皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
nukkamさん |
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平均点: 5.44点 | 書評数: 2813件 |
No.2193 | 5点 | 陰謀の島- マイケル・イネス | 2020/01/10 20:49 |
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(ネタバレなしです) 1942年発表のアプルビイシリーズ第8作の冒険スリラーですが同じジャンルのシリーズ前作である「アララテのアプルビイ」(1941年)と比べると実に捉えどころのない怪作で、読者の評価が大きく分れそうです。第一部でいくつかの事件が起きてアプルビイたちが捜査に乗り出す展開自体は普通ですが、その事件が複数の女性の失踪(誘拐?)だったり馬の盗難(ご丁寧にも最初の馬を返して目的の馬を盗み直してます)だったり家屋の消失(盗難?)だったりと何これというもの。第二部になると物語はますます破天荒になり、なぜかアプルビイたちが南米行きの船に乗っていて、船には怪しげな人物がうろうろ。失踪者たち(馬や家屋も)がそれぞれ普通でない特性をもっていることがわかりアプルビイの推理は予想範囲の斜め上です。多重性格者との会話や容疑者相手にアプルビイたちのとんでもない芝居も強烈な印象を残します。第三部は舞台が南米、ここでは「アプルビイは2件の殺人を犯した」という文章にどっきりです。プロットはハチャメチャでまともに理解できませんでしたが強力な磁力に引っ張られるかのように読まされました。 |
No.2192 | 6点 | 絵に描いた悪魔- ルース・レンデル | 2020/01/05 13:21 |
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(ネタバレなしです) ルース・レンデルの作品はウェクスフォードシリーズが本格派推理小説、非シリーズ作品がサスペンス小説という評価が一般的ですが、初の非シリーズ作品である1965年発表の本書はプロローグこそサスペンス小説風ですが全体的には本格派推理小説で、後年作品で高く評価されている異常心理描写を本書に期待すると肩透かしを味わいます。一度は自然死と判断されますが殺人の疑惑が生まれ、ではどのようにして殺害したのかというハウダニット重視の謎解きがパトリシア・モイーズの「死の贈物」(1970年)を彷彿させます(使われたトリックは別物です)。この種のトリックは専門的になりやすいのでただトリックの正体だけ説明されても一般的読者は感心しませんが、巧妙な謎解き伏線を用意してあるところが上手いです。非シリーズ作品のため本格派ファン読者からは敬遠されやすく、サスペンス小説として読むとインパクトが弱いことからレンデル作品の中では存在感の薄い作品ですけど。余談になりますが本書の角川文庫版が翻訳家でもあった小泉喜美子(1934-1985)の最後の翻訳作品だそうです。 |
No.2191 | 7点 | 紅蓮館の殺人- 阿津川辰海 | 2020/01/05 12:52 |
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(ネタバレなしです) 阿津川辰海(1994年生まれ)の2019年発表の長編第3作で館四重奏第1作の本格派推理小説です。過去2作は転生ありとか未来予知ありとか特殊な設定の世界(何でもありになってしまいがちなので個人的には好きではないです)での謎解きらしいので敬遠してましたが、本書はそういうのがないので読んでみました。山火事に囲まれた館を舞台にしているところがエラリー・クイーンの「シャム双生児の秘密」(1933年)を、探偵役が容疑者全員の秘密を暴いていく展開がアガサ・クリスティーの「アクロイド殺し」(1926年)を、そして探偵と元探偵を対峙させて探偵の存在意義を見つめ直しているところが市川哲也の「名探偵の証明」(2013年)を連想させます。吊り天井の下敷きになった死体は前例があったかな(時代劇のからくり城ならありそうですが)?本格派推理小説として凝りに凝った作品ですので本格派好き(それも大がつくほどの)読者にはお薦めしますが、幅広いジャンルのミステリーを楽しむタイプの読者にはリアリティーを度外視して謎解きを突き詰めている本書は少し息苦しく感じるかもしれません。 |
