6点 鍵の掛かった男- 有栖川有栖 2018/11/13 21:29
安定感で言うなら比類なきレベルになった感のある“火村・アリス”シリーズ。
今回は大の地元とも言うべき「大阪・中之島」を舞台に、ひとりの謎の男の生涯にスポットライトを当てる大長編作品。
2015年の発表。

~中之島のホテルで梨田稔(69)が死んだ。警察は自殺と判定。だが、同ホテルが定宿の大作家・影浦浪子は疑問を持った。彼はスイートに五年間住み、周囲にも愛され二億円の預金があった。影浦は死の謎の解明を推理作家の有栖川有栖と友人の火村英生に依頼。だが調査は難航。彼の人生は闇で鍵のかかった状態だった。梨田とは誰か? 他殺なら犯人は? 驚愕の悲劇的結末~

皆さんも思ったのではないか? 「長すぎる!!」と・・・
まぁそれはさておき、本作では前半から中盤過ぎまで、多忙な火村に代わり、アリスが単身舞台となる銀星ホテルへ乗り込み、関係者への事情聴取やら梨田の故郷への捜査やら、いわゆる「探偵役」を務めている。
最初、これって島田荘司の御手洗シリーズでいうところの「龍臥亭事件」を意識してるのか?って感じてた。
「龍臥亭-」も冴えない中年男・石岡覚醒の物語だし、ついにアリスも探偵として昇華するのか・・・なんてね。

物語は川の流れのように緩やかに進んでいく。
火村でなくアリスの捜査行なんだから緩やかなのも仕方ないんだけど、これは作者の狙いなんだろうね。
梨田という人物が纏った謎をという衣をひとつひとつ剥がしていくという感覚。
それにはスピード感のある展開よりは、丁寧かつ重厚な物語の方が適しているということなのだろう。
真の探偵役である火村の登場以降はスピードアップ、急転直下で謎のすべてが解き明かされることになる。
新たな命の誕生というハッピーエンドでの締めくくりといい、作者のストーリーテラー振りもレベルアップした印象。

と、ここまで好意的に書いてきたが、これは表向きの感想。
裏の感想(?)はというと、以前から感じているとおり、本シリーズとは相性が良くない。
これまでこのシリーズで本当に面白かったと感じた作品はないし、本作読了後もこの評価は変わらなかった。
特に欠点はない(と思う)。ただワクワクするところがない。
多少のアラはあってもいい、もう少し読者を強引に振り回してくれる「何か」を期待してしまう。
本作でも、梨田の半生なんて、ここまでもったいぶるならもう少しブッ飛んだものでも良かったのにね・・・
(中之島に関する薀蓄は非常に面白く読ませてもらった。本作って絶対映画向きだよね)

No.1478 5点 洞窟の骨- アーロン・エルキンズ 2018/11/13 21:27
もはや定番である「スケルトン探偵シリーズ」。
本作は2000年発表のシリーズ第九作目に当たる。
今回もギデオン・オリヴァーとジュリー夫妻の行く先に事件が・・・という展開(定番だ!)

~旧石器時代の遺跡の洞窟から人骨が発見された。調査に協力したギデオンの鑑定により、事態は急転した。人骨は旧石器時代のものではなく、死後数年しかたっていなかったのだ。ギデオンは以前に先史文化研究所で捏造事件が起きたとき、行方不明者が出た事実をつかむが・・・複雑に絡み合う人類学上の謎と殺人の真相にスケルトン探偵が挑む~

今回の舞台は南仏。
アメリカ版トラベルミステリー的な側面もある本シリーズだけに、今回も風光明媚(?)な南仏の観光案内も兼ねている。(ついでにうまそうな料理も・・・)
そして事件の背景に見え隠れするのが、「ネアンデルタール人」についての論争。
ネアンデルタール人かぁー・・・久しぶりに聞いたな
因みにウィキペディアによると、現在の学説ではネアンデルタール人はホモサピエンスとは別系統とみなされているとのこと。

