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メルカトルさん
平均点: 6.04点 書評数: 1835件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.975 6点 神鳥(イビス)- 篠田節子 2019/06/29 23:16
夭逝した明治の日本画家・河野珠枝の「朱鷺飛来図」。死の直前に描かれたこの幻想画の、妖しい魅力に魅せられた女性イラストレーターとバイオレンス作家の男女コンビ。画に隠された謎を探りだそうと珠枝の足跡を追って佐渡から奥多摩へ。そして、ふたりが山中で遭遇したのは時空を超えた異形の恐怖世界だった。異色のホラー長編小説。
『BOOK』データベースより。

前半はサスペンス、後半はパニック・ホラーな展開。かなり怖いです。
主人公の二人、タフな女と軟弱な男の微妙な距離感が何とも言えず良い雰囲気を醸し出しています。特にイラストレーターの葉子の揺れる女心が、異世界の恐怖感を相殺して丁度いい塩梅に仕上がっている感じがしますね。文体も分かりやすく、立ち止ることなくスムースに読み進めることができます。
また、絶滅危惧種の朱鷺の生態などの蘊蓄も語られ、緩急をつけた非常にバランスの良い作品だと思います。

果たして彼らは現実の世界に戻れるのか、そして二人の関係はどう発展するのかといったところも注目ポイントで、最後まで飽きることなく読ませます。
タイトルから受ける神秘的な或いはファンタジックな印象はあまりなく、どちらかと言えば土着的な要素がより色濃い作品となっています。十分面白かったですし、他作品も読んでみようかという気にはなりました。

No.974 4点 避雷針の夏- 櫛木理宇 2019/06/27 22:18
家庭も仕事も行きづまっていた梅宮正樹は、妻子と要介護の母を連れ、田舎町・睦間に移り住む。そこは、元殺人犯が我が物顔にのさばる一方、よそものは徹底的に虐げられる最悪の町だった。小料理屋の女将・倉本郁枝と二人の子供たちも、それ故、凄惨な仕打ちを受けていた。猛暑で死者が相次ぐ夏、積もり積もった人々の鬱憤がついに爆発する―。衝撃の暗黒小説!
『BOOK』データベースより。

只々嫌な気分になりました、又何がしたかったのかよく分かりません。その意味でジャンルはイヤミスなのかもしれません。あまりにも救いのない話だし、登場人物は結構多いですが、誰一人として感情移入の余地がありません。とにかく色々詰め込み過ぎて、各パーツが拡散しそれらが収まるべきところに収まっていないような印象を受けます。
事件らしい事件は起こりませんが、ガーゴイル像や狛犬の破壊、猫の切断死体などで読者を引き付けておいて突き放す、この手法はあまり感心しません。郁枝の夫の殺害事件の不自然なアリバイトリックも、真相は全然ミステリとして見るべきものはありません。

この作者にハズレはないと思っていましたが、今回は残念な結果に終わりました。まあ、個人的に合わなかったというだけで、こうした不安定な心情に陥りそうな作品が好きな人も意外と多いのではないかとも思いますけれど。

No.973 6点 殺人犯はそこにいる- 清水潔 2019/06/25 22:27
5人の少女が姿を消した。群馬と栃木の県境、半径10キロという狭いエリアで。同一犯による連続事件ではないのか?なぜ「足利事件」だけが“解決済み”なのか?執念の取材は前代未聞の「冤罪事件」と野放しの「真犯人」、そして司法の闇を炙り出す―。新潮ドキュメント賞、日本推理作家協会賞受賞。日本中に衝撃を与え、「調査報道のバイブル」と絶賛された事件ノンフィクション。
『BOOK』データベースより。

不謹慎と知りつつ面白かったのです。そういった尺度で計れる小説でないのは十分承知していますが、一つの読み物として楽しめました。決して起こってはならない悲惨な事件、警察の隠蔽体質、DNA型鑑定の不確実性、メディアの底力など様々な問題を孕んで物語は進行していきます。
何よりも五人の無辜の幼女の無念を晴らさんと、一ジャーナリストとして全力を尽くす清水潔氏の行動力と執念に頭が下がる思いです。そしてそれがやがて冤罪事件として、警察を動かし、最終的には裁判官にまで冤罪者となり十七年もの間服役していた菅家さんに頭を下げさせた氏の功績は計り知れないものがあると思います。

