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メルカトルさん
平均点: 6.04点 書評数: 1829件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1189 7点 妖琦庵夜話 空蟬の少年- 榎田ユウリ 2020/10/05 22:40
妖怪のDNAを持つ存在、「妖人」。茶室「妖〓(き)庵」の主・洗足伊織は、すば抜けた美貌と洞察力を持つ妖人だ。人間と妖人とを見分けるその力で、警視庁妖人対策本部、略してY対の捜査に協力している。今回の仕事は、予言ができる妖人「件」を名乗る占い師の真贋を見分けること。その矢先、本物の「件」である、美しい女性占い師が殺されて!?伊織の「家族」で妖人の美少年、マメとの絆も描かれる、大人気妖怪探偵小説、待望の第2弾!!
『BOOK』データベースより。

一から十まで過不足なく描かれた本格ミステリ。ただ、人間の中に人間と変わらぬ姿の妖人が共存するという特殊設定の為、色物として捉えられがちだと思いますが、決してそうではありません。確かに変化球ではありますが、ちゃんとミステリとして成り立っています。例えばあのトリックを駆使している辺り、やはり只者ではないと断じて良いのではないでしょうか。
そして何よりも、前作に続く主要キャストのキャラの立ち方が素晴らしいです。それは犯人やサイドストーリーの主役や警察関係者にまで及び、どの登場人物も個性的に描かれています。特に豆洗い妖人のマメが全編に亘って癒しを与えてくれていて、非常に好感度が高いですね。

小説の出来としては前作と肩を並べる位の佳作であることは間違いないと思います。一つだけ不満があるとすれば、あまりに周りのキャラが目立ちすぎて、肝心の探偵役である伊織の存在感がやや薄目な気がすることでしょうか。他にはちょっとありきたりな物語であるようにも見える、くらいですね。個人的にはそこはあまり気になりませんでしたが。

No.1188 6点 ブルーマーダー- 誉田哲也 2020/10/03 22:38
あなた、ブルーマーダーを知ってる?この街を牛耳っている、怪物のことよ。姫川玲子。常に彼女とともに捜査にあたっていた菊田和男。『インビジブルレイン』で玲子とコンビを組んだベテラン刑事下井。そして、悪徳脱法刑事ガンテツ。謎めいた連続殺人事件。殺意は、刑事たちにも牙をむきはじめる。
『BOOK』データベースより。

姫川玲子シリーズ第六弾。ど真ん中の剛速球でどストーレトな本格警察小説です。トリックとかフーダニットとか、そんな物クソ喰らえとばかりな、どこまでも真っ直ぐで由緒正しき警察小説。
物語は池袋署に異動になった姫川、中野警察署刑事組織犯罪対策課の下井、千住署刑組課強行犯捜査係所属、かつて姫川との因縁浅からぬ菊田和夫、犯人の一味らしき人物の四視点で語られます。それが次第に繋がっていき、最後に一つになった時一体何が起こるのか。そんなスリリングで残酷で清々しく、スピード感溢れる展開に酔い痴れる事請け合いです。何よりも骨太な骨格である事が素晴らしく、作者の本領を十分に発揮していると思います。

また、第一作の『ストロベリー・ナイト』と二作目の『ソウルケイジ』しか本シリーズを読んでいない私には、何故姫川班が分解したのか、姫川と菊田の関係はいつの間にこうなったのかが見えてきません。途中を飛ばした罰ですね。
相変わらずガンテツは美味しいところを掻っ攫って、しかも嫌味でアクの強さを遺憾なく見せつけてくれます。最後に井岡と國奥がちょっとだけ出てくるのも、懐かしさを覚えました。
参考文献の最後に差し入れの女王として知られた、竹内結子さんの名前があるのが涙を誘います。

No.1187 5点 花物語- 西尾維新 2020/09/30 22:26
“薬になれなきゃ毒になれ。でなきゃあんたはただの水だ”阿良々木暦の卒業後、高校三年生に進級した神原駿河。直江津高校にひとり残された彼女の耳に届いたのは、“願いを必ず叶えてくれる『悪魔様』”の噂だった…。“物語”は、少しずつ深みへと堕ちていく―。
『BOOK』データベースより。

