海外/国内ミステリ小説の投稿型書評サイト
皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止 していません。ご注意を!

メルカトルさん
平均点: 6.04点 書評数: 1901件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.761 6点 動く家の殺人- 歌野晶午 2017/07/27 22:06
【ネタバレ  未読の方は要注意】

デビュー作『長い家の殺人』が個人的にどうもイマイチでしたので、あまり期待していませんでしたが、比較するとかなり読みやすく垢抜けた感じがします。
いきなりの名探偵信濃譲二が殺されたという記述には、一瞬えっと思いましたが、勿論眉唾ものです。信濃の免許証を盗んだなりすましのことです。ですから、突き詰めればアンフェアと言えるのではないかと思います。まあしかし、読者を引き付ける意味では成功しているでしょうね。
『動く家』というタイトルですが、まず家ではありません、劇場です。しかも劇場には何の仕掛けもしてありません。一応ダミーのトリックは存在しますが。そのダミーに見事に騙されたうちの一人は私です。
最後に本物の信濃譲二が登場して謎解きをしますが、大麻所持の罪で逮捕されます。なるほど、だからシリーズ最終作というわけですね。名探偵をネタにした作品は他にもありますが、本作はどちらかというと小ネタの一つ的な扱いのような気がしました。

No.760 6点 十字架- 重松清 2017/07/25 22:46
吉川英治文学賞受賞作。
1989年9月4日、あいつが死んだ。中学2年の二学期が始まった直後だった。遺書には僕、真田裕のことを「親友になってくれてありがとう。ユウちゃんの幸せな人生を祈っています」とあった。親友でもないのに。
同じ学年の中川小百合にも「迷惑をおかけして、ごめんなさい。お誕生日おめでとうございます。幸せになってください」と。何ら関係のなかったはずなのに。
いじめのせいで自殺したのは明らかだったけれど、僕と中川さんは重い十字架を背負わされた・・・。
というわけで、いじめた人間ではなく、いじめを見て見ぬふりをした同級生に主眼を置いた点で目新しさがあるのかもしれません。テーマがテーマだけに落涙ポイントは随所に見られますが、盛り上がりに欠けるというか、かなり地味です。ですが、二人の中学生の心理状態を、克明に描き切ることにより問題提起をしているのは間違いないでしょう。
ただ、自殺した藤井俊介の父親は自分を責めずに、真田や中川ばかり責めるのはどうなのかという気がします。また母親は二人に同情しており、それぞれの立場に置ける人間模様が浮き彫りになります。
辛い経験をした二人の中学生の微妙な立ち位置、どんな想いで大人になっていくのかなどが一つの読みどころになっていきます。いじめ問題そのものよりも、自殺した後に残された者たちの悲しみ、生きるための拠り所などを丁寧に描いた佳作と言えると思います。

No.759 7点 きみの友だち- 重松清 2017/07/21 22:28
交通事故で一生松葉杖を手放せない身体になってしまった恵美ちゃんと、生まれつき腎臓が悪く、学校を休みがちな由香ちゃん。二人はある事件を境にクラスの誰とも付き合わない無二の親友になる。彼女らを中心に周りの関係者一人ひとりにスポットを当てて、描かれる青春群像劇。というか、連作短編集或いは連作長編。
目が痛いです。泣きすぎて。特に『花いちもんめ』はいけません、恵美ちゃんと由香ちゃんの友情と最後の別れ。これを涙なくして読める人がいるのでしょうか。いや、絶対いませんよ。
時系列がバラバラですが、人間関係が分かりやすいので混乱することはありません。
例えば中学校のサッカー部の3年生で、だけどサッカーが下手で補欠、女の子にも縁がなくてバレンタインのチョコレートを貰ったこともない。そんな冴えない男子を主役にして切ない短編を淡々と描いてしまう、作者の力量は相当なものがあると思います。私はこの作家は初ですが、これまで読んでこなかったことを恥じるくらいの素晴らしい作家なのかもしれません。
最終話以外、主人公のことを「きみ」と呼んでおり、では果たして誰がそう呼んでいるのかが、この作品に仕掛けられた最大の謎です。その点だけはミステリっぽいと思うのですが、その謎は最終話で明らかになります。蛇足と言う人もいますが、決してそんなことはない、ほのぼのとした味のある締めくくりだと思います。