これはノンフィクションですので、当然被害者、遺族を含め警察関係者や検察官らすべて実名で書かれています。有田芳生氏、鳥越俊太郎氏、三原じゅん子氏などみなさんお馴染みの名前も出てきます。ですが、小説を読んでいるのと同じ感覚に陥るほど、ルポとは思えないような筆致で迫ってくる迫力があります。そして筆者の葛藤や焦燥などの心理状態が手に取るように分かります。
一つ残念なのが、あとがきにもあるように「ルパン」の正体をどのような経緯で知り得たのかが、ある事情で割愛されていることでしょうか。
この事件はまだ続いています。解決されていません。警察は己の威信のために動こうとしないのです。これが世界一優秀と言われる日本の警察の実態なのだと思うと、空恐ろしさすら覚えます。

No.972 4点 パラダイス・クローズド- 汀こるもの 2019/06/20 22:36
周囲の者が次々と殺人や事故に巻き込まれる死神体質の魚マニア・美樹と、それらを処理する探偵体質の弟・真樹。彼ら美少年双子はミステリ作家が所有する孤島の館へ向かうが、案の定、館主密室殺人に遭遇。犯人は館に集った癖のあるミステリ作家たちの中にいるのか、それとも双子の…?最強にして最凶の美少年双子ミステリ。第37回メフィスト賞受賞作。
『BOOK』データベースより。

怖いもの見たさで読んでみましたが、これはいけませんねえ。本格に対する作者なりのアンチテーゼなのかもしれませんが、本格の皮を被った非本格ミステリであり、云わば紛い物なのではないかと思います。
蘊蓄はまあ面白かったり面白くなかったり、どうでも良いのですが、ややくどいです。又、○○トリックを延々と語られても判ったから次行ってくれとしか思えませんね。真相を語らない名探偵、荒れ狂う双子の片割れ、結局闇に葬られたような動機、一見コード型の本格もどき、どれを取っても褒められたものではありません。

最終章がなければ2点でしたね。
で、徐に登場する探偵役は実は・・・という最後までアンチに拘った作品だったので、その点だけは良しとしましょう。でも本当はこの人は本格ファンなのだろうというのと、ナウシカ好きなのは間違いないでしょう。

No.971 5点 ジュリエットXプレス- 上甲宣之 2019/06/17 22:07
新年のため携帯電話が、現在つながりません―。高校の寮で平和に年明けを過ごすはずだった佐倉遙。だが大晦日の深夜、予期せぬ訪問者は彼女にこう告げる―「これから殺人フィルムの噂を語ろう」。しかしそこに血まみれになっている少年が飛び込んできて!?一方同じ頃、遙のルームメイトである真夕子はある事情から誘拐された子供を寝台特急でさがし、さらに寮から数百メートルを隔てた家では、智美が残忍な強盗に襲われていた!大晦日の23:45。すべての物語はここから始まる!携帯が通信規制でつながらない今、3人のヒロインの運命は?接点がない3つの物語が少しずつ絡み合いひとつになって、45分後にはあらゆる想像を超えた衝撃の結末へ―『24』を超えるリアルタイムノベル。
『BOOK』データベースより。

まさにジェットコースターのように乱高下するそのスピード感は比類なきものと思われます。ただ、てんこ盛りの内容に反していかにも枚数が少なすぎて、一気読みしないと急展開に付いて行けないところが欠点と言えなくもありません。
三人の女子高生が、一見全く関係なさそうな事件に巻き込まれ、最後にはそれぞれが繋がりを持ってくる構成となっており、読みどころ満載です。そこここにミステリ的な仕掛けが施されて、はっ?となるシーンもあったり肩の力を抜いて楽しめます。短いせいか、どうしても物足りなさも感じますが、まあよく考えられたプロットと言えると思います。サスペンスフルな好編ではないでしょうか。