阿良々木暦や戦場ヶ原が卒業した後、神原駿河が高校三年に進級した時の物語。やはり主役級の阿良々木、戦場ヶ原、羽川がいないと淋しいものがありますね。必然的に忍野忍も八九寺真宵らも出てきません。登場するのは、ここ大事なので、貝木泥舟と阿良々木火憐。新たなキャラが沼地蠟花、忍野扇。今一つ物足りませんね。
これは神原駿河の物語というより沼地蠟花の物語と言ってしまったほうがしっくりきます。よって、神原の最も重要な芯となる怪異に関しての記述が、あまりにも希薄過ぎると思います。確かに神原の内面は描かれていますが、あくまで彼女は狂言回し役として機能しているようなもの。そして、私がこれまで抱いてきた神原のイメージよりもかなり大人し目な人物のように感じられ、羽川の時のような魅力は認められませんでしたね。

ストーリーとしては相変わらず大した紆余曲折もなしに、単純明快である意味一本調子です。ただその描写力で圧倒しているだけで、内容としては面白いものではありません。忘れた頃に阿良々木暦が登場しますが、キーパーソンとしては描かれていません。まあ読者サービスのようなものかと。今回は神原の一人称が裏目に出た感じがしましたね。

No.1186 5点 教祖誕生- ビートたけし 2020/09/28 21:45
「教祖来る。神と出会う集会開催」手渡された一枚のチラシ。そして、目前で実演される感動的な奇跡。うぶな和夫は、インチキを信じ教団職員となるが、そこに宗教はなかった。初代教祖が亡くなると、実権を握る総務主管・司馬は、二代目教祖に和夫を抜擢した。彼は教祖の聖性を否定し、自らの力で完璧な唯一神を創造しようとしていた。「現代の教祖」が、神への試練に挑んだ長編小説。
『BOOK』データベースより。

冒頭のエピソードはその後の展開を期待させるに十分なものでした。しかし、いざ本編が始まると何となく流された感があり、今一つ盛り上がりません。教団職員になりたての和夫がいきなり二代目教祖に任命されるのもリアリティに欠けます。地味ですが、神と教団、教祖と神、教祖と教団の関係性に対する言及はたけしの宗教観や、神に対する思いがそのまま盛り込まれている感じがしました。

映画化されていますしDVDにもなっていますので、それなりに話題にはなったかもしれません。ただ、原作としては決して映像向きとは言えないと思います。
主人公の和夫よりもアクの強い司馬のほうが実質的に主役でしょう。彼の言動は作者の人生観がそっくり乗り移っている気がします。教団内には様々な人間が存在しており、考え方の違いでぶつかり合う場面が多く、そういったシーンが一つの読みどころとなっていますね。
解説は現在日本最大の教団にも触れており、その部分はなかなかの英断だと思いました。

No.1185 6点 平成都市伝説- アンソロジー(国内編集者) 2020/09/27 22:59
口裂け女、発条足男、学校の怪談などの都市伝説をモチーフにした平成時代のホラー短編集。作家陣は斎藤肇、奥田哲也、牧野修、田中啓文、友成純一ら九名。
真正面から都市伝説に取り組んだと言える作品はほとんどなく、どこかしら捻りを加えて作者なりの色を出そうとしている姿が微笑ましいです。中にはただのホラーじゃないかとも思える作品もあり、取り立てて都市伝説にこだわる必要はなかった気もします。

例えばやや期待していた斎藤肇の『名残』は単に幽霊同志のやり取りを淡々と描いただけの凡作で、もはやこの人は作家として終わっているのではないかと思わせるような不出来です。
逆に面白かったのは梶尾真治の『わが愛しの口裂け女』。死を目前にした父が語る失踪した母との思い出を語り、最後には口裂け女の本領を発揮した感動すら覚える魅力的なホラーに仕上がっていると思います。
また田中啓文の『読むなの本』もなかなかの出来。いじめに遭っている小学二年の幾人が逃げ込む図書室で出会った不思議な体験を描いています。そしてラストはやはり得意のダジャレが炸裂します。しかし流石に読ませる力は見るべきものがありますね。
友成純一は初めて読みますが、噂に違わず相当グロイです。他は可もなく不可もなしといったところ。まあ全体としてはそれなりに楽しめました。