No.758 5点 蜃の楼- 和智正喜 2017/07/18 22:15
タイトルは『しんのたかどの』と読みます。蜃とは蜃気楼のことで、古書によると大蛤とも龍とも言われています。
物語は簡単にまとめると、連続神隠し事件が起こる昭和二十七年、時空が歪み真か幻か一応主役の関口が時をかけるというもの。霞が関ビル、国立霞ヶ丘競技場、サンシャイン60、スカイツリーなど、時空を超えて関口の前にそれらの建築物が現れます。
やりたいことは解らないでもないですが、正直訳が分からない部分も多々あります。神隠し事件など全くもって説明されません。この「奇書」の前ではそんなもの些事だと言わんばかりに。これはどうなんでしょうか。
所詮パスティシュなので、京極堂はただの解説役。榎木津は珍しく調査らしきことをしようとしてコケます。木場は一応刑事らしき行いをしますが、あまり目立ちません。鳥口も敦子も出てきますが、まあなんと言うか、やはりまがい物感は拭えませんね。
どうしても本家が書かないと締まりがないです。それらしい雰囲気を出そうという努力の跡は見られますが、本物とは程遠いとしか言えません。

No.757 7点 妖婦の宿- 高木彬光 2017/07/17 22:30
何と言っても表題作に尽きますね。他の方の書評でも分かるように、すこぶる評価が高いのが読めば納得できます。
本作は探偵作家クラブの新春の例会で、犯人当ての余興として読み上げられた作品ですね。これは有名なエピソードなのでご存じの方も多いと思います。
実際読んでみると、読者の心理を逆手に取っての密室は見事であり、大袈裟ではなく日本の密室物を代表するミステリと言っても過言ではないでしょう。今では入手困難になっているかもしれませんが、未読の方には是非読んでいただきたいですね。
これは騙されますよ。しかも意表を突いた真相には驚かされるばかり。
余談ですが、高木彬光の初期の作品は長編、短編問わず傑作、佳作が多いので、いずれまたブームを起こして復刻されると嬉しいと思います。

No.756 8点 エクソシスト- ウィリアム・ピーター・ブラッティ 2017/07/16 22:09
みなさん、読まれていないんですかね。いまさら申し上げることもない、ウィリアム・フリードキン監督のアメリカ映画の名作『エクソシスト』の原作です。日本では映画が超有名ですが、本国アメリカでは原作も大ヒットしました。
映画はリーガンが悪魔に憑りつかれてから悪魔払いの儀式までがメインに描かれている印象ですが、原作はクリス・マクニールとリーガン母娘の愛情や、カラス神父の精神科医としての苦悩、母親との微妙な関係などに重点が置かれています。特にリーガンの変貌ぶりを目の当たりにし、果たして臨床的に神経系の病なのかどうかがカラス神父を通してかなり執拗に描写されています。勿論、ホラー、オカルトの側面もおろそかにされてはいませんが、故意に怖がらせようとかと言ったアプローチの仕方はしていません。
当然宗教的な事柄も絡んできますが、日本人として理解に苦しむような難解な事柄は書かれていませんので、その点は心配いりません。
どうしても映画の影響で怖さが先に立ってしまいがちですが、本作の本質は愛と自己犠牲の物語だと思います。ラストのカラス神父の行動はキリスト教とかの宗教の壁を越えて、感動的ですらあります。
映画も素晴らしいですが、原作も十分読み応えがあり名作と呼んで差し支えないと思います。