No.970 4点 ばらばら死体の夜- 桜庭一樹 2019/06/16 22:09
神保町の古書店「泪亭」二階に住む謎の美女・白井沙漠。学生時代に同じ部屋に下宿していたことから彼女と知り合った翻訳家の解は、訝しく思いながらも何度も身体を重ねる。二人が共通して抱える「借金」という恐怖。破滅へのカウントダウンの中、彼らが辿り着いた場所とは―。「消費者金融」全盛の時代を生きる登場人物四人の視点から、お金に翻弄される人々の姿を緻密に描いたサスペンス。
『BOOK』データベースより。

こんなに殺伐とした小説を読むのは初めてかも知れません。それは、人間性の圧倒的な欠如、二人の主人公の人間としての根源の部分が抜け落ちていることに起因すると思われます。泪亭の店主がマトモに思えるほどに、異形の人物像として私の目には映ります。許容範囲の広い私でも、流石にこれはちょっとどうなのかと思ってしまいました。
それ程嫌悪感を覚える訳ではありませんが、少なくとも気持ちよく読了できる作品でないことは間違いありません。そして読者を選ぶことも確かでしょう。私のようにタイトルに惹かれて購読するのは危険なのでやめた方が賢明です。

冒頭に少々ショッキングなシーンがあり、そこに向かって物語は進行していきますが、闇金やら性衝動やらやるせない夢など、様々な要素がごちゃ混ぜに。一体自分は何を読まされているのか、何をしているのか読書中に疑問を感じながらブルーな気分に浸れます。ですが決して気分の良いものではありません。
しかし、最後まで読んだら即最初に戻って読み返してしまうこと必至なのです。ちょっとした仕掛けが仕込んでありますので、まあでもミステリじゃないからトリックどうこうではないですが。
それにしてもたかが300万の金で夢と自由が手に入ると本気で考えているとしたら、やはり頭がイカレているとしか言いようがありませんねえ。

No.969 5点 往復書簡- 湊かなえ 2019/06/13 22:24
高校教師の敦史は、小学校時代の恩師の依頼で、彼女のかつての教え子六人に会いに行く。六人と先生は二十年前の不幸な事故で繋がっていた。それぞれの空白を手紙で報告する敦史だったが、六人目となかなか会う事ができない(「二十年後の宿題」)。過去の「事件」の真相が、手紙のやりとりで明かされる。感動と驚きに満ちた、書簡形式の連作ミステリ。
『BOOK』データベースより。

ここ最近色々ありまして、イマイチ集中できないまま読了してしまいました。その為、そこまで面白いとは思えませんでした。もう一度読み直せば、ひょっとするともっと高評価になる可能性もあり得ますね。
どの作品も手紙のやり取りを通して、少しずつある事件の真相に迫っていくというパターンで、プチサプライズが味わえます。しかし驚愕というほどではありません。第一話は最終的にそれはないだろうって言うのが正直なところ。第二話はあまりにも偶然が過ぎる気がします。第三話が最もミステリらしい作品だと思いますが、まあありきたりな感じで、感心する程のことでもない気がします。
『往復書簡』確かにそうなんですが、あまりそそられるタイトルではありませんね。作者の実力は見て取れますが、なんだか色々惜しい短編集ではないかとの印象で、個人的には多分すぐに忘れると思います。

No.968 5点 今昔百鬼拾遺 河童- 京極夏彦 2019/06/09 22:10
昭和29年、夏。複雑に蛇行する夷隅川水系に、次々と奇妙な水死体が浮かんだ。3体目発見の報せを受けた科学雑誌「稀譚月報」の記者・中禅寺敦子は、薔薇十字探偵社の益田が調査中の模造宝石事件との関連を探るべく現地に向かった。第一発見者の女学生・呉美由紀、妖怪研究家・多々良勝五郎らと共に怪事件の謎に迫るが―。山奥を流れる、美しく澄んだ川で巻き起こった惨劇と悲劇の真相とは。百鬼夜行シリーズ待望の長編!
『BOOK』データベースより。