それはさておき、今回はあまり「骨」が登場しない。
通常なら、終盤すぎの一番佳境に入るころ、ギデオンが骨の鑑定から新事実を発見⇒真犯人解明!
となるのだが、今回は骨ではなく「解剖」なのが若干目新しいところ。

プロットとしては実に隙がない。怪しげな真犯人候補たち、いかにもなダミー犯人役、連続殺人事件etc こういう複雑なプロットを実にうまい具合に処理してくれるのが作者の手腕。
でも隙がないのが欠点だな。
悪く言えば予定調和だし、いかにもな真犯人ということ。
まぁそれもシリーズものの宿命というやつで、シリーズファンにとってはこういうことが「よっ! 待ってました!」という感想につながるのかもしれない。
私個人としては・・・微妙。でも安心して楽しめるよ。

No.1477 7点 図書館の殺人- 青崎有吾 2018/10/27 11:50
「体育館」「水族館」に続く、裏染天馬シリーズの長編三作目は『図書館』ということで・・・
今回も“平成のエラリー・クイーン”の仕掛けるロジックは炸裂するのか?
2016年の発表。

~9月の朝、風ケ丘図書館の開架エリアで死体が発見された。被害者は館内に忍び込み、山田風太郎の「人間臨終図鑑」で何者かに撲殺されたらしい。現場にはなんと二つの奇妙なダイイングメッセージが残されていた。警察に呼び出された裏染天馬は独自の調査を進め、一冊の本と一人の少女の存在に辿り着く。ロジカルな推理と巧みなプロットで読者を魅了するシリーズ第四弾~

全体としては、他の皆さんの書かれているとおり、実に好ましい、好きなタイプの作品。
「体育館」「水族館」でも味わえた、真犯人たる条件がロジカルに提出され、裏染天馬の頭脳によって真犯人が炙り出される瞬間の刹那!
まさに本格ミステリーの面白さはここにあり!というところだろう。

細かく見ていくと、まずは肝心のフーダニット。
これは意外性で言うならかなりのレベル。例えて言うなら、「斜め上からの真相」とでもいうべきか・・・
犯行現場に残された数々の物証から“犯人たり得る条件”を提示するのはいつものとおりなのだが、どなたかがご指摘のとおりで、「ロジックのためのロジック」感はある。「鏡の件」や「カッターの件」も不自然と言われればそうかもしないし、他の解釈も可能だろう。
でも、まぁ十分許容範囲ではないか。正直、これだけの伏線をよく混ぜたなーという気にさせられた。

で、「ダイイングメッセージ」なのだが、これは・・・どうかな?
わざわざこれだけのボリュームを割いて書くほどのことでもなかったな・・・と感じていたのだが、最後の最後で「仕掛け」を出してくるとは・・・でも、あまりスマートな使い方ではなかったとは思うし、被害者がこれを残そうとした理由に今ひとつ納得はいかなかった。
「動機」に関しては・・・あえて触れないけど、納得感は相当薄いよね。

まぁでもスゴイ才能だと思う。
四作目になってシリーズキャラクターもだいぶこなれてきたというか、ますます魅力的になってきている。
天馬をめぐる恋の鞘当て的な話も今後どうなっていくか、など興味も尽きないところ。
いずれにせよ、回を追うごとにパワーアップしている感のあるシリーズも珍しいし、次作にも大いに期待したい。

No.1476 7点 東京奇譚集- 村上春樹 2018/10/27 11:49
『奇譚』=不思議な、あやしい、ありそうにない物語・・・ということである。
東京のどこかで起こったそういうお話を5編集めた作品集である。
2005年の発表。

