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メルカトルさん
平均点: 6.04点 書評数: 1901件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1701 5点 江川蘭子- リレー長編 2023/11/01 22:34
モボ・モガを父母として生まれてきた江川蘭子は、まだ物心もつかない二歳のとき、その両親を殺人事件の被害者として突如として失い、しかもその血みどろの惨劇の現場に放置されるという異常な状況の中に置かれたことから、その精神構造への影響が心配された…。世間はこの乱脈を極めた生活者である被害者に同情を寄せず、また犯人を挙げられない警察の無能を罵る者もなかった。が、蘭子は後年、みずから父母の仇討ちを目論んだ。『新青年』昭和五年九月号から六年二月号まで、江戸川乱歩の発端から横溝正史・甲賀三郎・大下宇陀児・夢野久作・森下雨村と書き継がれた合作探偵小説第二弾「江川蘭子」。妖艶江川蘭子の魔性の生涯に、血みどろの夢はいかに叶えられるか…。
『BOOK』データベースより。

ミステリマニアなら一度は耳にした事があると思われる、「江川蘭子」。しかし、その正体となる原本を読んだ人は意外と少ないでしょう。三津田信三の代表作や他の本格ミステリにもその名を刻んだ蘭子とは?これらの作品には推理作家として登場しています。それはつまり、江戸川乱歩その人の化身として機能しているのではないでしょうか。本書を読んでそう思いました。ここでは江川蘭子を推理作家として成長させている訳ではないからです。

この物語は江川蘭子の血塗られた生い立ちを描きながら、紆余曲折を経て様々な人物との邂逅などの人間模様を中心に進められています。よって本格ミステリとは言い難く、何ですかね、一種の犯罪小説でしょうか。それぞれの作家がある程度自己完結させており、これは最後を担当した森下雨村も書きやすかったのではないかと思います。粋な締めくくりも本作を後味の良いものにしていますね。

No.1700 5点 五階の窓- リレー長編 2023/10/31 22:29
1990年代春陽文庫で反響を巻き起こし、復刊が望まれていたリレー式ミステリ・合作探偵小説がついに新版で復活! 昭和のミステリ黄金期を彩った豪華執筆陣・約80名による全64作品、全8巻。 1巻には江戸川乱歩が参加した初期4作品を収録。 「春陽文庫から出た計十冊の〈合作探偵小説シリーズ〉によって、江戸川乱歩が参加した「合作」「連作」の全貌に、容易に接することが出来るようになったのは、日本ミステリ界にとって大きな事件だったといっていい」
Amazon内容紹介より。

リレーミステリの正解って何だろうと考えると、そんなものはないのではないかと思ってしまいます。事前にある程度ストーリーやプロットを決めて、ルールを作って、協議の下スタートしたものであれば問題ないでしょうけれど。打ち合わせ無しに自分の書きたいものを書いてしまえば、後々収拾が付かなくなってしまう危険性が高いので、あまり例がないのでしょうね。

本作ではまず江戸川乱歩が、事故か事件か分からない墜落死を扱っていますが、イマイチ謎成分が不足している気がしてなりません。その分後続の作家の自由度が高くなるのは間違いではないと思いますが、結果それぞれの方向性が統一せず、纏まりに欠けてしまった感は否めません。
個人的には二話を書いた名前も知らなかった平林初之輔が最も本格らしいものと書いたと思います。その後は話を広げ過ぎたり、いきなり知らない人物が登場してきたりと、バラバラな印象を受けます。結局は細かい謎などはスルーして、事件の背景と動機、当然ながら犯人の正体を明らかにしただけで終わります。最後を受け持った小酒井不木はやり難かったでしょうが、意外とそうでもなかったと本人はエッセイで書いてますね。本当かなあ。

No.1699 6点 アムステルダム運河殺人事件- 松本清張 2023/10/30 22:04
アムステルダムの運河に浮かぶトランクから死体が見つかった。首、両脚、両手首が切断された死体は日本人商社マンのものと判明するが、捜査は進まず迷宮入りに。そこで記者である「私」は友人の医者と共に調査に乗り出す。一九六五年に起きた実際の事件を著者が謎解く表題作。ゴルフの聖地を舞台とした日本人変死事件「セント・アンドリュースの事件」も併載。
『BOOK』データベースより。