本作を高く評価する人は筋金入りの京極ファンか、京極作品を一度も読んだことのない人だと思います。冒頭で女子高生四人がキャーキャー言いながら、河童談義をしているのは微笑ましいですが、基本的に百鬼夜行シリーズは悲劇でしょうから、それに反するユーモラスなこの作品はややずれているのではないかと思ってしまいます。確かに河童に関する薀蓄も語られますし、それらしい雰囲気の片鱗は見せていますが、『鬼』と比較してもトーンが明るすぎる気がします。
多々良勝五郎は別として、敦子、益田、呉美由紀らの脇役が何人集まっても主役にはなれません。つまり、主役不在の百鬼夜行シリーズ、又は脇役が主役になったシリーズでしょうか。やはり京極堂あっての百鬼夜行ですよね、これではダメだなあ。

事件は変節を経ますが構造は至って単純で、途中で大凡の真相は見えてきてしまいます。それでも結末はそれなりに読ませますが、意外性などはほとんどありませんね。そもそも誰が真犯人でなぜ全員水死体なのかといった次元の問題ではないですから。少なくともミステリファンの求めているような終息には至らないだろうと思いますよ。
余談ですが、表紙のモデルは三作とも人気の今田美桜ですが、いずれもお面を被っている為お顔は拝見できません。ただスタイルの良さは伺えます。

No.967 5点 文豪ストレイドッグス 探偵社設立秘話 - 朝霧カフカ 2019/06/06 22:23
今から十余年前、横浜で用心棒として名を馳せる銀髪の一匹狼がいた。その名は福沢諭吉。彼は妙な成り行きから、傍若無人で破壊的に人の話を聞かないが、超天才的な推理力を持つ少年・江戸川乱歩の面倒を見るはめに。警護のため福沢たちは殺人予告のあった劇場へ赴くが、殺人は劇の舞台上で、見えない何者かの手によって引き起こされて…!?武装探偵社始まりの物語と、中島敦入社前夜の探偵社の様子を描く、豪華2本立て!!
『BOOK』データベースより。

短編+中編の構成。
短編の『ある探偵社の日常』は武装探偵社の入社試験の方法について、ああでもないこうでもないと議論する、ある意味前説のようなものです。国木田独歩、太宰治、谷崎潤一郎、与謝野晶子といった異能探偵たちの個性のぶつかり合いが読みどころですが、一応紆余曲折がありそれなりに楽しめます。

本題は福沢諭吉と少年江戸川乱歩の出会いと殺人事件の二連発を描いた『探偵社設立秘話』でしょう。ミステリとしては突っ込みどころが多すぎて、何とも言いようがありませんが、キャラクター小説としては諭吉と乱歩を等分に描いており、それぞれ違った能力を発揮してなかなかの面白さを見せてくれます。まあ、あくまでコミックスの小説版ですから、そこはそれやはりコミックスの域を出ていない感触はあります。ちなみに、佐々木琴子がハマっているシリーズ(もちろんコミックスのほう)でもあるそうですよ。小説より漫画のほうが面白いのかも知れませんね。

No.966 6点 閻魔堂沙羅の推理奇譚 負け犬たちの密室- 木元哉多 2019/06/03 22:12
「閻魔堂へようこそ」。閻魔大王の娘・沙羅を名乗る美少女は浦田に語りかける。元甲子園投手の彼は、別荘内で何者かにボトルシップで撲殺され、現場は密室化、犯人はいまだ不明だという。容疑者はかつて甲子園で共に戦ったが、今はうだつのあがらない負け犬たち。誰が俺を殺した?犯人を指摘できなければ地獄行き!?浦田は現世への蘇りを賭けた霊界の推理ゲームへ挑む!
『BOOK』データベースより。

前作よりかなり本格色が濃くなって、確かな手応えを感じます。第一話では前作の書評にも書きましたが私の要望通り、現職の刑事が主人公で、派手さはないもののしっかりとしたミステリに仕上がっていると思います。伏線も効いていて好感が持てます。第二話はワンパターンと思わせて、一捻りしているところに新味が見られます。もっとも、登場人物が少ないのでおおよそのオチは読めますが、ラストが良い味を出していますね。第三話はちょっと風変わりな密室物。これはいわゆるクローズドサークルの変形で、短編にしては盛り沢山の内容な上、トリックもなかなか斬新でよく練られていると感じました。