①「偶然の旅人」=これは“ありそうにない”と言うより、“あってもおかしくない”お話である。冒頭、いきなり作者が登場して、作者がある人から聞いた話として語る何ともフワフワした、それでいて強い「芯」を感じさせるお話。さすがである。
②「ハナレイ・ベイ」=ハワイ・カウアイ島にあるサーファーのメッカ・“ハナレイ・ベイ”。ひとり息子をサメに奪われた女性がこの物語の主人公。息子の影を追うように毎年ハナレイ・ベイを訪れるうちに、ある不思議な出来事を耳にする・・・。映画化されるだけある、何とも心に染みる、それでいて絵画的な一編。さすがである。
③「どこであれそれが見つかりそうな場所で」=ラストの「不安神経症のお母さん」と「アイスピックみたいなヒールの靴を履いた奥さん」と「メリルリンチ」に囲まれた美しい三角形の世界に・・・でちょっと笑ってしまった。これはまさに「奇譚」だね・・・。さすがである。
④「日々移動する腎臓のかたちをした石」=うーん。男ってこんな女性に惹かれてしまうもんなんでしょうねぇ。まさに「謎」多き女性・・・。さすが・・・
⑤「品川猿」=この「猿」はなにかを象徴している存在なのか、はたまたそれほどの意味付けはしていないのか・・・気になる。でも、猿に自分の本性を暴かれる気持ちってどんなもん? 

以上5編。
実は今回が「村上春樹」の初読みである。
初読みが本作でいいのか?という強い疑問はさておき、やはり「さすが」である。
そのどれもが、読者の想像力をかき立てずにはおれない五つのお話。
結末がはっきりと示されていないだけに、主人公たちのその後が気になってしまう・・・まさに作者の術中にはまりまくりなのだ。

短編とはこう書くんだよといわんばかりの計算され尽くしたお話。
私がどうのこうのと評することがもはや筋違い。
秋の夜長、好きな飲み物を片手に、静かに作品世界に浸るのも良いのではないでしょうか?
(ベストは・・・うーーん、③か⑤で迷う)

No.1475 5点 矢の家- A・E・W・メイスン 2018/10/27 11:48
本業がミステリー作家とは言えない(らしい)メースン。
でも本作はいわゆる黄金期への橋渡しとして重要な作品であるという。いずれにしても必読ということなのだろうか?
1924年の発表。原題は“The House of the Arrow”(そのまんま)

~ハーロウ夫人の死は、養女ベティによる毒殺である・・・。夫人の義弟による警察への告発を受け、ロンドンからは法律事務所の若き弁護士が、パリからは名探偵アノーが、「事件」の起きたディジョンの地へ赴く。ベティとその友人アン。ふたりの可憐な女性が住む“矢の家”グルネル荘で繰り広げられる名探偵と真犯人の見えざる闘い。メースンの代表作~

うーん。
他の方も何だか煮え切らない書評を書かれているが、それも何となく分かる感じだ。
何だかモヤモヤしてるのだ。
何がモヤモヤしてるのか?と問われると答えにくいのだが、読み進めていて、ここがポイントだなという箇所がよく分からなかったと言えばいいのか・・・

フーダニットは他の方もご指摘のとおり、特に古典作品では「よくある手」なのだと思う。
いにしえの読者なら、「まさか!」と思ったのかもしれないが、昨今の読者にとっては何でもなく映ってしまう。
(もう少しダミーの容疑者を増やしてもいいのにな・・・)
でも、時代性を考えればよくできてる。
後出し部分もなくはないけど、出来るだけフェアに手掛かりを示しておこうという意思は感じる。
最後のノートルダム寺院のくだりも作者の作家としてのセンスを感じる。(物語のオチとして)

でも高い評価はやっぱり無理かなー
次世代に繋がる要素はいろいろと考え出したけど、それをうまい具合にまとめるまでは至らなかった、
そんな感じか。
そういう意味では、まさに“橋渡し”という言葉がピッタリ当て嵌る。

No.1474 5点 魔弾の射手- 高木彬光 2018/10/12 23:04
「刺青殺人事件」「能面殺人事件」「呪縛の家」に続いて発表された四作目の長編(神津恭介登場作としては三作目)。
ウェーヴァーの名作オペラと同名(検索するとこっちの方が圧倒的に引っ掛かる)なのは、あまり関連がなかったような・・・
1955年の発表。