No.1184 6点 明石家さんま殺人事件- そのまんま東 2020/09/25 22:41
前作に続き今回は明石家さんま。そのまんま東、軍団の連中が、今度はディレクターに謎の脅迫状を送り、さんまを騙そうと画策するが、それが本当の事件に発展し、さらに事件は連続性を帯びてくるが・・・という内容。

明石家さんまばかりにフォーカスが当てられ、何だかアンバランスな印象を受けました。その分、さんまの人間性や日常の姿が克明に描かれて、その筋のファンには受けたかもしれないと思われます。それにしても当時は人気が最盛期の頃で『あっぱれさんま大先生』『笑っていいとも』『さんまのまんま』などさんまが出演していた帯番組が幾つもあったなと思い出しました。

一応本格ミステリですが、例えば密室トリックなどはかなり無理筋ではないかと言う気はします。発想は面白いんですが、リアリティのなさはやり過ぎ感が漂いますね。ラストは結局そういう事なのね、で納得。東、やりたい放題だなと思いました。今回は軍団の影がかなり薄く、ユーモアも前作の半分程度、奇想も今一歩発揮できていないと感じます。さんまの表情がしつこい位描写されており、それが一応伏線にはなっています。そして黒幕はさんまなのかどうかは別として、とにかくさんまありきの作品であるのは間違いないですね。

No.1183 6点 魔剣天翔- 森博嗣 2020/09/24 22:32
アクロバット飛行中の二人乗り航空機。高空に浮ぶその完全密室で起こった殺人。エンジェル・マヌーヴァと呼ばれる宝剣をめぐって、会場を訪れた保呂草と無料招待券につられた阿漕荘の面々は不可思議な事件に巻き込まれてしまう。悲劇の宝剣と最高難度の密室トリックの謎を瀬在丸紅子が鮮やかに触き明かす。
『BOOK』データベースより。

本シリーズは初ですので、誰が探偵なのかすら知らないまま読み始めました。正直全体的に冗長な感が否めません。特に伏線となる描写もないまま、余分とも思えるエピソードがあったりして、水増し感が感じられます。その割に解決編がいかにも呆気なさ過ぎてなんだか盛り上がらないですね。終盤のある人物の独白が島荘ばりで最も読み応えがありました。それにしても動機はどうなってるんでしょう。単なる読み落としですか。トリックとしては面白いと思いましたけど、わざわざそんな突飛で派手なシチュエーションで殺人を犯すかなという気もします。

これまでも再三書いてきましたが、どうも森博嗣の文章には感情が篭っていないというか、血が通っていない感じがして仕方ありません。だからグッと来るものが無いんじゃないでしょうかね。誰にも感情移入できませんでしたしね。ファンにとってはそこが良いんじゃないか、って事になるのかも知れませんけど。

No.1182 8点 夢をかなえるゾウ- 水野敬也 2020/09/22 22:12
「お前なぁ、このままやと2000%成功でけへんで」ダメダメなサラリーマンの前に突然現れた関西弁を喋るゾウの姿をした神様“ガネーシャ”。成功するために教えられたことは「靴をみがく」とか「コンビニで募金する」とか地味なものばかりで…。ベストセラー『ウケる技術』の著者が贈る、愛と笑いのファンタジー小説。
『BOOK』データベースより。

自己啓発本と聞いて良いイメージを持つ人は少ないと思います。正直私も胡散臭い、怪しいと考えていました。しかしAmazonでのレビューが現時点で2288という桁違いの数を数えているのを知り、興味を持ちました。で読んでみると、実際面白い。途中何度も笑えます。何より、成功する為の秘訣を伝授する側と伝授される側の両面から描いているのがフェアな感じがして好感が持てます。サラリーマンは何度もこんな事で本当に自分は変われるのだろうか、と自問します。それでも一つ一つの課題をこなしていく内に次第に変わっていく自分を発見したりもしていて、なるほどと思わされてしまうのは、私だけではないはず。