No.2190 | 6点 | 死が目の前に- ハロルド・Q・マスル | 2019/12/30 16:01 |
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(ネタバレなしです) スカット・ジョーダンは弁護士ですがこれまでのシリーズ作品でその設定をあまり活かしてないのを作者が気にしたのか、1951年発表のシリーズ第3作の本書ではジョーダンが訴訟相手に召喚状を渡そうと工作する場面で始まります。普通は弁護士自らそんなことはしないのですが、読者だって普通を期待してはいないでしょう(これがきっかけで死体とご対面です)。さらに法廷場面も用意してありますがここでのジョーダンは被告として自己弁護するという、これまた普通の法廷ではありません。依頼人の利益のために奔走するどころか自らにふりかかった火の粉を払うのに右往左往のジョーダンを、日頃の恨みをはらさんとばかりにここぞと攻勢をかけてくる検察や警察ですが(ひどいな)、その中で中立公平にジョーダンを扱ってくれるジョン・ノーラ警部の頼もしいこと!ちょっとした手掛かりから推理して犯人のとてつもない秘密に気づくのはジョーダンですが、犯人逮捕の手柄はノーラのものに。でも今回はひとかたならぬ世話になっているのですから気持ちよくノーラに花を持たせましょうね(笑)。 |
No.2189 | 6点 | 七日間の身代金- 岡嶋二人 | 2019/12/30 15:41 |
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(ネタバレなしです) この作者は誘拐サスペンスが評価高いので本格派推理小説にしか興味のない私はそれほど興味はなかったのですが、1986年発表の本書の講談社文庫版の巻末解説では全22作の長編ミステリーの内、誘拐物はわずか5作と紹介されていたのにはびっくりです。本書はその5作の1つなのですが誘拐前の場面も誘拐場面もなく、誘拐後から物語が始まります。誘拐犯からの指示で身代金を運ぶ指示を受けた人間を男女のアマチュア探偵コンビが様子を伺うという展開ですが、何と警察が監視している状況下で(私有地の)島に入った運び役が殺され、犯人も身代金も見つかりません。もっとも島を十分に探索していない段階でこれを不可能犯罪と言うのは誇大表現だと思いますが。軽快なテンポで物語は進み、誘拐被害者の安否も早々と明らかになり、後半は本格派推理小説へと変貌します。探偵役が推理を惜しげもなく披露するので犯人の正体は早い段階で読者の知るところとなり、トリック破りに重点を置いた謎解きです。まずまず楽しめる内容ですが、天才型ではないアマチュア探偵の捜査に先行されっ放しの警察、小細工を弄し過ぎのところへ偶然のいたずらが次々に重なり、よく犯行が成立したなという無理筋の犯行計画などリアリティー重視の読者にはちょっとつらい作品かも。 |
No.2188 | 8点 | 双頭の悪魔- 有栖川有栖 | 2019/12/24 21:40 |
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(ネタバレなしです) 1992年発表の江神二郎シリーズ第3作の本格派推理小説です。それほど多くはないでしょうけど「読者への挑戦状」が2度挿入された作品なら古くはベルギーのS=A・ステーマンや高木彬光、もう少し新しいところでは島田荘司やロビン・ハサウェイや篠田秀幸の作品が頭に思い浮かびましたが、それが3度も挿入となると全く前例を知りません。しかもそれぞれの挑戦状で異なる謎を解けと読者に突きつけています。これは非常によく考え抜かれた作戦だと思います。というのは真相はややもすると読者にアンフェアではという不満を与えかねない類のもので、このネタでいかにフェアな謎解きであるか主張し、そして読者を納得させるためにこの挑戦状は必須アイテムだったという気がしてなりません。ストーリーテリングに大きな飛躍が見られ、創元推文庫版で700ページ近い大作ですが全く退屈しませんでした。 |
No.2187 | 6点 | 闇という名の娘- ラグナル・ヨナソン | 2019/12/24 21:13 |