No.755 6点 GIVER- 日野草 2017/07/15 20:41
「復讐」を主題とした連作短編集。
第一話を読み進む際の緊迫感ととても危険な香りに、これはとんでもない傑作なのではないかと思いました。しかし話が進むにつれ、次第にトーンダウンしていくのを感じ、残念な気分が蔓延してくるのを抑えることができませんでした。
これがもしダークな雰囲気が最後まで続いていたなら、かなりの傑作になった気がします。段階的にマイルドになるストーリーの数々は、確かによく練られたプロットを保持していますし、それなりに面白いです。しかしながら、何かが足りない、もっと強烈なバイオレンスや重要な役割を果たす少年の非情さなどが浮き彫りにされていたほうが私的には好みだったんですね。
この先、楽しみな作家だとは思いますが、時折稚拙な表現が見られるところも気になりますし、もっと文章にメリハリをつけたほうが良いのではないかというふしも無きにしも非ずです。構成力や雰囲気づくりなどには確かな実力を感じますので、今後も要注意人物なのかなという気はします。活躍を期待したいと思います。

No.754 8点 99%の誘拐- 岡嶋二人 2017/07/14 20:34
さすが「人さらいの岡嶋」と呼ばれるだけある、彼らの代表作の一つと言ってもよいだろう一作。誘拐の後にまた誘拐という、豪華なのかやりすぎなのかよく分からない作品ですね。構成的にはややくどい感じもしますが、それだけ力が入っていると捉えるのが正解でしょうかね。
当時の最新ハイテクを用いた倒叙物の誘拐は大変小気味よく、スピード感に溢れたサスペンスを生み出すことに成功していると思います。小物をうまく活用したりしてエンターテインメント小説として、見事な出来栄えに仕上がっています。
ただなぜ99%なのか、との疑問が最後まで理解できませんでした。やはりある人物に見破られてしまったから完全犯罪と言えないという解釈でいいんでしょうか。
いずれにしても誘拐物としては一級品と言えると思います。

No.753 6点 密室殺人- 鮎川哲也 2017/07/13 21:10
タイトル通り、密室殺人を扱った短編集。
表紙を見る限り高木彬光のような、デッサンみたいなカバーです。赤、青と来れば当然白だと思いきや黒だったというオチも。でも実は鮎川の頭の中には『黒い密室』の構想もあったらしいのですが、密室殺人に対する情熱が薄れて幻に終わったという逸話も残っています。
で、本書の中で最も評価の高いのが『赤い密室』です。出入り不可能な解剖室で発見されたバラバラ死体という、萌え要素満載の星影龍三シリーズの名作。これは面白いです。当時、こういう発想もあったのか的な斬新さに驚いたものです。なるほど、こうした密室もありなのかみたいな、とても勉強になった作品ですね。
他は・・・ほとんど憶えていません。想像するに大してインパクトのない作品だったのではないかと思います。
出版されてから38年ですか、しかしそんな昔から『赤い密室』のような奇想を持った作家がいたとはねえ。

No.752 6点 怪しい店- 有栖川有栖 2017/07/12 20:40
「店」をテーマにしたご存じ火村&アリスシリーズの短編集。本格、倒叙、日常の謎と色々取り揃えております。さすがに有栖川氏の名に恥じぬ作品が並んでいますが、逆に言うと有栖川ブランドの域を良くも悪くも超えることなく、すっきりまとまっている感じがします。
中には『潮騒理髪店』のような絵になる、印象深いものもありますが、いずれすぐにでも忘れてしまいそうな短編が多いですね。私はどちらかというと破天荒な、どこか突き抜けたような作品が好きですが、その意味では残念ながら本短編集は小ぢんまりしすぎていて、これは、と思うようなのがないんですよね。ただ、相変わらず端正なつくりの、好感度の高そうな作品が並んでいるので、一般の読者にもすんなりと受け入れられそうではあります。
表題作にはイメージを裏切る「店」が出てきます。むしろ立派な店を構えているわけでもなさそうなので、読者は意表を突かれるかもしれません。しかしタイトル通り十分怪しいのは間違いないので、これを表題に選んだのは正解だった気がします。こんな怪しげな商売が成り立つ現代の病的な世相を浮き彫りにしている点は、確かに面白いです。
まあしかし、たまには有栖川もいいんじゃないですか。大作じゃなくてもちゃんとした作品を書いていますから。ある意味、裏切らない作家だと思います。