~大胆不敵な犯罪予告とともに、歌劇の招待状が名探偵神津恭介のもとに届けられた。送り主は自らを悪魔の使者と呼ぶ「魔弾の射手」。そして、その言葉どおり舞台でカルメン公演中の水島真理子が「魔弾の射手」の一言を残し失神した。客席にその姿を見出したのだろうか。しかも、この事件を幕開けにして殺人事件が連続して起こっていった。血に飢えた殺人鬼・魔弾の射手とは何者か。その恐るべき魔手は遂に神津恭介のうえにまで及んできた・・・~

本作と冒頭に触れた三作品との比較では、本作が大きく劣後している・・・と言わざるを得ないだろうな。
“つかみ”は良かった。
名探偵への招待状、続いて起こる殺人事件。しかも「顔のない」、「指紋もない」死体。
後の名作「人形はなぜ殺される」を想起させるかのようなこのケレン味こそが作者の真骨頂と思わせたのだが・・・
そこからの展開が何とも焦れったいのだ。

神津恭介の右往左往は“人間味”ということで我慢するとして、結局「顔のない死体」の処理や「魔弾」の謎、「魔弾の射手」の正体のいずれもが想定内で中途半端という印象。
動機は戦時中の闇に起因して結構奥深いものなのに、薄っぺらく書かれてしまっているのがイタイ。

作者の故郷である青森の新聞「東奥日報」への連載作品というのが悪い方にでた感じ。
プロットは捻り出したものの、連載という形式に合わなかったのではないか。
まぁこの時期のミステリーだけに、乱歩風の通俗スリラーに寄せられるのは仕方ないし、本格ファンの心をくすぐる要素が十分詰まっていることは確か。

ということで評価としてはこの程度になってしまう。
これもハードルの高さ所以かもね。

No.1473 5点 紙片は告発する- D・M・ディヴァイン 2018/10/12 23:01
生涯に13作の長編を遺したディヴァイン九作目の作品。
1970年の発表。原題は“Illeagal Tender”(「不正入札」)

~周囲から軽んじられているタイピストのルースは、職場で拾った奇妙な紙片のことを警察に話すつもりだと、町政庁舎の同僚たちに漏らしてしまう。その夜、彼女は何者かに殺害された・・・。現在の町は、町長選出をめぐって揺れており、少なからぬ数の人間が秘密を抱えている。発覚を恐れ、口を封じたのは誰か? 地方都市で起きた殺人事件とその謎解き、作者真骨頂の犯人当て~

なるほど・・・世評が低いのも頷けるという感覚。
とにかく地味だし、町政をめぐる出世争いやら、主人公格の女性の不倫やら、脇筋のボリュームも結構多くて、読む方も途中でゲンナリ! そう思われるのも致し方ないかなという感じ。
作者が一番拘っているだろうフーダニットはまぁ及第点というところか。
怪しげな人物が多すぎて決め手に欠けるという状況のなか、まずまずのサプライズは味わえる。

巻末解説者の古山某氏が、『ディヴァインの手にかかると(不正入札や上司との不倫、出世争いなど)凡庸に思えた要素の組み合わせがしっかりとした人間ドラマに支えられ、驚きに満ちたミステリーに仕上げられる。スケールの小さい地味な話なのに、驚きに満ちた展開が大きな興奮をもたらす物語として楽しめる・・・』などと、中途半端なフォローをしてますが、まぁ言い得て妙かなとは思う。
丁寧なプロットというのは間違いないし、そこには確かにドラマがある。

職場で使えない年下の部下がいたり、素敵と思える人はみんな既婚者だったり、というのは昨今の働く女性にとっては「分かる分かる・・・」ということになるのだろう。
でも読んでる人の大半(?)は本格ファンのオッサンだしな・・・
他の方も書かれているとおり、もう少しミステリー的なギミックを大事にしてもらいたいと思ってしまう。

作者の作品は「兄の殺人者」や「五番目のコード」など、早くに翻訳されたもののクオリティが高かっただけに、どうしてもハードルが上がってしまう。それらと比べるとね・・・どうしても辛口になる。
残りの未訳作品も期待薄かな?