啓発の提示そのものは勿論、小説としてしっかりと成立しており、非常に楽しめると思います。著者は小説家のセンスも持っているのか、シリーズを通してとんでもないベストセラーを叩き出しており、大衆受けするのは間違いないと思いますね。洗脳?いえいえとんでもない。おそらく全課題を実行すれば、確実に自分を変えることが可能と断言しても良いです。まあ、その課題をいくつクリアできるか、実際私には僅かしか出来ないかも知れません。それじゃダメじゃんってことですけど。そんなものですよ。作中にも書かれていますが、自分を変え成功するのは容易ではない訳です。
ただ、自分は読んで楽しめれば何でもOKなので、問題ないですけどね。出来ればもっと若い頃に出会いたかった一冊と言えそうです。世界的に有名な偉人が42人も出てきます、それだけでも凄いのに釈迦がガネーシャの友達として友情出演しており、そこが一番笑えましたね。

No.1181 6点 “文学少女”と慟哭の巡礼者(パルミエーレ)- 野村美月 2020/09/21 22:12
もうすぐ遠子は卒業する。それを寂しく思う一方で、ななせとは初詣に行ったりと、ほんの少し距離を縮める心葉。だが、突然ななせが入院したと聞き、見舞いに行った心葉は、片時も忘れたことのなかったひとりの少女と再会する!過去と変わらず微笑む少女。しかし彼女を中心として、心葉と周囲の人達との絆は大きく軋み始める。一体何が真実なのか。彼女は何を願っているのか―。“文学少女”が“想像”する、少女の本当の想いとは!?待望の第5弾。
『BOOK』データベースより。

今回は宮沢賢治『銀河鉄道の夜』。これを読んでいないとやや不利だと思われます。ジョバンニとカムパネルラの関係性を理解していないと、分かりづらい点がありそうです。『銀河鉄道の夜』と作中の心葉の書いた小説と、実際の心葉と美羽の関係が最終章でちょっとごちゃごちゃした感じで語られるのが、感動に水を差している気がしてなりません。

第一作からここまで引っ張ってきた、美羽の自殺未遂の謎。そして何故心葉は小説を書いたのかというホワイダニットは予定調和と言うか、あまりに呆気なさ過ぎて拍子抜けの感が否めません。まあ美羽の揺れ動く気持ちには心が痛みますし、心葉の抜き差しならない状況にも同情は禁じ得ませんけど。
ただ、全ての登場人物にしっかりとした役割が与えられており、単なるキャラの魅力だけでは終わらない物語が紡がれている辺りは流石だと思います。
それにしても、いきなり心葉くんと琴吹さんがいつのまにこんな雰囲気になっていたのか、ちょっと解せません。まあ、それを書く枚数が足りなかったと思いたいですね。

No.1180 7点 GOTH モリノヨル- 乙一 2020/09/20 22:52
第3回本格ミステリ大賞受賞のほか「このミステリーがすごい!」第2位など話題をさらい、合計100万部を誇る乙一の代表作「GOTH」。2008年12月20日から全国公開される映画「GOTH」の試写を観てインスピレーションを受けた乙一が、急遽、「GOTH」の後日談と言える新作小説を書き下ろした。
単行本刊行から6年、執筆時から7年ぶりのことであり、旧作を振り返らないことで知られる乙一にとって、今回の書き下ろしは非常に稀有なことといえる。

―12月のある土曜日、森野夜は人気のない森に入っていく。そこは7年前に少女の死体が遺棄された現場だった。「死体をふりをして記念写真を撮る」つもりだった彼女は、誰もいないはずのそこで、ある男に出会う―。
Amazon 商品紹介、内容紹介より。

再読です。前回は文庫本でしたが、今回は単行本です。何が違うのかと言うと、文庫本にない写真が掲載されている点です。ちょっとした写真集が半分を占めており、装丁としては珍しい部類だと思います。

読み始めた段階であれ?という感覚がありましたが、やはり読み進めるうちに内容を完全に思い出しました。新鮮さという点に於いては初読の際に感じた衝撃は薄れていたものの、じっくり噛み締めるように読ませていただきました。一つ一つの言葉のチョイス、情感、浮かび上がる情景、独特の雰囲気など確かに胸に迫るものがありましたね。ホラーと思わせておいて、紛れもない本格ミステリだということだけは断言しておきます。