No.751 5点 鍵のない夢を見る- 辻村深月 2017/07/08 20:56
第147回直木賞受賞作。
まさむねさんが書かれているように、各短編のタイトルはいかにもミステリっぽいですが、ミステリと呼べるような作品は残念ながら見当たりません。
まあこれまでもミステリ作品が直木賞にノミネートされながら、惜しくも受賞できなかったという例は結構多いので、如何にミステリが直木賞と相性が悪いのかがうかがい知れます。本短編集もやはりミステリからは随分遠ざかった印象が強く、だからこそ受賞できたとも言えるかもしれません。個人的には他の作品で受賞するのが作者らしかったのではと思います。もしかしたら辻村氏自身も本作での受賞は本意ではなかったのではないかと想像しますね。
深みはあるけれど面白味はないという、まさに文学と呼ぶべき作品が並んでいます。だから、動機がどうこうとか捻りがないとか、ミステリ的側面から言うと・・・みたいな繰り言は無用の短編集と言えましょう。私は買っていませんが、立派な直木賞作品ですので、世間に認められたことには違いないです。ですが、辻村氏としては異色作であり、決して正当な系譜を継ぐべきものとは言えないと思います。ファンは勿論喜んでいるのでしょうが、どうしても本作がそうした読者に支持されているような気がしません。自分勝手な想像ですから、あまり本気にしないでいただきたいのですが。

No.750 7点 ほうかご探偵隊- 倉知淳 2017/07/05 22:15
講談社ミステリーランドの叢書の中の本作が、創元社推理文庫より6月23日に文庫化されて登場。読んでみたかったけれど、わざわざ単行本を結構な値段で買うのを躊躇っていた方は、この機会に入手されることをお勧めします。それだけの価値は十分あると考えます。
不要物連続消失事件の謎を解くために、小学校5年生の男女4人が放課後に探偵活動をしていく物語。まず謎の設定が面白いです。消失しても誰も困らないものばかりがなぜ忽然と消えるのか、単純そうで結構難しい問題に挑戦していく子供たちの奮闘に拍手を送りたくなります。小学生のわりに大人びている気がするのは、ミステリの場合やむを得ないことかもしれませんが、この作品でも特に探偵役の龍之介くんは口調は子供でも中身は大人な感じです。しかし、柔らかいタッチで描かれているため、違和感はありません。
一応ジュブナイルですが、勿論大人が読んでも十分納得できる出来栄えとなっています。さすがに倉知淳、読ませどころは心得ていますね。やや小粒な感じは否めませんが、二転三転するプロットはマニアにとっても鑑賞に堪えうるものだと思います。
尚、龍之介くんの叔父が会話の中に出てきますが、この人物は倉知作品には欠かせないあの人のようです。サービス精神も忘れない作者なのでした。あと、タイトルにも秘密が・・・。

No.749 7点 22年目の告白-私が殺人犯です-- 浜口倫太郎 2017/07/02 22:01
映画のノベライズ本を読むのはいつ以来だろう。たぶん小学生の時に読んだ『明日に向かって撃て!』が最後だと記憶していますが。しかし、ノベライズだからと言ってバカにしたものでもありません。作り物めいた感じもしませんし、これが映画の原作本だと言われれば、十分に納得していたと思います。
正直面白いです。ページをめくる手が止まらないというのは、こういうことを言うのかというくらい、先の展開が気になるわ、読めないわでなかなか中断できません。
作者は『アゲイン』でポプラ社小説大賞特別賞を受賞しデビュー。放送作家として『ビーバップハイヒール』などを担当しています。本作を読む限り、かなりの実力者と見受けられます。読者を引き付ける文章を書くことに関しては、一流の腕を持った人です。私は寡聞にしてこの作者を知りませんでしたが、ほかにどんな作品を書いているのか興味を惹かれました。
内容に関しては触れるべきではないと判断しましたが、ただただ多くの方に読まれることを願うばかりです。
尚映画では出ていない主要登場人物が描かれているようで、その存在により作品の奥行きが広がっているように思います。その辺りは、映画のみに頼ることなく臨機応変に筆を進めていたのではないかと想像します。