No.1472 4点 まもなく電車が出現します- 似鳥鶏 2018/10/12 23:00
探偵役は「伊神さん(男)」、ちょっと抜けてる主人公の「葉山(男)」、その葉山とコンビを組む「柳瀬さん(女)」。
この三人が中心人物となるシリーズの作品集。
いわゆる「学園ミステリー」という系統。2011年の発表。

①「まもなく電車が出現します」=部室として使ってる部屋に突如として出現したNゲージの謎。一応謎は解けるわけなのだが、声を大にして言いたい。「だから?」と・・・。どう考えても労苦の方が大きいだろ!
②「シチュー皿の底は並行宇宙に繋がるか?」=シチューの中に入れたはずのジャガイモが消えてしまったという非常に重大な謎がテーマ。アリバイもどきのトリックでロジカルに謎解きが成されるわけなのだが、声を大にして言いたい。「だから?」と・・・。どう考えても労苦の方が大きいだろ!
③「頭上の惨劇にご注意ください」=校庭を歩いていた葉山に落とされた植木鉢。でもその植木鉢は誰も落とせなかった・・・という謎。アリバイもどきのトリックでロジカルに謎解きが成されるわけなのだが、声を大にして言いたい。「だから?」と・・・。どう考えても労苦の方が大きいだろ!
④「嫁と竜のどちらをとるか?」=小品です。短いです。コンパクトです。「だから何?」です。
⑤「今日から彼氏」=葉山とある同級生との青臭いラブストーリーが描かれる前半から中盤。もしやこのままラブストーリー?と思いきや、「伊神さん」が登場し、まさかの展開が始まる。でもこれって相当回りくどいな。絶対労苦の方が多いはず。

以上5編。
タイトルに惹かれて何となく手にとった本作。
はっきり言うと手に取らなくても良かったなというひとこと。

「日常の謎」も決して嫌いな分野ではないのだが、あまりにもロジックのためのロジックっていう感じで、そのうえこのスケール感だとどうしても「イタさ」の方が強くなってしまう。
ということで、評価はこの程度。
(⑤はなぜモザンビークなんだろう?)

No.1471 6点 女が死んでいる- 貫井徳郎 2018/09/29 16:13
表題作は2015年の発表だが、主に1990年代に各誌に発表された作品を集めた作品集。
「ミハスの落日」以来、作者にとっても久々の短篇集。

①「女が死んでいる」=二日酔いの朝目覚めたら、何と女の死体が転がっていた!? っていう巻き込まれ型ミステリーによくある展開。で、この真相もなぁー、旨いとは思うが、拍子抜けもするという感じ。
②「殺意のかたち」=いわゆるダブル不倫なんかが流行っていたご時世の作品。「独白」のパートがうまい具合にミスリード誘っているけど、大方の読者は途中で察してしまう気が・・・
③「二重露出」=これは単純だけど旨いと思った。途中で「えっ?」と思う読者をあざ笑うかのように決まるオチが秀逸。タバコ屋の老婆が鍵を握っていると考えてたけど、そういう役割だったのね・・・
④「憎悪」=愛人契約を結んだ謎の男から「義理の息子に殺される!」と相談を受けた女。男の謎を探っていく女にも異変が・・・という展開。仕掛けそのものはワンアイデアなのだが、見せ方がさすが。
⑤「殺人は難しい」=「問題編」と「解答編」に分かれた、いわゆる推理クイズのような一編。で、トリックもクイズレベルのもの。
⑥「病んだ水」=身代金がわずか30万円という誘拐事件が発端となる作品。当然そこには作者の仕掛けが潜んでいるわけだが、なるほど・・・玄人受けしそうな作品。
⑦「母性という名の狂気」=これこそまさに「どんでん返し」が光る一編だろう。でも、これって伏線があったのかな? 読み直してみよう。
⑧「レッツゴー」=これは・・・ミステリーじゃないよね。まさかラブストーリー?って思いながら読み進めたけど、軽~い仕掛けのあるラブストーリーだろうな。

