海外/国内ミステリ小説の投稿型書評サイト
皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止 していません。ご注意を!

メルカトルさん
平均点: 6.04点 書評数: 1901件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.841 5点 何が困るかって- 坂木司 2018/03/17 22:24
「先生、今度弊社の『ミステリーズ!』に短めの短編を連載してみませんか?」
「短めの短編?つまりショートショートってことですか」
「まあ、そこはそれ、枚数の融通は利かせますよ」
「うーん、じゃあ丁度固有名詞を抑えたのを思案中ですので、やってみましょう」
という作者と編集者のやり取りがあったかどうかは定かでありませんが、そんな感じの短編集です。奇妙な味わいを持った作品がほとんどで、登場人物名はおろか、団体名や施設名、地名にいたるまで伏せられていますので、嫌でも怪しげな雰囲気に仕上がっているわけです。

寝たきりの男の喜怒哀楽と心の叫び、擬人化された洗面台の嘆きと喜び、乗り合いバスで目的地のバス停に着くための押しボタンをギリギリまで押さず、押した人間が負けという、大人げない大人たちの真剣勝負など、捻りの効いたものからオチが最初からミエミエなものまで様々。
しかし、では傑作と呼べる作品があるのかと問われると、残念ながら否と言うしかありません。平均してそこそこ面白いのですが、強烈に印象に残るものが見当たらないので、それなりの評価に落ち着くしかないですね。

『勝負』『入眠』『鍵のかからない部屋』『何が困るかって』辺りがまずまずの出来だと思います。ここが漆黒になりきれない黒坂木の現時点での限界なのではないでしょうか。

No.840 6点 東京二十三区女- 長江俊和 2018/03/14 22:08
雑誌のフリーライターである原田璃々子は、東京二十三区のルポルタージュ企画を作り雑誌社に売り込むため、二十三区の曰く付きの場所を取材する。先輩で某私立大学の民俗学の講師である島野仁とともに。

二人は板橋区、渋谷区、港区、江東区、品川区を巡り、それぞれの区の負の歴史、裏歴史、黒歴史に所縁のある場所を渡り歩いてきますが、それとリンクするように実に奇怪な事件が起こります。暗渠であったり、夢の島であったり、縁切榎など、東京二十三区の知られざる、或いは知る人ぞ知るアンタッチャブルな領域に踏み込み、ホラーやサスペンスとして成立させています。それはそれで怖いですし、過去にそんな出来事があったのかと勉強にもなります。
璃々子の目的は仕事以外にもあり、それは最後まで明かされませんが、その秘密が明らかになった時読者は驚嘆の声を上げるでしょう。その事実がこの作品のシリーズ化の弊害となり得るかもしれませんが、果たして作者はそこを押し切って東京二十三区を制覇することになるのでしょうか、それは誰にも分かりません。

万人にお薦めしようとは思いませんが、長江氏の他の作品に対して少なからず好感を持っている方ならば、一読の価値はあると思います。特に都内にお住まいの方は興味深く読めるのではないでしょうか。

No.839 6点 ゴーストフォビア- 美輪和音 2018/03/10 22:27
突然、サイキック探偵になると宣う姉の芙二子に振り回される三紅。行方不明の女性を調査する二人は事故物件を扱う不動産屋の神凪怜と出会う。クールだが残念なイケメンの神凪と触れた三紅は聴力を失ったはずの右耳から不思議な声を聴く。一方神凪も見えざる存在が見えてしまっているらしいのだが。

フォビアとは恐怖症のことだそうです。世の中には様々な恐怖症が存在しているらしく、ピーナッツバター恐怖症、幸せ恐怖症、ポエム恐怖症、衣類恐怖症、美人恐怖症、へそ恐怖症などなど多岐にわたるようです。
この連作短編集は様々なフォビア(恐怖症)にスポットを当て、それらを題材にそこそこ怖めのホラーにプラスしていい塩梅のミステリ要素を絡めた異色のホラーミステリに仕上げられています。しかし、残念ながらそれぞれ若干風変わりな個性を持っているはずの登場人物があまり魅力的に描かれておらず、その意味では良い出来とは言い難いです。
まあ物語そのものはそれなりに練られているとは思います。しかし、全体的に印象が薄く、いずれ近いうちに忘却の彼方へと追いやられそうな作品です。