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(ネタバレなしです) 2015年発表の本書は、女性警部フルダ・ヘルマンスドッティルを主人公にした三部作の第1作の本格派推理小説です(本国アイスランドではヒドゥンシリーズと呼ばれてるそうです)。特長としては本書が作中時代が1番新しく第3作が1番古いことで、本書のフルダはもうすぐ65歳、第3作のフルダは40代です。警察を退職目前のフルダの文字通り最後の事件は難民申請中のロシア人女性の不審死の再調査です(前任の担当刑事は自殺と報告)。雲をつかむような捜査描写のため謎解きはあまり盛り上がりませんが、フルダ自身のドラマとしてとても充実した作品で本格派好き読者よりも国内社会派推理小説好きの読者の受けがよいかもしれません。とはいえフルダが真相に気がつくことになる、さりげない手掛かりの配置は巧妙です。もっとも最後はミステリーとしてよりもドラマとしての衝撃が忘れがたい余韻を残しますが。 |
No.2186 | 4点 | 女子高生探偵シャーロット・ホームズの帰還 <消えた八月>事件- ブリタニー・カヴァッラーロ | 2019/12/20 21:54 |
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(ネタバレなしです) 2017年発表のシャーロット・ホームズシリーズ第2作のスリラー小説です。シリーズ前作でもホームズ家の宿敵であるモリアーティー一族が登場していましたが、本書に至っては登場人物リストの大半がホームズ一族とモリアーティー一族で占められています。もっとも単純に両家の対決模様にしていないところに工夫の跡が見えており、ホームズ一族が結束が固いかというとそうでもないし、対立関係を終わりにしようとしてシャーロットをサポートする(ような)モリアーティーもいます。シャーロットとジェームズの仲もぎくしゃくしており、ダークで重苦しい雰囲気とあいまって読んでて息苦しいです。終盤でのシャーロットの兄マイロのとんでもない行動(キャラクターイメージ台無しです)も読者の賛否は分かれるでしょう。とにかくコナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズで描かれている作品世界とはあまりにも異質です。余談ですが前作の竹書房文庫版の表紙イラストのジェイミーは元ラガーマンらしく肩幅がっちりの青年として描かれてましたが、本書の表紙イラストではスリムなイケメンに大変身、一体何があったんだ(笑)。 |
No.2185 | 7点 | 推理作家殺人事件- 中町信 | 2019/12/10 21:33 |
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(ネタバレなしです) 専業作家になってからの中町信は執筆ペースが上がり読みやすさを重視する一方で、兼業作家時代の凝りに凝った謎解きプロットが読めなくなってしまったと評価する向きもあるようですけど、1991年発表の本書は専業作家時代の作品としてはかなりの力作の本格派推理小説ではないでしょうか(タイトルが安易過ぎて損していますけど)。立風ノベルス版の裏表紙で「ウルトラどんでん返し」とアピールしているのも決して誇張ではないと思います。どんでん返しの成功はどんでん返しの前にいかに多くの読者を納得させるだけのミスリードが用意されてるかにかかってますが、本書の場合はそこが巧妙です。残された容疑者数が多くないので犯人は何となく見当がつくかもしれませんが、犯人が当たったかどうかだけで一喜一憂するのはもったいないです。作者が丹念に敷いた、真相に至るまでの筋道を辿る楽しみを多くの読者に味わってもらいたいです。 |
No.2184 | 4点 | QED ~flumen~ 月夜見- 高田崇史 | 2019/12/10 21:13 |