全体を通して格段の進歩を遂げたとの印象を受けました。文章などは堂に入っており、既に大家の貫録すら感じさせます。あとは今後まだまだ本シリーズをメインにしていくのか、或いは新たなシリーズを発進させるのかといったところだと思いますが、個人的にはガチガチの本格を長編で読んでみたいですね。この人は少なくともそれだけのポテンシャルを有している作家だと思いますので。7点に近い6点です。

No.965 6点 ifの悲劇- 浦賀和宏 2019/05/31 22:42
【ネタバレ注意 既読の方もしくは、今後本作を絶対読まないという方限定】

小説家の加納は、愛する妹の自殺に疑惑を感じていた。やがて妹の婚約者だった奥津の浮気が原因だと突き止め、奥津を呼び出して殺害。しかし偽装工作を終え戻る途中、加納の運転する車の目の前に男性が現れて…。ここから物語はふたつに分岐していく。A.男性を轢き殺してしまった場合、B.間一髪、男性を轢かずに済んだ場合。ふたつのパラレルワールドが鮮やかにひとつに結びつくとき、予測不能な衝撃の真実が明らかになる!
『BOOK』データベースより。

まさに想像の斜め上を行く、と言うより想像の真上を行く絶妙な仕掛け。これにはさすがに騙されました。
意外に単純なストーリーだと思いながら読んでいましたが、実はとんでもない食わせ者で、かなり複雑に入り組んだ話なので、読者はそれを覚悟の上で慎重に読み進めなければなりません。ただし、それ程面白い訳ではなく、なんとなく読み流していると後で後悔する羽目になるかもしれません。途中で違和感を覚え、それらを頼りに真相に迫ろうとし、そして作者の企みを見抜こうとする勇敢な読者にはハッとするような天啓が訪れる瞬間がやってくるかもしれませんね。

それにしても、誰もが「そっちかい」と思わず唸るようなエピローグには、それは違うんじゃないかとか、やり方が汚いとの意見も上がりそうですが、もう一度最初から読み直してみると、作者がいかに巧妙に騙しのテクニックを駆使しているかに気付くと思います。○○トリックや××トリックを上手い具合に仕込んだ、浦賀らしい(らしからぬ?)一篇ではないでしょうか。
読後腹を立てる人もいるかもしれませんが、個人的には満足しています、騙されたことに、そして見事な着地を見せた作者に対して。

No.964 6点 TENGU- 柴田哲孝 2019/05/29 22:20
第9回 大藪春彦賞受賞作
26年前の捜査資料と、中央通信の道平(みちひら)記者は対面した。凄惨(せいさん)きわまりない他殺体の写真。そして、唯一の犯人の物証である体毛。当時はまだなかったDNA鑑定を行なうと意外な事実が……。1974年秋、群馬県の寒村を襲った連続殺人事件は、いったい何者の仕業(しわざ)だったのか? 70年代の世界情勢が絡む壮大なスケールで、圧倒的評価を得て大藪春彦賞に輝いた傑作。

これは勿論本格ではなく、それどころかミステリかどうかも疑わしい作品です。連続殺人事件は起こります。しかし、物語が進むにつれ次第に流れが読めてしまい、真犯人の正体も薄々想像が付いて、やや興冷めしてしまいますね。
ホラー色を濃くするとか、サスペンスを効かせて盛り上げるとか、もう少しやり様があった気がします。話のスケールが大きい割りに小ぢんまりと纏まってしまっている感が否めません。全体的に地味なんですよね、もっと派手にやって欲しかった。仮定の話で申し訳ないですが、これをたとえば島荘が書いていたらとか考えると、勿体ないなというのが率直な感想です。ですので、あるシーンでは本当は度肝を抜かれるようなサプライズであろうはずが、なんとなくやっぱりその辺りに落ち着くんだって思ってしまいました。個人的には十分楽しめなかったとしか言いようがありません。でも6点です、だってしょうがないじゃないですか、それなりの評価はしないとダメなんじゃないかという気持ちも捨てがたいですし。

No.963 6点 阿修羅ガール- 舞城王太郎 2019/05/25 22:25
アイコは金田陽治への想いを抱えて少女的(ガーリッシュ)に悩んでいた。その間に街はカオスの大車輪! グルグル魔人は暴走してるし、同級生は誘拐されてるし、子供たちはアルマゲドンを始めてるし。世界は、そして私の恋はどうなっちゃうんだろう? 東京と魔界を彷徨いながら、アイコが見つけたものとは――。三島由紀夫賞受賞作。受賞記念として発表された短篇「川を泳いで渡る蛇」を併録。