最も気に入っているのは装丁です。あまり垢抜けた表紙のイメージがない創元推理文庫ですが、これはとてもよく出来た表紙だと思います。なぜこの絵なのか、最終話で真の意味が分かります。ホラー好きには是非お薦めというほどではありませんが、読んでみても面白いかなと思います。

No.838 6点 こどもの城殺人事件- ヒキタクニオ 2018/03/06 22:21
読んでいて楽しいとか高揚感を得られるといった作品ではありません。面白いと言えば面白いのですが、他のいわゆる青春ミステリと呼ばれる小説とは一線を画しており、いささか挑発的で煽情的だと私には思えます。一方で主役の高校生周平の言動は、大人びてしかも捻くれていて、なかなか本性を現さない演出が心憎いところです。周平を中心とする高校生のグループと、もう一人の主役である刑事の盛秋子と相棒の小宮山や検察官の大倉らとの攻防は読み応えがあり、この物語の根幹を成しています。

少年犯罪問題や違法薬物など諸々の要素を混然と内包しながら進行するストーリーは、正直これまで経験したことのないようなシニカルな雰囲気を醸し出しており、何度も言うようですが普通の青春ミステリとは毛色が全く違います。逆に言えばミステリの衣を纏った青春小説、それもかなり歪で荒廃した小説のように感じます。
ただ、私も真相が明らかになった後の、ある人物の行動がどうも理解できませんでした。違和感は拭えませんねえ。

盛秋子という刑事は特別個性的というわけではありませんが、一貫してブレない姿勢を貫いていてなかなか面白いキャラクターだと思います。余計な生活感がなく個性を殺している分、逆にリアリティを持っており、人並由真さんがおっしゃるように今後シリーズ化されても全然おかしくない魅力があるように感じます。

No.837 5点 名探偵の証明- 市川哲也 2018/03/03 22:19
ちょっと内容がタイトル負けしている感じですね。ミステリ小説における名探偵の存在理由のようなものを読者に問いかけているのだと思いますが、なんとなく深そうで実は浅い気がします。探偵がいるから事件が起こるのか、事件が起こるところ探偵ありなのか、まあそんなテーマをさも重大事のごとく掘り下げようとしている姿勢自体は買えますが、結局何なのかよく判りません。

密室殺人事件に関して言えば、なんだかありきたりで感心しません。よくあるトリックです。蜜柑は普段は片言なのに、謎解きを始めると途端にシャキッとするという、誠に不思議な女性です。いくら個性付けしたかったと言え、あまりに安易ではないでしょうか。そんな若い女性はいませんよ。
どちらかというと屋敷のほうに感情移入するように仕向けられていますが、名探偵の肩書はやや荷が重かったとしか思えませんでした。

とは言え、いきなり冒頭からある事件の解決編を持ってくる試みはなるほどと思いました。前置きが長いのは時としてイラッとさせられますからね。
しかし、本編の事件解決からラストまでが長く、これが余計だったのではないかと、個人的には思いました。後味も悪く、もう少し気の利いた結末を期待したかったのですが、その意味でも残念な香りがします。二人の探偵の対決としてはそれなりに面白かったですが。

No.836 5点 霧ノ宮先輩は謎が解けない- 御守いちる 2018/02/28 22:33
日本で指折りの財閥の娘である超お嬢様の霧ノ宮才華は、今日も後輩の僕日下部秀一をお供に引き連れ、些細な事件にも首を突っ込んで名探偵ぶったセリフを吐く。「深き闇の中を彷徨いし謎、この私が白日の下に暴いてみせよう」。
しかし、彼女に推理力はない。ところがついに彼女らの前に猟奇的な殺人事件が立ち現れるのである。