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(ネタバレなしです) 2016年発表のQEDシリーズ第18作の本格派推理小説です。「QED 〜flumen〜 ホームズの真実」(2013年)で作者はこれは外伝作品で、「伊勢の曙光」(2011年)がシリーズ完結作ですと宣言していましたが、まだまだシリーズは書き続けられました。あの宣言は何だったんだという突っ込みは野暮でしょう。シリーズファン読者なら新作を読めることを素直に喜びましょう。私のようにそれほどでない読者は...まあそれなりに(笑)。講談社文庫版で300ページに満たないボリュームは「QED 式の密室」(2002年)に次ぐ薄さです。前半は桑原崇が殺人事件の捜査に絡まず、小松崎は「蘊蓄垂れ流しの薬剤師は来てませんですので、話は簡単だと思いますよ」とのたまわってます(笑)。でも後半にその小松崎が崇を事件に巻き込むと読者は怒涛の蘊蓄に押されまくりです(笑)。このプロット展開自体は悪くないと思いますが、殺人事件の謎解きが残念レベルです。手毬唄の歌詞をなぞったような連続殺人が横溝正史の「悪魔の手毬唄」(1957年)を連想させて期待が高まりますが、推理による解決でなく犯人が勝手に自滅したかのような終幕が全く物足りません。不純物を混ぜられたような真相も魅力がありません。 |
No.2183 | 3点 | ビール職人の醸造と推理- エリー・アレグザンダー | 2019/12/06 22:17 |
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(ネタバレなしです) ケイト・ダイアー・シーリーという名義でも作品を発表している米国のエリー・アレグザンダーが2017年に発表したコージー派ミステリーです。主人公はビール職人のスローン・クラウスで、夫と子供もいるのですがその夫の浮気場面に遭遇したところから生活環境が一変します。まるでミステリーらしくないストーリー展開ですが、ようやく殺人が起きて犯人と疑われた人間の無実を晴らそうとしたりはするもののスローンが真犯人を積極的に探そうとするタイプでなくて謎解きがあまり盛り上がりません。解決は場当たり的でスローンの貢献度も高いとは言えず、謎解き要素が薄味になりやすいコージー派の中でもひときわ薄味に感じました。 |
No.2182 | 4点 | 餌のついた釣針- E・S・ガードナー | 2019/12/06 21:53 |
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(ネタバレなしです) 1940年発表のペリー・メイスンシリーズ第16作の本格派推理小説です。ハヤカワ文庫版の巻末解説で類型からの脱却を図った意欲作と評価していますが、私にとって異色に感じたのはこのシリーズはとにかく鮮やかな逆転劇が特色で、そのためにはメイスンはどちらかと言えば最初は受け身の立場、或いは様子見の立場になりやすいのですが本書のメイスンはむしろ攻撃的です。はったりや脅迫に近い手法の強引な捜査が目立ち、さすがに暴力的手段は使わないもののハードボイルド小説の私立探偵みたいです。仮面をかぶった謎の女性の登場という、発表当時でさえも古さを感じさせそうな演出があり、その一方で信託資金の不正運用疑惑という現代的かつ難解な謎もあったり、さらには法廷場面なしで解決に持っていくなど確かにこれは異色作です。でもあまりにも変化を織り込みすぎてシリーズ愛読者は困惑するかもしれませんね。 |
No.2181 | 5点 | 潮首岬に郭公の鳴く- 平石貴樹 | 2019/11/25 21:01 |
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(ネタバレなしです) 2019年発表の函館物語シリーズ第1作の本格派推理小説です。松尾芭蕉の俳句に見立てたような連続殺人事件が起きることから横溝正史の某作品を連想される読者もおられるようですが、読みやすさという点では横溝作品とは雲泥の差です。20人近い容疑者たちの人間関係が非常に複雑で、しかも人物の描き分けが上手くないのですから誰が誰やら大混乱です。アリバイを地道に調べていますがアリバイが成立しても共犯者トリックまで疑っているのですから、アリバイがあろうがなかろうがもうどうでもいいやと投げやりになってしまいます。真相説明はしっかりした推理を披露しているだけでなく横溝正史風を意識したようなところもあって印象的ですが、そこに至るまでのプロット展開にもっと読者の謎解き興味をかきたてる工夫が欲しいところです。 |
No.2180 | 5点 | ネプチューンの影- フレッド・ヴァルガス | 2019/11/25 20:46 |