後半の写真は、おそらく森野夜という少女を想定したものと思われます。
モデルの女性(高梨臨)は、少女と言うには大人びており、本来黒髪のはずがやや濃いめの茶髪で、前髪あり、目力に満ちて、鼻筋は通って鼻梁は大きからず小さからず絵にかいたような美麗さで、唇は若干ぽってりとして肉感に溢れている、可愛いというより綺麗な印象です。森野を意識して無表情で様々な角度で撮られています。身長は高めと感じました。黒いセーラー服が似合っていると言えなくもないです。ただ、モノクロ写真でどうでもいいような、ネクタイを弄るアップが連写されていたりするのは余分だと思いますね。

No.1179 7点 AX- 伊坂幸太郎 2020/09/19 22:41
「兜」は超一流の殺し屋だが、家では妻に頭が上がらない。一人息子の克巳もあきれるほどだ。兜がこの仕事を辞めたい、と考えはじめたのは、克巳が生まれた頃だった。引退に必要な金を稼ぐために仕方なく仕事を続けていたある日、爆弾職人を軽々と始末した兜は、意外な人物から襲撃を受ける。こんな物騒な仕事をしていることは、家族はもちろん、知らない。物語の新たな可能性を切り拓いた、エンタテインメント小説の最高峰!
『BOOK』データベースより。

第一話、第二話を読み終えた時点で、殺し屋が主人公なのになんだかアットホームな話だなーと思い、第三話でおっ?となり、次でおおっ!ラストでうーむとなりました。そう、要するに一話二話は助走であり布石なのであります。ですから、そこでがっかりする必要ありません。その後に期待に違わぬ感動が待っているのですから。
私も一人の友達もいなくても自分は幸せだと、言ってみたいものだと思いますね。登場人物は少ないものの、それぞれ個性的でどこに殺し屋が転がっていてもおかしくない世界なのに、境遇はともかく人間は人間なんだと思わせる説得力があります。ただ一人、謎の医師は静かな迫力を持っていて異彩を放っている以外は。

まあ世間では伊坂を何かと過大評価しがちな、勝手な印象を私は持っていますが、本書はさすが人気作家の面目躍如していると思いました。本サイトでも高評価なのも納得の出来ですね。いろんな要素が詰まった、バランスの取れた良作です。

No.1178 5点 人柱はミイラと出会う- 石持浅海 2020/09/17 22:25
留学生リリー・メイスは、日本で不思議な風習を目にした。建築物を造る際、安全を祈念して人間を生きたまま閉じ込めるというのだ。彼ら「人柱」は、工事が終わるまで中でじっと過ごし、終われば出てきてまた別の場所にこもる。ところが、工事が終わって中に入ってみると、そこにはミイラが横たわっていた。黒衣、お歯黒、参勤交代―。パラレルワールドの日本で展開する、奇っ怪な風習と事件の真相とは。
『BOOK』データベースより。

SFファンタジーで登録されていますが、やはり本格ミステリに分類されるべき作品集だと思います。
日本古来からの習わしというか慣習を事件や殺人に絡めるという、新たな試みに挑んだ異色作ではないでしょうか。未だに残る人柱やお歯黒、参勤交代といった日本独特の文化が残る社会で起こる殺人。凄く違和感があります。何のために今さらそんな風習を?と思いますが、その異様な設定こそが作者の狙いであります。おそらくはシリーズの第一弾のトリックを活かすために、そのような無謀な戦略に出たのではないかと思います。もし設定が先にありきだとすれば、それはそれで凄いですが。

それにしても、やや強引な面は否めません。特に『ミョウガは心に効くクスリ』などはかなり無理がありますね。ある行為の動機があまりにも不自然です、そんな意味不明な行動で犯人の目的が達成できるとは到底思えません。それに一種の暗号の様なそれは、誰もが気付かなければ意味がないのではないかと。たまたま頭の切れる探偵役がいたから謎が解けましたが、普通は見過ごされて然るべきでしょうね。