ライトノベルにしては読みやすいと思います。その点では安心して読めます。例えば地の文では「けれど」セリフは「けど」と使い分けられており、細かいですがしっかりとした作家の素養を備えているのではないかと。

それにしても正直主役であるべき霧ノ宮先輩の存在意義があまりに希薄で、ストーリー上の重要性から言うと居ても居なくてもさほど変わらない感じなのが痛すぎます。結局謎を解くのは先輩から少年と助手呼ばわりされる日下部で、霧ノ宮先輩はある特殊能力を持っているに過ぎませんから。まあ、そこにいるだけで絵になるのは確かでしょうが、露出頻度の低さや大して活躍しない点から言っても、単なる傀儡扱いと思われても仕方ありませんね。
シリーズ化されていますので、今後重要な役どころを任されるのかもしれませんが、本作では本領が発揮されているとは言い難いです。余談ですが、あとがきにもあるように霧ノ宮ではなく霧ヶ峰のほうがしっくりくる気がしました。

ミステリとしての本作は新味はないものの、ある仕掛けにより読者をミスリードし、真犯人を容易に悟らせない工夫がなされています。伏線はわずかばかり張られていて、推理によって犯人を指摘することも可能な作りになっています。

No.835 5点 Sのための覚え書き かごめ荘連続殺人事件- 矢樹純 2018/02/25 22:04
おぞましい因習が残る青森県P集落。大学教授の三崎忍とともに「私」は二十年ぶりにその集落に帰京することになった。道中新幹線の中で同じ目的地へ向かう心理カウンセラーを名乗る桜木静流と遭遇するが、彼らを待ち受けていたのは奇怪な連続殺人事件だった。

道中が長く、目的地にすらなかなか到着しません。何かこう奥歯にものが挟まったような表現が多く、結構イライラさせられます。やっと殺人事件が起こったと思ったら、ここで最初の衝撃が襲います。それまでのイライラが解消されますが、ネタバレになる恐れがあるのでこれ以上は突っ込みません。
人間関係がかなり複雑なので頭の中で整理するのにやや時間がかかるかもしれません。それにしても、よくこれだけややこしい物語を考え付くものだと感心させられはしますが、文体のせいかプロットのせいなのか、スッキリとした明快さには欠ける気がします。
窃視症の名探偵桜木はあまり颯爽としていない分、ややもするとただの変態にすら思われます。その探偵の解く謎は一応整合性という点で納得のいくものですが、動機は弱く、複雑さに紛れて一刀両断するが如き鋭さが足らないと思います。その意味でのカタルシスは生まれませんね。

本作は殺人事件と並行してあるテーマが有機的に結びついています、むしろそちらのほうに重点が置かれていると言っても過言ではありません。だからこそ余計に作品全体を重苦しい雰囲気にしてしまっているのが、一つの瑕疵であるとも考えられます。

No.834 7点 妖魔の森の家- ジョン・ディクスン・カー 2018/02/22 22:21
カー、久しぶりですねえ。学生時代に読んだ『猫と鼠の殺人』が最後だったでしょうか。今でこそ異端の道をひた走っている私ですが、当時は本格一辺倒でした。やはりカーは良いですね、素晴らしいです。

前置きが長くなりましたが本作、何と言っても表題作の出来が群を抜いていますね。どこから見ても不可能と思われる犯罪を、ここまでコンパクトにすっきりと纏め上げる手腕は見事としか言いようがありません。綺麗な謎解き、鮮やかなトリックにプラスして皮肉な結末には唖然とさせられます。さすがに短編ながら代表作に挙げられるだけのことはあります。

他は『赤いカツラの手がかり』がかなり煩雑で解りづらかったのを除けば、どれも及第点以上ではないでしょうか。特に中編の『第三の銃弾』は非常に良く考え抜かれたプロットとトリックで、読み応えがあります。面白いです。探偵役のマーキス大佐はなかなか個性的でフェル博士やHM卿ほどアクが強くありませんが、個人的には好感が持てました。
これまでカーと言えば密室トリックのイメージが先走りしすぎて、私の中ではストーリー性やプロットなどはそこまでとは考えていませんでしたが、本作を読んで考えを改めなければならないと思いましたね。