空さん、先回はお世話になりました。今回も貴重な作品のご紹介、恐れ入ります。

社会派の巨匠だけに、飽くまでリアリズムを追求し、無駄のない文章と隙のない作品に仕上がっていると思います。あの松本清張がこの様なガチガチの本格ミステリを書いていたとは全くもって知りませんでした。やれば出来るじゃん、なんでもっとこういうのを書かなかったんだ、というか、書いていたのか他にも?

表題作はトランク詰めにされた、首と手首から先と下肢を切断された胴体だけの死体が、アムステルダム運河に浮かんでいたという、かなりショッキングなシーンから始まります。余計な前置きがないのが良いですね、早く事件が起きて欲しいタイプなので。現実味を増すために、探偵役さえも個性を抑えた作者の意気込みが伝わって来るようです。
そのクイーンばりの端正なロジックは繊細かつ大胆で、警察すら見落としていた一つの謎から論理を繰り広げ、犯人にまで辿り着く様はなかなかのカタルシスを与えてくれます。
併録の『セント・アンドリュースの事件』は、雰囲気ではなくプロットが横溝正史を思わせる作品で、トリックも小振り乍ら気が利いています。清張としては小品でしょうが、結構楽しめました。

No.1698 6点 四神金赤館銀青館不可能殺人- 倉阪鬼一郎 2023/10/28 22:46
花輪家が所有する銀青館に招待されたミステリー作家屋形。嵐の夜、館主の部屋で起きた密室殺人、さらに連鎖する不可能殺人。対岸の四神家の金赤館では、女の「殺して!」という絶叫を合図に凄惨な連続殺人の幕が切って落される。両家の忌まわしい因縁が呼ぶ新たなる悲劇!鬼才が送る、驚天動地のトリック。
『BOOK』データベースより。

さて、これはSUさんに「衝撃のトリック!!」でお薦めされた作品です。ありがとうございます。

途中までは何となく既視感のある館ミステリでありました。そして何らかの仕掛けがあるのは想定の範囲内で、それはあからさまにヒントが与えられているおかげで容易に見破る事が可能です。「不可能殺人」と云う言葉はそれ自体自己矛盾していると常々思っていましたが、本作ではそれを論証してくれました。不可能ならば殺人できないはずで、殺人が起きた時点で不可能ではないという訳。そんなミステリならではの会話なども楽しめます。

結局事件は追い込まれた犯人の自白で解決します。しかし、どうしても理解不能な謎が、大きな謎が残されたままです。それが最後の最後で開示された時・・・笑いが暫く止まりませんでした。これがバカミス、これぞバカミスだ!間違いない。その後の仕掛けは、まあオマケ程度と考えましょう。その方が己の為だと思いますので。尚、メイントリックの伏線は意外な形で張られているのをここに示しておきます、作者の為に。

No.1697 7点 ジェゼベルの死- クリスチアナ・ブランド 2023/10/27 22:38
tider-tigerさん、見てますかー?今回は『みんな教えて』の「切断の理由」でtider-tigerさんに御紹介いただいた作品です。

何人かの方が書かれていますが、正直読み難い、と言うか一人の人物をファーストネーム、ファミリーネーム、ニックネームで書き分けるのは、非常に混乱します。何度も登場人物一覧を見直して、ああそうだったと、やっと納得したりしました。特に私の様に細切れで読む場合はそうなる可能性が高いのではないかと思いますね。しかし、それらの欠点を補って余りある魅力が本作にはあります。当時新本格と呼ばれた外連味ある事件の描写、カーを思わせる様な不可能犯罪に首なし死体の謎、送り届けられる生首等、どれもミステリマニアを惹きつけて離さないガジェットばかりです。