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(ネタバレなしです) 2004年発表のアダムスベルグシリーズ第4作です。これまで私が読んだシリーズ作品はプロットが迷走しながらも本格派推理小説ではありましたが本書は警察小説とスリラー小説のジャンルミックス型だと思います。三つの刺し傷のある死体が発見され、アダムスベルグが過去の因縁を語ります。1949年から1983年にかけて三つの穴の殺人事件が8件発生し、内7件は犯人が捕まっていますが実は真犯人は別にいるというのです。そしてもう1件(30年前)で犯人と疑われたのはアダムスベルグ(当時18歳)の弟ラファエル(当時16歳)でした。アダムスベルグは真犯人(名前を明言しています)を14年間に渡って追跡するのですが何と真犯人は1987年に死んでしまったと言います。では現代の事件は誰が犯人なのかという謎解きになるのですが、ここから思わぬ展開が。何とアダムスベルグ自身が巻き込まれ型サスペンスの主人公になって大変な窮地に陥るのです。もはや本書は本格派の枠組みからは大きく外れており、悪魔のような犯人とのどんでん返しの攻防が凄まじいです。アダムスベルグを助ける個性豊かな脇役たちの活躍も読ませどころです。 |
No.2179 | 3点 | 退職刑事5- 都筑道夫 | 2019/11/20 21:39 |
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(ネタバレなしです) 1987年から1989年にかけて発表された8作の短編を収めて1990年に出版された退職刑事シリーズ第5短編集です。なお徳間文庫版は「退職刑事4」というタイトルですのでご注意を。この作者の本格派推理小説は論理を重視した謎解きというのが一般的なイメージだと思いますが、本書でそれを期待するとかなりの失望感を味わうと思います。推理に切れ味がなく、なるほどと納得させる説得力がありません。私の読んだ創元推理文庫版の巻末解説では「あっぱれな反則技」や「奇妙な着想」の作品を持ち上げていますが、もやもや感の強い謎解きのためかまるで印象に残りませんでした。 |
No.2178 | 6点 | 雪が白いとき、かつそのときに限り- 陸秋槎 | 2019/11/01 20:24 |
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(ネタバレなしです) 2017年発表の長編第2作の本格派推理小説です。デビュー作の「元年春之祭」(2016年)は作中時代を古代中国(前漢)に設定していましたが本書は現代です。女子高生が活躍する青春ミステリーでもあるのですが死亡した学生がいじめに遭っていたという前振りがあるとはいえ、明るさや華やかさやユーモアの類は皆無に近く、終始暗い雰囲気に覆われています。雪の上に足跡のない雪密室の謎やアリバイ検証を地道に進めていますが作者が一番注力したのは動機ではないでしょうか。「元年春之祭」でもユニークな動機が印象的でしたが本書のもかなり珍しく、これはないと納得できない読者がいるかもしれません。虚しさを残しながら締め括った第4章の後に後日談的な終章が続き、そこでは新たな驚きが待っていますが個人的にはエンディングの順番を逆にする工夫はなかっただろうかと思いました。 |
No.2177 | 5点 | 闇の夢殿殺人事件- 風見潤 | 2019/11/01 20:05 |
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(ネタバレなしです) 1989年発表の神堂賢太郎シリーズ第2作の本格派推理小説です。ある宗教団体に関わる秘密を探っていたらしい女性の失踪事件に神堂が巻き込まれます。個人的には組織犯罪絡みは本格派の謎解きのテーマとしては好みではないのですが、本書は組織描写はほとんどなく登場人物も多くないのでその不安は払拭されました。むしろ父神さま、母神さま、太子さまといった教団の重鎮に神堂が易々と面会できる展開にこの組織運営はどうなってるんだと突っ込みたいぐらいです(笑)。謎解きプロットはやや甘く、殺害時刻が絞りきれていないためかアリバイは鉄壁どころかかなりあやふやなものにしか感じられないし、密室の謎はかなり終盤になってから唐突に発生したりしていますが推理説明は意外としっかりしたものでした。 |
No.2176 | 6点 | サーカス・クイーンの死- アンソニー・アボット | 2019/10/28 21:23 |