No.748 5点 ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。- 辻村深月 2017/06/29 22:38
二十代後半の幼馴染みのふたり。一人は東京の有名大学を出てフリーライターとして何とか凌ぐみずほ。もう一人は母親を殺害し、その後失踪したチエミ。第一章ではみずほがチエミの行方を捜して、チエミの関係者に接触します。第二章はチエミの一人称でストーリーが進行し、徐々に真相が明らかになっていきます。
特に前半は重苦しくテンポが悪いので、読んでいて疲れるしなんだかスッキリしない気分です。後半はやや盛り返しますが、相変わらず地味な聞き取り調査の連続で面白味があるとは言えません。赤ちゃんポストなど昔のネタを放り込んだりしているのはなかなか工夫されているとは思いますが、登場人物の多くが女性の持つさがというか、嫌らしさや醜さが浮き彫りにされており、正直気分が悪くなりました。
これまで私が読んだ辻村作品とは明らかに毛色が違うことが読むにつれはっきりしてきて、この作品は女性同士、特に母と娘の関係性をテーマにしたものだから、と割り切るしかないと感じました。
最後までさしたるサプライズもなく、ほぼ予想通りの展開に終始します。まあ作者の新境地と言えなくもないでしょうが、個人的にはあまり歓迎したくない方向に行ってしまった感じがしますね。感動できるというのが彼女の代名詞みたいなものと勘違いしていたのかもしれません。
女性には共感できる部分が多いのだろうと思いますが、男性が読むにはやや荷が重いのではないかと感じます。辻村氏の作品としてはお勧め出来かねるかなと思います。一応ミステリの体裁を取っていますが、最早ミステリとすら呼べない文芸作品なのではないでしょうか。

No.747 6点 ツナグ- 辻村深月 2017/06/25 22:17
第32回吉川英治文学新人賞受賞作。
一生に一度だけ死者との再会を現実のものとしてくれるという使者(ツナグ)。彼の導きによって、それぞれの事情を抱えた者たちが死者との再会を果たす連作長編。
彼らとは、人気女性タレントに一度だけ救われたことがあるOL、年老いた母にがん告知をできなかった頑固な息子、親友を嫉妬のあまり死なせてしまった女子高生、仲睦まじく暮らしていたのに突然失踪してしまった婚約者を待ち続ける会社員です。
言ってしまえば、どこにでも転がっていそうな物語ばかりではありますが、思わず主人公に感情移入してしまうのが辻村氏の腕なんでしょうねえ。また、葛藤や悩み、憎しみなど人間の負の感情を赤裸々に描きながらも、それが決して嫌悪感を抱かせない辺りはこの人の人間性が表れているのかもしれません。おそらく想像するに、優しい性格なのでしょう。そうした性格の良さを感じさせる本作は、語り口調の柔らかさも相まって、いかにも一般受けしそうな内容となっています。特に女性には広く受け入れられそうな気がしますね。
ただ一点だけ、最終章というか最終話はもう少しドラマチックであって欲しかったというのが個人的な感想です。むしろなくても良かったのではないかという気さえします。確かに、これがあってこそ完結するのだとは思いますが、だったら例えば使者の由来などを絡めて、その必然性などを説くべきだったのではないでしょうかね。まあ一読者の我儘な願望にすぎませんけれど。