No.1177 6点 聴き屋の芸術学部祭- 市井豊 2020/09/15 22:36
生まれついての聴き屋体質の大学生、柏木君が遭遇する四つの難事件。芸術学部祭の最中に作動したスプリンクラーと黒焦げ死体の謎を軽快に描いた表題作、結末のない戯曲の謎の解明を演劇部の主演女優から柏木君が強要される「からくりツィスカの余命」などを収録する。文芸サークル第三部“ザ・フール”の愉快な面々が謎を解き明かす快作、ユーモア・ミステリ界に注目の新鋭登場。
『BOOK』データベースより。

もっとユーモア色の強い作品かと思っていましたが、殊の他ロジカルな本格物でした。特に最初の表題作が出色の出来で、他も期待しましたがこれを超えるような作品は見られずその意味では残念でした。それでも派手なトリックや殺人事件よりも論理優先型の読者には持って来いの作品集だと思います。

どれも緻密なロジックで、流石に創元社推理文庫と感じました。ミステリマニアで変人の川瀬が探偵役と思いきや、実は真の探偵は柏木君だったという趣向も楽しませてもらいました。
世間的にはあまり注目されていないようですが、この作者はやれば出来る人だと思いますので、今後の活躍に期待したですね。

No.1176 7点 百舌鳥魔先生のアトリエ- 小林泰三 2020/09/13 22:33
「あなた、百舌鳥魔先生は本当に凄いのよ!」妻が始めた習い事は、前例のない芸術らしい。言葉では説明できないので、とにかく見てほしいという。翌日、家に帰ると、妻がペットの熱帯魚を刺身にしてしまっていた。だが、魚は身を削がれたまま水槽の中を泳ぎ続けていたのだ!妻が崇める異様な“芸術”は、さらに過激になり…(表題作)。他に初期の名作と名高い「兆」も収録。生と死の境界をグロテスクに描き出す極彩色の7編!
『BOOK』データベースより。

いきなり小林の異様な世界観に引きずり込まれます。起承転結など無視しての急展開に読者は否応無しにその異世界に持っていかれること間違いなし。そして第二話『首なし』にはやられました。これこそは氏を代表する作品ではないかと思います。物凄く好みです。そして最後の表題作『百舌鳥魔先生のアトリエ』はグロ全開で、しばらく食欲をなくすような嫌らしさを持っています。これぞ作者の真骨頂ですね。

初期の名作らしい『兆』はちょっと冗長で、個人的にはどうかなと思いましたが、その他全般的には水準以上の作品が並んでいます。マニアックな読者にしかお薦めはできませんし、勿論ミステリではないので本サイトではあまり大っぴらに誇れるものでものでもないですが、グロテスクに芸術性を求める人には読んでいただきたいですね。

No.1175 7点 炎に絵を- 陳舜臣 2020/09/12 22:23
神戸支店に転勤することになった葉村省吾は、兄夫婦にある調査を依頼された。彼らの父は、辛亥革命の際に革命資金を拐帯したとされているが、その汚名をはらしてほしいというのである。父の記憶がほとんどない省吾は、あまり気乗りがしなかったが、病床の兄のたっての頼みとあって事件の調査を開始する。怪しい影に命を狙われながら、二転、三転、ようやくたどりついた驚愕の真相とは?風光明媚なみなと町を舞台に展開する、謎また謎の本格推理。
『BOOK』データベースより。

ミステリ作家が書いたこなれた感じは受けなかったものの、そのプロットの秀逸さは目を瞠るものがあります。無駄な前置きがなく、すんなり本題に入っていくのは好印象。しかし、犯人の目論見通りそう簡単に事が運ぶとは正直思えませんでした。結局犯人の狙い通り上手く話がレールに乗っていますが、ちょっとご都合主義な感は否めません。

最終盤に至って、真犯人像が見えてきます。まあこれは誰でも想定の範囲内ではないかと思います。でも、省吾の辿った道と事件の錯綜する真相は意外性に満ちており、それまでの伏線も相まって、こんな事になっていたとはと驚きを隠せませんでした。ただ、それが解き解されていく過程がそれほど外連味なく描かれているのは残念です。もう少しドラマティックに盛り上げられたのではないかとの思いが過るのは確かです。
それでも前評判通りの面白さであったのは間違いありませんね。