二つの事件の後に繰り返される検証から後半次第に盛り上がりを見せて、いよいよ本作の本領を発揮します。容疑者の告白、多重推理からの真相開示は正に圧巻でした。メイントリックがちょっと無理筋だなと感じましたが、そこを差し引いても十分楽しめる一冊だと思います。
流石に本サイトで高得点を得ているだけはあるなと。でもね、今どきの国産ミステリに慣れたファンの目にはどう映っているのか、やや疑問ではありますけど。

No.1696 6点 鸚鵡楼の惨劇- 真梨幸子 2023/10/24 22:15
一九六二年、西新宿。十二社の花街に建つ洋館「鸚鵡楼」で惨殺事件が発生する。しかし、その記録は闇に葬られた。時は流れて、バブル全盛の一九九一年。鸚鵡楼の跡地に建った高級マンションでセレブライフを送る人気エッセイストの蜂塚沙保里は、強い恐怖にとらわれていた。「私は将来、息子に殺される」―それは、沙保里の人生唯一の汚点とも言える男の呪縛だった。二〇一三年まで半世にわたり、因縁の地で繰り返し起きる忌まわしき事件。その全貌が明らかになる時、驚愕と戦慄に襲われる!!
『BOOK』データベースより。

色々詰め込み過ぎて煩雑になるかと思いきや、年代順に追う様に構成されているので、混乱せずに済みました。勿論、作者のリーダビリティの高さもあるでしょう。これを本格と定義して良いのか、やや疑問に思いますが、混沌としながらも最後は関係者を集めて犯人を指摘するスタイルは、確かに本格です。

とにかく一言で語るのが難しい作品です。女性作家でありながら、ここまで踏み込んだ内容になっている辺りは流石イヤミスの女王の面目躍如と云ったところですね。
読後は何だかモヤモヤします。まだ終わり切っていない様な、もっとこの何とも言いようのないカオスに浸りたい様な、そんな感じがしました。

No.1695 5点 ドールハウスの惨劇- 遠坂八重 2023/10/22 22:30
第25回ボイルドエッグズ新人賞受賞、衝撃のミステリー!
正義感の強い秀才×美麗の変人、ふたりの高校生探偵が驚愕の事件に挑む!

カルシウム摂取量全国トップ・滝 蓮司 × 眉目秀麗の超変人・卯月麗一
高2の夏、僕らはとてつもない惨劇に遭う!
Amazon内容紹介より。

ナントカ賞を受賞したらしいですが、まだまだプロの域には達していない印象です。しかも衝撃でも何でもなくて、単なる青春ミステリだと思いますよ。まあどちらかと言えば本格寄りですけどね。第一章から第六章まで惨劇と言う文字が並びます。その割には実際の事件は密室での自殺に見せかけた殺人というだけで、惨劇でも何でもありません。これは、詐欺紛いの平凡な作品とは言いすぎでしょうかね、あながち間違ってはいないと思いますよ。惨劇より酷いのは母親の娘に対する躾けと言うか、縛り付けで最早虐待と呼んでも差し支えないですね。

こんなだから、誰が殺されるかは早々に分かってしまいます。密室トリックも使い古されたものですし、昨今の手の込んだ、凝りに凝った本格ミステリと比較すると随分劣るのは誰の目から見ても明らかでしょう。ただ、一章と二章の青春を謳歌する高校生達の生き生きとした姿と、対照的な主役級の女子高生の苦悩と一瞬の輝きはリアルに描かれています。その辺りを鑑みてこの点数ですから、ミステリとしては及第点に達していない訳ですよ。期待外れでした。

No.1694 6点 狩久探偵小説選- 狩久 2023/10/20 22:49
才気あふるる奇才による異色の本格ミステリ集。「虎よ、虎よ、爛爛と―」ほか全13編。
『BOOK』データベースより。

短編にプラスして随筆、評論がおまけで付いている狩久作品集。
正直少々疲弊しました。昨今流行のソフトカバーの普通サイズと比べると、倍くらいの重さがあります。何しろサイズが一回り大きいですからね。で、ページ数が490ページで後半会話文と改行が極端に少なく・・・これは疲れますわ。最初の四編は瀬折研吉、風呂出亜久子の事件簿は軽妙なタッチで、二人のやり取りが楽しめる本格度の高い探偵小説と言えるでしょう。特に密室に拘りがあるようだし、自らの名前を出して来たりとメタな部分も見せています。ここまでは比較的読みやすく疲れませんでした。