No.746 7点 テミスの剣- 中山七里 2017/06/22 22:06
冤罪を扱った本作は、本格というより社会派の色合いが強いような気がします。それにプラス警察小説でしょうかね。
死刑の是非や司法から見た冤罪、旧態依然とした警察の体質の問題など、様々な問題提起に色々考えさせられる作品だと思います。中山氏の作品は一本筋が通ったものが多いですが、これもまた通底する問題意識は他に劣らず根深いものと感じます。
ストーリーも最初は単純な冤罪かと思いきや、のちのち意外な人物が浮かび上がってきたりして、予想を超えた展開を迎えます。
派手さはありません、むしろ地味な捜査の描写が続きます。しかし、この作者の筆致は退屈さとは無縁で、何を書かせてもついのめり込んでしまいます。それはもはや天性のもので、まさにミステリを書くために生まれてきたのではないかと思えるほど、その才能をいかんなく発揮しています。
メイントリックは確かに盲点を突いているものの、あまりに大胆すぎると思います。普通は敢えてそのような犯行手口を使うのはやはり無理があるのではないかと。
尚、『静おばあちゃんにおまかせ」の高遠寺静が裁判官として登場します。チョイ役とかではなく、かなり重要な役どころですので、こちらもファンとしては見逃せませんね。

No.745 6点 ボッコちゃん- 星新一 2017/06/18 22:24
三名の方が書評されて、みなさん10点を付けているので興味を惹かれ読んでみました。もちろん星新一氏の名前は知っていましたし、随分前に読んだ覚えがあります。しかし内容などは覚えていません。感触としては可もなく不可もなくといったところだったように記憶しています。
ショートショートというのは、アイディアとオチが最重要ポイントだと私は思っています。アイディア=設定(SF、寓意小説、ブラックコメディ、ミステリなど)をどうするか、或いは時代や舞台なども含めてですね。オチは勿論最後の一行で捻り落されるのが理想でしょう。
その意味で本短編集は必ずしもすべてが見事に決まっているとは言い難く、秀作もあればそうでないものもあり、全部をひっくるめてこの点数になりました。
印象深いのは『不眠症』『歓迎キッス』『生活維持省』『鏡』辺りです。いずれもエッジの効いた奇想が好感触です。反転物があったり、綺麗に落とされていたりと、大変面白く読みました。ほかにも気の利いた短編がいくつもあり、ショートショートの楽しさを堪能できます。ラストの『最後の地球人』は大作で12頁もあります(笑)。
蛇足ですが、写真の星新一氏は私のイメージと違ってとても紳士的な感じの人で、少々驚きました。もっと太ったラフな雰囲気だと勘違いしていました。

No.744 8点 かがみの孤城- 辻村深月 2017/06/15 22:22
中学一年のこころは、自分の部屋である日突然輝きだした鏡に取り込まれ、辿り着いた先は城の中だった。そこには彼女を含め七人の中学生男女がいた。彼らは不登校やそれに近い境遇の少年少女ばかりだった。そして門番?の狼面の少女に鍵を探すように指令を受けるのだが・・・。
いや、参りました。中盤あたりまではどこか間延びした感が否めない、どちらかというとテンポの悪い青春小説かなという感じで、正直あまり感心しませんでした。しかし、やはり只では終わりません。終盤に驚きと感動が待っています。泣けます。
約束しましょう、あなたは必ず心動かされ、癒しと救いを受けます。
あくまでファンタジーで終わると思いきや、最後は完全にミステリです。しかもなんとなくのんびりとしたストーリーの中に、いくつもの伏線が張られているのです。さすがにこの作者は只者ではありませんね。
かがみの中と外が均等に描かれ、子供から見た大人、大人から見た子供という両面からのアプローチもきちんと成功していると思います。肝心の鍵探しはいつ始まるのだろうなどの懸念もありましたが、結局それも杞憂に終わりました。辻村女史は最後の最後まで計算し尽された見事な構成でもって、大仕事を成し遂げたのだと心から賛辞を送りたい気持ちでいっぱいです。
一つだけ、ケチをつけるわけではありませんが、目線という言葉が多用されていますが、視線に差し替えるべきところが何か所かあると思います。