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(ネタバレなしです) 1932年発表のサッチャー・コルトシリーズ第4作の本格派推理小説で、謎解きが粗く感じる部分もありますけどこの作者としては出来のいい作品ではと思います。有名なサーカス団が次々に不運な事件に見舞われ、さらに団員たちに脅迫状が送られていることが序盤で紹介されます。誰が犠牲になるのかという謎で盛り上げているのですがタイトルから簡単に予想がついてしまうのは演出的にもったいない気がします。数千人の観客の前で殺人が起きるというのはエラリー・クイーンの「アメリカ銃の秘密」(1933年)を連想させますね(クイーンの方が後発ですが本書の影響はあったのでしょうか?)。クイーン作品でもどのように殺したかの謎がありますが、本書では非常に珍しい凶器が中盤で明かされます。しかしそれだけでは謎解きはまだ半分、誰にも気づかれずにどうやって(目立つ)凶器を使ったのかという謎は終盤まで残ります。ただサーカスという特殊な舞台背景が絡むため一般読者にはこの真相は感銘を与えないかもしれませんが(そこもロデオ大会を背景にしたクイーン作品と共通していると思います)。前書きで「入念な殺人、危険な犯罪者」であったことが語られますが、近代的な事件を強調する一方で呪術を信奉するアフリカ民族を登場させて土俗的な要素まで織り込んでいるなどサービス満点です。 |
No.2175 | 4点 | 地獄時計- 日影丈吉 | 2019/10/28 20:56 |
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(ネタバレなしです) 日影丈吉(1908-1991)の晩年の1987年に発表された、最後から2番目の長編作品です。もっとも最終出版の「夕潮」(1990年)(私は未読です)は1979年に前半部が雑誌掲載されるもその雑誌出版社が倒産して単行本化が大きく遅れたという事情があるので、執筆順では本書が最終作の可能性があります。被害者の側に凶器を持って立っている女性という状況の殺人事件を扱い、真犯人は別にいると考える主人公の内心は全て読者に提示されますがその推理は根拠薄弱です(妄想と自認しています)。本格派推理小説ではあるのですが読者が犯人当てにチャレンジできる伏線を用意しないまま真相が明かされているので謎解きにはあまり期待しない方がいいと思います。文学的と語られることの多い作者ですが本書は「女の家」(1961年)や「孤独の罠」(1963年)と同じく、文学的要素が強過ぎてミステリーらしさが希薄過ぎるように思います。私はこの作者の良き読者とは到底言えませんが(未読作品も多いです)、謎解き重視の「真っ赤な子犬」(1959年)と謎解きの面白さと文学要素が両立できた「内部の真実」(1959年)あたりを勧めます。 |
No.2174 | 7点 | メインテーマは殺人- アンソニー・ホロヴィッツ | 2019/10/18 21:03 |
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(ネタバレなしです) 私にとってこの作者のイメージはコナン・ドイル財団やイアン・フレミング財団から公認されたシャーロック・ホームズ新シリーズやジェイムズ・ボンド新シリーズの書き手であったので、一流のパロディー作家ではあるのでしょうけど現代ミステリのトップランナーと評価されていることには微妙に抵抗感があったのですが「カササギ殺人事件」(2016年)と2017年発表の本書を読んでマイ評価もうなぎ上り(笑)、優れた本格派推理小説の書き手として今後の活躍を大いに期待です。元刑事のダニエル・ホーソーンをホームズ役、作者自身(トニー)をワトソン役に配していますが自分の捜査に口を挟ませまいとするホーソーンとそれに反発して何とかホーソーンを見返そうとするトニーのぎくしゃくしたコンビ描写が新鮮です。作者自身を作中に登場させたとなるとファイロ・ヴァンスシリーズを書いたヴァン・ダインを思い出しますが、黒子よりも影の薄かったヴァン・ダインとは天と地ほどの大差です。作品個性では「カササギ殺人事件」に軍配が上がりますがあのひねり過ぎ気味のプロット構成は好き嫌いが分かれそうですので、王道的な本格派の本書の方を気に入る読者も少なくないでしょう(私もその一人)。犯人の正体が判明する場面の劇的効果も秀逸ですし、その後に続く謎解き手掛かりを丁寧に説明しながらの推理もよくできてます。 |