その後、代表作であろう『落石』以降、やや私小説風ミステリが多くなっている気がします。事前の予想通り、『落石』を超える作品は残念ながら見当たりませんでした。しかし、この作品の裏話的でまるでノンフィクションかの様な『訣別――第二のラヴ・レター』を読めたのは大きな収穫だったと思います。自身のペンネームを捩った暗号に秘められたメッセージなど読んでいて、心が痛みました。
尚、作者は長編を生涯一篇しか書いていませんが、それはあまり書くと持病のため熱が出る為と自身で語っています。この人も早逝の悲劇の作家だったのかも知れません。

No.1693 5点 劇場版 呪術廻戦0 ノベライズ- 北國ばらっど 2023/10/16 22:33
高校生の乙骨憂太は、「呪い」となった幼なじみ・祈本里香に憑かれ苦しんでいた。

そこに最強の呪術師・五条悟が現れ、憂太を“東京都立呪術高等専門学校”へと導く。「呪い」を祓うために「呪い」を学ぶその場所で、憂太は里香の呪いを解くことを決意し、同級生の禪院真希・狗巻棘・パンダとともに呪術師として歩みだすのだった!
Amazon内容紹介より。

漫画が原作の映画ノベライズ作品です。読んでみる限りラノベの様なものと断じても良いと思います。ですから、当然キャラの描き分けはキッチリ出来てはいます。中身はほぼ全編バトルで、短いページ数という制限がある中、基本だけは押さえているところは評価されるべき部分だと思います。

映像を観た方が当然臨場感があって良いのでしょう。わざわざ映画館まで足を運ぶとか、漫画を読む気にはなれませんが、多分文章で読むよりは面白いであろう事は想像に難くありません。Amazonでの評価も高いですしね。
前半はイマイチ乗れなかったですが、後半の呪術師と呪詛師の最高レベルのバトルはかなりのめり込めました。ただ、憂太と里香のエピソードのひとつも欲しかったところではありますね。そうすれば、もっと白熱したバトルを楽しめた気がします。

No.1692 8点 誰のための綾織- 飛鳥部勝則 2023/10/15 22:23
あの日、あの新潟の大地震の夜、私たちは拉致され、ある小さな島に監禁された。誘拐者たちは「おまえたちに、あの罪を認めさせるため」に連れてきたのだという。復讐だった。今にも私たちを殺してしまいそうな怒りだった。その夜、ひとりが木の枝で刺されて死んだ。しかし、私たちの誰も気づかずに、彼女を殺せたはずがないのだ。犯人はどうやって「そこ」に入ったのか。そして次のひとりが死んだ…。誰が生き残ったのか、そして誰が殺したのか。作中作に秘められた「愛」がすべての鍵。
『BOOK』データベースより。

これが盗作騒動を起こしていたのは知りませんでした。まあ別にプロットやストーリーを、という訳ではなかった様なので、そんなの関係ないとそれには目を瞑りこの点数。最後まで7点か迷いましたが、こういうの好きなんで。
しかし、細かな疵もあると思います。些細な事ですが例えば、事件の発端となった出来事(と言うにはあまりに悲惨)に関しての、加害者の心情が個人的にあまり理解出来なかった点。何となく誤魔化されている様な感覚でした。あと、終盤のある二人の会話がイマイチ噛み合っていなかった気がするところも、若干モヤモヤしました。

しかし、プロローグとエピローグは凄く良いんです。これがなければ小説として破綻していたのではないかと思うくらいです。作中作だけだとあまり評価できないのは確か。ただ蛭女に関しての記述は生理的に嫌悪感を催し、蛭が大嫌いな私には結構グッとくるものがありました。蛭自体の存在をクローズアップしている嫌らしさも不気味です。又、意外性のある和室のトリックも評価します。
まあね、怪作だと思いますよ。良い意味でね。やられた感も半端ないですし。