一見どう考えてもふざけているとしか思えない書きっぷりですが、本人は超真面目に書いたんだろうなと個人的には感じます。じゃなきゃ三島由紀夫賞は獲れませんよ。
第一部でグルグル魔人の猟奇殺人や誘拐事件で読者を惹きつけておいて、第二部でとんでも世界を暴走してなじゃこりゃとなって、結局最後は上手い具合に纏め上げるという手練手管を見せる、流石です。アルマゲドンの意味や誘拐の経緯などは詳らかにされてはいませんが、そんなことは些事にさえ思えるような作品ですので、評が割れるのも致し方ないでしょうね。好き嫌いがはっきり分かれる、何とも言えない小説です。

そもそも面白いとか良い作品だとか、感動するとか感銘を受けるといった読書する上で大切な感情を拒否しているとしか思えません。それでも読者を突き放している訳ではなく、アイコという少女を通して人間の様々な在り方を追求したような感覚を覚えます。これが舞城なのだと、それははっきり言えるんじゃないでしょうかね。
蛇足ですが、文庫版に併録された短編はいらなかったです。

No.962 6点 東京輪舞- 月村了衛 2019/05/22 22:07
昭和・平成の日本裏面史を「貫通」する公安警察小説!
かつて田中角栄邸を警備していた警察官・砂田修作は、公安へと異動し、時代を賑わす数々の事件と関わっていくことになる。
ロッキード、東芝COCOM、ソ連崩壊、地下鉄サリン、長官狙撃……。
それらの事件には、警察内の様々な思惑、腐敗、外部からの圧力などが複雑に絡み合っていた――。

昭和・平成史上最も重大な事件の裏には、こんな物語もあったかもという、あくまでフィクションであり警察小説の大河ドラマの様な感じです。
警察庁や警視庁、その傘下である公安の官僚を始めとする各ポストの登場人物が次々と現れ、頭を整理するのにやや苦労します。まあ私の読解力と頭の弱さの問題もありますが。結構な大作でスケールの大きさは感じますが、砂田という異動を繰り返す主人公を中心とした人間ドラマでもあります。

元々興味本位で読んでみたのですが、政治や時事問題に関心のあまりない人は読まないほうが良いと思います。特にロッキードと言われてもピンと来ない世代(私も含め)は正直難解な面がありますね。物語はロシアや北朝鮮も絡んできて、国際問題にも言及していますが、最後は悉く砂田の敗北という形で終焉します。そりゃあそうですよね、歴史は変えられないんですから。その意味でのカタルシスは訪れません。しかし、結末は哀愁に満ちており確かな余韻を残すものとなっています。

No.961 3点 増加博士の事件簿- 二階堂黎人 2019/05/17 22:10
半分に千切られたトランプ、血染めの五芒星、握られた釣り餌、口の中の割れた茶碗、鼻の穴に突っ込まれた指…凶悪事件現場に遺されたあまりに不可解なダイイング・メッセージ。その真相に巨漢の名探偵・増加博士と痩身の羽鳥警部のでこぼこコンビが挑む!不可能犯罪、トリック、ユーモア、そしてウンチクがたっぷりと詰まった“頭脳刺激”系ミステリー誕生。
『BOOK』データベースより。

基本的にワンアイディアでお手軽に出来上がったショートショートの作品集。
それにしてもダイイングメッセージ物が多いですねえ。しかも、どれもこじ付けやダジャレみたいな感じのばかりで、総じて脱力系です。フェル博士をモデルにした増加博士なのに密室は僅かで、全く楽しめません。買う前にせめてAmazonでレビューを確認すれば良かった、失敗でした。ブックオフで100円だったから、まあいいか。でも時間の無駄遣いでした。
はっきり言って、やっつけ仕事感が半端ないですね。ちょっと頭を捻れば素人でも書けそうなものばかりで、これが二階堂黎人の作品集かと疑わしさすら覚えます。唯一面白かったのは『人工衛星の殺人』くらいでした。