以上8編。
作品集未収録の短篇を集めましたという感じの作品集。
②~⑧は90年代から2000年代前半までに発表されたもので、何となく昭和っていうか古臭さを感じる作品が並んでいる。
それはあくまで悪く言えばということなので、普通に評価すれば、さすがに旨い作家だなという評価に落ち着く。

文庫版の帯には「必ずあなたも騙される-どんでん返し8連発」とは書かれているけど、それほどサプライズ感が高いわけではないので、そこらへんを期待しすぎない方がいいかもしれない。
(個人的には③⑦辺りがベスト。④や⑥もまずまず)

No.1470 5点 ミステリー・アリーナ- 深水黎一郎 2018/09/29 16:12
2015年に単行本として出版された長編。今回、文庫化に当たって読了。
作者らしい“企み”に満ちた作品(になっている)。

~嵐で孤立した館で起きた殺人事件! 国民的娯楽番組「推理闘技場(ミステリー・アリーナ)」に出演したミステリー読みのプロたちが、早いもの勝ちで謎解きに挑む。誰もが怪しく思える伏線に満ちた難題の答えはなんと十五通り! そして番組の裏でも不穏な動きが・・・。多重解決の究極にしてランキングを席巻した怒涛の傑作~

まぁ、作者らしいと言えばそうかもしれない。
短篇集「大癋見警部の事件簿」(2014)と同じようなベクトルで、ミステリーの「コード」を徹底的に揶揄することで、オリジナリティを出した作品という感じだ。
「多重解決」というと、「毒入りチョコレート事件」が当然のように引き合いに出されるけど、同作品の書評でも触れたとおり、所詮ミステリーの真相なんて作者の匙加減ひとつでどうにでもなるもの。
ただ、ここまで「匙加減」を弄ばれるとねぇ・・・

いくらそういうプロットなんですと言われても、やっぱりミステリー好きとしてはひとつの真相に向かって進んでいくというお約束のもとで楽しんでいるわけだし、これではもはや途中のやり取りなんで無意味に近い。(どうせ間違いなのだから・・・)
確かに、伏線はこれでもかというほど撒かれてるし、十五の道筋を用意すること自体、すごい技量なのだろうけど・・・

どうもねぇ・・・
本作を超バカ真面目に評価すると「読む価値なし」ということになってしまう。
私が堅すぎるのかねぇ・・・
作品全体の仕掛けについても見え見えだし、作者の遊びに付き合わされた感が強すぎる。

などと否定的な意見になってしまいましたが、作者のミステリー愛は十分に伝わってきたのも事実。
堅いこと言わずに、肩の力を抜いて、飛ばし読みしながら楽しむにはいいかもしれない。

No.1469 7点 ソウル・コレクター- ジェフリー・ディーヴァー 2018/09/29 16:11
リンカーン・ライムシリーズも迎えて八作目を数える本作。
文庫版巻末には、今は亡き児玉清氏と作者との対談までが特別収録されるなど、ファンには堪えられないサービス!
2008年の発表。

~リンカーン・ライムのいとこアーサーが殺人容疑で逮捕された。アーサーは一貫して無実を主張するが、犯行現場や自宅から多数の証拠が見つかり、有罪は確定的に見えた。だが、ライムは不審に思う・・・『証拠が揃いすぎている』。アーサーは濡れ衣を着せられたのでは? そう睨んだライムはサックスらとともに独自の調査を開始する~

ライムのいとこが殺人犯として逮捕されるという衝撃的&意外な幕開けとなった本作。
程なくそれが冤罪らしいことは判明するわけだが、ライムとアーサーの過去の因縁が語られるなど、“人間”リンカーン・ライムのエピソード・ゼロ的な部分が伺えるのが興味深い。

前作(「ウォッチ・メーカー」)の書評でシリーズ最強クラスの犯人と書いたのだが、今回の犯人役(未詳522号)も負けず劣らず、とにかく恐ろしい敵役となる。
なにしろ、ありとあらゆる「情報」に自在にアクセスし、思うがままに利用することができるのだから・・・
さすがのライムでさえも、未詳522号の反撃にタジタジとなる。(電力まで切られる自体に!)
現代社会でコレをやられたらひとたまりもないってことだな。
ひとりの登場人物のあらゆるデータが、文庫版下巻304頁から何と20頁も使って一覧にされているのだが、私たちが日頃何気なく使っているカード類やネット、各種金融データなどなどすべてが集約、管理されることの恐ろしさに愕然とするに違いない。