No.1691 5点 計画書- コウイチ 2023/10/13 22:27
舞台は平凡でどこにでもありそうな名もなき町。
しかしある時から、その町では起こりそうもないような物騒な事件が頻発するようになる。
一方、二人の警察官は「100万円の家」と呼ばれる廃墟で一冊の本を発見する。表紙に「計画書」とだけ書かれた本には、その町で実際に起きた事件と同じ内容が綴られていた。しかしそれらの物語は「結末」の部分が少しずつ違っていて……。
Amazon内容紹介より。

うーむ、こういうのをメタフィクションと言うのでしょうか。
小さな町の警察官は何を思ったか、橋の上から川に飛び込む。すると気付いた時には町の様相が変わっており、自分の家も廃墟と化していた。そこで「計画書」という私家版らしき本を発見すると云ったのが大筋で、その中に書かれた「小説」がちょっと風変わりだったのです。

その物語は外からしか開けられないサウナに閉じ込められたり、おばさん三人組の食い逃げの模様だったり、懐中電灯で猫に変身したり、爆破される橋の一人称だったりしますが、どれもあまりパッとしません。かなり期待外れでした。この幾つかの短編小説の合間に二人の警察官の会話が挿入されているのですが、ここでもう一歩踏み込んだ内容であれば、少しは読み物として楽しめたかもしれませんが。
オチも奇を衒ったものでもなく、拍子抜けのエンディングでした。

No.1690 7点 三幕の殺人- アガサ・クリスティー 2023/10/12 22:25
引退した俳優が主催するパーティで、老牧師が不可解な死を遂げた。数カ月後、あるパーティの席上、俳優の友人の医師が同じ状況下で死亡した。俳優、美貌の娘、演劇パトロンの男らが事件に挑み、名探偵ポアロが彼らを真相へと導く。ポアロが心憎いまでの「助演ぶり」をみせる、三幕仕立ての推理劇場。新訳で登場。
『BOOK』データベースより。

はい、これですね。「動機の問題」にて、私の愚問に回答いただいた、他ならぬ空さんの一推しとあっては読まない訳にいかないですよね。あ、大丈夫ですよ、みなさんに紹介していただいた作品も既読を除いて、いずれ読むつもり(入手困難などで例外あり)ですので安心して下さい。

流石クリスティーと言いますか、ポアロをさし置いて探偵気取りの三人が容疑者を尋問して、犯人を絞り込むというちょっと地味な展開ではありますが、すんなり読む事が出来ます。全く退屈さを感じさせません。
はっきり言って犯人については比較的簡単に予測が付くかも知れません。しかし、特に第一の殺人に関しての動機は、これは見当が付かないと思いますね。言わば「動機なき殺人」に対する動機ですからね、況してや事件かどうかも分からない状況ですし、これは難問でしょう。この年代の作品と考えると、なかなかこう云った発想は出来ないんじゃないですかね。だからクリスティーの考えるアイディアは先駆者的なものが多いんだと思います。
それにしてもポアロは美味しい所を掻っ攫いますね。それまで鳴りを潜めていたのに、最後の最後に出てきたと思ったら、惚れ惚れする推理、これはズルいですよ。

No.1689 6点 蠅の女- 牧野修 2023/10/10 22:16
暗闇に包まれた廃墟。地中から、光り輝く男を掘り起こす異様な女たち。城島洋介とオカルト部の仲間は、救世主復活を標榜するカルト教団の秘密儀式を目撃してしまった。それが悪夢の始まりだった。一人、また一人と姿を消してゆく仲間たち…。そして、城島の前にもあの女たちが―「見つけたよ」。恐怖が奔流のように襲いかかるアクション・ホラーの傑作。
『BOOK』データベースより。

出だしはSNSのオフ会で、夜の廃墟を探検するという、如何にもなホラー小説風でごく普通な感じです。そこから死者が出たり行方不明者が出たりと、サスペンスフルな展開に。そして徐々に廃墟で目撃した怪しげな女二人の影がチラつき始め、恐怖を煽ってきます。