No.833 7点 隠蔽捜査- 今野敏 2018/02/18 22:30
ミステリを期待して読むと裏切られるかもしれません。無論事件は起きますし、それは警察側の人間にとっては非常に厳しい状況をもたらします。しかし、それ自体にはあまり触れられることはなく、一般的な警察小説と異なり現場そのものや泥臭い捜査などは全く描かれていません。

本作のキモは竜崎や伊丹らの中心人物や、その他の警察庁官僚たちを通して、警察機構はどうあるべきかなどの根本的な問題を鋭く抉っている点にあると思います。普通の警察小説はノンキャリアの叩き上げが主人公になっているケースが多いですが、この小説はキャリア視点で描かれているのが異色なのでしょう。正直主人公の竜崎はあまりに一本気で真っ直ぐな性格のため、個人的にはあまり感情移入できるシーンはありませんでしたが、官僚としての姿勢は確かに立派であり、一般の企業人にとっても、或いは人間としても見習うべき点は大いにあると思います。

ある意味では警察小説というよりも、警察の内幕を暴く問題作品であり、尚且つキャラクター小説と捉えることもできそうです。何かと対照的な竜崎と伊丹は勿論のこと、脇を固めるキャリア組の様々な地位の警察官僚たちもそれぞれ個性的で、警察官を一個の人間として鋭く描いた点でも評価されるべき作品だと思います。
また、竜崎が抱える家庭の問題も大いにストーリーに関わってきますので、こちらも見逃せません。

No.832 5点 あなたは誰?- ヘレン・マクロイ 2018/02/15 22:26
マクロイ初期の傑作だそうです。しかし、面白さを最優先にしている私にとってはいささか物足りないものでした。無論、私の審美眼に問題があるのは十分承知の上です。
全般的に地味ですし、本格といってもどちらかと言えばサスペンスに近いと思います。警察による捜査は全く描かれていませんし、探偵役のウィリングは何かに付けポルターガイストを連呼していますが、これってそういうものでしたっけ?

作者が本格からサスペンスへ移行していったのが分かる気がします。本来この人に本格ミステリは向いていないのではないかと思います。不可思議な事件が起こり、何らかの手掛かりや伏線があり、それを捜査なり推理して犯人を指摘する過程を楽しむのがミステリの本来の姿ではないでしょうか。特に本格と言われる作品は。ところが本作はそうしたプロセスを踏むことなく、単にタイトル通りフーダニットのみに固執しており、それも探偵による推理とは無関係に唐突に姿を現しますので、これもどうなのかなと疑問に思います。そしてオチが○○○○ではねえ。

失礼ですが、このレベルの作品であれば現在の日本で探せば、どこにでも(どのジャンルにも)転がっているのではないでしょうかね。お前が言うな、というのは重々承知していますが。
まあ正直面白みには欠けると思います。一体誰が電話してくるのか、については多少興味を惹かれましたが、それだけで物語を引っ張るのは無理があった気がしますよ。

No.831 7点 あなたに似た人- ロアルド・ダール 2018/02/11 22:31
これはなかなか面白い短編集です。
どれもエッジが効いたとは言い難いですが、間違いなく異空間や異世界に読者を誘ってくれます。奇妙な味わいの作品が多く、独特の発想の下に描かれており、この作者は独特の感性の持ち主ではないかと思います。訳者あとがきにあるように、日本でもっとも著名な翻訳短編集ではないかとの説も十分頷けます。

『おとなしい凶器』(唯一ミステリ色の濃い作品)などは簡単にオチが読めますし、『プールでひと泳ぎ』も同様です。
しかし、『舌』と『南から来た男』は両者ともある賭けを扱った作品ですが、そのスリリングな展開に完全に持っていかれます。物語世界にいとも簡単に入り込め、その描写力の確かさには舌を巻かざるを得ません。さらにどんなラストが待ち受けているのか固唾を飲んで見守っていましたが、意外なところで寸止めとなり、多少消化不良な点も見られましたが、この二作に関しては大変な満足感を得られました。『南から来た男』のブラックなオチも秀逸です。