No.1174 6点 忠臣蔵元禄十五年の反逆- 井沢元彦 2020/09/09 22:30
あまりにも巧妙なドラマ構造をもつ日本人の劇『忠臣蔵』。史実と虚構の狭間で熟成された情念の物語には見落とされていた事実がありすぎた。若き劇作家が『忠臣蔵』の〈そもそもの形〉を探り始めた時、見えてきた不吉な文脈とは?物語の謎の核心に迫るにつれ、彼の身にも危険が…。討ち入りのプロットに巧みに仕組まれた〈将軍誅伐〉の符牒を明かす、最も明晰な忠臣蔵ミステリー。
『BOOK』データベースより。

勉強にはなるが物語としては面白くはないといった歴史ミステリ。中盤までは仮名手本忠臣蔵の考察に終始し、肝心の赤穂浪士の話がほとんど出てきません。テーマはひたすら浅野内匠頭が何故松の廊下で刃傷に及んだのかで、ここでいったん結論が出ます。巧妙に仕掛けられたトリックにより、不可能犯罪を成し遂げたがごとく作者は過大評価をしていますが、一応納得は行くものの世間をざわつかせるほどの新説とは思えません。

後半はやっと実際の史実に基づいて様々な文献を用い、推理を始めますが、結局は浅野が乱心だったのか正気だったのかの一点に集約されています。大石内蔵助がどのような経緯で仇討ちを決行したかについては、おまけ程度に留まっています。ですから、この小説に赤穂浪士の物語を語ったものを期待すると必ず裏切られます。登場するのは大石、江戸急進派の三人と片岡源五右衛門、大野九郎兵衛くらいで、後は刃傷事件に関わる人々や浅野の弟の大学長広、そして当時の将軍綱吉。
どう考えても本作は『忠臣蔵』を名乗るべきではないと思いますね。敢えて名付けるなら『浅野内匠頭、刃傷の謎』でしょうか。一方、主人公の道家和弘が何者かに付け狙われる事件に関しては、あまりにも偶然の要素が強く、ご都合主義と言われても仕方ないのではないでしょうか。

No.1173 6点 転生!太宰治 転生して、すみません- 佐藤友哉 2020/09/06 22:28
あの太宰治がよりによって現代日本に転生!今を生きる太宰治が現代社会と人間への痛烈な皮肉と賛歌を謳い上げる傑作、ここに開幕!!
『BOOK』データベースより。

心中したはずの太宰治が2017年の東京に転生し、現代の様々な変容にオロオロしながら、ある野望を決意する物語。ストーリーらしいストーリーは存在せず、登場人物も少なく、ひたすら太宰が現代の文化に触れ、時に楽しみ時に動揺する姿を描いています。ことあるごとに死にたくなる太宰ですが、何だかんだ言いながら得意のお道化を発揮し、文壇に復讐するため生きる決心をします。メイドカフェで萌えを体験したり、インターネットで自身のエゴサーチをしたり、芥川賞授賞式に乱入したりやりたい放題です。

太宰治を一冊も読んだことのない私でもそれなりに楽しめたので、ファンであればより楽しめたのではないかと想像します。勿論当時の文豪たちの名前も出てきます。
これからというところで終わっており、続編を予感させる締めくくりとなっており、実際に2が出ておりシリーズ化も期待されているようです。

No.1172 7点 希望が死んだ夜に- 天祢涼 2020/09/04 22:46
神奈川県川崎市で、14歳の女子中学生・冬野ネガが、同級生の春日井のぞみを殺害した容疑で逮捕された。少女は犯行を認めたが、その動機は一切語らない。何故、のぞみは殺されたのか?二人の刑事が捜査を開始すると、意外な事実が浮かび上がって―。現代社会が抱える闇を描いた、社会派青春ミステリー。
『BOOK』データベースより。

青春ミステリなのか社会派なのか、はたまた本格なのか意見の別れるところだと思います。私としてはメッセージ性が強いので社会派の色が最も濃いのではないかという気がします。貧困や社会格差の問題提議がストーリーの中でさりげなく施されており、決して押し付けではなく自然と心に沁み込んでくる感じでしょうか。