ところが後半、ベルゼブル(ベルゼブブ)が召喚されてから一気にヒートアップし、アクションへと移行します。スプラッターと言うほどではないにしても、ある程度のグロは作者の持ち味なのでやむを得ないところ。
短いながらもそれなりに物語の広がりは感じられ、前半後半で全く別の小説を読んでいる様な感覚を覚えました。まあ面白かったですよ、牧野修だからこんなもんでしょう。過度の期待は禁物です。

No.1688 7点 ダンデライオン- 河合莞爾 2023/10/08 22:17
東京の山間部、タンポポの咲き誇る廃牧場のサイロで、空中で刺殺されたとしか思えない異様な死体が発見された。被害者は16年前に行方不明になった女子大生・日向咲。捜査第一課の警部補・鏑木鉄生は、部下・姫野広海の口から「空を飛ぶ娘」という昔話の存在を知る。翌週、今度は都心の高層ホテル屋上で殺人事件が発生。だが犯人は空を飛んで逃げたかのように姿を消していた。やがて二つの事件の接点として、咲が大学時代に所属していた「タンポポの会」というサークルが浮上する―。
『BOOK』データベースより。

目茶苦茶読みやすく面白かったですね。これぞストレスフリーの読書って感じでした。それにしても、この作者はやはり島荘を標榜しているのでしょうか。何から何までそっくりです。
文庫本の帯にある解説者の大矢博子の「ミステリとして1ミリの無駄もない」という惹句はまさにその通りで、無駄な描写が全くありません。ただ、特に第一の殺人には図解が欲しかったところですね。まあこれは私の勝手な言い分なので言っても詮無い事だとは分かっていますけど。あと、解説は先に読まない方が賢明だと思います。

空を飛べる人という壮大な与太話を、真剣にいい大人が語っているのは可笑しいですが、そのあり得ない状況、つまり広義での密室をトリックと言うより人情物の様な語りで補完している点はまあ良しとしましょう。そこには作者も重きを置いていないのだと思います。それよりもその後に襲い来る衝撃の方が何倍も驚かされますよ。気持ちよく騙されました、完敗です。
デビュー作はそれ程でもなかったので、遠ざかっていました。しかし、今回長年積読しておいた本作を手に取ってみる気になったのは、幸運と言うべきか、遅すぎたと言うべきか・・・でも期待以上の出来に満足はしています。もっと世間に知られていい作品でありシリーズじゃないでしょうかね。

No.1687 8点 エレファントヘッド- 白井智之 2023/10/06 22:20
本格ミステリ大賞受賞の鬼才が仕掛ける、空前絶後の推理迷宮。

精神科医の象山は家族を愛している。だが彼は知っていた。どんなに幸せな家族も、たった一つの小さな亀裂から崩壊してしまうことを――。やがて謎の薬を手に入れたことで、彼は人知を超えた殺人事件に巻き込まれていく。
Amazon内容紹介より。

これを面白いかと聞かれると、残念ながら微妙だと答えるしかありません。しかし、この作品は悪魔的な奸計と緻密な理論を武器に、己の路線をひた走る白井智之の真骨頂だと言えるかも知れません。私のイメージとしては畏怖と深い溜息とがない交ぜになったものでしょうか。
グロは少々控えめながら健在です。前作で見せつけた実力とはまた違った意味で凄い傑作を書いたなと思います。

ネタバレにならないように書きますが、特殊設定の本格ミステリでありながら、それを逆手に取ったようなトリックが光ります。本質は正統派のパズラーと呼んで間違いないと思います。そして多すぎる伏線を見事に回収し、ロジックを徹底的に追求した本格巨編です。
個人的には前作の方が好みです。しかしながらロジカルで端正なミステリが好きな読者はこちらの方が読み応えがあって合うかも知れません。やや詰め込み過ぎな印象は否めません。だからちょっと難解な部分もあったり、複雑だったりして軽いミステリ好みの人を遠ざけてしまう可能性も捨てがたく、万人受けするとは言えないですねえ。でも各ランキングに名を連ねるのは間違いないでしょう。

No.1686 6点 名著奇変- アンソロジー(出版社編) 2023/10/03 22:28
教科書に載る誰もが知る
あの名作が現在に舞台を遷し、
奇怪な物語として蘇る! 