No.960 5点 パラドックス学園 開かれた密室- 鯨統一郎 2019/05/15 22:24
パラドックス学園というよりパラレル学園のほうがしっくりきます。確かにパラドックスに関しても記述はありますが、本筋はあくまでパラレルワールドですね。世界に名だたる若き日のミステリ作家たちが同じ学園に通う世界。しかも、彼らはミステリ小説に対する知識すら持っていない。そんな中で起こる密室殺人事件。これはなかなか魅力的な設定ではありますね。
しかし、大多数の人が何じゃこりゃと思うんじゃないでしょうか。特に本格志向の強い人ほどそのトリックの馬鹿馬鹿しさに怒りすら覚えるかもしれません。こんなものはミステリではないと一蹴するのは簡単ですが、あくまでメタミステリとの解釈により、個人的には納得できる内容でした。私は面白ければ何でもOKなくちですからね、このようなバカミスでも十分許容範囲内ですよ。

解決編はどんどんあらぬ方向へ向かって突っ走っていきますが、最終的にまさか作者が犯人とか言い出すんじゃないだろうなと危惧しましたが、何とか杞憂に終わり安堵しました。とは言え、犯人は意外すぎる人物で、しかもトリックがあれでは本を壁に叩き付けたくなる気持ちも分からないでもありませんが、それは出来ないような仕組みになっていたりします。
ともかく、「マトモ」なミステリではないので、それを了解したうえで読む分には支障はないですが、読者を選ぶ作品なのは間違いありません。
余談ですが、エラリー・クイーンの二人の正体には正直驚きました。油断してましたね。

No.959 6点 殺意は必ず三度ある- 東川篤哉 2019/05/13 22:25
連戦連敗の鯉ヶ窪学園野球部のグラウンドからベースが盗まれた。われらが探偵部にも相談が持ち込まれるが、あえなく未解決に。その一週間後。ライバル校との対抗戦の最中に、野球部監督の死体がバックスクリーンで発見された!傍らにはなぜか盗まれたベースが…。探偵部の面々がしょーもない推理で事件を混迷させる中、最後に明らかになる驚愕のトリックとは?
『BOOK』データベースより。

殺人事件が起こるまでは非常にユーモアに富んだ文章で笑わせてもらいました。それ以降は、まあ普通の本格ミステリの範疇に収まると思いますが、全体的に緩い展開で緊張感はあまり感じられません。
問題のメイントリックに関しては、色んな意味で無理がありそうです。その奇想は認めざる得ませんが、現実味が薄いと個人的には言うしかありません。下手をするとバカミスになりそうなのですが、盲点を突いているのは確かです。しかし、わざわざ危険を冒してまでそんな面倒なことをするかという疑問は残ります。そりゃあフィクションだから、ミステリだから別にいいじゃん、みたいな意見は否定しませんけど。

一方、見立て殺人の理由は概ね納得の行くものであり、こちらはなるほどと思いました。
決して派手な作品ではありませんが、野球好きの方はさらに楽しめるでしょうし、そうでなくても老若男女誰でも気軽に手に取ることのできる好編ではないかと。肩が凝らなくて笑えるのがいいですね。

No.958 6点 傷物語- 西尾維新 2019/05/10 22:11
全てはここから始まる!『化物語』前日譚! 全ての始まりは終業式の夜。阿良々木暦と、美しき吸血鬼キスショット・アセロラオリオン・ハードアンダーブレードの出逢いから――。『化物語』前日譚!!

安定の面白さですね。安心して読めますが、どこか突出したところがあるかと言うとそうでもない。でも程々にスリリングで、萌え要素に関しては文句の付け様がありません。
これは阿良々木自身の物語であり、彼が人ならざる人間に変身してしまった原因を描いており、シリーズにとって欠かすことのできない作品でしょう。そして忍野との出会いも勿論明かされます。阿良々木暦の人間性にも迫りますが、前作でそれ程目立たなかった感のある委員長羽川翼の存在が、何より大きいのは誰もが認めるところではないかと思います。実際私の中では好感度急上昇です。それなのに、阿良々木が彼女の気持ちに気付いていないかのような振る舞い、或いは本当に気付いていないのか?判りませんが、ちょっと酷すぎるのではないかと。
あとがきにあるように、『化物語』よりも先にこちらを読んでも全然問題ないと思います。ただ、こんな事があったのに何故他の女子を?という疑問を抱かざるを得ないかもしれませんね。