そして、もはやお決まりとなった感のあるアメリアのピンチシーン。
今回も未詳522号の襲撃の前に絶体絶命のピンチに! でもまさかアイツが助けにくるとは・・・想像もしなかった!
(助かるとは分かってるけど、結構ドキドキするもんなぁー。この辺り、男心をよく分かっていらっしゃる)

いずれにしても、最終的な感想をひとことで表現するなら「さすがの面白さ」「極上(に近い)エンターテイメント」ということ。
真犯人の正体は若干肩透かしではあったけど(それと、データを盗んだ方法がまさかそんな古典的とは!)、サイドストーリーもふんだんに盛り込まれて読み応え充分。
ここまでシリーズを重ねてきてこのクオリティとは恐れ入りました。

No.1468 7点 赤い博物館- 大山誠一郎 2018/09/11 21:16
~警視庁付属犯罪資料館、通称「赤い博物館」の館長・緋色冴子はコミュニケーション能力皆無だが、ずば抜けた推理力を持つ美女。そんな冴子の手足となって捜査を行うのは部下の寺田聡。過去の事件の遺留品や資料を元に難事件に挑む~
2015年に単行本として出版された本作が、地上波ドラマ化、改稿を経た文庫版にて読了。

①「パンの身代金」=グリコ・森永事件を彷彿させる企業恐喝事件。身代金を運んだ社長が入った廃屋から忽然として姿を消し、翌日全く別の場所で死体として発見された。真犯人はまさかの人物・・・なのだが、そこに至る過程というか動機もかなり特殊(悪く言えばこじつけ)。
②「復讐日記」=真犯人(と目された人物)が残した「手記」が問題となる本作。「手記」といえば、作者の仕掛けや欺瞞が間違いなく施されている、というわけで本作も例外ではない。プロットとしては既視感がきついし、フーダニットは想定内なんだけど、仕掛けそのものはなかなかよく出来ている。
③「死が共犯者を別つまで」=J.Dカー「死が二人をわかつまで」を想起させるタイトルの本作。テーマはずばり「交換殺人」。このテーマも数多のミステリー作家が挑んできたテーマなのだが、さすが作者は「そこ!」っていう部分を捻ってきている。伏線が巧妙に効いてるのもニクいけど、まぁ力技といえば力技だし無理矢理といえば無理矢理。でもよく出来てると思う。
④「炎」=これは“子供視点”がうまい具合に処理されているのがミソだろう。しかし、現実的に可能かといえばかなり懐疑的にならざるを得ない・・・(だって、一緒にお風呂に入ってるし、子供とはいえそこで気付くでしょう!)
⑤「死に至る問い」=他の方も書かれているとおり、かなりの問題作がコレ。もちろん「動機」である。動機を抜きにしても、真犯人特定に至るロジックはちょっと飛躍しすぎだろ。(①が飛躍レベル3としたら、これはレベル6くらいだ)

以上5編。
上記のとおりで、突っ込み所もかなり多い作品。
でもいいではないか! そこを変に「丸め」てしまうと、作者らしさがなくなってしまう。
文庫版の帯には「超ハイレベルで奇想天外」と書かれてるけど、いい意味でも悪い意味でも「奇想天外」な作風を貫いてもらいたい。

でもひとつ気になったのは「○れ○○り」がトリックのポイントになってる作品が多いこと。
何回も書いてるけど、人間の目ってそこまで節穴じゃないって!
そこは納得感が得られるだけの理由付けが欲しい。続編もありそうだね。
(個人的ベストは③かな。以下、②④①⑤の順)

No.1467 6点 大統領に知らせますか?- ジェフリー・アーチャー 2018/09/11 21:15
処女長編「百万ドルをとり返せ!」に続いて発表された第二長編作品。
作者といえば長編のポリティカル・スリラーor切れ味鋭い短篇集というイメージだが・・・
1978年の発表。