国民的ベストセラーが持つDNAを
次世代の小説家がさらに
進化させた第一級のホラーミステリ。

謎解き、考察…。どんでん返し! 
読書に馴染みのない方も
ぐいぐい一気に引き込まれる!
Amazon内容紹介より。

6編の中で元ネタを読んだのは『走れメロス』だけ。葉山嘉樹って誰?位の知識しか持っていない私に読む資格があるのか、とも思いましたが、問題なく読めました。更に著者は初めましての方ばかりで、大丈夫なのかとの不安もあったりしました。でもそれぞれが味を出していて結構楽しめました。一概にホラーと言っても、おそらくみなさんが想像している様なものとは違うと思います。それだけ日本のホラー小説も進化しているのかも知れないですね、人間の暗部を描いたものが多かったです。

中にはミステリっぽい作品もありますし、どんでん返しも。どれも一定の水準に達していますが、敢えて好みを交えて選ぶとすれば、相川英輔『Under the Cherry Tree』、大林利江子『せりなを書け』のツートップとしましょうかね。このお二方は文章がこなれており読みやすく、意外性もあり大変面白く読ませていただきました。

No.1685 8点 殺人犯 対 殺人鬼- 早坂吝 2023/10/02 22:18
孤立した島の中で次々に起こる惨劇。ここには僕以外にもう一人、殺人者がいる。
殺人計画を続けながらの、犯人捜しが始まるーー。
鬼才が放つ、戦慄の本格ミステリ! !
Amazon内容紹介より。

これは・・・!久しぶりに衝撃を受けました。そしてまんまと騙されました。
最初は、あれ?子供が主人公で、登場人物も全て子供じゃないですか、そういうやつかあ、とちょっとだけ落胆しました。しかも何だか弛緩した雰囲気が漂っていて、あまり好みじゃないなと思いました。しかし、ですよ、事件が始まる前からあらゆるところに伏線が張られているし、斬新なトリックこそないものの、様々なギミックを施して、おまけに猟奇殺人と来ている。これは少し本作を見直す必要があるなと感じる部分でした。全てに於いて整合性も取れていますしね。意外と入り組んだ真相には驚きを隠せません。

そして最終盤、解決編とも言える対決に於いて、アッと驚くような、まさに後頭部を殴られた様なショックを受けました。こんな事よく考えたなと素直に感心しました。ここに作者の底力をはっきりと実感したのであります。
よって、最初の印象を見事にひっくり返し、大逆転でこの高得点を獲得した作者に対して惜しみない拍手を送りたい気持ちでいっぱいです。又、余分な描写がなく、短く纏め上げた点も評価に値すると思います。

No.1684 6点 インキュバス- レイ・ラッセル 2023/10/01 22:21
1987年のアメリカ作品。
Amazon他各所で好評のようですが、それ程でもないと思いました。一応ホラーです、しかし怖くはありません。むしろエロ要素が散りばめられているサスペンスと云ったほうが正しいかも知れません。その中にミステリ要素も幾分含んだ感じでしょうか。
物語としては次々と小さな村の女たちが強姦されて、殺されると云うもので、総勢十人の被害者が出ます。ミステリ的にはフーダニット一本槍で突き進むのですが、犯人が判りやす過ぎてびっくりでした。頼むから予想を裏切ってくれと思いながら読みましたが、完全に読み通りでしたね。こんな私でも犯人を指摘出来たのだから、ほとんどの読者が同じように犯人に辿り着いたと思うのですが、実際そうではなかったようです。最後の最後までそこは謎のまま進行しますが、この結末で驚けた人は幸せでしょう。意外な犯人・・・。だったとはとても思えませんけどねえ。

そんながっかりの真相に落ち込んだ訳ですが、作品そのものの出来としては決して悪くはないと思います。適度なエロとテンポ良く殺される被害者達、一体何者が犯行を行っているのか、果たして人間の仕業なのかと云った謎に引っ張られて読み進める事は出来ます。しかし何度も言いますが、犯人が判ってしまっては興味は半減どころか、一気に失せてしまう可能性がある作品である事は覚悟しなければなりません。