No.743 7点 いつまでもショパン- 中山七里 2017/06/10 22:12
全体の何分の一かはショパン・コンクールのピアノ演奏の描写に終始します。私にはおそらくその一割程度しか理解できていないと思いますが、表現力豊かで迫力ある描写には凄みがあります。ただショパンに詳しくない読者にはちょっと退屈かもしれません。
しかし各国の代表が参加するコンクールは、最後まで誰が優勝するかわからないため、その意味でも興味深く読めます。とてもインターナショナルな空気感が漂いますし、参加者の一人である岬洋介は果たしてどうなるのかにも心情が持っていかれます。
ミステリとしての焦点はやはり「ピアニスト」と呼ばれるテロリストの正体に尽きます。それと殺害された刑事の指が切り取られていた理由も一応謎として残りますが、これはいたって単純なもので、あまり期待しないほうがよろしいかと思います。ですから、ミステリ・パートは短いしいささか弱いため、本格物としてはやはり薄味でしょう。しかしその代わりと言っては何ですが、エンターテインメントとしてはかなり出来の良い作品だと私は思います。
ピアノ・コンクールという大きな柱に細かなエピソードの数々を枝葉のように添え、出来上がったのはクラシック音楽とミステリを巧妙に組み合わせた、寄せ木細工のような佳作でした。

No.742 7点 オーダーメイド殺人クラブ- 辻村深月 2017/06/07 22:24
無自覚なリア充少女アンと目立たない「昆虫系」少年徳川のまわりくどい恋愛小説。
青春小説でもあり、ミステリの側面も備えています。しかし結局は恋愛小説だったのかと思わせますね。分類は難しいです、様々な要素が混然一体となって進行しますので、一言で語ることは難しいと思います。
それにしても二人の関係はもどかしくも歯がゆい。アンは徳川に自分を殺してほしいと訴えます。それもありきたりではなく、歴史に残るような事件にしたいと望みます。何がそこまで少女を駆り立てるのか、理解に苦しむところもありますが、この世から消えたい、でも自殺はいやという我儘な希望を叶えられるのは徳川しかいないというのはよく解ります。徳川にはそれだけの残忍さが宿っているわけですから。
実にブラックな青春ミステリですよ。勿論アンの内面は非常に克明に描かれており、その変態性までも浮き彫りになります。どこにでもいそうな中学生がここまでの変わった嗜好を果たして持っているものだろうか?それに合わせたように登場する徳川の特異性。やはり凡百のラノベなどと比較にならない、異形の小説と言わざるを得ません。


【ネタバレ】


結末は落ち着くところに落ち着きます。読者によっては不満を覚えるでしょうが、これでよかったのだと私は思います。行くところまで行ってしまうのを避けるのが、この作家の良心であり、優しさなのではないでしょうか。

物語の重要なポイントの一つである写真集「臨床少女」ですが、普通写真集は店頭では中身が見られないようになっているのではないと思いますが、どうなんでしょう。ちょっと気になります。

キーワードから探す
メルカトルさん
ひとこと
「ミステリの祭典」の異端児、メルカトルです。変人でもあります。色んな意味で嫌われ者です(笑)。
最近では、自分好みの本格ミステリが見当たらず、過去の名作も読み尽した感があり、誰も読まないような作品ばか...
好きな作家
島田荘司 京極夏彦 綾辻行人 麻耶雄嵩 浦賀和宏 白井智之 他多数
採点傾向
平均点: 6.04点   採点数: 1901件
採点の多い作家(TOP10)
浦賀和宏(33)
アンソロジー(出版社編)(29)
島田荘司(25)
西尾維新(25)
京極夏彦(22)
綾辻行人(22)
折原一(19)
日日日(19)
中山七里(19)
清涼院流水(18)