No.957 7点 病葉流れて- 白川道 2019/05/06 22:36
本作はミステリではありません。本格麻雀小説です。が、まあピカレスク・ロマンと言えなくもないので、その意味ではミステリと通じるものがあります。どなたが登録されたのか分かりませんが、そういった事を鑑みての登録だったのかもしれません。

麻雀小説はどうしても金字塔の『麻雀放浪記』と比較されると思いますが、ストーリー性などを比べると遠く及ばないものの、博打の世界にのめり込む主人公のあまりに苛烈な青春の日々や、闘牌シーンの迫力、アクの強い好敵手たちの描写は見るべきものがあります。
中でも大学の先輩である永田が博打に関する心構えを、主人公の梨田に伝授する言葉にはギャンブル全般に通じる金言が含まれており、なるほどと思わせます。それは取りも直さず作者の博打に対する考え方や発想であり、白川氏はその道でもかなりの腕を発揮したのではないかと想像します。
麻雀を打たない人にはピンと来ないでしょうから、お薦め出来ませんが、ギャンブル好きには堪らないと思いますよ。ただ、『麻雀放浪記青春編』などのように、最後の対決に臨む面子のそれぞれの境遇などにはページを割かれていませんので、その意味ではやや物足りなさを覚えるかもしれません。
麻雀を覚えて半年程度の大学一年生が、麻雀の猛者たちにどう立ち向かって行くのかが読みどころとなっています。娯楽小説としても一級品だと思います。

No.956 6点 ルビンの壺が割れた- 宿野かほる 2019/05/02 22:17
「突然のメッセージで驚かれたことと思います。失礼をお許しください」――送信した相手は、かつて恋人だった女性。SNSでの邂逅から始まったぎこちないやりとりは、徐々に変容を見せ始め……。ジェットコースターのように先の読めない展開、その先に待ち受ける驚愕のラスト。覆面作家によるデビュー作にして、話題沸騰の超問題作!

これはなかなか。Amazonで散々こき下ろされていますが、そんなに酷いとは思えません。確かにほとんど伏線なしでの種明かしはあまり感心しませんが、だからこそ驚愕が生まれるのではないでしょうか。別に本格ミステリという訳ではなし、読者が論理立てて推理できる余地が必要とも思いませんし、こうした形式の作品に限っては、特段アンフェアだの説明不足だのといった尺度で測るようなものではない気がします。イヤミスの突然変異的な新タイプと考えれば、十分納得の行く出来だと思います。

名探偵ジャパンさんは危惧されておられますが、大丈夫ですよ。私のような面白いものなら何でも読むという人間は意外と多いと思います。そういう人が本作を読んでもっと違ったミステリにも触手を動かすことは、すなわちミステリの裾野を広げるってことですから、今後のミステリ界に寄与する結果にもなり得るでしょう。
ミステリ小説というジャンルは、古の名作を超える斬新なアイディアをどんどん取り入れて進化を遂げて、様々に派生し、飽和し、それを破壊し、その中から新たな古典と呼ばれる作品群を生み出す、そうした歴史を繰り返すものじゃないでしょうか。少なくとも本作によって影響を受けた作家が出現する可能性も否定できませんしね。

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メルカトルさん
ひとこと
「ミステリの祭典」の異端児、メルカトルです。変人でもあります。色んな意味で嫌われ者です(笑)。
最近では、自分好みの本格ミステリが見当たらず、過去の名作も読み尽した感があり、誰も読まないような作品ばか...
好きな作家
島田荘司 京極夏彦 綾辻行人 麻耶雄嵩 浦賀和宏 白井智之 他多数
採点傾向
平均点: 6.04点   採点数: 1835件
採点の多い作家(TOP10)
浦賀和宏(33)
アンソロジー(出版社編)(26)
島田荘司(25)
西尾維新(25)
綾辻行人(22)
京極夏彦(22)
中山七里(19)
折原一(19)
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