No.1683 5点 日々の暮らし方- 評論・エッセイ 2023/09/28 22:29
「正しい散歩の仕方」「正しい自転車の乗り方」「正しい風邪の引き方」など、身近な作法が分からないで毎日を困惑と不安で過ごしているアナタ。人に聞くのをためらっているアナタ。物事はすべからく前向きに考えようではありませんか。来し方を反省するも良し、来るべき未来に思いを馳せるのもまた良し。充実した人生をと願うすべての人に捧げる、45項目に及ぶユニークでユーモアに溢れた別役版「正しい日々の暮し方」。
『BOOK』データベースより。

『主婦の友』のお友達のようなタイトルのエッセイ集。ですが、経験談を基にそれを多少脚色したものをエッセイと呼ぶのなら、本書はエッセイではありません。著者は確固とした信念に基づいた持論で日々の何気ない、何処にでもある事柄を題材とし、独自の理論を展開しています。しかし、それらははっきり言ってしまえば嘘八百であります。まあこれを真面に受け取って、じゃあ実践してみようと思う人はいないでしょうが。ある意味本書を「日常の謎」の方向へ強引に持って行っているのは著者自身で、ありもしない法則や定理、史実をさも現実の様に書いているいかさまの如き偽書です。

ミステリに寄せていると思われるものは『正しい誘拐の仕方』『正しい死体の取り扱い方』『正しい死刑の仕方』の三編。ある誘拐事件を取り上げて、誘拐犯をなっていないと叱ったり、死体が玄関の前に転がっているのを見て、警察に通報するでもなく生ごみとして処理しようとしたり、法務省に電話して「是非この手で死刑執行をしてみたい」と宣ったり。
なるほどそういう事なのか、ではなくなるほどそういう考え方もあるのか、という捉え方というか読み方もありますので、どうせなら本書をそんな形で楽しんでしまったほうが得策と言えるでしょう。そうじゃないだろう、不真面目だと怒り出す人が正常な感覚の持ち主かも知れません。

No.1682 6点 怖い食卓- アンソロジー(出版社編) 2023/09/26 22:31
筒井康隆作〈定年食〉が物語るように、定年を迎えた男は最後に一家団欒の食卓上にて家族の胃袋へと消えて役目を終える。美味に酔う家族の笑顔が祝祭日にふさわしい。エロスの根源から湧き起こる人肉食への快美な誘惑。
『BOOK』データベースより。

カニバリズムばかりかと思いきや、そういう訳ではありませんでした。人肉かと思わせておいて実は・・・だったり、逆に植物に人間が取り込まれたりと様々な食に特化したホラー・アンソロジー。
当初7点にしようかと迷いましたが、意味不明なのが何作か混じっているので、その分を差し引いて6点としました。

印象に残っているのは最初の筒井康隆『定年食』、これは短い中にもストーリー性や家族間の機微を重視しながら、ストレートな表現力が生きています。他に作者らしいファンタジー色の強い、安倍公房の『魔法のチョーク』。流石の文章力とエンターテインメント性が前面に押し出された、谷崎潤一郎の『美食倶楽部』。ウルトラQ的な怪奇譚、ジョン・コリア―の『みどりの想い』。これは訳者が数多のミステリを翻訳した事で有名な宇野利泰であり、ここでも見事な仕事ぶりを見せています。他に既読ながら水谷準の『恋人を喰べる話』、村山槐多の『悪魔の舌』も良かったですね。

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ひとこと
「ミステリの祭典」の異端児、メルカトルです。変人でもあります。色んな意味で嫌われ者です(笑)。
最近では、自分好みの本格ミステリが見当たらず、過去の名作も読み尽した感があり、誰も読まないような作品ばか...
好きな作家
島田荘司 京極夏彦 綾辻行人 麻耶雄嵩 浦賀和宏 白井智之 他多数
採点傾向
平均点: 6.04点   採点数: 1901件
採点の多い作家(TOP10)
浦賀和宏(33)
アンソロジー(出版社編)(29)
島田荘司(25)
西尾維新(25)
京極夏彦(22)
綾辻行人(22)
折原一(19)
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