ホワイダニットだけで最後まで引っ張るのは、流石に無理があるなと思いながら読みましたが、後から読み返してみるとそこここに伏線が張られており、ぼんやり読んでいると後悔するかもしれません。ラストの真相は正に読者の想像の遥か上を行き、驚愕しました。まさかこんなに複雑な仕掛けが用意されていようとは夢にも思いませんでした。そして切ない読後感、何とも言えません。あまり知られていない本作だと思いますが、多くの読者にお薦めしたいですね。

No.1171 8点 カマラとアマラの丘- 初野晴 2020/09/02 22:50
花々が咲き乱れる廃園となった遊園地。そこには、謎めいた青年が守る秘密の動物霊園があるという。「自分が一番大切にしているものを差し出せば、ペットを葬ってくれる」との噂を聞いて訪れる人人。せめて最期の言葉を交わせたら…。ひとと動物との切ない愛を紡いだミステリー。
『BOOK』データベースより。

本格精神を貫いたSFファンタジーの傑作。むしろ評者としては本格ミステリにより近いと思います。
五つの物語からなる連作短編集で、いずれも人間と動物の歪んだ愛の形を、感動よりもそれを上回る感銘によって読者にその有り方を問う、ある意味問題作となっています。特に第三話は何物にも代えがたい魅力を持っており、ペットの驚くべき生態が静かなタッチながら、強烈な印象を残す素晴らしい逸品に仕上がっていると思います。これこそ正に異形の本格ミステリと言っても差し支えないでしょう。これこそが作者畢生の作品集と感じます。

本書を迂闊に人とペットの感動物語と思ってはなりません。上辺だけではなく、動物のそして人間の本質を衝く稀有なミステリだと思います。もしかしたら我々が考えているより動物の思考や精神は遥かにその上を行っているのかも知れない、という仮定のもとに描かれいますが、とても絵空事とは片付けられないのではないか。そういった問題を提唱している気がしてなりません。

No.1170 6点 444 ~呪いの数字~- いぬじゅん 2020/08/31 22:07
高2の冬、東京から田舎の高校に転校してきた桜は、クラスで無視され、イジメを受ける。そんな中、この学校で以前イジメを苦に自殺したという生徒・守の1周忌に参列したとき、桜は守の母親から「444には気を付けて」と不気味な話を聞く。やがて、次々に不審な死を遂げていくクラスメイトや教師…。ラストのどんでん返しに驚愕!呪いの震撼ホラー!
『BOOK』データベースより。

イジメられていた男子生徒が自殺に際し呪いを掛けるというベタな内容ですが、テンポよく人が死んでいき、最後まで飽きずに読ませます。特に呪い殺される側の一人称で視点が次々と切り替わる為、なかなか臨場感が感じられストーリーに没入することが出来ます。また、殺され方死に方に工夫の跡が見られ、その時々の過去に守を虐めていた生徒たちの揺れ動く感情が死の間際まで克明に描かれているのには、好感が持てますね。「444」の見せ方にも趣向が凝らされていたりもします。

ラストはそれがどんでん返しと言えるのかどうか、やや疑問に思います。確かに想定外ではありましたが、ちょっと意味合いが違うような気がします。少なくともミステリで言うところのどんでん返しとは異なるような。

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メルカトルさん
ひとこと
「ミステリの祭典」の異端児、メルカトルです。変人でもあります。色んな意味で嫌われ者です(笑)。
最近では、自分好みの本格ミステリが見当たらず、過去の名作も読み尽した感があり、誰も読まないような作品ばか...
好きな作家
島田荘司 京極夏彦 綾辻行人 麻耶雄嵩 浦賀和宏 白井智之 他多数
採点傾向
平均点: 6.04点   採点数: 1829件
採点の多い作家(TOP10)
浦賀和宏(33)
アンソロジー(出版社編)(26)
西尾維新(25)
島田荘司(25)
京極夏彦(22)
綾辻行人(22)
中山七里(19)
折原一(19)
日日日(18)
森博嗣(17)