~1981年、ジミー・カーターの後を継いでエドワード・ケネディ上院議員が合衆国大統領に就任した。二年後、FBIワシントン支局は、大統領暗殺の情報を得て極秘捜査を開始するが、その直後、新米捜査官のマークは情報提供者と同僚二名を喪った。暗殺の日まであと一週間、捜査は一向に進展しなかった・・・~

米国大統領・・・
ちょうど最近、某新聞で現大統領を貶めようと暗躍する勢力とそれを何とかして排除しようとする現大統領の記事を読んだけど、現実の世界ではそれこそ魑魅魍魎が跋扈する世界なんだろうねぇーいや怖い怖い

ということで、実は本作「旧版」と「新版」があることを全く知らず、今回手にとったのは「旧版」の方。
もちろん主なプロットは同じなので、どちらを読んでも差し支えないんだろうけど、こういうケースも珍しいような気がする。
本作がF.フォーサイスの「ジャッカルの日」を意識して執筆されたことが巻末解説で触れられているけど、確かにプロットの方向性は似ている。(どちらも大統領暗殺の話だしね)

ただ、本作の場合、雰囲気がかなり緩い。
いきなりFBIの捜査官二名を含む四名が惨殺されるという衝撃的な前半だったのに、中盤以降、なぜかFBIの長官も大統領が暗殺されようとしている割にはのんびりしていて、読んでて「こんなんでいいんかい?」と思ってしまうほど。
主役となるマークのラブストーリーが脇筋で結構なボリュームで書かれてるのもなぁー、なんか緊張感に欠ける気がしてしまう。
もちろん、ストーリーテラーとしての作者の腕前は確かだし、面白いことは面白いんだけど、まだ二作目だけあってアラも目立つ感じだ。

というわけで、作者の作品としてはやや下位という評価。
もしかしたら、「新版」の方はそこら辺が改善されているのかも・・・(だったら選択を間違えたな)

No.1466 5点 侵入者 自称小説家- 折原一 2018/09/11 21:13
かれこれ二十年以上続いている「○○者」シリーズ。
実際にあった事件を元にしている本シリーズだが、今回はあの超有名未解決事件「世田谷一家殺人事件」がモチーフ。
2014年の発表。

~クリスマスの朝、発見された一家四人の惨殺死体。迷宮入りが囁かれるなか、遺族は“自称小説家”の塚田慎也に調査を依頼する。彼が書いた同じく未解決の資産家夫婦殺人事件のルポを読んだという遺族。ふたつの事件の奇妙な共通点が浮かび上がり、塚田は「真相」に近づくため、遺族を出演者とした再現劇の脚本を書き始めるのだが・・・~

う~ん。
「これは随分とっちらかってるなぁー」って思いながら読んでいた。
最近の作者の作品にまま見られるんだけど、登場人物たちが作品のなかで自分勝手に動き出して、それを作者も黙認しているとでも表現すればいいのか・・・
作者も妄想してるし、登場人物も妄想してるしで、こうなると読者は「一体、今って地の文なのか、妄想世界なのか、どっち?」って、ふわふわしてしまうのだ。

ちょっと前までの作品なら、それでもラストが近づくとそれなりに現実感のある解決に向かっていたのだが、本作はただ曖昧なままラストを迎えることになる。
こうなると、もはや「これはなに?」っていう感覚だ。
(「ピエロ」も「百舌の早贄」も引っ張りすぎ!)

現実の事件をベースにルポライターが事件を追いながら、徐々に現実と虚構の境目を捻じ曲げていく・・・という本シリーズの基本プロットももうそろそろ限界ということか。
よく読めば、今までの作品のプロットの寄せ集めということもできるし。
(「再現劇」も過去にあったしなぁ)
まぁとにかく駄作ということだ。
せっかく「世田谷一家殺人事件」という破格の大物を出してきたんだから、もうちょっとやりようがあったのではないか?
それでもファンとしては、出ればまた手に取るんだろうね・・・

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