ただ一つ意味が分からないのが『兵士』ですかね。20ページ足らずの小品ですが、一体何が言いたいのか、私の出来の悪い頭脳では理解不能でした。この訳の分からない作品を解説できる方がおられたらぜひご教授ください。

No.830 6点 九マイルは遠すぎる- ハリイ・ケメルマン 2018/02/09 22:03
安楽椅子探偵ものの名作と名高い本作です。例えば表題作は「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない、まして雨の中となるとなおさらだ」という一文からあれこれと連想ゲームのごとく空想の翼を広げ、挙句の果てにある事件にまで結びつけてしまう手腕は見事であるのは間違いないでしょう。しかし、いささかこじつけが過ぎませんかね。ロジックというより奇跡の偶然と言ったほうが相応しいように思います。

あらゆるミステリが細分化し、各ジャンルでマニアックと言えるほど凝った作りの作品が林立する現在、過去の名作がいくら独創性の高いものであっても、これだけ複雑化している現状を鑑みると、さすがに両手放しで賛辞を贈るのには躊躇いを感じます。
当時としては画期的だったのかもしれませんが、今読んでみるとかつての輝きは薄れているのではないかと思われて仕方ありません。

全体として冗長であったり、やや煩雑だったり、余分な描写が目立ったりといった部分が気になりました。あくまで個人的な感想です。やや退屈な事件段階に比べて、あまりに鮮やかな解決。このアンバランスさがどうしても頭から離れなくて、7点から6点に転落した感じです。
私的には『エンド・プレイ』『時計を二つ持つ男』が双璧でした。両者とも素晴らしいロジックを展開しており、まさに名作と呼ぶに相応しい作品だと思います。

No.829 8点 マツリカ・マトリョシカ- 相沢沙呼 2018/02/06 22:23
シリーズ第一作から比べると随分雰囲気が変わったように思います。それはマツリカさんの出番が減った点によるところが大きいでしょう。ですから、柴山君とマツリカさんの関係が気になる方にとってはやや不満も出てくるかもしれません。しかし、その分本作は本格ミステリとして堂々たる傑作に仕上がっており、また柴山君がぼっちではなく、写真部や美術部の仲間たちといい感じで事件解決に向かって一丸となる姿に青春を感じます。まあ孤独な柴山君のほうがいいんじゃないの?というファンも意外と多いかもしれませんが。

本作のツボは「過去密室」と「現代密室」の双方の不可思議な謎に挑むことにあります。一見似たようなシチュエーションではありますが、その解法は全く違ったものです。特に「現代密室」のほうは実に六個もの推理が披露され、それぞれがかなりの信憑性を持っているところが異色とも言えます。普通は捨て駒となりそうな推理がいくつか混じるのものだと思いますが、これは違います。どれも、これは!と思わせるものばかりなのです。個人的には三ノ輪さんの意表を突いた推理がシンプルながら最も現実的であり、共感できました。
とにかく、一つ一つのロジックが「美しい」です。この多重推理の競演がタイトルのマトリョシカに繋がっているようですね。

青春ミステリとしても十分満足のいく作品だと思います。登場人物はかなり多いですが、それぞれにしっかりとした個性が与えられており、物語の中でちゃんとした役割を演じています。特に女子生徒に関しては、やや変態的な視点から描かせたら作者の右に出る者はいないのではないかという気がしますね。

No.828 6点 黙視論- 一肇 2018/02/03 22:06
女子高生未尽はある時から、極力誰とも話さないようになった。どうしても必要な時以外はである。それにより黙視という、相手と頭の中でコミュニケーションを取ることを会得する。要するに妄想ではあるのだが、ある程度の確度を持っていると自身は思っている。
そんな彼女はある日花壇の傍で赤いバンパーが装着されたスマホを拾う。そのスマホには拾った人間に向かってメールが打たれていた。そして、スマホの持ち主に一ヶ月後に迫った学園祭に爆弾を仕掛けたと打ち明けられる。果たして未尽は惨劇を回避することができるのか。

未尽はスマホの持ち主【九童環】とある賭けをします。お互い相手を先に見つけた方が勝ち。未尽が勝てば爆発を未然に防ぐことができます。普通に考えれば警察に通報しそうなものですが、それをしないのが彼女らしさのようです。人と話すことを放棄したくらいの人間だからそんなこともあり得るか、というのはやはり説得力不足でしょう。
彼女は幾人かの【九童環】候補と接触しますが、結局決め手に欠け誰が本物なのか決定的な結論には至りません。そうして少しずつ彼女の中の何かが変わっていきます。成長というより、変容とした方がしっくりきます。なかなか掴みどころのない主人公なので、こちらもその辺りは推測するしかありません。ただ、情景が浮かんでくる描写力は確かなものがあると思います。どうもこの作者は親切なのか不親切なのか判然としません。色んな意味で読者に委ねている部分があり、何を意図して描かれた物語なのか全容を掴ませません。

ある意味サスペンスではあるのでしょうが、一方キャラクター小説の一面もあります。登場人物の個性は的確に描かれているわりに、どこか靄にでも包まれたようなもどかしさを感じます。そこが本作の良さでもあり弱点でもあると思われます。突き詰めれば感情移入できないという単純な理由なのかもしれませんが。

No.827 7点 それは宇宙人のしわざです- 葉山透 2018/02/01 22:37
老舗のファッション雑誌の廃刊により、オカルト雑誌『アトランティス』編集部に転属になった園田雛子。彼女は転任早々編集長にUFOにさらわれた経験のあるという高校生、二宮竜胆を取材するように指令を受ける。しかし、彼は極度の引きこもりでありながら、超高級マンションに一人で住んでいる宇宙人オタクだった。

安っぽいタイトルから色物と勘違いされそうですが、歴としたミステリです。本格かどうかは疑問ですが。
竜胆くんは日夜宇宙人と交信を取っている超変人で人間には興味がありませんが、いわゆる推理能力は卓越したものを持っています。第一話ではMIB(メン・イン・ブラック)に遭遇した雛子を救い、第二話では雛子の目の前に出現したミステリーサークルとその消失の謎に挑みます。そして第三話では冥王星付近からの未知の存在との交信に成功します。

勿論、それらは宇宙人の仕業ではありません。だからこそミステリとして成り立っているわけですが、その度にがっくりと肩を落とす竜胆くんには同情を禁じえません。
複雑なトリックなど関係なしで単純明快。相当に謎めいた現象をここまであっさりと解き明かしてしまうと、むしろ痛快ですらあります。種明かしをすれば単純なことなんですが、拍子抜けとはなりません。
当然万人受けするとは思いませんが、個人的には結構ツボでしたね。軽くて、しかも意外に専門的知識も併せ持った珍品と感じました。

No.826 6点 黒猫の小夜曲- 知念実希人 2018/01/30 22:31
成仏できず地縛霊となった魂の未練を解消し、「我が主様」のもとへ送り届けるべく黒猫の姿となって派遣された「僕」。僕は記憶をなくした魂から、昏睡状態の女性真矢に入り込ませてくれと懇願され、覚醒した彼女に飼われることになる。そして真矢に案内されて地縛霊のもとに向かうが・・・。

『優しい死神の飼い方』に続く「死神シリーズ」第二弾。
前作よりも本格度はかなり高くなっており、そのぶんファンタジー色が若干薄れている感触です。

第一章を読み終えた時点では、一応魂の救済に成功し解決を見ますので、連作短編集なのかと思いましたが、中身は各所で「僕」が本来の仕事をこなしながらも、人間の魂に干渉し猫視点からの謎解きを披露するという、やや風変わりな流れを持った本格ミステリです。
前作同様ハートフルな部分を残しつつ、地縛霊が現れるたびに不穏な医薬の研究所が関わってくる、サスペンスを湛えたストーリー展開になっています。ドッペルゲンガーや度重なる入れ替わりなど、魅力的な謎で牽引する意外にも骨太のミステリに仕上がっているのではないかと思います。
また前作で主役を演じたゴールデンレトリバーの死神も友情出演し、結構重要な役どころを演じています。犬と猫の最強タッグのコンビネーションは、一種の爽快感やふんわりした温かい雰囲気を醸し出します。
本当に人間が死んだら「主様」のもとで平和に暮らせるといいんだろうなと、ふと思ったりもします。そんな優しい気持ちで作者も本シリーズを著したのかもしれませんね。

No.825 4点 あしたはれたら死のう- 太田紫織 2018/01/26 22:21
「あしたはれたら死のう」と書き残した翌日、橋から飛び降りて自殺未遂をした高校一年生の遠子。彼女は感情の一部と数年間の記憶を失ったため、なぜ自分が自殺をしようとしたのかが分からない。同時に自殺した少年と自分の自殺動機を探るため、遠子は友人や少年の母親に接近する。

正直、この人はこんなに人間を描くのが下手だったのかと思うくらい、登場人物に血が通っていないように感じられて仕方ないです。感情表現や心理描写といった部分に関して言えば、全くできていないと思います。主人公の内面がダイレクトに伝わってきません。
さらになかなか事態がテンポよく発展せず、もやもや感やらイライラが残ります。これといった盛り上がりもないまま淡々とストーリーが進行し、残りページ僅かになってどうにか自殺の動機が見えてきますが、どうもスッキリしません。少年がなぜ○○をしたのかもぼかしてありますし、彼を自殺に追いやった人々に関しては怒りを感じるものの、同情するまでには至りません。
前述したようにあまりに人間が描かれていないため、誰にも感情移入できないのです。これはこうした作品にとっては致命的ではないでしょうか。せめてどこかに心動かされる場面がないと、どうしても評価は低くならざるを得ません。
畢竟、私にとってはどう解釈してよいのか判断できない凡作としか言えないのでありました。

No.824 7点 少女を殺す100の方法- 白井智之 2018/01/23 22:37
今最注目の作家、白井智之による様々なジャンルの短編集。
白井氏の新作とあっては黙っていられない私は、早速読みました。面白かったです。ただしグロ耐性のない方はご遠慮いただきたいという作品ですね。

『少女教室』 密閉された教室で14歳の少女が20人殺されるという異様な事件が発生。真相は穴だらけ、矛盾も多々見られますが、一応推理には筋が通っており、それらに目を瞑れば納得できます。何より21人の少女の中から犯人を指摘して見せる剛腕は凄いと思います。

『少女ミキサー』 タイトルで嫌な予感がした通りのグロい作品です。簡単に説明すると、巨大な人間ミキサーに毎日14歳の少女が裸で放り込まれ、生きた少女が5人になると自動的にミキサーが稼働し始めるという、滅茶苦茶なストーリー。
そんな状況の中殺人事件が起こるという、これまた前代未聞の問題作、でしょうか。

『「少女」殺人事件』 ノックスの十戒を遵守したというか、逆手に取った推理がバカバカしいながらも、どこか憎めない作中作。広義のメタミステリと言えると思います。緻密なロジックには程遠いですが、なんだかんだで無理やり解決してしまう感じです。

『少女ビデオ 公開版』 これぞ作者の真骨頂。エログロ全開で絶好調です。
衝撃の結末に唖然とさせられます。まさかこれほどグロいのに、根底には愛が息づいているとは、なかなかに心憎い演出ではないでしょうか。

『少女が町に降ってくる』 文字通り、ある村に毎年八月十六日に少女が20人空から降ってくるという、これまた奇妙奇天烈な設定。なぜか途中から一人増えて21人になりますが、そんな中殺人事件が起こります。
終盤やや煩雑で理解しづらいのが残念です。

No.823 6点 マツリカ・マジョルカ- 相沢沙呼 2018/01/20 22:23
これは好悪が分かれるでしょうね。
魔女というより女王様のような女子高生マツリカと、彼女に下僕のようにお前呼ばわりされ、パシリや雑役にいいように使われながらも、決して逆らえない「柴犬」こと柴山。僕柴山はマツリカの魅力に頭が上がらないのに、隙を見ては太ももの奥を覗こうとしたり、性的興味津々で普通の感覚からするとかなり格好悪いです、というか気持ち悪かったりします。
ですが、私にはその情なさも含めて、文章から立ち昇る青春の後ろめたい生々しさや、屈折した彼の心情になぜか惹かれます。フィーリングが合うと言ったらいいんでしょうか、心の襞に触れる何かを感じます。

ミステリとしては日常の謎が主なテーマとなっています。マツリカの謎解きは確かに理に適ってはいるものの、真相自体はいたって単純と言えます。少し考えれば、まあそうなんだろうなと納得できます。ですが、それは絶対的な真実とは言い難く、他にも考え方はありそうとも思えます。つまりは、想像の域を超えていないってことでしょうか。
しかしながら、疾走して消え去る「原始人」の謎など怪談話の使い方はなかなか面白いと思います。

最終話は柴山君自身に関わる謎でマツリカに挑戦しますが、あっさり見破られます。これは印象深いストーリーですよ。ちょっぴり切ないですし、なかなかいい話だと思いました。

No.822 5点 そして、君のいない九月がくる- 天沢夏月 2018/01/17 22:03
その夏、恵太が死んだ。
双町高校のクラスメイトで、親交の深かった美穂、大輝、舜、莉乃たちはショックから立ち直れない夏休みを送っていた。そんなある日、美穂の前にケイと名乗る恵太そっくりの少年が現れる。彼はどうやらドッペルゲンガーのようで、「僕が死んだ場所まで来てほしい」と頼まれ、美穂ら四人は恵太の足跡を辿るひと夏の旅に出る。

私は家出をしたことがありません。作者もあとがきで同じことを語っています。そして自分ができなかった家出というものを出発点として書いてみようと思い立ったのがこの小説だそうです。

恵太の死は警察によって事故死として処理されますが、なぜ烏蝶山などという辺鄙な場所で転落死したのか、その謎が根底には流れています。ですが、それだけでこの物語を引っ張るのはやはり無理があったようで、真面目に読んでいたつもりですが、どうも頭にストレートに入ってこない感じがしました。文章は無難ですが、心に突き刺さるものが全然足りないとも思いました。
道中、彼ら四人の恵太との思い出が語られますが、どれも鬱屈しており爽やかな青春小説と言う印象には程遠いです。嫉妬、後悔、恋心など、彼らの関係は相当歪んでいます。
ただ、ラストの仕掛けはやや意表を突かれました。ミステリ的な伏線も欲しかったところですが、そこまで本格ではなかったようです。一応ミステリと銘打ってはいますが、やはり突き詰めれば青春小説なんでしょうね。
エピローグは柔らかい余韻を残すものとなっていたのが救いでした。それにしても二年で16版重ねているのだから、結構な人気作品のようですが、私には残念ながらその良さがイマイチ理解できませんでした。

キーワードから探す
メルカトルさん
ひとこと
「ミステリの祭典」の異端児、メルカトルです。変人でもあります。色んな意味で嫌われ者です(笑)。
最近では、自分好みの本格ミステリが見当たらず、過去の名作も読み尽した感があり、誰も読まないような作品ばか...
好きな作家
島田荘司 京極夏彦 綾辻行人 麻耶雄嵩 浦賀和宏 白井智之 他多数
採点傾向
平均点: 6.04点   採点数: 1901件
採点の多い作家(TOP10)
浦賀和宏(33)
アンソロジー(出版社編)(29)
島田荘司(25)
西尾維新(25)
京極夏彦(22)
綾辻行人(22)
折原一(19)
日日日(19)
中山七里(19)
清涼院流水(18)